大判例

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福岡高等裁判所 昭和36年(う)470号 判決

被告人 熊野孝義

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審におよる訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官堀口春蔵が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の検察官土井義明提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意(事実誤認)について、

本件記録によれば、被告人は佐賀地方裁判所において、原告碇栄次被告西村貞雄間の同庁昭和三二年(ワ)第一一五号債権不存在確認抵当権設定登記抹消登記請求事件について、昭和三四年六月八日行われた第一七回口頭弁論期日に証人として宣誓した上、(一)「私は原告が私宅に原告の印鑑証明書を持つて来て、被告が抵当権を設定するため必要だから、それを渡してくれと頼まれたので渡しました。」(二)「私が見ているとき原告が被告に印鑑を渡していたので、私が預つている原告の印鑑証明書を被告に渡してよいかと原告に対し尋ねた処、よいと言うことでしたから渡しました。」(三)「原告は右被告の抵当権設定については充分承知していました。」との証言をしたこと、これよりさき大同建設株式会社の代表者である被告人は碇栄次から佐賀市赤松町字堀端小路二一六番地に旅館居宅を建築する工事を請負い、昭和三一年三月同旅館居宅一棟建坪三五坪二合五勺、二階坪三五坪二合五勺が竣工したとして碇栄次に引渡したこと、碇栄次において同請負残代金の支払をしないため大同建設株式会社はその下請負業者等に対する下請代金等の支払に窮した為被告人は碇栄次、下請負業者等と協議した結果碇栄次において直接下請負業者に対し下請代金の支払をなすこととし、各下請代金額等に応じた約束手形を振出したこともあつたが、昭和三一年七月五日大同建設株式会社が債権者を代表して前記旅館居宅に抵当権を設定することに決し、当時の請負残代金四七万余円を担保するため昭和三一年七月五日抵当権の設定登記がなされたこと、右金四七万余円中大同建設株式会社の債権は金一三万円、西村貞雄の債権は金一五万円その他の債権は金三万円乃至金七万円位であつたが、その後同年一〇月二五日大同建設株式会社の右債権が西村貞雄に譲渡せられたが他方碇栄次において同月三〇日金一〇万円の支払をなした結果西村貞雄の債権は金一八万円となつたこと、同年一二月二一日右抵当権設定登記が抹消せられると共に右金一八万円の債権担保のため新に抵当権の設定登記がなされたこと、その後碇栄次において西村貞雄を相手どり抵当権を設定したことはなく同人のなした右抵当権設定登記は碇栄次の承諾を得ずして独断的になされた登記であるとして佐賀地方裁判所に提起した訴訟が前掲民事事件であることが認められる。

ところで、原判決は(イ)前掲(一)の供述は、同一調書第一九項の「碇から直接聞いていない」との記載部分と矛盾することになるので、(一)のごとき陳述があつたことは疑わしく、従つて被告人に右陳述が虚偽であることの認識があつたかどうか疑しい。(ロ)また(二)の供述は公訴事実の被告人は碇が前記抵当権設定に承諾を与えたことを聞知した事実がないのにとの点と対応せぬのみか、碇が被告人に当時印鑑証明書を手交し、又碇方で被告人の見ているとき碇が西村に印鑑を渡したことが証拠により認められるので、右陳述は必ずしもその認識に反する虚偽のものとは認め難い。(ハ)次に(三)の供述をしたことになつているが、これに続く第一九項に、「碇から直接右抵当権設定について聞いたことはないが、西村等の方から聞いたところでは合議の上右設定ができたとのことである」旨供述しているので、被告人は西村等から聞いたことによつて右設定について碇が承諾しているものと思つた旨陳述したものであることになる。従つて、被告人が碇において右抵当権設定について承諾しているものと思つた旨の陳述がその認識に反する虚偽のものであるとは直ちに認め難いとして、偽証の証明十分でないと判示しているのである。

しかし、前記民事々件の第二四回口頭弁論における証人調書謄本によると、被告人は再度証人として、前記(一)の供述中「必要だから」というのは自分の考を言つたものであり、(二)の供述は「碇栄次が印鑑証明書を私宅に持参し、被告(西村)に渡して呉れと言うので、西村貞雄に渡して良いかと念を押した」と訂正する、また(三)の供述部分は取消す、印鑑証明書を預けられたのでそのように判断したことを証言したものである旨釈明していることが明らかであることからしても、(一)のごとき供述があつたことを疑う余地はなく、右第一九項の抵当権設定の話の成立経過は碇栄次からは直接聞かず、西村貞雄等から聞いた旨の供述があることは(一)の供述と必ずしも矛盾するものでなく、被告人において碇栄次が抵当権設定に承諾を与えたことを聞知した事実がなくとも、(二)のごとき供述をすることはあり得ることで、毫も異とするところはない。また前記第一九項のごとき供述があるからというて、(三)の供述がそのまゝ推測を表現した趣旨と見ることはできない。かくて、右第一七回口頭弁論における被告人の(一)乃至(三)の供述は単に西村貞雄等から聞いたところからして、碇栄次が抵当権設定について承諾しているものと思つた旨の供述とは到底認められず、却つてこれを全体的に見ると、碇栄次の承諾の下に抵当権設定契約が成立したとの趣旨の証言と理解するのほかはない。

而して、偽証は、これにより審判機関の証拠判断を誤らせ、ひいては審判権を害する虞があることをその可罰の根拠とすることに鑑みると、審判の対象たる事実についてのみでなく、その事実をどういう方法で経験したかという経験の経過並びにおよそ証人の陳述の信憑力に関係を及ぼす諸々の事項について、真実に反する陳述を処罰の対象とし、たとえば、単に伝聞した事実を目撃したごとく陳述し、または推測したに過ぎない事実を直接に経験したように陳述する場合は、いずれも虚偽の陳述に包含され、ともに偽証罪の成立を肯定すべきものと解するを相当とする。

これを本件についてみるに、原審証人碇栄次の供述並びに同証人に対する尋問調書、原審並びに当審証人長島ミチヨの各供述、当審証人沢野速水に対する尋問調書、大宅政利の検察官に対する供述調書、当裁判所の検証調書、押収してある領収書二通、仮領収書三通預り書一通によれば、碇栄治は営業資金、前記下請代金債務等の支払に充当するため資金の借入れを図つたが本件建物の建設は請負契約どおりに施行せられておらず、残工事又は手直し工事等をしなければならない部分が数ヶ所あつた為前記金四七万余円を担保するために設定せられた抵当権を抹消しなければ本件建物を担保として必要な資金を調達することが困難な事情があつたから右抵当権設定登記を抹消する必要に迫られていたこと、西村貞雄の本件抵当債権金一八万余円中金一三万円は被告人が本件建物とは無関係に西村貞雄に負担するに至つた債務弁済の為に昭和三一年一〇月二五日西村貞雄に譲渡せられた債権であつて、被告人は前記残工事、手直し工事を完了する迄は之が支払の請求をなさない旨約定していた債権であり且、被告人は債権金四七万余円担保のため設定せられた抵当権設定登記の抹消を承諾した後に譲渡していること、碇栄次において同抹消について、被告人以外の債権者の承諾をも得ようとして合計金二〇万円位を調達して極力債務の支払に努めた結果、前記譲渡を受けた債権を除けば西村貞雄の碇栄次に対する債権は金五万金に減少し、その他の債権者の債権も亦金一万円乃至三万円位に減少した為西村貞雄を除くその余の債権者も亦抹消を承諾するに至つたこと、碇栄次が印鑑証明書を直接西村貞雄に渡すことなく、被告人に預けた理由は、碇栄次は旅館の開業前農業を営んでいた経歴の示すように都会生活になじまず経済取引関係に暗かつた為、大宅政利から抵当権設定登記の抹消に必要かも知れないから用意するよう助言されたために外ならない事が認められる。しかも前掲各証拠に、被告人の検察官に対する各供述調書及び第二四回口頭弁論における証人調書謄本、原審並びに当審における被告人の供述を併わせて考察すると、碇栄次が西村貞雄に対し前記金一八万余円の債権について抵当権設定をなすことを承諾したことには疑を入れる余地が多分に存するのみならず、前記印鑑証明書を碇栄次において被告人方に持参した際、これを西村貞雄に渡してくれと言つたこと及び被告人が自宅で碇栄次からこれを受取る際又は一両日後に碇栄次方で同人から西村貞雄に印鑑が渡される際に、被告人がこれを西村貞雄に渡して良いかと念を押し、碇栄次が良いと答えたこと並びに被告人において碇栄次、大宅政利は勿論のこと、西村貞雄からも碇栄次が抵当権設定について承諾した旨を聞いたことは、いずれも確認するに足りない。尤も原審並びに当審証人西村貞雄、同大宅政利に対する各尋問調書に同人等の供述として碇栄次において本件抵当権設定について承諾した旨の記載があり、被告人も亦原審並びに当審を通じ碇栄次において本件抵当権設定を承諾していたことを聞知していた旨供述するも同証人等の各供述、被告人の供述は首尾一貫せず又各供述間にも矛盾撞着する点が多々見受けられるのであつて信を措き難い。してみると、被告人は碇栄次が右抵当権設定について承諾していることを確実には知らなかつたものと認めるほかなく、被告人において抵当権設定登記には必要としない前記印鑑証明書を碇栄次から預つたこと及び西村貞雄の言動等から碇栄次が抵当権設定について承諾したものと推測したものとしても、かかる推測を前述のように宛も確認したように断定的に供述した点、印鑑証明書の使途について何等の説明もなく且つ同証明書を西村貞雄に渡してくれと言われた事実がないのに西村貞雄が抵当権を設定するのに必要であるからこれを同人に渡してくれと言われたと供述した点、また被告人が印鑑証明書を西村貞雄に渡してよいかと尋ね、碇栄次がこれに同意した事実がないにも拘らず古事実があるかのように供述した点は、いずれも客観的事実に合致しないものであり、事実審判に当る者にとつて果して碇栄次が右抵当権設定について承認していたかどうかの心証形成に関し重要な意義を持つものであるから、被告人の叙上の証言が虚偽の陳述であるといわねばならないことは前に説示したところから自ら明白である。

以上説示のとおりであるから、被告人の前掲第一七回口頭弁論においてなした(一)乃至(三)の証言が虚偽のものであるとは認め難いとして無罪の言渡をした原判決は証拠の取捨、その証明力の判断を誤つた結果事実を誤認したものというほかなく、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項に基き原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

一、罪となるべき事実。

被告人は、碇栄次が西村貞雄に対し自己の同人に対する債務金一八万余円の担保として自己の所有にかかる佐賀市赤松町字堀端小路二一六番九〇木造瓦葺二階建旅館居宅一棟建坪三五坪二合五勺二階坪三五坪二合五勺に抵当権を設定する旨の承諾を与えたことを確認していないにかかわらず、昭和三四年六月八日佐賀地方裁判所において原告碇栄次被告西村貞雄間の昭和三二年(ワ)第一一五号債権不存在確認抵当権設定登記抹消登記手続請求事件の第一七回口頭弁論において、証人として宣誓した上「私は、原告が私宅に原告の印鑑証明書を持つて来て、被告が抵当権を設定するため必要だからそれを渡してくれと頼まれたので渡しました。」「私が見ているとき原告が被告に印鑑を渡していたので私が預つている原告の印鑑証明書を被告に渡してよいかと原告に対して尋ねた処よいという事でしたから渡しました。」「原告は右被告の抵当権設定については充分承知していました」旨虚偽の証言をなし、もつて偽証したものである。

二、証拠の標目。(略)

三、法令の適用。

被告人の判示所為は刑法第一六九条に該当するから所定刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し、情状に鑑み同法第二五条第一項により本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項に従い被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 中村荘十郎 臼杵勉)

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