大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(ワ)364号 判決

原告

久保田茂

代理人

大家国夫

被告

株式会社千代田組

右代表者

中臣勇夫

被告

中山景介

右両名代理人

河野完

主文

被告中山景介は原告に対し、金七六万二、二一四円とこれに対する昭和四三年六月三〇日から

被告株式会社千代田組は原告に対し、金四九万〇、八七五円とこれに対する昭和四三年七月二日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は六分し、その一を被告株式会社千代田組のその二を被告中山景介の、その三を原告の各負担とする。

この判決中原告勝訴部分に限り、原告において仮りに執行することができる。

事実

(原告の申立)

一、被告らは原告に対し、各自金一九六万四、二五〇円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決と仮執行の宣言。

(原告の請求原因)

一、原告は昭和四〇年五月一日被告株式会社千代田組(以下単に被告会社という)に対し、原告所有の別紙物件目録記載の家屋(以下本件建物という)の内二階(以下本件賃借家屋という)を賃料月九、〇〇〇円で賃貸したところ、被告会社は従業員である被告中山景介とその家族の住居として右賃借家屋を使用させていた。

二、昭和四三年三月一六日午後零時三〇分頃、被告中山の妻が戸外で立話をしている間に、同被告の子供で八才になる少年が昼食が遅くなつたのに母親が相手にしてくれないことに立腹し、火を放つたか或は火遊びを始めたかした為、本件賃借家屋は勿論のこと、その階下に居住する原告の家財道具まで焼失せしめた。

三、(一) 被告中山は責任無能力者の監督義務者として右火災による損害を賠償すべきである。即ち子供のなしたことは、親の監督不充分が原因であるから、親がしたのと同様であるということが民法七一四条の本質であるところ、本件についても同一の評価をなすべきであるから、被告中山が子供の行為即ち火遊びをして火を失したのと同様でその重過失なること疑を容れない。むしろ未必の犯意による放火と目すべきものである。

(二) 被告会社は賃借人として善良なる管理者としての保管義務があるところ、本件賃借家屋の保管を命じていた被告中山の過失により同家屋を滅失し、賃貸人たる原告に対し、右保管義務を怠り同家屋を返還することが不能となつたのであるから、債務不履行として原告の蒙つた損害を賠償すべきである。なお、被告会社が右家屋を社宅として被用者である中山に使用居住せしめていたのは被告会社の事業の執行範囲内のことであり、よつて被告会社は被告中山の使用者としての立場においても、被告中山の不法行為に基づく損害を賠償すべきである。

四、原告は右火災により合計一九六万四、二五〇円の損害を蒙つた。

即ち

(一)  家屋復旧費 一二三万九、〇〇〇円

(二)  動産焼失並びに仮小屋建築費その他 二二万五、二五〇円(別紙目録一、二のとおり)

(三)  火災により今日迄三坪の仮小屋に一家五人が居住することを余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する慰藉料 五〇万円

五、よつて、原告は被告らに対し、各目損害金一九六万四、二五〇円とこれに対する本訴状送達の翌日(被告会社につき昭和四三年七月二日、同中山につき同年六月三〇日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告らの申立)

「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決と仮執行免脱宣言の申立。

(被告らの答弁等)

一、原告主張の請求原因事実一、二項は認める。

二、同三項は争う。

(一)  出火当時、子供を監督していたたのは被告中山の妻であり、同被告は不在で子供を監督する立場になかつたので、同被告に子供の監督義務としての義務及び責任はない。殊に失火法上の責任はない。

(二)  被告会社は原告に対し本件賃借家屋を返還することができなくなつたことは認めるが、右履行不能は第三者である被告中山の子供の失火によつて生じたものであるから、被告会社の責に帰すべからざる事由によるものであり、よつて被告会社に右債務不履行に基づく損害賠償責任はない。また、本件失火は被用者である被告中山の故意過失に基づくものではなく、かつ被告会社の事業の執行とは何ら関係のないことであるから、被告会社には被告中山の使用者としての不法行為責任もない。

三、同四項は否認する。

(一)  仮りに被告会社に債務不履行に基づく損害賠償責任があるとしても、賃借物件を返還することができなくなつたことによる損害、即ち焼失当時の本件賃借家屋(二階部分のみみ)の時価相当の損害を賠償する債務を負担するにすぎないのであつて、原告主張のごとき各損害は、これを賠償する義務を負うものではない。

(二)  仮りに右主張が理由がなく、または被告らが不法行為に基づく責任を負うとしても、

(1) 家屋復旧につき、原告は一二三万九、〇〇〇円を要する旨主張するが、七〇万乃至八〇万円で可能であり、かつ新築による増価格を損益相殺すると実損害は更に減少する。

(2) 仮小屋建築費用は本件建物焼失により通常生ずべき費用でないから、被告らの行為と相当因果関係にないものというべく、よつてこの点の原告の主張は失当である。

(3) 慰藉料として五〇万円を請求するが、狭い仮小屋で一家五人が居住する必要はなく、適当な借家をさがし居住することは可能であるのだから、このことを事由とする右請求も理由がない。

(4) 原告は火災保険に加入しており、本件被害により保険会社から四一万〇、九七四円の保険金を受領しているので、右金員により原告の実損害はすべて填補されている。

(証拠)〈略〉

理由

一、(本件出火の原因及び被告らの責任原因等について)

(一)  被告会社は、昭和四〇年五月原告から原告所有の本件建物の二階部分(本件賃借家屋)を賃借し、これを従業員である被告中山とその家族の住居として使用させていたこと、昭和四三年三月一六日午後零時三〇分頃、被告中山の子供で八才になる男児が火を放つたか、或は火遊びをしたかにより本件賃借家屋及びその階下に居住する原告の家財道具を焼失したことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると、つぎの事実を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

(イ)  原告は、本件賃借家屋を被告会社の従業員である被告中山に使用させることを承諾していたこと、右家賃は当初月九、〇〇〇円であり、その後月一万一、〇〇〇円に増額されたが、被告会社は当初から月一万円の範囲内で右家賃を負担していたこと。

(ロ)  本件賃借家屋とその階下の部分とは全く独立しており、玄関、出入口、炊事場、便所等はそれぞれ別個に作られていたこと、本件賃借家屋の間取りは、玄関を入つたところに4.5畳の間があり、これを挾んで右側に三畳、左側に六畳の各部屋があること、被告中山の家族構成は妻、長女(当時一〇才)、長男(当時八才)、次女(当時四才)、三女(当時二才)の六人であること。

(ハ)  出火当時、同被告の妻が行商人と玄関で立話していたが、奥六畳の間で長男がマッチに火をつけて飛ばす遊びをしていたところ、その火がカーテンに燃え移つたが長男はこのことに気付かずにいた。4.5畳の間に居た長女が気付き母に知らせたが、その時は既にカーテンは燃え落ち、棚の整理タンス、仏壇、洋服タンスに燃え移つており、更にそれらの上方部分家屋にも燃え移つていた、同被告の妻は子供達を避難させるのが精一杯で火の廻りが早かつたため消火作業をすることもできなかつたが間もなく到着した消防車の放水により鎮火したこと。

(ニ)  右火災により本件賃借家屋は全体として居宅としての用に供することができない程度に焼失し、消防車の放水により階下の原告居住部分は水びたしとなり、壁、畳、衣類等に水損が生じたこと。

(ホ)  被告中山の長男はマッチで仏壇のローソクに火を付けることが時々あり、同被告らはこれを容認していたものであるが、これまでに使用済のマッチ棒が部屋に散らかしていたことが二、三度あり、本件出火原因と同様にマッチ棒に火を付けて飛ばす火遊びをしたと思られる形跡があり、同被告らはこれに気付いていたこと。

二(被告らの責任について)

(一)  民法七一四条は責任無能力者が他人に損害を加えた場合に、その監督義務者は監督義務を怠らなかつたことが明らかでない限り、その損害を賠償する責任を負うと規定し、監督義務者に特別の責任を認めて被害者の救済を計つており、失火の責任に関する法律(以下失火法という)は失火者に重大な過失なき限り失火により他人に加えた損害を賠償する責任を負わないと規定し、責任負担者の責任軽減を計つている。本件はこの両法規が交錯する場合であるが、右両規定の立法趣旨に照らし、責任無能力者の行為から直接生じた火災に基づく損害については民法七一四条のみを適用して監督義務者は原則として責任を負うものとし右火災の延焼に基づく損害については更に失火法を適用し監督義務者はその監督について重大な過失がない限り責任を負わないものと解するのが相当である。

ところで本件の場合、前項判示の事実によると、被告中山は責任無能力者である長男の監督義務者として、長男のなした客観的には違法な行為(屋内でマッチ棒に火を付けて飛ばし放置するという)から生じた本件火災に基づく原告の損害を賠償すべきである。蓋し、被告中山はその監督義務を怠らなかつたとする事実は本件全立証によるもこれを認められない、のみならず、日頃長男に仏壇のローソクにマッチで火を付けることを容認しマッチを使用する機会を与えていたこと、長男が無断でマッチを使用し、マッチ棒に火を付けて飛ばす遊びをした形跡が数度あつたのにこの行動を抑止するため、同人にきつく注意を与えるなどしないで放置し、かつマッチ箱を長男の目の届かない所に置くなどの対策も構じなかつたことが明らかであり、むしろ被告中山にはその監督義務を怠つた過失があるものと認めることができるからである。被告中山は「出火当時、自分は不在で監督者の立場になかつたから監督義務違反はない」旨主張するが、右にいう監督義務とは責任無能力者の日頃の行動に関する一般的な監督義務を指すのであつて、損害を生ぜしめた当該加害行為に対する具体的監督義務を指すものではないから、右主張の理由のないこと明らかである。なお、本件の場合延焼に基づく損害は認められないので、被告中山の右過失行為が重過失に該当するか否かの判断はなさない。

(二)  賃借人が、賃貸人の承諾を得て賃借物件を履行代用者に使用させているときに、その履行代用者の過失により賃貸人に損害を加えた場合は、賃借人は自己が債務不履行をなしたと同一の範囲においてその損害を賠償する責任を負うものと解すべきである。このような場合、更に賃借人に履行代用者の選任監督につき過失がない限り、賃借人は損害賠償義務を負担しないとする見解があるが相当ではない。蓋し賃貸借のように当事者間の信頼関係を重視し、その上に立つて成立する契約においては、賃貸人が第三者(履行代用者)に賃借物件を使用させることを承諾したことをもつて、一般的に、債務者たる賃借人の責任を軽減したものと看做すことは当事者の意思解釈としては相当でなく、むしろ、斯る解釈を相当とする特別事情のない限り、賃借人側の都合でその計算において第三者に履行を代用させるのであるから、第三者に過失があるときは、賃借人自身において少なくとも債務不履行の範囲においてその責任を負担すると解するのが公平であり、かつ当事者の意思に合致すると思料するからである。なお、債務不履行に基づく損害賠償請求には失火法の適用はない。

ところで本件の場合、前項判示の事実によると、賃借人たる被告会社は本件賃貸借家屋を社宅として従業員である被告中山とその家族に使用させていたのであるから、被告中山は被告会社に代つて本件賃借家屋を利用占有するとともに被告会社の賃借人としての義務を履行代用者の立場にあつたものというべきである。そして被告中山は前判示の如き過失により本件賃借家屋を居宅としての用に供することができない程度に焼失させ、その返還義務を履行不能ならしめたものであるから、被告会社は右履行不能に基づく原告の損害を賠償すべきである。原告は被告会社に対し、被告中山の使用者として責任を問い、前記債務不履行による損害賠償のみならず、本件火災による損害賠償を請求するが、被告中山の前記監督義務者としての過失行為は被告会社の事業の執行につきなされたものと認めることは到底出来ず、本件全立証によるもこれを認めることが出来ないから、原告の右主張は爾余の点につき判断するまでもなく理由のないこと明らかである。

三、(原告の損害)

〈証拠〉を綜合すると、次の事実を認めることができ、〈証拠判断略〉。即ち

本件建物は、昭和三三年頃階下を天井の低い倉庫とする中二階建構造の建物として建築され、その翌年に二階部分を約七五センチメートル持上げ、階下倉庫の柱を入替て天井を高くしこれを居住用に改築して本二階建としたものであり、本件火災発生時は改築より九年を経過していたものであること。本件火災により二階内部は平均して焼失し、残存する柱、梁、鴨居等材木はすべて相当程度炭火しているが、畳のあつた床の部分は炭火をまぬがれた、尤も全体として二階部分(本件賃借家屋)は居住の用に供することができない程度に焼失したこと。階下部分は本件火災による焼失損はないが放水による侵水のため数個所の壁が剥脱したこと。階下にあつた原告の衣料、布団、畳、家具等が放人のため水損したこと。原告は荷物の保管、焼跡の管理、寝食の場所確保のため付近空地に仮小屋を建築し、同所に本件建物が復旧する七月末頃まで居住していたこと、原告の家族は夫婦と子供二人に原告の母の五人構成であるが、一時子供二人と母は焼け残つた階下部分を整理して寝所としていたことがあること。本件建物の復旧は二階部分を新築し、階下部分を補修することにより完成したことの各事実を認めることができる。そこで原告の各損害額につき検討するに

(一)  二階部分(本件賃借家屋)焼失による損害・四九万〇、八七五円。……〈証拠〉によると、本件賃借家屋の実坪数は一四坪であり、この再築価格について、保険会社は坪六万円(八四万円)と査定し、建設会社は八八万二、八〇〇円と見積していることが明らかであるが、同家屋の壁はすべてベニヤ板造りであつたこと等を考慮するとき右保険会社の査定に従うのを相当と思料する。そして建令九年で償却率一五%を控除した七一万四、〇〇〇円が焼失当時の同家屋の価格と認められる。ところで原告は保険会社から本件建物焼失による査定損害額九七万〇、二三三円に対する填補金として三〇万三、一九八円の給付を受領しているが、二階部分の損害七一万四、〇〇〇円に対する填補給付金は内二二万三、一二五円であること計数上明らかであり、この金額を七一万四、〇〇〇円から控除した四九万〇、八七五円が残損害額である。

(二)  階下部分の損害・一七万六、一六〇円。……〈証拠〉によると、保険会社は階下部分の損害を二五万六、二三三円(九七万〇、二三三円から七一万四、〇〇〇円を控除した残額)と査定しているが、これは建設会社の見積補修額とほぼ一致しており右査定額をもつて損害と認めるのが相当である。そして右金額から保険会社からの給付金八万〇、〇七三円(前記三〇万三、一九八円から二階部分に対する二二万三、一二五円を控除した分)を控除した一七万六、一六〇円が残損害額である。

(三)  衣料、家具の水損害額・三万四、〇七九円。……〈証拠〉によると別紙目録一の番号二、四、五、六、八、九、一〇の各損害「合計八万八、二五〇円)を認めることができる。同目録記載のその余の損害については、右本人尋問の結果によるとこれに副う供述があるが、右供述部分はにわかに措信しがたく他にこれを認めるに足りる証拠はない。そして、原告は保険会社から家具等の水損に対する填補金として五万四、一七一円の給付を受けているが、これを右損害からから控除した三万四、〇七九円が残損害額である。

(四)  仮小屋建築費・六万一、一〇〇円……〈証拠〉によると、原告は仮小屋建築費として六万一、一〇〇円の支出をしたことが認められる。

以上の各事実が明らかであるが、これらの事実によると、右(二)ないし(四)の各損害は、被告中山の長男の客観的には違法な行為から直接生じた火災と相当因果関係にある損害と認められるが、本件賃借家屋返還不能(債務不履行)と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

なお、原告は慰謝料を請求するので判断するに、一般的に財産的損害を蒙つた被害者は、その損害の賠償をうけることにより精神的苦痛も同時に慰謝されるものと考えられ、特に、被害者が当該財品に対して特別の感情利益を有しているとか、加害行為が著しく反道徳的で被害者に著しい精神的打撃を加えたとか特殊な事情があつて、財産的損害賠償のみでは償えない甚大な精神的損害を蒙つた場合にのみ慰藉料の請求が認められるものと解すべきである。本件の場合、原告は仮小屋で不自由な生活を送つたことが明らかであるが、(同小屋建築費用は相当因果関係にある損害といえども)仮小屋での生活は不可能であつたか疑問であり、かつこれをもつて前記特殊事情と認めることはできない、そして本件全立証によるも、右特殊事情を認めることができないから、原告のこの点の主張は理由がない。

四、(被告らの賠償額)

(一)  被告中山の賠償額・七六万二、二一四円、前項(一)ないし(四)の合計額

(二)  被告会社の賠償額・四九万〇、八七五円、前項(一)の金額

五、(結論)

以上により、原告の本訴請求は、被告中山に対し七六万二、二一四円とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和四三年六月三〇日から、被告会社に対し四九万〇、八七五円とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和四三年七月二日からそれぞれ完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので認容してその余の請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。なお、被告らの右支払債務の内、四九万〇、八七五円については、原告の同額の損害を被告ら双方で賠償するものであるから不真正連帯債務の関係にあるものというべきである。被告ら申立の仮執行免脱宣言は付さない。 (中田耕三)

(物件目録・目録一、二)略

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com