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福岡高等裁判所 昭和45年(う)600号 判決

被告人 津田守 外五名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人熊川文芳、同甲斐昭一、同永野荘八の弁護人斎藤鳩彦提出の控訴趣意書、及び、被告人津田守、同野口楯雄、同高田勝義の弁護人敷地隆光提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官森崎猛提出の答弁要旨記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

第一、弁護人斎藤鳩彦の所論第一点理由不備ないし理由くいちがいの違法について。

所論は、弁護人らの原審での主張は、本件公訴提起は公訴権行使の一般的基準に対比して客観的に不当であり、日本共産党の政治活動に対し差別的取締ないし弾圧を加えることを目的としてなされた相当の疑いがあり、憲法第三一条、第一四条、第一五条第二項、第一九条に違反し、かつ公訴権の濫用にわたる違法なものである疑があるところ、公訴権濫用事実不存在の実質的挙証責任は検察官にあり、本件訴訟状態では被告人側の形式的挙証責任は果されているに拘らず検察官においてその挙証責任を果していないから、本件公訴は棄却せられるべきであると主張したのに、原判決は、右弁護人らの主張を歪曲して「市街地の電柱にビラ等が貼られていても事案軽微として一般に起訴猶予となつているに拘らず、被告人らのみが起訴せられたことは共産党の政治運動に対する弾圧であり憲法第一四条に違反するし、福岡県屋外広告物条例が「都市の美観風致の維持」というとらえどころのない法益を保護するため電柱などへのビラ貼りなどを規制することは憲法第二一条に違反する。」旨要約し、弁護人の立証した諸事実の中から右論点を排斥するのに都合の悪い事実を選び出してきているにも拘らず、順次全論点を否定排斥しえたとし、その他の諸事実ないしその綜合的又は分析的な意義には一切目をつむつて、弁護人らの全主張について判断したかのように見せかけているのであり、更に、その要約と判断方法内容は甚だ不合理であつて、明白に経験上論理上の法則に反しており、更に公訴権濫用の法律論として起訴に対する検察官の主観的意図の不法或いは一般的基準との対比における客観的不当の二つの場合があるとしながら、その具体的適用に当つては、その双方が具備されることが必要であるとの判断に変更し、その間に矛盾撞着があり、これは理由の不備又はくいちがいの違法であつて破棄を免れない、というのである。

よつて検討するに、裁判所は所論のような弁護人の主張に対しては必ずしも逐一全部にわたつて判断を示さなければならないものではないから、弁護人の右主張全般にわたつて判断をしていないからといつて直ちに所論のような絶対的控訴理由が存するものとはいわれない。ところで原判決は弁護人主張の憲法第一五条第二項、第一九条、第三一条の条文を挙示していないこと所論のとおりであるけれども、公訴権濫用の主張を排斥するにつき、検察官が公訴提起に際し公務員たるの職責に反し公訴権本来の目的と異る意図の実現を期して起訴したものとは認めるに足りないと判示し、本件公訴を適法有効なものとして取扱い、右憲法の条項に違反しない旨実質上判断していることが窺われるから、形式上右条項を挙示して説明しなかつたとしても何等判断が示されていないとはいわれない。また、原判決も断つているように、原判決は弁護人主張の論点中主要な点を要約するとして、本件同種の事件中主要な例につき比較検討して説示しているのであるが、弁護人が力説した他の多くの点を抽出して論じなかつた当否はともかくとしても、原判決を仔細に検討すれば、その説示自体において経験上論理上の法則に反している点はなく、理由不備ないしくいちがいは存しない。原判決における公訴権濫用の法理とその具体的適用の点についても、原判決が公訴権濫用の成立する場合として説示する個所は福岡高等裁判所の裁判例(昭和四三年二月二一日言渡判例時報五一六号八九頁下段)の引用であるが、その判決文は必ずしも弁護人所論のように二つの要件の一つに該当する場合を公訴権濫用になると断定したものとは言い難く、逆に、二つの要件が加わつた特殊な場合を公訴本来の効力を否定すべき濫用の場合としたものとも解せられるのであつて、原判決もかく解したものと窺われるから、原判決には何等の矛盾撞着はないのである。論旨は理由がない。

第二、弁護人斎藤鳩彦は論旨第三点において公訴権濫用の法理について論ずるので、本件に関係のある限りにおいてその要件を述べることとする。

本件で問題となつているのは事案が軽微で一般起訴猶予基準と比べて起訴猶予相当と思われる案件について起訴された場合の公訴権濫用の法理である。ところで刑事訴訟法第二四七条は公訴は検察官がこれを行うこととし、検察庁法によつて検察官の資格を厳格に規定し、適格性を審査し、検察官一体の原則に従い、刑事訴訟法第二四八条のいわゆる起訴便宜主義により公訴権の適正な運用をはかつており、反面、不起訴処分に対しては検察審査会法に基づき審査の申立又は刑事訴訟法第二六二条の請求ができるのである。しかし起訴処分については公訴権濫用である旨の不服申立方法を規定した条項が存しないのである。これは法が検察官の良識を信じ、検察官に広般な裁量権を附与しているものと解するのを相当とするのである。しかし、検察官の起訴不起訴の処分は訴追裁量であつて司法の公平な運用の一端を荷うものであり、厳正公平を要請されること当然である。そしてそれは同時に行政処分であり、従つて憲法第八一条の「処分」に含まれ、違憲審査の対象となるものと解される。しかし、三権分立の原則によつて起訴不起訴の処分は検察官の裁量行為とされているのであつて、裁判所が起訴処分を公訴権の濫用とし無効とする場合があるとすれば、それは検察官の公訴提起が、同種事案に対する一般的起訴猶予基準に対比して客観的に起訴猶予にせられるべきことが極めて明白であるのに何等合理的理由なくして著しく不当に差別的に起訴せられたという不当差別の客観的要件と検察官の公訴提起に不当差別の目的的積極的悪意があるという不当差別の主観的要件を具備することを要するものと解するのを相当とする。従つて、単に検察官の処分の不当を非難するに過ぎない場合や、又は同種事犯者で起訴猶予となつている者が他に多数存在するというだけでは足りず、その著しい不当が違法である所以を明らかにするものでなければならず、また検察官の過失怠慢が存するだけでは足りないといわねばならない。憲法第一四条違反又はこれに準ずる差別例えば私怨、理由なき政治活動の弾圧を目的とする差別的取扱のごときが右各要件に認められる場合においては当該公訴提起は公訴権の濫用として無効たるを免れないといわなければならない。弁護人斎藤鳩彦は公訴権濫用を不法目的による公訴提起と起訴便宜主義の濫用の場合(一般の起訴猶予基準に対比して客観的に不当な起訴をすること)とに分けて論ずるようであるけれども、たやすく左袒し難い。

第三、公訴権濫用の事実上の所論について。

弁護人斎藤鳩彦の所論は、本件公訴提起は、少くとも公訴権行使の一般的基準に対比して客観的に不当であり、日本共産党の政治活動に対して差別的取締ないし弾圧を加えることを目的としてなされた相当の疑いがある、即ち、本件公訴提起は、憲法第三一条、第一四条、第一五条第二項、第一九条に違反し、かつ、公訴権の濫用にわたる違法なものであるとの相当の疑いがあるとし、その理由として、(1)被告人高田外二名は逃走をはかつていないし現場で逮捕せられてもいない、(2)本件事件当夜及びその後大川署は必要以上に大捜査網を張つたものであること、(3)大川署における福岡県屋外広告物条例違反報告は年間一二〇件位であるが立件されたのは本件二件の外は木下サーカス事件こと澄川賢治のみであるが、これも本件の巻添を受けたものであること、(4)大川署は大川市交通安全協会向島支部ビラ貼り事件を悪質であるに拘らず剥がしたのみで不問に付したこと、(5)福岡県下においては昭和三九年八月から昭和四〇年七月までの間共産党系と目される政治的宣伝ビラ貼り事件四件八名が起訴されたが、その後は検挙されたものの起訴されていないところ、これは本件を含めて政治的弾圧を糾弾する公判闘争が関係していると思われること、(6)当初の逃走、黙秘、ビラの枚数、犯行の現認、犯人の明白は起訴を裏付ける情状の内容をなすものではないこと等を挙げ、更に検察官は大川署の弾圧に加担したか又は無批判漫然と又は他の誤つた動機から公訴を提起したもので、いずれの場合も公訴を違法ならしめるものであり、しかも公訴権濫用事実不存在の実質的挙証責任は検察官に存し、本件訴訟状態では右の相当の疑が生じているので、被告人側の形式的挙証責任は果されているところ、検察官はその挙証責任を果していないから、結局本件公訴は無効であり不適法というべく、原判決を破棄し刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却すべきである、というのである。

また、弁護人敷地隆光の所論は、福岡県屋外広告物条例の保護法益は都市の美観風致にあるが、右条例は個人の刑事責任を追求するよりも行政的取締を目的とする実情にあるのであり、大川市交通安全協会向島支部のビラ貼り事件が大川署により電話で剥ぐよう指示されたに止まつたことはこの条例の取締方針を示すものであるが、刑事訴訟法第二四八条は検察官に無制限の起訴便宜主義を附与したものではなく、自ら合理的な制限が内在するといわなければならないところ、毎年一二〇件もの本件条例違反事件がありながら僅かに被告人らと木下サーカス事件のみが起訴せられたこと自体不可解であり、被告人らは犯情悪質でなく事案極めて軽微であつて、不起訴が相当であること明白であるのに、本件公訴提起は、その後の同種起訴事件に照らしても被告人らが共産党員であり、かつ、ビラの内容が政治的色彩が強いものであつたが故になされた疑が強く、公訴権の濫用と目すべきところ、弁護人が公訴権濫用の事実を明らかにした場合検察官は右不存在の事実を実質的に挙証すべき責任があるが、本件ではこれを果していないから、刑事訴訟法第三七八条第二号により原判決を破棄し、同法第三三八条第四号により公訴棄却の判決をすべきである、というのである。

よつて、以下順次検討することとする。

(一)  大川警察署における捜査。

原審第一五回公判調書中の証人江藤実夫、同猿渡孝の各供述記載部分によれば、同人等は昭和四〇年五月一八日夜大川警察署勤務として自動車で市内を巡視中、午後一〇時四〇分頃偶然原判示一のとおり被告人津田、野口、熊川が原判決別紙第一の1記載の電柱にビラ貼りをしているのを現認し、福岡県屋外広告物条例違反と思つて職務質問のため氏名住所を尋ねたが答えないので、交通の妨げになると認めて大川警察署に任意同行を求め、同日午後一一時前頃同署に同行したこと、同被告人らは初め質問に答えなかつたがやがて供述を始めたので供述調書を作成し、任意提出書、領置調書、現認報告書等を作成したこと、一方、原審第一四回公判調書中の証人占部政義、同木村左門の各供述記載部分によれば、同人らは大川警察署勤務巡査として五月一八日夜一一時頃勤務を終え、制服の上衣を脱いだままの姿でタクシーに同乗して同署より同市東町駐在所に帰る途中、午後一一時一〇分頃偶然原判示二のとおり被告人高田、甲斐、永野が原判決別紙第二の1記載の電柱にビラ貼りをしているのを現認し、同条例違反事件として職務質問のためタクシーから下車して被告人らに警察の者だがと声をかけたところ、逃げ出したので追い掛けて被告人ら三名を捕え、同条例違反である旨を告げ氏名住所を聞いたが答えないため逮捕せざるをえなくなり、現行犯逮捕する旨を告げて逮捕し、明治町駐在所へ連行し、更に自動車で大川署へ至り、直ちに現行犯逮捕手続書、領置調書を作成し、午前二時頃被告人らの氏名が判明した旨の報告書等を作成したこと、その結果、被告人ら六名は五月一九日午前四時頃までには全員釈放又は帰宅されたこと、(証拠略)によれば、大川署の一八日の宿直員は五名で、人員も少いところ、夜中に六名もの被疑者が逮捕又は同行せられて来たため、宿直であつた大石巡査長は同条例係である防犯係長有田安吉を急遽呼出し、同人は鶴田次長の来署を仰ぎ捜査の指揮をうけて方針の相談をしたこと、その他各被告人の身上調査に関する照会書、久留米土木事務所長宛本件ビラ掲示の許可内容の照会書等の発送等も五月二一日頃にはなしてその回答を受け、早期に殆んどその捜査を終了していることが認められる。

ところで、弁護人らは被告人高田らが逃げ出したのは警察官らを与太者と誤認したためであり現場で逮捕せられていないと主張し、被告人高田、永野の斎藤弁護士に対する供述調書(刑事訴訟法第三二八条の書面)にはこれに副う供述があるけれども信憑性がない。

以上によれば、本件は大川警察署の側からすれば、偶然の機会に同じ日の夜、二件現行犯を現認し、一方は現行犯逮捕他方は任意同行したものであつて、予め意図して検挙したと疑わしめる証拠は全く存しない。このことは同夜の大川署の当直人数が五名に過ぎず、人手不足のため急遽担当の防犯係長はじめ次長の来署を仰いで捜査に当つたことからも窺われるのである。夜中六名もの臨時取調がある場合かように上司の来署を仰ぎ捜査及び立件等の相談をすることは何等異とするに足りないものといわねばならない。ところで、被告人らの司法警察職員に対する供述調書によればビラ貼りを誰から頼まれたか等につき供述にくいちがいがあるけれども、それは敢て問わず、被告人らをとりあえず帰宅させているのであつて、大川警察署の捜査において被告人らに対し特別の偏見差別を抱いていたと窺われるふしはなく、何らかの予断やためにせんとする意図が存し、政治活動思想活動を弾圧するため検挙し捜査したと疑うに足りない。斎藤弁護人は立件送致の判断は捜査活動に入る前有田係長の出署以前既になされていたというけれども、何の根拠もないといわなければならない。

(二)  本件事案の内容。

(証拠略)によれば、被告人津田、野口、熊川は共謀の上、前同日夜原判決別紙第一記載のとおり二七箇所の国道の電柱に〈1〉「農業構造改善政策反対、農民の生活と経営を守れ、共産党」〈2〉「憲法改悪軍国主義復活反対日韓会談を粉砕しよう、共産党」〈3〉「アメリカのベトナム侵略反対、アメリカはアジヤから出ていけ、共産党」〈4〉「安保共斗の即時聞再開、すべての民主勢力は決起しよう、共産党」〈5〉「5・30大集会、戦争と侵略の軍事同盟日韓会談反対」〈6〉「5・30大集会、安保共斗安保青学共斗の即時再開、全民主勢力は団結して安保のように斗おう」と赤、青、緑色等で印刷した縦五二・八センチメートル横一九・二センチメートルのビラ合計四九枚を地上一・六メートルの高さに糊で一面に貼りつけたが、同行を求められた際なお二七六枚を所持していたものであり、被告人高田、甲斐、永野は共謀の上、前同日夜原判決別紙第二記載のとおり八箇所の市役所前や商店街等の電柱に〈1〉ないし〈4〉のビラ合計一二枚を地上一・六メートルの高さに糊で一面に貼りつけ、逃走する直前なお相当数所持していたことが認められる。なお(証拠略)によれば、被告人らは日本民主青年同盟に加入しているか又はその同調者で、大川市公民館で行われた歌声の会の終了後某所に集り、被告人津田、野口、熊川が一組となり、被告人高田、甲斐、永野が一組となつて本件ビラ貼りを依頼されて行つたこと、いずれも前科等のない普通の労働者であることが認められる。尚、右ビラの内〈1〉ないし〈4〉については同年五月一六日付をもつて日本共産党筑後委員会北村瞳より久留米土木事務所長宛許可申請があり、同日付で同年六月一五日まで、電柱、橋梁、街路樹、記念碑、古墳、墓地には貼付しないこと、満了後は除去することという条件付で許可となつている。なお、違反の場合は、申請者は勿論行為者は処罰されるので違反のないよう注意を促され、申請者は違反しない旨の誓約書を差し入れていることを認めることができる。

(三)  右の結論。

以上によつて窺われる本件の特質は、なるほどビラの内容は政治色豊かなものであり共産党と明記してあるけれども、この点を一応除外して考えることとし、ビラの枚数、大きさ、色彩の与える影響、糊によつて貼つた方法、貼つた位置、場所、更にこれから貼ろうとしてまだ手に所持していたビラの枚数等を検討すれば、福岡県屋外広告物条例の目的とする保護法益に照し、この種事案としてもその犯罪の態様は必ずしも軽微とは云い難いといわなければならない。被告人津田、野口、永野は司法警察職員に対する供述調書においてビラ貼りの違法性を認識していた旨の供述をなしており他の被告人は知らなかつた旨の供述をしているのであるが、そうだとしても被告人らの責任は見逃し難いものがある。本件条例違反の右犯情に加うるに、夜中二箇所三名づつの現行犯であり、この種事犯が街に多く見られながら犯行現場を押えることができないため検挙に至らない捜査の現況に鑑み、大川警察署が前記のとおり、人手不足を補うため上司の来署を仰いで夜中の捜査をなし、被告人らの人権をも考慮しながら、上司の指揮の下に当面の必要最少限度の捜査を終えると共に被告人らを釈放又は帰宅させ、その後必要な捜査を遂げたことに鑑みれば、その捜査方法は捜査の正道を歩んだものというべく、また本件ビラの内容が共産党の政治活動色の強いものであるが故にこれを弾圧する意図をもつて故ら本件を立件送致しようとした疑もないのである。被告人らを立件送致すべきか前記北村瞳を立件送致すべきかは一つの問題であるけれども、証拠との結びつきから言つても、証明方法の明白で公訴維持の容易な現行犯である被告人らを立件送致するのが妥当であり、被告人らの間に犯情の軽重はないのであるから全員立件送致したとしても何等不当とする理由はない。なお、送致にあたり、大川警察署が被告人らの有利な情状を検察官に対し故ら隠したとの疑も存しない。

(四)  大川警察署における本件条例運用の実情として述べる弁護人らの所論について。

(1)  (証拠略)によれば、本件条例違反は防犯係において取扱われその違反に対しては行政取締が主で悪質な者にのみ検挙をもつて臨むとのことであるところ、月平均一〇件の違反従つて一年約一二〇件の報告があるのに本件二件以外には木下サーカス事件の外に立件送致したのはないというのである。しかし、本件条例違反は現行犯でなければ証拠がつかみにくい犯罪である上、他の犯罪に比して立件価値が低い面もあるので、捜査の労力費用の点から確かに積極的に捜査して立件するまでに値しないと思われたこともあつたであろうし、また全捜査の効率からすれば左様に考えてよいことと思われる。その反面、現行犯は犯罪の態様、捜査の容易、公訴維持の容易、労力費用等訴訟経済等の面からして起訴される蓋然性が大きくなり、殊に本件のような規模の大きい現行犯の場合は事柄の性質上やむをえないといわなければならない。

(2)  木下サーカス事件。

澄川賢治が外四名と共謀の上昭和四〇年七月三〇日大川市内の電柱橋梁に木下サーカスの宣伝ビラ一五〇枚を貼付した事件で、岡山区検察庁が昭和四一年一月二四日起訴し、岡山簡易裁判所が同年同月三一日本件条例違反により略式命令で罰金三、〇〇〇円に処したものである。斎藤弁護人は澄川が本件の巻添を受けたのであると主張する。

よつて検討するに、原審第一七回(昭和四四年三月一八日)公判調書中証人田村喜雄の供述記載部分によれば、同人が昭和四〇年九月か一〇月初頃大川市内のぎようざ屋にいた際、氏名不詳の若者二人の雑談を聞いたが、その話の内容は「今ビラを貼つていたところ、警察官から呼びとめられて、『あんた達がビラを貼るのはよいけれども、この前共産党のビラ貼りを押さえたばかりであつたからあんた達ばかりを貼らすわけにはいかん』といわれた。」というのであつたが、ぎようざ屋の帰りに見たら木下サーカスのビラが貼つてあり、警察の前辺りの電柱には剥いだ跡が残つていたのを見たというのである。

しかし、右供述部分はビラを見たという点においては直接の見聞であるけれども、前記警察官の文言内容に至つては伝聞の伝聞であつて、直接の見聞が一部に存するからといつて信憑性があるとするわけにはいかない。木下サーカスビラ貼り事件が本件同様起訴せられたことは相当であつて、本件の巻添を受けたとするのは当らないし、共犯者中一名のみが起訴せられているのに比して本件は全員起訴せられていて不当だとするのは、木下サーカス事件には右事件の内容による相応の理由があつてのことであろうし、本件については既にふれたとおりであつて、弁護人の右主張は理由がない。

(3)  大川市交通安全協会向島支部ビラ貼り事件。

(証拠略)によれば、本村貞一は昭和四〇年一〇月末頃右協会向島支部主催の交通法令講習会のため大川警察署の諒解なく同署と連名で板塀や電柱に無検印のビラを約二〇枚ないし二四枚貼つたため、三、四日後大川署から右ビラを剥ぐよう指示があつてこれを剥いだが、後に検察官の取調を受けて不起訴となつたことが認められる。弁護人は、この事件を本件と比べて事件は重大であるのに拘らず起訴されていないのは、これがむしろ一般基準と見るべきもので、本件被告人らに対する取扱が一般基準を著しく逸脱して苛酷であるというのである。

なるほど、大川市交通安全協会向島支部ビラ貼り事件の場合、交通法令講習会のビラであるためか、ビラの貼付が二〇枚位で少なかつたためか、電柱に貼られた枚数が少く塀に貼られた枚数が多かつたためかは不明であるけれども、大川警察署は電話によるビラ剥ぎの指示のみで不問に付したことは相違ない。しかし原審証人本村貞一の供述によれば、検察官は向島支部長と副支部長である本村貞一を本条例違反で取調べた上、不起訴処分にしていることが認められ、右の具体的事情は明らかではないけれども、本村貞一が軽卒の譏は免れないとしても、起訴しなければならない事案であるとも必ずしも云い難いと思われる。これを本件と比べて、これだけでは本件が一般的基準を著しく逸脱しており本件公訴提起を政治的弾圧と解さなければ理解しえない差別的取扱であるとはいわれない。

(五)  福岡県内における本件条例の運用の実情として述べる弁護人らの所論について。

原審第一九回公判調書中の証人入江良信の供述記載部分と弾圧との斗い(年表)によれば、同人は日本国民救援会福岡県本部事務局長、福岡県松川事件事務対策協議会事務局長であるが、同人の述べるところによれば、昭和三九年八月一日本件条例違反で斎藤敏之が逮捕の上起訴せられ、昭和四〇年五月全印総連の富永、小堀が福岡で本件条例違反で逮捕の上起訴せられ、尚本件六名が起訴せられ、同年五月八幡で同条例違反で二名逮捕の上起訴せられ、六月九日共産党嘉飯地区活動家二名が本条例違反で逮捕せられたが黙秘して不起訴となり、七月一一日全生連久留米支部の三名が同条例違反で逮捕の上起訴されたが、その後は本条例違反で逮捕せられたことはあるけれども起訴されたことはないというのであり、斎藤弁護人はこれは本件ら起訴された事件が法廷で政治的弾圧だとして糾弾せられたことと関係があると思われ、警察検察庁が起訴の間違を告白したものであると主張し、敷地弁護人は不当差別の現われであるというのである。

しかし、このように事件の具体的内容も判明せず、かつ取扱つた警察署検察庁も必ずしも同一でないにも拘らず、単に同一条例違反であるというだけの理由で、右程度の事実内容を積み重ねてみても、前記公訴権濫用の要件に照らして、警察官又は検察官の不当差別の客観的要件と主観的要件とを推測せしめる間接証拠として十分ではないといわなければならない。本件においては被告人らの行為は前叙のように犯情軽からざるものがあり、捜査そのものには特に政治運動弾圧等の意図があつたと認められないのであるから、右程度の事実内容では到底右要件を推測せしめるに足りない。なお、県内の条例運用の実情であれば広く一般的な公平な資料に基づくべきであるのに、右証人入江良信の供述は同人も供述するとおり共産党や民青同の人達の事件ばかりであつて、資料が片寄り限られているのであつて採用すべからざるものである。

(六)  検察官の公訴提起について。

柳川区検察庁検察官は昭和四〇年本件送致を受けるまで本件条例違反事件の送致を受けたことも、また公訴を提起したこともなかつたことは原審記録に明らかである。本件起訴は共に昭和四〇年一二月二四日になされているが、被告人らの検察官に対する供述調書がないこと記録上明らかであるが、その理由は明らかでない。しかし、柳川区検察庁検察官が大川警察署に無批判でないことは前叙のとおり大川市交通安全協会ビラ貼り事件をみても明らかである。大川警察署の本件捜査送致が特別に被告人らの政治活動を弾圧するための意図の下に行われた疑いのないこと前叙のとおりであるから、これあることを前提として大川警察署の右意図に加担し或いは無批判にこれを受継してなされた公訴提起は無効である旨主張する所論は前提を欠いて理由がない。しかしこれとは別に、検察官に前叙主観的客観的公訴権濫用の要件がある場合は本件公訴提起が無効となること勿論であるけれども、原審記録を精査してもこれを窺わせるような疑いはなく、かえつて、前叙第三の(二)(三)で検討したとおり、被告人らの行為自体の内容特質は、被告人らやそのビラの政治的色彩とは無関係に、本件条例の目的からみてその態様は一般的起訴基準に対比して客観的に起訴猶予にすべき事案であるという程軽微とは必ずしも云い難いのであつて、起訴されてもやむをえない事案であつたといわなければならないのである。検察官が右本件事案の性質を勘案して前叙のとおり全員の起訴にふみきつたことは何ら責められるべきところではない。従つて、起訴検察官を証人として取調べる等これ以上の証拠調をするまでもなく、本件訴訟状態において、弁護人らの公訴権濫用の主張は何らその疑を生じていないのであつて、その主張は結局理由がないに帰する。

第四、弁護人斎藤鳩彦の所論第二点、法令適用の誤について。

所論は、原判決が、弁護人の主張に対する判断において、大川市交通安全協会向島支部副支部長本村貞一のビラ貼り事件を大川警察署が不問に付した件を論ずるに際し、「このことからみると本村と本件被告人らとの処遇に差異があり一見不平等であると考えられないことはない。しかし憲法第一四条は国民に対し絶対的平等を保障したものではなく、このような処遇に差異があつたとしても、直ちに憲法第一四条に違反するものでないことは最高裁判所の判例(昭和二三年一〇月六日最高裁大法廷判決、同二六年九月一四日最高裁第二小法廷判決、同四五年六月一〇日最高裁大法廷判決)とするところであり、本件がその全資料によるも、右判例と別異に解しなければならない合理的理由は見いだせない」と述べているが、右最高裁判所の判例の趣旨は、いずれも犯情が異るならばそれに応じて適切妥当な刑罰を量定すること、及びこのような理由で検挙や起訴をしなかつたりすることは憲法第一四条の規定の法の下の平等に反しないというだけのことに過ぎない、しかし、弁護人らは本件検挙起訴は、少くとも公訴権行使の一般的基準に比して客観的に不当で、日本共産党の政治活動に対し差別的取締ないし弾圧を加えることを目的としてなされた相当の疑いがあることを主張しているのであるから、犯情の異同では説明しきれない一般的取扱基準からの逸脱という一層明らかな事実を考慮にいれるべきであり、右諸判例は本件に適切でないのに、原判決はこの理を解せず、憲法第一四条の適用を拒否したのであつて、原判決は刑事事件についての検挙起訴処罰等の処遇に関する憲法第一四条の解釈を誤つたもので、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

しかし、本件公訴提起が主観的にも客観的にも被告人らの政治的活動を弾圧する目的のためになされた不当な差別的取扱で一般的起訴猶予基準を著しく逸脱したものとは認められないことは前叙のとおりであるから、弁護人の主張はその前提を欠くものとして排斥を免れないことになり、一方原判決はその判断において弁護人主張の法理を十分分析しなかつた点があることは否み得ないとしても、結局は検察官の被告人らと本村貞一に対する処遇の差は憲法第一四条に違反するものではないとして弁護人の主張を斥けたもので、その判断は畢竟相当であるから、論旨は理由がない。

第五、結論。

よつて、本件控訴はすべて理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴を棄却し、同法第一八一条第一項但書により当審訴訟費用(国選弁護人費用)は被告人津田守、同野口楯雄、同高田勝義に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

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