大判例

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福岡高等裁判所 平成4年(行コ)13号 判決

控訴人

利光五月

右訴訟代理人弁護士

西田收

被控訴人

大分労働基準監督署長

原尻康

右指定代理人

財津武生

外六名

主文

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が控訴人に対して昭和五九年三月三一日付でした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び遺族補償給付並びに葬祭料を支給しない旨の処分を取消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

控訴代理人が、次のとおり主張を付加したほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

「階段は、基本的に転倒等の危険性を有している。きっかけは些細なものであっても、階段で転倒すれば、段鼻が突出しているという建築的な構造のために大事故につながりやすい、特に、階段を降りる時に転倒すれば、とっさに頭部を守るために反応できる動作時間が、平坦な場所で転倒する場合に比べ、二分の一から三分の二程度に短くなるために、後頭部を段鼻で強打する可能性が高く、時には死亡に至る重大な事故になりやすいといわれている。

本件では、利光が、本件階段の昇降時に、飲酒の有無とはかかわりなく、階段本来の性質が有する転倒の危険性によって転倒し、死亡という重大な災害に遇ったと推論するのが合理的である。」

第三  証拠〈省略〉

理由

一控訴人主張の請求原因1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件事故に至るまでの事実経過に関する当裁判所の認定事実は、次のとおり付加し、改めるほかは、原判決の理由の二の「1 認定事実」(原判決七枚目裏九行目から一五枚目表初行まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表六行目末尾の後に「右出張は、数日前に日帰りとして予定されていたが、出張の前日の同月三〇日になって一泊二日の予定に変更された。三〇日には利光に連絡が取れず、同人は三一日朝出社して予定変更を知り、そのまま本件出張先に赴いた。」を加え、裏一〇行目の「本件客室」の後に「(三階八畳の和室)」を加える。

2  同一〇枚目表五行目の「甲斐」から次行末尾までを「甲斐は同八時四〇分頃就寝し、梅崎は同九時五分頃から二五分頃まで入浴した後就寝した。四名の床は、ほぼ正方形の部屋に、甲斐、利光、梅崎の順に床が並び、右三名の頭の方に、直角に中西の床があるという位置関係であった。」と改める。

3  同一二枚目表八行目の「勾配が」から一〇行目末尾までを「勾配三四度、蹴上一九センチメートル、踏面三〇センチメートルで、原本の存在及び成立に争いのない甲第一二号証によって認められる労働負荷の観点からの最適寸法である勾配三〇度、蹴上一七センチメートル、踏面二九センチメートルに近いものであることが認められる。なお、本件階段は、段鼻部分を鋭角とし、下方に若干の蹴込みを設けた構造となっていることが認められるところ、同甲第一〇、第一三号証によれば、蹴込みを深くして段鼻の突出寸法を大きくすると、昇りの際のつまづきの原因になるといわれているが、実際には、この部分の形状の差による事故発生頻度の違いはほとんど存しないことが認められる。」と改め、末行の「本件事故発生までに、」の前に「昭和五〇年一二月に営業を開始した後」を加え、裏五行目の「年配の宿泊客が来て」を「同人と雑談した後、五階の宿泊室へと階段を昇って行った六〇歳位の宿泊客がすぐに戻って来て、」と改める。

4  同一三枚目表初行の「OBSの者だ。」を削除し、六行目の「利光と」から七行目の「降りたが」までを「利光の左腕を抱え、二階へと階段を降りようとする利光に同行したが」と改め、末行の「大丈夫」を「大丈夫。OBSの者だ。」と改め、裏三行目の「スリッパ」を「グレイのビニール製サンダル」と改め、五行目、八行目、一〇行目、一四枚目表初行、初行から二行目にかけての各「スリッパ」を「サンダル」と改める。

5  同一四枚目表二行目の「スリッパ」の前に「茶色の」を加え、一〇行目の「起きようとしない」を「起きようとせず、ふとんの近くに黒く変色した血液が混じった多量の嘔吐物が見られた」と改める。

三利光の死亡が業務上の事由による死亡にあたるとの控訴人の主張のうち、本件事故が業務遂行中に生じたものであるとの主張に対する当裁判所の判断は、原判決の理由の二の「2 業務上の事由の存否」の(一)及び(二)の説示(原判決一五枚目表五行目から一八枚目表三行目まで)と同一であるから、これを引用する。但し、原判決一七枚目裏五行目から六行目にかけての「利光らの飲酒行為は、」の後に「宿泊を伴う業務遂行の為に四名で出張先に赴き、本件客室のような場所で寝食をともにするというような場合に、通常随伴する行為といえなくはないもので、原審証人中西光正、同甲斐康義の各証言中の、利光や中西、甲斐らは、本件出張のような宿泊を伴う業務出張の際には、夕食時にともに飲酒をすることを常としていた旨の供述も合わせ考えると、」を加え、末行の「離れたことにはならない」を「離れ、積極的な私的行為ないし恣意的行為に及んでいたものではない」と改める。

四次に、本件事故の業務起因性について判断する。

1  前記認定のとおり、利光は、本件段階で転倒したことによって、右耳上部側頭部の頭蓋骨骨折、右肩下骨折、右足首捻挫、右肩・右上腕部打撲、左踵部創傷の傷害を負ったものであるが、このような受傷の部位、程度に照らすと、利光は本件階段を歩行中に転倒して、階段の段鼻、床等に身体右側部分を激突させたものと推認される。そして、受傷のうち主要なものが頭蓋骨及び右肩下の骨折であることや、腰や手、肘などには受傷していないことからすれば、利光は、転倒した際、とっさに手で頭をおおうなどの危険回避の動作をしなかったことが推認される。

また、前記認定の、本件階段の形状や、使用開始以来約八年間にわたって宿泊客等の転倒事故が発生したことがないことに照らすと、本件階段は、通常人が払う程度の注意を用いて昇降する限りにおいては、特に危険性のないものであったことが認められる。

さらに前記認定のとおり、利光は、本件事故当時、色や形から客室用のスリッパではないことが容易に分かると思われるトイレ用のサンダルを履いたまま本件階段を歩行していたことが認められる。

これらの事実を総合して考えると、利光は、本件階段において、飲酒による酔いのために、注意力や動作の敏捷性が減退している状態のもとで、本件階段を降りようとして、足を踏み外すなどして転倒し、階段での転落事故に特有の、とっさに危険を回避する動作をすることの困難性も相まって、段鼻等に頭部を激突させるなどし、前記傷害を負うに至ったものと認められる。

2  しかしながら、本件全証拠を検討しても、本件事故が発生した時点において、利光がなんらかの恣意的行為に及んでいたことを示す証拠はなく、前記認定の、午後九時五分頃、入浴に赴く梅崎に声をかけた際の状況や、本件事故後、利光の床を三方から囲むような位置関係で就寝していた他の三名を起こすような言動をすることもなく、床に入っていることなどの事実関係に照らすと、利光は本件事故当時、他の三名が寝入るのを待って自らも就寝すべく、暫時宿泊室の外で時間を過ごし、その間二階をぶらつき、トイレに行ったりなどした後、宿泊室に戻ろうとして、いったん本件階段を三階へと昇ったが、二階のトイレのサンダルを履いていることに気がついて、二階へ降りようとした際に、足を踏み外して転倒し、本件事故に至ったものと推測するのがほぼ事実に符号するのではないかと考えられ、本件事故は、利光が業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして、業務起因性を否定すべき事実関係はないというべきである。

3  そうすると、本件事故については、それが宿泊を伴う業務遂行に随伴ないし関連して発生したものであることが肯認されるところ、業務起因性を否定するに足る事実関係は存しないもので、利光の死亡は、労災法上の業務上の事由による死亡にあたるというべきであり、利光の死亡が業務上の事由による死亡に該当しないとして、被控訴人が昭和五九年三月三一日付でした、労災法に基づく療養補償給付及び遺族補償給付並びに葬祭料を支給しない旨の本件処分の取消を求める控訴人の請求は、理由があるから認容すべきである。

五よって、控訴人の請求を棄却した原判決は失当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官権藤義臣 裁判官石井義明 裁判官寺尾洋)

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