大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(く)42号 決定

本籍 長崎県○○○郡○○町○○○番地

住居 大阪府○○市○○○○○番地○○○○方

少年 無職木下久男(仮名) 昭和十一年八月四日生

抗告人 親権者毋

主文

原決定を取り消す。

本件を長崎家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は末尾添付の抗告理由補充申立書記載のとおりである。

よつて、本件少年保護事件記録及び少年調査記録によれば、少年は中学校卒業迄は極めて順調な育成を遂げ高等学校に入学後もさしたる変化はなかつたが、同三学年の昭和二十九年七月頃より不良交友を初め遊惰に陥り遂に本件窃盜の非行に及んで退学したものであつて、少年の不良交友、怠惰の期間は僅か三、四ヶ月に過ぎずしてその反社会性は左程強いものとは思われない。しかも少年は今やひどく前非を悔悟反省して不良交友を絶ち、再び向学心に燃え大志を抱いて高等学校三学年の編入試験を受けるため日夜勉学に余念なく、一方亡父の親友である町の有力者○弓○百○の熱心な指導監督を受けて精神修養に努めて来たが、大阪府在住の叔毋の許から同所の高等学校編入試験を受けるため現在同家に赴き専心勉強中である。従つて斯る生活環境と自覚せる少年の現状に照せば、少年を少年院に収容するより寧ろ叔毋の監督の下に再び高等学校に入学せしめて大志を抱いて勉学せしめ因つて以て智能の練磨と心身鍛練の機会を与えることが少年の性格矯正の実を挙げる最良の方法ではないかと思われる。然るに原審が少年の家庭環境を以ては保護矯正を期待し得ないとなし、少年を中等少年院に送致する決定をしたのは著しく不当な処分と認められるので、少年法第三十三条第二項少年審判規則第五十条に則り主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

別紙

抗告理由補充申立書

一、原審の右少年に対する保護処分の決定は著しく不当であると思料する。

(一) 少年木下久男(仮名)に原決定摘示の非行があつたことは相違ないけれども、右少年は思慮未だ熟さず、予て交際のあつた年長者○塚○夫(当二十二年)の誘惑に負け、自己の非行の重大性を認識しないまゝ本件の非行をなしたものである。原決定摘示の(二)(四)の事実についても右少年が自ら思い立つて犯したものでなく他の(一)(三)の事実と同様○塚○夫等に使嗾された結果誤つて犯すに至つたというのが真相である。

(二) 本件非行は被害金額が相当多額にのぼつているが、被害品の大部分は被害者に還つており、右少年が利得した額は極めて僅少であり、又賍品を処分したのは主として年長者○塚○夫であり、又未処分の賍品の殆んど全部は○塚○夫の兄○塚○太○が警察署に任意提出している状況であつて、右少年が年長者等に利用され誘惑されてこの様な結果を生じたものであることは容易に推認せられるところである。一夜遊廓に遊んだことも右少年が発意したり或は好んでしたことではなく、誘はれるままにそれを断りきれずにしたことであつて、このことによつて右少年の悪性格を強く認めらるべきではないと考える。

(三) 右少年は家庭に不満があるわけでもなく、又金が欲しかつたというわけでもないのに悪友との交際と一時の気の迷いから本件の非行を犯したものであるが、右少年は十歳のとき父を失い、高等学校入学後間もなく頼るべき毋親が中風で倒れ一家の生計を維持するため、日頃敬慕していた姉が佐世保市に職を得て転居したことから家庭が淋しく、友を求めたのが誤つて悪友と交際する原因となつたものである。右少年は本件当時高等学校に通学中であつたところ学校に迷惑をかけることを懼れて姉や毋と相談して自発的に退学したが、原審において参考人として審問された学校の教官も右少年の順良な性格について述べており、右少年も亦自分の犯した罪を深く反省し将来の更生を誓つている。

(四) 右少年の保護者たる実毋○○ヒ○キ、実姉○○露○及び右少年の亡父の親友であり又亡父から後事を託されていた○弓○百○は右少年の非行とその将来につきいたく心痛し、度々右少年に面会してその心境をただし、右少年が現在においては深く反省悔悟し将来再びこのような非行を繰返さないことを誓つているところから、もう一度自分達の努力で右少年を以前の様に素直な人間に立帰らせ、一旦は高等学校を退学させたけれども、大阪市の親戚にも相談して高等の教育を受けさせ、善良な社会の一員たらしむべく出来る限りの努力をする決意を固くしている。

又右少年の家庭親族の経済的事情はこの計画を実現せしむるに充分である。

(五) 右少年は本件非行以前未だ嘗つて警察で取調をうけるような非行を犯したこともなく、悪に馴染んだのは極めて短期間のことにすぎないし、又学校で処分をうけたこともなく、学校においても相当の成績を示していたものである。

(六) 右の事情にある右少年に対しては一応は右少年とその家庭及び親族知人の努力と右少年に対する近親等の愛情とによる更生の機会を与えるため、保護処分を差し控えて自由な空気の下で勉学を継継させるか、又は重くとも保護観察所の保護観察に付せられるのが相当である。

成人の刑事々件については刑の執行猶予の制度があり、而も場合によつて、二度までも刑の執行猶予の言渡をし、保護観察に付して犯罪者の更生を図る制度が活用せられていることは短期自由刑の必然的に伴う弊害と、保護観察制度の実効性とが、経験上深く認識せられた結果に外ならない。

右少年が今日から少年院において時を過して後社会に出た場合には右少年には既に不良の烙印が押され終生その烙印に苦しめられながら暗い、後めたい一生を終る外なく、なることは極めて明白で右少年の更生は甚だしく困難となるであろう。然るに原審が右少年に対して、本件を送致した検察官においてすら保護観察に付することを相当とするとの意見を表示しているにも拘らず少年院送致の決定をせられたことは被告人に対して甚だしく酷に失するばかりでなく、少年に対する刑政の本義を誤られたものと謂はざるを得ない。

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