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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)125号 判決

原告

園田正晴

右訴訟代理人弁護士

古殿宣敬

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

大塚明

安藤猪平次

芥川基

模泰吉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一二五万円及び平成八年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告との間で締結した地震保険契約に基づき、被告に対し、保険金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告との間で、平成六年一二月二二日、以下のとおり、地震保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

種類 地震につき住宅総合保険

保険契約者 原告

被保険者 原告

保険の目的物の所在地 神戸市兵庫区今出在家町二丁目二番二六号

保険の目的及びこれを収用する建物の構造・用法

(一) 木造瓦葺平屋建住宅一棟(ガレージを含む)

(以下「本件建物一」という。)

(二) 木造アスファルトルービング物置一棟

(以下「本件建物二」という。)

(三) 家財一式

地震保険金

(一) 本件建物一 一〇〇〇万円

(二) 本件建物二 一二五万円

(三) 家財一式 五〇〇万円

2  平成七年一月一七日の阪神淡路大震災(以下「本件震災」という。)によって、本件建物一は全壊し、本件建物二も損傷を受けた。

3  地震保険に関する法律施行令(以下「施行令」という。)一条一号では、居住用建物の全損(当該建物の主要構造部の損害額が当該建物の時価の一〇〇分の五〇以上である損害)に対しては保険金額の全額を支払うものとされ、また、同条二、三号では、居住用建物の半損、一部損(当該建物の主要構造部の損害額が、それぞれ当該建物の時価の一〇〇分の二〇以上五〇未満、一〇〇分の三以上二〇未満の場合)に対しては、それぞれ保険金額の一〇〇分の五〇ないし五を支払うものとされている。

4(一)  地震保険に関する法律(以下「法」という。)二条二項一号では、地震保険は、居住用建物又は生活用動産のみを保険の目的とすることとされ、その保険金額については、同項四号でその限度額は政令で定める金額とされ、本件保険契約締結当時の施行令二条では、その額は居住用建物について一〇〇〇万円、生活用動産について五〇〇万円と定められていた。

(二)  本件保険契約締結当時の地震保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)四条二項は、同一構内に所在し、かつ、同一被保険者の所有に属する建物については一〇〇〇万円、同一構内に所在し、かつ、同一被保険者の世帯に属する生活用動産については五〇〇万円を保険金額の限度額とし、保険金額がこれを超える場合には、右限度額を保険金額とみなすと定めていた。

そして、同条五項は、右規定により保険金を支払ったときは、保険金額から右限度額を差し引いた残額に対する保険料を返還する旨定めていた。

5  本件建物二は、本件建物一と同一の構内に存在し、いすれも原告の所有である。

6  原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、本件建物一、二の保険金の支払を請求したところ、被告は、原告に対し、本件建物一の保険金一〇〇〇万円は支払ったが、本件建物二の保険金一二五万円については、その支払を拒絶した。

二  被告の主張

1  本件建物二については保険金の支払対象となる損害が発生していない。

被告会社担当者が、平成七年一月二七日に現場において実地調査したところ、本件建物二の軸組、基礎、屋根には損害がなく、外壁のわずかな損傷のみであり、損害割合は、一パーセントにすぎなかった。保険金の支払対象となるのは三パーセント以上の損害が発生した場合(一3)であるから、本件は保険金の支払対象となる事案ではない。

2  本件建物二は、本件建物一と「同一構内に所在し、かつ、同一被保険者の所有に属する建物」であるから、本件約款四条二項により、その保険金限度額は、本件建物一と一括して一〇〇〇万円である。

3  施行令二条によれば、地震保険の保険金の限度額は居住用建物については一〇〇〇万円と定められているところ、本件保険契約は、居住用建物について保険金額を一一二五万円としたものであるから、法律及び政令の定める限度額を一部超えた無効な契約であり、右超過部分の金員の支払を求めることはできない。

三  原告の主張

1  本件建物二は、神戸市の調査の結果、全壊の認定を受けており、保険支払対象となる損害は発生している。

2  約款も契約の内容であり、約款が契約当事者を拘束するのは、当事者が約款により契約を締結する意思を有していたと推定されるからである。本件では、契約当事者は、保険金額について約款と明らかに異なる意思をもって保険契約を締結している。このような場合は、約款によるとの契約当事者の意思は当然に覆され、約款と異なる契約当事者の意思が契約内容となるのである。

3(一)  本件約款四条二項、五項の保険金額の限度額に関する定めは、地震保険制度が我が国に定着しない間に、右限度額を超過する保険契約(以下「限度超過保険」という。)が多数締結され、その結果地震という保険事故が発生した場合に、地震保険制度が財政的に破綻することを防止することが目的であったと考えられる。

しかし、地震保険制度も発足後三〇年を経過し、国民の間に定着しており、大震災においても、財政的に破綻しないことが明白となったのであり、本件約款の合理性を担保する社会的背景事情は存在しなくなった。他方、一般消費者は、保険証券に記載された事項を信用するのであり、保険会社を信頼して限度超過保険を締結した一般消費者は、超過分についての保険金の支払を受けられないことになり、地震による損害を填補することができないという重大な犠牲を強いられる。

このように一般消費者たる顧客の契約と保険証券に対する信頼を保護しないことになる本件約款の規定は、公序良俗、信義則に反し無効であり、本件保険契約に適用されるべきではない。

(二)  また、本件約款は、法二条二項一号の規定に反するものであり、無効である。

すなわち、本来、法は一建物について一〇〇〇万円という上限を設定しているにすぎないのに対し、本件約款は、同一構内に存する建物はたとえ何棟あっても上限は一〇〇〇万円と要件を加重しているのである。このように、本件約款は、法に反する違法のものであって、合理性がない。

4(一)  地震保険の保険金額の上限は、公の秩序に関する規定ではなく、保険事故が発生し、保険会社が、保険契約者に限度額を超えた保険金を支払った場合に、政府に再保険の請求ができないという、政府と保険会社の再保険契約の内容を規制するにすぎないものである。したがって、地震保険契約においても、契約自由の原則は適用されるのであり、公の秩序に関しない単なる取締法規にすぎない法二条二項四号、施行令二条は、本件契約を無効とするものではない。

(二)  仮に、本件保険契約が法の保険金の上限規制を受けるものであるとしても、その上限は一つの建物について一〇〇〇万円であるものと解すべきであり、本件のように二つの建物について契約を締結していた場合には、その上限はそれぞれの建物について一〇〇〇万円であるものと解すべきである。

四  主要な争点

1  本件建物二の損壊の有無、程度

2  本件保険契約において、本件約款が適用されるか。

3  本件約款四条二項等の規制の有効性

4  本件契約は法二条の規定に反するものといえるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件建物二の損壊の有無、程度)について

1  証拠(甲四、五、検甲一、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件震災から一週間後、被告の担当者が原告宅へ本件震災による被害調査に訪れた。同担当者は、まず、本件建物一の玄関の床と垂直にほうきを立てて同建物が南側に傾斜しているのを確かめると、原告に対し、本件建物一は全壊であると言い、次いで、本件建物一の西奥にある本件建物二については、外から見て格別異常はないと言って、建物の中には入らずに帰った。

(二) 後日、被告の担当者が再度原告宅へ来たが、原告はすでに調査済みであると言うと、損壊の状況を確認せずに帰った。

(三) 本件建物二は、原告がかつて子供部屋として使用し、その必要がなくなってからは物置き場所として使用していたものであるが、本件震災後、外からは損害がないかのように見えていたが、原告が本件震災から約一か月後に、震災後初めて同建物に物を取りに入ったところ、床が全部落ちており、建物全体が建物の西隣との境にあるブロック塀に支えされるように傾いていた。

2  以上の認定事実によれば、本件建物二は、柱等の駆体部分に損害を受けているものと推認され、その損壊の程度は、全壊に近いものと考えられる。

この点について、乙第一号証には、本件震災一〇日後である平成七年一月二七日に、被告の調査担当者が本件建物二の損害として、全外壁面積に対する損傷外壁面積が六パーセントであるものの、その余の損害を認めず、基準表による損害割合小計は一パーセントであるとし、認定結果を「無損」と評価した旨の記載があるが、前記認定事実に照らし、採用することができない。

二  争点2(本件約款の適用の有無)について

原告は、本件保険契約においては、契約当事者が、保険金額について約款と明らかに異なる意思をもっていたもので、このような場合は、約款によるとの契約当事者の意思は当然に覆され、約款と異なる契約当事者の意思が契約内容となる旨主張している。

しかしながら、一般に、損害保険契約を締結する場合、その契約には普通保険約款を適用するという扱いが定着していることは公知の事実であり、商慣習となっているものと認められるから、当事者において、普通保険約款の適用の排除を積極的に明示した場合を除き、損害保険契約には普通保険約款が適用されると解するのが相当である。

本件の場合、本件保険契約の締結に際し、原告が本件約款の適用の排除を積極的に明示していたことを認めるに足りる証拠はないから、本件保険契約には、本件約款が適用されるものと認められる。

なお、本件保険契約では、保険金額について本件建物一が一〇〇〇万円、本件建物二が一二五万円としており、このことは保険証券にも明記されているところ(甲一の1、2)、本件約款四条二項で同一構内、同一所有者の建物についての限度額を一〇〇〇万円と定めているのと異なる内容となっている。原告は、このことを指して本件保険契約が本件約款と明らかに異なる意思をもって締結されたことを示すものとし、本件約款によるとの契約当事者の意思は覆された旨主張しているが、右の点だけから、直ちに本件保険契約が本件約款の適用を排除していると認めることはできない。

すなわち、普通保険約款は、大量の定型的な保険契約を合理的かつ平等に処理するためのものであり、その各条項は、保険事故に際して厳格かつ公平に適用することが要請されるものである。それゆえ、約款の条項と異なった内容が保険契約で定められた場合、原則として、それが直ちに契約の内容になるとするのは相当でなく、約款の条項に副う範囲に修正するか、約款の条項に反する部分を無効として扱うことになる。本件約款四条二項の限度額の定めに続き、同条五項で、限度額についての約款の定めにより保険金を支払った場合には、限度超過保険の場合の過納保険金を精算する旨を規定しているが、これは、保険契約に際して、保険金額が限度額を超えて設定されてしまうことがあり得ることを予想し、それに備えて規定したものと考えられ、限度超過保険契約が締結された場合でも、保険金額自体は限度額とすることが前提となっているのである。これらのことから、本件保険契約において本件約款四条二項の規定の適用が排除されるとすることはできない。

三  争点3(本件約款四条二項等の規定の有効性)について

1  原告は、本件約款四条二項、五項の保険金額の限度額の定めは信義則違反ないし公序良俗違反で無効である旨主張している。

本件約款四条二項等は、法二条二項四号、施行令二条の規定を受けて、保険の目的となる建物について保険金額の限度額を一〇〇〇万円と定めているが、これは、地震の発生の予知や危険度の測定が困難であること、地震による損害は巨額になることが通常予想され、これを保険者が負担しきれない可能性が高いこと、実際の損害の査定が被災地においては困難であることが予想されることといった地震保険契約の特殊性を考慮したものと考えられるから、このように保険金額に限度額を設けることが不合理な定めとまではいえず、また、顧客の信頼を著しく損なうものともいえない。

そうすると、本件約款の右規定は、信義則に違反するものではなく、公序良俗に反するものとも認められない。

2  次に、原告は、本件約款四条二項が「同一構内に所在」する建物について限度額を設けるのは、法の限度額の要件を加重するものであり、合理性がないから無効である旨主張する。

法が地震保険の目的を生活用動産のほか居住用建物に限定しているのは、これらの物件については、被災者の生活の安定の見地から保険を付する必要性が高いことによるものと考えられる。そして、同一の構内に所在する建物については、建物の戸数としては別個に数えられるべきものであっても、通常一体として被災者の生活の用に供されるものとみるのが相当であることから、本件約款四条二項は、被災者間の実質的公平を図るため、本件約款の右規定が「同一構内に所在」する建物について同一の限度額を定めたものと考えられる。そうすると、右約款の規定が法ないし施行令に明示されていない「同一構内に所在」するとの要件を規定したのは、法の実質的趣旨に反するものではなく、その合理性は否定することができない。

3  以上のとおり、本件約款の規定が無効であるとする原告の主張は理由がない。

四  そうすると、争点4について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官森本翅充 裁判官太田晃詳 裁判官小林愛子は差し支えにつき、署名捺印できない。裁判長裁判官森本翅充)

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