大判例

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熊本地方裁判所玉名支部 昭和42年(わ)49号 判決

被告人 中松正

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は粗暴癖があり、昭和二八年七月三〇日より同四〇年七月二九日迄の間前後九回に亘つて脅迫、傷害、暴行、暴力行為等処罰に関する法律違反等の罪により懲役刑あるいは罰金刑に処せられているものであるが、さらに常習として昭和四二年六月二〇日午後九時三〇分頃熊本県玉名市高瀬談議所町所在の竹本温泉前路上において

(一)  通行人の久島嘉郎(二〇年)に対し、同人が被告人の同伴者に眼をつけたと因縁をつけ右手拳で右久島の顔面を数回殴打して暴行し

(二)  ついで、右暴行を制止しようとした右久島の友人杉本秋吉(四四年)に対し、右同様右手拳をもつて同人の顔面を数回殴打して暴行し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(累犯となるべき懲役前科)

被告人は

(イ)  昭和三七年九月二七日熊本地方裁判所において兇器準備集合罪により懲役一年六月に

(ロ)  同四〇年七月二九日同裁判所玉名支部において暴力行為等処罰に関する法律違反により懲役八月に

各処せられたが、右(イ)の罪による刑は昭和三九年三月二七日、同(ロ)の罪による刑は同四一年三月二八日、それぞれその執行を受け終つたものであつて、右の事実は被告人の当法廷における供述と検察事務官作成の前科調書を綜合してこれを認める。

(本件(二)の訴因を暴力行為等処罰に関する法律第一条の三後段所定の罪と認定した理由について。)

検察官起訴に係る本件(二)の訴因は被告人が杉本秋吉に対し判示暴行を加え因て同人に対し治療二、三日間を要する顔面打撲傷を負わせたもの(常習的傷害の所為に該当するもの)として、これが罰条にも暴力行為等処罰に関する法律第一条の三前段が掲記されているところ、右打撲傷の成因、部位、程度等について検討するに、医師吉田春雄作成の診断書、杉本秋吉(被害者)の司法警察員に対する供述調書、同人の当裁判所宛上申書、被告人の当法廷における供述並びに同人の検察事務官に対する供述調書等を綜合すると、右杉本の受傷は同人が被告から右手で二、三回殴打されたため生じたものであり、受傷の部位は左頬で、その程度も所謂外傷には至つておらず、右箇所にいくらか痛みを感ずるぐらいのものであつたが、警察に届けた後一応診断書をもらつておくようにといわれたので受診したところ、冷湿布でもしたらよかろうといわれた程度で別に投薬等の医療行為も受けずに治癒したものであることが認められる。

ところで傷害とは、人の健康状態に不良の変更を加えること(昭和24・12・10最高判)あるいは人の身体の生理機能を障害すること(昭和27・6・6最高判)を意味するものとされているが、暴行と傷害とは、いずれも不法な有形力の行使を実体とするものであり、かつ単純な暴行といえども通常それによつて相手方(被害者)に対し、痛感を覚えさせ、あるいは有形的攻撃によるシヨツク感乃至恐怖感を与えもしくはすくなくとも不快感を生じさせることにより何らかの程度においてその健康状態に不良な変化を起し、もしくはその生理機能を障害する(最少限血液の流れに異常ないし変調を来たすことは経験的公知の事実である。)ことは否定できないところであるから、この近縁罪種の傷害と暴行を区別して、とくに前者の法定刑を後者のそれより重くしている法意、殊に本件のごとき常習的暴力行為犯については、それが暴行に止まらず傷害に至るときは法定刑の最下限(短期)を一年とするいわゆる刑罰体系中の重罪に位置付けていることに鑑みるときは、法律上傷害と評価されるに値いするところの健康状態の不良変更とか生理機能の障害とはそれが現象的にやや持続的なものであることを要し、短時間に回復する一過性のものは含まれず、かつ右不良変更や障害は表顕的であるか、または被害者において苦痛意識をもつものであつて、日常の生活行動に不利な影響の存するものであることを要するものと解するのが相当であり、右の程度に至らない健康状態の不良変更または生理機能の障害は未だ傷害というに足らず、これを惹起した所為も暴行ないしは常習的暴行(本件のごとく常習性をもつた場合)の罪をもつて処断せられるにすぎないものというべきである。

いま右の見地に立つて前記(二)の訴因をみると、既に認定したように被害者の受傷は同人が被害直後にいくらか痛みを感じたくらいであつて、外観的には殆んど異常が認められず、医師からも冷湿布でもしたらよいといわれた程度に過ぎなかつたものであつたことが認められるので、同人の右受傷は極めて軽微(このことは被告人から右同一機会に全く同態様同程度の有形力の行使を受けた久島嘉郎について何ら受傷の事実を認め得ないことからも肯認し得ることである。)で、未だ、傷害というに当らず、暴行に止まるものと解するのが相当であり、したがつて被告人の右訴因に係る所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条の三前段所定の常習的傷害の要件を充足せず、同条後段所定の常習的暴行に該当するに止まるものといわなければならない。

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人の判示所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条の三後段に該当するところ、前示(イ)(ロ)の懲役前科に対し三犯の関係にあるので、刑法第五六条第一項第五七条第五九条により累犯の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し、なお刑法第二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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