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福岡地方裁判所 昭和62年(ワ)179号 判決

原告

早水荘一郎

ほか一名

被告

学校法人大野山学園

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告両名に対し、それぞれ金五七〇万三四八七円及びこれに対する昭和六一年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告両名に対し、それぞれ金一二一七万五七五六円及びこれに対する昭和六一年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 被告田中範義(以下「被告田中」という)は、被告学校法人大野山学園(以下「被告学園」という。)に雇傭され、被告学園が経営するみかさ幼稚園の園児の送迎用バスの運転に従事していたものである。

(二) 亡早水嘉代子(以下「亡嘉代子」という。)は、原告らの長女であり、同幼稚園に入園し、右送迎用バスを利用して通園していたものである。

2  (本件事故の発生)

被告田中は、昭和六一年九月二〇日午後〇時二八分ころ、福岡市博多区井相田三丁目七番一三号先路上において、その運転する右みかさ幼稚園の送迎用バス(福岡二二さ四四六九)を発進させる際、右バスから降車し右バスの直前をバスからみて左から右へ横断しようとした亡嘉代子(当時五歳)に右バスを衝突させ、同女を死亡させた(以下、右事故を「本件事故」という。)。

3  (被告らの責任)

(一) 被告田中は、自動車運転の業務に従事する者として、前方を注視しつつ運転すべき義務があるのに、これを怠り、本件事故を発生させた。

(二) 被告田中の右行為は、被告学園の事業の執行につきなされたものである。

4  (損害)

(一) 逸失利益

亡嘉代子は、本件事故当時五歳の健康な女子であつたから、本件事故で死亡しなければ、一八歳から六七歳までの四九年間は就労することができた。昭和六一年度の一八歳から一九歳までの女子の平均賃金は年額一六九万二九一〇円と推定される(昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、女子労働者学歴計(一八歳~一九歳)から得られる年収額を一・〇五倍したもの)から、控除すべき生活費を三割とし、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して、亡嘉代子の逸失利益の現価を算定すると、二〇八五万五〇一三円となる。

原告らは、亡嘉代子の父母であり、相続により右金員の二分の一に相当する一〇四二万七五〇六円の損害賠償請求権をそれぞれ承継取得した。

(二) 慰謝料

亡嘉代子の死亡による原告らの精神的苦痛を慰謝すべき金額はそれぞれ一〇〇〇万円を下らない。

(三) 葬儀費用等

原告らは、亡嘉代子の死亡により初めての葬祭を行なつたが、その費用は次のとおりであり、これを原告らがそれぞれ二分の一ずつ負担した。

(1) 葬儀費 八〇万円

(2) 仏壇・仏具購入費 二〇八万円

(3) 納骨堂購入費 二二万円

合計 三一〇万円

(四) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人弁護士に対し、弁護士会規定による報酬の支払を約したところ、このうち二〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害であり、原告らは、それぞれ、右金員の二分の一である一〇〇万円の支払義務を負担している。

(五) 以上によれば、原告らの損害額は各二二九七万七五〇六円となる。

(六) 損害の填補

原告らは自賠責保険から各一〇八〇万一七五〇円の支払をうけた。

5  よつて、原告らは被告田中に対し民法七〇九条に基づき、被告学園に対し民法七一五条一項に基づき、連帯して、各原告に対し、それぞれ、右損害額から右損害填補額を控除した残金一二一七万五七五六円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3(一)の事実は否認する。同3(二)の事実は認める(被告学園)。

3  同4の事実について、(一)のうち、亡嘉代子が本件事故当時五歳であつたこと、原告らが亡嘉代子の相続人であることは認めるが、その余は否認する。(二)ないし(五)は争う。(六)は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故発生については、亡嘉代子および原告早水はるの(以下「原告はるの」という。)に次のような過失があるので、賠償額の算定につきこれを斟酌すべきである。

(一)  亡嘉代子は本件事故の二日前にみかさ幼稚園に入園した際、バスから降車したときは、バスが発車するまでは迎えに来た保護者のそばを離れないよう注意を受けていた。亡嘉代子は当時五歳であつて、右注意内容を理解できる年齢に達していたうえ、停車しているバスの直前を横断することの危険性も十分認識しえたものであるのに、あえて停車中のバスの直前を横断した。

(二)  原告はるのは、被告学園から送迎用バスが到着する所定の時刻には必ずバスの乗降場所に出向いて園児を送迎するよう要望されたのに対してこれを了承し、本件事故当日は午後〇時二五分から同三〇分の間にバスが到着する旨連絡を受けていたにもかかわらず、迎えに来ていなかつた。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(当事者)及び同2(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同3(被告らの責任)について

1  同3(一)(被告田中の責任―民法七〇九条)の事実について判断するに、前記一の争いのない事実に、原本の存在及び成立に争いのない甲第九号証及び第一六ないし第一八号証を総合すると、亡嘉代子は、停止した本件送迎バスから降車した後、右バスの直前を、バスからみて左から右へ横断しようとしたものであるが、被告田中は、これを認識しないまま本件送迎バスを発車させ、亡嘉代子に衝突せしめたものであるところ、本件送迎バスに設けられた左前バツクミラー及び左前アンダーミラーによれば、右バスの左前部及び左前側部は十分に確認することができる(いわゆる死角はない)ことが認められるので、被告田中には、本件送迎バスを発車させるに当たり、左前方を注視しなかつた過失があつたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

2  同3(二)(被告学園の責任―民法七一五条一項)の事実は、原告と被告学園との間において争いがない。

3  したがつて、被告らには、本件事故によつて原告らに生じた損害を連帯して賠償すべき義務があるものと判断される。

三  同4(損害)について

1  逸失利益、葬儀費用

(一)  亡嘉代子が本件事故当時五歳であつたことは当事者間に争いがない。そうすると、亡嘉代子は、一八歳から六七歳までの四九年間は就労可能であつたものとみられるところ、昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業計、企業規模計、女子労働者学歴計(一八歳~一九歳)によると、同年度の一八歳から一九歳までの女子の平均賃金は年額一五九万三九〇〇円であるから、生活費をその三割とみて、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると、二〇一一万〇四七五円(一五九万三九〇〇円×一八・〇二四五×〇・七)となる。

原告らが亡嘉代子の父母であることは当事者間に争いがないので、原告らは、右金員の二分の一に相当する一〇〇五万五二三七円の損害賠償請求権をそれぞれ相続により承継取得したものと認められる。

(二)  亡嘉代子の葬儀費用等については、弁論の全趣旨によれば、これを原告らがそれぞれ二分の一ずつ負担したことが認められるところ、このうち、各四五万円、合計九〇万円を被告らに請求し得るものと認めるのが相当である。

(三)  過失相殺について

被告らは、抗弁として、本件事故について、亡嘉代子及び原告はるのに過失があり、右各過失は損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべきである旨主張するので判断する。

前記甲第一六ないし第一八号証いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第三ないし第八号証及び第一一ないし第一五号証、証人井上明子の証言並びに原告はるの本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は、ほぼ南北に走る幅員五・九メートルの道路とほぼ東西に走る幅員六メートルの道路とが交差する信号機のない交差点内の中央から南東寄りの道路上であり、交通閑散ないわば裏通りであつて、被告学園経営のみかさ幼稚園の園児の送迎用バスの乗降場所に当たること、原告らの家族は、昭和六二年九月一〇日に小田原市から現住所地に転居し、原告はるのは、同月一七日、同幼稚園に赴き亡嘉代子の入園手続をしたこと、その際、原告はるのは被告学園の職員に対し、翌一八日から亡嘉代子を通園させ、同日の帰りから被告学園の送迎用バスを利用したい旨申し入れ、その発着の時刻までにその場所(本件事故現場である。)に、亡嘉代子を連れて行き又は迎えに行くことを約したが、土曜日の到着時刻は午後零時三〇分ころである旨の説明を受けたのに、この時刻は終園の時刻であり、送迎用バスが到着するのはこれよりも後であるものと勘違いしたこと、同幼稚園では、送迎用バスを二台使用し、それぞれ運転手のほか幼稚園の女子教諭一名が交替で添乗員として同乗して園児の送迎に当たつており、送迎用バスを利用する園児の保護者に対しては、所定の乗降場所まで必ず来るように求めていたが、全ての保護者がこれを励行しているわけではなかつたこと、亡嘉代子は、一八日の帰りから送迎用バスを利用し、原告はるのは、同日の到着時、一九日の出発及び到着時及び本件事故当日である二〇日(土曜日)の出発時に、それぞれ本件乗降場所に赴いたこと、同日(土曜日)午後零時二五分ころ、被告田中が運転し、教諭西本ともみ(以下「西本」という。)が添乗していた送迎用バスが、ほぼ予定どおり本件乗降場所に到着して停止したが、同所で降りる園児は、亡嘉代子を含めて四人であるのに、迎えに来ていたのは、このうち二人の園児の保護者のみで、原告はるのは、前記のとおり土曜日の到着時刻を勘違いしていたため来ていなかつたこと、被告田中及び西本は、亡嘉代子が同幼稚園に入園して三日しか経過していないことを認識していたこと、当時は雨が降つていたこと、西本は、バスから降りて、傘をさしてその場にいるよう指示しながら、四人の園児を降ろした上、バスの乗降口の左約二メートルの所に来ていた保護者の一人に「お願いします。」と声をかけて、すぐバスに乗り込み、四人がその場から動いていないことを確認せずに、被告田中に対し、「オーライ」と声をかけたこと、亡嘉代子は、四人の中で一番最後にバスから降りたが、持つていた傘もささないまま、停止しているバスの左横を、体をバスの方に向けて横歩きしながらバスの左前方に向かつたこと、被告田中は、バスの左側及び前方を見た上、後続車の有無を確認するため右側を見たが、再度左側の園児の動静を確認することなくバスを発車させ、折からバスの直前をバスからみて左から右に横断し始めた亡嘉代子にバスの左前部を衝突させたこと、亡嘉代子が横断しようとしていた方向には原告らの自宅があり、亡嘉代子は、原告はるのが迎えに来ておらず、雨も降つていたことから、急いで自宅に帰ろうとしていたものと推認されること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に基づいて考えるに、亡嘉代子が本件事故当時五歳であつたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、五歳の幼児は事理弁識能力を欠くので、その行為は民法七二二条二項にいう「過失」には該当しない旨主張するが、過失相殺は損害の公平な分担を図るという合目的的な制度であるから、被害者に一定の判断能力があることを要せず、事理弁識能力のない幼児の行為であつても、それが損害の発生に寄与している限り、同項の「過失」として斟酌し、幼児であることはその過失割合を判断するに当たつての減算要素とするのが相当である。そして、このように幼児の行為自体を過失相殺の「過失」として斟酌する立場をとれば、(その行為の危険性を直接的に評価してその程度に応じた妥当な過失割合を認定することが可能となり、)これとは別に幼児の行為の誘因となつている監護義務者の過失を問題にする余地はないことになるから、原告はるのの過失を斟酌すべきであるとする被告らの主張は理由がない。

そこで案ずるに、亡嘉代子は、発車しようとしているバスの直前を横断したものであり、その行為の危険性に鑑みると、同女が事理弁識能力を欠く五歳の幼児であることを減算要素として考慮しても、なお斟酌すべき「過失」が存するように思われる。

しかしながら、本件事故は、一般の乗用車の直前を幼児が横断したといつた、その運転手にとつて必ずしも通常予期し得るとはいい難いような類型のものではない。すなわち、被告田中は、いつどのような行為に出るかも知れない園児を送迎することを目的とするバスの運転に従事していたもので、特に園児を降車させて発進するに際しては、そのバスに園児が近寄るような事態が起こり得ることを予測し得べき立場にあつたのであるから、これを一般の乗用車の運転手の場合と同列に論じることはできず、被告田中には、このような園児の安全を日常的に配慮して運転業務に従事すべきであるという意味において、それだけ高度の注意義務が課されていたものと解される。とりわけ、亡嘉代子は、同幼稚園に入園してわずか三日しか経過しておらず、その保護者も迎えに来ていなかつたのであるから、同女の動静には格段の配慮を払つてしかるべきであつたといわざるを得ない。したがつて、これを怠つた被告田中の過失はきわめて重大であつたというべきであり(このことは、ひとり被告田中の過失が重大であることを意味するのみならず、このような送迎用バスを運行することが単に保護者の利便を図るにとどまらず一定数の園児の確保につながるものと推認される被告学園の、運転手及び添乗する教諭に対する指導監督を含む送迎用バスの運行全般についての管理態勢が十全ではなかつたことを示すものというべきである。)、この点を減算要素として考慮に入れると、結局、亡嘉代子の前記行為を過失相殺における過失として損害賠償額の算定につき斟酌するのは相当でないものと判断される。

よつて、抗弁は理由がない。

2  慰謝料

本件事故は幼稚園児の送迎用バスによる園児の死亡事故であること、亡嘉代子は死亡当時五歳の幼児であつたこと、原告はるのが本件送迎用バスの到着時刻を勘違いして亡嘉代子を迎えに行かなかつたことが、本件事故発生の誘因となつたこと、本件事故の態様その他本件に顕われた諸般の事情を総合勘案すれば、原告らの被つた精神的苦痛を慰謝するには、原告各自につきそれぞれ五五〇万円の支払が相当である。

3  損害の填補

原告らが自賠責保険から各一〇八〇万一七五〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

4  弁護士費用

本件弁護士費用については、原告ら各自につき、それぞれ五〇万円の範囲で被告らに負担させることを相当と認める。

四  以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し連帯して、各原告に対し損害金五七〇万三四八七円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年九月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉吉敬)

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