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福岡高等裁判所 昭和29年(う)622号 判決

控訴人 原審検察官 山根静寿

被告人 中野礼造

弁護人 松井佐 諌山博

検察官 長富久

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官長富久及び弁護人松井佐の各控訴趣意は記録に編綴されている原審検察官山根静寿及び同弁護人並びに弁護人諌山博(第一点のみ)被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであり弁護人松井佐の答弁は記録に編綴されている同弁護人の答弁書及び弁護人諌山博の控訴趣意書第二点各記載のとおりであるからこれを引用する。

諌山弁護人の控訴趣意第一点及び松井弁護人並びに被告人の各控訴趣意書について

しかし公務員がその職権内に於て作成した文書は縦令未完成であつても現に公務所に於て使用に供するものなる以上刑法第二百五十八条に謂う公務所の用に供する文書に該当し又同条に毀棄とは文書の全部又は一部の効用を害する一切の行為を指称し必ずしも物質的壊滅を要せず本来の用に供する能はざる状態に至らしめたる場合をも包含するものと解すべきところ原判示によれば「被告人は昭和二十七年六月七日窃盗及び政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令違反等の被疑事実につき逮捕状により福岡市警察局員に逮捕せられ同日午前十一時頃同局公安部警備課において同課司法警察員巡査部長行実信直より刑事訴訟法第二百三条の規定に基き被疑事実の要旨及び弁護人を選任し得る旨を告げられ之に対する供述をしたので其の旨記載した弁解録取書(証第一号)を作成せられた上これを読み聞かせられ誤の有無を問われたところ黙秘したので同巡査部長においてその旨の文書を末尾に記載中たまたま同部長が右書面を机上においたまま一寸わき見をした瞬間その隙を窺い右弁解録取書を取つて両手で丸めしわくちやにした上床上に投げ棄てたと謂うにあり右事実は原判決挙示の証拠により優に認められるのであるから本件の如く司法警察員がその職権に基き既に弁解を録取してこれが読聞けを完了し末尾文言を記載中の弁解録取書は所論の如く未だ被疑者及び司法警察員の署名捺印なく未完成だからと謂つて公務所の用に供する文書に該当しないとは謂えない、しかして又原判決引用の領置に係る弁解録取書自体に徴し(尤も原審証人行実信直の供述調書には該弁解録取書は、まるめてつぶされたのを拡げたところ右の中央部辺が破れてたがそれは拡げるとき破れたのかも知れぬ旨記載され右破損が被告人の所為に基くものとは断じ難いので破損の点を除く)右弁解録取書が甚だしくしはよりその体裁の上から見て将又破損し易い形状を呈しこれが保存の点より謂つても、もはや公務所の用に供する文書として使用し得ない状態に至つてることが明認される、されば被告人を刑法第二百五十八条に問擬したのは相当である尚松井弁護人は被告人の本件所為は黙否権の不法侵害に対する正当防衛乃至緊急避難である旨を主張するけれども被告人の黙否権が侵害せられた証左なく所論はその前提を欠き到底採用に値しない。

検察官の控訴趣意第一について

原審が所論引用の理由に基いて本件公訴事実中「被告人は山野某外一名と共謀して昭和二十七年二月中旬九州電力株式会社の承諾を受けずして福岡市箱崎帝大前町三、七九七番地の三、一木茂男方製材場の桁の側面を通つている同会社配線に係る正規の屋内動力線のチユーブ入口の個所に別個の電線三本を夫々接続管にてみだりに接続接触せしめて電気工作物の機能に障害を与え同所から右一木方所有空地に建造した作業場内に積算動力計を経由しない分岐配線を施して右正規の電気工作物の施設を変更しその頃から同年五月七日頃迄の間引続き右分岐配線を利用して同作業場内に設置したアーク燈電気コンロ電気湯沸器ラジオ及び電燈等に電気を流通せしめて電気の供給を妨害すると共に同株式会社供給に係る電気料合計約千九百八十三キロワツトアワー(掛金約一万九千二十円相当)を窃取した」との点につき被告人に対し無罪の言渡をなしたことは原判決に照し明瞭であるしかるところ記録によれば原判決掲記の如く山野某井上某が一木茂男方裏の作業場において公訴事実記載の如き配線工事を施して盗電し以つて新聞紙「平和と独立」を印刷していた事実そして該印刷が被告人の指示の下に行はれたことは認められるが盗電のための右配線工事が被告人及び山野某外一名の共謀に基く確証はなく却つて被告人が当初一木茂男方に赴き土地の借用方を懇請するに際し同人に対して「自分は写真の焼付に動力が必要だが新しく動力を取付けるときは経費もかかるー面倒だから幸い貴方の所にはモーターがありますからそれで無理を言いに来た動力代は今迄あなたが使用していた分以上メーターが上つた分については自分が負担する」旨述べて居りこれに前示作業場建築が昭和二十七年二月初であつて盗電が同月中旬からなされたことを併せ考へると被告人に当初から盗電の意思があつたものとは到底認め得ないしかして所論の如く被告人が共産党福岡地区の幹部の地位にあつたこと新聞紙「平和と独立」が共産党機関紙「アカハタ」の同類紙なること及びこれが印刷には一木茂男方製材場の配線を利用し別個の配線工事を施すを要することを被告人において認識して居た等の点を以てしては盗電配線に関する被告人の共謀を疑うに足るとは謂え未だ以つて被告人の共謀に基くものと断ずるを得ない尤も被告人は作業場建築後も何回か作業場に入つたことが認められるのであるから爾後被告人においてこれが認識を得たことは推認し得られないわけではないがいついかなる機会に認識したかは遂に確認し得べくもない然らば本件公益事業法違反窃盗の公訴事実はその証明なきに帰し原審が此点につき無罪を言渡したのは相当である論旨は採用に値しない。

検察官の控訴趣意第二について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた諸般の情状によるも原審の被告人に対する刑の量定は必ずしも不当とは云えないので、論旨は採用することができない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

弁護人諌山博の控訴趣意

第一点公文書毀棄罪の判示事実に対する法令の適用は誤りである。

(イ)問題の弁解録取書は、未完成であり、公務員の署名も本人の署名もない。

このような書面は、公務員が作成しつつあつたものとはいつても、法律上何らの意味を有するものでもない。弁解録取書は取り終つたら本人に読んできかせ、誤りないことをたしかめて本人に署名捺印させてはじめて、法律上意味をもつ文書になる。そのような手続のすんでいない本件弁解録取書は、刑法第二百五十八条の要件をなす公務所の用に供する文書ということはできない。

(ロ)被告人は弁解録取書を毀棄してはいない。

毀棄とは文書の効用を害する一切の行為である(小野清一郎著刑法講義六〇八頁)文書の効用を害するとは、文書を全く使用できなくすることである。

したがつて物理的に毀損する場合に限らないと同時に、物理的に或程度汚損しても使用できる程度であれば毀棄とはいえない。例えば文書を判読できないくらい抹消する行為は毀棄であるが、体裁は悪いが判読に不自由はしないという程度に汚損しても、文書毀棄にはならない。

本件の弁解録取書は、少ししわがついているけれども使用できないほどではない。そのままでも充分使用できるし、アイロンでもかければ完全にしわは延びる。一部分破れているけれどもこれは被告人が破つたのか、証拠物保存中に破れたのかは明らかでない。かりに被告人が破つたとしても、判読することには支障はない。したがつて被告人が弁解録取書に若干のしわをつけ、或は少しばかりの破れ目をつけたと仮定してもこれは文書を毀棄したことにはならない。

第二点無罪部分にたいする検察官の控訴は理由がない。

被告人が一木茂男所有の家屋を借りる斡旋をしたことは事実であるが、そこで行われた秘密文書の印刷、盗電が検察官の主張どおりだとしても被告人は全く無関係である。日本共産党員の間ではそれぞれ厳密な業務分担がなされ、家を借りる人とそれを使用する人が別であり、被告人は秘密文書の印刷などには全く関与していなかつたことは、原審における証人岩田正夫氏の証言によつても明らかであり、これに反する証拠はない。政令第三二五号、公益事業令違反、窃盗の公訴事実に対して、原判決が無罪判決を言渡したのは正当である。

弁護人松井佐の控訴趣意

(一)本件弁解録取書は未だ目して以て公用文書と做すに足らない。

被告人は一言も発せざるに警察に於て取調官が勝手に被告人の行使する黙否権を故なく侵害して氏名を中野だねと訊ねて書込みたる上本籍住居を予め取調べ官に於て知悉し居りたる関係上書込みたるに憤慨して被告人は黙否して居るにさつさと書込むのは怪しからんとて押問答して之を机下におとしたもので取調官の署名捺印もなく所謂下書き程度のもので到底公用文書と做すに足りないに之をしも公用文書なりとこじつけたる原審は法令の解釈を誤りたるか審理不尽のそしりを免がれず仮りに然らずとするも被告人が机下におとしたの叙上の如き黙否権の不法侵害に対抗してなされたもので(黙否権が住居本籍迄及ぶは隠当ならざる旨の争あるは兎もあれ)権利行使を阻害したるに対し為したものなれば正当防衛乃至緊急避難を以て目すべく被告人には公用文書毀棄罪の罪責がない。

(二)仮りに然らずとするも未だ被告人の所行の程度を以てすれば体裁が悪い程度にその効用を減じたもので効用を滅却したものと做すを得ず従つて毀棄罪を以て問擬するに足らない。

いわんや取調官が体裁を重んじ爾後直ちに書類を書直して居り之に何等支障を生じていない故に構成要件を充足していないし仮りに然らずとするも処罰価値なかりしに帰し居るを以て此の点よりも破毀を免かれざるものと思料する。

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