大判例

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福岡地方裁判所小倉支部 昭和50年(ヨ)153号 決定

申請人

山本和也

外一名

右申請人両名訴訟代理人弁護士

河野善一郎

外一名

被申請人

東海カーボン株式会社

右代表者

鳥越熊衛

右被申請人訴訟代理人弁護士

小柳正之

外一名

主文

一、申請人両名が被申請人の従業員であることを仮に定める。

二、被申請人は、昭和五〇年五月以降本案判決確定に至る迄、毎月二五日限り、申請人山本和也に対し金九二、三八六円、申請人浦本憲二に対し金六九、七三九円を仮に支払え。

三、申請人浦本憲二のその余の申請を却下する。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請人両名の求めた裁判

一  主文第一、第四項同旨

二  被申請人は申請人山本和也に対し金九二、三八六円、同浦本憲二に対し金六九、八四六円を仮に支払え。

三  被申請人は申請人両名に対し、昭和五〇年六月以降本案判決確定に至る迄、被申請人の賃金規則ならびに被申請人と件外東海電極労働組合との間に締結される労働協約その他賃金に関する諸規定(昇給、ベースアップによる改訂を含む)の定めるところに従つて算出された賃金ならびに夏期および年末一時金(就労日数、超過勤務時間、勤務成績等の係数は、申請人両名の昭和五〇年二ないし四月の三ケ月間の平均とする)を社会保険料、公租公課を控除したうえ各所定支給日に仮に支払え。

第二当裁判所の判断

(本件解雇に至る迄の経過)

疏明によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  申請人山本は、昭和四〇年三月戸畑工業高校電気科を卒業後、同年四月被申請人会社(当時東海電極製造株式会社と呼称)に入社し、同社若松工場製造課に勤務していた者であり、申請人浦本は昭和四一年三月同高校同科を卒業し、同年四月被申請人会社に入社し、同工場製造課に勤務していた者である。

(二)  東海電極労働組合(以下組合と略称する。)は被申請人会社の従業員をもつて組織する労働組合であり、合成化学産業労働組合連合(以下合化労連と略称する。)に加盟し、同社の若松工場等各事業場に各支部を設けている。

(三)  組合は被申請人会社との間の労働協約において、社員はすべて組合員にならなければならない(第六条)、組合から除名されたときは解雇する(第二〇条一項三号)旨のいわゆるユニオンショップ協定を結んでいる。

(四)  申請人両名は入社以来組合若松支部(組合員数約一一〇名位、以下組合支部と略称する。)の組合員であり、申請人山本は昭和四七年八月から同四九年七月迄同支部執行委員、申請人浦本は同四八年八月から同四九年七月迄同支部青年婦人部々長の地位にあつた。

(五)  昭和四九年二月一三日同支部組合員であり被申請人会社の従業員である竹内優が勤務中にユニット三系列の建屋のスレート葺屋根から、同屋根を踏み抜いて地上に転落して死亡するという事故が発生した。

(六)  ところで組合と被申請人会社間の労働協約第六三条によると、組合員が業務上の災害にかかつた場合、被申請人会社は、労働者災害補償保険法の定める諸給付等(普通災害補償)のほか、一定額の災害補償(特別災害補償)を行なう旨の規定が存するところ、右事故後、同人の遺族は、同条の定めにより被申請人会社から特別災害補償として金八〇六万円を支給されたが、右遺族らは右金額を不満として、それ以上の上積を要求し、被申請人会社と交渉したが、要求は拒絶された。

(七)  ところで、竹内優の妻竹内順子は以前被申請人会社に勤務していたことがあり、その関係で同女と顔見知りであつた申請人らは、右事故後同女を慰め、励ましたり、就職の相談にのつたりしていたが、労働災害問題についても、次第に関心を抱くようになり、労習会で研究するなどした結果、前記特別災害補償の規定についても、この規定は組合員が、業務上の災害であれば、会社側の過失を立証することなく、無条件に一定額の補償金の支給を受けることができる点に意味を有し、この点において右規定を評価すべきものとする一方、会社側に過失の存する場合は、当然、かかる規定の存在にかかわらず、会社側は組合員の蒙つた全損害を賠償する責任があり、従つて組合員が裁判によつて右損害の賠償を請求するのも自由でありまたそうすることによつて、その結果を特別災害補償額の増額に反映させることができ、ひいては全組合員の利益に資することができるという見解を抱くようになり、同女が特別災害補償額を不満として訴えを提起する意思を固めるに伴い、同僚組合員一八人位で「竹内さんの遺族を守る会」(以下「守る会」と略称する。)を結成して、同女の裁判支援をすることとし、裁判をとおして同女の救済を図るとともに、被申請人会社の安全管理の在り方について問題を提起してゆくことにした。

(八)  昭和四九年九月右訴(以下竹内裁判と称する。)が提起され、この裁判を組合が支援するかどうかが問題となつたが、組合は前記特別災害補償の定めについては、法律的には種々問題が存するとしつつも、これを示談ないし和解契約的なものと解し、労働災害事故が発生した場合、会社側の過失の有無に拘らず、組合員が無条件に一定額の補償を受けられる点において、十分評価すべきものであり(尤も会社側に故意又は重大な過失が存するなど、会社側の責任が明白な場合には右規定には拘束されないとの解釈を前提とするが)、補償額の不十分な点は今後の会社との交渉で増額を要求し、妥当な額を勝ちとることによつて、組合員の救済を十分図ることができるとの見地に立ち、組合員がこの規定の存在にも拘らずむやみに上積額を要求して裁判に訴えるようなことになれば、右補償額の増額改定交渉において、被申請人会社がこの規定の存在の意味がないとして交渉を拒否するおそれがあり、かくては全組合員に重大な損失を与えることになるとして、同年一〇月二日の組合支部臨時総会で次のような決議をなした。

1 組合としては支援活動を一切行わない。

但し、遺族の意向を全く無視はできないので次の点に限つて活動する。

(イ) 遺族の相談相手

(ロ) 裁判の傍聴及びその報告(人選は評議員会で決定する。)

(ハ) 事情聴取に対する協力

(ニ) 弁護士の質問への回答

(ホ) カンパ活動(遺族に対する見舞金として。)

2 個人または団体が組織上問題のある行動をとつた場合は組合として統制する。

(九)  しかしながら、「守る会」は依然として竹内裁判支援のために証拠資料の収集や、弁護士とめ打合せ、裁判傍聴などの活動を継続したので、組合は前記一〇月二日の決議の存する以上、「守る会」の右活動は分派活動になると判断し、昭和五〇年一月一八日の「守る会」との話合いの席上、申請人らに対し右決議を遵守するよう強く要請した。

(一〇)  さらに組合は同年三月の労働協約改正期を目前に控え、「守る会」の活動が特別災害補償増額のためにマイナスに作用することをおそれ、同年二月二八日申請人らに対し「守る会」からの脱会を要請したが、申請人らは訴提起の正当性を主張するとともに、「守る会」の目的は遺族の起した裁判を物心両面において支援することであり、組合を混乱させる意図の全くないことを強調し、その立場を変えなかつた。

(一一)  同年三月一八日を皮切りに中央労使協議会が開催され、労働協約改正問題がとり上げられたが、被申請人会社は、その席上、「遺族が労働協約上の特別災害補償額を不満として、裁判を起すことはやむをえないが、組合員がこれを支援して「守る会」を結成し、裁判傍聴などを行つているのは協約違反である。これでは協約を締結する意味が失われるので改正には応じ難い。」旨を一貫して主張し組合もこれを統制する旨回答した。

(一二)  一方、組合支部副委員長黒川は組合と「守る会」間の対立を憂慮し、これを打開せんとして、同年四月一二、三日頃合化労連にその仲裁を求めた。その結果竹内裁判に決着がつくまで「守る会」の活動を停止するという案が提示され、申請人らはこれをのんだが、被申請人会社及び組合が右案に反対したため、事態の解決には至らなかつた。

(一三)  他方組合支部は同年四月一五日臨時総会を開催し、前記一〇月二日の決議を再確認するとともに、裁判傍聴について評議員会の了解を経ない場合は懲戒の対象とする旨を決議した。

(一四)  又、同月二〇日の支部評議員会では、

1 「守る会」を脱会しなければ除名を含む統制処分にする。

2 脱会する場合は謝罪文を提出すること。

3 脱会する者は同月二一日正午迄に、その旨文書で提出すること。

右趣旨を内容とする勧告を申請人らに対してなすことを決定し、これを申請人らに申渡した。

(一五)  一方、事態を重視した組合本部役員は、同月二〇日「守る会」と直接話合いをもち、あらためて脱会勧告をなすとともに、これに応じない場合は統制処分に付する旨を述べて申請人らを説得したが、結局物別れに終つた。

(一六)  しかして以上の経過の中で「守る会」に残つていた五名のうち三名が脱会したが、申請人両名はあくまで脱会を拒否したので、組合支部は同月二一日支部臨時総会を開催し、「守る会」を脱会しない者は組合規約第一四条第一項第一号(組合の機関の決定に違反したとき)、第二号(組合の統制秩序をみだした行為のあつたとき)、第三号(組合の運営、事業の発展を妨げる行為のあつたとき)に基き除名処分にする。但し、組合本部の決定迄は権利停止とする旨決議した。

(十七)  同年五月一七日、組合支部からの除名処分の上申をうけて、第五六回臨時大会が組合本部で開催され、最後の脱会勧告、申請人両名の弁明がなされた後、採決がなされ、申請人両名の除名が決定した。

(一八)  右除名がなされたため同月一九日、労働協約第二〇条第一項第三号第二項により中央労働協議会が開催され、被申請人会社に対し、除名理由、手続につき組合側から説明がなされた後、被申請人会社はこれを了承し、同日付で申請人両名に対し解雇の意思表示をなし右意思表示は同日申請人両名に到達した。

(本件除名処分の効力)

(一)  申請人両名の除名理由は前記認定のとおり、組合規約第一四条第一項第一号、第二号、第三号に該当するというのであり、実質的には、申請人らが「守る会」を結成し、組合とは異る見解の下に竹内裁判支援を行い、この間あいつぐ機関決定及び説得にも拘らず、之を無視し、その統制に服そうとせず、依然として支援活動を継続し、特別災害補償増額交渉を阻害したというにある。

ところで個人が意見を発表したり、団体を結成したりすることは民主々義社会における最も重要な基本的人権の一つである表現の自由として憲法第二一条の保障するところであるが、労働者は一方では憲法第二八条において保障された団結権を、行使して労働組合を結成し、団結の力を背景にその経済的地位の向上を図ることができるのであつて、強固な団結権の最終的保障は労働組合の統制権に外ならず、ここに組合の統制権と組合員の表現の自由との抵触する場面が生ずる。しかして、労働組合の団結力の強化を期するためには、その方針に反する組合員の言動にある程度の統制権を及ぼしめるのを承認せざるを得ないところであるが、右統制権の及ぶ範囲並びにその程度については、組合員個人の表現の自由ないしは結社の自由のもつ意味の重要性に鑑み、かつ組合民主々義の観点から、統制の対象とされる組合員個人の言動の性質・目的・その態様等を組合の統制の必要性に照らして総合的に考え併せることにより、個々の事案の具体的事情に則して決する外はないものというべきである。

(二)  そこで、右見地に立ち申請人両名の言動が組合の統制の対象となりうるか否かにつき更に検討するに、申請人両名の言動は「守る会」の活動、即ち竹内裁判支援というかたちを通じて、組合の方針を間接的にせよ批判する側面を含んでいること、しかもそれが現実に特別災害補償増額の交渉に際し、被申請人会社に交渉拒否の口実を与える結果を生じ、その限りにおいて組合の足をひつぱる役割を果したことは否定できないところである。

しかしながら、申請人ら「守る会」の活動は、直接には元組合員の遺族の被申請人会社に対する労働災害に起因する裁判の支援であり、疏明によれば、申請人らは組合支部臨時総会において、除名処分を決議される迄は、特別災害補償に関する組合の方針を批判したり、組合をさしおいて会社側と直接交渉をしたような事実もないことが一応認められ、却つて申請人らは組合を直接批判することにより組織内に混乱をきたすことを虞れたという事実(尤も、それ以降は組合執行部批判のビラを配布しているが、これはことのなりゆき上仕方がない。)によれば申請人らは裁判支援のみにその活動を限定し、組合の団結をみださないよう配慮していたことがうかがわれるとともに、特別災害補償条項についても、その廃棄を叫ぶというのではなく、それなりにその存在価値を認めて評価しており、申請人らとしても右裁判の支援を通して、究極的には組合の被申請人会社との特別災害補償増額交渉を有利に展開せんとする意図を有していたものであり、その点において組合の意図するところと何ら齟齬はなく、前記認定の事実によれば特別災害補償条項の解釈においても、申請人らと組合間においてさして大きな隔りがあるとも思えない。ただ申請人らの「守る会」への加入が、右交渉の阻害要因になつたことは前記のとおりであるが、疎明によれば、申請人両名の除名前の昭和五〇年四月二四日特別災害補償に関する協定が成立し、補償額は増額されることなく前年のまゝすえおきになつているが、これは申請人らの言動と関係のないことが一応認められるところであり、又同協定に対する組合の解釈からすれば、申請人らの裁判支援行為はいまだ実質的に組合の方針と相容れない程度に離反しているものともいえない。

(三)  以上要するに、申請人ら「守る会」において、組合の方針を積極的に害する意図のないことや、「守る会」の竹内裁判支援のみに限定した活動の実態、及びそれが客観的に見てもいまだ実質的に組合の方針と全く相容れない程度に至つていないこと等諸般の事情を総合すれば、申請人らの言動は、組合が申請人らに対し「守る会」脱会を説得することや、活動の自重を求めることは格別それ以上に「守る会」脱会を要求し、これに従わないことを理由に申請人らを統制違反者として除名処分しうる段階には未だ到達していないものと認めるのが相当である。

してみれば、本件除名処分は、統制権の限界を超えてなされたものとして無効といわなければならない。

(本件解雇の効力)

前記認定のとおり組合と被申請人会社間にはいわゆるユニオンショップ協定が締結されているところ、被申請人会社に解雇義務が生じるのは、組合員が有効に除名された場合に、限られ、除名が無効な場合は、被申請人会社は解雇義務を負わず、かかる場合になされた解雇は他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効である(最高裁五〇・四・二五判決)。

しかして本件除名処分が無効であることは既に見てきたとおりであるから、被申請人会社には解雇義務は発生せず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由の存在も疏明されないから、結局本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効といわなければならず、申請人両名は被申請人会社の従業員としての地位を依然として保有していることになる。

(保全の必要性について)

疏明によれば、申請人山本は、妻と長男(四才)、長女(二才)の四人暮しで、被申請人会社から支給される給与を唯一の生活の資としており、申請人浦本は、その父母と妻、長女(一才)の五人暮しで、妻も被申請人会社に勤務し、手取り約六万円の給与が支給されているが、同女は現在妊娠中であることが一応認められるところ、右事実によれば申請人両名とも、被申請人会社から従業員としての地位を否定され、給与の支給を拒まれるときは、生活に窮し、著しい損害を蒙るおそれがあることは容易に推認できる。

ところで、疏明によれば、申請人山本が昭和五〇年一月ないし三月のケ月間に支給された給与の平均手取額は、月額金九五、三〇九円(一円未満切り捨て)であること、申請人浦本が同年二月、三月の二ケ月間に支給された給与の平均手取額は、月額金六九、七三九円であることが一応認められる。しかして、審尋の全趣旨によれば、毎月二五日が給与支給日であると一応認められるから、申請人両名は毎月同日限りで前記各月額平均額の賃金請求権を有することになる。

以上によれば、申請人両名には、被申請人会社の従業員たる地位を仮に定めるとともに、昭和五〇年五月以降毎月二五日限り、前記各月額平均額の賃金の仮払いを求める必要性が存するものというべきである。

(結論)

よつて、申請人山本の本件申請は理由があるのでこれを認容し、申請人浦本の本件申請は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する(なお、申請人両名は、将来の定期昇給分、ベースアップ分、夏期及び年末一時金の仮払をも併せ求めているが、かゝる仮払の被保全権利ないし保全すべき法律関係は抽象的にすぎて未だ具体的に確定しえないものであるのみならず、たとえかかる仮処分を命じたとしても、その執行に当つては結局任意の履行を求めるほかないと解されるのであつて、そうであれば当然主文第一項に包含される趣旨のものであるといわなければならないから、特にこの点につき主文に掲げることをしない)。

(鍋山健 園田秀樹 坂本重俊)

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