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盛岡地方裁判所 昭和45年(ワ)366号 判決

原告

斉藤卯吉

被告

株式会社坂田建材

ほか一名

主文

被告らは原告に対し連帯して金二一万〇九四〇円およびこれに対する昭和四六年七月二〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告、その余を被告らの各負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて各金一四万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告の申立

(一)  被告らは原告に対し各金四七六万一七七〇円およびこれに対する昭和四六年七月二〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告らの申立

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに予備的に仮執行免脱の宣言

(請求の原因)

一  事故の発生

原告は次の事故(以下本件事故という)に遭遇した。

(一)  発生日 昭和四五年五月五日午後六時三〇分ころ

(二)  場所 花巻市桜町一丁目一三一付近道路

(三)  加害車および運転者

岩四は五二八一(以下被告車という)

被告高橋

(四)  態様

右日時場所において歩行中の原告に対し被告車が追突したもの

(五)  傷害の程度

右鎖骨々折、頭部打撲、一二胸椎圧迫骨折、左大腿打撲

二  責任原因

被告会社は本件事故当時自己のため被告車を運転の用に供していたものである(自賠法第三条本文)。被告高橋は前方不注視の過失により本件事故を発生させたものである(民法第七〇九条)。

三  損害の発生

(一)  原告は本件事故による傷害のため、次のとおり治療を受けた。

(1) 昭和四四年五月五日より同年八月二七日まで花巻市小舟渡高山整形外科医院に入院

(2) その後昭和四五年二月九日まで同医院に通院

(3) 昭和四五年二月一〇日より同月一三日まで岩手医科大学附属病院脳外科に通院

(4) 昭和四五年二月一三日より同年七月三日まで花巻市仲町中川整形外科医院に通院

(5) 昭和四五年七月四日より同年一二月二〇日まで花巻市傷口岩手労災病院に通院

(6) その後昭和四六年三月まで中川整形外科医院に通院

(7) 昭和四六年四月以降花巻市花城町財団法人花巻総合病院に通院加療中

(二)  原告は本件事故後頭痛、右肩関節の機能障害のため就労不能の状態にあり、現在花巻病院においては症状固定のためこれ以上の治癒の見込みはない旨を宣言されており、その後遺症が労働者災害補償保険一一級に該当する旨診断を受けた。

原告は大工であるが、本件事故によつて受けた精神的肉体的苦痛は大きい。

(三)  損害の明細は次のとおりである。

(1) 治療費金五万〇〇一〇円

岩手労災病院へ支払済みの昭和四五年八月一〇日より同年一二月二〇日までの通院治療費金二万三四七五円(甲第一二号証)

中川整形外科医院へ支払済みの昭和四五年一二月より昭和四六年三月までの通院治療費金四七一八円(甲第一一号証の一ないし四)

財団法人総合花巻病院へ支払済みの昭和四六年三月一日より同年五月三一日までの通院治療費金二万一八一七円(甲第一三号証)

(昭和四五年八月一〇日までの治療費金五七万三二九〇円と看護料金二万九六〇〇円は被告会社において支払済みである)

(2) 雑費金三万四二〇〇円

入院一一四日間、一日金三〇〇円の割合

(3) 交通費金一万四八六〇円

株式会社文化タクシーに支払済み

(4) 逸失利益金一五〇万九一〇〇円

一ケ月稼働日数は二五日とする

1  賃金一日金二二〇〇円

昭和四四年五月は二四日、以下は毎月二五日として昭和四五年三月まで

計二七四日、金六〇万二八〇〇円

2  賃金一日金二四〇〇円

昭和四五年四月より昭和四六年三月まで、ただし八月は三日、九月は一〇日、一〇月は五日働いているので、計二八二日、金六七万六八〇〇円

3  賃金一日金二七〇〇円

昭和四六年四月より同年六月まで

計八五日、金二二万九五〇〇円

(5) 慰藉料金三〇〇万円

原告は本件事故による傷害のため入院治療一一四日、通院治療二年余に亘り、治療不能の後遺症を残して今後何時から就労できるか判らないし、仮に就労できても労働能力が著しく減殺されていることは明らかである。その精神的苦痛に対する慰藉料は金三〇〇万円が相当である。

(6) 弁護士報酬金四六万円

請求額の約一割

(四) 損害填補金三一万円

原告は東京海上火災保険株式会社から昭和四六年一〇月九日後遺症一一級該当として金三一万円の自賠責保険金を受領した。

(五) 損害額合計四七六万一七七〇円

前記(三)の合計額より右(四)の金額を控除

四 結論

よつて、原告は被告らに対し連帯して損害金四七六万一七七〇円およびこれに対する請求を拡張した昭和四六年七月一六日付準備書面送達の日の翌日である同月二〇日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する被告らの答弁)

一  (請求の原因)一のうち(五)は知らないが、その余の事実は認める。

二  同二のうち被告高橋の過失によるとの事実は否認するが、その余の事実は認める。

三  (一)同三、(一)は知らない。ただし、被告らが証拠上確認しうる治療の経過は次のとおりである。

(1)  昭和四四年五月五日より同年八月二七日まで一一五日間高山整形外科医院に入院(甲第二号証)

(2)  昭和四四年八月三〇日より昭和四五年一月二一日まで一四五日間(ただし通院実日数一〇六日間)高山整形外科医院に通院(甲第二号証)

(3)  昭和四五年四月八日の一日間、中川整形外科医院に通院(甲第四号証)

(4)  昭和四五年七月四日より同年九月二二日まで(甲第三号証)、同年八月一〇日より同年一二月二〇日まで(甲第一二号証)計一七〇日間岩手労災病院に通院

(5)  昭和四五年一二月二八日より昭和四六年三月一日まで六四日間中川整形外科医院に通院

(6)  昭和四六年三月一日より同年五月三一日まで九二日間(ただし通院実日数六〇日間)花巻総合病院に通院

したがつて、昭和四四年五月五日より昭和四六年五月三一日まで治療し、その間入院日数が一一五日、通院日数が二七五日(ただし通院実日数が一六六日)となる。

(二) 同三、(二)は知らない。

(三) 同三、(三)は(1)のうち被告会社が原告に対し損害賠償内金として金六〇万二八九〇円を支払済みであることは認めるが、その余の事実は知らない。ただし、

(1)  雑費入院一日につき金三〇〇円の請求であるが、個々の領収証がなく一般的基準に準拠するほかない本件の場合は一日金二〇〇円が相当である。

(2)  タクシー代として金一万四八六〇円を請求しているが、甲第六号証の一ないし六によると、合計金一万一三〇〇円であり、しかもその中には昭和四四年五月五日より同年八月二七日までの分金八〇〇〇円が含まれており、右期間中原告は高山整形外科医院に入院中であつたのであるから、通院のための交通費を必要とした筈がない。その余の金三三〇〇円については通院費として特にこれを争わない。

(3)  原告は休業損害として金一五〇万九一〇〇円を請求している。しかし、休業の期間を昭和四六年六月までとする原告の主張は認め難い。

原告の傷害の部位、程度、治療の経過等を証拠により検討すると、各診断書が次のとおり区々の診断をなしている。すなわち、

高山整形外科医院では頭部外傷、右鎖骨々折、左大腿打撲(甲第二号証)、中川整形外科医院では右陳旧性鎖骨々折、同変形治癒、項部挫傷(頸椎骨軟骨症)、頸部症候群、腰椎々間板損傷の疑(甲第四、第八号証、乙第六号証)、岩手労災病院では右鎖骨々折、頸部打撲、頸椎骨軟骨症、陳旧性胸椎圧迫骨折(甲第三号証、乙第七号証)、花巻総合病院では変形性脊椎症、根性坐骨神経痛、頸椎骨軟骨性、右鎖骨々折変形治癒(甲第九、第一四号症)との診断を受けている。

右のとおり各医院が診断した原告の傷害のうち共通する傷病名は右(陳旧性)鎖骨々折と頸(項)部外傷または頸椎骨軟骨症である。

高山整形外科医院の「左大腿打撲」については診断書の他の字体と著しく字体が異り、後から記入されたことが明白であつて、本件事故によるものでないことを示している。中川整形外科医院の「腰椎椎間板損傷の疑」、岩手労災病院の「陳旧性胸椎圧迫骨折」、花巻総合病院の「変形性脊椎症」、「根性坐骨神経痛」については他の病院の診断では全く顕れていないことを考えるとにわかに措信し難いものがある。

もつとも、仮にこれらの診断が誤つていないとしても、これを直ちに本件事故と結びつけて考えることはできない。

けだし、原告は昭和四三年ころ町のチンピラと喧嘩して棒で頭を強く殴られ花巻病院に入院したこと、昭和四四年四月ころ仕事(大工)中屋根から落ちて負傷し高山整形外科医院に入院し、退院後一〇日余り後に本件事故に遇つていること等の事実があり、右のような事件による負傷とその治療の経緯が明らかにならない限り、本件事故との因果関係を断定することはできないからである。第二に、「鎖骨々折」については高山整形外科医院において直ちにギブス固定をし、一ケ月後から理学的後療法を行つたところ「経過は順調で昭和四五年一月二三日現在では肩関節拘縮も殆んど軽快し、治癒状態」とされ、「頭部、頸部痛はなお訴えており、頸椎に骨軟骨症の所見が認められるため、頸椎牽引理学療法を継続中である」とされている(甲第二号証)。更に、昭和四五年四月八日付中川整形外科医院の診断書(甲第四号証)によれば、「同日現在項部痛、右肩関節部痛、腰痛、右鎖骨変形その他の症状があるが、現在ほぼ症状固定の段階にあると思われる」と診断され、同年六月二三日付同医院の診断書(乙第六号証)によれば、「これらの病名はほぼ症状固定し、項部、右肩部に神経症状が遺残したものと考えられ、レントゲン線上鎖骨々折は変形治癒を呈している」と診断された。したがつて、昭和四六年五月三一日付花巻総合病院の診断書(甲第一四号証)が右鎖骨々折の後遺症は、既に昭和四五年六月二三日現在症状固定変形治癒として存在していたのであるから、この段階で後遺症として認定することが可能であり、また認定すべきであつたのである。

第三に、「頸部外傷」についてはいわゆる「鞭打症」特有の困難な問題がある。すなわち、原告は鎖骨々折の変形治癒後も頭、頸部痛を訴えて通院治療を受けてはいるが、器質的損傷に基づく他覚的症状であるとの診断は見当らない。一般的症例においてもいわゆる鞭打症は他覚的客観的所見が少ない割に主観的誇大愁訴の多いことが強調されており(横浜市大医学部整形外科土屋弘吉教授「むちうち傷害の研究(1)」)、追跡調査の結果を見ても、一年以上も症状を訴える者は全体の些か三パーセント足らずであり、これらの人の一般的傾向として神経症的色彩が強いとか、賠償欲求が濃厚であるとかが指摘されている(大阪大学神経医学佐野勇教授調査報告・昭和四三年一月二七日朝日新聞掲載、関西医科大学脳外科景山直樹教授・昭和四二年一〇月六日読売新聞掲載)。したがつて、原告の場合も詐病だと即断するわけではないが、受傷後一年以上経つた昭和四五年六月二三日以降も症状を訴えているのは多分に誇大愁訴のうらみがあると疑わざるをえない。

なお、頸部外傷との関係で頸椎骨軟骨症について触れなければならない。この病気は年令的な変化現象が頸椎や椎間板に変性を起し、そのために生じる神経症状であり、ときには頸椎々間板ヘルニヤが椎間神経孔で脊髄神経根を圧迫し、頸、肩、腕の痛み、痺れ、筋力低下、筋萎縮を起すこともある。

そのため症状は鞭打症に似ているが、両者は全く別個のものである。しかも原告は大工という職業上変形性脊椎症を本件事故前既に有していたものと推認されるし、かつ年令的にも頸椎や腰椎の退行性変化ないし老化が既に存在したことが経験則上十分に考えられるのである。

第四に、昭和四五年八月一〇日付岩手労災病院の診断書(乙第七号証)によれば、鎖骨々折、頸椎骨軟骨症等の症状は治療の結果ほぼ軽快し、就業可能であると診断されている。

第五に、昭和四六年三月一日突如として原告を襲つた神経痛が本件事故と全く無関係なことは言うまでもない。以上を総合的に考察すれば、原告は本件事故により右鎖骨々折、頸部外傷の傷害を受けたが、右鎖骨々折は昭和四五年六月二三日現在既に僅か変形はしたものの労働能力に支障を来すことがない状態で治癒しており、頸椎損傷の方も若干の自覚的愁訴を残すのみとなり、同年八月一〇日現在では就業可能の状態にあつたと認められる。

したがつて、最大の譲歩をしても休業損害としては昭和四五年五月五日より昭和四五年八月一〇日までを認めうるに止まる。

なお、原告は一日当りの賃金を稗貫郡大工組合が決定した大工賃金として計算しているが(甲第七、第一五、第一六号証)、これは工事責任者、一・二級建築士職業訓練指導員、一級技能師等について適用されるものであつて(「定」但書参照)、その条件を満さない大工職の場合は基準を下廻る賃金で稼働しているのが通例であるから、原告がこのいずれかに該当するとの立証がない限り、右決定賃金をそのまま原告の賃金とすることはできないものと考える。

(4)  後遺症の有無は知らないか、仮に存したとしても、それは右(3)に述べるとおり本件事故と相当因果関係を欠いている。

(被告らの抗弁)

第一過失相殺の主張

一  本件事故は原告の重大な過失に基づくものである。すなわち、

(一) 横断歩道付近における横断歩道外横断(基本的要素)〔証拠略〕によると、本件事故現場は花巻市桜町一丁目一三一番地先国道四号線路上であり、変形交差点(通称桜町交差点)から豊沢方面に進入したところであるが、衝突地点の北上側一二・五六メートルの地点には横断歩道がある。したがつて、原告が付近に横断歩道があるのに敢えて横断歩道外を横断しようとしたことは明らかである。これは道路交通法第一二条第二項に反する横断であり、後記の事情も相俟つて歩行者として極めて危険な交通ルール違反と言わざるをえない。

(二) 加重要素たる事情

(1) 本件現場は幅員の広い(八メートル)、アスフアルト舗装道路であり、また夕方のことであつたから車両の交通も相当に頻繁であつた。

(2) 原告は本件事故当時同業の大工ら約三〇名と一緒に花見の紹待を受け、正午ころより志戸平温泉で酒食し、夕方バスで花巻市内に帰つてきたところであつたが、日ごろ酒好きであつたので、当日も大分飲み、自らも相当に酩酊していたことを認めている(乙第三号証の一)。しかるに、原告は花見に加え、花巻バス営業所前で久方振りの知人に会い、その自家用車で本件事故現場近くまで送つて貰つたりしてすつかり陽気な気分になつたため、お礼に渡すつもりで買つた清酒一升瓶を肩にかついで、斜め向いの給油所に待つていた知人の所へ行くべく不用意に車道へ歩き出たものである(乙第三号証の一)。原告は車道に出る前に北上方面(右)と豊沢方面(左)を確認したかのように供述しているが、これは事実に反する。けだし、本件事故現場は見通しがよく原告が車道に出る前の〈イ〉地点(乙第一号証の二の見取図による。以下同じ)で、もしも北上方面を確認していたならば〈1〉地点に桜町交差点から豊沢方面に進入すべく接近中の被告車を発見しえた筈だからである。現に被告車を運転していた被告高橋は原告を確認しているのである(乙第二号証)。したがつて、仮に原告が左右を確認したことが事実だとすれば、原告は被告車を確認できない程酔つていたものとも考えられるのである。いずれにせよ、原告は漫然かつ急にふらふらと車道に進出したものであり、しかも斜め横断であつたことも疑いない(乙第三号証の一)。

二  これに対し、被告高橋についてみるに、同被告は時速約四〇キロメートルで進行し桜町交差点に達したが、折柄自動信号機が赤色に変つたので一時停止し青色になつてから発進した。そして同被告は豊沢方面に左折すべく〈1〉地点に差しかかつたとき、約三〇・五八メートル左斜め前方の〈イ〉地点に一升瓶を肩にかけてふらふらと島酒店から出てきた原告を発見した。しかし、このときの原告は未だ道路を横断しようとする気配がなく、車道に出ないで島酒店前の空地に居たので、被告高橋としてはまさか原告が急にふらふらと車道を横断にかかるとは到底予想できなかつた。そこで、そのまま時速約四〇キロメートルで進行し〈2〉点に達したところ、丁度島酒店前の車道に停車していた車両の蔭から急に〈ロ〉地点に出てきた原告を発見したので、直ちに急制動をかけたが間に合わず、〈4〉地点(×)で衝突したものである。

原告は被告高橋に前方不注視の過失があつたと主張し、被告高橋も警察における供述調書中、一部自己の過失(徐行しなかつたこと)を認めるかのような発言をしているが、本件事故前の被告高橋の運転状況は右のとおりであつて、前方に対する注意は怠つていない。また、徐行の点についても、島酒店から〈イ〉地点に出てきた原告を発見したとき仮に被告高橋の立場に一般人を置き換えたとしても、果して原告がその後車道を横断するであろうとは予想できないであろう。殊に、本件事故現場付近には横断歩道があつたのであるし、また原告はそのまま真直ぐ(道路と直角に)横断したのではなく、停車中の車両の蔭から斜めに横断したものである。そうしてみると、被告高橋に徐行義務は存しなかつたということができる。また、仮に前記予見が不可能でなかつたとしても、したがつて徐行すべきであつたとしても、該予見は前記のような具体的事情の下では著しく困難であつたというべきであるから、右徐行しなかつた被告高橋の過失は軽微であつたというべきである。

三  右一、二の各事情を総合的に斟酌すると、本件事故の発生について原告に少なくとも八〇パーセントの過失があつたとみるのが相当である。

したがつて、被告らは右割合による過失相殺を主張する。

第二弁済の主張

被告会社は原告に対し、

一  昭和四四年六月一六日より昭和四五年八月一六日までの間五回に亘り合計金三〇万円を生活費名義で、

二  昭和四四年六月一六日附添費として金三万七〇〇〇円を

三  雑費として金七四六〇円を

各支払つた。

(被告らの抗弁に対する原告の答弁)

第一  (被告らの抗弁)第一は認める。

第二  同第二、一は認める。

同第二、二は認めるが、原告は本訴において附添費の請求はしていない。

同第二、三は知らない。

(証拠関係)〔略〕

理由

第一本件事故

原告が次の事故(本件事故)に遭遇したことは当事者間に争いがない。

一  発生日 昭和四五年五月五日午後六時三〇分ころ

二  場所 花巻市桜町一丁目一三一付近道路

三  加害車 岩四は五二八一(被告車)

四  運転者 被告高橋

五  態様

右日時場所において歩行中の原告に被告車が追突したもの

第二被告高橋の責任

〔証拠略〕を総合すると(ただし後記信用しない部分を除く)、次のような事実が認められる。

一  本件事故現場は北上から上町に至る道路と南城から盛岡に至る国道四号線とが交差するいわゆる桜町交差点の上町側横断歩道の中央線から上町寄り一〇・八六メートルの道路上で、右道路は本件事故当時幅員八メートル、平坦、アスフアルト舗装であつた。

そして、本件事故当時天候晴で、見通しよく、道路は乾燥し、車両の交通量は頻繁であつた。

二  被告高橋は本件事故当時被告車を運転し、北上方面から上町方面に向い桜町交差点に入り、別紙見取図〈1〉地点(以下地点のみ示す)で三〇・五八メートル左前方の〈イ〉地点に島酒店から一升瓶を肩に担ぐようにして出てきた原告を発見、〈1〉地点から二〇メートル進行した〈2〉地点に進行したとき一四・六三メートル左前方の〈ロ〉地点に出てきた原告を見て、〈2〉地点から二・四二メートルの〈3〉地点で急制動の措置を採り、一二・五六メートルスリツプして×地点で被告車の左バツクミラーと原告の左肩付近とが接触、原告は×点から二・三五メートル左前方に転倒、被告車は×点から一・八メートル進んだ〈5〉地点で停止した。

三  被告高橋は、本件事故についての捜査官の取調べに対し、被告車を運転し時速四〇キロメートル(検察官に対しては五〇キロメートル)で進行し〈1〉地点で〈イ〉地点の原告を見たときには危険を感ぜす、〈2〉地点に進行してきて〈ロ〉点に原告を見たとき危険を感じ〈3〉地点で急制動の措置を採つたものであるが、交差点付近であり、交通頻繁であつたし、酔払つて道路に出てきた原告を発見していたのであるから、最徐行しておれば本件事故を起さないで済んだと思うし、また原告の方も酔払つて道路中央付近に急に出るなんて全く危険で原告にも事故の原因があると思う旨供述している。

四  他方、原告は捜査官の取調べに対し、本件事故当日正午ころから志戸平温泉で花見の酒を飲み、午後五時ころ花巻バス営業所前まで帰つてきたとき知人に会い、知人の自動車で自宅まで送つて貰う途中桜町交差点付近の島酒店で知人に対するお礼に清酒一升を買い道路向側に待つている知人の方に行くため、左右を確認し車両の通行がなかつたので左斜めに向つて横断を始めたとき本件事故に遇つたものであるが、相当酒が好きで本件事故当時大分酔つていたので、本件事故の原因は第一に酒に酔つて斜めに横断したことにあり近くに横断歩道があるのでこれを渡ればよかつたと思うし、第二に被告車も交差点入り口であり交通量も頻繁であつたのだから徐行してくれれば事故にならなかつたと思う旨供述している。

証人大和田博は原告はそんなに酔つていなかつた旨供述するところであるが、右認定のとおり原告自身捜査官の取調べに対し大分酔つていたことを認めているところであつて、右証人の供述部分はにわかに信用することができない。証人大和田博および原告は、原告が横断したのは島酒店前停車中の車両の交差点寄り(被告車寄り)である旨各供述するところであるが、被告高橋は捜査官の取調べ〔証拠略〕および本訴において停車中の車両の位置、原告の横断進路は別紙見取図のとおりである旨供述し、証人高橋峰男も本件事故後本件事故現場に赴いた際、島酒店の主人が別紙図面のとおりであつたと話していた旨供述するところであつて、〔証拠略〕はにわかに信用しえない。

他に前記認定を左右するにたる証拠はない。

前記認定の事実を前提として被告高橋の過失の有無を以下検討する。

まず、被告車の本件事故前の速度であるが、本件事故現場付近の道路状況、被告車のスリツプ痕の長さ、被告車の停止状況等を速度と制動距離との関係図表に照して考えると、時速四〇キロメートル前後であつたと推認することができる。

そうすると、本件事故前被告高橋は左前方三〇・五八メートルに酒に酔つて出てきた原告を認めながらそのまま道路に出ないであろうと考え、そのまま時速約四〇キロメートルで進行し一四・六三メートルの距離になつて原告が道路に出てから急制動の措置をとつたものであるところ、この場合被告高橋としては原告が酒に酔つた状態にあることを諒知していたのであるからそのまま道路に出ないであろうと軽信することなく、原告の動静に十分注意するとともに、本件事故現場付近の道路状況からみて、減速徐行する等して本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたというべきであり、その注意に欠けたところが本件事故の一因であると認められる。

右のとおりであつて、本件事故につき被告高橋には過失が存するものであるから、同被告は原告に対し本件事故による損害を賠償すべき義務を負担したものと言わなければならない。

第三被告会社の責任

被告会社が本件事故当時自己のため被告車を運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社もまた被告高橋と連帯して原告に対し本件事故による損害を賠償すべき義務を負担したものというべきである。

第四損害

一  (被告らの抗弁)第一、過失相殺の主張について

被告高橋の過失の内容は前記第二の判断のとおりであるが、同判断によると、原告においても本件事故当時相当に酩酊している状態で、車両の交通量が頻繁な幅員八メートルの道路を横断歩道がある場所の付近を斜めに横断したものであつて、歩行者としての注意義務に著しく欠けていたものというべく、この点も本件事故の原因をなすものと言わなければならない。

原告は、捜査官の取調べに対し、横断前左右を確認した旨供述し、本訴においてもその旨供述するところであるが、前記第二の判断のとおり原告が〈ロ〉地点に出たときには被告車は一四・六三メートルの所に接近していたものであつて、原告の右供述は疑わしいし、仮に左右を見たうえで横断したものとすれば、酩酊のためか、あるいは被告高橋の供述のように停車中の車両の蔭から出たため被告車を確認することができなかつたかであると推認するほかはない。

以上の判断を総合すると、本件事故の過失割合は被告高橋三、原告七とみるを相当とする。

二  原告の傷害の部位、程度、治療状況等について

〔証拠略〕によると、次のような事実が認められる。

(一)  原告の入院、通院期間、診断内容について

(1) 昭和四四年五月五日より同年八月二七日まで高山整形外科医院に入院、同月三〇日より昭和四五年二月九日まで同医院に通院した。

同医院の昭和四四年五月五日の診断は、右鎖骨々折、頭部外傷で六ないし八週間の安静加療を必要と認める、昭和四五年一月二三日の診断は頸部外傷、右鎖骨々折、左大腿打撲で鎖骨々折はギブス固定、一ケ月後理学的受療法に入り現在肩関節拘縮も殆んどとれて治癒状態、頭部、頸部痛はなお訴えあり、頸椎に骨軟骨症の所見もあり頸椎牽引理学療法継続加療中というものである。

(2) 昭和四五年二月一〇日より同月一三日まで岩手医科大学附属病院に通院した。

(3) 昭和四五年二月一三日より同年七月三日まで中川整形外科医院に通院した。

同医院の同年四月八日の診断は右陳旧性鎖骨々折、頸部挫傷(頸椎骨軟骨症)、腰椎々間板損傷の疑で頸部痛、右肩関節部痛、腰痛、右鎖骨の変形その他の症状があるが、現在ほぼ症状固定の段階にあると思われるというもの、同年六月二三日の診断は右鎖骨々折変形治癒、頸部挫傷の後遺症で右症病はほぼ症状固定し、頸部、右肩部に神経症状が遺残したものと考えられる。レ線上鎖骨々折は変形治癒を呈しており、皮膚表面から明らかに見られるというものである。

(4) 昭和四五年七月四日より同月三一日まで、同年九月一日より同月二二日まで岩手労災病院に通院した。同病院の同年八月一〇日の診断は頸椎骨軟骨症、陳旧性胸椎一二圧迫骨折、右鎖骨々折で治療の結果自覚症状ほぼ軽快し、就業可能であるというもの、同年九月二二日の診断は右鎖骨々折、頸部打撲、一二胸椎圧迫骨折で同月四日より加療している、愁訴軽快せず、なお約二ケ月継続治療を要する見込みというものである。

(5) 昭和四五年一二月二八日より昭和四六年三月一〇日まで中川整形外科医院に通院した。

同医院の同月一日の診断は右陳旧性鎖骨々折、頸部症候群、腰椎々間板損傷の疑というものである。

(6) 昭和四六年三月一日より同年五月三一日まで総合花巻病院に通院した。

同病院の同月六日の診断は変形性脊椎症、根性坐骨神経痛、頸椎骨軟骨症で向後約二ケ月間の通院加療を要する見込みというもの、同月三一日の診断は右鎖骨々折変形治癒、右鎖骨外側三分の一部変形著明、右肩関節運動前方挙上一四〇度、側方挙上一三〇度、後方挙上四五度、内旋三〇度、外旋一〇度で同日現在症状固定、後遺症右鎖骨々折による肩関節の機能障害と鎖骨の奇形、労働者災害補償保険級別一一級に該当というものである。

(二)  原告の自覚症状等について

本件事故直後は記憶を失い、五日位経つて気が付いたときは顔が腫れ、頭が痛く、頭を前後から冷やされていたし、背中や胸が苦しい感じであつた、肩のギブスを取つてからは両手が痺れ、首にギブスをしていた、右(一)、(4)の岩手労災病院通院中は首と右鎖骨が思わしくなく、骨盤付近も痛く夜苦しくて眠れない状態であつたし、下腿部、首、手が痺れていた、この点について医師は神経性鞭打だから長くかかるなあと言い、余り気にかけないで少しづつ働いて見るようにと言われた、昭和四四年中は全く仕事ができず、昭和四五年八月に三日間、九月に一〇日間、一〇月に五日間働いてみたが半日位すると腕や背中が痛かつたりして働けずその後は働くことができなかつた、昭和四六年三月一日に左下腿に激痛を覚えそれが一週間位続いたが、総合花巻病院では神経痛とのことであつた。昭和四六年七月に至つて一二日間のうち四日余り働いたが思わしくない、医師からは症状固定で何時治るとも判らないから少しづつでも働きなさいと言われているが、右肩関節が悪く右腕が垂直に上らず動かすと首その他が痛く現在も普通に仕事ができない状態にある、変形性脊椎症については岩手労災病院でも中川整形外科医院でも前に怪我をしたことはないかと聞かれたし、総合花巻病院ではこのような病気は知らないでいることがあるしこれに対しては本件事故の後遺症と認定することはできないと言つていた、なお昭和四三年五月一七日家屋解体工事中四寸五分角の柱が倒れてきて右下腿を打つたことがあるが、週一回計六回位通院して治癒した、というものである。

他に右認定を左右するにたる証拠はない。

右認定の事実によると、原告は本件事故当日より昭和四四年八月二七日まで入院、その後数個所の病院に昭和四六年五月三一日まで通院加療したことが認められる。

右認定の事実を基に右治療がすべて本件事故と相当因果関係のある傷害に対するものであるか否かについて以下考える。

原告は昭和四五年六月二三日の中川整形外科医院の診断時には右鎖骨々折頸、部挫傷もほぼ症状固定し、ただ頸部、右肩部に神経症状を残す状態となり、同年八月一〇日の岩手労災病院の診断時には自覚症状もほぼ軽快し、就業可能の状態になつたということだつたので、三ケ月余り病院にかからず稼働しようとしたが、仕事をしていると腕や背中等に痛みを覚え十分稼働しえず、同年一二月二八日から中川整形外科医院に、昭和四六年三月一日からは総合花巻病院に通院加療をし、同病院の同年五月六日の診断は変形性脊椎症、根性坐骨神経痛、頸椎骨軟骨症で向後二ケ月間の通院加療を要する見込みというものであるところ、変形性脊椎症は病院の方でも何時かかつたものか判らず本件事故の後遺症と認定することは難しいというのであるし、また坐骨神経痛についても右(二)の原告の自覚症状等によるも果して本件事故に基因するものであるかどうか必ずしも明らかとは言えないところであるが、頸椎骨軟骨症については昭和四五年八月一〇日の岩手労災病院の診断では当時症状ほぼ軽快し就業可能という状態であつたのに、同年九月二二日の同病院の診断時には頸部打撲等の症病につき愁訴軽快せずという状態になつたものでありそれに医師からも神経性と言われたというのであるから、原告の場合多分に不安神経症的なものが存するものと窺うことができる。

ところで、頸椎骨軟骨症は鞭打ち損傷により惹起される一連の症状(鞭打ち症候群)の一つをいうものとされているが、この場合その症状を他覚的に証明することが困難であり、しかも多分に不安神経症的な点が存すると言われているが、不安神経症にしても患者自身の精神的な面によるものとは言え、事故なしに発生したものではないし、患者が痛みや痺れを自覚している以上、それが詐病でない限り、事故との間に相当因果関係がないとはなしえない。

なお、原告が殊更存しない症状を存するごとく装つたことを認めるにたる証拠はない。

また、解体工事中の症病が本件事故時まで残存していたことを認めるにたる証拠もない。

そうすると、原告は本件事故による傷害のため、昭和四六年六月三〇日まで通院加療を継続するほかなかつたものと言わなければならない。

三  治療費

〔証拠略〕によると、次のような事実が認められ、他に右認定を妨げるにたる証拠はない。すなわち、

原告は、

(一)  岩手労災病院に対し昭和四五年八月一〇日より同年一二月二〇日までの診療費として金二三、四七五円、

(二)  中川整形外科医院に対し昭和四五年一二月より昭和四六年三月までの治療費として金四、七一八円、

(三)  総合花巻病院に対し昭和四六年三月一日より同年五月三一日までの診療費として金二万一八一七円

を各支払つた(ちなみに、昭和四五年八月一〇日までの治療費については被告会社において支払済みであることは当事者間に争いがない)。

前記二の判断および右認定の事実によると、原告支払済みの右治療費合計金五万〇〇一〇円は原告が本件事故によつて蒙つた損害であるというべく、そして前記一の原告の過失を斟酌し、この場合の原告の損害額は金一万五〇〇〇円と認める。

四  雑費

原告の入院期間が原告主張のごとく一一四日間あつたことは前記二の認定から明らかである。

ところで、入院雑費の額を一日いくらにするかについては、被告ら主張のごとく金二〇〇円とする見方も存するけれども、前記二認定の原告の入院中の症状からみると、本件の場合原告主張のごとく一日金三〇〇円とするのが相当でないとは言えない。

したがつて、金三〇〇円に入院日数一一四を乗じた金三万四二〇〇円を雑費相当額と認めることができる。

よつて、前記一の原告の過失を斟酌し、この場合の原告の損害を金一万円と認める。

五  交通費

〔証拠略〕によると、原告は株式会社文化タクシーに対し昭和四四年五月五日より同年九月一七日までの間自宅と病院との間のタクシー代として金一一、三八〇円を支払つたこと(明細を合計すると金一一、三〇〇円となるので、金八〇円は原告ないしは右タクシー会社が計算を誤り原告の過払いになつたものと解される)、原告入院中のタクシー代は原告の妻、姉らが付添いのために病院との間を往復したことによるものであることが認められ、他に右認定を動かすにたる証拠はない。

ところで、前記二認定の原告の入院中の症状からみて、原告の妻、姉らが付添いをするためタクシーを利用したことが相当でないとは言えないから、右認定のタクシー代金一一、三〇〇円(原告の過払い分は被告らの負担に帰しえないので、過払額金八〇円を控除した額)全部を本件事故と相当因果関係ある損害と認めることができる。そこで、前記一の原告の過失を斟酌し、この場合の原告の損害は金三、四〇〇円と認める。

六  逸失利益

(一)  〔証拠略〕によると、次のような事実が認められ、他に右認定を左右するにたる証拠はない。

(1) 原告は大工職であるところ、原告所属の稗貫連合大工組合の定めによると、大工賃金(労働八時間)は一日当り本件事故当時金二、二〇〇円、昭和四五年四月一日以降金二、四〇〇円、昭和四六年四月一日以降金二、七〇〇円と決定実施するとし、ただし次に該当する者を基準とするとして、工事責任者、一・二級建築士職業訓練指導員、一級技能士等何れかの資格を有する者、これと同等以上の技能技術を有する者等を列挙している。

(2) 右組合加盟者が全て右定めにしたがつているわけではなく、右基準以上の賃金をとる者も以下の賃金をとる者もいるが、原告は建築士の資格はなく元請けはできなくとも下請けはでき、設計図も書け、少くとも右基準賃金は得ていた。

(3) 原告は本件事故前一ケ月平均二五日間は稼働していたものであるが、本件事故当日より昭和四六年六月末日までの間、昭和四五年八月に三日、九月に一〇日、一〇月に五日稼働したほかは稼働することができなかつた。

(二)  右認定の事実によると、逸失利益は次のとおりとなる。

(1) 昭和四四年五月六日より昭和四五年三月三一日まで稼働できた筈の日数合計二七二日

賃金一日金二、二〇〇円

賃金合計金五九万八四〇〇円

(2) 昭和四五年四月一日より昭和四六年三月三一日まで稼働できた筈の日数合計二八二日(稼働した一八日を控除)

賃金一日金二、四〇〇円

賃金合計金六七万六八〇〇円

(3) 昭和四六年四月一日より同年六月三〇日まで

稼働できた筈の日数合計七五日

賃金一日金二、七〇〇円

賃金合計金二〇万二五〇〇円

(4) 右(1)、(2)、(3)の賃金総合計金一四七万七七〇〇円

(三)  そこで、前記一の原告の過失を斟酌し、この場合の原告の損害は金四五万円と認める。

七  慰藉料

叙上の認定および判断から明らかな本件事故内容、原告の傷害、入院、通院期間、後遺症、原告の過失を含むその他諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料額は金三〇万円が相当と認められる。

八  弁護士費用

本件事故に基づく損害としての弁護士費用は以上の損害額合計から後記九の損害填補額を控除した金額のほぼ一割である金五万円をもつて相当と認めることができる。

九  損害填補

(一)  原告が本件事故による損害の填補として自賠責保険金三一万円の交付を受けたことは原告の目認するところである。

(二)  被告会社が原告に対し金三〇万円を生活費名義で支払つたことは当事者間に争いがないところ、右金員はその支払名義からみて本件事故による損害の填補として支払われたものと認められる。

(三)  〔証拠略〕によると、被告会社が原告に対し本件事故に対する損害填補の趣旨で雑費として金七、四六〇円を支払つたことが認められ、他に右認定を左右するにたる証拠はない。

(四)  右(一)、(二)、(三)によると、損害填補額合計は金六一万七四六〇円となる。

一〇  損害額

損害額は右三ないし八の認定額合計金八二万八四〇〇円から右九の損害填補額金六一万七四六〇円を控除した金二一万〇九四〇円となる。

第五結論

以上のとおりであるから、原告の被告らに対する本訴請求は金二一万〇九四〇円およびこれに対する請求を拡張した昭和四六年七月一六日付準備書面送達の日の翌日であることが記録上明らかな同月二〇日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべきことを求める限度において理由があるので、正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言および同免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水利亮)

判決書添付見取図

〈省略〉

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