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福岡高等裁判所 平成4年(ラ)68号 決定

抗告人 甲野太郎

相手方 乙山花子

未成年者 甲野春子 外1名

主文

原審判を取り消す。

相手方は未成年者甲野春子、同甲野一夫を抗告人に引き渡せ。

相手方の未成年者らの監護者の指定申立てをいずれも却下する。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

別紙抗告の趣旨及び理由のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば次の事実が認められる。

(一)  抗告人と相手方とは、東京の大学に在学中に知り合つて昭和53年4月30日に結婚し、抗告人の両親の居住する抗告人の現住所地の建物の二階に別所帯を持つて生活し、未成年者両名を儲けたものの平成2年2月初めころには既に夫婦関係が破綻に瀕していた。そこで抗告人の父の親友で結婚式で媒酌人を勤めた丙川二郎が、抗告人からの依頼で同年3月初めころから、抗告人と相手方の中に入つて数回に亙つて離婚の話し合いを進めた結果、抗告人と相手方は、同月25日、抗告人が相手方に慰謝料として2500万円を支払うこと、抗告人が親権者として未成年者両名の監護養育に当たること、双方が署名捺印した協議離婚届書を丙川二郎に予め預託しておいて、慰謝料の支払が確認された段階でその届書を提出して離婚すること等を合意し、その合意と附帯の約束事項を内容とする別紙「離婚に件う慰謝料その他の契約」の書面に署名押印した。

(二)  丙川二郎は、平成2年4月6日に抗告人が相手方に慰謝料として2500万円を支払つたことを確認したので、同月9日協議離婚届を福岡市○○区役所に提出し、これにより抗告人と相手方との協議離婚が成立した。しかし相手方は、未成年者春子(以下「春子」という。)が小学校の1年生として入学したばかりだつたことから、その一学期が終了するまでは未成年者両名と暮らしたいと抗告人に要請してこれを了承して貰い、同月7月末まで引き続いて抗告人及び未成年者両名と同居して生活していたが、その間に、離婚話の前から感じていた抗告人の女性関係がより具体的に緊密になつていることを探知し、未成年者両名をそのような抗告人の許に置いておけないという感情とともに、別れ難い思いが募り、同年7月19日、抗告人には未成年者両名を学習塾に連れて行くと偽り、一時所在が分からないように東京の友人宅に立ち寄るなどした後、○○県○○市の実家近くに未成年者両名と居住するに至つた。

(三)  抗告人は、相手方が協議離婚の際の合意に反して未成年者両名を連れ去つたことを知り、相手方やその両親に未成年者両名の引渡しを求めたが、その返答は、抗告人に意中の女性があるのを秘して相手方に離婚を強要し、丙川とぐるになつて娘を騙したものであつて協議離婚は詐欺、強迫により無効であるとして抗告人を非難するものであつたことから、任意に引渡しに応じてもらえないことを悟り、○○地方裁判所○○支部に、相手方を拘束者、未成年者両名を被拘束者として人身保護請求の申立てをするに至つた。しかし、同裁判所の和解勧告により、平成2年10月抗告人と相手方は、相手方は福岡市内に住居を定め、未成年者両名とともに居住すること、未成年者両名の引渡し及び親権者変更に関しては福岡家庭裁判所の調停または審判によつて定めること、春子を○○小学校に復学させ、未成年者一夫(以下「一夫」という。)を福岡市○○区所在の○○幼稚園ないし××幼稚園に入園させ、特定の日に相手方の立会いなくして抗告人と共に過ごさせることなどの附帯の合意をした。そして抗告人は人身保護請求事件を取り下げ、右合意に基づいて抗告人は本件子の引渡申立てを、相手方は本件子の監護者の指定申立て(当初は親権者変更の申立てであつたが、後に申立ての趣旨を変更した)をした。

(四)  抗告人は、父源太が理事長を勤める学校法人○○学園の経営する○○高等学校に校長代理兼教諭として勤務し、年938万余円の給与を受け、極めて居住環境の整つたゆとりのある建物の二階に住み、父が雇用している家政婦に父ともども家事をみてもらつている。そして、未成年者両名の引渡しを受けた場合に備え、意に叶つた人に家庭教師となつてもらえるように依頼している。なお、母は前記協議離婚の直前に死亡した。

他方、相手方は現在、抗告人の住居近くのマンションの一戸を賃借し、○○生命保険相互会社に外務員として勤務し、月25万円余の給与を受けて、未成年者両名と生活し、前記人身保護請求事件の際になされた合意に基づいて、春子を○○小学校に復学させ、一夫を近くの幼稚園に通わせ、抗告人に未成年者両名に対する面接の機会を与えている。そして、未成年者の監護者の指定が相手方にされた場合には、○○市に未成年者両名を連れ帰り、両親の許で生活する考えであり、両親の許での生活環境も整つており、相手方が就職した場合は相手方の両親が相手方に代わつて未成年者らの監護に当たることも可能である。

未成年者両名は、抗告人からも十分に可愛がられて成長したことから親しみがあり、抗告人及び相手方と一緒に生活することを望み、どちらとの生活を選択するという状況ではない。

2  ところで、未成年者の監護者の決定について、民法766条1項は、父母が協議離婚するときにその協議で定め、協議が調わないときは家庭裁判所がこれを定めると規定し、一旦協議によつて定まつた監護者についても、同条2項において、家庭裁判所は子の利益のため必要があると認められるときは子の監護をすべき者の変更を命ずることができると規定しているところ、抗告人と相手方は、前記認定のとおり、未成年者両名の親権者及び監護者を父である抗告人と定めて協議離婚したことが明らかである。

相手方は、その陳述書において、本件協議離婚は詐欺、強迫によるもので、少なくとも、未成年者両名の親権者及び監護者についての取決めは無効であるかのように主張しているが、抗告人は慰謝料として2500万円を支払つた後も、相手方の要請を入れて春子が小学1年の一学期が終わるまで、相手方が従来どおり未成年者両名のもとで生活することを許容していたこと、相手方はその間に抗告人に特定の女性との情交関係があることを探知したものの、抗告人に対しての協議離婚の破棄を申し出たことはなかつたし、また未成年者両名を○○市へ連れ帰つた後、抗告人宛てに郵送した平成2年8月24日作成の手紙には、相手方が未成年者両名を連れ帰つたことについて、心配をかけて申し訳ないと詫びたうえで、「まだ幼い子供達のことを思うと、しばらくの間、私が預かつて立派に甲野家の人間として育てて参りたいと思いますので、ほんとうにおつらいとは思いますが、御辛抱下さいませんか、私の我がままをどうぞお許し下さい。」との文面がみられるだけで、抗告人が相手方を騙したとか強迫したとかの非難がましいことを述べたくだりは見当たらないことなどに照らせば、相手方が許欺、強迫によつて親権者及び監護者を抗告人とする協議離婚を余儀なくさせられたとは到底認められない。

そうだとすれば、抗告人と相手方の協議離婚において未成年者両名の監護者が定められていないことを前提としての、相手方の監護者指定の申立は理由がないことは明らかであり、相手方の監護者指定の申立趣旨が監護者を相手方に変更する申立の趣旨であるとしても、前項認定の事実関係からは抗告人が監護者として不適格で未成年者両名の福祉を害する事実は認められないから、未成年者の利益のために監護者を抗告人から相手方に変更する必要があるとは到底認められない。

また、相手方は、「幼児期の子の養育には、健康な母の愛情が父のそれにもましても不可欠であることに鑑み、母が監護養育するのを不相当とする特段の事情のない限り母を親権者と定めることが子の福祉に合致する」旨判示した下級裁判所の審判例を援用して未成年者両名の監護者を相手方に変更すべきであるとも主張しているが、右審判例は、子の親権者について父母の協議が調わない場合の事例であつて、父母の協議で未成年者両名の親権者及び監護権者の協議が調つた本件の場合とは事例を異にしているのであるから、健康な母の愛情が父のそれにもまして不可欠であるとか、未成年者両名に対する愛情や監護能力等の点で抗告人、相手方に優劣がなく、未成年者両名が相手方の監護に適応し安定しているということをもつて、抗告人と相手方の協議で定めた未成年者両名の監護権者を相手方に変更する理由とすることはできない。そしてまた、抗告人に他の特定女性との情交関係があつて、仮に将来その女性との婚姻が考えられないでもないとしても(抗告人は同女性との関係は清算していると述べているが)、そのことが直ちに現時点において抗告人につき未成年者両名の監護者として不適格の事由となるものでもない。

3  以上によれば、抗告人には未成年者両名の監護権者としての不適格事由は見当たらないから、相手方の子の監護者の指定(変更を含む)申立ては理由がなく、また、抗告人に未成年者両名を引き渡すことがその福祉に反する結果をもたらす事由も認められないから、相手方は抗告人に対して未成年者両名を引き渡す義務がある。

よつて、原審判を取り消して抗告人の子の引渡しの申立てを認容し、相手方の子の監護者の指定申立てを却下することとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 松島茂敏 宮良允通)

(別紙)

抗告の趣旨

1 原審判を取り消す

2 相手方は、抗告人に対して、未成年者2名を引き渡せ

3 相手方の抗告人に対する申立を却下する

との裁判を求める。

抗告の理由

抗告の理由の詳細については、1ヵ月以内に提出する書面にて明らかにするが、原時点においては、本件事件の概略を論じた後に(このように、審判書だけでは事実経過自体が明らかでない点から見ても原審判のいいかげんかがよく分かる)、判例違反及び事実誤認の2点を強調しておきたい。

1 本件事件の概略

〈1〉 昭和53年4月30日、抗告人・相手方が婚姻する。

〈2〉 平成2年3月25日、抗告人・相手方間にて離婚に関する契約が成立する。

(内容)

A 未成年者2名の親権者及び監護者は抗告人とする。

B 抗告人から相手方に対して慰謝料2500万円を支払う。

C その他

〈3〉 平成2年7月19日、相手方が未成年者2名を抗告人宅から連れ出し実家(○○県○○市)に戻る。

〈4〉 平成2年9月17日、抗告人が○○地裁○○支部に人身保護請求を申し立てる。

〈5〉 平成2年10月8日、本件事件が確定するまでの暫定的な和解が成立する(内容、甲野側甲第22号証)

A 相手方は未成年者2名を連れて福岡市に戻り、福岡市内に居住して暫定的に未成年者2名を育てる。

B 未成年者2名は抗告人宅へ月3回帰宅する。

C その他

〈6〉 平成2年11月29日、抗告人が子の引渡を求める調停を申し立てる。

〈7〉 平成2年12月26日、相手方が親権者を抗告人から相手方に変更することを求める調停を申し立てる(後に監護者の指定に変更)。

2 原審判の判例違反性

〈1〉 原審判は、抗告人及び相手方が離婚するに際して平成2年3月25日付で取り交わした「離婚に伴う慰謝料その他の契約」(甲野側甲第5号証)2項に定める『未成年者2名の親権者及び監護者を抗告人とする』との約定をまったく無視して、未成年者2名の監護者を相手方と指定(実質は変更)した。

〈2〉 しかしながら、本件のように、未成年者の親権者ないし監護者を当事者間の話し合いで決定した以上は、定められた親権者ないし監護者の監護が経済的・精神的に不十分であるという事情が存した場合にのみ親権者ないし監護者の変更がなされており、定められた親権者ないし監護者になんら不都合な事情が存在しない場合には親権者ないし監護者の変更を行っていない。これが従前の確たる判例理論であるところ(甲野側「平成3年10月7日付準備書面(1)」第3・第4)、原審判は「子に対する愛情や監護力等の点について当事者間に優劣はなく」と認定しているにもかかわらず、抗告人から相手方へ監護者への変更を行っている。監護者変更に関する原審判のこの判断は、明らに従来の判例理論に違反するもので、取消を免れない。

3 原審判の事実誤認

〈1〉 原審判は「子らは現在の監護状況に適応し安定しており、これを継続する必要がある。」との事実認定を基にして、監護者を相手方へ指定(実質は変更)している。

〈2〉 しかしながら、この事態は、相手方も認めるように(「平成3年4月18日付準備書面」1)、暫定的・仮定的に作出されたもので、あくまでも仮の姿であるのであって、この継続状態をもって相手方に有利な判断をすることはできない。なぜなら、このような暫定的事態は抗告人が平成2年9月に申し立てた人身保護請求における和解でもって、現出させられたものであるところ、かかる和解をなしたのは相手方からの強い申し入れがあったからである。この人身保護請求事件では、抗告人側に敗訴の要素はなんら存しなかったにもかかわらず、相手方の言い分をいれた和解を行っているのであって、このような配慮が仇になるような事件の解決が許されるわけはない。このように原審判には事実認定に関する誤りもあり、この点でも取消を免れないものである。

(別紙)

離婚に伴う慰謝料その他の契約

夫甲野太郎(以下甲という)と妻甲野花子(以下乙という)は離婚することに合意し、協議離婚の届け出を提出するに際して子の処置・慰謝料等に関し平成2年3月25日次のとおり契約した。

1 甲乙双方は平成2年4月1日限り協議離婚届書を作成してこれを第三者に預託する。第三者は後記3の金額の慰謝料の支払いを確認したうえ速やかに協議離婚の届出をなすものとする。

2 甲乙間に出生した長女甲野春子(昭和58年9月19日生)と長男甲野一夫(昭和61年8月19日生)の親権者を父である甲と定め、以後甲において両人を監護養育する。乙は平成2年冬以降両人が成人に達するまでの間、毎年2回夏・冬の学校休暇期間中両人と面接することができる。その方法については甲乙事前に協議して決める。

3 甲は乙に対し平成2年7月末日までに慰謝料として金2500万円を乙の指定する方法により支払うものとする。乙は甲に対し財産分与の請求をしない。

4 乙は平成2年7月末日までに所有物件を整理搬出すると共に同日限りで甲方を退去するものとする。甲は乙の所有物件の整理搬出に立会うことができる。

5 乙は離婚後旧姓乙山に復するものとする。

6 乙はこの契約に定めた以外には甲に対し何らの請求をしないこと、また、甲は乙に対し何らの請求をしないものとする。

右のとおり契約が成立しましたので、本契約書弐通を作成し、甲乙双方署名押印のうえ、各壱通を所持します。

平成2年3月25日

甲   住所 福岡市○○区○○×-×-×

氏名 甲野太郎

乙   住所 福岡市○○区○○×-×-×

氏名 甲野花子

立会人 住所 福岡市○区○○×-×

丙川二郎

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