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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1099号 判決

原告

木村文昭

被告

小島修

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇九九万八四八二円及びこれに対する昭和五九年二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その三を被告の各負担とする。

四  この裁判は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億〇四三六万〇五七五円及びこれに対する昭和五九年二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和五九年二月二一日午後六時ころ

(二) 場所 神戸市須磨区菅の台七丁目三番一号先三叉路交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 被告車 被告運転の自家用普通貨物自動車

保有者は、訴外不二住器設備株式会社

(四) 原告車 原告乗車の自転車

(五) 態様

本件交差点は、東西道路と、南北道路とか交差する三叉路交差点であるところ、被告車は、本件交通事故直前、本件交差点の東西道路を東進し、同交差点に進入した際、同交差点の南北道路を南進して来た原告車と、同交差点内で出会い頭に、被告車左前部を原告車に衝突させ、その結果原告が路上に転倒・負傷した。

2  被告の責任

被告は、本件交通事故直前、被告車を運転して制限速度時速三〇キロメートルを超過する猛スピードで東進して本件交差点に差しかかつたのであるが、本件交差点は左方の見通しが悪いから減速、徐行すべきであつたのに、これを怠り、かつ、左方を注視せず、漫然同一速度で進行して本件交差点内に進入した過失により、本件交通事故を発生させた。

よつて、被告には、民法七〇九条に則り、原告が本件交通事故によつて被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  原告の受傷内容及び治療経過並びに後遺障害

(一) 原告は、本件交通事故により、頭部外傷Ⅲ型、外傷性クモ膜下出血、頭部挫創の傷害を受けた。

(二) 治療経過

(1) 神戸市立中央市民病院(以下「市民病院」という。)の脳神経外科、眼科、耳鼻科

昭和五九年二月二一日から同年一二月八日まで二九二日間入院

同年一二月九日から昭和六三年九月一二日まで通院(実日数一六日)

(2) 兵庫県立のじぎく療育センター(以下「のじぎくセンター」という。)

昭和五九年一二月一一日から昭和六三年三月二六日まで一二〇二日間入院

昭和五九年一一月二六日及び昭和六三年三月二七日から同年八月一八日まで通院(実日数三日)

(3) 赤松眼科医院(以下「赤松医院」という。)

昭和六〇年二月二一日から昭和六一年九月一七日まで通院(実日数一二日)

(三)(1) 原告の本件受傷は、昭和六三年九月一二日、症状固定した。

(2) 原告には、次の内容の後遺障害が残存する。

記銘力障害、失見当識、四肢痙性不全麻痺、構音障害、易刺激性、軽度痴呆、手指振戦(頭部CT及び頭部MRIによれば脳萎縮、脳波中等度異常が認められる。)(以下「本件後遺障害」という。)。

(3)(イ) 自賠責保険では、原告の右後遺障害の程度を、その障害等級第二級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)に該当すると認定した。

(ロ) しかしながら、原告の右後遺障害の程度は障害等級第一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当する。

その根拠は、次の原告に対する介護の実態に基づく。

(a) 原告において、食事・排泄・衣服の着脱を、ほぼ自力で行うことは可能である。

しかし、これらの日常行動は、リハビリのためあえて同人に対し自力で行わせているのであつて、右食事については御飯等の食物をこぼすため後始末が必要であり、右排泄についても後始末が必要である。右衣服の着脱も、ボタンのあるものは四〇ないし五〇分を要する。

(b) 同人の自力による入浴は、不可能であり、同人の両親が常に介助している。

(c) 原告において杖を使用しての歩行は、ある程度可能であるが、介助なしに歩行することは非常に危険である。

すなわち、原告は、同人の両親らが目を離した隙にしばしば転倒負傷した。したがつて、同人の両親らは、常に原告から目を離せないのが実態であつて、同人が寝たきりの状態にある以上に介護の必要性が高い。原告の母は、看護婦の資格を有し、夫婦共稼ぎであつたが、原告を介助する必要から、看護婦の仕事を辞めた。

(d) 原告は、軽作業等も不可能であり、労働能力を一〇〇パーセント喪失している。

(四) その後の治療

原告は、平成三年一二月一一日、痙攣重積状態になり、市民病院に、同日から平成四年四月二日までの一一五日間入院した。

したがつて、原告は、本件交通事故の結果、前記(二)(1)と合計して、四〇七日間、市民病院に入院した。

4  原告の損害

原告の本件交通事故による損害は、次のとおりである。

(一) 治療費 金四二二万六八五二円

健康保険の自己負担分である。

(二) 入院雑費 金二二五万二六〇〇円

入院期間一六〇九日中一日金一四〇〇円の割合

1400(円)×1609(日)=225万2600(円)

(三) 入院付添費 金二五〇万六六三〇円

市民病院における費用のみである。

(1) 職業付添人(家政婦)代 金一九万六六三〇円

昭和五九年七月一五日から同年八月五日までの二二日間における実費である。

(2) 近親者付添費 金二三一万円

原告が市民病院に入院した四〇七日間のうち、家政婦が付き添わなかつた三八五日間は、元看護婦である原告の母が付添看護した。

よつて、近親者付添費は、一日金六〇〇〇円の割合による三八五日分の合計金二三一万〇〇〇〇円となる。

6000(円)×385(日)=231万0000(円)

(3) 右(1)と(2)の合計 金二五〇万六六三〇円

(四) 付添介護費 金一〇七四万六〇〇〇円

(1) のじぎくセンター入院中の分 金一九八万六〇〇〇円

原告の母は、原告がのじぎくセンターに入院中、原告と面会し、あるいは原告を自宅等に外泊させて、合計三三一日間、原告を付添看護した。

よつて、右期間中の付添介護費は、一日金六〇〇〇円の割合による三三一日分の合計金一九八万六〇〇〇円となる。(なお、原告は、右付添介護費のほか、外泊等の交通費として合計金六七万七六八〇円を支出している。)

6000(円)×331(日)=198万6000(円)

(2) のじぎくセンター退院後の分 金八七六万円

原告の母は、原告がのじぎくセンターを退院した昭和六三年三月二六日から現在まで約四年(一四六〇日間)、同人の付添看護に当つた。

よつて、右期間中の付添介護費は、一日金六〇〇〇円の割合による五五〇日分の金八七六万〇〇〇〇円となる。

6000(円)×1460(日)=876万0000(円)

(3) 右(1)と(2)の合計 金一〇七四万六〇〇〇円

(五) 将来の介護費 金五八二四万三四八八円

(1) 原告は、現在二〇歳(昭和四六年六月八日生)であるが、平成二年簡易生命表によると、同人の平均余命は約五七年と推定される。

原告は、本件後遺障害のため、歩行などに支障があるが、その他の点では通常人と大きな差はなく、食物を自力で摂取することもでき、その平均余命を全うできないと認めるべき根拠はない。

(2) 原告における将来の介護費算定の基礎金額は、一日当たり金六〇〇〇円の割合とするのが相当である。

(3) そこで、右各事実を基礎資料として、原告の将来の介護費の現価額をホフマン計算方式により中間利息を控除して算定すると、金五八二四万三四八八円となる(ホフマン係数二六・五九五二)。

6000(円)×365(日)×26.5952=5824万3488(円)

(六) 逸失利益 金九五九三万四七七五円

(1) 原告の逸失利益を算定するに当り、その基礎収入は、平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計による新高卒男子労働者の全年齢平均の賃金年額である金四八〇万一三〇〇円とし、同人の労働能力喪失率は一〇〇パーセントとするのが相当である。

(2) 右各事実を基礎資料として、同人の次の期間内における逸失利益を算定する。

(イ) 一八歳から二〇歳までの既発生分 金九六〇万二六〇〇円

480万1300(円)×2=960万2600(円)

(ロ) 二〇歳以降の分 金八六三三万二一七五円

原告の就労可能年数を二〇歳から六七歳までの四七年とし、その間の逸失利益の現価額をライプニッツ計算方式により中間利息を控除して算定すると、金八六三三万二一七五円となる(ライプニッツ係数一七・九八一〇)。

480万1300(円)×17.9810≒8633万2175(円)

(3) 右(1)と(2)の合計 金九五九三万四七七五円

(七) 装具代 金六万八九一八円

(八) 慰謝料 金三四〇〇万円

(1) 入通院分 金一〇〇〇万円

前記3の入通院治療の経過からすると、金一〇〇〇万円が相当である。

(2) 後遺障害分 金二四〇〇万円

原告の本件後遺障害の内容からすると、その精神的苦痛を慰謝するには金二四〇〇万円が相当である。

(九) 右(一)ないし(八)の合計 金二億〇七九七万九二六三円

(一〇) 過失相殺 金一億六六三八万三四一〇円

原告の本件交通事故発生に対する過失割合は、一割程度と思料するが、さしあたり二割として、右(九)の本件損害額を減額する。

2億0797万9263(円)×0.8≒1億6638万3410(円)

(一一) 弁護士費用 金一〇〇〇万円

(一二) 損害の填補額 金二八二八万八一六九円

(一三) 以上の差引合計 金一億四八〇九万五二四一円

1億6638万3410(円)+1000万0000(円)-2828万8169(円)=1億4809万5241(円)

5  よつて、原告は、被告に対し、本件損害賠償として、本件損害合計額(右4の合計額)のうち、金一億〇四三六万〇五七五円及びこれに対する本件交通事故発生の日である昭和五九年二月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(一)ないし(五)の各事実は認める。

2  同2のうち、被告が本件交通事故直前被告車を運転して東進し本件交差点に差しかかつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

被告には本件交通事故現場において減速、徐行すべき義務がなかつたし、被告が、右の義務を怠つたために本件交通事故を惹起したこともない。なお、本件交通事故現場の制限速度は時速四〇キロメートルである。

3  同3(一)、(二)の各事業は認め、(三)(1)のうち、原告の本件受傷が症状固定したことは認めるが、その余の事実は否認。同症状固定日は、昭和六三年一一月一六日である。同(2)の事実は不知。同(3)(イ)の事実は認める。同(ロ)の事実は否認し、その主張は争う。原告の本件後遺障害の程度は、自賠責保険において認定したとおりであつて、同人の同後遺障害は、常時介護を必要とする程度に至つていない。(四)の各事実は不知。

4(一)  同4(一)、(三)(1)、(一二)の事実は認める。同4のその余の事実(ただし、各損害費目に対する答弁において認める事実を除く。)及び主張は争う。

原告主張の本件各損害費目中、被告において特に反論する損害費目は、次のとおりである。

(二)  4(四)(1)の付添介護費について

(1) 原告が、のじぎくセンターに入院したことは認めるが、同病院の看護記録によれば、同人の本件症状固定以前においても、同人には次の事実が認められる。それ故、同人の母による原告に対する介護は、その必要がなかつた。

(イ) 歩行時において、時々転倒することがあるが、杖を使用しての安定した歩行が可能である。

(ロ) 食事・更衣・排便は、介助を受けないで行つている。

(ハ) 他人との意思の伝達は、会話をもつて十分にしており、問題がない。

(ニ) 強い回復意欲が見られる。

のじぎくセンターでの原告の母の面会のうち、少なくとも「面会日」は、授業参観の目的で付き添つただけであり、介護のために付き添つたものとはいえない。

(2) 同(四)(2)(のじぎくセンター退院後の介護費)について原告の症状は昭和六三年九月一二日をもつて固定したのであるから、その日以後の介護費は、将来の介護費として算定すべきである。

また、原告がのじぎくセンターを退院した後の症状は、入院中と著名な変化がなく、常時介護する必要はない。

(3) 近親者の付添費として、日額金五五〇〇円は高額に過ぎる。

(三)  4(五)の将来の介護費について

(1) 原告には、前記のとおり、のじぎくセンター入院中から既に家族による介護の必要がなく、また、その後県立垂水擁護学校に通うなどして介護を受けていないのであるから、原告の本件後遺障害の程度は、随時介護を要する程度のものに過ぎない。したがつて、将来の介護費の請求は、認められない。

(2) 仮にこれを認めるとしても、将来、原告の介護を必要とする期間は原告の生存期間と一致すると考えるべきであるから、本件交通事故のような自動車事故に基づく重度後遺障害者に関する現実の事例を検討することによりその生存期間を合理的に制限して算定すべきである。

(3) 介護費用として日額金五五〇〇円は高額に失する。

(四)  4(六)の逸失利益について

本件交通事故は、昭和五九年二月二一日に発生しているが、その時に発生した逸失利益を算出するためには、本件交通事故発生当事の賃金センサスを基準とすべきであり、原告主張のように最近の賃金センサスによることは適切でない。

三  抗弁(過失相殺)

1  本件交通事故現場の状況など

本件交差点は、被告車進行道路側からも、原告車進行道路側からも下り坂になつており、双方ともお互いの進行道路に対する見通しが悪い交差点であるが、通常は、交通が閑散としている。

しかも、被告車進行道路は、交差点中央までセンターラインが引かれている優先道路であつたから、本件交差点を通過する被告について徐行する義務まで認めることはできない。

2  原告の過失

本件交差点は、前記のとおり見通しが悪く、また、被告車の進行道路が優先道路であつたのであるから、原告は、自転車に乗つて南北道路を南進し、本件交差点に進入するに当たつては、徐行して、本件交差点に進入する車両の有無及び本件交差点の安全を十分確認し、かつ、優先道路を進行する被告車の進行妨害をしてはならないという注意義務があつた。

しかし、原告は、右注意義務を怠り、本件交差点に進入するに当たり、徐行せず、また、左右の安全確認を怠つて、本件交差点に突然飛び出し、本件交通事故を惹起した。

したがつて、原告の過失は、被告のそれに比して著しく大きい。

原告は、本件交通事故当時、既に一二歳であつたのであるから、前記のように見通しの悪い本件交差点を進行する際の危険性を認識することができた。

したがつて、原告の本件損害額の算定に当たつては、原告の右過失を相当程度斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、原告が本件交通事故直前原告車に乗つて本件交差点の南北道路を南進し、同交差点に進入したこと、被告が同交通事故直前被告車を運転し同交差点の東西道路を東進し同交差点内に進入したこと、原告車と被告車が同交差点内で出合い頭に衝突し、同交通事故が発生したことは認めるが、その余の抗弁事実は否認し、その主張は争う。

被告は、本件交通事故直前、客との約束時間に遅れそうだつたので、急いでいた。本件交通事故現場は制限速度時速三〇キロメートルであつたが、被告は現場の地理に不案内で本件交差点に南北道路が存在していることに気付かず、減速をせずに、時速六〇キロメートルを超える猛スピードで、脇見をしながら走行した。そのために、本件交通事故が発生したのである。

被告が制限速度を遵守するか、あるいはある程度のスピード超過でも前方を注視して走行していれば、本件交通事故の発生は回避できた。

したがつて、原告にも右交通事故発生に対する過失があつたとしても、その過失割合はせいぜい一割程度に過ぎない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件交通事故の発生

請求原因1(一)ないし(五)(本件交通事故の発生)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

1  成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし三、原本の存在及び文書の成立に争いのない乙第一号証の一ないし一八、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)(1)  本件交差点(信号機による交通整理が行われていない。)は、東西道路(幅員七メートル)と南北道路(幅員五・四メートル)が交差する三叉路交差点であるが、同東西道路には中央線が設けられていて優先道路(道路交通法三六条二項所定)となつている。

しかして、右東西道路の制限速度は、時速三〇キロメートルである。

(2)  右交差点の東西道路は、東方へ下り勾配一〇〇分の七・五の下り坂になつており、同南北道路も、同交差点に至るまで下り坂であるが、同交差点北側入口附近では平坦になつている。右東西道路、同南北道路の路面は、いずれも平坦なアスファルト舗装である。

(3)  右交差点の北西角部分には石垣が存在し、同交差点の東西道路西側入口から同交差点内に進入する車両の運転者にとつては、自車の左前方への見通しが、同交差点の南北道路側入口から同交差点内に進入する車両(自転車を含む)の運転者にとつては、自車右前方への見通しが、それぞれ不良である。

(4)  右交差点は、市街地に位置し、交通は閑散であり、夜でも照明により明るい。

なお、本件交通事故当時の天候は晴、路面は乾燥していた。

(二)  被告は、本件交通事故発生当時、被告車を時速約六〇キロメートルを上回わる速度で運転して本件交差点の東西道路を東進し、同交差点西側入口附近に差しかかつたのであるが、自車に減速措置をすることもなく、また、前方を注視することもせず、漫然と自車を進行させ、同交差点内に進入した。

しかして、同人は、右三叉路交差点の南方へ分岐する道路附近に至つた時、折から同交差点北側入口から同交差点内に進入し西方へ右折進行して来る原告車を発見し、衝突の危険を感じ、とつさに自車に急ブレーキを掛けハンドルを右に切つたが間に合わず、約一一・八メートル進行した地点附近で、自車の左前部を原告車に衝突させた。

2(一)  当事者間に争いのない前記事実及び右認定各事実を総合すると、被告は、速度違反及び前方不注視の過失により本件交通事故を惹起したというべきである。

よつて、被告には、民法七〇九条に則り、原告に対し、同人が本件交通事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

(二)  被告は、本件交差点内通過に際し同人に減速義務はなかつた旨主張する。

確に、前記認定にかかる本件交差点の見通し状況、被告車の進行道路が優先道路であつたこと等に基づけば、被告には本件交通事故時自車を徐行させる義務がなかつた(道路交通法四二条一号)かの如くである。

しかしながら、被告車が優先道路を進行していても、被告にはなお、交差点通過車両の一般的注意義務(同法三六条四項所定)があり、前記認定の本件事実関係からすれば、被告は、同注意義務に基づき、本件交差点に進入するに際し、少なくとも減速措置をとるべきであつたといい得る。

加えて、被告車の右交差点進入時の速度は前記認定のとおりであるところ、被告車の進行道路が優先道路であるとの一事をもつて、被告が負う制限速度遵守義務(同法二二条一項所定)が消滅するとも解し得ない。いずれにせよ、被告の前記主張は、理由がなく採用できない。

三  原告の受傷内容及び治療経過並びに後遺障害

1  原告の受傷内容及び治療経過とその後の治療について

(一)  原告が、

(1) 本件交通事故により、頭部外傷Ⅲ型、外傷性クモ膜下出血、頭部挫創の傷害を受けた。

(2)(イ)市民病院の脳神経外科、眼科、耳鼻科に昭和五九年二月二一日から同年一二月八日まで二九二日間入院し、同年一二月九日から昭和六三年九月一二日まで通院し(実日数一六日)、(ロ)のじぎくセンターに昭和五九年一二月一一日から昭和六三年三月二六日まで一二〇二日間入院し、昭和五九年一一月二六日及び昭和六三年三月二七日から同年八月一八日まで通院し(実日数三日)、(ハ)赤松医院に昭和六〇年二月二一日から昭和六一年九月一七日まで通院(実日数一二日)したことは、当事者間に争いがない。

(二)(1)  原告の本件受傷が症状固定したことは、当事者間に争いがない。

(2)  成立に争いのない甲第三、第四号証によると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(イ) 原告は、昭和六三年八月一八日、のじぎくセンターにおいて、高度の歩行不安定、書字動作障害、失調性言語障害、記銘力及び時間的、空間的認識力の障害が残り、毎日の日常生活動作を独力で判断できず、「絶えず介助を必要とする」旨診断された。

(ロ) 原告は、昭和六三年九月一二日、市民病院において、記銘力障害、失見当識、四肢痙性不全麻痺、構音障害(発音不明瞭)、易刺激性、軽度痴呆、手指振戦により「常時介助を要する」という症状を残して(なお、頭部CT及び頭部MRIによると脳萎縮、脳波中等度異常が認められる。)症状固定したとの診断を受けた。

(3)  右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷は、昭和六三年九月一二日症状固定(原告は、昭和四六年六月八日生で、当時一七歳。)し、最終的には、右市民病院診断内容の本件後遺障害が残存するに至つたと認めるのが相当である。

被告において、原告の本件症状固定は昭和六三年一一月一六日である旨主張するところ、同主張は、神戸調査事務所作成の後遺障害等級事前認定票(乙第二号証)の日付に基づくものと解される。

しかしながら、右文書は、いわゆる事前認定手続において作成されたものであつて、原告の本件後遺障害に関する診断そのものではないから、同文書の日付をもつて原告の本件症状固定日とすることはできない。

(三)  続いて、原告の本件後遺障害の程度について判断する。

(1) 自賠責保険が、原告の本件後遺障害につき、後遺障害等級第二級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)該当との認定をしたことは、当事者間に争いがない。

(2) しかしながら、原告において、同人の右後遺障害は、後遺障害等級第一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当する旨主張している。

よつて、以下、原告の右主張の当否につき検討する。

(イ) 原告の本件後遺障害が、のじぎくセンターにおいて絶えず介助を必要とすると、市民病院において常時介助を要すると、それぞれ診断されたことは、前記認定のとおりである。

(ロ) 成立に争いのない第一〇号証、第一五号証の二ないし四、第二〇号証、原本の存在及び文書の成立に争いのない甲第六ないし第八号証、原告法定代理人親権者(尋問当時。以下同じ。)父木村秀敏(以下「父秀敏」という。)本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一ないし第一四号証、証人木村美津子(原告の母。以下「母美津子」という。)の証言により真正に成立したものと認められる甲第二一号証の一、二、右母美津子の証言、右父秀敏及び母美津子(尋問当時法定代理人親権者)の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(a) 原告は、のじぎくセンターを退院した後、昭和六三年四月から神戸市立垂水養護学校に通学するようになり、父秀敏及び母美津子による介護を受けていたが、その間の介護の実情は次のとおりであり、これは、平成三年一二月一一日までの間顕著な変化がなかつた。

(Ⅰ) 原告の日常生活における食事・排泄・衣服の着脱は、ほぼ自力で可能であつた。しかし、ボタンのある衣服の着脱は四〇ないし五〇分を要したし、また、食事については御飯等の食物をこぼすため、介護者が後始末をする必要があり、排泄についても便器の周囲を汚すため、やはり介護者による後始末が必要であつた。

(Ⅱ) 原告の自力による入浴は不可能であり、同人の両親が、入浴時常に介助していた。

(Ⅲ) 原告の歩行は、杖の使用によりある程度可能であるが、しばしば転倒して負傷し、そのため、同人の両親は、原告の歩行時同人から常に目を離せない状態にあつた。

(Ⅳ) 母美津子は、看護婦の資格を有し、本件交通事故発生まで看護婦として就労し夫婦共稼ぎであつたが、同交通事故発生後原告を介助する必要から、看護婦として就労するのを辞めた。

(Ⅴ) 原告は、平成三年三月三一日、前記垂水養護学校を卒業したが、軽作業に従事することも不可能な状態にあつたので、身障者に対する授産施設に通勤することができなかつた。

そこで、同人は、やむなく、同年四月一日から、毎週二回、母美津子と共に、神戸市北区所在しあわせの村内にある施設ディサービスに通つて、散歩したり、音楽を聴いたりしていた。

(b) 原告は、平成三年一二月一一日、痙攣重積発作を起こし、そのため、市民病院に同日から平成四年四月二日までの一一四日間入院して治療を受けたが、原告のその間における状況は、次のとおりである。

(Ⅰ) 原告は、平成三年一二月一〇日の夜半、痙攣重積発作を起こし、呼吸は止まらなかつたものの、両手両足が硬直し、目が動かず、横を向いたままとなつた。

このため、原告は、救急車により国立神戸病院に搬送され、痙攣を止める治療を受けた。

右国立神戸病院の担当医師は、原告の両親らに対し、原告のかかりつけの病院である市民病院に入院することを勧めたので、同人は、翌一一日、精神安定薬のセルシンを投与されて睡眠したままの状態で、救急車により市民病院に搬送された。

(Ⅱ) 原告は、同日から平成四年四月二日までの一一四日間、市民病院に入院した。

市民病院の精神神経科の担当医師は、その間、原告について、構音障害、四肢不完全麻痺、重度知能障害の症状を認め、同人の痙攣発作を抑えるのに適切な抗癲癇剤を投与したが、原告の右半身に麻痺が生じるようになつたため、リハビリが行われた。

(Ⅲ) 原告は、市民病院を退院した後、平成四年四月三日から同年七月一六日まで、前記しあわせの村内の施設神戸リハビリテーション病院に入院し、手足の運動訓練及び言語訓練を受けた。

(Ⅳ) 原告は、その後も、一か月に一回程度、四、五〇秒間くらい続く軽い痙攣発作を起こすことがあり、また、平成四年九月二〇日には、約四〇分間くらいの発作を起こして、国立神戸病院で治療を受けた。

(c) 原告の現在の日常生活の状況は、次のとおりである。

(Ⅰ) 原告は、前記抗痙攣剤を朝、昼、夕及び就寝前に服用しているが、服用を怠ると痙攣発作が出るので服用を続ける必要があり、また、市民病院に四週間に一度の割合で通院し、検査を受けている。

(Ⅱ) 原告は、日常の挨拶などの簡単な会話が可能であり、本件事故に遇つた小学校六年生当時までの記憶は残つているが、そのほかの会話をすることはできず、また、日々の食事等の自己の行動について記憶することができない。

(Ⅲ) 原告は、平成三年一二月一一日の痙攣重積発作以降、右半身の麻痺がみられ、食事や衣服の着脱については、それ以前よりも動作がスムースに行かなくなり、また、それまでは熱心に練習していた漢字のドリルについても関心を示さなくなつた。

(Ⅳ) 原告は、家の中で四つん這いになつて移動する以外は、車椅子を使用しているが、記憶力の衰えのため、機械操作を要する電動車椅子を使用することができないし、また、四肢が麻痺しているため、車椅子を独力で操作することもできない。それ故、原告が移動する際には、母美津子または父秀敏がほとんど常時その介護に当たつている。

(ハ)(a) 右認定各事実、殊に、原告に対する介護の必要性と程度に関する医師の診断内容、原告の平成三年一二月一一日に生じた痙攣重積発作以降の状態、原告の両親のこれに対する介護の実情等を総合すると、原告は、右痙攣重積発作を契機として、四肢不全麻痺等にやや悪化がみられ、母美津子や父秀敏が、原告に対し、毎日定期的に抗痙攣剤を服用させたうえ、食事・排泄・移動などについて常時同人を看視して介護しなければならない状態にあると認めるのが相当である。

(b) 右認定説示に基づくと、原告の本件後遺障害は、後遺障害等級第一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当し、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものというべきである。

よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がある。

四  原告の損害

1  治療費(健康保険の自己負担分) 金四二二万六八五二円

右事実は、当事者間に争いがない。

2  入院雑費 金一九二万九六〇〇円

(一)  原告が、市民病院に二九二日間、のじぎくセンターに一二〇二日間それぞれ入院したことは、当事者間に争いがなく、また、原告が、その後市民病院に一一四日間入院したことは、前記認定のとおりである。

したがつて、原告の本件入院期間は、合計一六〇八日間であり、このうち、市民病院に入院したのは、四〇六日間である。

(二)  そして、本件交通事故と相当因果関係のある損害(以下、「本件損害」という。)としての入院雑費は、一日当たり金一二〇〇円の割合と認めるのが相当であるから、その合計額は、金一九二万九六〇〇円となる。

1200(円)×1608=192万9600(円)

3  入院付添費 金二一一万六六三〇円

(市民病院における費用のみである。)

(一)  職業付添人(家政婦)代 金一九万六六三〇円

(ただし、昭和五九年七月一五日から同年八月五日までの二二日間における実費)

右事実は、当事者間に争いがない。

(二)  近親者付添費 金一九二万円

(1) 原告の受傷内容、治療の経過及びその後の治療は、前記認定のとおりである。

(2) 前掲甲第三号証、第六号証、第一五号証の二、三、証人母美津子の証言、同本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が市民病院に入院していた四〇六日間は同人の年令及びその治療の経過に照らし付添看護を不可欠とする状態にあり、このうち、前記職業付添人による付添が行われた二二日を除いた三八四日間について母美津子が原告に付き添つていたと認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(3) 右認定各事実を総合すると、原告に対する右期間内の近親者付添費も、本件損害と認めるべきである。

(4) しかして、本件損害としての入院付添費は、一日当たり金五〇〇〇円の割合と認めるのが相当であるから、右三八四日間の合計額は、金一九二万円となる。

5000(円)×384=192万0000(円)

(三)  右入院付添費の総計額は、金二一一万六六三〇円となる。

4  付添介護費 金九九七万円

(一)  原告の受傷内容、治療の経過及びその後の治療、原告がのじぎくセンターを退院したのちの介護の実情は、前記認定のとおりである。

(二)  前掲甲第三、第四号証、第六ないし第八号証、第一一ないし第一四号証、父秀敏、母美津子の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 母美津子は、原告におけるのじぎくセンター入院期間中、同人が欝状態になつたこともあつて、同センターの精神科の担当医師の指示に基づき、合計三三一日間にわたつて、原告を外泊させて付き添つたり、また、同センターにより指定された授業参観若しくは面会のために、同センターに赴いて原告に付き添つた。

母美津子は、その際、原告の食事や排泄を介助し、あるいは原告に音楽を聴かせるなどした。

(2) 父秀敏や母美津子は、原告がのじぎくセンターを退院した昭和六三年三月二六日から本件訴訟の口頭弁論が終結した平成五年二月五日までの間の一七七七日間のうち、同人が市民病院に再度入院した前記一一四日間を除いた一六六三日間について、同人の前記認定を内容とする本件後遺障害のため、常時、原告を介護していた。

(三)  右認定各事実を総合すると、母美津子が原告ののじぎくセンター入院中に付き添つた三三一日間及び同センター退院後の右一六六三日間については、前記認定説示にかかるような原告のその当時の症状に加え、医師の指示が存在したことをも併せ考えると、母美津子が原告を右のように付添看護する必要性があつたものと認めるのが相当である。

(四)  そして、本件損害としての右付添看護費は、前記3と同様、一日当たり金五〇〇〇円の割合と認めるのが相当である。

よつて、右一九九四日間の合計額は、金一〇五四万円となる。

5000(円)×1994=997万0000(円)

5  将来の介護費 金三四〇〇万五九五五円

(一)  原告の受傷内容、治療経過、本件後遺障害の内容・程度等は、前記認定のとおりであつて、これらの認定各事実を総合すると、原告は、今後とも、本件後遺障害により、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常時介護を要する状態を継続するものと推認できる。

(二)  そして、原告は、本件訴訟の口頭弁論終結当時、二一歳であり、平成二年簡易生命表によると、満二一歳の男子の平均余命は五五・七六歳であるから、原告は、満七六歳に達するまでの五五年間にわたつて介護を受ける必要があるというべきである。

なお、被告は、原告のような重度後遺障害者については、その生存期間を合理的に制限すべきであるから、将来の要介護期間も制限すべきである旨主張する。

確に、原告の前記認定説示にかかる現在の症状及びその生活状況に照らすと、同人は常時介護を要する状態にあり、それが継続すると推認される。

しかしながら、被告の右主張を肯認するためには、同人の生命にかかわる、顕著な障害の存在につき具体的な主張・立証を要すると解するのが相当であるところ、同主張・立証がない。

よつて、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

(三)  右認定説示を総合すると、原告が主張請求する将来の介護費も、本件損害と認めるのが相当であるところ、同介護費算定の基礎費用は、一日当たり金五〇〇〇円の割合と認めるのが相当である。

(四)  右各認定説示を基礎として、本件将来の介護費をライプニッツ計算方式により右五五年間の中間利息を控除してその現価額を算定すると、金三四〇〇万五九五五円となる(ライプニッツ係数一八・六三三四。円未満四捨五入。以下同じ。)。

5000(円)×365(日)18.6334≒3400万5955(円)

6  後遺障害による逸失利益 金七八七四万八六八四円

(一)(1)  原告の本件受傷の症状固定日、本件後遺障害の内容及びその程度、労働能力喪失率(一〇〇パーセント)、同人が将来にわたり常時介護を必要とする状態にあること等は、前記認定説示のとおりである。

(2)  右認定説示を総合すると、原告は、本件後遺障害の存在のため実損、すなわち将来にわたり就労し収入を得ることができないという経済的損失を被つており、したがつて、同人には本件損害としての後遺障害による逸失利益を肯認すべきである。

(二)(1)  原告の就労可能年数は、同人が満一八歳に達した平成元年六月八日から満六七歳に達する日までの四九年間と認めるのが相当である。

(2)  同人の本件後遺障害による逸失利益算定の基礎収入は、本件症状固定時である昭和六三年九月一二日の所属する年度の統計数値である平成元年版賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、男子労働者の全年齢平均給与額年額金四五五万一〇〇〇円と推認するのが相当である。

(三)  右認定を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して算定すると、金七八七四万八六八四円となる(ライプニッツ係数は、一七・三〇三六。詳細は、後記のとおり。)。

4551000(円)×17.3036≒7874万8684(円)

{(67-17)年間の係数}-{(18-17)年間の係数}=(50年間の係数)-(1年間の係数)=18.2559-0.9523=17.3036

7  装具代 金六万八九一八円

証人母美津子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一、二、同証人の証言によれば、原告は、本件後遺障害のため、足の靱帯が伸びきつて足が変形してきたため、神戸リハビリテーション病院の医師の指示により、平成四年六月二五日、下肢右短下肢装具及び両側支柱を購入し、その代金として、合計金六万八九一八円を支出したことが認められる。

そして、原告の本件後遺障害の内容に照らすと、右装具代は、本件損害に当たるというべきである。

8  慰謝料 金二四〇〇万円

前記認定にかかる原告の本件受傷内容、治療経過、本件後遺障害の内容・程度、原告の年齢等諸般の事情を総合して考えると、原告に対する慰謝料としては、入通院慰謝料として金四〇〇万円、後遺障害による慰謝料として金二〇〇〇万円の合計金二四〇〇万円をもつて相当と認める。

9  原告の本件損害の合計額 金一億五五〇六万六六三九円

五  過失相殺

1(一)  被告が本件交通事故直前被告車を運転して同交差点の東西道路を東進し、同交差点内に進入したこと、原告車と被告車が同交差点内で出合い頭に衝突し同交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

(二)  本件交差点における東西道路と南北道路の地理的状況、両道路相互の見通しの関係、交通規制関係、同交差点における夜間における照明度、被告車の本件交通事故発生までの動向特に同車両の同交通事故発生時における速度、被告の本件過失の内容等は、前記認定のとおりである。

2  前掲乙第一号証の一ないし一八、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告は、本件交通事故直前、原告車(自転車)に乗車して本件交差点の南北道路右側(原告の進行方向を基準とする。)を南進し、同交差点北側入口に至つたが、速度を減ずることも、同交差点の東西道路(前記認定のとおり優先道路)から同交差点内に進入して来る車両の有無を確かめることもなく、漫然そのまま同交差点内に進入した。そのため、同交差点の東西道路を東進して来た被告車と同交差点内で衝突し、同交通事故が発生した。

3  当事者間に争いのない右各事実及び右認定各事実を総合すると、本件交通事故の発生については、原告の右過失、すなわち同人には、同交通事故直前、同交差点の南北道路から同交差点内に進入するに当たり、徐行したうえ、同交差点の東西道路から同交差点内に進入する車両の有無及び本件交差点の安全を十分確認し、かつ、優先道路を進行する被告車の進行妨害をしてはならないという注意義務(道路交通法三六条二、三項所定)があつたところ、同人は、同注意義務を怠つて、同南北道路の右側を通行したまま徐行せず、しかも、同説示にかかる諸安全の確認を怠り、同交差点内に進入したという過失、も寄与しているといわざるを得ない。

よつて、原告の右過失は本件損害の額を算定するに当たり斟酌するのが相当である(なお、原告は、本件交通事故当時、一二歳であつたから、同人に当時事理弁識能力があつたことは明らかである。)。

そして、右斟酌する原告の過失割合は、前記認定の本件全事実関係に基づくと、全体に対し四五パーセントと認めるのが相当である。

4  そこで、原告の前記認定にかかる本件損害合計額金一億五五〇六万六六三九円を、右過失割合によつて減額すると、原告が被告に対して請求し得る本件損害額は、金八五二八万六六五一円となる。

1億5506万6639(円)×0.55≒8528万6651(円)

六  損害の填補 金二八二八万八一六九円

原告が、本件交通事故後、同人の本件損害について、その填補として金二八二八万八一六九円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右受領金員を前記認定の本件損害金八五二八万六六五一円から控除すると、原告が被告に対し請求し得る損害額は、金五六九九万八四八二円となる。

七  弁護士費用 金四〇〇万円

本件事案の難易度、本件訴訟の審理経過、前記認容額等を総合すると、本件損害としての弁護士費用は、金四〇〇万円が相当である。

八  結論

以上の次第で、原告は、被告に対し、本件損害合計金六〇九九万八四八二円及びこれに対する本件交通事故発生の日であることが当事者間に争いがない昭和五九年二月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求し得る権利を有するというべきである。

よつて、原告の本件請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助 安浪亮介 亀井宏寿)

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