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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)152号 判決

原告

西山幸男

右訴訟代理人弁護士

西本義孝

被告

西山幸登

右訴訟代理人弁護士

藤原忠

明石博隆

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)は原告が所有する。

2  被告は、本件土地を、その地上に同目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、占有している。

よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づいて、本件建物を収去して本件土地を明け渡すように求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  原告所有のもとの神戸市兵庫区五宮町六一番宅地二一七・八四平方メートル(以下「六一番」という。)が、昭和四四年二月、同町六一番の二宅地一〇六・七〇平方メートル(以下「六一番の二」という。)と本件土地とに分筆されたものであるところ、被告は、昭和二一年、原告から六一番を使用借りした(以下「本件使用貸借」という)。但し、六一番のうちの東側半分位(右分筆により六一番の二となつた部分)は、昭和四四年一月頃返還した。

2  本件使用貸借契約においては、

(一) 当初は、借用物返還時期の定めがなかつたが、右のとおり東側半分位を返還した際、残りの西側半分位(すなわち、前記分筆により本件土地となつた部分)の返還時期を、当時その地上に存した本件建物が朽廃したときとする旨明示又は黙示に合意された。

(二) 仮に右合意が認められないとしても、被告が居住すべく地上に建物を所有することを目的とする旨の定めがあつた。

3  右1、2についての具体的事情

(一) 六一番は、戦前、原被告(原告は被告の兄)の父亡西山若松(昭和一一年死亡)の出捐により地上建物と共に購入され、これに原被告を含む若松の家族全員が居住していた。なお、将来の相続のことを考慮して、長男の原告の所有とされたものである。

その後、昭和二〇年の戦災により、右建物は焼失して、六一番は空地となつた。

(二) その後の昭和二一年、外地から帰還した被告は、妻子と共に居住すべき適当な住居がなかつたので、原告から、当時なお空地のままであつた六一番地上に建物を建築してこれに居住することの承諾を得て(賃料とか期間の定めはなかつた。)、その西側半分位(本件土地部分)の地上に本件建物(但し、当時は現在よりも小さかつた。)を建築し、これに妻子と共に居住するようになつた。

なお、東側半分位は畑等として利用するようになつた。

(三) その後の昭和四四年一月頃、原告側が、家を建てたいから右の東側半分位を明け渡して欲しいと申し入れて来たので、被告は、これを承諾し、右の東側半分位を、畑を潰すなどして明け渡した。そして、六一番は、原告自らが測量に立ち会つたうえで、前記のとおり同年二月に六一番の二(右のとおり明け渡した東側半分位)と本件土地とに分筆され、六一番の二については、原告の長男西山英一が、同年中にその地上に居宅を建築してこれに居住するようになつた。

(四) 原告は、右のように東側半分位の返還を受けることによつて、その代わり、残りの西側半分位(すなわち本件土地)については、その地上の本件建物が存続する限り使用してもよいと認めたものである。

その証左に、

(五) 六一番に課される税については、原告の旧住所地たる被告方への原告宛の納税通知書が送付され、これを被告が支払つて来ていたのであるが、右(三)のとおり東側半分位を返還して後は、被告が第一、二期分を、英一が第三、四期分を各支払うこととなつたのであり、しかも、原告は、原告方へ直接送付されるようになつた納税通知書のうち第一、二期分を被告方へわざわざ転送して来た(但し、右のような被告の支払、原告からの転送は昭和五三年第一期分まで)。

4  仮に前記2が失当としても、以上の諸点の外、次のような事情も併せると、原告が被告に対して本件土地の明渡を求めるのは、権利の濫用というべきである。すなわち、

被告は、他に居住すべきところがなく、本訴における和解手続中で、本件土地を時価で買い取ることも申し出た。他方、原告は、借家住まいではあるが、その明渡を求められている訳ではなく、かつ、前記のとおり東側半分位の返還を受けたのであるから、そこに自己の居宅を建てることも可能であつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、当初、返還時期の定めがなかつたとする点、東側半分位の返還当時、西側半分位(本件土地)の地上に本件建物が存したこと、これらは認めるが、その余の事実は否認する。本件使用貸借契約においては、返還時期の定めはなかつた。

3  同2(二)については、本件土地部分についてのみ、しかも後記のような限定付で、認める。

4  同3(一)の事実は認める。

5  同3(二)の事実も認める(もつとも、当時の建物と現在の本件建物とでは同一性が認められないこと後記のとおりである)。

但し、後記のとおりである。

6  同3(三)の事実は認める。

7  同3(四)は否認し又は争う。

8  同3(五)の事実は認める。

9  同4のうち、原告が借家住まいであることは認めるが、その余は否認し又は争う。

五  原告の主張、再抗弁

1  本件使用貸借契約においては、西側半分位(本件土地部分)については、被告が他に適当な住居を見つけるまで一時的に居住すべく地上にバラック建物を所有することを目的とする旨の定めがあり、東側半分位(六一番の二部分)については、使用目的の定めもなかつた。

すなわち、昭和二一年、原告は、六一番地上に居宅を建築したいとの希望は持つていたものの、その資金もなく、堺市内に借家を見つけて、仕事に忙しくしていたところ、外地から帰還したばかりで妻子と共に居住すべき住居に困窮していた被告が、他に適当な住居を見つけるまでの一時凌ぎに六一番地上にバラックを建てさせて欲しい、と懇願して来たので、右のとおりの目的であることの確約をとり、更に、使用を認める土地の範囲は該バラックの敷地とすること、原告において家を建てるときは明け渡すこと、という条件も付けて、右申出を承諾した。そして、六一番の西側半分位(本件土地部分)の地上にバラックが建てられたのであるが、被告が、残りの空地(東側半分位)も畑等として使用するようになつたので、食糧難の時代のこととてこれを黙認したものである。

2  原告は、借家住まいであるところ、昭和三二年頃から、資金の目途もついたので六一番(東側半分位の返還を受けて後は本件土地)の地上に居宅を建築すべく、被告に対して何度も明渡を求めて来たのであり、その度に、被告は、しばらく待つてくれと願うばかりであつた。

なお、原告は、亡父母の遺訓に従つて、まさに、本件土地の真上で先祖を祭るべく(戦前、本件土地の真上で先祖を祭つていた)、本件土地上に居宅を再建することを執念として来たのであり、他の弟妹らも、同様の思いで、被告に対して明渡を求めて来た。

3  以上のとおりであるから、六一番のうちの東側半分位の返還を受けたからといつて、残りの西側半分位(本件土地)につき、被告主張のような返還時期を認めたはずがない。そもそも、右の東側半分位については、全くいつでも返還を求め得るものであつたのである。

右返還を受けたのは、被告がなかなか明渡に応じない状況のもと、英一の結婚が決まつたので、とりあえず急を要する同人の居宅を建てるためであつた。分筆したのは、右建築につき、その敷地を担保として資金の融資を受けるためであつた。

4  被告は、昭和四九年にマンションを購入し、昭和五九年には、一七二・二三平方メートルの宅地を購入して、その地上に床面積計一三〇平方メートル余の居宅を建築している。

5  再抗弁

(一) 用法違反による解除

(1) 被告は、昭和三八年までに、前記バラックを、新たに建て直すが如くに増改築して、通常の木造家屋たる現在の本件建物にしてしまつた。

(2) 原告は、同年九月に被告方を訪ねた際、被告に対し、右を理由に本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 本件使用貸借については、前記約定の目的に従つて使用収益が終わつている。仮にしからずとするも、右使用収益をなすに足るべき期間を経過している。

六  原告の主張、再抗弁に対する認否、反論

1  右五の1は否認し又は争う。

どのような建物を、どの部分にどれだけの床面積で建築するのかについて、原告は一切を被告に委ねたのである。その証左に、当時、原告は建築工事にも全く立ち合おうともしなかつた。

当時建築した建物は、バラックなどでは決してなく、柱も約一〇センチメートル角の本格的な建築であつた。原告は、昭和二三年頃から毎年のように盆の墓参(本件土地の近くに墓がある。)の際に被告方へ立ち寄りながら、右建物について何ら異議は述べなかつたのである。

2  同2も否認し又は争う。

原告が被告に対して明渡を求めるようになつたのは、昭和五一年頃以降である。なお、先祖を祭るのは、六一番の二地上でもよいはずである。

3  同3も否認し又は争う。

4  同4について

被告が昭和四九年にマンションを購入したことは認めるが、これには被告の長男西山一幸が妻子と共に居住した。

原告主張の宅地、居宅は、一幸が、購入、建築して、妻子と共に居住しているものであり、融資を受ける都合で、被告及びその妻が四分の一ずつ名義人となつただけである。

5  同5(一)について

(一) 否認し又は争う。

(二) 昭和三六年と昭和三八年との二回増改築をしたが、いずれも、従前の基礎構造は変えることなく、子供の成長に伴つて手狭になつてきたために、一部屋増やしあるいは風呂場を設けたものであつて、用法違反はない。

(三) しかも、原告は、右増改築につき、その直後頃現認しながら何ら異議を述べず、これを承諾ないし黙認した。

6  5(二)は否認し又は争う。

本件では、特に、被告が、税を支払つて来たこと及び途中で半分を返還したことが考慮されるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実(本件土地の所有、占有)及び抗弁1の事実(本件使用貸借)は当事者間に争いがない。

二抗弁1のとおり昭和四四年一月頃東側半分位が返還された当時、残りの西側半分位(本件土地)の地上に本件建物が存したことは当事者間に争いがないところ、被告主張(抗弁2(一))の如く、右返還の際、本件土地の返還時期を本件建物が朽廃したときとする旨の合意が明示又は黙示になされたか否かについて検討する。

証人西山悦子及び被告本人は、右主張に沿つた証言、供述をしている。

1  抗弁3の(一)(六一番の戦前の状況)、(二)(被告が六一番を使用するようになつた経過。但し、当時建築された建物と本件建物とで同一性があるか否かは措く)、(三)(原告の長男英一が前記の東側半分位を使用するようになつた経過)及び(五)(税の支払経過)の各事実は当事者間に争いがない。

2  しかし、〈証拠〉によれば、次のとおり認められ、右認定の一部に反する〈証拠〉は、右の他の各証拠に照らして採用し得ない。

①  昭和二一年、原告は、六一番地上に居宅を建築したいとの希望は持つていたものの、その資金もなく、堺市内に借家を見つけて、仕事に忙しくしていたところ、外地から帰還したばかりで妻子と共に居住すべき住居が得られず困つていた被告から、その窮状を訴えられ、勤め先(建設会社)の関係で資材も手に入るので六一番地上に家を建てさせて欲しいと頼まれて、これを承諾した。

もつとも、その際、どのような家をどの部分に建てるのかについては、必ずしも明確な話合いがなかつた。

しかし、原告は、行く行くは自分が六一番地上に居宅を建てたいと考えていたばかりか、被告の申出が右のようなものであつたから、小さく簡単な造りの一時的なバラック様の家を念頭に置いていたし、被告としても、小さく簡単な造りのものを考えていた。実際、被告がその直後に建てた家は、床面積一〇坪程度の木造トタン葺板壁平家建でバラック風のものであつた。なお、間もなく、原告もこれを確認している。

②  その後、原告は、昭和三二年頃に、そろそろ自分の居宅を建てたいという思いもあつて、被告に対し、いつ頃明けてくれるかというような話をしたこともあつたが、そのまま、勤めの関係で昭和三四年から三年間位ペルーに在住した。

③  そして、昭和三八年秋頃、原告は、被告方を訪ねたとき、前記バラック風の建物が現在の本件建物に様変わりしているのを発見して、驚き、被告に対して、その点を非難するとともに、早く明けてくれと要求した。

これに対して、被告は、「娘の縁談があつたから」と弁解するとともに、「もうしばらく待つてくれ」と頼んだ。

④  その後も、原告は、自分の居宅を建てたいとして、被告に対し何度か明渡を求めたが、その度に、被告は「もう少し待つてくれ」というばかりであつた。

⑤  そうこうするうちの昭和四四年初め頃、原告は、英一の結婚が決まつたので、とりあえず、急を要する同人の居宅を建てるべく、被告としても容易に応ずるであろう東側半分位(前記のとおり畑等として使用されていた。)の明渡を得ようと考えて、被告に対し、英一の家を建てるからと右明渡を求めた。

そして、その際、残りの西側半分位(本件土地)をどうするのかついては、具体的な話合いはなかつた。もつとも、それ故にこそ、被告としては、本件土地の明渡は今までのようには決められないだろうと考えた節がある。

なお、前記分筆をしたのは、英一の居宅の建築につき、その敷地を担保に資金の融資を受けるためであつた。

⑥  その後は、しばらくの間、原被告間に交渉はなかつたが、遅くとも昭和五一年頃から、原告は、本件土地上に自分の居宅を建てたいと切望して、時には他の弟妹らと共に、被告に対して早急に本件土地を明け渡すよう強く要求するようになつた。なお、その頃からは、被告は、「死ぬまで居たい」、「権利がある」などと言い出した。

3  右2の認定事実に照らすと、

(一)  却つて、被告主張のような返還時期の合意は明示にはなされなかつたこと明らかである。

(二)  前記1のような事実をもつてしても、右合意が黙示になされたと認めるには足りない。

(三)  右主張に沿つた前記の証人西山悦子の証言部分及び被告本人の供述部分は、採用し得ない。

4  他に、本件全証拠を検討してみても、被告主張のような返還時期の合意がなされたと認めるに足りる証拠はない。

三本件使用貸借契約においては、被告が居住すべく地上に建物を所有することを目的とする旨の定めがあつたこと(抗弁2(二))、当事者間に争いがないものの、これまでに述べて来たところに照らすと、遅くとも現時点においては、右目的に従つて使用収益をなすに足るべき期間を経過しているものというべきである。

けだし、被告は、途中で半分を返還したし、長きにわたつて税を支払つて来たのであるが、これらの点を十分に考慮してもなお、そもそも、一時的居住用のバラック建物の所有を目的としていたとまではいえないにしても、原被告ともさして長期間の居住は予定していなかつたとうかがえるのに、現在まで約四〇年もの長期間が経過している(右返還時からでも一七年余が経過している。)こと、原告が、現在なお借家住まいで(この点は当事者間に争いがない。)、本件土地上に自分の居宅を建てたいと切望しているところ、被告は、他に住居を求めるべきそれなりの資金手当ても可能である(被告が、少なくとも、昭和四九年にマンションを購入したことがあることは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実に弁論の全趣旨を併せると、この点がうかがえる。)こと、これらを併せ考えると、前記のとおり目的に従つて使用収益をなすに足るべき期間を経過しているものと評するのが相当であるから。

他に、右認定判断を覆すに足りるような事情を認めるに足りる資料はない。

四これまでに述べて来たところでは、原告が被告に対して本件土地の明渡を求めるのが権利の濫用にあたるとは到底いうことができず、他に、本件全証拠を検討してみても、右のような権利の濫用を基礎付けるべき事情を認めるに足りる資料はない。

五以上の次第で、その余について判断するまでもなく本件使用貸借契約は既に終了しているというべく(なお、原告は、本訴の提起、追行により、現在までずつと、本件土地の返還請求すなわち本件使用貸借契約の解約告知をし続けているものということができる。)、原告の本訴請求は理由があるといえるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する

(裁判官貝阿彌 誠)

別紙物件目録

(一) 神戸市兵庫区五宮町六一番の一

宅地 一一一・一四平方メートル

(二) 神戸市兵庫区五宮町六一番地所在

家屋番号 六一番

木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅

床面積 六七・六九平方メートル

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