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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1312号 判決

原告 達山こと 徐順子

右訴訟代理人弁護士 松岡滋夫

被告 神戸大和株式会社

右代表者代表取締役 山田佳子

右訴訟代理人弁護士 神垣守

同 岡田丈二

主文

一  被告は、原告に対し、金一四三四万四一九九円及び内金一一二六万〇一七七円に対する昭和五九年九月二三日から、内金三〇八万四〇二二円に対する昭和六一年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、これを仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六八三七万九三三五円及び内一一二六万〇一七七円に対する昭和五九年九月二三日から、内五七一一万九一五八円に対する昭和六一年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告(昭和二〇年五月一四日生)は、昭和五八年一二月二五日午後七時頃、被告の経営にかかるサウナ浴場「神戸レディースサウナ館」において、入浴後、そのマッサージ担当従業員の牧野美恵子から全身マッサージを受けた。

2  その際、牧野は、原告に対し、その頸部を瞬時に強く捻り曲げた過失により、中心性頸髄損傷の傷害を負わせた。なお、牧野は無資格であった。

3  右傷害のため、原告は、

(一) 即時に四肢不全麻痺等を来たし、直ちに救急車で神戸市立西市民病院へ搬入されたが、夜間のため諸検査も十分にできないなどとして、本城・永井外科整形外科へ転送され、そのまま入院して検査を受けたうえ、翌日(昭和五八年一二月二六日)、西市民病院への転送を希望して退院した。

(二) そして、同月二八日から昭和五九年一月二六日まで西市民病院で通院加療を受け、その後、自宅に近いなどのことから、紹介状を書いてもらったうえ、同月三〇日から春日外科病院で通院加療を受けるようになった。

なお、右のとおり入院しなかったについては、空ベッドがなかったことの外、いわゆるママとしてスナックの営業をしていたところ、これに出るのを一日でも休めば、その経営が困難になるため、歩行さえ困難であったにもかかわらず、後記のとおり介助人を付けてでも出ざるを得なかった、という事情もあった。当時、被告からは、原告が再三請求したにもかかわらず、賠償(補償)は全くなされなかったのである。

(三) しかし、その後も症状は思わしくなく、今度は明芳クリニックに転じて、昭和五九年三月二一日から診療を受けたうえ、強く入院を勧められて、同年四月四日から入院加療を受け、同年八月一八日に退院した。

(四) 右退院後も引続き、明芳クリニックで通院加療を受けて来たが、昭和六一年三月時点で、「軽易な労務は可能だが、持続的な労務には服することができない」という後遺症(自賠法施行令二条の後遺障害別等級表における七級四号に該当)を残した。

4  損害

(一) 西市民病院の診療費 四三八一円

(二) 本城・永井外科整形外科の入院及び診療費 一万〇五九一円

(三) 右を退院するときの寝台車の費用 一万五〇一〇円

(四) 昭和五八年一二月二五日から昭和五九年一月二五日まで(三二日間)、歩行等が困難のため介助人を付けざるを得なかった、その費用 四八万円(一日一五〇〇円)

(五) 右期間におけるレンタカー使用の費用 三二万円(一日一万円)

(六) 春日外科病院の診療費 六万四四一〇円

(七) 明芳クリニックの入院及び診療費(昭和六〇年一二月六日までの分) 五三九万〇九四三円

(八) 右入院雑費 一三万六〇〇〇円(一日一〇〇〇円として一三六日分)

(九) 原告は、右入院に際して、福田愛子に対し、前記スナックの営業を依頼して、昭和五九年四月分から同年七月分までの給料として計一六〇万円(一か月四〇万円)を支払った。

(一〇) 逸失利益

(1) 原告は、前記スナックの営業により、本来であれば、少なくとも一か月四〇万円(一年四八〇万円)の収入を得られたところ、

① 昭和五八年一二月二五日から昭和六一年三月二四日までの間は、ほとんど稼働できず、計一〇八〇万円(二年三か月分)の得べかりし収入を喪失した。

② その後(昭和六一年三月二五日以降)の逸失利益の同月時点における現価は、労働能力喪失率は五〇パーセントとみるべきであり、就労可能年数が二七年(同月当時四〇才)であるから、次のとおり三八四〇万円となる。

480万円×0.5×16(ホフマン係数)=3840万円

(2) なお、仮に、右(1)の四〇万円という収入が認められぬとすれば、原告は本件事故当時三八才であったところ、三八才の女子労働者の平均賃金は一か月一八万五一〇〇円であるから、

① 右①に対応するものは、次のとおり四九九万七七〇〇円となる

185,100×27=4,997,700

② 右②に対応するものは、次のとおり一七七六万九六〇〇円となる。

(185,100×12)×0.5×16=17,769,600

(二) 慰謝料 一〇一五万八〇〇〇円

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

5  よって、原告は、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害の賠償として、右4の合計額六八三七万九三三五円及び内一一二六万〇一七七円(右4の、(一)ないし(六)、(七)の内四一五万九七八五円、(八)、(九)、(一一)の内三四七万円、(一二))に対する昭和五九年九月二三日(本訴状送達の日の翌日)から、残五七一一万九一五八円に対する昭和六一年六月一〇日(同月九日付「請求の拡張申立」書到達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の内、同1のマッサージの際、牧野が原告の頸部を曲げたことがあることは認めるが、その余(但し、無資格の点は除く。)は否認し又は争う。

3  同3の内、原告が、昭和五八年一二月二五日当日、直ちに救急車で神戸市立西市民病院へ搬入されたが、夜間のため等により、本城・永井外科整形外科へ転送され、そのまま入院して、翌日退院したこと、その後、同月二八日から昭和五九年一月二六日までは西市民病院で、同月三〇日からは春日外科病院でそれぞれ通院加療を受け、同年四月四日から同年八月一八日まで明芳クリニックに入院したこと、これらは認めるが、その余は否認し又は争う。

4  同4は全体として争う。特に、原告が、スナック営業により一か月四〇万円の収入を得られたとする点は、強く否認する。

三  被告の主張及び抗弁

1  本件傷害は、昭和五九年三月末頃には、多少の神経症状が後遺症として残ったにしても、(症状固定して)治ゆし、あるいはすべきものであったから、それ以降の治療費等の損害については、被告側の行為との間に相当因果関係がなく、少なくとも、過失相殺をすべきである。

すなわち、明芳クリニックへの入院(同年四月四日から同年八月一八日まで)は、治療の必要があったからではなく、検査とか経過観察のためであったし、右入院中、原告は当初から連日の如く外出及び外泊をくり返していたのであるから、これらに照らすと、右入院直前の同年三月末頃には既に症状固定・治ゆしていたものといえる(右入院の必要はなかった)。仮にそうではないとしても、本件のような傷害(本城・永井外科整形外科で診察を受けた昭和五八年一二月二五日時点では、原告は、四肢の麻痺とか知覚異常はなく、歩行も可能で、頸椎レントゲン検査でも異常はなく、ただ、頸部に軽度の運動障害があって前屈、後屈に痛みがある、という程度の症状であった。)は、初期の段階で、入院しあるいは通院でも安静にして治療を受けていれば、三か月位で(すなわち、昭和五九年三月末頃には)症状固定・治ゆすべきものであるところ、原告が、医師の指示に反して、本城・永井外科整形外科を一晩で自己退院してしまい、その後も安静にしないで、症状固定・治ゆを遅らせたのである。

2  仮に、右の昭和五九年三月末頃という主張が失当としても、前記の明芳クリニックの入院経過に照らすと、遅くともその退院時(同年八月一八日)をもって症状固定・治ゆしたとみるべきである。

3  牧野は、それまで他にして来たのと同様の方法、力でもって、原告の頸部を曲げたのに、原告にのみ傷害が生じた。これは、原告に特異な体質的、器質的素因があったからである。なお、原告は、一〇年位前に、頭を殴られて転倒し、四肢麻痺を来たしたことがあった。

損害の認定にあたっては、右の点が考慮されるべきである。

4  被告は、本件についての金員仮払仮処分申請事件において、仮払の和解により、昭和五九年八月三一日、原告に対して一〇〇万円を支払った。

四  被告の主張、抗弁に対する認否

1  右三の1ないし3については、否認し又は争う。

なお、当初入院しなかった理由は前記のとおりであるし、明芳クリニックに入院中に外泊をしたのは、被告から何らの賠償、補償がない状況のもと、診療費等を稼ぐためもあって、前記スナックに出ざるを得なかったからである。

2  同4の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(原告が、昭和五八年一二月二五日夜、被告経営のサウナ浴場で、そのマッサージ担当従業員の牧野から全身マッサージを受けたこと)は当事者間に争いがない。

そして、その際、牧野が、少なくとも、原告の頸部を曲げたことがあることは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》を併せると、牧野は、いわゆる「首を鳴らす」べく、頸部を瞬時に強く左及び右方向に捻り曲げたのであり、そのため、原告は、頸椎捻挫のみならず中心性頸髄損傷の傷害を受けて、直ちに頸部痛とか四肢の不全麻痺及び知覚障害等を来たしたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、《証拠省略》によれば、マッサージに際して、右の如く頸部を捻り曲げて「首を鳴らす」ような施療は、危険を伴うから、そもそも、これについて相当程度に専門的学習をした者でなければ、してはならないし、仮にこれをなすとしても、対象者の体質等をも十分に考慮したうえで、安全な方法と程度でもってなすべきものであるところ、牧野は、そもそも無資格であって、もちろん右のような学習はしていなかったにもかかわらず、また、最初一方に曲げたとき曲がりにくいと気付きながらも、ただ漫然と(反対方向にも)前記のとおり瞬時に強く捻り曲げたことが認められ(る《証拠判断省略》)。

以上によれば、原告の前記傷害は、被告の被用者たる牧野が、その業務を行うについて、過失(注意義務違反)により生ぜしめたものというべきであるから、被告は、使用者として、右受傷により生じた損害につき、これを賠償すべき不法行為責任を負う(免責事由については、主張もないし、これを認めるに足りる証拠もない)。

二  原告が、昭和五八年一二月二五日当日、直ちに救急車で神戸市立西市民病院へ搬入されたが、夜間のため等により、本城・永井外科整形外科へ転送され、そのまま入院して、翌日退院したこと、その後、同月二八日から昭和五九年一月二六日までは西市民病院で、同月三〇日からは春日外科病院でそれぞれ通院加療を受け、同年四月四日から同年八月一八日まで明芳クリニックに入院したこと、これらは当事者間に争いがなく、右各事実に、《証拠省略》を併せると、以下のとおり認められる。

1  原告の場合にも見られたように、頸椎捻挫及び中心性頸髄損傷の傷害は、頸部の痛み及び運動障害等とか四肢の不全麻痺、知覚障害及び筋力低下等の症状を呈するものであるが、原告に生じた本件傷害については、ほぼ昭和六〇年末頃をもって、症状固定して治ゆし、頸部に痛みがある外、特に左側の上下肢に痺れ感があって必ずしも長時間は継続して立っていられない、という後遺症を残した。

2  原告は、本件傷害につき、右の症状固定までに次のとおりの診療を受けた。

(一)  昭和五八年一二月二五日 西市民病院で救急診療(なお、その診療費については、主張・立証がない。)

(二)  同月の二五日から二六日まで 本城・永井外科整形外科で入院診療(その入院診療費 一万〇五九一円)

(三)  同月二八日から翌昭和五九年一月二六日まで 西市民病院で通院診療(その診療費 四三八一円)

(四)  同年一月三〇日から同年三月九日まで 春日外科病院で通院診療(その診療費 六万四四一〇円)

(五)  その後、明芳クリニックで、同年三月二一日から通院診療を受け、同年四月四日から同年八月一八日までは入院診療を受けて、爾後、再び通院診療を受けて来たところ、その入通院診療費は、昭和六〇年一二月六日までで、五三九万〇九四三円(但し、内四一七万二四八〇円は未払)。(なお、右同日より後の診療費については、主張・立証がない。)

右認定に反して、被告は、症状固定時を昭和五九年三月末頃、遅くとも明芳クリニックを退院した同年八月一八日と主張するが、《証拠省略》に照らしてみて、到底採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そうすると、右二1の後遺症による損害(逸失利益等)とか右二2の入通院診療費計五四七万〇三二五円は全部、他に特段の事情のない限りは、本件受傷と相当因果関係ある損害とみることができる。

この点について、被告は、本件のような傷害は、初期に、入院しあるいは通院でも安静にして、治療を受けていれば、多少の神経症状を後遺症として残すにしても、三か月位で症状固定・治ゆすべきものであるのに、原告が、医師の指示に反して、入院せず安静にもしないで、症状固定・治ゆを遅らせ、かつ、後遺症をより重くさせた、旨主張するので、右特段の事情が認められるか否かという観点から、次項で検討を加える。

四  原告は、前記のとおり、本件受傷当夜一晩入院したものの、その後は三か月余り後の昭和五九年四月四日に明芳クリニックに入院(同年八月一八日まで)するまで入院はしなかったのであるし、《証拠省略》によれば、いわゆるママとして他にホステスも三人使用してスナックを営業して来ていたところ、右入院前にあっては、ほぼ毎日の如く短時間にせよ店に出るなどし、右入院中にあっても、四月末頃から七月末頃までは、計三十数回(特に六月中旬頃からは連日の如く。)も外泊をくり返して店に出るなどして(なお、他に外出もあった。)、必ずしも安静にはしていなかったことも認められるところ、右各証言によれば、本件のような傷害にあっては、初期の安静が肝要であり、入院しあるいは通院でも安静にして治療するのが通常であって、原告の場合にも、初期の段階で、入院しあるいは通院でも安静にして治療を受けていれば、後遺症は、前記のような程度には至らず、せいぜい「服することができる労務が相当な程度に制限される」(自賠法施行令二条の後遺障害別等級表の九級一〇号)という程でもなくて、上下肢にかなりの痺れ感があるという程度(同表の一二級に相当する程度)のものであったろうことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうとすると、原告に実際に生じた前記後遺症については、前記のように入院せず安静にしなかったことが原告の過失といえるかどうかに関わりなく、右認定の限度でしか本件受傷との間に相当因果関係を認めることができないというべきである。なお、後遺症について、以上を超えては前記特段の事情を認めるに足りる証拠がない。

しかし、症状固定・治ゆの時期については、《証拠省略》によれば、本件のような傷害にあっては、個人差が大きく、おおよそどの位ということもなかなか言い難いと認められるところでもあり、原告が当初から入院しあるいは通院でも安静にして治療を受けたとして、果たしてより早かったか否か、仮に早かったとしてもどの程度か、本件全証拠を精査してみても、この点を明らかにするだけの的確な証拠がないのであって、他に、前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

五  前記二2の入通院診療費計五四七万〇三二五円以外の損害(但し、慰謝料及び弁護士費用は除く。)について

1  《証拠省略》によれば、原告は、前記のとおり本城・永井外科整形外科を退院する際、本件傷害のため安静が必要だったので、寝台車を使用し、これに一万五〇一〇円を要したことが認められる。

2  《証拠省略》によれば、原告は、本件受傷当日の昭和五八年一二月二五日から、西市民病院への通院を止めた昭和五九年一月二六日頃までは、本件傷害のため、歩行等が必ずしも自由にならなかったので、夫に介助してもらったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、その介助費用の損害としては、一日一五〇〇円をもって相当とするので、原告主張のとおり計四八万円を認める。

3  請求原因4(五)のようにレンタカーを使用したと認めるに足りる的確な証拠はない。

4  明芳クリニックにおける入院(一三六日間)雑費の損害としては、原告主張のとおり一日一〇〇〇円として一三万六〇〇〇円を認めてよい。

5  休業損害ないし逸失利益について

(一)  前提として、原告が、前記スナックの営業により、本来であれば、少なくとも一か月四〇万円の収入を得られたと主張するので、この点について検討する。

《証拠省略》によれば、本件受傷当時、原告名義で、金融機関に、毎月三〇万円余りあるいは五〇万円余りが振り込まれ、その外五〇〇万円余りの貯金があったことが認められるが、少なくとも、これらの金員の出所を明らかにする的確な証拠がない。

他に、本件全証拠を検討してみても、右スナックの営業により原告がどの程度の収入を得て来ていたのか、得られたのか、これを明らかにし得る的確な証拠はない(なお、原告は、税の申告書について、現実の収入とはかけ離れているので提出しない、というのである)。

そうとすると、原告の得べかりし収入については、その年令の女子労働者の平均賃金とみるのが相当である。そして、前記のとおり原告は昭和二〇年生まれであるところ、いわゆる賃金センサスによれば、右平均賃金(年間)は、昭和五九年・三九才で二三四万一〇〇〇円、昭和六〇年・四〇才(から四四才まで)で二四三万六九〇〇円である。

もっとも、《証拠省略》によれば、原告は、明芳クリニックに入院中の昭和五九年四月及び五月、前記スナックのいわゆる代理ママを福田愛子に頼み、その対価として一か月四〇万円計八〇万円を支払ったことが認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)ので、右八〇万円は、休業損害ないし逸失利益とは別に、そのまま本件受傷による損害とみてよい。

(二)  まず、前記の症状固定時(昭和六〇年末頃)までについてみる。

右時点までについては、これまでに述べて来たところに、《証拠省略》を併せて検討すると、原告は、本件傷害がなかった場合に比して、昭和五九年は年間平均して二割程度、昭和六〇年は年間平均して六割程度しかそれぞれ労働できない身体状況であったと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はないから、その逸失利益は、次のとおり二八四万七五六〇円となる。

2,341,000×0.8+2,436,900×0.4=2,847,560

(三)  次に、前記の症状固定時(昭和六〇年末頃)以降についてみる。

本件受傷と相当因果関係ある労働能力喪失は、前記四に認定したところ及びその他本件に顕われた諸般の事情からして、一五パーセント程度で五年間程度と認めるのが相当であるから、その逸失利益の右時点における現価は、次のとおり一五九万五三〇四円となる(年五分の割合による中間利息をホフマン法によって控除した)。

2,436,900×0.15×4.3643(ホフマン係数)≒1,595,304(円未満切捨)

六  以上に認定して来た損害金の合計は、一一三四万四一九九円となる。

右認定の限度では、その損害について過失相殺をすべきような原告の過失があったと認めるに足りる証拠はない。

また、被告は、本件傷害については原告の体質的、器質的素因も寄与していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

七  本件の慰謝料及び弁護士費用損害金については、本件に顕われた諸般の事情を考慮して、順次、三〇〇万円、一〇〇万円をもって相当とすると認める。

八  被告の主張及び抗弁4の事実(仮払金一〇〇万円の支払)は当事者間に争いがない。

九  以上の次第で、被告は、原告に対し、本件受傷と相当因果関係ある合計一四三四万四一九九円(一一三四万四一九九円、三〇〇万円及び一〇〇万円の合計額から一〇〇万円を控除したもの)の損害を賠償すべき義務がある。

一〇  従って、原告の本訴請求については、右一四三四万四一九九円及び内一一二六万〇一七七円(訴状請求額)に対する不法行為の後である昭和五九年九月二三日(訴状送達の日の翌日)から、内三〇八万四〇二二円に対する不法行為の後である(なお、将来の逸失利益の現価算出基準時よりも後である。)昭和六一年六月一〇日(同月九日付「請求の拡張申立書」到達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容して、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝阿彌誠)

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