大判例

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福岡高等裁判所 昭和46年(う)358号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人清原敏孝が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の両弁護人提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意について。

所論は、要するに、本件は、いわゆる酒気帯び運転(道路交通法第六五条第一項、同法第一一九条第一項第七号の二)に該当する事案であるのに、被告人が、本件当時、酒に酔い正常な運転ができないおそれがある状態で運転したとして、酒酔い運転(同法第六五条第一項、第一一七条の二第一号)に該当するものと認定した原判決は、事実を誤認した結果法令の適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、検討するに、本件記録ならびに原裁判所および当裁判所において取調べた証拠によれば、次の事情が認められる。

(一)  大分県警察本部自動車警ら隊所属巡査加藤英二および同広瀬正は、昭和四六年五月一一日午前二時頃、パトカーに乗務して(加藤巡査が運転)、中津市天神町のバー街付近を警らしていたところ、被告人の運転する自家用普通乗用自動車(な八四八六号)がバー街から出てきたこと。

(二)  同巡査らは、深夜バー街から出てくる自家用自動庫は、多くの場合、飲酒運転していることを、その職務上の経験から知り得ていたので、被告人車に対しても同様の疑いをもつたこと。

(三)  そこで、右両巡査は、被告人車に五〇ないし一〇〇メートルの車間距離を保つて同車を追尾していたところ、被告人車が一時停止しなければならない場所で一時停止することなく徐行して通過していつたように見受けたので、酒酔い運転の疑いがあるものと思いながら、時速二〇ないし四〇キロメートル毎時の速度で追尾していたところ、被告人車は旧国道を経て国道一〇〇号線に出て東進していつたこと、

(四)  被告人車が進行した右道路は幅員約六メートルの狭い道路で、当時対向車の交通量も割合あつたけれども、同巡査らは被告人車に特別これといつた異常運転にわたる点を確認することができないまま、約六キロメートルも追尾したところ、被告人車は国道一〇号線の沿線にある中津市内のホテル「アポロ」前庭に停車したこと、

(五)  同所において、右両巡査が被告人と車外で会話したところ、被告人に酒臭があつたので、被告人を右アポロから約一〇メートル離れたところにある倉庫の空地に停めていだパトカーに乗せて被告人の取調べを開始したところ、被告人は「こらえてくれ、取調べられたらいのちき(生活の意)ができん」と泣いて頼んだこと、

(六)  折しも、その頃、警察無線により、右巡査らに同所方面に向け逃走したらしい詐欺犯人の逮捕方依頼の手配があつたので、右両巡査が被告人の取調べを一時中断して右犯人を捜している間に、被告人はパトカーから逃げ、二、三〇分後に付近の田圃の中にかくれているのを発見され、その後右「アポロ」から約二キロメートル西方のエビス食堂付近の国道上で再び右両巡査から取調を続行きれたこと。

(七)  被告人は、昭和四六年五月一〇日午前九時から翌一一日午前一時まで勤め先である扇城タクシーのタクシーに乗務し、午前一時頃から三、四〇分間右中津市天神街にある飲食店「鳥とよ」で清酒コップ一杯(約七勺―約0.126リットル)とビールをコップ一杯飲んだ後、帰宅するに際し、勤め先の自動車整備士江本清とその連れの女を右アポロまで送つたものであつたこと、および被告人の平素の酒量は清酒三合(約0.54リットル)位であること。

(八)  本件当時右加藤英二巡査が作成した被告人に対する酒酔い鑑識カードには。(1)呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上、(2)言語―泣声、(3)歩行能力―ふらつく、(4)直立能力―体がふらつく、(5)酒臭―強い、(6)顔色―赤い顔、(7)目の状態―充血、(8)毛髪の状態―乱れ髪、(9)手の状態―普通、(10)衣服の状態―普通、(11)態度―普通、(12)その他―本職の質問に対して涙を流して泣きじやくり、喜怒哀楽を極端に表現する、と記載してあること、

(九)  、被告人は右取調べ終了後パトカーで右アポロまで送つてもらい、同所から自車を運転して一三キロメートル位離れた自宅まで帰つたこと、

(一〇)  被告人の頭髪は元来やや薄くてちぢれていて、当審公判廷においても櫛を通したようには見受けられなかつたが、当審証人加藤英二巡査はこれも乱れ髪と記載する旨供述し、また被告人は現在の生活状況を質問されてすぐ泣き声になつて答えるなど容易に涙ぐむ性格の持主と思われること、および被告人は本件違反のため、昭和四六年六月一四日に大分県公安委員会から運転免許取消しの処分を受け、現在これに対し異議を申立てているが、現在、五反歩位の田畑を耕作するかたわら、時には土工として働きながら妻子あわせて四人の家族の生計を維持していること、

が認められる。

原審証人加藤英二、当審証人加藤英二および、同広瀬正の各供述、巡査加藤英二、同広瀬正作成の道路交通法違反(酒酔い運転)被疑事件検事報告書、被告人作成の供述書中右認定に反する部分は措信しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、道路交通法第一一七条の二第一号にいわゆる正常な運転とは、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るため運転者に課せられている注意義務を十分に守ることができる身体的または精神的状態下で行なう運転をいうものと解するのを相当とするであろうが、右概念が比較的抽象的なものであつて一定の基準を設けることが困難であること、その判断に当つてややもすれば取締官の主観的な恣意が入り込む余地があること、ならびに同法条のほかに同法第一一九条第一項第七号の二において酒気帯び運転が処罰されることになつていることなどの趣旨に照らせば、同法第一一七条の二第一号の適用については、特に具体的な運転において正常な運転でないと思われる徴表を認め得なかつた場合には、慎重な態度が必要であるものと考えられる。

しかして、本件被告人の場合においては、前記当時の状況のうち被告人の頭髪の乱れや、喜怒哀楽を現わすものであることは飲酒していない場合と特段変つたところはないように見受けられ、本件が被告人のその後の生活に直接影響したことを考えると、当時被告人が前記加藤巡査らに泣いて頼んだその心境もよく理解できるところであり、また当時被告人の足がふらつき、身体がゆれていたという点は被告人の平素の酒量および当夜の酒量ならびに六キロメートル以上も運転してきたのに何ら異常さを認め得なかつたという点などから考えると、左程程度の高いものとは思われず、被告人の当夜の状況のうち平素と異なるその他の点として、目が充血し、顔が赤く、酒臭が強く、呼気中アルコール分が0.25ミリグラム以上検出されたことであるが、これらはいずれも飲酒していた数表であつて、これをもつて直ちに、被告人が当時正常な運転のできないおそれがある状態にあつたものとは断定できないのである。そして、加藤英二巡査が当審公判廷において、いみじくも「被告人車を六キロメートルも追尾したのは、被告人車に特に異常な運転がなく、いわゆる酒酔い運転の確信を抱くに至らなかつたからだ」と証言しているように、当裁判所としても、被告人が当時酒気帯び運転をしていたことは十分認め得るけれども、それ以上に、正常な運転をすることができないおそれのある状態にあつたと断定するのはいささか躊躇を感ぜざるを得ないのである。そこで、結局この点に関する確証がないことに帰着し、被告人の本件所為がいわゆる酒酔い運転に該当するものとして道路交通法第六五条第一項、第一一七条の二第一号を適用処断した原判決には事実を誤認した結果法令の適用を誤つた違法があり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条に則り、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、さらに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年五月一一日午前二時三〇分頃、大分県中津市内所在のホテル「アポロ」付近の国道一〇号線において、呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)〈略〉

(木下春雄 緒方誠哉 池田久次)

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