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長崎地方裁判所 昭和61年(ワ)258号 判決

原告

横山満之

原告

横山キミ子

原告

横山トキ

右原告ら訴訟代理人弁護士

横山茂樹

被告

長崎県

右代表者知事

高田勇

右指定代理人

吉松悟

外八名

主文

一  被告は原告横山満之及び原告横山キミ子に対し各金一二四四万一九一〇円、原告横山トキに対し金一一〇万円並びに右各金員に対する昭和六一年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その二を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

但し、被告が原告横山満之及び原告横山キミ子に対する関係で各金一二四四万一九一〇円、原告横山トキに対する関係で金一一〇万円の各担保を供したときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告横山満之及び原告横山キミ子に対し各金一七四〇万七二六二円、原告横山トキに対し金三三〇万円、並びに右各金員に対する昭和六一年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  亡横山浩之(昭和五八年六月一一日生。以下「亡浩之」という。)は、原告横山満之及び原告横山キミ子夫婦の長男であり、原告横山トキの孫であるが、昭和六一年三月九日午後三時三〇分ころ、被告が管理していた長崎市川平町一〇七三番地前道路に沿う浦上川(以下「本件河川」という。)に転落し、同日午後四時四〇分ころ、溺死した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故は被告の本件河川の管理上の瑕疵に基づく。すなわち、

(一) 本件河川は、河川法五条に規定する二級河川であり、同法一〇条により長崎県知事が管理し、同法五九条により被告が管理費用を負担しているものであるが、昭和五七年七月二三日のいわゆる長崎大水害による損壊復旧のため被告において災害復旧工事を施行していた。

被告は、本件事故が発生した場所の数メートル下流にある春の平橋建設工事をまず実施し、昭和五八年五月ころこれを完成させ、次いで昭和六〇年一〇月より訴外小浦組に発注して、右春の平橋付近から上流約四〇メートルの間の本件河川の河床を掘削し、両岸の石積み護岸を形成し、護岸天端にガードレールを設置する河川改修工事を施工させた。

右改修工事は同年一二月にほぼ完了し、その結果、同所付近の護岸は、従来は高さ約一ないし二メートルのなだらかなものであつたが、4.4メートルもの高さの急勾配の石積み護岸となつた。また、本件河川には以前は流水はほとんどなかつたが、前記小浦組の工事が完了した一方下流側の河床掘削工事が未着手で、本件事故当時、本件事故現場の下流側は河床の岩盤が残つたままであつたため、春の平橋から上流約四〇メートルの間に河水の貯溜による深さ約一メートルの湖水状態が出現した。

そして、春の平橋付近の本件河川の右岸に沿つて幅員約四メートルの道路があり、その道路沿いには原告らの住居をはじめ、住家が建ち並び、幼児等が右道路を横断して本件河川に接近し、護岸から転落して右湖水状態の川底で溺れるおそれがあることは十分予想された。

にもかかわらず、被告は右同所付近の右岸につき、春の平橋から前記改修工事が完了した地点までの約3.5メートルの間だけガードレール等の防護柵を設置せず、臨時に移動式仮設フェンス等を設置することもしなかつた。

(二) 当時二歳半の子浩之がいた原告らは、本件事故現場付近の危険を感じ、昭和六一年一月二一日ころ、原告トキは長崎県河川課に電話して、湖水状態の河水を至急下流に流し、防護柵のない護岸部分に転落防止用の柵を設ける工事をしてもらいたい旨申入れた。応対した河川課長は、本件河川工事は長崎県土木事務所に任せてあるので、同所に電話するようにと答え、電話番号を教えただけであつた。

原告トキは直ちに同事務所に電話したところ、職員から、係の者がいないので帰つたら調べて連絡するとのことであつた。

しかし、その後土木事務所からは何の連絡もなかつたので、原告トキは、同年二月一四日ころ、再び電話した。これに応対した職員福田某は、本件現場付近は上流の工事が済んでからしか工事ができないので、しばらくかかる旨回答した。

原告トキは、更に本件事故が発生した二日前である同年三月七日にも土木事務所に電話して早急に処置をするよう申入れたが、調べてみるなどと要領をえない対応をくりかえすばかりであつた。

(三) 以上のとおり、本件事故は被告の本件河川管理の瑕疵により発生したものである。

3  賠償請求額

(一) 亡浩之の逸失利益

亡浩之は本件事故当時二歳の健康な男子で、その余命は七四・七八年(昭和五九年簡易生命表)、二〇歳から六〇歳までの四〇年間は稼働可能であり、右期間を通じ年間金四〇七万六八〇〇円の収入を得ることができ(賃金センサス昭和五九年第一巻第一表)、ベースアップ五パーセント、生活費を五割とすると年間純収入額は金二一四万三二〇円であり、中間利息を控除する(ライプニッツ係数8.3233)と、死亡時における逸失利益は金一七八一万四五二五円となる。

(二) 相続

原告横山満之及び原告横山キミ子は亡浩之の両親として、右金額の各二分の一にあたる各金八九〇万七二六二円の損害賠償請求権を相続した。

(三) 原告ら固有の慰謝料

亡浩之を本件事故により失つたことによる原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は、両親である原告満之及び原告キミ子につき各金七〇〇万円、原告トキにつき金三〇〇万円をもつてするのが相当である。

(四) 弁護士費用

原告らは本件訴訟につき代理人弁護士に委任し、報酬として原告満之及び原告キミ子は各一五〇万円、原告トキは金三〇万円を支払うことを約した。

よつて、被告に対し、国家賠償法三条一項により、原告満之及び原告キミ子は各金一七四〇万七二六二円、原告トキは金三三〇万円、並びにこれらの金員に対する昭和六一年三月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の冒頭部分は争う。

同(一)の事実中、本件河川が、河川法五条に規定する二級河川であり、同法一〇条により長崎県知事が管理し、同法五九条により被告が管理費用を負担しているものであること、昭和五七年七月二三日の長崎大水害による損壊復旧のため被告において災害復旧工事を施行していたこと、本件事故が発生した場所の数メートル下流に春の平橋が架設されたこと、被告が昭和六〇年一〇月より訴外小浦組に発注して、右春の平橋付近から上流約四〇メートルの間の本件河川の河床を掘削し、両岸の石積み護岸を形成し、護岸天端にガードレールを設置する河川改修工事を施行させ、右改修工事が同年一二月にほぼ完了したこと、同所付近の護岸が従来は高さ約二メートルであつたこと、右小浦組の工事が完了した一方下流側の河床掘削工事が未着手で、本件事故当時、本件事故現場の下流側は河床の岩盤が残つたままであつたこと、春の平橋の上流に河水の貯溜による深さ約一メートルの湖水状態が出現したこと、同橋付近の本件河川の右岸に沿つて道路があり、その道路沿いには原告らの住居をはじめ、住家が建ち並んでいること、被告が本件河川の右岸につき、春の平橋から前記改修工事が完了した地点までの約3.5メートルの間だけガードレール等の防護柵を設置せず、臨時に仮設フェンス等の設置もしなかつたことは認めるが、その余は否認する。

同(二)の事実は否認する。

同(三)の主張は争う。

3  同第3項(一)ないし(三)の主張は争う。

同(四)の事実は不知。

三  被告の主張

1  被告は春の平橋を含む上下流約一〇メートルの区間の護岸工事、ガードレール設置工事及び春の平橋架け替え工事を、工期を昭和六一年三月三一日から同年九月二六日までと定めて訴外株式会社三興建設に発注し、施行させたものであり、したがつて、本件事故現場付近約3.5メートルの間にガードレール等の設置がなされなかつたのは約四か月足らずであつた。また、本件事故現場付近の湖水状態は、前記小浦組の工事区間に接続する上流区間の工事開始前である昭和六〇年一二月中には、春の平橋付近の河床を掘削して解消させる予定であつたところ、左岸の工事影響範囲内に住民の庭木が存在していることが判明し、その移植の交渉が昭和六一年二月四日までかかり、移植の実施が同年三月中になされることとなつたため、結果として本件事故後である三月一八日に河水を流下させる仮設溝の掘削工事に着手することができたものである。

2  亡浩之が転落した道路はいわゆる里道であり、一〇数年前に地元川平町自治会が訴外長崎市から資材補給を受けてコンクリート舗装を行い、昭和五六年度には、同自治会が長崎市に要望し、市から資材支給と技術指導を受けて本件現場付近を含む護岸沿いにガードパイプを設置した。その後、昭和五七年の長崎大水害により右ガードパイプは流失したが、現在の春の平橋(元は架橋施設はなく、河床に通路が通じていた。)付近より下流側部分のガードパイプは同自治会により復旧された。同自治会は、同じく右水害で消失した河床路に替え新たに橋を設けることを市に要望し、昭和五八年五月、市から資材提供と技術指導を受けて春の平橋を建設した。

このように、本件里道は一〇数年来、川平町自治会と長崎市の連携により管理されてきたものであり、被告は本来本件里道の管理責任を負担していたものではなく、本件現場付近のガードレールは、護岸と里道の路肩が一体となつており、河川工事に際し里道の工事も併せて行う必要があつたため、被告が本件河川の災害復旧事業の一環として、既存ガードパイプ施設の管理者に対するいわば補償として設置したものであり、河川管理上の必要から設置したものではない。したがつて、本件里道からの転落の危険の回避義務者は本件里道の管理者であつて、河川管理者である被告ではない。

3  本件河川は、被告の実施した災害復旧工事により河床が一ないし1.5メートル低くなつたとはいえ、従来の利用形態に格別の変化をもたらしたわけではなく、湖水状態とはいつても深さは約一メートル程度で、この程度の水深は河川の自然流水や堰などの工作物によつても通常生じるものであり、格別危険な状態を生じさせたものではない。

また、長崎大水害による河川復旧工事については、既存の河川改修計画や道路計画等の他の事業計画との調整を図りつつ、用地の確保と並行し、緊急性の高い場所や施工可能な場所から先に逐次着工せざるをえず、したがつて、本件事故現場付近のように一時的に完成区間と未施工区間とが混在する状態を避けることができなかつたものであり、そのため一時的に河水の貯溜状態やガードレール未設置区間が生じたとしてもやむをえないというべきである。

しかも、このような状態は約一ないし四か月の短期間で解消される見込みであつたから、特に緊急に特別な工事をして除去しなければならないものであつたということはできない。

4  道路路肩のガードレールあるいはガードパイプの設置目的は本来道路を通行する車両の転落防止であり、人に対してはその存在の視認効果により危険の存在を予知させ、河川への接近を断念させることによつて達成されるところ、亡浩之のような事理弁識能力のない幼児にこれを期待することはできず、したがつて、本件事故現場に仮にガードレールやガードパイプが設置されていたとしても、幼児がこれをくぐり抜けて転落することを防止することは不可能であつた。

また、人が多数集まることが予想される公園や歩道等に近接している河川の護岸には人の転落防止のためネットフェンス等の施設を設置することがあるが、本件事故現場付近の里道は不特定多数の者が通行する道路ではなく、利用は近隣住民に限られており、人の転落という事態を予測しうるような場所ではなかつた。現に工事中の本件河川には、本件事故現場付近と同様ガードレール未設置区間と完成区間が混在する状態が随所に存在したにもかかわらず、転落、溺死の例は他に一件も発生しなかつた。

5  本件事故は、満二歳の意思能力のない幼児が監護者の手を離れて単独で護岸の端に接近したことにより発生したものであり、河川管理者において通常予測できない異常な行動に起因するものであつて、かような場合河川管理に瑕疵があつたということはできない。

6  原告らは、亡浩之の監護義務者であり、本件事故現場直近に居住してガードレール未設置の状態を熟知し、その危険性を容易に認識することができたにもかかわらず、亡浩之の行動に注意を払わずに放置し、本件事故を惹起せしめたものであり、原告らにこそ監護上の重大な過失があつたというべきであり、河川管理者としては、保護者の監視を離れて独立して行動することが社会通念上肯認される程度の能力を具える幼児以上の者を対象として安全性を考慮すれば足り、常に保護者の監視を要する乳幼児以下の者について、これが保護者の監視を離れて行動する場合のことを予測して、その危険発生を防止する施設を設置しなければならないような義務まで負担するものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二同第2項(一)の事実中、本件河川が、河川法五条に規定する二級河川であり、同法一〇条により長崎県知事が管理し、同法五九条により被告が管理費用を負担しているものであること、昭和五七年七月二三日の長崎大水害による損壊復旧のため被告において災害復旧工事を施行していたこと、本件事故現場の数メートル下流に春の平橋が架設されたこと、被告が昭和六〇年一〇月より訴外小浦組に発注して、右春の平橋付近から上流約四〇メートルの間の本件河川の河床を掘削し、両岸の石積み護岸を形成し、護岸天端にガードレールを設置する河川改修工事を施行させ、右改修工事が同年一二月にほぼ完了したこと、同所付近の護岸が従来は高さ約二メートルであつたこと、右小浦組の工事が完了した一方下流側の河床掘削工事が未着手で、本件事故当時、本件事故現場の下流側は河床の岩盤が残つたままであつたこと、春の平橋の上流に河水の貯溜による深さ約一メートルの湖水状態が出現したこと、同橋付近の本件河川の右岸に沿つて道路があり、その道路沿いには原告らの住居をはじめ、住家が建ち並んでいること、被告が本件河川の右岸につき、春の平橋から前記改修工事が完了した地点までの約3.5メートルの間だけガードレール等の防護柵を設置せず、臨時に仮設フェンス等の設置もしなかつたことは当事者間に争いがない。

三右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、本件事故の発生に関し、以下の事実が認められる。

1  昭和六一年三月九日午後三時過ぎころ、原告満之は、亡浩之を連れて、自宅のすぐ西隣にある二軒長屋の貸家(原告ら所有の通称横山アパート)の空き部屋の清掃にでかけた。このとき、原告ら自宅の里道側(南側)前庭付近では、原告満之の弟和弘が車を洗つており、原告満之は作業をしながら二度ほど亡浩之に命じてネジ回しなどの工具を弟のもとへ取りに行かせた。右空き部屋で作業を続けるうち、原告満之は時間がかかる見込みとなつたので、亡浩之に一人で自宅へ帰るように言いつけ、亡浩之はこれに従つて同室を立ち去つた。その後間もなく、原告キミ子が亡浩之を捜しに来たため、自宅に帰つているものと思つていた原告満之は亡浩之の身に何かあつたのかも知れないと考えて、原告キミ子や弟らとともに亡浩之を捜し始めた。同日午後四時一五分ころ、前記湖水状態の下流端に頭を右岸側(北側)護岸方向へ向けてうつ伏せに浮いていた亡浩之が発見され、直ちに引き上げられて原告キミ子らにより人工呼吸が施され、到着した救急車により病院へ搬送されたが、回復することなく死亡した。水中より引き上げられた際、亡浩之の鼻のあたりに血痕の付着があり、転落した際に顔面を打撲したものと推定された。

2  本件事故現場付近の本件河川の川幅は水面部分で約一四メートル、亡浩之が当時履いていたスリッパの片方が遺留されていたことから亡浩之が転落したと推定される右岸側の春の平橋取り付け部分より上流側約3.5メートルの地点をちようど境として、上流側は高さ約4.3メートルの急傾斜の石積み護岸と、掘削されて河水が約一メートルの深さで貯溜して湖水状態となつた河床からなる工事完了区間となつており、下流側は大小様々な自然石を積み上げた川岸と岩石や土砂が堆積した自然の河床(岸からの高さは約二メートル程度)が残された改修工事未着工区間となつている。そして、工事が完了した護岸天端と一体となつた里道の路肩には鉄製の支柱を持つガードレール(高さ約0.8メートル)が設置されているのに対し、春の平橋の取り付け部分(手すり用のガードパイプが設置されている。)から右ガードレールまでの約3.5メートルの工事未着工部分の河岸上には何らの転落防止設備も設置されていなかつた。

亡浩之が転落した右境い目付近の河床は、下流側の自然のままの河床から上流側の掘削されて湖水状態となつた河床へと急な角度で傾斜しており、事故の捜査にあたつた長崎県浦上警察署の推定では、亡浩之は護岸上からまず自然河床の斜面に転落し、右斜面を転がつて湖水状態の河水に落ち込んだものと考えられた。なお、河床掘削工事完了直後の写真によれば、自然河床は斜面となつているが、湖水状態の水面下にあたる部分は右斜面と連続して徐々に深くなつていたのではなく、垂直に掘削されていた状態が看取される。

本件事故現場の護岸から幅2.7メートルのアスファルト舗装の里道を挟んだすぐ北側に原告らの自宅があり、その前庭及び駐車場から右里道に至るには柵や塀など何らの障壁も設置されていなかつた。

右里道は付近住民の車両しか通行しない行き止まりの道路で、車両の通行量はごく僅かしかなく、近辺に建ち並んだ住家の幼児などが一人で里道で遊んだり、あるいはこれを横断して護岸に接近することは十分予想できる状況であつた。

3  本件事故現場付近の本件河川は、約一〇年前に上流に水源地用の取水路ができて以後水量は激減し、降雨時以外は中央部に僅かな流れがあつただけであつたところ、昭和五七年の長崎大水害により流入した土砂や岩石が川底に堆積して浅くなり、子供でも河床に登り下りすることができる状態であり、水流は従来と同様中央部をちよろちよろと流れる程度で溺死の危険などは全くなかつた。前記春の平橋が架設されるまでは、付近住民は岸から河床へ下り、河床の岩盤上の通路を通つて対岸へ渡つていた。

長崎県土木事務所は、右長崎大水害により本件河川についても両岸の決壊、隣接里道の損壊、河床路の流失、家屋の浸水等の被害が生じ、これらの災害復旧をなすにあたり、洪水時に対応できる流水量を確保するため、既存の河床を掘削して河川断面積を増大させることとし、本件事故現場付近では、従来の護岸天端から約二メートルの河床を約4.4メートルに掘り下げる工事を実施した。

また、前記の流失した河床路の復旧として、地元川平町自治会は長崎市に陳情し、同市から資材の提供及び技術供与を受けて春の平橋を架設した。長崎県土木事務所の工事計画では、当時近接する長崎バイパスの拡張工事に伴う用地買収の対象となつていた本件事故現場付近対岸(左岸)の民家の移転が完了すると春の平橋が不用となる見込みであつたため、移転完了を待つて春の平橋の撤去及び同橋の上下流約一〇メートルの区間の災害復旧工事にかかる予定であり、同区間の工事は保留したまま、まずその上流側の約35.5メートル(右岸側。左岸側は約四四メートル)の区間につき、河床の掘削、護岸の形成及び護岸天端のガードレール設置等の災害復旧工事に着手し、昭和六〇年一二月初めころ完成させた。右工事完了後、春の平橋の上下流約一〇メートルの区間の工事が未着手であつたため、上流側の河床が掘削された部分に流水、雨水及び生活排水等が貯溜し、深さ約一メートルの湖水状態となつた。土木事務所では、さらに上流側の工事を開始するに先立つて右貯溜水を排出する必要が生じ、同月中には下流側の河床の一部を開削する予定であつたが、同所付近の左岸側の工事影響範囲内にあつた庭木を移転するための交渉及び移植の実施に手間がかかり、結局本件事故後の同年三月下旬まで湖水状態はそのままであつた。

四右認定事実によつて検討するに、

1 本件事故現場付近は、従来岸の高さが約二メートル程度で、岸から離れた中央部に流れていた水量は僅かであり、河岸に何ら転落防止設備がなくとも転落して溺死する危険はなかつたものと認められるところ、本件事故発生当時は、被告のした災害復旧工事の完了部分と未着手部分が隣接し、完了部分の護岸にはガードレールが設置されていたものの、未着手部分の河岸には何ら転落防止用の施設は施されていなかつたうえ、未着手部分の河床には土砂等の堆積により完了部分の河床へと傾斜する斜面が形成され、かつ、完了部分の掘削された河床に水深約一メートルの川水が貯溜していたのであるから、幼児がガードレールのない工事未着手部分の河岸から傾斜した河床に転落し、斜面を転がつて完了部分の河床の水溜まりに落ち込み、溺死する危険があることが予期できる状態が生じていたものと認められ、しかも、右護岸に沿う里道は周辺住民が利用するだけの生活道路であり、一般通行車両が頻繁に往来する道路と異なり、近辺の住家の幼児などが一人で歩き回り、あるいはこれを横断して護岸に接近することは十分予想できる状況であつたと認められるから、本件事故が亡浩之の通常の予測範囲を越えた異常な行動によつて発生したものということはできない。

したがつて、被告としては、本件河川の管理の一環として、工事未着手の河岸にも応急的な柵などの接近及び転落防止のための設備を設置し、あるいは掘削した河床に危険な深さの河水の貯溜状態を生じさせない程度の排水用の溝を下流側にとりあえず掘削するなど、上記の危険を回避する措置を講じるべきであつたものであり、これらの措置を講じないまま前記の危険な状態を放置していたことは、被告の本件河川管理上の瑕疵に該当するというべきである。

2 〈証拠〉によれば、被告長崎県土木事務所の担当者は、本件事故現場付近の改修工事を完了した前記小浦組から現場の写真によりその状況の報告を受けていたものと認められ、したがつて、工事の完了部分と未着手部分とが隣接することにより生じた本件事故現場付近の前記のような危険な状態を察知する機会がなかつたということはできない。

また、被告の主張するように、工事未着手部分にガードレールが設置されなかつた期間が四か月足らずであり、湖水状態の解消のための工事が予期できない支障により開始が遅れたという事情があつたとしても、その間、応急的な移動式の柵などを臨時に配置することは容易にできた筈であり、あるいは下流部分の河床に湖水状態を解消させるには必要最小限の排水溝を掘ることが技術的に不可能であつたとは考えられず、しかも、これらの処置をなすにつき非現実的な額の余分な予算が必要であつたとは想定し難い。

被告は、転落防止設備を設置すべきであつたのは、前記里道の管理者である旨主張するけれども、被告は自ら実施した本件河川の改修工事により前記の危険な状態を発生させたものである以上、これを回避するために必要な措置を講じるべきであつたのであり、その措置の一つとして前記里道の路肩をなす工事未着手部分の河岸に前記のような柵などの施設を設置することが含まれていたのであるから、右里道の法律上または事実上の管理義務者が被告以外の者であつたかどうかは、被告の本件河川の管理責任を論じるうえでは何らの意味はない。

3  しかし、亡浩之の監護者である原告らは、現場付近の危険な状態を身近に見分していたのであり(この点に関し、原告トキは、本件事故発生前、現場付近に湖水状態が出現して以来、孫の亡浩之が転落する危険を感じて、同年一月二一日ころ、二月半ばころ及び三月七日ころの三度にわたり被告長崎県土木事務所に電話して本件事故現場付近の危険な状態を指摘し、改善方を要望した旨供述する。これに対し、前記福田証人は、同年三月ころ一度それらしい女性からの電話を別の係員が受けたが、相手は場所も特定せず、名前も告げないまま電話を切つてしまつたとの報告を受けたことがあるが、現場を確認できず、対応のしようがなかつた、自らが原告トキからの電話を受けたのは事故発生の後である旨供述している。してみると、原告トキが本件事故前に土木事務所に電話したことは少なくとも一回はあると認めるのが相当であり、その際、危険な状態を改善して欲しいという目的で電話した者がその危険な場所を具体的に告げないということは通常ありえないと考えるべきであるから、右福田証人のその点に関する供述部分は措信できない。そうすると、原告トキの電話に土木事務所の担当者が適切に対応しなかつた疑いが強いが、この点に関する事実が如何ようであれ、被告の本件河川管理の瑕疵の存在を否定する方向に作用するものではないこと明らかであるから、特に顧慮する必要はない。)、原告らにおいて亡浩之が単独で本件事故現場付近に近寄らないよう適切に監視していれば、本件事故の発生を防止することができたものというべきであり、原告らにも不注意の点があつたことを否定することはできないから、原告らの損害額を算定するうえで原告ら側の過失として斟酌するのが相当である。

五前認定のとおり、亡浩之は死亡当時満二歳の男子であり、本件事故により死亡しなければ少なくとも一八歳から六七歳まで就労が可能であつたと認められ、前認定の本件事故の態様、被告の本件河川管理の瑕疵の程度、その他諸般の事情を考慮すると、原告満之及び原告キミ子が本件事故による損害として賠償を求めうるのは、以下のとおりとするのが相当である。

1  亡浩之の逸失利益の相続 各金四二四万一九一〇円

四〇七万六八〇〇円(昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計平均)×0.5(生活費控除)×8.324(ライプニッツ係数)×0.5(過失相殺)×0.5(相続割合)

2  慰謝料 各金七〇〇万円

3  弁護士費用 各金一二〇万円

4  合計 各金一二四四万一九一〇円

亡浩之の同居の祖母である原告トキの損害額としては、前認定の諸事情に鑑み、慰謝料金一〇〇万円、弁護士費用金一〇万円とするのが相当であると認められる。

六よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告満之及び原告キミ子が各金一二四四万一九一〇円、原告トキが金一一〇万円並びにこれらの金員に対する弁済期後である昭和六一年三月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条及び八九条を、仮執行宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官池谷泉)

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