大判例

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福岡高等裁判所 平成4年(う)424号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を鳥栖簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人玉井勝利提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について

所論は多岐にわたるが、要するに、一本件は、必要的弁護事件ではないが、被告人が原審第二回公判期日において犯罪事実の存否を争うことを明らかにしたのであるから、実質的な当事者主義と適正手続きの保障の趣旨にかんがみ、原裁判所は、職権により国選弁護人を選任したうえ審理をなすべきであったのに、私選弁護人が選任されるまでの間、国選弁護人を選任しないまま審理(特に、違反を現認した警察官二名の証人尋問)をした違法があり、二私選弁護人選任後に、弁護人より右警察官二名の証人尋問請求をしたのに対し、原裁判所は、これを却下し、弁護人からの却下決定に対する異議も採用しなかったが、かかる措置は、本件犯罪事実の成否の立証に必要不可欠な、現認警察官二名の証言に対して、弁護人による反対尋問を認めず、実質的弁護権の保障を奪った違法があり、三原裁判所は、弁護人が新たに村上安範、伊藤清司の証人尋問を請求したのに対し、村上証人につき、これを却下し、弁護人の異議申立をもいれず、伊藤証人については、検察官からも証人申請がなされたことから、双方申請として採用したが、同証人が召喚された期日に出頭しなかったところ、直ちに証拠決定を取消し、弁護人からの異議申立もいれなかったが、右村上証人は、本件違反現場において、被告人運転の車両を追い上げ進行していった別の車両を目撃した者であり、右伊藤証人は、被告人運転車両を違反現場で直接目撃した第三者であって、いずれも、被告人の反証にとって重要な証人であるのに、両証人を採用しなかった措置は、刑事被告人に対し証人尋問請求権を保障した憲法三七条二項に違反する違法なものであり、以上は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるので、原判決は破棄を免れない、というのである。

まず、原審における審理の経過について検討する。記録によれば、被告人は、平成三年四月一六日、道路交通法違反の事実(法定速度を超える九三キロメートル毎時の速度で普通貨物自動車を運転進行したという速度違反)により検挙され、同年一二月二七日、右事実により原裁判所(鳥栖簡易裁判所)に公訴を提起されたが、被告人は同月三〇日付で同裁判所に対して弁護人選任に関する回答書を提出し、弁護人の必要はない旨答えていること、そこで原裁判所は、弁護人のないまま、平成四年二月五日に第一回公判期日、同月二六日に第二回公判期日を開いたが、同期日において、被告人は被告事件について、運転したことは間違いないが、その時の速度は九三キロメートル毎時ではなく七五キロメートル毎時位であったと陳述したこと、同年四月九日の第三回、同年五月一四日の第四回各公判期日において、警察官三名(保利博重、古賀武則外一名)の証人尋問が行われたが、その後同年六月一〇日付で弁護士玉井勝利を弁護人とする旨の弁護人選任届が提出されたこと、同年七月二日の第五回公判期日において、被告人質問が行われたほか、弁護人より前記保利、古賀の両名の警察官及び村上安範、伊藤清司の証人尋問を申請したところ、同年八月六日の第六回公判期日において、原裁判所は伊藤の証人申請のみを採用しその余の証人申請をいずれも却下し、弁護人から証人保利、古賀の両名については弁護人の反対尋問が行われていないので却下決定に異議がある旨申立があったが、この異議を採用せず、被告人質問を行ったこと、同月二〇日付で検察官からも伊藤の証人申請があったことから次回に双方申請として取り調べる旨採用決定をしたが、同年一〇月一日の第七回公判期日に同証人が出頭しなかったため、原裁判所はその採用を取り消して却下したうえ、被告人質問を行ったこと、同年一一月五日の第八回公判期日において、検察官の論告、弁護人の弁論及び被告人の最終陳述が行われ、弁護人の弁論中において本件控訴趣意と同趣旨の主張がなされたが、そのまま結審し、同月一二日の第九回公判期日において、原判決が宣告されたことが明らかである。

そこで、第一に、国選弁護人不選任の違法の主張について考える。被告人は、本件速度違反の事実につき、九三キロメートルの速度違反をしたのは被告人車ではなく他車であるのに、取締りに当たった警察官が違反車両を混同誤認した旨述べて、検挙の当初から争っているのであるから、原裁判所としては事案の内容にかんがみ被告人に訴訟上の防禦を十分行わせるため、国選弁護人の選任を考慮するのが相当であったということができる。しかし、本件においては、後に私選弁護人が選任されて審理に関与しているのであるから、原裁判所が国選弁護人を選任しなかったからといって、これが直ちに判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反に当たるということはできない。

次に、弁護人による反対尋問を認めず、実質的弁護権の保障を奪った違法がある旨の主張について、判断を加える。

当事者から証拠調べの請求がなされた場合において、裁判所は、そのすべてを取り調べなければならないものではなく、各具体的事件の特質、審理の経過、その他諸般の事情を深く斟酌し、いかなる証拠が当該事件の裁判に必要適切かを判断して、証拠の申請の採否を決定すれば足りるのである。しかし、証拠の採否が裁判所の裁量に委ねられているからといって、まったく自由な裁量に委ねられていると解するのは相当でなく、事案の真相解明に必要かつ十分な審理を尽くすとの観点から、被告人の防禦権行使にも配慮して、公正かつ適切に行うべきである。これを本件についてみるに、弁護人が申請した証人保利博重、同古賀武則の両名は、いずれも本件現場において速度違反の取締まりに当たった警察官で、保利証人は測定現認係として、古賀証人は現認停止係として、それぞれ本件違反を現認したものであるところ、保利証人は第三回公判期日において、古賀証人は第四回公判期日において、それぞれ検察官申請の証人として既に尋問が終了していたものであるが、右各期日とも弁護人が選任されておらず、弁護人による反対尋問が実施されていなかったことから、原審弁護人はその選任後である第五回公判期日において反対尋問を行う必要があるとして右両名の証人申請に及んだものであることが明らかである。しかして、本件は、被告人運転の車両の速度の正確性、とりわけ他車との誤認の有無が争点なのであるから、犯罪立証の枢要をなす、違反を現認した警察官に対する証人尋問手続においては、被告人側からも適切な反対尋問をなさしめることが、事案の真相解明のためのみに止まらず、被告人に対し適切な防禦の機会を与えるという適正手続保障のためにも必要不可欠なものである。そうすると、原裁判所が弁護人の前記証人申請を却下し、両証人に対する弁護人による反対尋問の機会を与えないまま判決をしたのは、必要かつ十分な審理を尽くさない違法があるというほかなく、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというべきである。(もっとも、右保利、古賀両名に対する証人尋問が実施された各公判期日において、ともに、被告人本人による反対尋問がなされ、続いて裁判官による補充尋問がなされたうえ、その証人尋問を終了しているものであることが記録上明らかであるが、本件事案にかんがみ、これによって被告人に十分防禦の機会が与えられ、審理が十分尽くされているということは到底できない。)したがって、その余の点について判断するまでもなく、原判決は失当として破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、本件においては原裁判所において更に審理を尽くすのが相当であるから、刑事訴訟法四〇〇条本文に従い、本件を原裁判所である鳥栖簡易裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金澤英一 裁判官川﨑貞夫 裁判官長谷川憲一)

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