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神戸地方裁判所 昭和27年(行)14号 判決

原告 井上俊哉 外二名

補助参加人 田口政五郎

被告 明石市選挙管理委員会

補助参加人 文谷忠 外二名

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「(一)被告明石市選挙管理委員会(以下単に被告委員会と言う)が昭和二七年七月三一日なした原告等の明石市長解職請求署名簿の署名に関する異議申立却下決定はこれを取消す。(二)津村重吉、文谷忠、吉田邦一、河田文平、松尾嘉七、寺本善光、平崎正一、小田恒司、古村徳一郎が明石市長解職請求代表者となり昭和二七年六月二一日被告委員会に提出した、右市長解職請求署名簿中別紙目録記載の署名は全部無効とする。(三)訴訟費用は被告委員会の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告等は何れも明石市の住民であり、且選挙権者であり、尚原告伊藤は後記明石市長解職請求署名簿に署名した者であつて、右署名簿の署名の効力の有無に関し、公法上重大な利害関係を有する者で、本訴の原告たる適格を有するものである。

二、請求の趣旨(二)記載の津村外八名は、明石市長解職請求の代表者となり、昭和二七年五月二〇日から右解職請求者の署名を蒐集し、同年六月一九日全署名簿を被告委員会に提出したが、同委員会は右署名簿の署名中別紙目録記載の署名を何れも有効と決定した。

三、然しながら、右署名簿の署名は、左記の如く成規の手続によらないもので、右目録記載の署名も全部無効である。即ち、

(1)  前記津村外八名の者が、右市長解職請求の代表者である旨の被告委員会の証明は、代表者の署名押印のない『市長解職請求の要旨』と題する文書を添付した、代表者不明の申請書に基き交付されたもので、右証明は無効であり、斯る無効の証明に基き蒐集せられた右署名は総て無効である。

(2)  又前記署名は、右『市長解職請求の要旨』と題する文書を添付した署名簿によつて蒐集されたものであるが、右文書は地方自治法施行令第一一六条によつて準用される同令第九二条第一項の市長解職請求書又はその写と見ることが出来ないから、右文書を添付して蒐集された署名は総て無効である。

(3)  更に、前記津村等は、昭和二七年六月一九日、右の如く『市長解職請求の要旨』と題する文書を添付して蒐集した署名簿中、第四六四号、及び第五一七号を除く全署名簿から右文書を取りはずしこれに法定の様式を具えた『市長解職請求書』を差替えたが、右『市長解職請求の要旨』と題する文書の取りはずしにより、当該署名簿の署名は、その意思内容を失い、即時当然に無効となつたものである。

四、仍て原告等は、被告委員会に対し、請求の趣旨第二項表示の決定を求める為異議申立をなしたが、同委員会は昭和二七年七月三一日これを却下し、原告等は同年八月一日右決定正本の送達を受けた。」と述べ、被告補助参加人等の主張に対し、「前記『市長解職請求書』によつて署名を蒐集するには、これに基く解職請求手続を最初から改めて行はねばならぬのであつて、従来の違法な手続に便乗することは許されないから、右書面を添付して蒐集された署名も亦無効である。」と述べ、尚被告委員会の抗弁に対し、「明石市長田口政五郎が昭和三〇年二月三日に市長の職を辞した事実は認める。」と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、本案前の抗弁として、(一)原告井上俊哉は本件署名簿に署名した者でなく、地方自治法第八一条によつて準用される同法第七四条の二第四項の関係人に該当しないから被告の決定に対し異議申立は出来ない。(二)原告等主張のような手続上の瑕疵を理由としては前記法条による異議申立は出来ない。(三)明石市長田口政五郎は昭和三〇年二月三日を以て市長の職を辞したので、本訴の利益は消滅した。」と述べ、本案の答弁として、「原告等の主張事実は総て認めるが、その主張の『市長解職請求の要旨』と題する文書並に『市長解職請求書』と題する文書は、何れも市長解職請求に関する文書であつて、内容その他に於て大差なく、前者の文書では署名するが、後者の文書では署名しないと考へられる程差異あるものではないから、右両文書差替の事実を以て本件署名簿の署名が無効となるものではない。」と述べた。(立証省略)

被告補助参加人等訴訟代理人は、本案前の主張として、「原告等は、単に選挙権者であると云うだけでは、地方自治法第八一条によつて準用される同法第七四条の二第四項の関係人に該当しないから本訴を提起する資格がない。」と述べ、本案について、「原告等主張の『市長解職請求の要旨』と題する文書にその主張の如き瑕疵が存するとしても、解職請求代表者たることの証明書の交付を申請しておれば、その者が代表者たることは明らかであり、右文書と証明書交付申請書とは一体をなすものであるから、右文書は代表者不明の文書と云うことは出来ない。又仮に右文書を添付して蒐集した署名が無効であるとしても、法定の様式を具備した、原告等主張の『市長解職請求書』を添付して蒐集した昭和二七年六月一九日以降の署名は有効である。」と述べた。

理由

弁論の全趣旨と、成立に争ない甲第三、四号証とを綜合すると、本訴は、明石市長田口政五郎に対する市長解職請求署名簿の署名の効力を争うものであることが認められる。そこで、先づ原告等の当事者適格について考える。原告等は、何れも明石市の住民であり、且選挙権者であるから本訴の原告適格を有すると主張するが、市長解職請求手続に於て、右解職請求代表者のなす署名の蒐集は、右解職の賛否を一般住民(選挙人)に問うところの、所謂住民投票(地方自治法第八三条、第八一条第二項、第七六条第三項)の為の、云はゞ準備段階であり、従つて、右署名の効力は可及的速やかにこれを確定する必要があるのであつて、このことは、右法律第八一条によつて準用される同法第七四条の二第一一項の規定の趣旨からも窺える。従つて、右第七四条の二第四項は、署名の効力に関する選挙管理委員会の決定に対して異議を申立て得る者の範囲を、広く一般選挙人に認めず、そのうちの「関係人」に限定し、これに該当しない一般選挙人又は一般住民からの濫訴を防止して、署名の効力を速やかに確定せしめようとしたのである。このことはまた、右と同趣旨に用いられたと解する同条第五項後段の規定に云う「関係人」の場合を考えれば明瞭であつて、若しこの「関係人」を一般選挙人、又は一般住民を指すものとすれば、選挙管理委員会は同項所定の通知をこれらの者に対してもなすことを要する結果となり、極めて不合理であることは明らかである。而して、同条第八項によれば、同条第五項の規定による決定に不服ある者は、地方裁判所に出訴出来る旨規定されているが、右規定は、同条第四項第五項を受けた規定であることは明らかで、右に云う「不服ある者」とは、右第四項に云う関係人のうち、決定に不服ある者(必ずしも異議申立人には限らず)を指すと解するのが相当である。従つて、単に明石市の住民であり、且、選挙人であると云うだけでは、本訴の原告たる適格を有しないものと云はねばならない。ところで原告井上俊哉は、前記の如く、単に明石市の住民であり、且選挙人であると云うだけで他に本件署名簿の署名に関係ある者ではないから、同原告は本訴の正当なる当事者たる適格を欠く者であると云はねばならない。次に原告伊藤剛一は右原告井上と同一事由のほか、本件署名簿に署名した者であるから、本訴の原告適格を有すると主張するが、同原告が仮に本件署名簿に署名した者であるとしても、前記法条に云う関係人とは、異議申立の目的となつた当該署名に関係ある者を云うのであり、それは、解職の対象とされる市長、或は解職請求の代表者等でない、単に一般選挙人として署名した者について云えば、前説明の如く、署名の効力を速やかに確定せしめようとする法の趣旨から云つて、自己の署名が有効若は無効と決定されることに関係を有するのみであつて、他人の署名についてまで斯る関係を有すると認めたものではないと解すべく、従つて斯様な一般選挙人は、自己の署名についてのみ、右関係人たる地位に立つものと云うべきである。そうとすれば、被告伊藤が、別紙目録の署名中、同原告の署名以外の署名については、やはり、本訴の正当なる当事者たる適格を有しない者と云はねばならない。次に同原告自身の署名について考えてみるに、本来市長解職請求署名簿に署名した一般選挙人は、特にその署名が、本人の意思に基かないものと認められる特別の事情のない以上、右請求に賛成の意思を表示した者であり、斯様な者はたとい、右署名蒐集の手続に瑕疵が存したとしても、右瑕疵を当初に発見したならば、署名しなかつたであろうと考えられる様な場合でないかぎり、最早や右瑕疵を理由として自己の署名の無効を主張し得ないものと云うべく、尚このことは、地方自治法施行令第一一六条によつて準用される同令第九五条の趣旨からも窺えるところである。而して、同原告は、単に本件署名簿に署名した者であると主張するのみで、右説明の如き事情の存することについては何等の主張も立証もないのであるから、同原告が自己の署名の無効を主張する部分についても亦本訴の正当なる当事者たる適格を有しないものと云はねばならないのみならず、明石市長田口政五郎が、昭和三〇年二月三日その職を辞したことは周知の事実であるから、現在に於ては、本訴は最早やその目的を失い、権利保護の利益を有しないものとなつたのである。

仍て訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 朝田孝 林義一)

(目録省略)

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