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福島地方裁判所いわき支部 昭和53年(ワ)9号 判決

原告 太田義美

原告 太田栄子

右両名訴訟代理人弁護士 折原俊克

被告 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人弁護士 水谷昭

被告指定代理人 松田紀元

〈ほか五名〉

主文

一  原告らの各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  申立て

1  原告ら(請求の趣旨)

(一)  被告は、原告各自に対し、それぞれ一二〇〇万円及びこれに対する昭和五三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  (一)につき、仮執行の宣言。

2  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決。被告敗訴のときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

二  主張

1  原告らの請求の原因

(一)  亡太田義則(以下「義則」という。)は、高校生であった昭和五二年九月二日ころ、旅客・貨物の運送業務を営んでいる被告から同日ころより期間向こう三か月、区間被告内郷駅・同平駅間の通学定期乗車券を買い求め、もって被告との間で右期間及び区間の旅客運送契約を締結した。

(二)  義則は、同年九月三〇日午前八時ころ、右定期券を使用し被告内郷駅(以下「内郷駅」という。)から午前八時発・平行きの普通列車(以下「本件列車」という。)の前から二両目・進行方向に向かって左側前部の乗降口から同列車に乗り込んだが、右乗降口付近は非常に混雑していたため、やむなく乗降口デッキ部分より一段下がったステップ部分に立ち、両手で乗降口の握り棒につかまり、そのままの状態で本件列車は出発した。本件列車が午前八時二分ころ、時速約五〇キロメートルで、同駅と被告平駅(以下「平駅」という。)の間である福島県いわき市内郷御台境町鶴巻、常磐線日暮里起点・仙台方向二〇五・七五キロメートルの地点に至ったとき、義則は、折から横殴りの風雨が激しくなったので、それを避けるため前記位置から乗降口デッキに上ろうとしたのであるが、同列車の横振れや雨で滑りやすくなっていた付近床面のため、同所から足を滑らせて同列車から振り落とされ、その衝撃により約三〇分後に肝臓破裂に基づく腹腔内出血のため死亡した(この事故を以下「本件事故」という。)。

(三)  被告は、前記旅客運送契約に基づき義則を目的地まで安全に輸送すべき義務を負担するところ、その履行に当たり、左記(1)、(2)のような不注意により本件事故を発生させるに至ったものであるから、被告は、商法五九〇条に基づき、右債務不履行(不完全履行)によって生じた後記(四)の損害を賠償すべき義務がある。

(1) 被告は、本件列車がいわゆる通勤・通学列車であり、定員をはるかに超える乗客で著しい混雑状態を呈していたのであるから、旅客の安全な運送のためには車両を増結するなどして混雑緩和の措置を採るべきであったのに、漫然これを放置した。

(2) 更に、本件事故時には雨が降っており、しかも前記(二)のようにステップ部分に乗車せざるを得ない混雑のため乗降口デッキ部分にある列車とびらが閉められないという状況の下では、被告職員は、乗客である義則の危険を予見し、これに対し安全配慮上十分な手当てをしなければならないのに、この点の配慮義務を尽くさず、本件列車を漫然出発させ、運行した。

(四)  本件事故により義則が被った損害は次のとおりである。

(1) 治療費・文書料 一万〇二三〇円

(2) 逸失利益 一四一九万八〇三〇円

義則は、本件事故当時高等学校一年在学中の男子であり、本件事故により死亡しなければ、同校卒業後の一八歳から六七歳に至るまでの間就労し、男子労働者の平均収入(昭和五〇年度は年額一八〇万二四〇〇円であるところ、本件事故時の年額はこれに五パーセントを加えた一八九万二五二〇円を下らない。)は得ていたはずである。これに就労可能までの間の生活費として月額二万円、就労後の生活費として収入の五割を各控除したうえ義則の右就労可能期間の終期までの得べかりし利益を算出し、その額から中間利息を年五分の割合でライプニッツ方式により控除し、右得べかりし利益の本件事故時の現価を求めると、次の算式により、その額は頭書金額となる。

1,892,520×(1-0.5)×15,695-20,000×12×2,723=14,198,030

(3) 慰謝料 一〇〇〇万円

(4) 弁護士費用 一〇〇万円

(五)  相続

原告らは、義則の父母であり、同人の法定相続人である。前記同人の死亡により、原告らは法定相続分に応じて右(1)ないし(4)の損害賠償債権を各二分の一相続した。

(六)  よって、原告らは、被告に対し、前記相続により取得した損害賠償債権のうち各一二〇〇万円、及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月二二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する被告の認否

(一)  請求の原因(一)は、定期乗車券の期間の点を除き、認める。右期間は昭和五二年九月一三日より同年一二月一二日までである。

(二)  同(二)のうち、原告ら主張の日時に義則が内郷駅から本件列車に乗り込み、原告ら主張の時間、場所において、同人が同列車乗降口から転落して死亡したこと、及び本件事故当時雨が降っていたことは認める。その余の事実のうち義則が乗降ロステップ部分に立った状態で同列車に乗ったこと、並びに右乗降口付近の混雑状態及び本件事故当時の列車の横振れの程度が原告ら主張のような状況であることは否認する。義則は右列車出発の際には既に乗降口デッキ上に位置していたのである。右乗降口付近の混雑状態は列車客室部に入ろうとすれば入れないことはない程度のものに過ぎなかったし、また、本件事故現場付近は直線区間であって、列車の横振れはほとんどない。

(三)  同(三)は争う。まず、同(三)の(1)については、本件列車の混雑状況が原告主張の程度のものとは到底言えないことは右(二)で述べたとおりである。また、同(三)の(2)については、右列車が内郷駅から出発する際には雨は降っておらず、しかも、同列車の混雑状態が原告主張のとおりでないことは前述のとおりである。

(四)  同(四)は不知。

3  被告の主張

本件事故は、以下に主張するとおり、専ら義則の過失により発生したものであり、被告及びその職員は運送に関し注意を怠らなかったから、被告には損害賠償義務はない。すなわち、

(一)  被告の職員水戸鉄道管理局長は、同局旅客荷物輸送統計報告等基準規程により、管内各駅長(平駅及び内郷駅の駅長を含む。)並びに区長に対し、調査期日を二月、五月、八月、一一月中の第二水曜、木曜及び金曜日とし、その各列車別の定期外、定期(通学、通勤別)の乗降人員をは握し、終了後その結果を直ちに報告させることとし、これによって各列車の混雑状況を検討し、安全配慮を行っているが、昭和五二年の本件列車の内郷駅、平駅の乗降人員は次のとおりであり、それ程の混雑度とは考えられない。

駅別

日時

人員

通勤

通学

一般

合計

内郷駅

二月

二四

三一

一三五

八六

一五

二六

一七四

一四二

五月

九一

七四

三二四

五七四

二六

六五

四四一

七一三

八月

二六

三九

三八

二三

二〇

四〇

八四

一〇二

一一月

二二〇

三五

一三五

四四

三一

六二

三八六

一四一

平駅

二月

二一九

四七七

六八

七六四

五月

二一一

四九四

一二一

八二六

八月

一九六

四六〇

一〇九

七六五

一一月

二一四

四六〇

九四

七六八

ちなみに、被告は、昭和五二年一一月九日から一一月一九日まで(一三日の日曜日を除き)一〇日間にわたり本件列車の内郷・平駅間の乗車人員を号車別に調査したが、その結果は別表のとおりであり、義則が乗車していた九号車(前から二両目)の右調査期間一〇日間の平均乗車人員は一四四名であり、一方、九号車の座席数は八八席であるので、立っている人は五六名となり、旅客が車中に入ろうとすれば十分入れる状態であった。

なお、本件事故当日、修学旅行中の高校が二校、修学旅行から帰り、休校であった高校が一校あり、高校生の乗客は平常よりも少なく、本件列車は通常よりも相当空いていたのである。

(二)  義則にその意思があれば、本件列車の車両内に入れないような混雑でなかったことは前述のとおりであるが、被告は、通勤・通学用として右時間帯に合せ、本件列車の外、本件列車の二九分前(内郷駅発午前七時三一分)に下り普通旅客列車(内郷・平駅間は四両編成)を水戸・四倉間に、また、本件列車の一一分後(内郷駅発午前八時一一分)に下り普通旅客列車(一一両編成)を水戸・仙台間にそれぞれ運転し、混雑の緩和を図っており、義則は、時間的にこれらの列車を利用することも十分可能であった。

なお、原告らはステップ部分にしか乗車できないような状態であったと主張するがこれも事実に反する。ちなみに、冬期には、いわゆる着膨れの状況にもかかわらず、全車両のドアが閉められて進行している。

(三)  本件事故当日、内郷駅下りホームでは当務駅長(助役)鈴木道雄及び運輸係佐藤盛の二各が列車監視及び客扱いの職務に従事しており、右両名は水戸鉄道管理局運転取扱標準に基づき、佐藤において、同ホームに到着した本件列車の列車監視及び客扱いを行い、本件列車の旅客の乗降が終了し、他に乗車しようとする旅客が認められなかったので、同じく本件列車監視及び客扱いに当っていた鈴木に客扱終了の合図を送り、この合図を受けた鈴木は、自らも全車両の旅客の乗降が終了したこと(ステップ部分に乗車しているような異常がないことの確認を含む。)及び出発信号機の表示が正当であることを確認して出発合図をし、本件列車を異状なく出発させた。

(四)  被告は客車列車の運行に当たり、乗客に対し車内放送や駅舎内等の掲示により、デッキに乗車することは危険であるから車内に入るよう、また、デッキのドアを閉めるよう案内した外、地元各学校長を通じ書面や打合せ会等において口頭で列車通学生の傷害事故防止について繰り返し協力を依頼し、更に、車掌が車内巡回の際にはデッキ付近に乗車しないよう案内すると共にドアを閉めるなどして乗客の安全輸送に努めているものである。

(五)  以上のとおり、被告又はその職員は本件列車の運行につき安全義務を十分尽くしていたものであるから、本件事故につき何らの過失もないというべきである。

(六)  仮に、原告ら主張のような事故の態様で本件事故が発生したとしても、右は義則の一方的過失によるものというべきである。すなわち、

(1) 義則が通学していた本件列車は、客車一〇両で編成されており、各車両とも座席(一車両当たり八八席)は満席であったが、前述のとおり通路は十分余裕があり、また、デッキ付近にも乗客はいたが、その間を通って車内に入れない程の混雑ではなかったから、義則に安全な車両内に入ろうとする意思があれば十分入れる状態であった。にもかかわらず、義則は、次の平駅で下車する便宜のためか、あるいは涼を求めるためか、はたまたスリルを味わうためかはともかくとして、原告らの主張によれば、旅客の乗用に供せざる箇所であるステップ部分にとどまったというのである。右ステップ部分は、客の乗用に供せざる箇所として鉄道営業法三三条三号によって旅客に乗用が禁止されているところであって、幅八一センチメートル、奥行二四・八センチメートル(なおデッキの垂直線から外側は一八センチメートル)の狭い箇所であり、デッキに上る手段のための補助板に過ぎず、列車のドアが閉れば、その外側に位置する部分であって、ここに踏みとどまることは危険極まりない行為である。

(2) しかも、当日は、原告らも認めているとおり、雨模様の天候で滑りやすい情況であり、まして、列車が加速され、進行すれば滑り落ちる危険性が多分に予想されたのであるから、義則は列車がそれ程加速されないうちにデッキに上り、更に車中に入るべきであった。にもかかわらず義則は(イ)運動ぐつのかかとを踏みつぶした不安定な着用をし、(ロ)しかも、進行方向に対して後ろ向きで、(ハ)かつ、訴外菅野義昭と二人並んで、(ニ)一本の出入口握り棒を両手で握るという極めて不安定かつ危険な状態の乗車をした。

(3) 以上のとおり、本件事故は、専ら義則が列車のような高速度で大量輸送の交通機関を利用する旅客として乗車する際に要求される危険防止についての通常の注意義務を欠いたために発生したものであって、被告又はその職員には何らの過失がない。

三  立証《省略》

理由

一  請求の原因(一)の事実のうち、義則が旅客・貨物の運送業務を営む被告から遅くも昭和五二年九月一三日までに期間向こう三か月、区間内郷駅平駅間の通学定期乗車券を買い求めたこと、同(一)、(二)の事実のうち、右定期の期間内である同月三〇日午前八時ころ義則が内郷駅から本件列車に乗り込み原告ら主張の時間、場所において同列車乗降口から転落して死亡したことはいずれも当事者間に争いがなく、右事実によると、義則は、遅くも本件事故に先だつ昭和五二年九月一三日までに、被告との間で、期間向こう三か月、区間内郷駅・平駅間の旅客運送契約を締結したうえ、これに基づき、前記認定の日時に本件列車に乗り込んだものと認めることができ、また、右契約により、被告は、義則を目的地(平駅)まで輸送するに当たり、その安全に留意すべき義務を負担するに至ったというべきである。

二  そこで、進んで、本件事故につき被告には商法五九〇条による損害賠償義務が認められるかどうかを判断するのに、当裁判所は、以下に述べる理由により、この点を否定すべきものと考える。

1  まず、請求の原因(三)の(1)において原告らが主張する、被告が混雑緩和のための車両増結などの措置を採らなかったことが前記運送契約の履行につき必要な注意を怠ったといえるかどうかについて判断する。

《証拠省略》を併せると、

被告は、本件事故に先だつ昭和四一年一二月、適切かつ能率的な輸送遂行の資料を作成する目的で現行の「旅客輸送統計報告等基準規程」を定め、旅客の交通量等を調査することとし、これに伴い、内郷駅、平駅等を管轄する被告水戸鉄道管理局においても、同四三年一月以降は二、五、八及び一一月の各月の第二水、木及び金曜日に管内の駅、区長をして各列車別に定期外及び定期(通勤、通学別)の乗降人員を調査せしめて同局長に報告すべきものとしていること、なお、本件列車の内郷駅・平駅間の混雑状況は、本件事故後の同五二年一一月九日から同月一九日までのうち日曜日を除く一〇日間の調査の結果では、別表のとおり、定員の一五七・〇パーセントから一八三・三パーセントの間を前後し、その平均で一七二・〇パーセントに過ぎないことを各認めることができ、これによれば、右乗降人員の調査、報告を集計しても、本件事故に先だつ数か月の混雑状況もこれと同程度のものであったと推認することができ、右の混雑状況は、《証拠省略》によれば、乗客が列車客室内に入ろうと思い、通常の努力を払えば客室内に入れる余地があったこと、少なくともデッキ部分に乗客があふれ出て列車の乗降口とびらが物理的に開閉できないというような状態ではなかったこと、したがって、ステップ部分に乗客が乗車せざるを得ないというような状態はなかったと認められ、右認定に反する証人菅野昭義、同日野泰英及び同志賀紀雄の各証言部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(右証人菅野及び同日野の各証言中でも、本件事故当時列車客室の中央部は空いていたこと、同人らのかばんをデッキ床面上に置く程度の余裕はあったこと、本件事故当時より着膨れで更に混雑すると思われる冬期間にデッキのドアを閉めて列車の運行がされていたこと等の事実が認められるのである。)。

以上によれば、本件列車については、被告において本件事故前にその混雑緩和のための車両増結などの措置を採るべき必要があったとは直ちには認められないと言わざるを得ない。このように、本件事故に先だって同列車の混雑状況自体から被告に混雑緩和のための措置をなすべきものとするだけの根拠を見出し難い外、他に被告が右のような措置を採るべき格別の事情が認められない本件にあっては、結局、被告には前記原告ら主張の車両増結等の義務はなかったという外ない。

2  次に、同(三)の(2)において原告らが主張する、被告の職員が本件列車の出発、運行に際し、要請される安全配慮義務を怠ったといえるかどうかについて判断する。

義則が本件列車の乗降口から転落したことは当事者間に争いがなく、義則が内郷駅で本件列車の前から二両目・進行方向に向かって左側前部の乗降口から同列車に乗り込んだことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす(義則が本件列車に乗り込んだことは、当事者間に争いがない。)。そして、このことに、《証拠省略》を併せると、

義則が本件列車に乗り込んだ内郷駅においては、同列車は午前七時五七分三〇秒に到着し、同駅に二分三〇秒停車した後午前八時に出発するものとされていること、本件列車は、いわゆる通勤・通学列車であることから、他の通常の列車にあっては同駅ホームで列車の到着及び出発に関する業務を担当するのは当務駅長(駅長又は助役)一名であるところを特に客扱い業務につき同人を補助する職員一名を付加して配置していたこと、本件事故当日の当務駅長鈴木道雄は同列車(客車は全部で一〇両編成)が内郷駅に停車中まず前から三、四両目、次いで同五、六両目の乗客の乗降を整理したうえ、内規の定めるところにより、当務駅長の定位置に至り、同所でブザーにより改札担当者から「客なし」の合図を受けると共に、特に混雑する前から七、八両目の乗客の乗降を整理し終えた前記補助職員の佐藤盛から「客扱い終了」の合図を受け、出発信号機の安全を確認して同列車機関車運転士に出発の合図を送るという手順でその業務を行ったこと、したがって、右鈴木あるいはその補助者の右佐藤は同列車のうち義則の乗り込んだ前から二両目の乗降口の整理はしていなかったこと、一方前記当務駅長の定位置から義則が乗り込んだ前から二両目・進行方向に向かって左側前部の乗降口までは機関車が定位置に正確に停止した場合は約五七メートルもの距離があり、右当務駅長の定位置から本件列車と同一構成の列車の右義則の乗り込んだ位置(ただし、機関車停止位置の関係から、このときの両点の距離は六二・六七メートル)の見通し状況は(ただし、本件事故と日の出後の経過時間はほぼ同じ)、晴天の下においてさえ、同位置の乗降口ステップ部分に握り棒をつかんで乗車した場合でも上体をホーム側に乗り出さなければ同所に人がいるとは判別し難い程度であること、本件列車が本件事故当日内郷駅から出発したときの天候は今にも雨が降りそうな曇り空であったこと、しかして、右鈴木としても右のようにして出発の合図を送るに際し右ステップ部分付近に乗客の姿は見えなかったことから発車可能と考え前記のとおり出発の合図をしたこと、他方、本件列車のうち義則の乗った前から二両目付近の内郷駅・平駅間の混雑の程度は、本件事故後の昭和五二年一一月九日から同月一九日までのうち日曜日を除く一〇日間の調査の結果では前から一両目や後から一、二両目と共に他の車両のそれに比して相当低く、しかも、本件列車全体のそれですら、前認定のとおり、定員の一五七・〇パーセントから一八三・三パーセントの間を前後し、その平均で一七二・〇パーセントに過ぎないところ、本件事故当日は修学旅行中あるいはその代休により本件列車を利用する通学生徒数は減少していたことから、いわゆる通勤・通学列車である本件列車の前記数値は右当日においてもこれを超えるものとは認められないこと、また、本件列車の内郷駅における乗降状況は昭和五二年二月、五月、八月及び一一月の調査によれば定員が八五六名に対し乗人員が八四名ないし四四一名、降人員が一〇二名ないし七一三名の間にあるところ、同駅における乗降客は通常前から三両目ないし七両目にほぼ集中しているのに対し、前から一、二両目はあまり乗降客はおらず、混雑の程度はさほどではなく、その状況は前記1において認定のとおりであること、被告は、右のような列車利用状況の下で、本件列車を運行するにつき、乗客に対し車内放送や駅舎内等の掲示により、特に列車通学生に対しては地元学校長を通じて、列車のデッキ部分に乗車しないよう、乗降口とびらを閉めるようにとの呼掛けをするなどして乗客の安全に留意していたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、鉄道による旅客運送の場合、その大量かつ高速輸送機関たる性質に照らせば、乗客の安全に関し運送人として尽くすべき契約責任上の義務は、いやしくも乗客がなすかもしれない危険な挙動の可能性をことごとく想定し、これに対する防止策を採ることまでも要求されるという程度のものとは解されず、その運送の方法及び特性、運送手段の物理的構造とそこに内蔵する危険性、右危険に対する利用者の知識程度及びその回避手段の難易、利用者の多寡、乗降の態様等その運送の実体に応じて決せられるべきものであり、具体的状況によっては、乗客自身が予想される危険を自ら回避するであろうことを期待し、その挙動を信頼したうえでの措置を採ることをもって足りる場合があると解するのが相当である。そこで以下、その尽くすべき義務の内容について検討するのに、まず、鉄道輸送の場合には、出来る限り高速で、しかも多くの停車駅を、あらかじめ明示されている発着時刻に応じて利用者を乗降させていかなければならないという特性を有しており、それ故、利用者も右鉄道の運行時刻に合わせて自己の行動を決定していくものであって、したがってその停車時間も出来る限り短時間としてその短時間のうちに利用者の乗降を終了させなければならないという他の運送手段とは異なった一面を有している。短時間の停車時間内にその乗降に伴う危険の防止措置を鉄道設置者側に完全に採らせるとすれば、特に本件列車のように全部で一〇両の客車があり、そのほぼ全体にわたって乗降客があるような場合には、例えば少なくとも駅員一〇名前後をその各乗降口付近に配置し、ステップ乗車の禁止、とびらの開閉、客席への誘導などをさせなければならなくなるであろう。しかしながら、本件列車につき前記認定のごとき乗降人員及び混雑状況に過ぎない内郷駅において右のごときを要求することは余りに鉄道営業の採算を無視し、不可能を強いるものと言わざるを得ないのみならず、利用者側についてみても、右のごとき危険、すなわち、とびらを開けたままデッキないしステップ部分に乗車することがいかに危険であるかの判断、及びそれを避けるための措置(例えば、ドアを閉じてデッキ部分に乗り込むか、客車内に進むこと)を採ることはおよそ列車利用者にとって、少なくとも義則のような高校生にとっては、容易に判断できる事柄に属すると考えられ、前示の混雑状況の下にあっては列車利用者に対し右のような行動を要求することは運送契約の本旨にもとることもないと考えられる。そうだとすれば、前記のごとき乗降客数の内郷駅においてしかも前記のごとき混雑状況の本件列車の乗客の安全に関しては、被告及びその利用者のそれぞれが負担すべき危険防止のための措置としては、少なくとも右危険防止のための措置を被告側の責任において挙げて実行すべきものとする運送契約上の責任はなく、前記のように一〇名前後の駅員をその乗降口付近に配置する必要はないと言わざるを得ない。そして、前記認定のごとく、本件列車の内郷駅での停車時間が二分三〇秒であり、同列車全体の混雑状況ないし乗降状況も先に認定判断した程度のものに過ぎない以上は、同列車を内郷駅から出発させ、運行するに当たっては、先に認定したような被告の行った程度のもの、すなわち、当務駅長の外に一名の補助職員を配置して特に乗降が一般に集中する箇所の乗降整理を了したうえ内規の定めるところに従って出発の安全を確認するということに加え、なお、前記場所以外でも、特別混雑が著しく、あるいは乗降客が多く、そのため乗降口ステップ部分付近に乗客の姿が認められるような箇所があれば、適宜同所で乗降の整理を行い、あるいは声を掛けて右危険な状況を除去したうえ出発させ、運行するという程度の注意を尽くせば十分であり、これ以上の義務、すなわち、例えばすべての乗降口を見廻り、その乗客を列車の客室内に誘導し、ステップ部分はもちろん、デッキ部分に乗客が乗車していないことを確認し、あるいは、被告において乗降口とびらを一々閉じ又は乗客が右とびらを閉じたことを確認して出発させるまでの義務はないものというべきである。右のごときは利用者の負担においてなさるべき事柄と解するのが相当である(最高裁判所昭和四〇年(あ)第七三三号、同四一年六月一四日第三小法廷判決、最高裁判所刑事判例集二〇巻五号四四九頁の趣旨は、以上説示の限度で、鉄道による旅客運送契約における乗客と運送人が相互に負担すべき契約上の義務につき妥当するものと考えられる。)。そうすると、義則が乗り込んだ本件列車の前から二両目前部の乗降口付近の通常の混雑状況や乗降状況が先に認定した程度のものであり、他に特段の資料もない本件にあっては、本件事故当日のそれもほぼ右と同様であったと推認することができること、鈴木当務駅長が右付近に乗客の姿を認めなかったことは前認定のとおりであるから、被告又はその職員は、本件列車を内郷駅から出発・運行させるにつき要請される安全配慮上の注意義務を尽くしたものといわねばならない。他に本件事故につき被告又はその職員に運送契約上の注意義務違反があったとの疑いを抱しめるような点も認められない本件においては、結局のところ、本件事故は被告の責めに帰すべからざる事由によって生じたものという外ない。(なお、義則が転落した箇所が本件列車の乗降口ステップ部分からか、デッキ部分からかについては、当事者間に争いがあるけれども、以上説示した注意義務の内容からすれば、この点は、そのいずれであるにせよ、被告の過失の有無についての結論に影響を及ぼすものではない。)

三  以上の次第で、義則の被告に対する商法五九〇条による損害賠償債権が認められない以上、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須藤繁 裁判官 大谷種臣 園部秀穂)

〈以下省略〉

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