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福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)667号 判決

控訴人 高取二郎

被控訴人 国

訴訟代理人 広渡晴樹 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人が昭和二十八年四月三日、昭和二十二年度財産税として納入した四万八千百三十四円に(その還付当日に至る迄の還付加算金を附加して支払わねばならない、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並に証拠の提出、援用、書証の認否は

事実関係につき、控訴人に於て

本件課税の対象とされた武雄町所在の家屋、宅地、田畑は、訴外高取ハナ(同人は控訴人の妻であつたが、昭和十八年頃より事実上別居し、昭和二十一年十一月二十八日裁判上の和解により正式に離婚した)の所有に属していたのであるが、控訴人は昭和二十二年二月財産税の申告に際し、念の為武雄町役場に照会したところ同年二月六日付で同役場から右不動産は控訴人所有名義で登録されている旨の回答があつたので、控訴人は登記簿の記載が斯くなつている以上税務署もこれを控訴人の所有と認めて諜税するかも知れないことを考慮し、その場合には此の不動産から財産税の物納をすることを認めて貰いたい趣旨の下に、これを控訴人の所有として申告し、且これを物納すべき財産として申告書に記載した。(申告税額四拾弐万六千六百弐拾八円)。然るに後に控訴人の調査の結果右不動産は昭和二十二年一月十四日付を以て悉く控訴人より高取ハナに対して所有権移転登記手続がなされていることが判明した。

従つて前記武雄町役場の通知は登記簿の記載と異る不実のものであり、控訴人は斯かる不実の公文書によつて錯誤に陥し入れられて前記のような申告をしたのであるから、此の申告は要素の錯誤にもとづき当然無効であつて、此の申告書記載の税額は控訴人の納付すべき財産税額を確定する効力を有しない。加之、昭和二十二年八月七日付で武雄町農地委員会より控訴人及び佐賀税務署小林事務官に対し右不動産中農地は高取ハナの所有と認められ、昭和二十二年七月二日政府に買収された旨の通知がなされたので、控訴人は佐賀税務署に対し右事実を指摘して修正申告をなし、同税務署もこれを了承した。

斯様に一方に於て政府が高取ハナの所有と認めて同人より買収した農地を一方に於て控訴人の所有として控訴人に対する財産税の課税対象となすべからざることは明白であるに拘らず、佐賀税務署は控訴人の修正申告及び武雄町農地委員会の右通知を無視して依然当初の申告書を有効として取扱い、これを基礎として控訴人と高取ハナを連名として昭和二十二年九月一日付の「財産税課税価格更正又は決定等通知書」(更正による不足税額拾八万千弐百七拾六円九拾銭)を発し、次で同年九月十五日付で高取二郎外一名として更正額拾八万千弐百七拾六円九拾銭、納期日、昭和二十二年十年十五日なる納税告知書を発送し来り、更に同年十月二十日誤謬訂正により財産税額を四拾七万二百十二円と決定する旨の通知をなした。併しながら是等の決定はすべて高取ハナ所有財産を控訴人の財産として課税したものであるのみならず、控訴人の当初の申告が当然無効であるのに、これにもとづきなされたものであるから、すべて無効であつて控訴人の納付すべき財産税額を確定する効力を有しない。よつて控訴人はこれ等の課税に対し抗争を続けた結果、昭和二十八年四月二日鳥栖税務署長より控訴人の納付すべき財産税額は四万八千百三十四円であるとの最後的な決定を受けた。此の税額は、昭和二十二年二月十三日付の最初の申告書による課税価格を更正したものであるところ、財産税法第四十六条により課税価格の更正は五年以内になされなければならないのに、右更正決定のなされたのは五年の時効完済後二年も経過した後のことであるから、斯る更正決定は無効であり、控訴人には何等納付義務はないのであるが、後に述べるように税務署側の無暴な処置により控訴人は即時これを納付せざるを得ない窮地に追い込まれた為、やむを得ず翌四月三日これを納付したのである。

以上述べるところにより控訴人の申告も控訴人に対する前記名課税処分もすべて無効であり従つて控訴人に納付義務なきものであるから被控訴人は控訴人が納付した右四万八千百三十四円及びこれに対する同日以降完済迄百円につき一日四銭の割合による還付加算金を附して控訴人に返還すべき義務がある。

次ぎに本件財産税の時効の起算点については原審に於て述べたところを次のとおり訂正する。即ち本件課税の対象となつた前記高取ハナ所有の武雄町所在の農地が政府によつてハナの所有と認められて、昭和二十二年七月二日買収された以上、控訴人は残つた財産のみにつき納税義務があるだけであるから、控訴人は同日以後始めて自己の財産のみの真実なる申告をなしたと同一の結果を生じたものというべく、従つて控訴人の固有財産に対する時効も右七月二日より進行を始めるものとしなければならない。而して控訴人は前記のとおり昭和二十八年四月三日四万八千百三十四円を納付しているけれども、これは次の事情によるものであつて時効の利益を抛棄したものではない。即ち控訴人は訴外狩野サトが政府より受くべき国家補償金四拾弐万円の代理受領方を同人より委任されていたところ、鳥栖税務署は控訴人に四拾七万弐百拾弐円の財産税の滞納ありとして同訴外人が政府より支払を受くべき右債権全額を差押え、次いで差押は解除したがその代り控訴人より右補償金を控訴人の複代理人として受領する権限を鳥栖税務署大蔵事務官永野猛雄に委任する旨の一札を強制的に差入れしめたのである。その結果控訴人が時効の利益を主張して一文も納税しないときは、同税務署は此の補償金を控訴人に支払はず、会計年度の終了と共に此の国家補償金は全部国庫収入として没収の憂目に遭うべき破目となつた。よつて控訴人は狩野サトに対する責任上控訴人と高取ハナの財産税を形式上一応確定せしめて此の補償金を受領する外はなかつたので鳥栖税務署長と交渉の結果、前記の通り昭和二十八年四月二日一応四万八千百三十四円という税額の決定を受け、翌三日その全額を納付したのである。斯様に右税額の納付は税務署より強制されてやむを得ずなされたものであるからこれを以て時効の利益を抛棄したものということが出来ないのは勿論のことであり、控訴人は右金員及びこれに対する還付加算金の請求権を有する事実に変りはない。

なお控訴人に四拾七万弐百拾弐円の財産税滞納ありとして控訴人所有不動産に対しなされた差押処分が今なお継続中であることは認める、と附陳し

被控訴代理人に於て

(一)  本件財産税は当初は控訴人の申告に基き税額四拾弐万六千四百七拾円と決定されたが、昭和二十二年九月一日佐賀税務署長は財産税法第四十六条にもとづき課税価格を更正し(更正による不足税額拾八万千弐百七十六円)、納期日を同年十月十五日とする納税告知書を控訴人及び高取ハナを連名として発送した。よつて控訴人に対する財産税額は控訴人の申告による四十弐方六千四百七十円に右十八万千弐百七十六円を加えて六十万七千七百四十六円となつたのであるが、その後同年十月二十日付誤謬訂正によりこれを四十七万弐百十弐円と訂正して控訴人に告知した。(これは誤謬訂正であるから此の際は新に納期を定めず最初告知した納期日即ち昭和二十二年十月十五日が納期日となるものである。)その後右税額については何等訂正変更なく昭和二十八年四月三日納付の四万八千百三十四円は右税額の一部として納付されたものであるから残額四十弐万弐千七十八円は今なお未納となつており、此の未納額徴収の為昭和二十七年十二月二十四日原告所有不動産についてなされた差押処分は、現在も継続中である。而して控訴人主張の農地が昭和二十二年七月二日高取ハナの所有農地として買収されたことは認めるが、財産税は財産税法第四条により調査時期即ち昭和二十一年三月三日午前零時に於て有していた財産につきその所有者に対して課税すなものであるところ、調査時期に於ける控訴人主張の不動産の所有者は控訴人であつて登記簿上も調査時期当時は同人名義になつて居り、その後控訴人主張通り昭和二十一年十一月二十八日控訴人が訴外高取ハナと裁判上の和解をなし、同訴外人と離婚した際控訴人より同訴外人に対し武雄町所在の他の宅地建物と共に譲渡され、その後に於て同訴外人に所有権移転登記がなされたのであるから、右不動産についても控訴人に対し課税することは何等違法ではなく当初の申告も控訴人の錯誤に出たものではない。

仮りに調査時期に於て控訴人主張の不動産が実質上は訴外高取ハナの所有であつたとしても、本件課税は当然無効ではない。財産税法第四十八条は誤つて課税価格を過大に申告した場合は申告期限一カ月間に限り更正の請求をなすことが出来る旨の規定があり、従つて申告期限後は自由に訂正することは許されず期限後一カ月を経過すれば、もはや更正の請求も出来ないのである。然るに本件課税については控訴人が自らその主張の武雄町所在の不動産をその所有財産の一部として課税物件に含めて申告したものでありまた所定期限内に申告の更正も行はれていないので本件課税は有効である。

また申告納税制度に於ける申告行為は私人のなす公法行為であること、及び前記財産税法の建前即ち過大申告の場合一定期間内に限り更正の請求を許している制度に鑑み、申告か錯誤によつて当然無効であるとの主張は失当であると述べ〈立証 省略〉た外は何れも原判決の事実の部に記載せられたのと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人は、昭和二十二年度に財産税法にもとづき佐賀税務署に対し財産税の申告をしたが、その内容は課税価格合計八十弐万四千四十弐円、税額四十弐万六千余円(但し控訴人の主張によれば四十弐万六千六百弐十八円、被控訴人の主張によれば四十弐万六千四百七十円)であつたこと、佐賀税務署長はその後同年九月十五日付で納人を控訴人外一名とし税額を十八万千弐百七十六円九十銭納期日を昭和二十二年十月十五日とする納税告知書を発し、更に同年十月二十日付を以て税額を四十七万弐百十弐円とする誤謬訂正の通知をなしたこと及び控訴人が昭和二十八年四月三日財産税四万八千百三十四円を納入したこと当事者間に争なく、右事実に成立に争なき甲第一号証の一、二、甲第三、四号証、甲第六号証の一、甲第七号証、甲第八号証、甲第九号証、乙第三号証、当審証人宮崎金夫、永野猛雄の各証書を総合すれば、控訴人の申告により先づ四十弐万六千四百七十円が控訴人の財産税額とされ、次で同年九月一日附の「財産税課税価格更正又は決定通知書」及びこれに基き同年九月十五日付発せられた納税告知書により更正による不足税額十八万千弐百七十六円九十銭が前記控訴人の申告額に加算されて税額は六十万七千七百四十六円九十銭と決定され、更に同年十月二十日誤謬訂正通知により税額は四十七万弐百十弐円と修正決定され、その後は訂正変更がなかつたこと、及び控訴人が昭和二十八年四月三日納入した四万八千百参十四円は右財産税の一部として納入されたものであることを認めることが出来、右認定を覆すに足る確証はない。

控訴人は当初の申告は錯誤によつて訴外高取ハナ所有の武雄町所在の不動産をも課税物件に加えて申告したのであるから当然無効のものであつて、これによつて控訴人の財産税額を確定する効力なく、又税務署の前記諸決定はすべて右申告書にもとづき且同訴外人所有の財産をも控訴人に対する財産税の課税物件として課税しているから無効であると抗争するけれども、財産税法によれば財産税は昭和二十一年三月三日午前零時(法令に所謂調査時期)を基準として此の時に於ける当該財産の所有者を納税義務者としてその財産の価格に課税するものであるところ公文書として真正に成立したものと認むべき甲第十号証及び成立に争なき甲第十四号証に当審証人森永卓次郎の証言を総合すれば、控訴人主張の武雄町所在の不動産は右基準時(調査時期)当時は控訴人の所有であり、その後昭和二十一年十一月二十八日控訴人が訴外高取ハナと裁判上の和解をなし同訴外人と離婚した際和解調書により同訴外人に譲渡され、同訴外人はその後右和解調書にもとづき所有権移転登記をしたものであることを認め得る。もつとも成立に争なき甲第二号証によれば右物件中農地は同訴外人より解放の申出があり且事実上同訴外人の所有と認められて昭和二十二年七月二日政府に買収されたことを認め得るけれども、此の事実によつては右調査時期当時乃至その以前に於ても右農地が同訴外人の所有であつたと認められて買収されたものか、或はその後の所有権移転の事実にもとづいて同訴外人より買収されたものかは明らかでないのみならず、他に控訴人主張の不動産が調査時期当時同訴外人の所有であつて控訴人の所有でなかつたことを確認するに足るべき確証はない。

さうだとすれば控訴人の当初の申告乃至は申告書及び税務署の前記諸決定が無効であるとの控訴人の主張はすべて失当であるといわなければならない。

次ぎに控訴人の時効の主張につき考えるに、前認定の通り昭和二十二年九月十五日付更正決定の際に納期日を同年十月十五日と指定されたのであるがその後前示同年十月二十日付誤謬訂正のなされた際に於ては新に納期日を指定した証拠もなく且これは既に納期日の定まつた税額を減額したに過ぎないから残りの税額の納期日は、その前に指定されていた同年十月十五日であると解するを相当とする。従つて本件租税債権の消滅時効は前記九月十五日付の納税告知により一旦中断し指定納期日の翌日たる昭和二十二年十月十六日から再び進行を開始したものと解すべきところ各成立に争のない乙第一、二号証に原審証人津江弘の証言を総合すれば、本件財産税の徴収事務はその後佐賀税務署から鳥栖税務署に移管され、同税務署長は昭和二十七年八月十二日に控訴人に対しその肩書住所に宛て普通郵便を以て財産税納入催告書を発送し、右催告書はその頃控訴人に到達したことを認め得る。而して鳥栖税務署は控訴人に対し右財産税の滞納処分として昭和二十七年十二月二十四日控訴人所有不動産を差押え、その差押処分は現在なお継続中なることは当事者間に争がないから、本件財産税の消滅特効は右催告及びその後六カ月内になされた不動産差押処分により中断し(会計法第三十一条、民法第百五十三条)未だ時効は完成しないものといわなければならない。

(尤も成立に争なき甲第六号証の一に依れば、昭和二十三年二月十五日付で控訴人に宛て税額四万参千七百四十二円参拾銭、納期日同年二月二十九日の記載ある納税告知書が発せられていることを認め得るけれども、これは前に引用した各証拠全部を総合すれば、当事者間に争のない昭和二十二年十月二十日付の誤謬訂正のなされた際その決定は本人に告知はされたが正式の納税告知書が発せられていなかつた為に昭和二十三年二月十五日に至り控訴人の申告にもとづく税額四十弐万六千四百七十円と最終決定額たる四十七万弐百拾弐円との差額につき正式に納税告知書が発せられたものとも認められないではないか、仮りにこれによつて納期日が昭和二十三年二月二十九日とされ、時効期間が新にその翌日より進行したとしてもその完成前前認定の差押により中断されたことになるから結果に於ては同一である)

以上のとおりであるから本件財産税の申告乃至申告書及び前記各課税額の決定乃至納税告知書の無効なること並に時効完成による納税義務の消滅等を前提とする控訴人の本訴請求は爾余の争点につき判断する迄もなく既に失当なること明かであるからこれを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 中村平四郎 厚地政信)

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