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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ヨ)613号 判決

債権者

宮原静也

右代理人

高井昭美

債務者

日本電信電話会社

右代表者

米沢滋

右指定代理人

上野国夫

外七名

主文

一、債務者公社は、本案判決確定に至るまで、債権者を休職中でない債務者公社北九州電報電話局第一施設部第二線路宅内課工事係職員として取り扱え。

二、債務者公社は、債権者に対し金六八万五、七六一円および昭和四六年一〇月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日に金六万四、四〇六円を支払え。

三、訴訟費用は、債務者公社の負担とする。

事実《省略》

理由

一、本件休職処分の存在

債務者公社が、約二六万人の職員を擁して日本における電信電話事業を営むものであり、債権者が、債務者公社北九州電報電話局第一施設部第二線路宅内工事係職員であり、昭和四二年四月一日付で線路技術職二級を命ぜられたこと、債権者が、昭和四四年一〇月二二日福岡地方裁判所飯塚支部に債権者主張の公訴事実および罪名をもつて公訴を提起せられたため、同日債務者公社北九州電報電話局長から就業規則五二条一項二号により休職処分を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、本件休職処分の効力

(一)  刑事休職制度の趣旨

右就業規則五二条一項二号は、公社法三二条を受けるものであるが、刑事休職について、職員は、刑事事件に関し起訴されたときは、その意に反して休職されることがある旨規定し、さらに、休職の発令時期等に関する協約一条一項四号は、刑事休職について、職員が、刑事々件に関し起訴されたときは、休職を発令するものとする。ただし、その事案が軽微であつて情状が軽いものについては、休職を発令しないことができる旨規定していることは、当事者間に争いがない。

ところで、債務者公社の刑事休職に関する実定規定は、右各規定のみであるが、これらの各規定によれば、職員を刑事休職に付するかどうか、協約一条一項但書を適用するかどうかは、債務者公社の裁量に委ねられているといえる。しかしながら、債務者公社は、その運用に当つては、債務者公社の刑事休職制度の趣旨、効果等に照し、一定の合理的制約を受け、これに反する刑事休職処分は、前記規定の裁量権の範囲を逸脱したものまたは裁量権の濫用として無効な処分となるものといわなければならない。そして、協約一条一項但書もこの趣旨を労働協約上明確にしたものというべきである。

そこで、債務者公社の刑事休職制度の趣旨についてみるに、およそ、公訴を提起された者といえども有罪の判決の宣告を受けるまでは無罪の確定を受けるのが法律上の建前ではあるが、起訴された被告人の大半が有罪となつている我が国の実情にかんがみ、現実には起訴された職員は、起訴状記載の公訴事実、罪名ならびに罰条により特定された犯罪についてある程度客観性を帯びた嫌疑を受けているとの社会的評価を免れないというべきであり、その限りにおいて職場の内外に及ぼす影響を無視することができないものがあるといえる。他方、債務者公社職員は、公共の福祉の増進を目的とする公衆電信電話事業の遂行に従事するものであり(公社法一条参照。)、その職務の性質上法令等に誠実に従い、全力をあげて職務の遂行に専念すべき義務を負つていること(公社法三四条参照。)、罰則の適用に関しては公務に従事する者とみなされていること(公社法三五条、一八条参照。)に照らし、職務遂行上公務員に近い程度の公正、誠実性が要求されているものということができる。したがつて、職員が、起訴により前記のような嫌疑を受けたまま引き続き職務を執るときは、場合によつては、職員の職務遂行上の公正、誠実性に対する疑惑を招き、職場における規律ないし秩序の維持に影響するところがあるのみならず、電信電話事業という公共的職務に対する国民の信頼に動揺を与えるおそれがないとはいえない。また、起訴された職員は、刑事訴訟法二八六条により、同法二八四条、二八五条に定める軽微事件を除く外公判期日に出頭する義務を負い、同法六〇条に定める事由があれば勾留されうるのであるから、起訴の態様および裁判の進行状況によつては、同人の職務に専念すべき義務の遂行にも支障を生ずる場合があるといわなければならない。それ故、職員が刑事事件で起訴されたときは、その事件の裁判が未確定の間、当該職員を職務に従事させないことが適当な場合がある。したがつて、債務者公社は、前記就業規則等の各規定を如上の趣旨に照して運用する合理的制約を受けているものというべきである。

これを具体的に検討すると、刑事事件で起訴されるといつても、その内容は様々であり、起訴罪名、法定刑についてみた場合、有罪と認定されれば相当長期の実刑を免れない重罪から単に罰金、科料に処せられるにすぎない軽罪まであるうえ、公訴事実の具体的内容についてみても、当該職員の職務に関連する破廉恥犯から職場外の職務に関連しない形式犯に至るまで多様なものが考えられる。また、起訴された職員の地位、職務内容についても、債務者公社のように約二六万人の職員を擁する大組織においては、その名誉と信用とを象徴するような管理職から単に機械的肉体的労務を提供するにすぎない末端の職員に至るまで種々の階層があることがうかがわれる。したがつて、それらの具体的内容、程度如何によつては起訴による職場秩序の維持、国民の信頼の保持への影響に対して重大な差異を生じることは明らかである。例えば、職場内で職務と関連した破廉恥的犯行を犯したことにより起訴せられた場合、あるいは一般に債務者公社の名誉と信用を象徴するような地位にある者が刑事々件で起訴せられた場合等においては、職場秩序の維持あるいは国民の信頼の保持という面に対する影響を無視することができず、公訴事実未確定の間は休職処分に付する合理性を首肯することは容易である。逆に、末端の機械的肉体的労務を提供するにすぎない職員が、職場外で職務と無関係な形式的犯行を犯したため起訴せられたような場合は、右に対する影響も微細なものというべきであつて、特別の事情のない限り、その者に対する休職処分の合理性を認めることは困難であるといわなければならない。また、起訴の態様についても、身柄拘束の場合と在宅の場合とで労務不提供等による職務専念義務遂行に相違を生ずることは明らかである。すなわち、身柄拘束のまま公判審理が進められておればその間の労務提供不能を理由にその者を休職処分に付することは合理性があるといえるが、反対に、在宅のまま公判審理が進められているような場合には通常右を理由として休職処分に付する必要はほとんどないものといわなければならない。

加えて、休職処分を受けた職員は休職期間中職員たる身分を有しながら職務に従事することができないのは勿論、就業規則九四条四項によりその期間中基本給等、扶養手当および暫定手当の一〇〇分の六〇しか支給されないうえ、刑事裁判で、無罪の判決を受けた場合にも支給されなかつた給与の差額を請求することができない等実際上蒙る不利益を無視することができないものであるから、債務者公社は、休職処分発令の当否を判断するにあたつては、このことも当然考慮すべきものといわなければならない。

以上を要するに、債務者公社は、その裁量権を行使するにあたつては、公訴事実の具体的内容、罪質、当該職員の地位、職務内容、起訴の態様等を比較検討し、刑事休職制度の設けられた如上の趣旨にかんがみ、休職処分に付しなければ、職場秩序の維持、国民の信頼の保持、職務専念義務に実質的に支障を生ずるかどうかを基準にして判断すべきであり、右のおそれがないのに休職処分に付することは、裁量権の範囲を逸脱した無効な処分といわなければならない。債務者公社主張のように、単に公訴事実に科せられるべき法定刑の軽重あるいは公訴事実自体の情状のみによつて、協約一条一項但書該当の有無を決して休職処分の当否を判断するのは相当ではない。

なお、債権者は、休職処分の発令に際しては、将来なされるべき懲戒処分との比較均衡をも考慮すべきことを主張するが、両者は、制度の趣旨からいつて、その要件および目的を異にするものであるから、懲戒処分との対比により休職処分の当否を判断することは妥当でないといわなければならない。

(二)  そこで、本件休職処分の効力について判断する。

1  当事者間に争いのない前記公訴事実の要旨および〈証拠〉を総合すれば、債権者は他の労働者等約五〇〇名とともに、昭和四四年一〇月一九日飯塚市で行われた「一〇・一九反安保、ホークミサイル基地設置反対福岡県青年集会」に参加し、集会後デモ行進に移つた際、道路使用許可条件に違反して蛇行進を行なつたため、これを制止しようとした警察官と衝突を起こし、二箇所において警察官の足を数回足蹴りにしあるいは手で胸を突くなどの暴行を加え、その職務の執行を妨害したもので、公務執行妨害罪に当るとして、同月二二日起訴されたものであることを認めることができる。

ところで、公務執行妨害罪の法定刑が三年以下の懲役または禁錮であり、他方債務者公社職員は禁錮以上の刑に処せられたときはその意に反して免職されることがある(就業規則五五条一項五号)ことを考えあわせれば、罪名に関する限り、かならずしも軽微な犯罪であるとはいいきれないかもしれない。しかしながら、本件は、「反安保、ホークミナイル基地設置反対」という政治的主張を表現するためのデモ行進の際規制中の警察官との衝突により偶発的に発生した犯罪であつて、その態様も二箇所において警察官の足を足蹴りにし、あるいは手でその胸を突くなどの単純な暴行を加えたものであり、その犯行に至つた経緯、動機および具体的な犯行の態様を検討すれば、公務執行妨害罪としては軽微な事案であるということができる。しかも、右犯行は職場外において債権者の職務とは無関係に行なわれたものであること明らかであるから、債権者の職務上の誠実義務との関連性は薄く、公訴提起が債務者公社の対内外に及ぼす影響はそれほど大きなものがあるとはいえない。

つぎに、債権者は、債務者公社北九州電報電話局第一施設部第二線路宅内課工事係職員であるが、〈証拠〉によれば、債権者の職務内容は、新規電話加入申込者に対する家屋調査、電話施設の整備ができていない地域へのケーブル線路の新設設計、既設電話の移転、附属電話機の新設等であることが認められる。右によれば、債権者は、債務者公社の管理的地位にいるのではなく、末端の職員であることは明らかであり、その職務の性質は、主として機械的技術的なものであつて、いわば一般私企業の現業労働者のそれに近いものと評価できるのである〈証拠〉によれば、債務者公社は、債権者の担当する右のような職務の大部分を下請に出していること、現に債権者自身債務者公社の許可を得て昭和四六年四月八日から嶋通信建設に勤務しているが、その職務内容は同人が休職前債務者公社で担当していたものと殆んど同じであることが認められることからも、債権者の職務の性質を推察することができる。)。

それ故、債権者の地位、職務内容から判断して、本件起訴による債務者公社の対外的信頼保持および対内的職場秩序の維持に及ぼす影響は少ないものといえる。

2  さらに、〈証拠〉によれば、債権者は起訴後直ちに身柄を釈放され、以後在宅のまま公判審理が続行されていることが認められる。そして、前記公訴事実に対する罰条からいつても、債権者は全公判期日に出頭すべき業務を負うものではないことは明らかである。また〈証拠〉によれば、公判期日は一箇月ないし二箇月に一回の割で指定されていること、債権者には年二〇日間の有給休暇があることが認められ、両者の関係からいつて、公判に出頭するには年次有給休暇でもつてまかなえるということもできるのであり、いずれにしても起訴されたまま債権者を職務に従事させたとしても、その職務専念義務に支障を来たすものとは認め難い。

3  以上のとおり、債権者に対する公訴事実の具体的内容、債権者の職務上の地位、職務内容および起訴の態様等を検討すれば、債権者に起訴後も引続き職務を執らせたとしても職場の秩序を乱し、債務者公社に対する国民の信頼を損う程度は軽度のものであり、職務専念義務の遂行に支障を生じさせるような事情も認め難いものであるから、前記休職制度の趣旨にかんがみ、本件の場合、債権者を休職処分にする必要性はないもので、債務者公社の本件休職処分は、その裁量権の範囲を逸脱したかまたは裁量権の濫用として無効なものであるといわなければならない。いいかえれば、協約一条一項但書にいう事案軽微にして情状が特に軽いものに該当すると判断すべきことが明白な場合というべきである。

したがつて、債権者は、債務者公社に対し本案判決確定に至るまで債権者を休職中でない北九州電報電話局第一施設部第二線路宅内課工事係職員として仮に取り扱うべきことを求める権利を有するというべきである。

三、賃金等請求権

債権者が、昭和四四年一一月から昭和四六年七月までの期間において、本件休職処分を受けなかつた場合に受け取るべき給与と現実に受領した給与との差額が別紙記載のとおりであつて、その総額は金六八万五、七六一円であること、昭和四五年八月から昭和四六年七月までの一年間における、本件休職処分を受けなかつた場合に債権者が受け取るべき給与は月額にして平均金六万四、四〇六円であること、債権者は債務者公社から毎月二〇日にその月分の給与の支払いを受けていたことは、当事者間に争いがない。

したがつて、債権者は債務者公社に対し右金六八万五、七六一円および昭和四六年一〇月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日にその月分の給与として金六万四、四〇六円の支払いを求める権利を有するということができる。

四、必要性

〈証拠〉によれば、債権者は、債務者公社から受取るべき給与を唯一の収入源としているところ、本件休職処分によつて六割の給与しか支給されないため、現在独身であるとはいえ生活は困窮していて、昭和四六年四月八日から債務者公社の許可を得て、嶋通信建設に、本件休職処分の解除まで臨時に働いていること等に働いていることが認められ、本件判決の確定を待つては回復しがたい損害を被るおそれがあるものといわなければならない。

五、結論

よつて債権者の本件申請はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 三村健治 神吉正則)

〈別表省略〉

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