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福岡高等裁判所那覇支部 昭和60年(ネ)66号 判決

控訴人

宮良長安

右訴訟代理人弁護士

宮良長辰

宮良皓

被控訴人

沖縄県

右代表者知事

西銘順治

右訴訟代理人弁護士

牧志要

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二六三万五二一六円及びこれに対する昭和五五年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、第二審とも全部被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人(控訴の趣旨)

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し金二六三万五二一六円及びこれに対する昭和五三年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  主文第二項と同旨及び仮執行宣言

2  被控訴人(控訴の趣旨に対する答弁)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

1  控訴人(請求原因)

(一)  控訴人は、昭和三〇年二月一九日琉球政府に公務員として就職し、昭和四一年九月一二日任命権者の要請に応じ、琉球土地住宅公社(現沖縄県住宅供給公社)の職員となるため復帰希望申出書を提出して復帰希望職員として退職した上、同日琉球土地住宅公社の職員となり、昭和五二年一〇月一日昭和五六年法律第七三〇号による改正前の地方公務員等共済組合法一四四条の二に規定する退職年金の長期給付の適用を受けるため、被控訴人である沖縄県に復帰し、昭和五三年三月三一日付けをもって退職したものである。

(二)  控訴人の退職手当の算定の基礎となる勤続期間は、沖縄県職員の退職手当に関する条例(昭和四七年条例第四〇号。以下単に「条例」という。)九条一項、附則六項(以下「関係条文」という。)によって、先の琉球政府の職員としての在職期間の始期である昭和三〇年二月一九日から後の被控訴人の職員としての在職期間の終期である昭和五三年三月三一日までの二三年二か月とみなされる。

(三)  そうすると、控訴人に対する退職手当の額は、別紙退職手当計算書記載のとおり、条例附則一〇項により条例三条一項の規定によって勤続期間を二三年二か月として計算した退職手当の額(別紙A)から、昭和四一年九月一二日琉球土地住宅公社の職員となるため退職した際に同年一一月一八日支給を受けた退職手当の額(別紙B)と右の退職手当の支給を受けた日の翌日から昭和五三年三月三一日の前日までの期間につき年五・五パーセントの利率で複利計算の方法により計算して得た利息に相当する金額とを合計した額(別紙C)を控除した金五七七万九八四六円(別紙D)となる。

(四)  昭和五三年当時被控訴人の職員の退職手当に関する事務を所掌する総務部人事課給与係の主査であった親川盛一(以下「親川」という。)を含む同係の職員(以下「給与係担当職員」という。)は公権力の行使に当たる公務員であるが、その職務の一である控訴人の退職手当を算定するに際し、過失により条例の関係条文の解釈適用を誤り、控訴人の勤続期間を一一年七か月と誤信し、親川において控訴人に対し、同人の勤続期間は一度退職手当を支給された琉球政府の職員としての在職期間が通算されないから一一年七か月となり、したがって、退職事由も一身上の都合による普通退職となる旨説明し、控訴人に退職手当算定基礎調書に退職の事由を「一身上の都合」と記入して提出させた。しかして被控訴人は控訴人の勤続期間を一一年七か月として条例三条に基づき退職手当を金三一四万四六三〇円と査定し、これを昭和五三年三月三一日付けをもって控訴人に支給した。

(五)  控訴人は、昭和五九年二月一四日被控訴人に対し、控訴人の退職手当支給額について再検討を求めたが、被控訴人は、地方公務員の退職手当は地方自治法二三六条一項、労働基準法一一五条によりその時効期間が二年とされ、現実に支給された金三一四万四六三〇円を除く控訴人の退職手当(以下「本件退職手当」という。)請求権は時効により消滅しているとして、控訴人の求めを拒絶し、結局、控訴人は本件退職手当債権が右のとおり時効消滅したことにより本件退職手当相当額である金二六三万五二一六円((三)で算定した退職手当の額から現実に支給を受けた退職手当の額を控除したもの)の損害を蒙った。

(六)  右損害は親川を含む被控訴人の給与係担当職員の職務を行うについての前記過失に基づく行為により発生したものである。

よって、控訴人は被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償として金二六三万五二一六円及びこれに対する昭和五三年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被控訴人(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因事実(一)ないし(三)は認める。

(二)  同(四)のうち、親川が控訴人の退職当時退職手当に関する事務を管掌する被控訴人の総務部人事課の主査であったこと、控訴人に退職手当金三一四万四六三〇円を支給したことは認めるが、その余は否認する。総務部人事課の職員の事務は、公権力の行使に当たらない。

(三)  同(五)はそのうち、控訴人が損害を蒙ったとの事実を否認するほか、認める。

(四)  同(六)は否認する。控訴人の主張する損害と親川らの行為との間には因果関係がない。

三  証拠

証拠の関係は本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因事実(一)ないし(三)、同(四)のうち親川盛一が控訴人の退職当時退職手当に関する事務を管掌する被控訴人の総務部人事課の主査であったこと、控訴人に退職手当として金三一四万四六三〇円が支給されたこと、同(五)のうち控訴人が現実に支給を受けた金三一四万四六三〇円を除く控訴人の退職手当債権が時効消滅したこと、被控訴人がこれを理由に控訴人の退職手当支給額の再検討の求めを拒絶したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、公権力の行使に当たる公務員である親川を含む被控訴人の給与係担当職員の職務を行うについての過失に基づく違法行為により、本件退職手当相当額の損害を蒙ったと主張するので、以下順次検討する。

1  (証拠略)、原審における控訴人本人の尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和五三年三月当時、被控訴人において職員の退職手当の算定、決定、通知等に関する事務を担当していたのは総務部人事課給与係であり、親川は給与係の主査として給与係長その他の係員とともに右職務に従事していた。

(二)  親川は同月上旬ころ、控訴人の退職手当の算定に当たり控訴人に退職手当算定基礎調書(甲第一号証の三はその写し)の作成提出を求めたが、その際条例の関係条文の解釈を誤り、控訴人に対し、在職期間の計算は年金の計算と違い一度退職手当の支給を受けた前職場の勤務年数は通算されないので控訴人の場合は一一年七か月になる旨及びしたがって県に対する貢献度が低いので歓奨退職扱いにならず、一身上の都合ということになる旨をも説明し、在職年数は人事課において記入するから、退職事由は控訴人において右のように記載するよう指導した。

(三)  そして、人事課給与係において右提出を受けた退職手当算定基礎調書を基に控訴人に関する退職手当金額計算書(甲第一号証の四はその写し)を作成して同人の退職手当の額を算定し、被控訴人においてその旨決定した上、控訴人に対し昭和五三年三月三一日付をもってその辞職を承認するとともに、退職手当として金三一四万四六三〇円を支給する旨通知した。

(四)  被控訴人の人事課給与係では条例の関係条文の解釈を昭和五八年七月ころまで誤っており、同年四月一日付で被控訴人を退職した米須清吉(以下「米須」という。)の退職手当の算定に当たっても、通算さるべき同人が琉球土地住宅供給公社の職員となる以前に被控訴人に在職していた期間を退職手当算定の基礎となる在職期間に算入していなかったが、同年七月ころ右米須の指摘により検討した結果誤りに気付き、同人に対しては同年一一月ころ規定どおりの退職手当が支給された。

(五)  控訴人は米須から被控訴人が条例の関係条文の解釈を誤っていること、米須の退職手当額が改善されたことを聞いて、昭和五九年二月一四日付の書面(甲第一号証の一はその写し)により沖縄県知事宛に退職手当額の再検討方を要請したが、同年七月三一日控訴人の本件退職手当請求権は時効消滅しているとの理由で拒否された。

以上の事実が認められ、原審証人親川盛一の証言中右認定に反する部分は信用できない。

2  ところで、被控訴人の職員に対する退職手当は地方公務員法二四条、二五条、条例二条の規定に基づき、職員が退職したときにはその支給が被控訴人に義務づけられているのであるから、その退職手当の算定、決定等に関する事務を担当する職員は、条例の関係条文を正しく解釈、適用し、もって退職者に対し条例に基づく適正な退職手当が支給されるようにすべき職務上の注意義務を負っているこというまでもなく、したがって、本来支給されるべき退職手当の全部又は一部が条例の規定その他法規上の根拠なくして支給されなかった場合、その不作為は違法性を帯びるものというべきである。

3  しかるに本件においては、前記争いのない一の事実及び1で認定した事実によれば、控訴人の退職手当の算定、決定、通知等に関する事務を担当していた被控訴人の給与係担当職員において、右条例の関係条文の解釈、適用を誤り、かつ、給与係主査の親川において、右誤った解釈の下に控訴人に対し退職手当算定基礎調書の作成を指導し、結局控訴人につき本来支給すべき退職手当の額より少ない額を算定した(すなわち、本来支給すべき退職手当の一部の算定をしなかった)結果、被控訴人において本件退職手当を支給しなかったというのであるから、これら給与係担当職員の一連の行為(不作為を含む)は、前記職務上の義務に違反するものであって、その結果としての本件退職手当の不支給は違法なものというべきであり、また、右条例の関係条文の解釈は給与係の職務にある者に要求される通常の注意を払い、慎重に検討すれば誤ることがなかったと認められるから、右解釈を誤った給与係担当職員には過失があったというべきである。

4  次に、以上の事実によれば、被控訴人の人事課給与係主査の親川盛一をはじめ同係担当職員が地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員であることは明らかであり、かつ、控訴人に対する退職手当の算定、決定、支給通知等に関する事務は公権力の行使としての職務の執行に該当するということができる。

5  そこで、次に控訴人の蒙った損害について検討するに、前記のとおり、控訴人は被控訴人の給与係担当職員の職務違反行為により、退職時に本件退職手当の支給を受けられなかったのであるが、理論上は、右退職手当請求権が時効消滅するまでの二年間は被控訴人に対し依然としてその支払を請求できたのであるから、控訴人の損害は右期間中においては本件退職手当支払債務の履行遅滞による遅延損害金の額以上には発生せず、控訴人の退職に伴ない本件退職手当請求権が発生した昭和五三年三月三一日から起算して(もっとも初日不算入)二年目の昭和五五年三月三一日の経過とともに右請求権が時効消滅したことにより、その時点(同年四月一日)で本件退職手当相当額が別個に損害として発生したことになるのである。そして、本件退職手当請求権の消滅時効完成の効果が民法一四四条により時効の起算点である昭和五三年四月一日に遡ることになる結果、前記履行遅滞による遅延損害金もまた発生しなかったことになり、これとは別個に発生した右本件退職手当相当額の損害金に対する遅延損害金がその遅滞となった日である昭和五五年四月一日から発生したことになる。なお、控訴人は右の遅延損害金の起算日を退職手当支給通知の日の翌日である昭和五三年四月一日と主張するが、時効完成の効果がその起算日に遡るからといって、時効完成時点で初めて現実に発生した別個の損害が右起算日に発生したことになるものではないから、控訴人の右主張は失当である。

6  最後に、控訴人の蒙った損害と前記給与係担当職員の職務違反行為との間の因果関係について検討する。

(一)  前記のとおり、控訴人は本件退職手当請求権が時効消滅した時点で前認定の損害を蒙ったのであり、これは給与係担当職員による条例の関係条文の解釈、適用の誤りに基づく退職手当の算定の誤りに端を発していることは明らかであるから、右給与係担当職員の職務違反行為と前記損害発生との間にいわゆる事実的因果関係が存することを認めることができる。

ただし、右損害につき被控訴人にこれを賠償すべき責任があるか、いいかえれば被控訴人の給与係担当職員の前記職務違反行為と右損害との間にいわゆる相当因果関係が存するか否かについては、右損害が直接的には本件退職手当請求権の消滅時効の完成により発生したという事情が介在することから、別個の検討が必要である。けだし、給与係担当職員の職務違反行為と損害の発生との間には、控訴人の本件退職手当請求権の二年間の不行使という、いわば控訴人側の責任範囲に属する事実が存在し、その事実状態の継続に対して法律が定めた効果として右請求権の消滅があり、その結果前記損害が発生したというのであるから、控訴人において容易に権利を行使し、消滅時効の完成を阻止することが可能であったような事情が存するときは、相当因果関係の存在を否定するのを相当とする場合があり得るからである。

(二)  しかしながら、本件においては、前記のとおり、控訴人が退職する直前において親川が控訴人に対し条例の関係条文の解釈につき誤った説明をしていたのであり、今日のように複雑化した地方公務員の給与法体系の下においては、一般の職員に対し各自が条例を含む給与関係法規に通暁し適宜の権利行使をするよう期待することは困難であり、むしろ一般の職員としては、これらの法令や手続に精通した専門の担当職員の説明を疑わず、これに従うのが通常の事態であると考えられること、被控訴人の給与係においても前記解釈の誤りに昭和五八年七月ころまで気付いておらず、その時点では既に控訴人の本件退職手当請求権が時効消滅していたことなどの事情が存在するのであり、これらの事情からすると、控訴人に本件退職手当請求権が時効消滅することのないよう適切な権利行使をすべきことを期待することは到底無理であったと考えられる。

(三)  以上のような事情を考慮すれば、被控訴人の給与係担当職員の前記職務違反行為と控訴人の蒙った前記損害発生との間には相当因果関係が存在すると認めるのが相当である。

三  そうすると、控訴人の本訴請求は国家賠償法一条一項に基づき、被控訴人に対し損害賠償として金二六三万五二一六円とこれに対する昭和五五年四月一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、右の限度で控訴人の本訴請求を認容し、その余は理由がないから棄却すべきであるところ、右の判断と一部異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条但書を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 池田耕平 裁判官 山﨑恒)

退職手当計算書

A 昭和30年2月19日から昭和53年3月31日までの退職による退職手当 (条例第3条第1項)

退職の日における給料月額 金287,100円

勤続期間23年2月

287,100円×100/100×10(年)=2,871,000円

287,100円×110/100×10(年)=3,158,100円

287,100円×120/100×3(年)=1,033,560円

合計金7,062,660円

B 昭和41年11月18日に支給を受けた昭和30年2月19日から昭和41年9月12日までの琉球政府退職手当

昭和41年9月12日当時の給料月額 金158.90ドル

勤続期間11年7月

158.90ドル×100/100×10(年)=1,589.00ドル

158.90ドル×110/100×2(年)=349.58ドル

合計金 1,938.58ドル

C 昭和41年11月18日に支給を受けたBの退職手当に対する昭和41年11月19日から昭和53年3月30日までの11年7月間の年5.5%の複利計算による元利合計

1,938.58ドル×(1+0.8381344)=3,563.370585ドル

3,563.370585ドル×360円/1ドル=1,282,813.411円(ドル,円換算)

D 損害金

A-C=D

7,062,660円-1,282,813.411円=5,779,846.589円

≒5,779,846円(円未満切り捨て)

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