大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)2548号 判決

控訴人 被告人 山本滋美 外二名

弁護人 和気寿

検察官 大坂盛夫

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

弁護人和気寿の控訴趣意は、同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

逮捕を免かれるため、公務員に対し、もし公務の執行として一定の所為に出るにおいては危害の及ぶべき状況をことさらに作出、覚知させる所為は、公務執行妨害の罪を構成する脅迫にあたるものと解すべきである。今、本件についてこれを見るに、原判決挙示の証拠によれば、原判決第一摘示の事実、殊に、被告人らは、判示海上において、判示巡視船「すずなみ」より追跡され、停船を命ぜられるや、逃走を企て、共謀の上、判示のとおり、その乗組漁船第十三恵美須丸の艫部左右両側より、各一条の「ワイヤローブ」長さいずれも約三〇尋のものを海中に引流しながら、数時間にわたつて逃走した事実が明らかであつて、論旨も右の事実はこれを争わず、なお、右の証拠に徴すれば、被告人らは、判示逃走に際し、追跡船が巡視船であり公務の執行として自船を追跡し接近逮捕しようとするものであることの情を察知していたこと、判示逃走は右の巡視船からの逮捕を免かれるためのものであつたこと、「ワイヤロープ」を海中に引流したのは、自船後方からの接近を困難ならしめる目的に出たものであることもまたきわめて明白である。

論旨は、判示ロープ引流しの所為が、追跡船の乗務員に危害を及ぼしうべき性質のものでなく、被告人らにおいてその危害を及ぼすことの認識はこれを欠いていたものである旨を主張するのであるが、もし、追跡船が被告人らを逮捕するため、被告人らの乗組む判示漁船の後方より接近するにおいては、判示ロープが追跡船の推進器に巻きつくおそれがあり、もしそうなれば、いかなる危害が発生するやもはかられず、少くとも航行不能となるべきことを覚知したため、判示巡視船の船長林博万が判示漁船の後方よりの追跡に重大な危険、支障を感じた事実は、副検事の面前における林博万の供述調書によつてこれを認定するのに十分であり、被告人らにおいても右のような危害発生の可能性を認識していたことは右の事実と、被告人らの判示ロープ引流しの目的が、前説示のとおり、追跡船の接近を困難ならしめることにあつた事実自体とから、これを推認するに足り、右の危険は、逃走船の後方よりする接近を避けるにおいては、これを回避することのできる危険ではあつても、逃走船への接近逮捕は右林博万らがまさに尽すべき法律上の職責であつて、逮捕のために接近する追跡船が、逃走船の後方より接近することを回避すべき義務はない(所論はその義務ありとして、海上衝突予防法第二四条を掲げるのであるが同規定は前方の船を追い越す場合の規定であつて、追い越すのでなく逮捕のために接近する場合に適用のないことは明白である。)のであるから、被告人らの判示ロープ引流しの所為は、もし、公務員たる林博万らが、公務の執行として被告人らを逮捕すべく、被告人らの乗組漁船の後方より接近するにおいては、林博万らに前記の危害の発生すべき状況をことさらに作出してこれを覚知させ、林博万らをしてこれが危害の発生をおそれるの余り、後方よりの接近を断念せしめ、多大の不便を忍びつつ被告人等の乗組漁船の方向転換の都度迂回追跡の己むなきに至らしめたものであつて、右はまさに、刑法第九五条所定の公務の執行を妨害する罪を構成する脅迫にあたるものと解すべきこと、さきに説示したとおりである。所論は、原判決の採用しない証拠による事実を想定して原判決を非難するものであつて、賛同し難い。原判決に所論のような違法があるものとは認められず、論旨は採用の限りでない。

よつて、刑訴第三九六条により本件控訴をいずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

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