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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)701号 判決

原告

藤中準一

原告

藤中泰子

右原告訴訟代理人

林桂一郎

山本紀夫

被告

福岡市

右代表者市長

進藤一馬

右訴訟代理人

稲澤智多夫

稲澤勝彦

主文

被告は、原告藤中準一に対し金五二〇万三八四四円、原告藤中泰子に対し四九九万五二五二円及び原告藤中準一については内金四七〇万三八四四円、原告泰子については内金四四九万五二五二円に対する昭和五六年一一月一二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因1(事故の発生)及び同2(本件プールの設置、管理者並びにプールの概況)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二被告の責任

そこで、本件プールの設置又は管理に瑕疵があり、本件事故がこれによつて発生したものかどうかについて検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件プールは、市民の体育及びスポーツ等の振興を図り、地域の連帯意識の高揚に資するために、昭和五四年七月七日、被告によつて設置された屋内プールであり、福岡市立地区体育施設の一つである。被告は、本件プールを単に水泳等の施設を提供するためだけでなく、水泳等の指導及び普及に関する事業を行うことなどもその目的としてこれを設置しているものであつて、その管理は、福岡市立地区体育施設条例及び同施行規則に基づき被告教育委員会において行われるほか、具体的な管理運営は同施行規則によつて区長に委任されている。そこで、博多区長は、本件プールを一般市民に解放するほかに、同プールにおいて、水泳を通じて健康維持とスポーツに親しむことを目的とし、その機会の少ない市内居住の泳げない家庭婦人(婦人コース)及び勤労女性(勤労女性コース)を対象とする水泳教室、並びに水泳を通じての体力づくりを目的とした市内居住の泳げない母親と四、五歳の幼児一名を対象とする水泳教室「母と幼児コース」を開設した。昭和五六年度も、第二回目の水泳教室を実施することにして、母と幼児コースを昭和五六年一〇月二二日から同年一一月三〇日までの毎週月曜日と木曜日(第三木曜日、祝日を除く)の合計一〇日間、いずれも午後三時から五時までの二時間開催することを計画し、その旨の実施要領及び申し込み要領を作成するとともに、その要旨を被告の広報紙である行政だより(昭和五六年一〇月一日付)に掲載して広く市民に参加を呼びかけた。本件プールにおいては、夏期(五月から一〇月)と冬期(一一月から四月)に分けて、小中学生、高校生及び一般を区別し、それぞれ異なる料金を使用料として徴収(小学校就学前の子供を意味する幼児、六五歳以上の老人及び心身障害者のみは無料)しているが、水泳教室の場合は、スポーツ安全協会傷害保険料を支払わせるだけで、参加料はいずれも無料とされていた。区長は、右の実状にそつて、本件プールの利用者に対し、幼児は必ず付添いの大人が水着を着用して同伴しないと利用できないことなどのプール使用上の注意事項を定めた博多市民プール利用心得と題する書面を配布するほか、プール玄関、ロッカー室及びプール室などの目につく場所に右と同旨の注意事項や「付添いの方は、お子様から目を離さないでください」と大書した掲示板を掲げて、特に幼児同伴の利用者に対する注意を喚起し、水泳教室受講者に対しては、右利用心得とともに、入場の際係員に受講者証を提示すること、プール内では指導員及び職員の指示に従うことなどの受講者の遵守事項を記載した水泳教室受講者心得と題する書面を配布して、本件プール使用上の注意事項の周知を図つた。

(二)  ところで、原告泰子は、前記市政だよりや申し込み要領を見て水泳教室「母と幼児コース」の開催を知り、二男の伸介とともに参加申込をしたところ、抽選の結果原告泰子の組など三〇組の親子が参加を認められた。右教室の一日目は、昭和五六年一〇月二二日午後三時から、本件プール二階の講習室において開講式が行われ、引き続いて水泳の指導が開始された。原告泰子は、長男大介が小学校に行つているため、伸介と二人だけで参加すると、幸子が一人家に残されることから、同女を連れて参加することにした。開講式には他にも数名の母親が受講者以外の子供を同伴していたところから、原告泰子は、この点について深く考えないまま、その後も三日目と五日目から七日目までの合計五回教室に参加していずれも伸介とともに幸子を同伴し、七日目にはたまたま学校から帰つて来ていた大介も同行した。原告泰子は、一日目と三日目の両日は幸子をプール槽に入れなかつたが、他の母親が受講者以外の子供を受講中の幼児と一緒にプール槽に入れているのを見て、五日目から七日目は、毎回幸子を水着に着替えさせてプールサイドで遊ばせたり、受講中の幼児グループと一緒にプール槽に入れてみずから幸子の相手をしたりした。そして、七日目の昭和五六年一一月一二日午後三時ころ、原告泰子は、前記のとおり伸介のほかに幸子と大介を同伴して本件プールに赴き、伸介に講習を受けさせる一方で、暫く幸子を水に入れて遊んだりしたあと、幸子に対しプールサイドでおとなしくしているように言い付けて、大介にも幸子と一緒にいるよう命じたまま、みずからは幼児グループとは別個に母親用コースで行われていた母親グループの水泳の指導を受けていた。この間、幸子は、本件プールのほぼ南西角プールサイドの壁際に置いてあつたベンチ付近で他の二名位の女児や大介と遊んでいた。原告泰子は、講習を受けながらも、時々幸子に手を振つて合図をしたり、ベンチ付近に注意して幸子の存在を確認するなどしていたが、同日午後四時三〇分すぎころ、母親用コースの北西端辺り(別紙博多市民プール一階平面図地点辺り〈編注・別紙省略〉)の水底に沈んでいる幸子が受講者の母親によつて発見された。直ちに母親グループを指導していた講師の重枝喜智郎が幸子を引き揚げ、プールサイドに寝かせてマウストウーマウスの方法により人工呼吸を施したうえ、間も無く到着した救急隊員に幸子を委ねた。幸子は、すぐさま救急車で福岡市中央区渡辺通一丁目一二番一二号広瀬外科病院に運ばれ、医師の手当てを受けたが、そのかいもなく同日午後八時五〇分死亡した。死因は溺死であつた。

(三)  本件プールは、前認定のとおり、縦二五メートル横一六メートルで七コースに分けられ、うち一コースから六コースまでは一般用で水深が1.1メートルであり、七コースが幼児用で水深が0.7メートルである。母と幼児の教室では、母親用として一コースから三コースまでと幼児用として七コースが使用され、四コースから六コースまでは、教室実施期間中も一般入場者用に解放されていた。水泳の指導は、右幼児用コースを使用して母親と子供を一緒にして行われることもあれば、また、母親用コースと幼児用コースとに母親と子供を分けて別々に行われることもあつた。幼児用の七コースと一般用の六コースとの間にはコース内にステンレス製の柵が設けられ、プール槽の中には幼児等が幼児用コースから一般用コースに侵入するのを防ぐ措置が講じてあるが、プールサイドにおいては、幼児用コースと一般用コースの境に相当する部分には何らの工作物もなく、幼児であつても一般用コースのプールサイドに自由に往来することが可能な状態となつている。また本件プールの縦側の水際部分には、プール内側に手で握ることのできるハンドホールドと水面に浮かぶ異物を排出するためのオーバーフロー(溢水溝)があり、これとプールサイドとの間に高さ約一〇センチメートル巾約4.50センチメートルのデッキが設置されていて、その外側にやや低くなつた小さな溝があり、さらにその外側がプールサイド床面と連なつている。本件プール横側の部分は、水際から垂直に一段とデッキ部分が高くなり、その上に七コースを除く各コース毎にスタート台が設置されている。

(四)  本件事故当時、本件プールには、被告市の職員である管理事務所長のほか職員二名、市の特別職(特別職に属する地方公務員)である嘱託指導員(嘱託員)三名及びこれに本件プールの管理の一部の委託を受けている民間管理会社の社員一一名が勤務していたものであつて、所長以外の職員二名は本件プールの一般管理事務のほか嘱託指導員の補助を、嘱託指導員三名はプールの監視、水質検査、水温及び室温調整等の仕事を、管理会社の社員は入場券の発売、入場料金の徴収事務、退場時の入場券の回収事務等のほか機械室要員としてプール水の出排水及びボイラー関係等の仕事を、それぞれ担当していた。プールの監視については、嘱託指導員三名が予め定められた勤務割に従つて一名が三〇分又は一時間毎に交替でこれを行い、監視に就いた者が一時間毎に遊泳人員を数えてこれをプール日誌に記載することになつていた。母と幼児コースの講師陣は、福岡水泳協会から派遣され、日本水泳連盟などから認定を受けた指導員である前記重枝、藤丸郁子及び梅崎康恵の三名で構成され、そのほかに本件プールの嘱託指導員である吉岡佐和子が随時これに参加した。本件水泳教室の実施時間中の監視業務は水泳の講師陣とは無関係に本件プールの嘱託指導員がこれにあたり、特に監視員が増員されることはなく、監視員一名という通常の監視態勢のままで教室が実施され、監視の方法も通常のとおり監視台の上からあるいはプールサイドを巡回する方法で行われた。ところで、本件水泳教室受講者の出席確認は、入場受付において、係員が受講者から受講者証を預つて受講者出席簿に出欠を記載し、退場のときにこれを返還するという方法で行われたが、その確認の際に係員が、特に受講者以外の幼児を同伴していないかどうかをチェックしたり、また講習前に講師等によつて点呼などによりその同伴の有無が点検されたりすることはなく、毎回数人の母親が受講者以外の子供を同伴して教室に参加していたものの、その間、職員、講師及び嘱託指導員らが、原告泰子やその他の母親に対して、受講者以外の子供の同伴について注意を与えたり、またその子供のプール内における監督について注意を促すなどしたことはなく、嘱託指導員も殊更そのことを念頭に置いて監視を強化するということもなかつた。

(五)  本件事故当時における嘱託指導員三名の勤務体制は、午前九時から午後四時まで(A勤務)、午前一一時から午後六時まで(B勤務)及び午後二時から午後九時まで(C勤務)の三つの時間帯を予め定められた順序に従つて交替して勤務するというものであり、本件事故当日の昭和五六年一一月一二日は、A勤務が吉岡佐和子、B勤務が太田康義、C勤務が長谷和久であつて、水泳教室実施時間中の午後三時から午後五時までの監視業務に就いていた嘱託指導員は、午後三時から午後三時三〇分までと午後四時から午後四時三〇分までが太田であり、午後三時三〇分から午後四時までと午後四時三〇分から午後五時まで長谷であつた。また、監視業務以外の時間帯は、監視員の補助者として事故の合図等があつた場合などに直ちに行動が起こせるように待機していなければならない決りであつた。事故当日、A勤務であつた吉岡は、午後三時から休憩時間に入つたため、これを利用して母と幼児コースの幼児グループの水泳指導に当つていたところ、午後四時三〇分すぎころ、母親用コースの北西端辺りのプールサイドの方から騒がしい物音を聞いてただならぬ気配を感じ、同所に駆け付けて、講師の重枝が幸子に人工呼吸を施しているのを見て直ちに事故の発生を察知し、直ぐさま幸子に対してマッサージをしたり、脈博を測るなどして重枝の補助をしていたが、脈博が乱れてきたため、救急車を呼ぶべく、二階事務所に駆け上がり、同所にいた太田にその旨を伝えた。太田は、午後四時三〇分より少し前に長谷と監視業務を交替して二階事務所で待機中であつたが、吉岡からの事故の概要を聞いて救急車の手配をしたあと、プールサイドの現場に行くために階段を下りて、一階玄関ホールに出る非常口前のプールサイド中央辺りまで来たところで長谷と出会い、同人に対し、玄関で救急車を待つよう指示して現場に駆け付け、重枝が人工呼吸をしているのを確認して、一階医務室に毛布を取りに行き再び現場に取つて返えした。ところで、長谷は、本件プールの二階事務室に上る階段前付近のプールサイドで午後四時三〇分少し前に太田と監視業務を交替したあと、同プール南東端辺りの幼児用プール手前のプールサイドから、主として水泳指導を受けている幼児グループの方を立つたまま注意して監視していたところ、間も無く本件プール北西端辺りのプールサイドの方に唯事でない雰囲気を感じ、現場に駆け付けると、重枝が幸子に人工呼吸をしている際中であつた。そこで、長谷は、直ちに医務室に毛布を取りに行くべく非常口前のプールサイド中央返りまで来たところで太田と出会い、同人から玄関先で救急車を待つよう指示を受けたために、そのまま玄関の方に出ると、ほぼ同時ころに救急車が到着したので、その隊員らを直ちにプールサイドの現場まで案内した。この時間帯の一般入場者は大介のほかにもう一人いたが、この間、長谷は、本件プールの南西角壁際にあるベンチ周辺のプールサイド辺りに、水泳教室受講者以外の幼児や小学生がいたことには全く気付かなかつた。長谷が監視のために立つていた南東端のプールサイドから右ベンチ周辺や北西端の事故現場周辺のプールサイドを見回しても、光線あるいは遮蔽物等の監視の障害となるようなものは何もなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人金澤昭輔、同重枝喜智郎、同長谷和久及び同太田康義の各証言部分はいずれも採用できない。

2  そうすると、幸子は、母親の原告泰子から言い付けられるまま、本件プールの南西角の壁際に置いてあつたベンチ付近のプールサイドで他の二名位の女児や兄の大介らと遊んでいるうちに、母親を捜し求めたものかあるいは遊びの延長であつたのかどうかは不明であるけれども、母親用コース北西端(一コース)辺りのプールサイドに至り、その年齢や水泳能力などから考えると、発見された場所付近のプール槽に誤つて落ち込んだものであり、結局泳ぐことができず、監視員、講師及び受講者の母親等の誰の目にも触れることなく、溺れたものと推認するのが相当である。

3  ところで、原告らは、被告が、単に本件プールのコース内に柵を設けただけでは足りず、幼児が一般用コースに転落して溺れることのないように、プールサイドにおいても幼児単独では一般用コースに入られないような柵を設け、また一般用プールサイドの水際部分を幼児が誤つて転落しない程度に高くするなどの物的措置を講じなかつたことをもつて、本件プールの設置に瑕疵があるものと主張する。しかしながら、本件プールは親子家族が一緒に楽しめることをも目的として設置されているものであり、一般に子供達は大人に同伴されているのが通常であるから、利用者としてもみずから危険回避の責任を負担すべきことが期待されているというべきである。また、仮にプールサイドに柵を設けたとしても、それだけで子供達の好奇心のすべてを封じることはできないとも思われるから、かえつて子供達がこれを乗り越えようとして怪我をする危険性がないとはいえず、成立に争いのない乙第九号証の一ないし八によれば、他にそのような柵を設置した例も見当らない。また、プールの水際部分を高くするといつても自ずから限度があり、デッキ部分を現状以上に高くすれば、それだけプール槽からプールサイドに上ることが難しくなるばかりでなく、高すぎればかえつてデッキから、プールサイドに足を踏みはずしたり、プール槽に落ち込むなどの危険性が増大し、さらに水面部分に必要以上の死角を生じさせて監視にも支障を来すことにもなりかねない。本件プールにおいては、幼児は必ず付添いの大人が水着を着用して同伴し、幼児からは目を離してはならないと定められており、利用者に対しそのような指導のなされることが期待されているのであるから、適正な監視体制と右指導が十分に行われるならば、原告ら主張の物的設備を設けないことから通常発生することの予想される危険の殆ど全部を未然に防止することが可能であり、この種の危険は、もともと現状以上の物的設備によつて防止されることを予定されているものではないというべきである。そうすると、前記物的設備が設置されていないことをもつて、直ちに通常予想される危険の発生を未然に防止できない程度の欠陥があるとまでは断定し難く、その他本件プールに物的設備の面で営造物として通常備えているべき安全性に欠けるものがあるとの事実を認めるに足りる証拠はないから、この面での設置に瑕疵があるということはできない。

4  しかしながら、本件プールの利用者は、みずから同伴した幼児等の水難に対しては、その危険を回避すべき責任をまずみずから負担すべきであるということが一方でできたとしても、他方、本件プールが市民全体に対して解放されている福祉施設である以上、その利用者の中には、身体に故障のある者や水泳が未熟あるいは全く不能な者さえも存在することが容易に想像され、中でも特に幼児は転落等により水中に落ち込んで死亡する危険が常にあるのであるから、本件プールの設置管理者としては、単に利用心得や掲示板等で幼児に対する付添いや監視の必要性を指摘して利用者にその遵守を呼び掛けただけでは足りず、その安全を確保するための監視体制を整え、その的確な運営を図らなければならないことはいうまでもないことである。そして、本件プールは、前認定のとおり、水深0.7メートルの幼児用コースが一コースあるだけで、他はすべて水深が1.1メートルある一般用コースであり、プール槽の中には幼児等が幼児用コースから一般用コースに侵入するのを防ぐためのステンレス製の柵が設置されているものの、プールサイドには何ら柵等による往来を遮断する設備も設けられていないから、もし全く泳ぐことのできない幼児などみずから危険を回避する能力の乏しい者が一般用コースに接近した場合には、転落等の事故の発生することが当然予想される。特に本件水泳教室のように泳げない母親と幼児とを対象として水泳の指導を実施する場合には、多数の水泳未熟者あるいは水泳不能者を掌握しなければならず、また同じ時間帯に一般用者のプール使用が排除されるわけではないから、それらの者の同伴した幼児等がプールサイドや幼児用コースで受講中の幼児と混在することが十分ありうるうえに、受講者の母親が受講者以外の幼児を同伴して来てその子供をプールサイドなどで遊ばせることも全く予想のできないことではないのであるから、これら受講者の幼児と一般利用者の幼児とがプールサイドを自由に往来するなどして、前記事故発生の危険を更に増大させることが十分考えられるのである。ところで、被告は、本件プールを前記1の(四)に認定したとおりの体制で管理運営を行い、プールの監視については、嘱託指導員三名が予め定められた勤務割に従つて一名が三〇分又は一時間毎に交替でこれを行うよう監視業務の態勢を組み、水泳教室の実施の有無に全く関わりなく、機械的にこれによつて監視を行つていたものであり、普段の比較的利用者の少ない時間帯であればこの態勢でも十分であると思われるが、水泳教室母と幼児コースの実施時間中は、全く泳げないといつてよい幼児が二〇名以上(本件事故当日の一一月一二日まで、その後は一〇数名に減つている)も母親と参加し、さらに一般利用者の同伴する幼児や受講者の母親が同伴する受講者以外の幼児等の存在をも考慮に入れるならば、水泳の指導に専念している四名の講師に遊泳者全員に対する監視の役割を担わせることには無理があるから、結局嘱託指導員一名の監視員のみでは監視の目が行き届かないおそれがあつたというべきであつて、少なくとも幼児を対象とする水泳教室を実施している時間帯だけは、監視員を増員して監視態勢の強化を図り、管理の適正を期する必要があつたといわざるを得ないのである。そしてまず、本件水泳教室の受講者である母親が、プール受付で受講者証を提示して入場する段階において、定められたとおり受講者の幼児一名だけを同行して参加しているか否かの確認を徹底し、もし右以外の幼児等をも同伴していた場合には、入場を拒否するか、入場を認めても教室への参加を拒否して見学を勧めるか、あるいは同伴した複数の幼児等への監視を怠たらないよう母親に十分注意を与えたうえで一般の利用者として入場を認めるか、いずれにしても、漫然と教室への参加を認めることによつて、母親から受講者以外の幼児に対してなされるべき監視の機会を奪つてしまう結果となるような措置を執ることは厳に慎しむべきである。また入場後においても、水泳教室を始める前に、講師にみずから出席者の点呼を取らせるなどして受講者以外の幼児が同伴されていないかどうかを確認させ、同伴されていた場合には教室への参加を拒否するなど前述と同様の対応を執るべきである。更に監視にあたつている嘱託指導員には、プール槽の遊泳者のみならず、プールサイドの隅々にわたるまで監視の目を向けさせ、特に幼児等が一般用コースに近づくことのないよう注意を厳にさせることは勿論少なくとも、本件のように幼児を対象とする水泳教室が実施されている場合には、他の嘱託指導員に応援を命じるなどして監視態勢の強化を図り、もつて、事故の発生を未然に防止すべきであつたのに、被告において右の監視態勢が十分でなかつたことは前認定の事実から明らかであるから、本件プールは営造物としての人的施設及び管理体制の両面において、その設置管理に瑕疵があつたというべきである。

5  そうすると、本件事故は、右瑕疵によつて発生したものであるから、被告は、国家賠償法二条一項によつて幸子及び原告らが被つた後記損害の賠償をすべき責任がある。

三原告らの過失責任

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  区長は、本件水泳教室を実施するにあたつて、その実施要領及び申し込み要領中に、いずれも「市内居住の泳げない母と幼児(1名) 30組ただし、昭和五〇年四月二日から昭和五二年四月一日までに生まれた者」と記載し、受講者の幼児が四、五歳の幼児一名に限るものであることを明確にしていた。原告泰子は、右申し込み要領を見てそのことを十分承知していたが、受講者の伸介と二人だけで参加するときは、幸子が家に一人残されることから、やむを得ず幸子を同伴することにした。しかし、原告泰子は、そのことについて本件プールの職員等からは何の注意も受けず、また他の母親数人が同じように受講者以外の幼児を同伴しているのを見たところから、毎回幸子を同伴して教室に参加した。

(二)  また区長は、幼児について、付添いの大人が水着を着用して同伴しなければ本件プールの利用ができないことを定め、その旨を記載した利用心得を作成してこれを受講者も含めて利用者に配布するほか、プール室内等の目立つ場所数か所に同旨の注意事項及び「付添いの方は、お子様から目を離さないでください」と大書した掲示板を設置して、幼児を同伴する利用者に対して特に注意を喚起した。原告泰子は、受講者受付の際に、係員から受講者心得とともに右利用心得の配布を受け、よく読んで注意事項を守るようにとの指示を受けた。そして、一日目に行われた開講式において、本件プール管理事務所長の金澤昭輔が挨拶をし、その中で受講者以外の子供を同伴しないようにとの注意がなされたが、右金澤の声が低かつたため、周囲の子供達の騒ぐ喧躁に掻き消されて、原告泰子やそのほかの周囲の母親らにはそれが必ずしも聞き取れなかつた。

(三)  原告泰子は、一日目と三日目とは、幸子に水着を着用させず、プール槽に入れたりはしなかつたが、五日目から七日目までは毎回水着に着替えさせて、プール槽で遊んだり、プールサイドで遊ばせたりした。そして、事故当日は、大介に幸子と一緒にいるように命じ、幸子にはプールサイドでおとなしくしているように言い付けて、みずからは水泳の指導を受けていたが、その間、プール南西角のベンチ付近のプールサイドで遊んでいた幸子に時々手を振つて合図をしたり、ベンチの方に注意して幸子の存在を確認したりしていたが、同日午後四時三〇分すぎころ、水底に沈んでいる幸子が受講者の母親によつて発見された。

以上の事実が認められ〈る。〉

2  そうすると、原告泰子は、受講者の幼児が一名に限られており、それ以外の子供を同伴すれば、一般の利用の場合と違つて母親自身も水泳の指導を受けなければならない関係から、この間自分では受講者でない子に対する監視ができなくなり、そのような状態で幼児に本件プールを利用させることが許されていないことを十分知つていながら、幼い子が一人で家に残されるというだけの理由から、幸子を右の危険な状態が予想される水泳教室に同伴したものである。原告泰子は、幸子を同伴したことについて、本件プールの係員等誰からも注意を受けたことがなかつたこと、むしろ講師の中には兄弟姉妹であることを承知のうえで一緒に指導を受けさせた例のあることを聞いたこと、毎回他にも数人の母親が受講者以外の子供を同伴して教室に参加していたこと、などを理由として、本件水泳教室では受講者以外の子供を同伴することも容認されていて、その子供の安全の確保はまず監視員などの適正な監視態勢によつて行われるべきであるかのように供述する。しかし、本件のように市民全体に対して開かれている福祉施設にあつては、利用者の安全確保は、まず利用者側の方で配慮すべきが原則であり、利用者は、みずから監視することに困難を感じるような状況の存在が予想される場合には、監視を必要とする幼児等を本件プールに同伴することは厳に慎しまなければならない。幸子は、事故当時三歳八か月の危険回避能力のきわめて乏しい幼児であるから、原告泰子は、みずから監視できないおそれがある場合は、プール内に配置された監視員による監視態勢が整えられてあるからといつて、安易に幸子を同伴すべきではなく、本件水泳教室に参加するについては、親戚知人に幸子を預けるなり、同伴せざるを得ない場合には、伸介だけを講習に参加させてみずからは幸子の監視に専念するなり、あるいはみずから講習に参加するのであれば他に適当な人に幸子の監視を依頼するなどの手段を講ずべきであつた。しかるに、原告泰子には、前認定の事実に照らすと、これを怠つた過失があるといわざるを得ない。

3  ところで、原告泰子と原告準一とは、幸子の共同親権者であり、原告泰子は原告準一の共同親権をも代行する地位にもあつたものと認められるから、原告泰子の過失はいわゆる原告側の過失として斟酌されなければならない。そして、本件事故は、被告の前記営造物としての人的施設及び管理体制の両面における設置管理上の瑕疵と原告側の右過失との競合によつて発生したものであり、その過失割合は、前認定の事実関係のもとにおいては、被告四割、原告側六割と認めるのが相当である。〈以下、省略〉

(山口毅彦)

一階平面図〈省略〉

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