大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

神戸地方裁判所 昭和30年(ヨ)21号 判決

申請人 清成慶雄

被申請人 神戸証券取引所

主文

被申請人が申請人に対し昭和二十九年十二月二十五日附を以てなした解雇の意思表示の効力はこれを停止する。申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として次の通り陳述した。

申請人はもと被申請人の従業員であり業務課市場係として勤務していたが、被申請人は昭和二十九年十二月二十五日附を以て申請人に対し

「申請人は昭和二十九年十二月一日午後三時過頃執務時間中、被申請人取引所内労働組合事務所に於て、同僚申請外摂津靖雄に対し暴行をなし傷害を与えたものである。」との事由に基いて申請人を解雇する旨の意思表示をなした。しかし右解雇の意思表示は左の理由により無効である。

一、もともと証券業界は封建的因襲が強く労働組合の結成が妨げられていたが、申請人が中心となつて努力した結果、遂に昭和二十九年八月二十九日、被申請人の従業員を以て組織する神戸証券取引所労働組合が結成されるに至り、同組合は直ちに生活補給金・労働協約・賃金値上等の獲得要求を掲げて争議状態に入ると共に申請人はその初代執行委員長に選任されて卒先斗争を指導した結果先ず生活補給金二ケ月分及び労働協約の基本的事項の成文化を獲得した。そして申請人は同年十月十六日一旦執行委員長を辞任したが、その後直ちに執行委員に選任されて副執行委員長となり、渉外・文化厚生部長を兼任し、引続き前面に立つて活動を続け、同年十月末には三十%の賃金値上を獲得するに至つた。而して被申請人の前記解雇の事由とするところは後記のように全く事実に相違し被申請人がかかる不実の事由を掲げて強いて申請人を解雇しようとするのは全く前記の如き申請人の組合活動を封殺し組合の破壊を企図したものであり、従つて右解雇は不当労働行為として無効である。

二、仮に右解雇が不当労働行為に当らぬとしても被申請人が解雇の事由としたところは事実に相違している。即ち申請人は同年十二月一日午後三時過頃組合事務所に於て同僚摂津に対して同人がかねて申請人を中傷する言辞を示したことについて同人に対し釈明を求めたところ、同人の応答が不誠実であつたのに激昂した余りつい同人の胸倉をとつたけれども、直ちに居合せた申請外水内章善、同三好朝子に制止されて事無きに了つたものであつて、右時刻は従来慣行上の休憩時間であり且つ若干休憩時間を越すおそれがあつたので申請人は予め業務課長の許可を得ていた次第で、右は勤務時間中の出来事でもなく又右場所は組合事務所内であつて被申請人の事業場内でもなく、加うるに申請人の行為は暴行にまで至らず況んや右摂津を傷害した事実は全くないことは前記のとおりであるから、右の事実は社会通念上解雇を以て擬すべき程の事実ではなく、被申請人就業規則第三十六条所定の解雇事由に該当しないから、この点に於ても解雇は無効である。

申請人は労働者として受ける給与により生活する者であるが、解雇により生計を断たれ本案判決確定まで待つことが出来ないので本申請に及ぶ。

被申請代理人は、本申請を却下する。との判決を求め、答弁として次の通り陳述した。

申請人はもと被申請人の従業員であり業務課市場係として勤務し、被申請人は申請人に対し、昭和二十九年十二月二十五日附を以て解雇する旨の意思表示をした事実はこれを認めるが、右解雇は、申請人が組合活動を行つたこと、或は組合役員であつたこととは全く関係がなく、被申請人は左の理由により申請人を解雇したものである。

即ち申請人は、

(一)  同年十二月一日午後三時過頃(執務時間中)、被申請人事業場内である組合事務所に於て、同僚摂津靖雄に対し威圧的態度を示して詰問し、同人が執務時間中なることを理由に同所を退去しようとするのを不法に妨げた上、矢庭に同人の胸部等を殴打し腿をけりつける等の暴行をなし、因つて前胸部に治療約一週間を要する打撲擦過傷を与え、

(二)  昭和二十七年七月十二日午後五時頃、同僚申請外八村良一を焼跡の長谷川ビル(当時北鮮系並びにその他の左翼団体が占拠していたビル)屋上に連れ出した上、同日午後十時頃まで種々難詰して所謂吊し上げをなし、

(三)  同僚の預り金であるクラブ資金を不正に使用した。

ものであつて、右の事実は被申請人就業規則第三十六条第三号又は第四号の何れかに該当する。本来証券取引所は公共的使命をもち信用を生命とするものであり、その従業員は絶対信用さるべき者なることを要するところ、申請人は右の如き犯罪行為をなし従業員たるの資格を全く欠き当然解雇に価するので、被申請人は右(一)の事実を主たる原因事実とし、(二)、(三)の事実をも併せ参酌の上、就業規則に則り申請人を解雇したのであるから、解雇は有効である。

尚、神戸証券取引所労働組合が成立したのは、大阪証券取引所に労働組合が結成されその争議が宣伝された結果、その影響と助力により結成されたものであるが、元来被申請人の従業員は真面目であつて過激なる組合運動を好まず、ために申請人は結成の際僅か十余名により執行委員長に選任されたけれども、その後漸次組合員の支持を失い辞任のやむなきに至り、以後はあまり組合活動を行つていない。従つて解雇は申請人の組合活動とは無関係でありこれを理由としたものではない。

(疏明省略)

理由

申請人がもと被申請人の従業員であり、被申請人が申請人に対し昭和二十九年十二月二十五日附を以て解雇する旨の意思表示をなした事実は当事者間に争がなく、申請人が業務課市場係として勤務していたことは、被申請人が明らかにこれを争わないので自白したものと看做す。

先ず、右解雇が不当労働行為である旨の申請人の主張について判断する。

証人摂津靖雄の証言により真正に成立したものと認められる疎乙第一号証、証人三好朝子、同水内章善、同前田英夫、同摂津靖雄(その一部)、同石野成明(同)の各証言を綜合すると、

(一)  被申請人の従業員を以て組織する神戸証券取引所労働組合は、昭和二十九年八月二十九日結成され、直ちに生活補給金、労働協約、ベースアツプ等の要求を提出したが、申請人は右組合結成への中心となつて尽力し、初代執行委員長に選任されて右要求貫徹のため斗争全般にわたり活溌な組合活動をしたこと。

(二)  その後組合内部に意見の対立が生じ、同年十月中旬頃執行部は総辞職し、申請外前田英夫が執行委員長に、申請人その他が執行委員に夫々選任され、申請人は引続き組合活動を行つていたが、前田は、比較的尖鋭な申請人とは対立的立場にあつたこと。

(三)  摂津靖雄は申請人の同僚であり、かねて積極的な申請人の組合活動を批難し、被申請人理事と内通の噂もあつたところから、申請人とは対立的立場にあつたところ、同人が申請人の組合活動、私行等につき他の組合員に中傷する如き風聞があつたので、申請人は同年十二月一日午後三時過頃労働組合事務所に於て、同人を詰問すると共に同人の不誠実な態度に激昂した余り同人の胸部を殴打し或は腿をける等の暴行をしたが直に居合せた申請外水内章善等に制止されたこと。

(四)  右暴行の結果摂津は治療約一週間を要する打撲擦過傷を受けたが同月九日経理課長に昇進し、一方申請人は同月二十五日附を以て解雇の通知を受けるに至つたこと。

が疏明せられ、右の事実経過を綜合すると、解雇は申請人の活溌な組合活動を忌避する意図であつたものと一応推測することが出来る。

ところで被申請人は、申請人の前記暴行傷害の行為は、(イ)申請人が申請外八村良一を長谷川ビルに連行して吊し上げた事実、竝びに(ロ)クラブ資金を不正に使用した事実等と相俟つて、就業規則第三十六条第三号又は第四号に該当するから、これを理由として解雇したものであつて不当労働行為ではないと主張し、なる程証人石野成明の証言により真正に成立したものと認められる疏乙第三号証の三、同証人及び証人前田英夫の各証言によると、申請人が昭和二十七年七月頃の夜間に、当時左翼団体の占拠していた長谷川ビル屋上で同僚八村良一を難詰したこと、竝に昭和二十八年頃従業員の厚生機関であるクラブの映画割引券購入資金を一時他に流用したことの疏明があるけれども、右各疏明資料によれば、右長谷川ビル屋上の事件は所謂吊し上げ等の異常な名称を以て呼ばれる性質の事件ではなくむしろ同僚間の個人的な論争に過ぎないこと、竝に右クラブ資金の流用はその後申請人においてこれを補填して実害なく、いずれも特に問題となることなく既に二、三年を経ていることが疏明せられ、従つて被申請人において今ことさらにこれを採り上げて解雇事由とするほどの理由もなく、被申請人の右主張は結局申請人の前記摂津に対する暴行傷害が就業規則第三十六条第三号第四号に該当するものであるとする一点に帰するところ、既に疏明せられたように暴行に至つた経緯は被申請人の業務執行とは関係なく専ら組合活動、私行に関する同僚間の対立に起因するものであり、申請人は一旦は摂津の不誠実な態度に激昂した余り同人に暴行を加えたけれども、直ちに水内等に制止せられて極めて短時間に終り、結局治療一週間程度の打撲擦過傷を与えたに止まつた事実と、証人三好朝子、同水内章善、同石野成明(その一部)、同前田英夫(同)の各証言により疏明せられる従来市場係従業員は慣行として午後三時過頃一時休憩していたこと、右暴行の場所も労働組合事務所として使用している室内であつて、従つて右暴行により直接に余人の執務を妨げ又は外来者の耳目に触れるなど経営秩序に特に重大な障碍を生じたこともなかつたこと、竝に被申請人取引所の従業員間において以前にも暴行事件があつたが解雇せられることはなかつた事実を綜合して考えると、右のような事由を以ては未だ被申請人取引所の就業規則第三十六条第三号、第四号に所謂、「重大なる過失又は不正行為をなしたとき、その他業務上已むを得ない事由があるとき。」とある条項には該当するに足らぬものと判断するほかはないから、被申請人は申請人の右行為を以て解雇の決定的原因となす意思であつたものとは到底認められず、従つて被申請人の主張は前記推測を覆すことが出来ない。

そうすると結局本件解雇は不当労働行為に該当し無効であると云わなければならない。而して申請人が解雇により生計を失い、本案判決の確定を待つては恢復することの出来ない損害を蒙る虞があることは明かである。よつて本申請は理由があると認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大野千里 河野春吉 奥村正策)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com