大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

那覇地方裁判所 昭和57年(ワ)172号 判決

当事者

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  被告は、別紙認容額一覧表(略)記載の各原告に対し、同表各認容額欄記載の各金員及び同表内金額欄記載の各金員に対する同表損害金起算日欄記載の日から各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  別紙認容額一覧表記載の各原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告玉那覇順正の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告玉那覇順正と被告との間においては、被告に生じた費用の二二分の一と同原告に生じた費用を同原告の負担とし、原告玉那覇順正を除く原告らと被告との間においては、被告に生じたその余の費用及び原告玉那覇順正を除く原告らに生じた費用を五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告玉那覇順正を除く原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別表1(略)支払額欄記載の各金員及び同表内金額欄記載の各内金に対する同表損害金起算日欄記載の日から各支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシー会社であり、原告らは、いずれもその従業員でタクシー乗務員である。但し、原告古波蔵勇は昭和五七年一〇月一五日、原告比嘉幸吉は昭和五九年一〇月二五日、原告屋宜宣徳は昭和六一年六月四日、原告古我知幸一は昭和五八年三月二六日、原告国吉政一は昭和五八年六月二五日、原告玉那覇順正は昭和五七年一〇月一〇日、原告佐久原好彦は昭和五九年二月二六日、原告奥間正光は昭和五七年二月二六日、原告仲西秀雄は昭和六〇年七月九日、それぞれ退職した。

2  賞与請求権

(一) 被告は、就業規則(昭和五〇年四月一四日労働基準監督署届出)五八条において「会社は事業の成績により別に定める賃金規定により賞与を支給することがある。」と定め、同条を受けて被告の賃金規程二九条一項は、「賞与は原則として毎年旧盆及び年末に支給する。但し会社の業務成績によっては支給しないことがある。」と定めているが、被告の従業員については、右就業規則の制定前から、夏、冬の年二回賞与が支給され、右就業規則制定後も右賃金規程に従い、旧盆及び年末の年二回の賞与が支給されてきた。

(二) 被告においては、タクシー乗務員について、その賃金体系により、甲種と乙種の二種類の乗務員が存在し(以下、甲種乗務員の賃金体系を「甲型賃金」といい、乙種乗務員の賃金体系を「乙型賃金」という。)、乙型賃金は、完全歩合給であって賞与が支給されないのに対し、甲型賃金においては月額賃金は乙型賃金のそれよりも少ないため、甲種乗務員にとっては、年二回の賞与は賃金の一部であり、それゆえ、賃金規程上右(一)の賞与の規定は甲種乗務員についてのみ適用されることとなっており、甲種乗務員としての採用時にも、年二回の賞与が労働条件として説明されていたのである。

(三) しかも、賞与の額について、賃金規程二九条二項は「賞与の支給額等については、その都度決定する。」と定めているけれども、被告においては、昭和四九年から社団法人沖縄県タクシー協会(以下、「タクシー協会」という。)が毎年指示する賞与の支給方法(以下、「協会案」という。)にしたがって支給してきた。すなわち、夏季賞与については前年一二月から当年五月まで、冬季賞与については当年六月から一一月までの各六か月間に、それぞれ基準営業収入額(昭和五六年は一か月当たり二六万円)を達成した者に対し、標準支給額を支給することを基準とし、これに別紙(一)のとおり増減点の考課を行い、毎年八月末日及び一二月末日限り支給していた。

標準支給額は昭和四九年から五六年にかけて別表12記載のとおりであった。

(四) したがって、右の支給方法は、既に労働慣行として確立し、労働条件の内容となっていたのであるから、原告らは当然に、毎年旧盆及び年末の二回、すなわち夏季賞与については八月末日までに、年末賞与については一二月末日までに、別紙(一)記載の方法に基づいて算定した賞与の支給を受けることができる。

(五) ところが、被告は、昭和五六年から六〇年の各賞与支給期において、原告らに対し、別表2ないし11(略)の各受給額欄記載の賞与しか支給していない。

(六) 原告らの昭和五六年から六〇年までの間における賞与計算の基礎となる営業収入合計額、月当たりの平均営業収入額、売上考課、出勤考課、勤続考課及び事故減点については別表2ないし11の各欄記載のとおりであり、これを基礎にして別紙(一)の基準に基づいて計算する(但し、標準支給額は各年とも昭和五六年のそれと同額とする。以下同じ。)と、各期の賞与額は別表2ないし11の総支給額欄記載のとおりとなるので、原告らは、被告に対し、右総支給額から右(五)の受給額を除いた右各別表の未払賞与額欄記載の金員の合計すなわち別表1の支払額欄記載のとおり、賞与請求権を有する。

3  不当労働行為

(一) 原告らは、いずれも、被告の従業員で組織する浦添交通労働組合(以下、「組合」という。)の組合員である。

(二) 被告は、原告らが昭和五六年一月二〇日組合を結成し、労働条件の改善、殊に甲種乗務員について時間外及び深夜割増賃金の支払いを要求し始めたことから、組合を敵視し、組合を弱体化させる意図の下に、同年八月七日従前の代表者平良専徳を現代表者大冝味賢一に交替した上、同年夏季賞与から従前の計算基準に基づく支給を行わず、右2(五)のとおり、低額の賞与を支給している。しかし、甲種乗務員については、前記2(二)のとおり、賞与は実質的賃金の性格を有するものであるから、これは、甲種乗務員の賃金を一方的に引き下げるもので、組合員のほとんどを占める甲種乗務員を差別し、これを割増賃金を要しない乙種乗務員に移行させ、もって、組合の弱体化を図るものである。

したがって、被告の昭和五六年以降の賞与の減額支給行為は、労働組合法七条に違反する不当労働行為であり、原告らに対する不法行為を構成する。

(三) 原告らは、被告の右不当労働行為により、従前の賞与計算基準に基づく賞与額と現実の支給額との差額すなわち前記2(六)において主張した金額に相当する損害を被っている。

(四) 仮に、右(三)の主張が認められないとしても、原告らは、右不当労働行為により、昭和五六年以降、今日まで、違法不当な差別による精神的苦痛を受けているが、これを慰謝するために、右(三)と同額の慰謝料が相当である。

4  結論

よって、原告らは、被告に対し、主位的に未払賞与として、二次的に不法行為に基づく損害賠償として、別表1支払額欄記載の各金員及び同表内金額欄記載の各内金に対する同表損害金起算日欄記載の日(各賞与の支給日より後の日で各不法行為よりも後の日でもある。)から各支払済みに至るまでそれぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、被告のタクシー乗務員にその賃金体系により甲種と乙種の二種類の乗務員が存在すること、乙型賃金が完全歩合給であることは認め、その余は否認する。

(三)  同2(三)の事実のうち、賞与額について賃金規程二九条二項は「賞与の支給額等については、その都度決定する。」と定めていること、昭和四九年からタクシー協会が毎年賞与の支給方法についての協会案を作成していたこと及び協会案の標準支給額が昭和四九年から五六年にかけて別表12記載のとおりであったことは認め、その余は否認する。

被告は、各期の営業成績に基づき、各期の賞与支給総額を決定した上で、協会案の計算方法を参考にして賞与の額を決定してきたのである。協会案の標準支給額等は一応の目標額にしたにすぎないし、協会案には被告に対する拘束力もない。

(四)  同2(四)は争う。

(五)  同2(五)の事実は認める。

(六)  同2(六)の事実のうち、原告らの昭和五六年から六〇年までの間における賞与計算の基礎となる営業収入合計額、月当たりの平均営業収入額、売上考課、出勤考課、勤続考課及び事故減点については別表2ないし11の各欄記載のとおりであることは認め、その余は争う。

賞与は、右賃金規程二九条二項から明らかなとおり、被告の営業成績いかんによって、支給の有無、支給額が決定されるものであるから、昭和五六年以降の賞与が従前に比べ低額のものとなっても、賞与の性格上、正当な支給というべきである。

3(一)  請求原因3(一)の事実は不知。

(二)  同3(二)の事実のうち、昭和五六年八月七日付けで被告の代表者が平良専徳から大冝味賢一に交替したこと及び同年夏季以降請求原因2(五)のとおりの賞与を支給していることは認め、その余は争う。

(三)  同3(三)、(四)の主張は争う。

甲型賃金においては、基本給、歩合給、無事故手当、精勤手当等を月額賃金として支給し、更に、原則として年二回の賞与を支給するほか、退職金も支給するので、各人の営業収入に対する歩合率は乙型賃金よりも低くなっている。しかし、甲型賃金において月額賃金、賞与及び退職金を合計した実質支給額は、同じ営業収入をあげた乗務員の乙型賃金における実質支給額を上回るものである。したがって、被告が昭和五六年以降、甲種乗務員に対する賞与支給額を減額したとしても、組合員を差別したり、組合の弱体化を図って行ったものではない。

三  被告の主張

1  経営状態の悪化

(一) 被告の営業収入は、設立時から昭和五五年度に至るまで毎年確実に増加し昭和五三年度まではタクシー一台当たりの営業収入もタクシー協会加盟のタクシー会社の平均を上回っていたのであるが、昭和五六年度は、営業収入が大幅に減少し、一台当たりの営業収入は、タクシー協会加盟会社の平均八五万八二二六円を大きく下回る六四万四六五〇円であった。その原因は、原告らが、順法運行闘争という名目でサボタージュを行ったためである。

(二) 殊に、昭和五六年夏季賞与の支給時すなわち同年八月の時点において、被告の営業成績はタクシー協会加盟のタクシー会社と比較して約四〇パーセントの減収であって、会計年度内においては約七五〇〇万円の減収が見込まれたため、本来ならば賞与の支給ができる経営状態ではなかったが、一部の乗務員の精勤努力に報いる意味で、前年度賞与引当金三八〇万円のうち二五〇万円を原資としてその範囲内で賞与の支給を行うこととした。

そこで、これを公平に配分するために、各乗務員の営業収入、勤務成績、事故の有無等を勘案して協会案に基づいて算出し、二五〇万円という金額は右算出した金額の総額の四割程度であったので、各乗務員に対し、右算出した額の四割を別表2の受給額欄記載のとおり賞与として支給したのである。

(三) 昭和五六年年末賞与の支給時においては、被告の昭和五六年度の営業収入が他社と比較して約七五〇〇万円、前年度と比較して三一八六万一四七〇円の減収であることが明らかとなった。そこで、被告は夏季賞与と同様の趣旨から、賞与引当金の残金一三〇万円を原資として、支給基準額を二万五〇〇〇円とした上、売上考課、出勤考課及び事故考課を行い、別表3の受給額欄記載のとおりの年末賞与の支給を行ったものである。

なお、夏季は二月から七月、年末は八月から一二月を各考課の対象期間としたが、これは、乗務員の勤務成績が昭和五六年二月から極端に悪化したため、これを賞与支給に反映させるために行ったものである。

2  原告我那覇隆幸(以下、「原告我那覇」という。)の地位について

(一) 原告我那覇は、昭和五六年八月六日午前三時三〇分ころ、被告の事務所内において、被告の社員知念良一に対し、アメリカ製銃剣を突きつけ、暴行脅迫に及ぶという悪質重大な非行をなしたため、同月一〇日、被告は同原告を懲戒解雇したのである。したがって、昭和五六年夏季賞与の支給日に原告我那覇は在職していなかったところ、被告においては、賞与支給日当日に在職している者に限り賞与を支給すべき労使慣行が成立していたから、同原告は昭和五六年夏季賞与の請求権を有しない。

(二) また、右懲戒解雇をめぐる原告我那覇申立の当庁における仮処分申請事件において、昭和五七年一二月二四日、同原告と被告との間に、同原告が昭和五八年五月三一日まで就労しないこと及びその間の賃金を請求しないことを内容とする和解が成立したのであるから、同原告は、昭和五六年夏季賞与の請求権を放棄したものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

被告の営業収入が減少したのは、被告が昭和五六年四月に、タクシー乗務員に対して午前二時帰庫を命ずる業務命令を発して以来である。すなわち、この業務命令によって、タクシーの稼働時間が短縮し、また、乗務員の確保ができず、休車が増えたために、営業収入が減少したのであって、組合活動によるものではない。しかも、昭和五七年以降、被告の経営は順調であり、何ら協会案に沿って支給を行うことができない状態ではない。

2(一)  被告の主張2(一)の事実のうち、原告我那覇が昭和五六年八月一〇日付で被告より懲戒解雇の意思表示を受けたことは認め、その余は争う。

原告我那覇は、昭和五六年夏季賞与の基礎となる昭和五五年一二月から五六年五月まで被告のタクシー乗務員として勤務していたから、当然に賞与請求権を有するし、仮にそうでないとしても、右解雇の効力を争って同原告が申請した地位保全仮処分申請事件(当庁昭和五六年(ヨ)第二二二号)において、昭和五七年一二月二四日、被告との間に和解が成立し、その内容として同原告が引き続き被告従業員の地位を有することを相互に確認した(和解条項の二項)のであるから、昭和五六年夏季賞与の支給日においても同原告は在職しており、賞与請求権を有する。

(二)  被告の主張2(二)は争う。

原告我那覇が右和解において放棄した請求は、右仮処分申請事件において仮払いを求めていた毎月の平均賃金であって、昭和五六年夏季賞与は含まない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの賞与請求権の存否について判断ずる。

1  まず、原被告間に、昭和五六年以降、別紙(一)の基準により賞与を支給すべき旨の合意が成立していたかについて検討する。

(一)  請求原因2(一)の事実、同2(二)の事実のうち、被告のタクシー乗務員にその賃金体系により甲種と乙種の二種類の乗務員が存在すること、乙型賃金が完全歩合給であること、同2(三)の事実のうち、賞与額について賃金規程二九条二項は「賞与の支給額等については、その都度決定する。」と定めていること及び昭和四九年からタクシー協会が毎年賞与の支給方法についての協会案を作成していたこと、協会案の標準支給額が昭和四九年から五六年にかけて別表12記載のとおりであったこと、同2(五)の事実、同2(六)の事実のうち、原告らの昭和五六年から六〇年までの間における賞与計算の基礎となる営業収入合計額、月当たりの平均営業収入額、売上考課、出勤考課、勤続考課及び事故減点については別表2ないし11の各欄記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に加え、(証拠略)、原告玉那覇順正、同豊元進及び被告代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。

(1) 被告は、昭和三六年に設立され、従業員数の増加に伴い、昭和四五年に賞与支給の条項を含む就業規則を定め、このころから、従業員に対して賞与を支給してきたが、昭和五〇年に定められた就業規則を受けて定められた賃金規程は、二九条において「賞与は原則として毎年旧盆及び年末に支給する。但し、会社の業務成績によっては支給しないことがある。賞与の支給額等については、その都度決定する。」と規定し、かつ、二条において、乙種乗務員には右賞与の規定を適用しないとしている。なお、就業規則及び賃金規程には、賞与の支給額、支給方法等を具体的に定めた規定はないし、賞与の支給に関する労使間ないし原被告間の文書による取決めもかわされていない。

(2) 被告は、昭和四九年から五五年まで(五一年を除く。)、タクシー乗務員に対し、一人当たり平均額にして次のとおりの賞与を支給してきた。

〈省略〉

(3) タクシー協会は、沖縄県内のタクシー会社のうち一〇二社(昭和五九年六月当時)が加盟している社団法人で、関係官庁等との連携を密にし、タクシー事業の経営の円滑化、合理化、社会福祉の増進及び協会員の親睦を図ることを目的とするものであるが、加盟タクシー会社の賞与に関し、毎年、「乗務員賞与(参考案)」と題する協会案を作成し、その中で、甲種乗務員に対する夏季及び年末の賞与の標準支給額、売上考課、出勤考課、事故考課、勤務考課及びその他考課の方法、点数、基準とすべき平均営業収入額等を定めてきた。その内容は、昭和五六年に関しては査定に関する細かい点を除き概ね別紙(一)の賞与算定方法と同じであった。

(4) 被告が昭和四九年から五五年にかけて行ってきた賞与の算定方法は、基本的には各年の協会案の内容とほとんど同じであり、標準支給額についても、昭和五二年年末から五五年夏季の間、ほぼ協会案のそれを採用した上で、甲種乗務員に対する賞与を算定してきた。なお、夏季賞与は前年一二月から当年五月まで、年末賞与は当年六月から一一月までの各六か月間を対象とするものである。

(5) ところが、昭和五六年は、被告の営業収入が前年度に比べ約一六パーセント減少したことから、支給総額を夏季二五〇万円、年末一三〇万円とし、各乗務員の勤務成績に応じて査定した上、賞与を支給したが、その額は一人当たり平均夏季五万一二七六円、年末二万六六一一円であった。

以上のとおり認めることができ、これを左右するに足る証拠はない。

(二)  右のような賞与支給の実態を前提として検討するに、本件において、就業規則及び賃金規程は甲種乗務員に対し原則として年二回の賞与を支給すべきものと定めているけれども、その支給金額あるいは算定方法を具体的に示しておらず、他に原被告間ないし労使間に昭和五六年以降の賞与の支給額あるいはその算定方法について明示的な合意をなしたとの事実を認めるべき証拠はない。

なお、証人宮城高一郎は、昭和五三年四月ころ、被告のタクシー乗務員として、臨時採用から本採用になる際に、被告の社長の面接を受け、賞与について協会案を読まされた旨供述しているが、同証人のその点に関する供述には曖昧な点があり、右供述は採用することができず、原告玉那覇順正及び同豊元進の供述中には、同人らが臨時採用の乗務員であったころ、当時の被告代表者平良専徳から本採用の乗務員についての説明を受ける際に、本採用になれば賞与が支給されること及びそれは協会案に基づいて行う旨説明された旨の供述部分があるけれども、同原告らの供述によっても、その当時右平良が協会案の内容を具体的に示して説明したものとも、同原告らが協会案の内容を当時既に知っていたものとも認められず、かつ、証人平良専徳は、乗務員採用の際、原則として賞与を支給するが会社の営業成績によって支給しないこともある旨説明した旨証言していることにも照らせば、同原告らの前記供述から直ちに、協会案に従った賞与の支給が、甲種乗務員としての採用の条件になっていたものと認めることはできない。

(三)  ところで、本件においては被告が約七年間にわたって各年の協会案とほぼ同一の標準支給額、考課方法によって、甲種乗務員に年二回の賞与を支給してきているので、昭和五六年以降についても、協会案ないしそれに準ずる基準に基づいて賞与を支給すべき原被告間の黙示の合意ないし労働慣行が成立していたといえるか検討する。

(1) 協会案の性格に関しては、(証拠略)によれば、タクシー協会は、加盟タクシー会社の平均的営業収入、前年の協会案の内容を検討し、参考案として前年協会案を作成していること、タクシー協会は、タクシー乗務員の賃金についてもモデル案を作成していること、しかし、同案及び賞与に関する協会案を採用することについては、タクシー協会は加盟タクシー会社に対する強制力があるわけではなく、実際にも各社の賞与は必ずしも協会案にしたがって賃金、賞与を支給しているわけではないこと、昭和五七年以降、タクシー協会は、協会案を各タクシー会社に配布していないことが認められ、右認定に反する原告玉那覇順正及び同豊元進各本人の供述は採用できない。

(2) また、賞与の標準支給額、考課方法の決定に関しては、(人証略)の各証言、原告玉那覇順正、同豊元進各本人尋問の結果によれば、原被告間ないし労使間において、賞与支給の都度標準支給額、支給方法について交渉が行われ、あるいは、具体的な合意に基づいて賞与が支給されてきたわけではなく、被告において、営業収入が順調に増加していたこともあって、昭和四九年から五五年までは協会案にほぼ従って、その都度社員総会に諮って承認を得て、標準支給額、考課方法を決定し、具体的な額を算定してきたこと、被告は、この算定方法については、昭和五五年の夏季までは、支給の都度、文書を掲示して乗務員らに知らせていたこと、同年年末分については、原告らの求めに応じて経理担当の職員が、口頭で算定方法を説明したこと、しかし、それらの説明に際しても、各年の協会案の内容が具体的にどのようなものであるかは、知らされなかったこと、以上のとおり認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(3) 前記(一)及び右(1)、(2)の事実を前提にして検討するに、協会案には必ずしもそれ自体に被告に対する拘束力があるわけではなく、標準支給額については支給の都度もっぱら被告が決定してきたもので、その他労使間の交渉の場面で被告が賞与の額については協会案に拘束されることを前提に交渉に応じてきたとの事情も窺われず、むしろ、前記就業規則ないし賃金規程の定めのもとでは、本件の賞与は、ある程度、使用者の営業成績ないし経営状態に応じて支給の都度標準支給額を決定する余地を残しているものとみるべきであり、被告が七年間にわたって協会案の標準支給額をほぼ採用してきたことも、営業収入が順調に増加していたことを背景にしたものであって、昭和五六年のように営業収入が減少した場合にも当然にこれを採用すべきものともいえず、また、支給の都度その算定方法について被告が原告らに説明してきたこともそのことから被告が将来の賞与支給について何らかの態度を示したものともいえないことなどからすれば、未だ、本件において昭和五六年以降の賞与に関し、原被告間に別紙(一)の協会案ないしこれに準ずる基準に基づいて賞与を支給すべき黙示の合意ないし労使慣行が成立していたものと認めることはできない。

2(一)  ところで、被告のタクシー乗務員に甲種と乙種があり、乙種乗務員は完全歩合給であり、甲種乗務員に対してのみ賃金規程上原則として年二回の賞与が支給されるものとされていることは前記のとおりであるが、これに加え、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

(1) 被告のタクシー乗務員は、甲型又は乙型賃金のいずれかを選択でき、甲型賃金を選択した甲種乗務員は、基本給、歩合給、精勤手当及び無事故手当を支給されてきたほか、賃金規程上、原則として年二回の賞与及び退職金の支給を受けるものとされ、実際にも年二回の賞与の支給を受けているのに対し、乙種乗務員は、賃金規程上は基本給及び歩合給を支給されることとされているが、実際には完全歩合給であって、昭和五六年夏季までは、営業収入の約四六パーセントの月額賃金及び約四パーセントの年二回の賞与すなわち営業収入の五〇パーセントを支給され、同年年末ころ以降は、賞与は支給されず、毎月の営業収入の五〇パーセントを月額賃金として、支給されている。

(2) 甲種乗務員には基本給が支給されるといっても、原則として、就業した日数に応じて支給されるもので、昭和五二年四月から五三年三月までは一日三〇〇〇円、同年四月から五五年四月までは、一日三二〇〇円、同年五月から少なくとも五七年三月までは一日三四〇〇円に過ぎない。したがって、少なくとも五六年以降については、就業日一日の金額としては少額で、甲種乗務員としては歩合給を得て補う必要があるのに、歩合給については、一日の営業収入につき、昼勤八〇〇〇円、夜勤九〇〇〇円(昭和六〇年当時)という足切り額が定められていて、これを越えた営業収入についてのみ、その四〇パーセントを歩合給として得られる仕組みとなっている。したがって、基本給の制度があるからといって、必ずしも営業収入にかかわりなく安定した十分な賃金が得られるわけではない。

(3) 甲種乗務員である原告らの昭和五五年一二月から六〇年一一月までの各六か月における営業収入合計、これに対応する乙型賃金(すなわち右営業収入の五〇パーセント)並びに各六か月において実際に支給された賃金(修理手当及び年休額を除き、賞与を含む。)は、それぞれ、別表13(略)の営業収入合計欄、乙型賃金欄及び支給済賃金欄記載のとおりであり、したがって、原告玉那覇順正以外の原告らは、右各六か月の期間において、同別表の不足額欄記載のとおり、乙型賃金よりも少ない額の支給しか受けていないことが多い。

(4) また、甲種乗務員全体の平均では、月額賃金(修理手当及び年休額を除く。)は、営業収入のほぼ四七・四パーセントである。

(二)  右の事実によれば、被告のタクシー乗務員は、甲種及び乙種のいずれかの賃金体系を選択することができ、全体としてみた場合、甲種乗務員に前記方法により算定支給される月額賃金は、乙種乗務員に支給される完全歩合給に較べて少なく、甲種乗務員に対してはその分賞与によって補填される仕組みになっていたものと認め得るところ、被告の前記就業規則及び賃金規程の定めに鑑みると、右賞与の支給については、被告は会社の営業成績や各人の勤務成績等を加味して弾力的な運用を行うことが可能であるが、本件においては右のように二種類の賃金体系が存在し、賞与と言へども労働の対価としての実質を有することを考慮すると、右の裁量にも一定の制約があり、被告の賞与の支給ないし不支給の決定が合理性を欠く場合には、他に特段の立証がない限り、乙種乗務員と甲種乗務員との収入の差額をもって本来支払われるべき賞与額と推認するのが相当であり、かつ、その請求権が本来支払われるべき時期において具体化するものと解すべきである。

ところで、被告は、昭和五五年までは甲種乗務員に対しほぼ協会案に副う方法で算定した賞与を支給していたにもかかわらず、昭和五六年夏季以降は賞与を右の方法によらずに支給した理由として、「三被告の主張1」欄に記載のとおり主張するが、(証拠略)並びに被告代表者本人尋問の結果を総合すると、被告の営業収入高の大幅な減少は昭和五六年度の一時的な現象にすぎないことが認められるうえ、乙種乗務員に対しては前記のように実質的収入額の点ではそれ以前と差異がないとしても昭和五六年末ころから歩合給の支給率の引上げが行われていることを考慮すると、仮に被告の右主張事実がそのとおり認められるとしても、右昭和五六年夏季以降の被告の賞与に関する前記取扱は、甲種乗務員の方が乙種乗務員に較べ収入総額において低額となる部分については、合理性を欠くものと言わざるを得ない。

(三)  なお、各期において実際に甲種乗務員に支給された賞与が右(二)の本来支払われるべき賞与を上回っている場合すなわち別表13において支給済賃金が乙型賃金を上回り不足額が生じない場合であっても、その上回る部分は、各支給時における、被告の支給行為によって具体化した賞与請求権に基づく支給とみるべきであるから、これを他の期の賞与に充当することはできないというべきである。

(四)  また、(証拠略)によれば、甲種乗務員には退職金規程にしたがって退職金が支給されるが、乙種乗務員には同規程は適用されないものとされていること、同規程によれば、乗務員に対しては自己都合により退職した場合等に勤続満三年の者に一〇万円、これに一年を増すごとに六万円を加えた額の基本退職金が支給されるものとされていることが認められるけれども、これを支給されるためには乗務員としては少なくとも三年間は勤続せねばならないし、退職金の支給ないし勤続年数に応じた退職金の加算は乗務員の安定的な確保及び乗務員教育の便宜等使用者の利益にも資するものであり、また、同号証によれば、退職金は懲戒解雇された者ないし懲戒処分に該当する行為のあった者に対しては支給されない場合があることが認められ、これによれば、退職金は各賞与の支給時においては未だ具体的な請求権として生じたものとはいえないから、これらの事情のもとでは、甲種乗務員に対して退職金が支給されるからといって右(二)において認定した賞与請求権の存在を妨げるものということはできない。

(五)  ここで、原告我那覇の賞与請求権について検討するに、原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)によれば、原告我那覇は、昭和五六年八月一〇日付けで被告より懲戒解雇する旨の意思表示を受けたこと、これを不服として同原告は当庁に雇用契約上の地位の保全及び昭和五六年九月から本案判決言渡しまで毎月八万五〇〇〇円の金員の仮払いを求めて仮処分を申請したこと、昭和五七年一二月二四日同仮処分申請事件について当庁で和解が成立したが、その和解条項の二項として「債権者・債務者間において、債権者が、引続き債務者従業員の地位を有することを相互に確認する。」、三項として「債務者は、債権者を、昭和五八年六月一日からタクシー乗務させることとする。」、四項として「債権者・債務者間で本日から昭和五八年五月末日までの間債権者が就労しないこと及びその間の賃金を請求しないことを合意する。」、六項として「債権者はその余の請求を放棄する。」となっていることが認められる。

したがって、右和解条項の二項によれば、原告我那覇は右解雇の意思表示にもかかわらず、昭和五六年夏季賞与の支給日たる同年の旧盆にも引続き被告の従業員たる地位を有していたものというべきであるから、同年八月一〇日以降五八年五月末日まで就労しなかったとしても、五五年一二月から五六年五月までの営業収入合計額を基礎とする五六年夏季賞与の請求権を有するものというべきである。

(六)  したがって、原告玉那覇順正を除くその余の原告らは、被告に対し、それぞれ、右(二)説示の不足額すなわち別表13の各不足額欄記載の各金員(但し、原告古波蔵勇の昭和五七年夏季支給分は四万〇二八〇円となるが、同原告は本訴において同年夏季支給分の賞与として一万二一〇〇円を請求しているのでその限度の金員とし、原告亀谷長忠の昭和五七年年末支給分は三三万八九八〇円となるが、同原告は本訴において同年年末支給分の賞与として一四万一二〇〇円を請求しているのでその限度の金員とし、原告仲西秀雄の昭和五九年夏季支給分は六万一二四五円となるが、同原告は本訴において同年夏季支給分の賞与として五万三七〇〇円を請求しているのでその限度の金員とする。)を賞与として請求し得るものというべきであり、その各原告ごとの合計は別表14の合計欄記載のとおりである。

なお、その支給日については、前記のとおり、賃金規程上、旧盆及び年末に支給することとされているので、遅くとも夏季については八月末日、年末については一二月末日までに支給されるべきであるから、夏季については九月一日、年末については翌年一月一日から履行遅滞に陥るものというべきである。

3  したがって、別紙認容額一覧表記載の各原告は、同表認容額欄記載の各金員(別表14の合計欄記載の金員である。)の限度で賞与請求権を有するものというべく、同原告らのこれを越える賞与の支払いを求める請求及び右2(二)説示の不足額の存しない原告玉那覇順正の賞与の支払いを求める説示はいずれも理由がないというべきである。

三  不当労働行為の主張について

原告らは、二次的請求として不当労働行為による損害賠償を請求するので、右二3において認定した金額を越える部分(原告玉那覇順正については請求の全部)について不当労働行為の成否を判断する。

1  (証拠略)、原告玉那覇順正、同豊元進及び被告代表者各本人尋問の結果によれば、昭和五六年七月ころまでは被告のタクシー乗務員五三、四名のうち乙種乗務員は四、五名で大部分は甲種乗務員であったこと、原告らは超過勤務手当の支給基準の切下げをめぐる被告との対立を契機に、昭和五六年一月二〇日、被告のタクシー乗務員のうち二八名で組合を結成したこと、原告らはすべて組合員となったが、甲種乗務員の全員が組合員となったわけではないこと、組合は当初右超過勤務手当をめぐって被告と交渉していたが、超過勤務手当の点あるいは昭和五六年以降の賞与の減少の点などから甲種乗務員のうちで被告をやめる者、乙種乗務員に転換する者があり、その後採用された者はすべて乙種乗務員であったため、次第に乙種乗務員の割合が増え、昭和六〇年二月当時は乙種乗務員三〇名、甲種乗務員一五名となり、組合員以外には甲種乗務員はいなくなったこと、昭和五六年以降の賞与の支給については、甲種乗務員全員に対して同じ査定方法で算定していること、甲種乗務員は希望すれば乙種乗務員に転換できること、以上のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

2  右認定によれば、なるほど、組合結成後、甲種乗務員が減少し、その原因の一つは昭和五六年以降の賞与額の減少にあるものといえるが、前記二3認定の金額を越える部分については、この部分につき原告らが賞与請求権を有していたとはいえないことは前記二1説示のとおりであるから、これを支給しなかったからといって原告らの賃金を切り下げたものとはいえないし、かつ、その対象は組合員か非組合員かを問わず、甲種乗務員全員であったのであるから、組合員を差別した不当労働行為に当たるとはいえない。(なお、昭和五六年以降の賞与額の減少の結果、甲種乗務員が乙種乗務員よりも低額の賃金しか受けていないことがあるのは前記二2で認定したとおりであるが、この部分については賞与請求権が認められるのであるから、これについて不当労働行為の成否を判断する必要はない。)

3  したがって、原告らの第二次的請求は、その余について判断するまでもなく失当である。

四  以上の次第であるから、別紙認容額一覧表記載の各原告の請求は、賞与として同表認容額欄記載の各金員及び同表内金額欄記載の各金員に対する同表損害金起算日欄記載の日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告らのその余の請求及び原告玉那覇順正の請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合治夫 裁判官 水上敏 裁判官 後藤博)

当事者目録

原告 古波蔵勇

原告 嶺井政元

原告 比嘉幸吉

原告 遠山喜一

原告 屋宜宣徳

原告 仲栄真盛武

原告 我那覇隆幸

原告 豊元進

原告 亀谷長忠

原告 金城豊明

原告 宜保弘一

原告 古我知幸一

原告 知花真吉

原告 古波蔵貞栄

原告 国吉政一

原告 大城惣徳

原告 玉那覇順正

原告 佐久原好彦

原告 金城健次

原告 銘苅全勝

原告 奥間正光

原告 仲西秀雄

右原告ら訴訟代理人弁護士 新垣勉

右訴訟復代理人弁護士 阿波根昌秀

被告 合名会社浦添交通

右代表者代表社員 大冝見賢一

右訴訟代理人弁護士 照喜納良三

同 興世田兼稔

右照喜納良三訴訟復代理人弁護士 新垣剛

別表12

〈省略〉

別紙(一) 賞与計算方法

一 計算方法

標準支給額+(考課増点算出額-考課減点算出額)=各人賞与額

二 標準支給額

昭和五六年度は六か月間の平均営業収入額が一か月二六万円(基準営業収入額)の者については標準支給額を夏季一四万円、年末一七万円とする。

三 増点考課

1 売上考課

六か月間の平均営業収入額が基準営業収入額を八五〇〇円上回るごとに三点を加点する。但し、一点は一三〇〇円とする(以下、一点当たりの金額は同じ。)

2 勤続考課

勤続年数一年につき一点を加点する。

四 減点考課

1 売上考課

六か月間の平均営業収入額が基準営業収入額を八五〇〇円下回るごとに三点を減点する。

2 欠勤考課

一日欠勤すると一点を減点する。

3 事故考課

物損事故は一〇点を減点する。

人身事故は三〇点を減点する。

別表14

〈省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com