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福岡高等裁判所宮崎支部 平成3年(行ケ)2号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の主張(本件選挙の無効原因の存在)について

本件不在者投票不送致の事実、この結果、本件選挙について三一六票が投票として扱われなかつたのであるところ、当選人と次点者の得票総数の差は、本件選挙において一〇四票であつたことは、当事者間に争いがない。

1  本件不在者投票不送致の事態発生に至るまでの経緯

《証拠略》によれば、次のような事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  衆議院奄美群島区(一人区)は、保岡興治前代議士と徳田虎雄現代議士が毎回当落を競う選挙の激戦区であるところから、同区内の市町村の議会の議員及び長の選挙も、右両代議士の支持者層に二分され、猛烈な鍔迫り合いを繰り返しており、伊仙町の町議会議員及び町長選挙もその例にもれず激烈を極め、過去三回の町長選挙の当選人と次点者との得票数は六三、一三二、八七であつた。

そこで、町選管は、本件選挙及び同日施行の同町町議会議員補欠選挙における不正選挙及び選挙妨害等の防止のため、徳之島警察署長に対し、平成三年三月一五日付けの書面をもつて、不在者投票所及び投票日当日の投票所の内外等の警戒、警備を要請し、これを受けて、鹿児島県警察本部は、同年四月一八日、機動隊員一個分隊一一名を伊仙町に派遣した。

(二)  本件選挙の公示の日である四月一六日、當ノリシゲが一五、六人の者とともに町選管を訪れ、吉見委員長に対し、「不在者投票に不正があるのではないか」等といつた抗議をして、投票用紙三〇枚位を取り上げてその事実の有無を確認するための行為に及んだ。

右同日から同月一八日までの間、一日に二、三回樺山候補の支持者と見られる者が町選管事務室を訪れたり、電話を掛けたりして、「不在者投票に不正があるのではないか。不在者投票事務処理簿(以下「処理簿」という。)を見せて貰いたい」旨の要求をし、同月一九日、二〇日も回数と人数が減つたものの、同様の要求をしたのに対し、応対に出た中井書記長は、いずれの際も、これを拒否した。

なお、同月一八日、徳之島の外に出たことがなく、島外からの郵送に係る不在者投票をする筈のない里吉広の名で不在者投票がなされていることが発覚し、この不正を隠蔽するために、吉見委員長、中井書記長らは、同月一九日、伊集院チヨの無効投票と差し替え、処理簿、不在者投票用紙等請求書兼宣誓書(以下「請求書兼宣誓書」という。)等の公文書を改ざん・毀棄した(吉見委員長、中井書記長らは、これらの所為につき起訴され、平成五年一月二七日に鹿児島地方裁判所で有罪判決の言渡しを受けた。)。

(三)  町選管は、選挙の期日である四月二一日午前一〇時ころ、委員会室において、吉見委員長をはじめ全委員及び選挙事務従事者二名位で、本件選挙の不在者投票を選挙毎、投票区毎に仕分けをし、午前一一時前にこれを終了したが、まず郵送される不在者投票が全部完了している第二、第三投票区分一三七票が送致し、その他の投票区分については午後三時ころ到着予定の本土からの最終の航空便で郵送される不在者投票の確認後にすることとしていた(このように、郵送された不在者投票を最終の航空便で郵送される不在者投票の到達を待つて送致することは、従前の伊仙町における各種選挙でのいわば慣例となつていた。)ところ、山本政則が郷野房男を伴つて委員会室に出頭して、自らは不在者投票をしたことがないのに何者かが同人の氏名を騙つて不在者投票をしていることの事情につき確認を求めたので、吉見委員長及び中井書記長が居残りこれに応対し、警備のため委員会室にいた警察官にその処理を委ね、吉見委員長を除く委員らは、随行職員とともに車で、午前一一時ころ、出発して当該投票区の投票管理者に送致し、午後零時前ころには帰庁した。なお、徳之島警察署は、午後一時三〇分ころ、山本政則が樺山候補支持者三名とともに出頭したので、事情聴取等捜査を開始した。

この間に、柳鶴正巳の妻が訪れて、自分の夫は投票していないのに投票したことになつている等と言つて、その経緯を質したが、吉見委員長及び中井書記長は、選挙人本人の言い分ではないので取り上げず、柳鶴正巳については投票をさせないよう指導した。

(四)  ところで、前記委員らが送致を終えて帰庁後昼食を済ませたころ、町選管の富田安栄委員から、他の六投票区分の本件不在者投票のうち後記郵送分一一票を除く分も送致してはどうかと申し出たけれども、吉見委員長は、午後三時半ころ航空便で郵送される不在者投票があることは明らかであるから二度手間になるとの考えから右申出に応じないで、従前の慣例に従い、他の六投票区の投票管理者への不在者投票の送致は、午後三時半ころまでには配達見込みの航空便で郵送される不在者投票の到達を待つこととした。

(五)  原告大高昭(以下「原告大高」という。)、同森巌(以下「原告森」という。)らは、山本政則の報告から同人の氏名を騙つた不正な不在者投票がなされたものと確信を得、原告大高は、同日午後二時四〇分ころ、委員会室に出向き(当時同室には吉見委員長のほか委員全員と中井書記長がいた。)、吉見委員長に対し、山本政則の件を指摘しながら選挙人名簿登録地以外の市町村の選挙管理委員会及び指定病院等における不在者投票(令五七条一項、五八条一項)に不正(替え玉)があるとの抗議を始め、他にも同様な疑義のある不在者投票があるのではないかと追求し、そのうちに、森信重が自己の息子の名で不正に不在者投票がされていると抗議に加わり、他の町民も次々に委員会室に入つて来て、口々に原告大高と同様の追及をし、中には方言で「打ち殺すぞ」という意味の罵声を浴びせたりしていたが、室内にいた徳之島警察署刑事防犯課長田代信正(以下「田代課長」という。)を含む数名の警察官もその勢いに押されこれを制止できないで見守つており、原告森が抗議に加わつた午後三時ころには、同室に入つて右抗議等をしていた町民(いずれも華山候補の支持者である。)の数は二〇名を下らず、同室内に入りきれずに同室前の廊下付近に相当数いて、吉見委員長及び中井書記長の曖昧又は不自然な返答に対応して右町民らの抗議の言動も益々激しく大きくなり、午後三時半ころ、原告大高らが処理簿及び請求書兼宣誓書の開示を強く求め、右町民らもこれに呼応するように怒声を上げ、同室内外が騒然たる状況になるや、そのころ同室に臨場した徳之島警察署長が不正投票があつたのなら権限のある警察が責任をもつて捜査を進めるから話合いは後日しなさいと忠告したのに対し、右町民らから逆に「警察には任されん。責任を取れるのか」等と食つて掛かられたため、同署長もその勢いに押されて退室し、その後、処理簿の閲覧の拒否を巡る押し問答が繰り返され、不穏な状況に達したので、事態を憂慮した田代課長から、午後四時過ぎころ、代表者を選出して話し合うようにとの勧告がなされ、原告大高、同森らも、事態打開のため、右勧告を受け入れることとし、右抗議中の町民二、三〇名位の中から、原告大高、同森、同華山博良、同稲川博位、訴外華山修二、同平山浩司の六名が代表として同室内に残り、それ以外の者は同室前の廊下付近に出た。

(六)  このようにして始まつた代表者による話合いの中で、原告大高らは、処理簿の開示要求を厳しく続け、吉見委員長及び中井書記長は、具体的な事実を指摘しての追及に抗しきれず、午後四時一〇分ころに至り、処理簿及び請求書兼宣誓書を原告大高らに開示した。そして、主として、原告樺山博良、同稲川博位、訴外樺山修二、同平山浩司の四名が、処理簿の点検に当たり、約一時間をかけて、郵便投票用紙の送付先毎の数等を分類・整理していつたところ、幾つかの特定の場所に大量の投票用紙が纏まつて送付されていることが判明した。

そこで、原告大高らは、盛岡候補の支持者らによつて不在者投票を利用した組織的な詐偽投票が行われ、しかも、これに町選管も加担しているのではないかとの疑いを強め、かかる不正な投票を開票させることは絶対に許さないとの気持ちを抱くようになつた。

他方、委員会室前の廊下付近に待機している町民においても、右処理簿の点検状況の概要をガラス窓越しに見聞し、憤りを募らせ、口々に「不正投票を絶対に送致させないぞ」と息巻き、中には、大声で「持ち出そうとしたら打ち殺してやる。火を点けて燃やす」等と叫ぶ者もいた。

さらに、右の状況は、右廊下に待機していた者から、庁舎外の町役場敷地内に続々と詰め掛けて来ていた多くの町民らにも伝えられた。

ところで、町役場敷地内に集合して来た町民の人数は、時刻毎に正確に特定することはできないものの、午後四時ころの時点で、庁舎の前庭、裏庭、中央公民館との間付近に一〇名前後から数十人単位で集まり、その総数は二〇〇ないし三〇〇名位であり、午後五時ころの時点では、「不正を許すな」等と書いたプラカードを持つた三〇名位の婦人を含め四〇〇ないし五〇〇名位であつて、その人数は、更に増加していき、しかも、これらの町民も口々に「不正投票を絶対に開票させない」等と怒声を発しており、庁舎の周りは騒然とした雰囲気に包まれていた。

この間、午後四時ころ、吉見委員長らと原告大高らとの交渉中であることを知つた被告委員会は、以後数回にわたつて、午後六時までに不在者投票を投票管理者に送致しないと不在者投票は投票として取り扱えなくなるから速やかに送致するよう指導し、特に午後四時五〇分ころには警察の力を借りてでも送致を急ぐよう指導した。

そして、吉見委員長は、原告森に対し、「何とか皆を説得して不在者投票を送致させてもらえないか」と要請し、同原告も当時町議会総務委員長であつた立場上、右要請を断り切れず、委員会室の入口を開けて、同室前の廊下に待機して町民らのリーダー的立場にあつた豊憲寛、竹栄視らに対し、不在者投票の送致の許しを請うたところ、同人らは、怒りを露にして「不正投票を持ち出したら打ち殺す。お前、代表を代われ」と罵声を浴びせられ、到底説得できる状況にはなかつた。

(七)  原告大高、同森らは、午後五時ころまでかけて処理簿の点検作業をしたのであるが、いずれも町会議員という立場から、全部の不在者投票を送致することができなくとも、不正投票の疑いのないと思われる不在者投票だけでも送致することで事態を打開しようと考え、午後五時二〇分ころになつて、伊仙町の町外の不在者投票に不正があるとして不在者投票を町内分と町外分とに振り分けるよう吉見委員長らに要求し、吉見委員長らは、やむなくこれに応じて振り分け作業に着手したが、午後六時の投票所の閉鎖時刻が迫るにつれ、中井書記長は同時刻を経過すれば不在者投票は投票として扱われなくなることを危惧していたが、吉見委員長は、原告大高から右同様の危惧の念を質されたのに対し、「少しは延ばせるから大丈夫」との返答するなど多少送致の時間が遅れてもよいとの見解を持つており、午後五時四五分になつて初めて、田代課長に対し、不在者投票を午後六時までに各投票所へ送致するための護衛を要請したが、同課長が、その時点では、第一投票所(伊仙町中央公民館)は別として通常一〇ないし二〇分かかる第四ないし第八投票所へ数百人の群衆を排除し、二〇数名の警察官をもつて搬送担当職員に対する加害、不在者投票そのものの奪取等不測の事態に対処しながら午後六時までの一五分間内に不在者投票を送致することは時間的、体制的、状況的に不可能と判断して右要請を断つたため、引き続き右振り分け作業をしているうちに、午後六時を経過して、結局、同日午後三時ころ郵送された一一票分を含め、本件不在者投票不送致の事態を招来させた。

2  ところで、選挙争訟における選挙無効の原因とは、選挙の規定に関する違反があつて、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞があることをいい、選挙の規定の違反とは、選挙の管理執行の手続に関する規定に違反することをいうものであるが、不在者投票を投票所の閉鎖時間までに投票管理者に送致せず、違法にその効力を失わしめたことは、右いう選挙の規定の違反として選挙無効の原因となりうるものと解すべきであり、選挙の期日において、市町村の選挙管理委員会の委員長が不在者投票を何時投票管理者に送致するかについては、令六〇条二項に「直ちに」と規定している趣旨にかんがみ、選挙の期日においては何時不測の事態が生じるかわからないのであるから、職員の配置、搬送方法等も十分考慮して、どのような不測の事態が生じても投票所の閉鎖時刻に遅れないように、速やかに関係各投票管理者に送致すべきものと解される。

右の見地に立つて、本件をみるのに、前記認定事実によれば、吉見委員長は、本件選挙の場合、選挙期日の公示の日である四月一六日ころから、毎日のように選挙人が町選管に対し、町外の選挙人から請求があつた不在者投票に問題があるからその名簿を見せよとか、その人数を示せとかの申出があり、選挙期日の二日前には、吉見委員長と中井書記長が替え玉の不在者投票(一件)をなかつたことにする工作をし、さらに、選挙期日の午前中には、選挙人から替え玉による不在者投票の訴えが二件もあつたのであるから、不在者投票に関し選挙人からの抗議があることを当然予測すべきであつたのであるから、ともかくも、不在者投票の送致を最優先し、送致のための不在者投票の仕分けを同日午前一一時前に終え、直ちに第二、第三投票区の投票管理者に対し不在者投票を送致した際、これに引き続き、あるいはこれと並行して他の投票区の投票管理者にも本件不在者投票のうち前記の一一票分を除く分を送致するか(この送致を差し控えたのは、午後の郵便で到着する不在者投票を持つというだけであつたが、その数は通常少数(本件選挙の場合一一票)であるから、これは、郵便到着後に再度送致すれば足りたのである。)、遅くとも、昼食が済んだころ委員の中から「不在者投票の数が多いから、あとの不在者投票も早く送致しよう」との申出があつた時点ですぐ送致を行うべきであつたのに、これをなさないまま、時間を経過してしまい(なお、右一一票は、午後三時過ぎころ委員会室ではなく、町選管事務室に配達されたのであるから、あらかじめ、送致の手立てを講じておけば、到着後直ちにこれを投票管理者に送致することができたのにこれをしなかつたということができる。)、同日午後二時三〇分ころ、委員会室に抗議に押し掛けた選挙人らの入室を許して、それらの選挙人から不在者投票の不正に対する抗議を受けると、抗議する選挙人らの応対に終始し、結局本件不在者投票不送致の事態を招来させたのであるから、町選管は、選挙の管理執行上の責任を免れることはできない。

なお、原告らは本件不在者投票不送致には違法性がないと主張し、確かに、原告大高、同森らが委員会室に出向いて、本件不在者投票につき不正があると抗議を始め、その後、多数の町民が右抗議に加わるなどの事態になつて以降は、実際上、本件不在者投票を投票管理者に送致することが困難であつたといわざるを得ないが、前記認定のとおりそれ以前の段階で送致が可能で、その時点までに送致すべきであつたということができるから、右事実が認められるからといつて、本件不在者投票不送致が違法性を欠くことになるわけのものではない(吉見委員長が、従前の慣例に従い、他の六投票区の投票管理者への不在者投票の送致は、午後三時半ころまでには配達見込みの航空便で郵送される不在者投票の到達を待つこととしたとの前記認定事実は、令六〇条の趣旨にかんがみ、右判断に影響を及ぼすものではない。)。

そうすると、本件不在者投票不送致の事実は令六〇条に違反するといわねばならず、この結果、本件選挙について三一六票が投票として扱われなかつたことは、前記選挙の規定の違反として選挙無効の原因となりうるものというべきところ、本件選挙における当選人と次点者の得票総数の差は一〇四票であるから、右違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があることは明らかであり、本件選挙は、無効というべきである。

なお、原告らの本件裁決時期の違法性についての主張は、公職選挙法二〇五条にいう「選挙」とは選挙人名簿の確定や選挙期日の告示から当選人の決定に至るまでの一連の集合的行為をいうのであつて、選挙会による当選人の決定がなされた後は、当選人の告示を待つまでもなく、選挙の効力に関する争訟の提起ができるのであるから、当該選挙管理委員会は、当選人の告示を待つことなく、右争訟につき決定又は裁決をすることは妨げられないものということができ、原告らの右主張は理由がない。

三  よつて、被告が本件選挙を無効とする旨の本件裁決をしたことは適法であり、本件裁決の取消しを求める原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所宮崎支部

(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 中路義彦 裁判官 郷 俊介)

《当事者》

《住所略》

原 告 中熊 勇 <ほか四名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 永山一秀 同 松下良成 同 川副正敏

《住所略》

被 告 鹿児島県選挙管理委員会

右代表者委員長 松村仲之助

右指定代理人 竹山伸一郎 <ほか一名>

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