大判例

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福岡高等裁判所 昭和62年(う)476号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人浅井敞、同小野正章が連名で差し出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中二の事実誤認の主張について

所論は、要するに、(一)原判決の別紙図面イ、ロ、ハ、ヨ、タ、レ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下、「本件土地」という。)は、Aの所有であることは確定し難いのに、原判決が、究極的には同人の供述証拠のみに依拠して、本件土地が同人の所有に属する事実を認定したのは、証拠の取捨選択を誤り、事実を誤認したものであり、また、(二)被告人には本件土地を侵奪する故意もなかったのに、原判決が、未必的故意を認定した点においても、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、まず右(一)の点について検討するに、原判決挙示の各証拠によると、本件土地はAの所有に属する事実を優に肯認することができる。すなわち、これらの証拠によると、被告人の所有地である長崎市矢の平二丁目七二七番一の土地と本件土地北東側との境界付近の市道建設前の地勢は、本件土地が山林、被告人所有地が畑であって、明白に区別することができたこと、また、前記図面のロ点付近に楠の大木があって、その大木から西側は傾斜地となって山林に続き、楠の木の東側は畑であったことが明らかであり、その他原判決が「争点に関する判断」の一項1ないし4において指摘している諸情況を認めることができ(なお原判決が同項4において説示しているとおり、本件土地の所有権確認等請求事件において、前記図面に示す範囲内の土地がAの所有であることを確認する旨の判決が確定している。)、これらの情況に照らすと、本件土地がAの所有であることを認めるに十分であり、また、原判決のこの点についての判断が、単に右Aの供述のみに依拠しているものでないことはもとより、原審が証拠の取捨選択を誤った結果所論のような事実誤認を犯したものともいえない。論旨は理由がない。

次に右(二)の点について判断するに、この点についても、原判決が、「争点に関する判断」の二項において説示するところは正当として首肯できる。すなわち、前記各証拠によると、叙上のとおり本件土地とこれに隣接する被告人所有地の市道建設前の地勢とが山林と畑とに明白に区別でき、被告人も山林と畑との境が境界であることは了承していたものであること、被告人は、造成前に現地の見分を依頼したIに対し、現地で本件土地と被告人所有地について概略的ながらその境界の説明をしていること、被告人が、Aから同人の所有地を取り込み造成しているとして抗議を受けた際、同人の抗議に対して一貫した根拠で反論しておらず、その境界に関する被告人の主張も種々変遷していることなどの諸情況が認められ、これらの情況を総合すると、被告人は、その所有地とこれに隣接する右A所有地の市道建設前の地勢及びその境界を認識していたものと認められ、その後市道建設により地形が変化したとはいえ、自己の所有地の範囲について少なくとも大まかな認識はあったものと認めるに十分であり、被告人において、本件土地がAの所有地であるかも知れず、従って、造成工事により、同人の所有地を取り込むことになるかも知れないが、それでも構わないとして、造成を敢行したものと認め、被告人には本件土地に対する侵奪の未必的故意があったものとした原審の判断に誤りはないものということができる。この点についての論旨も理由がない。

控訴趣意三の法令適用の誤り等の主張について

所論は、要するに、仮に、被告人が本件土地を侵奪した事実が認められるとしても、本件における被告人所有地の造成工事は昭和四七年一二月ころに開始され、本件土地に対する侵奪行為すなわち本件犯罪行為は昭和四八年一月八日ころ終了したものであるから、右犯罪行為の終了時から七年余を経過した昭和五五年一月二八日付の本件起訴は公訴時効完成後になされたものとして免訴の判決をなすべきであるのに、原判決がこの点を看過して有罪の実体判決をしたのは、犯罪行為の時期について事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤った違法がある、というのである。

しかし、原判決挙示の各証拠(特に原審第一一回公判調書中の証人Aの供述記載部分、同第九回公判調書中の証人C、同Gの各供述記載部分、Hの司法警察員に対する供述調書謄本等)によると、本件土地の北東側に隣接する被告人の所有する土地に対する造成工事は、原判示のとおり昭和四七年一二月ころから始められ、本件係争地の土砂削り取り作業が開始されたのは昭和四八年二月以降であることが明らかであり、同月中旬ころ、本件土地との境界線上(前記図面のロ点)にある楠の木を伐採し、その根を掘りおこしたうえ、本件土地の土砂を削り取って整地し、その南西側にコンクリート擁壁を築造して造成を行ったことが認められるのであって、本件侵奪行為の時期を右の二月中旬ころとした原判決の認定は正当であり、犯罪行為の時期につき事実誤認をいう論旨は理由がなく、ひいては、公訴時効が完成しているとの所論は、前提を欠くものとして排斥を免れない。なお、所論は、本件のように当初から一定範囲の土地(被侵奪範囲の土地)の造成を企図した場合、ここに例えば施工の意思を表示する「縄張り」をし、あるいはその一部に掘削等工事の「最初の鍬入れ」を行った時点で、その範囲の土地全体に対する侵奪行為の実行の著手が認められ、かつ全体に対して犯罪行為が終了する旨主張するが、不動産に対する侵奪行為は、その行為の性質上一定の時間的継続がみられるのが、むしろ通常であり、本件の場合も二月中旬頃ある程度の日時を要して本件土地に対する侵奪がなされたことが明らかであり、かつ公訴時効は、原判示の侵奪行為が終了した時すなわち侵奪行為の一部とみうる最終の行為が終った時から進行するものと解すべきである(仮に所論のように二月より以前に本件土地に「縄張り」や「最初の鍬入れ」がなされたとしても同様である。)から、右主張は到底採用できない。その他、所論につき逐一検討してみても、本件につき公訴時効が完成しているとはいえず、論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 宮城京一 谷敏行)

〈以下省略〉

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