大判例

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神戸家庭裁判所 昭和38年(少)3465号 決定

少年 A(昭二二・一・一九生)

主文

少年を神戸保護観察所の保護観察に付する。

理由

非行事実

少年は法定の除外事由がないのに、

一、昭和三七年七月一一日午後五時過頃神戸市生田区中山手通一丁目九三番地松田組事務所内で松田登志夫に対し塩酸ジアセチルモルヒネ含有の麻薬一包(〇、三四九五瓦)を交付し、

二、営利の目的で、

(一)  同年一〇月一七日頃午後三時頃前記松田組事務所で大塚勝利から塩酸ジアセチルモルヒネ含有の麻薬一袋(約五瓦)を代金一八、〇〇〇円で譲り受け、

(二)  同年同月下旬頃午後五時頃前同所で前同人から前同様の麻薬一袋(約五瓦)を代金一八、〇〇〇円で譲り受け、

(三)  同年同月中旬頃午後五時頃同市同区国鉄元町駅前リボン喫茶店前附近路上で神園貢に対し前同様の麻薬一袋

(約五瓦)を代金一九、〇〇〇円で譲渡し、

(四)  同年同月下旬頃午後六時頃同所で前同人に対し前同様の麻薬一袋(約五瓦)を代金一九、〇〇〇円で譲渡したものである。

適条

麻薬取締法一二条一項

処遇意見

家族としては父○栄○(四二歳)があるだけである。父は、もと船員であつたが、昭和二〇年頃母○井○子と同棲し、昭和二一年頃から神戸市生田区弁天浜で飲食店を営んでいたが、昭和二七年頃母が情夫と家出し、いらい、自暴自棄となり、前科を重ね、現在、京都刑務所で服役中である。

少年は知能はやや低いが(IQ八六新制田中B一式)、ほんらい温和で、性格偏倚の少年である。然し、後記生育歴から、反撥的で、ひがみが強く、情緒不安定で正常社会への適応力に劣り、反面、見栄坊で、強者に迎合して自己を顕示する傾向がある。前歴はない。

昭和二八年四月下山手小学校に入学したが、一月位で○○小学校に転入、その後、父服役のため知人方の里子となつたが、昭和三一年一月養護施設再度山実業学院に収容された。ところが昭和三二年七月仮田獄した父に引き取られ、△△小学校五年に編入され、昭和三四年三月同小学校を卒業している。然し中学校へは行かず、大阪、神戸、尼崎方面の草履店、酒店、クリーニング店、牧場等で働いたが、昭和三七年三月頃、友人の紹介で、本件松田組に入り今日に至つた。

本件は初め、当裁判所で、昭和三八年三月一一日、同年五月一七日の二回に亘り検察官送致の決定を受け、神戸地方裁判所で、併合審理の上、同年七月二二日少年法五五条に基づき当裁判所に移送されたものである。移送決定の理由とするところは、前記各送致決定書は少年の生年月日を昭和二〇年一月一九日としているが、諸般の証拠によれば、その生年月日は昭和二二年一月一九日と認定すべきであること、従つて本件は少年一五歳時の犯行であつて、少年の生育歴等から考えて、むしろ、保護処分が適当であるというにある。

服役中の父はひたすら少年の身を案じ、その更生を願つている(昭和三八年八月八日附調査官能川寿作成の陳述者○栄○に関する調査報告書参照)。審判には、父の依頼を受け、その遠縁に当る○鐘○(四七歳)が出席し、一応、その経営する肩書別府ホテルに少年を引き取り松田組とも手を切らせ、その更生を計りたいと申し出た。

本件事実はかなり重大であるが、本件は少年一五歳時の犯行であり、当時、少年が麻薬事犯の反社会性につき充分な認識を持つていたかどうか疑問であるし、少年が松田組に身を寄せたことも、前記の通り、不幸な生育環境から形成された性格上の欠陥から来たものと考えられるが、さまで深入りした関係とも認められず、将来、適当な保護者があれば、その関係は充分断ち得るものと考えられる。予後に多少不安は残るが、この際○鐘○に身柄を預け、保護司の協力により少年の更生を計ることとしたい。

よつて少年法第二四条一項一号、少年審判規則三七条一項により主文の通り決定する。

(裁判官 三輪勝郎)

遵守事項

一、住居を神戸市生田区下山手通二丁目三三別府ホテル内○鐘○方に定めること。

二、麻薬を扱わないこと。

三、早く就職して真面目に働くこと。

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