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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和28年(ワ)156号 判決

原告(反訴被告) 高倉修一郎 外二名

被告 庄内町

被告(反訴原告) 西文雄 外二名

主文

被告庄内町は原告修一郎に対し金三万円及びこれに対する昭和二十八年八月二十七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告修一郎の被告町に対するその余の請求並びにその余の被告等に対する請求及び原告正行、同フサヱの請求は何れもこれを棄却する。

反訴原告等の請求は何れもこれを棄却する。

本訴の訴訟費用中原告修一郎と、被告庄内町との間に生じた部分はこれを二分しその一を被告町の負担とし、その一は原告修一郎の負担、その余の部分は原告等の負担とし、反訴の訴訟費用は、反訴原告(被告)西、同安藤、同吉田の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という)等訴訟代理人は、本訴につき、「被告西、同安藤、同吉田(いずれも反訴原告、以下単に被告という)及び被告庄内町は各自原告修一郎に対し三十一万九千二百七十八円、原告正行、同フサヱに対し各金十万円、並に右各金員に対する昭和二十八年八月二十七日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、反訴につき、「被告西、同安藤、同吉田の反訴請求はいずれもこれを棄却する。反訴費用は右被告三名の負担とする。」との判決を求め、

本訴請求の原因として

一、原告修一郎は昭和十一年一月二十五日原告正行、同フサヱの五男として出生し、昭和二十四年四月嘉穂郡庄内村立庄内中学校に入学し、昭和二十七年三月同校を卒業したものであり、被告西は後記盗難事件が発生した当時同校の校長であり、被告安藤は同じく同校の体操科担任の教官、同吉田は同じく同校の図画科担任の教官であつた。

二、而して原告修一郎が右庄内中学校に在学中、昭和二十六年六月二日午後三時十分頃、同校階下美術室において被告吉田保管にかかる現金六千円(十円札六百枚)の盗難事件が発生した。当日は放課後右美術室において、原告修一郎等十数名の美術部員が被告吉田より図画の指導を受けたが、盗難の発生したのはその後のことであつて、原告修一郎の全く関知しないことであつた。

三、(1) 翌六月三日原告修一郎が登校したところ突然校長室に呼ばれ、被告西外六、七名の教官の面前において、被告安藤及び同吉田の両教官から「お前が昨日美術室を一番あとに出たから六千円の金をとつただろう、証拠は上つているから白状してしまえ」と云われ、原告修一郎がこれを否定したところ、右両教官から更に「生意気だ、白状せよ」と云つて自白を強要され、踏む、蹴る、殴る等の暴行を受けて約二時間に亘り取調べられた。右取調は訴外小祝教官の仲裁によつて一応中止されたが、その間被告西は校長として被告安藤等が上記のような行為をなすのを制止しなかつたばかりか、かえつてこれを慫慂するような態度をとつていた。このように原告修一郎が右盗難事件の犯人であるとの疑で取調を受けたことは即日校内に知れわたり、そのため原告修一郎は以後他の生徒から白眼視されるに至つた。

(2) 更に被告西、同安藤、同吉田の三名は、同月五日右盗難事件の犯人であることを疑うに足る理由がないのに原告修一郎を嘉穂地区警察署綱分派出所に連行し、そのため原告修一郎は同所において警察官から約二時間に亘り自白を強要された。

四、原告修一郎は生来従順な性格で知能も秀れていたが、前記の通り窃盗犯人の嫌疑のもとに被告等から無理な取調べを受け、且つそのため他の生徒から白眼視されるに至つたため精神上多大の苦痛を受けた。なお原告修一郎は昭和二十七年三月飯塚市所在の嘉穂東高等学校に進学したが、同年六月頃通学途上二瀬中学校の生徒より数回暴行を受け、その際同校に行つてこれを訴えたところ、同校の教官より「お前は以前庄内中学校で金を盗んだことがあろうが、お前のような窃盗犯人の云うことは信用しない、お前が悪い」と相手にされなかつたこともあつて、精神上の苦痛が累積し、これがため昭和二十八年三月頃には全く病的症状を呈するようになつたので、遂に同高校も退学し、同年七月二十七日精神分裂病の診断のもとに精神病院に入院するに至つた。

五、(1) 而して被告西、同安藤、同吉田の前記三記載の各所為は、いずれも故意又は過失により違法になされたものであることはいうまでもないから、右被告三名は連帯して、これによつて原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(2) 次に被告庄内町については、前記庄内中学校は当時庄内村の設置管理せる学校であつて、被告西等三名は同村の被用者としてその事業の執行につき前記各所為に及んだものであるから、同村は原告等に対し右被告三名の所為につき使用者としての損害賠償義務を負担していたわけであるが、同村は昭和三十三年十一月一日町制の施行により被告庄内町となつたので、同被告は、被告西等三名の前記行為により原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(3) また被告西については、仮に自ら直接前記のような行為をなしたものではないとしても、右庄内中学校の校長として同校における教育事務に関する限り、庄内村に代つてこれを監督する立場にあつたのであるから、被告安藤等の前記行為につきいわゆる代理監督者としての責任がある。

六、原告等が被告安藤等の前記行為により蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  治療費等

原告修一郎は前記のとおり精神分裂病の治療のため精神病院に入院し、治療費及び附添費等として合計金十一万九千二百七十八円を支出し、右金額に相当する損害を蒙つた。

(2)  慰藉料

原告修一郎が被告等の前記行為によつて多大の精神上の苦痛を受けたことは既に述べたとおりである。また原告正行、同フサヱも原告修一郎の父母として社会生活上、或は他の子女の教育上その他の面において大きな苦痛を受けた。右原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として、原告修一郎については金二十万円、同正行、同フサヱについてはそれぞれ金十万円が相当であると思料する。

七、よつて被告等各自に対し、原告修一郎は右治療費及び慰藉料の合計金三十一万九千二百七十八円、原告正行、同フサヱはそれぞれ右慰藉料金十万円宛、並に右各金員に対する本件訴状が被告等に送達された日の後である昭和二十八年八月二十七日以降各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

と述べ

被告等主張の抗弁事実を否認し、なお仮に被告安藤が懲戒の意味で原告修一郎を殴打したものとしても、右は教師の有する懲戒権の範囲を超え、従つて違法である。

と述べ

反訴に対する答弁として

一、被告西等三名主張の反訴請求原因事実中、被告等主張の新聞にほぼその主張のような内容の記事が掲載されたことは認めるが、その余の事実は全て否認する。

二、なお附言すれば、前記新聞記事は西日本新聞の記者が、原告代理人の裁判所に提出した本件訴状より取材したものであつて、原告等の全く関知しないことである。従つて右記事につき原告等に不法行為上の責任はない。

と述べ

抗弁として、仮に原告等の行為が右新聞記事の掲載されたことにつきその原因をなしたものとしても、右記事の内容は真実に合致し、且つ専ら公益を計るために掲載されたものであるから不法行為を構成しない。

と主張し

証拠として、甲第一乃至第五号証、同第六号証の一乃至七、同第七乃至第十一号証、同第十二号証の一、二、同第十三乃至第三十二号証を提出し、証人小祝達、大瀬義幸、光井数雄、笹尾信義、原田種久、瀬尾実、清水誠一、藤田一美、今任準一、小金丸研一、吉村満七、松原寿夫、木下哲夫(第二回)前崎孝一の各証言、原告高倉修一郎(第一、二回)、同高倉正行(第一、二、三回)同高倉フサヱの各本人尋問の結果並に検証及び鑑定人前崎孝一の鑑定の結果を援用し、乙第四号証の二の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

被告等訴訟代理人は、本訴につき「原告等の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「原告等は被告西、同安藤、同吉田に対し西日本新聞朝刊全国版の社会面に別紙広告文案記載の趣旨の訂正広告をしなければならない。反訴費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、本訴に対する答弁として

一、原告等主張の本訴請求原因事実中第一項の事実並に原告等主張の頃庄内中学校美術室において被告吉田保管にかかる現金六千円が盗難にかかつたこと、当日放課後右美術室において被告吉田の指導のもとに原告修一郎外八、九名の図画クラブのものが図画の学習をしたこと、右盗難事件の発生した翌日の朝被告安藤と同吉田の両名が校長室において右盗難事件に関して原告修一郎を取調べたこと、その際被告安藤が原告修一郎の頬を平手で二回殴つたこと、原告修一郎が原告等主張の頃嘉穂東高等学校に進学し、且つその主張の頃退学したこと、原告修一郎が本訴提起当時病気のため入院中であつたこと、及び原告等主張の日に庄内村が町制の施行により被告庄内町となつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は全て争う。被告安藤は当時体操科の外、図画科、社会科を担当していた。

二、なお右盗難当時の状況及び原告修一郎を取調べた時の模様等について附言すれば、右盗難事件の発生したのは、昭和二十六年五月三十一日の午後五時から午後五時半までの間のことである。当日は放課後前記のとおり右美術室において図画クラブの生徒が学習をしていたが、途中原告修一郎は鞄を置いたまま室外に出、そのうちに他の生徒等は帰宅した。同日午後五時頃被告吉田が前記金員を含む約九千円の金を袋に入れて右美術室にある机の抽斗の中に仕舞い、これに鍵をかけている頃、原告修一郎が入室し、鞄を持つて再び出て行つた。それから被告吉田が右美術室の入口の戸に鍵をかけて教員室に行き、午後五時半頃右美術室に戻つてみたところ、右机の抽斗の鍵が破壊され、金を入れた袋が紛失していることが判明したものである。もつともその後右九千円の内三千円は右美術室の戸棚の中から発見された。翌六月一日の朝被告吉田は美術室に、前日同室で学習をしていた図画クラブ員を全員集め、盗難事件を知らせて、各生徒から前日の行動につき被告吉田が一応の弁解を聞いた上校長室に連れて行つた。当時校長であつた被告西は赴任早々であることを考慮し、被告安藤に対し被告吉田の取調を応援するよう指示して校内巡視に出掛けた。そこで被告安藤と被告吉田は校長室において右図画クラブ員等に対し前日の午後五時過まで校内に残つていた者は誰かと尋ねたところ、某生徒が自分と原告修一郎とが図書室にいた旨答えたが、その際原告修一郎は右発言をした生徒に対し憎悪に充ちた態度でこれを否定した。そこで他の生徒を校長室から帰して、原告修一郎と右発言をした生徒とを更に調べていたところ、原告修一郎が突然被告安藤に対し「お前達は俺を疑うのか」と荒々しく云つたので被告安藤はその生徒にあるまじき態度をたしなめ、且つ平手で二回原告修一郎の頬を殴つたのである。このように被告安藤等が原告修一郎を取調べた時は校長室には前記クラブ員以外の者け誰も居なかつたし、原告修一郎を取調べたことも他の教官や、生徒達には秘してあつた。また盗難にかかつたことは即日学校の近くの巡査派出所に届けたが、しかし学校側から原告修一郎を同派出所に連れて行つたことはない。

三、(1) これを要するに、被告西は本件盗難事件の調査に関与していないのであるから、被告西に不法行為上の責任はない。

(2) 被告吉田については、同被告自身が原告等主張の不法行為をなしたものではなく、また被告安藤が原告修一郎に対し前記暴行を加えるに際し、これを指示し、若くは容認したこともないのであるから、被告吉田にも責任はない。

(3) 仮に被告西、同安藤、同吉田等に不法行為上の責任があるとしても、義務教育は国家の事業であるから、被告庄内町(当時庄内村)は右被告三名との関係においていわゆる使用者にも代理監督者にも該当しないので、被告庄内町には不法行為上の責任はない。

(4) 損害額の点については、被告安藤の前記殴打行為と原告修一郎の発病との間に法律上の因果関係はないので、原告等主張の治療費相当額を被告等において賠償する義務はない。また、不法行為の被害者の一定範囲の親族が慰藉料を請求できるのは、被害者が生命を侵害された場合に限るのであるから、被害者が単に暴行又は傷害を受けたに止まる本件においては、原告正行、同フサヱの両名に慰藉料請求権はないと解すべきである。

と述べ

抗弁として、被告安藤が原告修一郎を殴打したのは、前記のとおり同人が生徒にあるまじき態度をとつたことに対する懲戒としてなされたものであり、その程度も教師に認められた懲戒権の範囲を出でないものであるから、被告安藤の右殴打行為は違法でない。

と述べ、

反訴請求の原因として

一、昭和二十八年八月二十日附西日本新聞全国版の社会面に、およそ同紙面の五分の二を占める大きさで、センセーシヨナルな見出をつけて、一見読者に対し、本訴において原告等が主張する盗難事件に関し被告西、同安藤、同吉田の三名が共謀の上原告修一郎に泥棒の汚名を着せ、七、八名の教官の面前において同原告に対し殴る、蹴る、天井から吊り下げる等あらゆる拷問を加えて自白を強要し、そのため同原告が精神分裂病になつたとの印象を与える記事が掲載された。

二、しかしながら右事件の真相は本訴に対する答弁として既に述べたとおりであるから、右新聞記事は著るしく事実を誇張し或は虚構したものであり、これがため、右被告三名は教育者として甚だしくその名誉を毀損された。

三、而して前記新聞に右のような記事が掲載されるに至つたのは、その頃原告正行が故意又は過失により右新聞の記者に対し前記の如き虚偽若しくは誇張した事実を述べたこと、原告等三名がその訴訟代理人をして右新聞の記者に対し前記の如き虚偽若くは誇張した事実を発表させたこと及び原告等が本訴を提起したことに基因するものであるから、原告等は右被告三名に対し右新聞記事によつて毀損された右被告等の名誉を回復するため請求の趣旨に表示するような訂正広告をなすべき義務がある。よつて原告等に対し右訂正広告の掲載を求めるため反訴に及ぶ。

と述べ

証拠として乙第一乃至第三号証、同第四号証の一、二を提出し証人小祝達、木下哲夫(第一回)松岡雅喜、小川智、光井数雄、大瀬義幸、恩田守、高木雪生の各証言、被告西文雄、同安藤勝(第一、二回)同吉田義春の各本人尋問の結果並に検証及び鑑定人桜井図南男の鑑定の結果を援用し、甲第七号証及び同第二十五号証の成立は不知と述べその余の甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告等の本訴請求についての判断

原告修一郎が、原告正行、同フサエの五男として、昭和十一年一月二十五日出生し、昭和二十四年四月福岡県嘉穂郡庄内中学校に入学し、昭和二十七年三月同校を卒業したこと、被告西が後段認定の盗難事件発生当時同校の校長であり、被告安藤、同吉田が何れも当時同校の教官であつたこと、原告修一郎が同中学校三年生に在学中であつた昭和二十六年の第一学期中に、同校美術室において被告吉田の保管に係る現金六千円(十円紙幣六百枚)の盗難事件が発生したことは何れも当事者間に争がないところ、被告本人西文雄、同安藤勝、同吉田義春の各供述を綜合すれば、右盗難事件の発生した時期は、同年五月三十一日午後五時過頃であつたことが認められ、原告本人高倉修一郎、高倉正行(何れも第一回)の供述並びにその他の証拠中右認定と相容れない部分は措信し難い。

そこで右盗難事件発生前後の模様並びに右事件発生後、被告西、同安藤、同吉田等が原告修一郎に対してなした行為及びこれに関連する事実につき考察するのに、前同日放課後同校美術室で、被告吉田が原告修一郎を含む図画クラブの生徒約十名に対し、図画の指導をしたこと、その翌日被告安藤、同吉田が、同校校長室で右盗難事件について、原告修一郎を調べたことは当事者間に争がないところ、右事実に、前認定の事実並びに証人小祝達、光井数雄、瀬尾実、木下哲夫(第二回)の各証言並びに原告本人高倉修一郎(第一、二回)同高倉正行(第一乃至第三回)同高倉フサエ、被告本人安藤勝(第一、二回)同西文雄、同吉田義春の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合して認めることのできる事実は、次の通りである。以上の証拠並びにその他の証拠中この認定と相容れない部分は措信し難い。即ち被告吉田は昭和二十六年三月久留米師範を卒業し同年四月庄内中学校に着任、図画科の担任教官であつたところ、着任後間もない同年五月三十一日六時限の終つた放課後三時四十五分頃から図工準備室(美術室又は図画研究室とも呼ばれている)において、図画クラブの生徒約十名に対し図画の指導をし、図画クラブ員等は午後四時半頃までに解散したが、被告吉田は同日午後五時頃同準備室の事務机の中に、かねて図画材料費として生徒から徴集して保管していた現金並びに当日生徒から同様の目的で徴集した現金合計九千円を入れた奉公袋を仕舞い机の錠前に施錠して後職員室に行き約三十分経つて五時半頃図工準備室に引返したところ、机の錠前が破壊されて、現金を入れていた前記奉公袋がなくなつていることを発見した。その直後右奉公袋は同室備付の戸棚の抽斗から発見されたが、現金九千円の内金六千円(十円紙幣六百枚)は盗難にかかつていた。被告吉田は同日中に右事実を被告西に報告したが、翌日朝被告西の指示により右盗難につき手がかりを得るため、生徒の登校をまつて前日のクラブ活動に参加した生徒全員に、クラブ活動後の行動を紙片に書かせてみたが手掛りは得られなかつた。その後被告西の命により訓育主任であつた被告安藤が取調を応援することになり、同日二時限の授業時間中であつた午前十時過頃から、被告吉田、同安藤の両名が校長室で、前日クラブ活動に参加した生徒全員につき事情をきいたところ、原告修一郎を含めて大部分のものは、クラブ活動終了後直ちに帰宅した旨答えたのに対し、訴外木下某はクラブ活動終了後五時頃まで図画室で本を読んでいたこと、そこには原告修一郎も居合わせたことなどを申述べたため、両教官は右木下と原告修一郎を校長室に残し他の生徒はその場から退去させた。引続き約一時間に亘つて右木下と原告修一郎を取調べたところ、先ず右木下と原告修一郎はその場で言い争つたが、結局原告修一郎は図画室で漫画本を読んでいたことを認めた。ところが下校した時刻について右木下は、五時頃であつたと答えたが、原告修一郎は答えないので、なお問いただしているうち、原告修一郎が「お前達は俺を疑つているのか」と言い不遜な態度を示したので、被告安藤が激昂して、椅子にかけていた修一郎の襟がみを掴んでたたせた上、素手で同人の顔面を二回に亘つて殴打した。同年六月上旬被告吉田の口頭による届出により嘉穂地区警察暑綱分派出所勤務司法巡査訴外光井数雄が盗難現場の臨検をし更に校内で心当りの者を尋ねたのに対し被告西、同吉田等が原告修一郎の氏名をあげたので、同巡査は原告修一郎の任意出頭を求め、被告西は、その任意出頭を容認し、原告修一郎が右派出所において、右光井巡査の取調を受けた。そして右盗難事件の犯人はついに発見されないまま今日に至つた。以上の事実を認定することができる。原告等は、なお、被告安藤、同吉田が被告西外六、七名の教官の面前で原告修一郎に対し、右盗難事件につき自白を強要し、踏む、蹴る等の暴行を加え、更に原告修一郎を前記派出所に連行し、原告修一郎が同所において約二時間に亘つて自白を強要された旨主張するけれども原告本人高倉修一郎(第一、二回)同高倉正行(第一乃至第三回)同高倉フサエの各供述中、原告等の右主張に副う部分は措信し難い。

ところで学校内において盗難事件が発生し、その犯行が当該学校の生徒によつて行われたのではないかと疑われる事情がある場合においても、学校当局者がこれを取調べることは特に慎重を期しなければならないことはいうまでもないところであるが、もともと教師は人格の完成という教育の究極目的を、あらゆる機会に、あらゆる場所において、実現するよう努めなければならないところであるから万一生徒の中に校内の秩序をみだす非行をするものがあるときは、これに適切な制裁を加えることにより、本人はもとより他の生徒の将来を戒めてその道義心の向上を期することは、教育活動の内容をなすものというべく、教師はかかる教育目的の達成と秩序維持のために、容疑者ないし関係者としての生徒につきその取調をなすことができるものと解しなければならない。以上の観点から本件の場合をみるのに、被告吉田、同安藤が被告西の命を受けて、前記盗難事件につき、先ず右事件の発生した前記図工準備室において右事件発生の直前までクラブ活動をした生徒につき事情を聴取したことは、事の順序として順当な処置であつたものというべく、これを目して不法行為であると見ることはできない。もちろんその取調の手段方法は合理的な限度を超えない程度においてのみ許されるものといわなければならないところ、被告吉田、同安藤がその取調にあたつてとつた処置は、場所的にも時間的にも又その手段方法において妥当であつたものと見るのが相当である。更に両教官が原告修一郎外一名を残して、特別に取調をしたことは、右両名の言い分に喰い違いがあつたためと、その取調にあたつてとつた原告修一郎の言動に不審の点があつたために、右両教官が原告修一郎の事件発生当日の行動につき疑念をいだいたためであることは前認定の事実から推断されるところ、かく疑念をいだいたことについては、その時の調べの模様から判断して無理からぬことであつたと認めるのが相当である。しかしながら被告安藤が、原告修一郎に対し暴行を加えた行為は、たとえ原告修一郎に不遜な態度があつたためであるにせよ、如何なる意味においても許される行為ではなく不法行為を以て目しなければならない。被告等は被告安藤の行為は懲戒権の行使であると主張するけれども、被告安藤が修一郎の言動に激昂し、突さの場合感情的に殴打したものであることは、前掲証拠によりこれを認めることができるから懲戒権の行使であると見るべきでないのみならず、懲戒の手段としても暴行をすることの許されないことはいうまでもないから、被告等の主張は採用に値しない。

然らば被告西、同吉田の両名が、司法巡査訴外光井数雄から心当りの者を尋ねられたのに対し原告修一郎の氏名を申告し、更に被告西が原告修一郎の任意出頭を容認したことは許される行為であろうか。前段認定の事実に徴すれば、被告西、同吉田が当時、原告修一郎の弁解に対し、釈然としないものがあつたことが窺われるところであるから、司法巡査の前記の質問に対し、原告修一郎の氏名をあげたことには、相当の理由があつたものというべく、原告修一郎を前記盗難事件の容疑者として、積極的にその取調を要求したのとは異なり、これをもつて不法行為を構成するものと見るのは相当でない。而して司法巡査の任意出頭の要求に対し、被告西がこれを容認したことは、前認定の当時の具体的事情から見て、司法巡査の任意の捜査を拒むべき理由はなかつたものと見るのが相当である。而して原告修一郎を取調べる必要があるとしたのは、右光井数雄が、司法巡査としての、見解と判断により決したものと見るべきであるから、原告修一郎が派出所において取調を受けたこと自体が原告等の主張する損害発生の一因となつたとしても、被告西、同吉田にその責任を帰すべきでないことはいうまでもない。

原告修一郎は、昭和二十七年三月嘉穂東高等学校に進学し、昭和二十八年三月頃同校を退学し、同年八月頃病気のため入院中であつたことは、当事者間に争がないところ、右事実に成立に争のない甲第二号証、原告本人高倉正行(第二回)の供述により真正に成立したものと認められる甲第二十五号証の各記載、証人今任準一、前崎孝一の証言並びに原告本人高倉修一郎(第一、二回)同高倉正行(第一乃至第三回)同高倉フサエの各供述を綜合すれば、原告修一郎は、昭和二十七年四月頃から精神状態に変調を来し、昭和二十八年七月下旬専門医師の診療を乞うたところ、精神分裂病と診断され、福岡市若久病院に入院、同年十一月初頃まで同病院において治療を受けて退院し、その後も、飯塚病院において治療を受けた結果、現在は不完全寛解の状態にあることが認められる。

そこで被告安藤の原告修一郎に対する暴行と、原告修一郎の発病との前に法律上の因果関係の存在を肯定することができるかどうかの点につき考察するのに、行為と損害との間に法律上因果関係の存するや否やは、事物通常の状態により社会の普通観念に基いてこれを判断しなければならない。即ち或る行為が具体的の場合においてその結果として一定の損害を生ずる原因をなした場合に、なおこれを抽象的に観察してその行為が一般的にその結果として同種の損害を生じ得る可能性ある場合においてはじめて、その行為と損害との間に因果関係の存することを肯定できないものである。而して損害が特別の事情の存することによつて生じたときは、行為者がその事情を行為当時予見していたか又は相当の注意をすれば予見することのできた場合に限り、その行為者は賠償の責に任ずべきものと解しなければならない。ところで証人前崎孝一、今任準一の各証言並びに鑑定人前崎孝一、桜井図南男の各鑑定の結果を綜合すれば、精神分裂病の原因は、内因性(遺伝性)素質が主因であり、これに種々の外因性の条件が誘因として作用するものであつて、本件の場合においても発病の原因を殴打の事実に帰せしめることはできないこと、殴打という事実が外因性の条件として、作用したとしても殴打そのものが発病の誘因というよりは、殴打されたことによる憤懣、窃盗の嫌疑のかけられたという屈辱感、これに基く心痛などの感情的な衝撃が発病の一の誘因として作用したものと見るべきであり、この感情的な衝撃も相当強度なものであり、且つ持続的なものであつた場合に誘因としての意義を有するものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば原告修一郎の発病の原因は同人の内因性(遺伝性)素質にあつたものと見るの外はないところ、人がかかる病的素質を有することは、異例の場合に属することは、吾人の経験則上肯定できるところであるから、これを抽象的に考察すれば、殴打という原因事実から精神分裂病の発病という結果は、一般的に発生する可能性のないものといわなければならない。そこで原告修一郎の発病に伴つて同人の蒙つた損害は、いわゆる特別の事情による損害であるというべきところ、被告安藤が、当時かかる事情を予見し、又は相当の注意をもつてすれば予見し得べかりしことを認めるに足る証拠はない。もとより学校教育は、心身ともに健康な国民の育成を期して、心身の調和的発達を図るという目標を達成するために、行わるべきであるから、教師は生徒の心神の状態に常に配慮を払うべきであることは勿論、そのために必要な科学的教養をもつべきであり、且つ被告等の自認する被告安藤が庄内中学校の、社会、図画並びに体操の教師であつた事実並びに前認定の通り、被告安藤が同時に同校の訓育主任であつた事実から、同被告が、中学校の教師として必要な程度において、前記の科学的教養を身につけていたことは推認するに難くないところであり、証人松岡雅喜の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二の記載に、証人小祝達、松岡雅喜、恩田守、大瀬義幸の各証言を綜合すれば、原告修一郎が、前認定の盗難事件発生当時以前において、つとに、無口、非社交的で、友人も少く偏屈であつたこと即ちいわゆる精神分裂病質的傾向をもつていたことは認められるけれども、前顕鑑定の各結果によれば、かかる傾向から直ちに精神分裂病の生来性の素質を肯定することの困難なことは、推認するに難くないところであるのみならず、かかる判断は専門医家にしてはじめてなし得べき事項に属し、教師に対し一般的にこれを期待し難いものであることもこれを推断することができる。これらの事実に成立に争のない甲第五号証、前顕乙第四号証の一、二の各記載、原告本人高倉正行(第一回)の供述を綜合して認められる原告修一郎が発病前においては、身体強健で、学業成績もすぐれており、同人の前認定の性格傾向を除けば、常人と格別変つた点のなかつた事実を考え合わせると、被告安藤は、相当の注意をもつてしても、原告修一郎の発病の内因性素質の存在を予見する可能性はなかつたものと見るの外はない。もとより、行為者の責任を肯定するためには、精神病の分類上の一類型としての精神分裂病の内因性素質の存在についての予見ないし予見可能性という正確な分類上の一類型についての予見可能性が要求されるものということはできないが、少くとも被害者に何等かの精神的欠陥があるということの予見又はその可能性があつたことを要するものと解しなければならないところ、本件の場合被告安藤にかかる予見可能性があつたものと見ることはできない。然らば被告安藤の原告修一郎に対する前記暴行が同人のその後の精神的苦悩を誘発し、これが同人の発病の誘因となつたとしても、右発病並びにこれに伴つて原告修一郎の蒙つた損害と被告安藤の右暴行との間に、法律上のいわゆる相当因果関係があるものということはできない。

然しながら原告修一郎が中学校の一生徒として、前認定の如き暴行を受けなかつたならば、教師として信頼し敬慕していたであろう被告安藤から暴行を受けたことにより、肉体的苦痛を受けるのと同時に精神的衝撃を受け、精神上の苦痛を受けたことは容易に推認し得るところである。

ところで、教師が前述の学校教育の目的と、秩序維持のために、学校内の非行事件の容疑者ないし関係者としての生徒を取調べる行為は、国家賠償法第一条第一項にいわゆる国又は公共団体の公権力の行使であるとみるのが相当である、公権力の行使を権力的作用と同義に解する説も存するところであるが、公権力の行使とはこれを広義に解し、国又は公共団体の行為のうち、私経済的作用を除くその他のすべての作用を包含し、本来の意味における権力作用に限らず所謂非権力的作用もこれに属するものと解しなければならない。而して教師の生徒に対する前述の如き取調をする行為はここにいう非権力的作用に属するものと解すべきである。

ひるがえつて考えるのに、被告安藤が原告修一郎に対してなした前記暴行は、被告安藤の職務執行の過程中においてなされたもので、職務行為と関連して、これと一体をなし、不可分の関係にあるものと見ることができるから、右安藤が職務を行うにつきなした行為であると見るのが相当である。而して庄内村が原告等主張の時期に町制の施行により被告庄内町となつたことは当事者間に争のないところである。然らば被告町は国家賠償法第一条第一項の規定により、公共団体としての被告町の教育職員である被告安藤の右暴行により、原告修一郎の蒙つた損害を賠償する責に任じなければならない。

原告等は本訴において、民法第七百十五条の規定により被告町に損害の賠償を求める旨主張するところであるが、かかる主張は法適用の問題に対する原告等の意見を述べたにすぎないものと見るべきであるから、原告等の主張しない国家賠償法を適用して原告等の請求を認容しても原告等がその原因としての事実を主張し立証している以上、民事訴訟法を支配する原則である弁論主義に反するものではない。

次に被告等は、義務教育は国家の事業であるから、被告町に責任はない旨主張するけれども、普通地方公共団体は、その公共事業の外、地方自治法第二条により「法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属する事務」すなわちいわゆる委任事務を処理するのであつて、義務教育についての学校の設置に関する事務が、その委任事務であつたことは、学校教育法第二十九条に「市町村はその区域内にある学令児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない」と規定し、同法第四十条によりこれを中学校に準用していることから明かである。而して委任事務はもともと国の事務であるが、地方公共団体に委任された事務であつて、委任された以上は、地方公共団体の事務として、その固有事務と同様、議会の議決を経て処理され、その事務に要する経費も地方公共団体がこれに負担するものである。地方自治法第二百二十九条において、その経費の財源について、国が必要な措置を講ずべきものとしており、それに基いて、義務教育費の一部が国庫の負担とせられ、市町村立小中学校職員の給与が都道府県の負担とせられていることは、義務教育についての事務が公共団体の委任事務であることを左右するものではない。而して公立学校の職員の任免その他の人事は当時施行されていた教育委員会法(昭和二十三年七月十五日法律第百七十号)第四十九条の規定するところによりその公共団体に設置された教育行政機関である教育委員会によつて行われていたものであるから、公立学校の教職員はその公共団体の公務員であることも明かである。然らば被告安藤は、当時庄内村の公職員であつたものといわなければならない。そこで被告等のこの点についての主張は理由のないものである。

被告町が、原告修一郎に対し、同人の蒙つた精神上の苦痛を慰藉するために支払うべき慰藉料の額は、前段認定の諸事実並びに原告修一郎の年令、境遇、家庭の事情その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌して金三万円をもつて相当と認められる。然らば被告庄内町は原告修一郎に対し右金三万円及びこれに対する本件訴状が被告町に送達された日の後である昭和二十八年八月二十七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。ところで、国家賠償法第一条第一項の規定により、国又は公共団体が、公務員の違法な職務の執行によつて第三者に加えた損害を賠償する責に任ずる場合においては、違法な職務執行をしたその公務員個人としては、国又は公共団体から求償権の行使される場合のあるべきは格別、被害者である第三者に対し、直接賠償の責任を負わないものと解すべきであるから、被告安藤は直接原告修一郎に対し賠償の責任はないものといわなければならない。

原告修一郎は、被告西に対し予備的に民法第七百十五条第二項の代理監督者としての責任を問うものであることはその主張自体から明かであるところ、同条の「事業の執行」には、国又は公共団体の公権力の行使は含まれないものと解すべく、従つて公権力の行使にあたる公務員の加害行為による損害の賠償については、民法第七百十五条の規定は適用せられないものと解しなければならないから、被告西も亦原告修一郎に対し、本件について賠償責任はないものといわなければならない。

次に、原告正行、同フサエの被告等に対する請求につき判断するのに、国又は公共団体の損害賠償の責任を定めるについても、民法第七百十一条の規定は、国家賠償法第四条の規定により、適用あるものと解すべきところ、民法第七百十一条は生命侵害の場合に限り精神上の損害に対する慰藉料の請求をなすことを被告の父母、配偶者及び子に対し認めている趣旨からみて、生命侵害以外の場合には、被害者以外のものに慰藉料の請求権はないものと解すべく、本件の場合特別の事情がない限り、被告安藤が原告修一郎に対し暴行を加えたことを理由に、その両親である原告正行、同フサエが被告等に対し慰藉料を請求することはできないものといわなければならない。

二、被告等の反訴請求についての判断

次に被告西、同安藤、同吉田の原告等に対する民訴請求につき判断するのに、昭和二十八年八月二十日附西日本新聞全国版社会面に、被告西、同安藤、同吉田の主張する如き内容にほぼ一致する記事が掲載されたことは、当事者間に争がないところ、成立に争のない甲第四号証の記載によれば、その記事の体裁、内容は「泥棒だ」と学校で殴る、ける(以上特号活字使用、五段抜き)″生徒に自白強要″(以上七倍新聞活字使用、四段抜き)福岡県庄内中(以上二号活字使用)父親が先生を訴え(以上初号活字使用、四段抜き)なる見出しのもとに、学校で現金六千円を盗んだ疑いで、一中学生徒に教官等が自白を迫り、打つ、ける、吊るすの暴行を加え、このためその中学生は、高校進学後も世間から″盗人″とののしられ、ついに精神分裂症になつたという損害賠償慰謝料請求の訴えが、十九日地裁飯塚支部に出された。これが原因で精神分裂症になつたかどうかは別として、教育界の不祥事として成行が注目されているとの記事を掲げ、これに引続き「訴状によると」との書き出しのもとに、本訴の請求原因として原告等が主張する事実を要約してではあるが詳細に記載し、更に後段に本件訴訟当事者、訴訟代理人及び教育関係者、検察庁、警察署等の関係者の右事件に対する見解等が談話の形式で掲載されていること、右記事は社会面の殆んど四分の一に及ぶ広さに亘つて記載されていることが認められる。而して本件において問題となるのは、後段の教育関係者以下の談話を除く部分の記事である。

被告西、同安藤、同吉田は、右新聞にかかる記事が掲載されたのは原告正行が、同新聞の記者に対し、右記事の内容をなしている事実を述べたこと及び被告等三名が、その訴訟代理人をして、同新聞の記者に対し、その内容となつている事実を発表させたことないし原告等が本訴を提起したことによるものである旨主張するから考えるのに、原告等が本訴請求事件につき弁護士訴外高木定義に対し訴訟委任をしたことは明らかであるけれども、原告等が右高木をして右記事の内容となつた事実を発表させたことを認めるに足る証拠はない。そこで原告正行につき被告等が主張する如き事実があつたかどうかの点につき更に検討を加える。前顕甲第四号証の記載に原告本人高倉正行(第一、第三回)の供述を綜合すれば、右新聞に前記の記事が掲載される以前に、同新聞の記者が、原告正行を訪ねて右記事の内容となつている事実につき問いただしたのに対し、原告正行は、第一回目にはその内容につき答えることを避けて語らなかつたが、第二回目には、記者の執拗な質問に対し、事件の内容につき或程度のことを語り、この問題に対する同原告の態度意向等を明かにしたことが認められる。ところで右新聞記事の内容と、本訴の訴状とを比較対照して考察すれば、右記事はその後段の関係者等の談話の部分を除き、本訴の訴状ないしその副本に取材したものと認めるのが相当である。もつとも訴状には、被告吉田、同安藤は「自白を強要しつつ云々……更らに天井に四、五回原告を吊下げ」と記載されており、(原告等の本訴におけるこの点に関する主張はその後の口頭弁論において撤回された)新聞記事には「吊るす」という表現を用いてあり、後者の表現は前者の記載に由来するものと考えられるが、原告高倉正行(第一、二回)の供述によれば訴状の右の記載は特定人に対し多衆の威力を利用してなす詰問等の行為を意味するいわゆる「吊し上げ」なる用語を誤つて記載されたものであることが認められ、その誤用が原告正行の故意又は過失ある行為に基因することを認めるに足る証拠はない。而して本件記載によれば、本訴の訴状が当庁に提出されたのは、昭和二十八年八月十九日であること右訴状が作成され当庁に提出される当時原告等が訴外高木定義に訴訟委任をし、訴状は訴訟代理人によつて作成提出されたことが明かである。以上の事実から判断すれば、原告正行が新聞記者に対し、右記事の材料を提供したものと認めるのは相当でない。然らば本件記事が右新聞に掲載された主たる原因は、原告正行の行為によるというよりは、新聞記者が訴状又はその副本を見る機会が他にあつて、これがその取材源となつたものと見るの外はない。もとより原告正行が新聞記者の質問に対し、本件の内容たる事実をある程度述べたことは、前認定の通りであるから、このことが前記記事が掲載されるに至つたことの一の原因をなしたことも否定し難いところである。然らば原告正行の右行為は不法行為を構成するであろうか。相手方たる被告等の名誉を毀損する意図のもとにこれを公表することの不法行為を以て目せらるべきことはいうまでもないが、原告正行がかかる意図をもつていたことはこれを認めるに足る証拠がない。前認定の事実によれば、新聞記者が本訴の事件関係者を訪ねたのは、本件記事の内容となつた事実につきその真偽を確かめ、且つは関係者のそれぞれの立場から意向等をきくためであつたものと認められるところ、かかる場合原告正行に対しあくまで事件についてこれを黙して自己の立場なり意図なりを語らないことを期待できるであろうか。それは通常人にとつて難きを強いるものといわなければならない。而して原告本人高倉正行(第一回)被告本人西文雄の各供述によれば、原告正行は原告修一郎が学校において取調を受けた後事件につき学校当局の説明を求めその真相を明かにしたい目的で学校に被告西等を訪ねて、できるだけの調査をしたことが認められ、原告正行が当時、学校において、原告修一郎が受けた処置についての同人の言を信じ、学校当局との折衝調査に基いて自己の所信が正しいことを信じていたことは、前顕証拠によつて認められる原告正行が学校に被告等を訪ねて盗難事件の経緯を問うために対し、被告安藤が原告修一郎を殴打した事実を被告等が認めていたこと、その他前認定の事実から推認するに難くないところであつて、当時の状況としてはその様に信じたことには相当の理由があつたものと見ることができるところすでに訴訟を代理人に委任し、まさに訴状が裁判所に提出される直前において、新聞記者の問に答えて、事件の内容を明かにしたことは、訴訟として事件が係属するときはやがで公判における弁論により事件の内容が公になされる筈のものであることから考えても、社会観念上、非難に値する行為であるというのは相当でないから、被告正行の右行為は不法行為を構成しないものといわなければならない。最後に原告等が被告西、同安藤、同吉田に対し本訴を提起したことが同人等に対する不法行為であると言えるか否かの点につき考察するのに、原告修一郎の同被告等に対する本訴は訴の提起される当時原告修一郎は未成年者であつたため、その親権者である原告正行、同フサエの両名によつて提起されており、原告正行、同フサエは、原告修一郎の法定代理人兼原告として本訴を提起したものであることは明かであるところ、原告正行、同フサエが本訴を提起する当時同被告等に対し損害賠償請求権があると信じていたことは、前段認定の事実からこれを推認することができるところ、原告正行、同フサエがかく信ずるにつき過失があつたことは、本件に顕れたすべての証拠によつてもこれを肯認し難く、前段認定の事実によれば、むしろ同原告等には過失がなかつたものと見るのが相当である。これらの事実に、本件記事が右新聞に掲載されるに至つた経緯が前認定の通りであることを考え合せるときは、原告等が本訴を提起したことは、被告等主張の名誉毀損の不法行為を構成しないものといわなければならない。

三、結論

そこで原告修一郎の被告町に対する本訴請求はさきに示した限度において理由があるからこれを認容し、両原告の被告町に対するその余の請求並びにその余の被告等に対する請求、原告正行、同フサエの被告等に対する請求、被告西、同安藤、同吉田の原告等に対する反訴請求は何れも理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用し仮執行の宣言を付するのは相当でないからこれを付しないこととして、主文の通り判決する。

(裁判官 川淵幸雄 藤原千尋 吉田修)

広告文案

昭和二十八年八月二十日附西日本新聞朝刊全国版社会面に「泥棒だ」と学校で殴る、ける、吊り下げる、「生徒に自白強要」という見出しで福岡県庄内中学先生を父親が訴えた旨の記事が掲載されてあつたが、その加害者、傍観者及びその懲戒行為の程度について真実と相違の点があるからここに訂正する。

高倉修一郎

同正行

同フサヱ

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