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福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)593号 判決

主文

原判決を左のとおり変更する。

別紙目録記載の物件につき、控訴人井手一は九分の一、その余の控訴人らは各一八分の一の共有持分権を有することを確認する。

被控訴人は控訴人らに対し、別紙目録記載の宅地につき、福岡法務局三井出張所昭和四一年一月一二日受付第一五八号をもつてなした所有権移転仮登記、別紙目録記載の建物につき、同法務局同出張所同日受付第一五六号をもつてなした所有権移転仮登記を、いずれも昭和四一年四月二一日相続を原因とする共有持分権九分の三の移転仮登記にそれぞれ更正登記手続をせよ。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その一を控訴人らの連帯負担とし、その二を被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

控訴代理人らは「原判決を取り消す。別紙目録記載の物件(以下本件宅地建物という)につき、控訴人井手一は一八分の一〇、その余の控訴人らは各一八分の一の各割合による共有持分権を有することを確認する。被控訴人は控訴人らに対し、別紙目録記載の宅地(以下本件宅地という)につき、福岡法務局三井出張所昭和四一年一月一二日受付第一五八号をもつてなした所有権移転仮登記、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)につき、同法務局同出張所、同日受付第一五六号をもつてなした所有権移転仮登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張

(一)  控訴人らの請求原因

(1)  控訴人らの父亡井手篤太郎は昭和三六年五月一五日本件宅地を訴外小池米吉より買受けて、その所有権を取得(同月一七日登記経由)したうえ、同年七月頃右宅地上に本件建物を新築してこれを所有していた。

(2)(イ)  控訴人井手一は、昭和三八年四月二一日、篤太郎より、本件宅地建物の二分の一の持分権の贈与(生前贈与。しからずとするも死因贈与)を受けた。

(ロ) 篤太郎は昭和四一年四月二一日死亡し、控訴人らはその子として、被控訴人は妻として、本件宅地建物のうち控訴人井手一に譲渡された持分を除くその余の持分権を、それぞれ法定相続分に応じて相続した。

(ハ)  右により、本件宅地建物につき、控訴人井手一は十八分の一〇、その余の控訴人らは一八分の一、被控訴人は一八分の二の各割合でそれぞれ共有持分権を有することとなる。

(3)  しかるに、被控訴人は、篤太郎の生存中、同人を相手方として、昭和三八年四月二一日同人より本件宅地建物の贈与を受けその所有権を取得したと主張して、福岡地方裁判所久留米支部に仮登記仮処分の申請をなし(同庁昭和四一年(モ)第五号事件)、これが仮処分決定を得て、本件宅地につき福岡法務局三井出張所昭和四一年一月一二日受付第一五八号をもつて、本件建物につき同法務局同出張所同日受付第一五六号をもつて各所有権移転の仮登記をなした。

(4)  しかしながら、後記の事実関係から被控訴人が本件宅地建物の所有権を有する旨の主張は理由がなく、右仮登記は真実の権利関係と符合しないものであるから、控訴人らは本件宅地建物に対する共有持分権の確認を求めるとともに、右仮登記の抹消登記手続を求める。

(二)  被控訴人の抗弁に対する答弁ならびに再抗弁

(1)  篤太郎が被控訴人に対し、主張の日に、本件宅地建物の二分の一の持分権を贈与する旨約したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  篤太郎と被控訴人は、昭和三六年四月三日事実上の婚姻をなし、同年九月一九日その届出を了した夫婦であり、本件建物に同居していたが、篤太郎は、昭和三八年四月二一日、被控訴人に対し、被控訴人が終生妻として篤太郎の看護をなし、同人死亡後は控訴人井手一と同居することを条件に、篤太郎の死亡により効力を生ずる本件宅地建物の二分の一の持分権の贈与(負担付死因贈与)をなしたのである。その際前記のごとくその余の持分権が控訴人井手一に贈与されたのであつて、そのすべてが被控訴人に贈与されたのではない。

(3)  その後篤太郎は、昭和四一年一月一四日到達の同月一一日付内容証明郵便をもつて、被控訴人に対し、民法第七五四条(夫婦間の契約取消権)に基づき、前記負担付死因贈与契約を取り消す旨の意思表示をなし、これにより右契約は消滅した。しかして右契約取消に至る経緯は次のとおりであつて、その取消権の行使は適法である。

篤太郎は昭和四〇年八月癌腫の疑いで入院し、同年九月二六日全治しないまま退院し、自宅療養を続けたのであるが、被控訴人は篤太郎に対し、生存中に本件宅地建物の所有権移転登記手続をなすよう求めるのみで同人の看護を怠り、外出することも多く、同人を放置することも屡々であつたので、身の危険を感じた同人は、やむなく同年一二月二二日控訴人井手一方へ移転したが、被控訴人は移転を拒み、篤太郎との同居を拒否した。加えて、被控訴人は病気入院中の篤太郎を相手方として福岡家庭裁判所久留米支部に本件宅地建物および現金一〇〇万円の贈与を求める調停を申立てたが、篤太郎が死因贈与を主張したため不調に終り、その後前記のとおり仮登記仮処分決定を得て仮登記手続をなしたのである。しかして、被控訴人に対する贈与は負担付死因贈与であるから、受贈者が贈与者の信頼を裏切る行為をなした場合、贈与者がこれを容易に取り消すことが認められてしかるべきところ、篤太郎は被控訴人が、病気看護の義務を怠り、かつ契約の趣旨に反して背信的所為を繰り返したので、たまりかねて前記のごとく贈与契約取消の意思表示をなしたのである。

(三)  被控訴人の答弁ならびに抗弁

(1)  控訴人らの請求原因(1)(3)の事実および同(2)の事実中篤太郎が主張の日に死亡して相続が開始し、かつ控訴人らおよび被控訴人がその法定相続人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  被控訴人と篤太郎は控訴人ら主張のごとき経緯で結婚した夫婦であり、本件建物に同居していたものであるが、昭和三八年四月二一日、被控訴人は篤太郎より本件土地建物全部の生前贈与を受け、その所有権を完全に取得したのであつて、控訴人ら主張のごとき負担付死因の贈与契約ではない。仮りに右贈与が死因贈与であつたとしても、篤太郎は前記のとおり死亡したので贈与の効力が生じているのであるから、被控訴人が所有権を取得したことにはかわりがない。

(四)  控訴人らの再抗弁に対する被控訴人の答弁ならびに再々抗弁

控訴人ら主張の贈与契約取消の主張は否認する。もつとも、被控訴人が主張の日に主張の内容証明郵便を受領したことは認めるが、右内容証明郵便掲記の篤太郎の代理人名義による贈与契約取消の意思表示は篤太郎の真意に基づいてなされたものではないからその効力を生ずるに由なきものである。

仮りに右取消の意思表示が篤太郎の意思に基づくものであつたとしても、当時、篤太郎と被控訴人は、本件宅地建物に関し、福岡家庭裁判所久留米支部において係争中であり、かかる係争状態のもとにおいては、民法七五四条に基づき契約を取り消すことは許されず、従つて右意思表示はその効力を生ずるものではなく、また右贈与取消は、被控訴人の将来における生活の期待権を失なわせるばかりでなく、生活権そのものを破壊するもので、権利の乱用であり、公序良俗に反する違法の行為である。

三、証拠関係(省略)

理由

一、控訴人らの請求原因(1)、(3)の各事実については当事者間に争いがない。

二、控訴人らは、篤太郎が昭和三八年四月二一日、控訴人井手一と被控訴人に本件宅地建物の二分の一宛の持分権をそれぞれ贈与(但し被控訴人については負担付死因贈与)した旨主張し、これに対し被控訴人は本件宅地建物全部の贈与を受けた旨主張する。

(1)  原審証人井手ハツヱ、同西本正吉の各証言、原審における控訴人山田マサヱ、当審における控訴人池田君代、および被控訴人各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、昭和三六年四月三日篤太郎の後妻として嫁ぎ同年九月一九日婚姻の届出をなし、本件建物に同居したが、当時篤太郎は六七歳の老人で二二年の年令差があるため、同人の死後における自己の生活に不安を抱き、篤太郎もまたこれを配慮し、自己の死後における被控訴人の生活の方策をたて、かつ自己の遺産相続について、控訴人らと被控訴人が争うことを予防すべく考え、昭和三八年四月二一日、控訴人井手一方に篤太郎、被控訴人夫婦と控訴人大山、同久富を除くその余の控訴人が集まり、花見の宴を催した際、同人らに右自己の考えを述べるとともに、被控訴人および訴控人らに自己の主要な財産を、死亡により効力を生ずる死因贈与をなす旨申し出で、右出席者一同もこれを了承してその口述内容を書面に作成したことが認められる。右認定に反する証拠はない。

(2)  ところで控訴人らは、その際篤太郎の意思に基づき作成された書面は甲第四号証(決議事項)である旨主張し、被控訴人は乙第一号証(決議事項)がその書面である旨主張する。

しかして甲第四号証と乙第一号証を対照して検討すると、両者はインクを異にし、かつ作成署名者名下の印が一部異つている(井手一、山田マサヱにつき甲第四号証は指印であるのに乙第一号証では印鑑が押捺されている)ことから、両者は機会を異にして作成されたものと認められる。そうして

(イ)  甲第四号証の決議事項第三項には「小郡の家・屋敷は全部井手一に譲る」同第四項には「小郡の家・屋敷は全部井手絹枝に譲る」(なお、小郡の家・屋敷が本件宅地建物を指していることは弁論の全趣旨より明らかである。

なお、乙第一号証には右第三項の井手一に譲る旨の記載はなく、井手絹枝に譲るとのみ記載されている。)と記載されており、右記載が控訴人ら主張のごとき趣旨、すなわち、本件宅地建物を控訴人井手一と被控訴人の両名に平等の持分による共有とする趣旨とは到底理解することのできない文面であり、むしろ篤太郎が甲第四号証掲記のごとく相矛盾する二項目を口述した場合には、事柄の性質上、控訴人井手一と被控訴人のいずれに贈与するのか或いは両名の共有にするのか、その趣旨を明確にして記載するのが社会通念に合致した方法といえるのであつて、かかる措置が執られていない甲第四号証の記載自体から、同号証が前示花見の宴に際し全員の前で作成された文書ひいては篤太郎の意思を正しく記載している文書であるかどうか極めて疑わしいのであつて、右記載が共有の趣旨をもつて篤太郎の真意を表わしている旨の原審証人福永進、同井手ハツヱの各証言、原審における控訴人井手一、同福永シヅカ、同山田マサヱ、当審における控訴人池田君代各本人尋問の結果は到底信をおきがたい。

(ロ)  原審における控訴人井手一、同福永シヅカ各本人尋問の結果中には、乙第一号証は、甲第四号証が作成された後甲第四号証の写がほしいとの被控訴人の要請により、被控訴人の記憶に基づいて同人が口述するままに控訴人福永シヅカが筆記したもので、内容の正確性を吟味しないまま篤太郎や控訴人ら(大山、久富を除く)が署名して作成したものである旨の陳述がある。しかし、甲第四号証と乙第一号証を対比すると、「小郡の家・屋敷は全部井手一に譲る」とある部分を除いて、両者に一字一句相違がなく、基本となる文書を対照することなく記憶のみで口述されたものとは到底信じ難く、しかも右陳述のごとくであるならば、本来同一内容たるべき文書であり、かつ利害の対立する被控訴人が後日の証拠にするため求めたと思われる文書に、篤太郎および控訴人らのうち四名の者までが署名押印しているのに(なお乙第一号の成立については当事者間に争いがない。)、前記の相違があることを誰も気がつかなかつたということはあまりにも不自然であり、乙第一号証の作成経過に関する前記陳述は措信できない。

(ハ)  右(イ)(ロ)に加えて、後記のごとく乙第一号証の記載内容が、当時の篤太郎の真意に合致していると認められることを併せ考えると、甲第四号証は前示篤太郎の贈与の意思を正しく記載した文書とは認めることができない。

そうして、他に、控訴人井手一が本件宅地建物の二分の一の持分権の贈与を受けた事実を肯認するに足る証拠はないので右主張は採用しない。

(ニ)  成立に争いのない乙第一号証、乙第四号証の一ないし四、原審証人西本正吉の証言原審における控訴人福永シヅカ本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、乙第一号証に存する署名押印が各名義人のものであることについて争いがないのみならず、控訴人井手一、同池田君代、同山田マサヱ名下にはそれぞれの印鑑が押捺されており(但し控訴人山田のそれは夫山田虎夫の実印であることが同控訴人の原審における本人尋問の結果より認められる。)、また乙第一号証の第三項および第五項中には被控訴人の通称「井手信子」と記載された後「信子」を戸籍名の「絹枝」に訂正されていること(この点甲四号証には「絹枝」と記載されて右のごとき訂正はない。もし控訴人ら主張のごとく乙第一号証が甲第四号証を基本にして作成されているのであれば、前示のごとく、文言に一字一句相違がなく、右両文書のいずれかは他の基本となる文書を対照筆写されたと推認されることを併せ考えると、乙第一号証には右のごとき訂正を生ずる余地はないのであつて、これが存すること自体同号証が甲第四号証を基本としていないものであることの証左というべきである。)、更には、被控訴人は、昭和四〇年一〇月二一日篤太郎を相手方として、福岡家庭裁判所久留米支部に、本件宅地建物のほか現金一〇〇万円の贈与を求める調停を申立て、右事件の調査ならびに同年一二月八日の調停期日において、篤太郎は本件宅地建物の死因贈与を主張し、かつ金一〇〇万円の贈与約定を否定しながら、本件宅地建物の二分の一の持分権を控訴人井手一に贈与している趣旨のことは何ら述べていないことなどの事実が認められ、これらの事実に原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果を総合すると、乙第一号証が前示篤太郎の意思を正しく記載した文書であつて、篤太郎は昭和三八年四月二一日、被控訴人に本件宅地建物全部を死因贈与したことが認められるのである。

(ホ)  なお右贈与が負担付であつたとの控訴人らの主張はこれを肯認するに足る証拠はない。

また原審証人井手ハツヱの証言および原審における控訴人福永シヅカ本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、乙第一号証の第一項に記載されている端間の家・屋敷とは、控訴人井手一の居住する乙第九号証の一、二の宅地建物と目され、成立に争いのない乙第九号証の一、二、四によると、右宅地建物が、篤太郎の生存中に、売買或いは贈与名義で同控訴人へ所有権移転登記が経由され、また篤太郎所有の九州電力株式会社の株式がその生存中に控訴人らの子供らに名義変更されており、前記乙第一号証の第一項(端間の家・屋敷は井手一に譲る。)、第四項(九電株六〇〇株宛は女姉妹五人に譲る。)がほぼ同記載の趣旨に副つて実現されていることが認められるけれども、右は、いずれも乙第一号証作成後既に約二年八ケ月を経過し、かつ前記調停期日が開かれ、被控訴人が前示のごとく生前贈与を求めていることが明確になつた後のことで、被控訴人の調停申立(しかも当時篤太郎が病気療養中であつたことが、前示西本証言ならびに原審における被控訴本人尋問の結果より明らかである。)という新たな事態が生じたことに対応し、篤太郎の財産処分がなされたものと推測されるから、右認定のごとき生前の財産処分があるからといつて、乙第一号証作成時における同号証掲記の贈与の趣旨が、死因贈与であると認定する妨げになるものではない。

三、そこで控訴人らの契約取消の主張につき判断する。

(1)  成立に争いのない甲第五号証の一、二、ならびに弁論の全趣旨によると篤太郎は弁護士古賀久仁衛に前示被控訴人に対する贈与契約の取消方を委任し、同弁護士は被控訴人に対し、昭和四一年一月一四日到達の同月一一日付内容証明郵便をもつて、民法第七五四条の夫婦間の契約取消権に基づいて右契約を取り消す旨の意思表示をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、民法第七五四条に基づく夫婦間の契約の取消は、夫婦が正常な関係にある間に限られ、夫婦の関係が破綻した後においてはもはや同条による取消権の行使は許されないと解すべきである(最高昭和四二年二月二日判決民集二一巻一号八八頁)。しかして成立に争いのない乙第三号証、第四号証の一ないし四、第五号証の一、二、第六号証の一、二、原審証人福永進、同井手ハツヱの各証言、原審における控訴人福永シヅカ、同山田マサヱ、同井手一、当審における控訴人池田君代、原審における被控訴人各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、「篤太郎は肝硬変(癌疑)、慢性胃腸炎により、昭和四〇年八月二一日より同年九月二六日まで、小郡町の嶋田医院に入院し、全治せぬまま退院して本件建物において療養を続けたが、この間、被控訴人は、被控訴人が篤太郎より本件宅地建物の贈与を受けることにつき、控訴人らが妨害することをおそれ、篤太郎の生存中にその移転登記手続を受けようと考え、再三同人にこれを要求したが、同人が死因贈与を主張してこれに応じなかつたので、夫婦の仲は円満を欠くようになり、被控訴人の同人に対する看護もとかくおろそかになり、前示調停係属もあつて、同年一二月二二日頃、控訴人井手一、同福永シヅカ、同山田マサヱ、同池田君代らが相談のうえ、被控訴人の反対をおしきつて、篤太郎を家財もろとも井手一宅に移転させ、同家において同人を看護するに至り、他方被控訴人は井手一方への移転を拒み、篤太郎と別居して本件建物に独居し、時折篤太郎を見舞うくらいであつた。しかしてこれより先、被控訴人は、前示のとおりの調停を申し立て、本件宅地建物の登記を求めたが、篤太郎は当初あくまで生存中の登記を拒否し、次いでその後右調停係属中に前示のとおり前記贈与契約取消の意思表示をなし、不成立となつた昭和四一年一月一七日の調停期日には、篤太郎の代理人弁護士古賀久仁衛が『離婚を承知すれば現金五〇万円を支払う』旨述べて被控訴人に離婚を求めている。次いで篤太郎は、同年二月七日、被控訴人を相手方として、福岡家庭裁判所久留米支部に離婚の調停を申立て、同年三月四日不成立となり、更には、同年三月二二日、被控訴人より篤太郎を相手方として本件建物への同居ならびに生活費の支払を求める調停を申立てたが、その係属中に篤太郎は死亡した。これらの家事調停係属中の昭和四〇年一月初旬、篤太郎は本件宅地建物を第三者に売却すべく、買主との間に代金をもとりきめ、その所有権移転登記手続を準備しているうち、これを知つた被控訴人が前示のとおり仮登記手続をした。」以上の事実が認められる。原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、前示契約取消の意思表示がなされた当時、もはや篤太郎と被控訴人間の夫婦関係は破綻状態にあつたというべく、かかる状態のもとになされた取消の意思表示は、夫婦間の契約取消権の行使としてはその効力を生じ得ないものといわなければならない。

(2)  しかしながら、篤太郎と被控訴人間の贈与契約は、前示のとおり、篤太郎の死亡により効力を生ずる死因贈与と認められるところ、死因贈与には遺贈に関する規定(民法五五四条)ひいては遺言の取消に関する民法一〇二二条の規定(遺贈が単独行為であることに由来する同条の取消の方式に関する部分を除いて)が準用され、従つて、贈与者はいつでもこれを取り消すことができるものというべく、かつ弁論の全趣旨によると、前示贈与取消の主張には死因贈与の取消の主張を包含しているものと解されるので、前示取消の意思表示によつて、前示死因贈与契約は有効に取り消されたものといわなければならない。

四、してみると、その余の点につき判断するまでもなく、本件宅地建物は篤太郎の遺産として残されたものというべきところ、同人が昭和四一年四月二一日死亡して相続が開始し、控訴人らは子として、被控訴人は妻として相続分に応じて、同人の遺産を相続したことについては当事者間に争いがなく、法定相続分に従い本件宅地建物を相続すると、控訴人らの持分が各九分の一、被控訴人の持分が九分の三であることが明らかである。

五、だとすれば、被控訴人がなした前示仮登記は、その登記時においては何ら実体的権利を伴わないものとして全部抹消さるべきであつたが、その後生じた相続により、現在においては、右仮登記は九分の三の持分権の移転仮登記として真実の権利関係と符合しているので、かかる場合には右仮登記を全部抹消することなくこれを真実の権利関係に符合するよう更正登記をすれば足りるものと解する。

六、よつて、控訴人井手一の持分権確認請求は、前示認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、その余の控訴人の持分権確認請求は前示認定の持分権の範囲内の請求であるから、正当としてこれを認容し、また控訴人らの仮登記抹消登記請求は、昭和四一年四月二一日相続を原因とする持分権九分の三の移転仮登記に更正登記をなす限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄卸すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は失当として変更を免れず、本件控訴は一部理由がある。

よつて民訴法三八六条、九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

物件目録

一 福岡県三井郡小郡町大字小郡字前伏二四七番地の五

宅地 二八三・〇四平方米(八五坪六合二勺)

二 同所同番地の五

家屋番号第二四七番五

木造セメント瓦葺平家建居宅

床面積 八一・九八平方米

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