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福岡地方裁判所田川支部 昭和60年(ワ)139号 判決

原告(反訴被告)

鐘ケ江繁

被告(反訴原告)

穂阪ミヨ子

主文

一  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する、昭和六〇年一〇月三〇日午後七時五五分頃福岡県田川市大字奈良二一六番地先路上において、原告(反訴被告)運転の普通乗用自動車が被告(反訴原告)同乗中の軽四輪貨物自動車に追突した事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告(反訴被告、以下原告という。)

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は被告(反訴原告、以下被告という。)の負担とする。

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  被告

1 原告は被告に対し金三八六万五七三三円及びこれに対する昭和六一年三月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  原告

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 昭和六〇年一〇月三〇日午後七時五五分頃、福岡県田川市大字奈良二一六番地先路上において、原告運転の普通乗用自動車(以下原告車という。)の前部が、赤色燈火信号に従つて停止していた、被告の同乗する、穂阪友明運転の軽四輪貨物自動車(以下穂阪車という。)の後部に追突(以下本件追突という。)した。

2 しかしながら、本件追突は極めて軽微なもので、原告車にも穂阪車にも物損はなく、被告も当初本件追突の事実に気付かない程であつたから、いわば軽い接触程度であつて、被告が本件追突により負傷する筈はない。

3 しかるに被告は本件追突により負傷したと主張して、原告に対しその損害の賠償を求めている。

4 よつて原告の被告に対する、本件追突に基づく損害賠償債務は存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、原告車にも穂阪車にも物損がなかつたことは認める。その余の事実は争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4は争う。

三  抗弁

原告は、原告車を運転して穂阪車に追従するにあたり、先行中の穂阪車が赤色燈火信号に従つて停止したのを認めたのであるから、穂阪車の後方に確実に停止して穂阪車に衝突しないようにすべきであるのに、前方注視を怠つて漫然進行した過失により、穂阪車の後方真近に至つて危険を感じ急制動したが及ばず、穂阪車に原告車を追突せしめたものであつて、本件追突はもつぱら原告のみの過失に基づくものである。しかるところ、本件追突時の衝撃はひどく、本件追突により穂阪車は前方へ押し出されている。原告車にも穂阪車にも本件追突による物損が生じなかつたのは、原告車のボンネツト前端が穂阪車の後部に取付けられていたスペアタイヤに衝突したからであつて、被告は本件追突により、外傷性頸部症候群、腰部捻挫、胸背部四肢打撲の傷害を負つた。

四  抗弁に対する認否

争う。

(反訴について)

一  請求原因

1 本訴請求原因1のとおりであるから、これを引用する。

2 被告は、本件追突により、本訴抗弁において述べたとおりの傷害を負つた。

3 原告は、本訴抗弁において述べたとおりの過失があつたから、民法七〇九条により、本件追突により生じた被告の損害を賠償する責任がある。

4 被告の損害の内容は次のとおりである。

(1) 治療費 五八万三一九〇円

イ 一二万八〇〇〇円 昭和六〇年一〇月三〇日から同年一一月一日までの村上病院における入院治療費

ロ 四五万五一九〇円 昭和六〇年一一月二日から昭和六一年二月一五日までの荒牧病院における入院(六三日)及び通院(四三日)治療費

(2) 付添看護費 五万五五〇〇円

荒牧病院における昭和六〇年一一月三日から同月一七日までの入院期間中、被告の夫が付添看護したので、これに要した費用。一日あたり三七〇〇円として算出した。

(3) 入院雑費 六万六〇〇〇円

子供の世話等を含めた一日の入院雑費相当額一〇〇〇円に入院日数六六日を乗じたもの

(4) 通院交通費 一万三八六〇円

昭和六一年一月四日から同年二月一五日までの間(内実日数三三日)、自宅から荒牧病院に通院するに際し要したバス賃(会社町から寿屋前まで往復二〇〇円、寿屋前から新庄まで往復二二〇円)

(5) 休業損害 七九万七六一八円

被告は、昭和五八年七月から、衣料品の販売に従事しているものであるが、仕入れについては夫と共同で行い、販売については夫と共同ではあるが、別々の車で、主に全日自労建設一般労働組合の田川市、郡の各現場事務所を廻り、また、生活保護支給日には、各市町村役場でそれぞれ販売していたものであるところ、昭和六〇年一〇月三一日から昭和六一年二月一五日までの一〇八日間、前記傷害を負つたことにより休業を余儀なくされ、そのため七九万七六一八円の損害を被つた。すなわち、

イ 一か月平均純利益

(イ) 昭和六〇年一月から一〇月までの仕入金額 一〇五九万九六二〇円

(ロ) 被告の右期間中の売上高 八一九万九一〇〇円

(ハ) 被告の夫の右期間中の売上高 六九〇万八一〇〇円

(ニ) 被告の売上利益の一か月平均額 二四万四六三八円

(ホ) 被告の販売費用一か月平均額 二万円

(ヘ) 被告の売上純利益一か月平均額 二二万四六三八円

(ニ)-(ホ)=二二四、六三八

ロ 休業損害

二二四六三八×一二月×一〇八日/三六五日=七九七、六一八

(6) 慰藉料 一二〇万円

受傷内容及び入院日数(六六日)、通院日数(四三日、内実日数三三日)などを考慮すると、一二〇万円が相当である。

(7) 後遺障害による逸失利益 二六万九五六五円

現在のところ、自動車損害賠償法による後遺症の査定はまだなされていないが、一二級一二号または一四級一〇号に該当するものと思われる。査定を軽く見積つて一四級として、労働能力喪失率を五パーセントとし、その継続期間を二年間として計算すると、逸失利益は次のとおりである。

二二四、六三八×一二月×二年×五/一〇〇=二六九、五六五

(8) 後遺障害による慰藉料 九〇万円

後遺障害の査定を一四級と軽く見積つた場合の慰藉料として九〇万円が相当である。

(9) 弁護士費用 三八万円

以上により被告は原告に対し右損害金を請求しうるものであるところ、原告はその任意の弁済に応じないので、被告は弁護士たる本件被告代理人に反訴の提起、追行を委任し、弁護士費用として右代理人に三八万円を支払うことを約した。

5 損害の填補

被告は自動車損害賠償保障法に基づき、日産火災海上保険株式会社から仮渡金として四〇万円の支払を受けた。

6 よつて被告は原告に対し金三八六万五七三三円及びこれに対する本件反訴状が原告に送達された日の翌日である昭和六一年三月七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は争う。詳細は本訴請求原因2において述べたとおりであるから、これを引用する。

3 同3の事実は争う。

4 同4の事実は否認する。

5 同5の事実は知らない。

6 同6は争う。

第三証拠〔略〕

理由

第一本訴及び反訴についての判断

一  本訴及び反訴各請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第一六ないし第一九号証、乙第一、第二号証によれば、本件追突は、本訴抗弁(反訴請求原因3)において被告の主張する、原告の過失により発生したものであることが認められる。

三  ところで、被告は、本件追突時の衝撃はひどく、本件追突により被告は外傷性頸部症候群、腰部捻挫、胸背部四肢打撲傷の傷害を負つたと主張し、これに対し、原告は、本件追突は極めて軽微なものであり、いわば軽い接触程度であつたから、被告が本件追突により被告主張の傷害を負う筈はないと主張するので、先ずこの点について検討する。

前掲甲第一ないし第三号証、甲第四号証の一ないし三、第五、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第一六ないし第一九号証、乙第一、第二号証、いずれも成立(甲第二〇号証の一ないし六、第二一号証の一七、一八については、原告主張の写真であること、乙第一一号証の一、二については、被告主張の写真であること)に争いのない甲第九ないし第一一号証、第一四号証の一、二、第二〇号証の一ないし六、第二一号証の一ないし二〇、乙第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一ないし三、第一一号証の一、二、原告、被告各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告の同乗していた穂阪車は、被告の夫穂阪友明(以下友明という。)が運転していたものであり、被告が助手席に、また被告の長女穂阪あすか(当時一三歳)、長男穂阪真人(当時八歳)が後部座席に、それぞれ同乗していた。ところで、穂阪車は、県道(アスフアルト舗装されており、本件追突当時路面は乾燥していた。また直線で見とおしは良好である。)を、西(飯塚市方面)から東(後藤寺駅方面)へ向けて進行していたが、本件追突地点にさしかかつたところ、右県道と、北から南に通ずる道路とか交差する交差点の信号機が赤色の燈火信号を表示したので、本件追突地点に停車した。一方、原告車は、穂阪車に追従して進行していたが、その後方約一六・七メートルの地点(本件追突地点から約三一・九メートル手前の地点、以下甲地点という。)において、信号機が赤色の燈火信号を表示し、これに伴い穂阪車が停車を始めたのを認めたので、自らも停車すべくブレーキを掛けて時速を約一五キロメートルにおとし、進行を続けた。そして甲地点から約二五メートル先の地点(以下乙地点という。)にさしかかつた際、穂阪車が乙地点から約七・二メートル先の地点(すなわち本件追突地点)に停車したのを認めたので、さらにブレーキを掛けて時速を約五キロメートルにおとしたものの、一瞬後藤寺駅前方向をぼんやり見始めて、前方注視を怠つて進行したため、乙地点から約五・五メートル先の地点(穂阪車の後方約一・七メートルの地点)に到つてにわかに危険を感じ急制動したが及ばず、原告車のボンネツト前端が穂阪車の後部に取付けられていたスペアタイヤに衝突し、そのため穂阪車は前方に約五〇センチ押し出された。なお、本件追突時、友明は、穂阪車が完全に停車したので、ブレーキを少しゆるめていた。

2  ところで、本件追突により、穂阪車の後部に取付けられていたスペアタイヤのカバーに払拭痕がつき、また原告車のボンネツト前端に右タイヤの模様が付着したのみで、穂阪車にも原告車にも何ら物損はなかつた。そして、友明にも被告の長女、長男にも身体的異常は全く生じなかつた。ところが、被告は、本件追突後、吐気をもよおしたということで、救急車で村上病院に搬送された。同病院において、被告は村上医師に対し、首、後頭部の激しい痛みを訴えたが、村上医師の診察によると骨には異常は認められず、被告が訴える程の症状とは思えない状況にあつた。しかし、被告の訴えがあまりに激しいので、同医師は被告の訴えに基づいて治療するほか方法はないということで、投薬、シツプ等の治療を行ない、また右訴えに基づき、本件追突後の昭和六〇年一一月一日、病名を「外傷性頸部症候群、腰部捻挫」とし、同年一〇月三〇日から約一四日間入院加療を要する旨の診断書を発行した。一方、本件追突事故の捜査に携わつていた田川警察署は、本件追突時の原告車の時速は約五キロメートルであつたこと、穂阪車にも原告車にも物損はなかつたこと、友明にも被告の長女、長男にも何ら身体的異常は生じていなかつたこと、からして、被告が負傷したということに疑問を抱きながらも、右診断書が同署に提出されたことから、一応業務上過失傷害被疑事件として立件し、これを田川区検察庁に送致した。同検察庁は、さらに捜査した結果、昭和六〇年一二月二五日、公訴事実を、要約すると、「被告人(すなわち原告)は、原告車を運転して穂阪車に追従するにあたり、先行中の穂阪車が赤色燈火信号に従つて停止したのを認めたのであるから、穂阪車の後方に確実に停止するようブレーキを確実に操作すべきであるのに、これを怠り、穂阪車の後方直近に至つて急制動の措置をとり、もつて、過失により、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつた。(道路交通法一一九条二項、一項九号、七〇条)」として、田川簡易裁判所に略式命令の請求をし、同裁判所は、同月二七日、原告を罰金八〇〇〇円に処する旨の略式命令をした。

3  一方、被告は、昭和六〇年一〇月三〇日から同年一一月一日まで三日間村上病院に前記傷害を負つたとして入院したが、同月一日、退院し(何故退院したのであろうか。前掲甲第一四号証の二によれば、村上病院では当時工事が行われていたので、被告は、「工事の音がうるさい」といつて退院したというのであるが、それに対し、村上医師は、「本当に病気であれば、退院せず、部屋をかえてくれと言つてくる筈です」と意見を述べている。)、翌二日荒牧病院に入院した。荒牧医師は、被告の病名を頸椎捻挫、胸背部四肢打撲傷と診断し、かくして、被告は右同日から昭和六一年一月三日まで六三日間荒牧病院に入院し、同月四日から同年二月一五日まで四三日間(内実日数三三日)同病院に通院した。

以上の事実をもとに、本件追突により、被告が被告主張の傷害を負つたか否かについて検討する。

ところで、前掲甲二一号証の二〇によれば、技術士林洋は、昭和二九年東京商船大学機関科を卒業し、日野自動車工業KKを経て、(財)日本自動車研究所に勤務し、自動車技術の研究開発、実験、自動車の社会的問題の研究(自動車事故の研究を含む)等に従事したが、この間、警察庁交通工学官教育の講義を担当したりしていたところ、昭和六〇年、林技術士事務所を開設し、もつぱら自動車事故の鑑定にあたつているものであるが、本件追突についての、同人作成の鑑定書(前掲甲第二一号証の一ないし一九)によれば、本件追突において穂阪車に生じた衝撃加速度は、シビアサイドにみて〇・七グラムと推定され、この衝撃加速度では被告の頸部に傷病が生じたと考えることは無理であり、また、腰部捻挫及び胸背部四肢打撲傷は、それらが起る力学的状況は存在しないというのである。右事実に、田川警察署も被告が本件追突により傷害を負つたということに疑問を抱いていたこと、また、田川区検察庁も業務上過失傷害被疑事件として送致された本件追突事故を、道路交通法違反被告事件として略式命令を請求したこと、さらに村上医師自身被告が訴える程の症状とは思えないという所見をもつていたこと、及び前記認定の本件追突の態様等を併せ考えれば、被告が本件追突により被告主張の傷害を負つたと断定することはできない。もつとも、荒牧医師も、前認定のとおり、被告の病名を頸椎捻挫、胸背部四肢打撲傷と診断しているが、村上医師は被告の訴えに基づいて被告の病名を外傷性頸部症候群、腰部捻挫と診断したことはすでにみたとおりであり、このことからすれば、荒牧医師も、患者の愁訴を重視する医師の立場から、主として被告の訴えに基づいて右のとおり診断したのではないかと思われ、荒牧医師の右診断があり、かつ被告が、前認定のとおり、荒牧病院に入、通院したからといつて、(かりに被告が右診断のとおり傷害を負つていたとしても)右傷害が本件追突に起因するものと判断することはできず、ほかに本件追突と右傷害との間に因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。

第二結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑江好謙)

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