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長野地方裁判所 平成元年(行ウ)8号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

別紙原告訴訟代理人目録記載のとおり

被告

小諸労働基準監督署長土屋興正

右指定代理人

別紙被告指定代理人目録記載のとおり

主文

一  被告が昭和五九年一〇月二二日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  原告の亡夫甲野太郎(以下「太郎」という。)は、農業のかたわら配管工として稼働していたが、昭和四三年秋ころから近県のトンネル工事に坑夫として出稼ぎに出るようになり、昭和五一年から昭和五七年までは毎年三か月間から五か月間位を坑夫として、昭和五七年三月から昭和五八年二月までは建設会社の現場で、それぞれ就労した後、昭和五九年一月一五日、訴外東京電力株式会社発注にかかる東京電力箕輪発電所水路修繕工事(第一区)の元請負人である訴外株式会社木下組の二次下請負人である訴外金岩建設株式会社(以下「金岩建設」という。)に雇用され、同月一六日から、長野県南佐久郡〈以下、略〉所在の導水路巻替工事現場(以下「本件現場」という。)において、坑夫として就労した。本件現場で、太郎は、導水路の既設コンクリート取壊作業として、同月一六日から二六日まで仮受支保工の運搬・建込、レール敷設、排水管敷設、削岩機を用いた引締グラウト削孔及びロックボルト削孔、ロックボルト打ち込み等の作業に従事し、同月二七日からは仮設ステージ上で削岩機を用いてコンクリート壁に穿孔し、ダルダを孔に入れて油圧でコンクリート壁にひびを入れ、ピックハンマーでコンクリート壁を小さく破砕して下に落とし、あるいはバールでこじって落とす作業(以下「斫り作業」という。)、支保工の建込作業及び破砕したコンクリート片(以下「ズリ」という。)の坑外への搬出作業等に従事していたところ、同月三一日午前中には、五名編成の班の一名として、作業所長の監督の下に前記斫り作業、支保工建込作業及びレール延長作業を行い、同日午後からは坑口から約二二五メートル地点において、延長先の斫り作業にとりかかり、午後一時五〇分ころ導水路天端部分の斫りを終えて、導水路側壁部分の斫りに移り、高さ約一・五三メートルの仮設ステージ上でピックハンマーを使用してトンネル右側壁付近のコンクリートを破砕する作業に入り、二回目に交代して作業開始約五分後の同日午後二時四五分ころ、急に右仮設ステージのズリ落とし用開口部から約六〇センチメートル下のズリ上に倒れ込み、同日午後三時ころ、死亡した。

2  太郎には、脳底部の小動脈及び細動脈中に内弾性板が欠如し又は形成不全となって、蛇行走行している異常組織が正常組織と交互に入り乱れてくも膜下腔に小血管集団を形成している奇形並びに脳静脈系に血管壁が肥厚し波状を呈する膠原繊維から成り、全く平滑筋を欠く異常構造をとる小静脈とその周囲に拡張した極めて薄い血管壁を持つ静脈性毛細血管網が形成されている奇形(以下「脳動静脈奇形」という。)が存し、右脳動静脈奇形部分が破綻してくも膜下出血を生じ、これが直接死因となった。

3  原告は、太郎の妻であり、太郎死亡当時その収入によって生計を維持していたものであり、太郎の死亡が業務上の災害によるものであるとして、被告に対し、同年五月九日、労働者災害補償保険法一二条の八第一項所定の遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、同年一〇月二二日、業務上の因果関係が認められないとして右遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の決定(以下「本件不支給処分」という。)をした。そこで、原告は、本件不支給処分を不服として同年一二月一九日、長野労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、右審査請求が昭和六一年二月一三日棄却されたため、更に労働保険審査会長に対し再審査請求をしたが、右再審査請求も平成元年八月一〇日棄却された。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  太郎のくも膜下出血は、同人が仮設ステージから転落し、頭部を強打したために生じたものか否か。

(原告)

太郎は、ズリ上に倒れ込む直前まで仮設ステージ上で佇立してピックハンマーによる斫り作業をしていたが、当時、仮設ステージの作業板が折れて一枚少なくなっており、開口部が普段より広く開いていたため、落石等の突発事故によって、又は誤って足を踏み外して、開口部からズリ上に仰向けに転落し、頭部が約二一〇センチメートル下に落下し、ヘルメットのあご紐が切れる程強く頭部に強い衝撃を受け、転落直後に意識障害を起こしたものであるから、その際、脳実質が移動して脳底部の奇形血管が破綻し、くも膜下出血を発症したものである。

したがって、太郎は、作業中の転落という災害性の事故で死亡したものであるから、太郎の死亡が業務に起因することは明白である。

なお、仮に太郎のくも膜下出血が転落以前に生じていたとしても、その後の転落による脳への衝撃により出血が拡大し、致死的な程度のものに至ったものである。

(被告)

(一) 仮設ステージのズリ落とし用開口部はほぼ一〇〇センチメートル×五五センチメートルの大きさであり仰向けに頭から転落するということは考えにくく、かつ、太郎の体表部に外傷は認められないのであるから、原告主張のような態様での転落の事実自体が存在しなかった。

(二) 太郎が仮設ステージから転落したとしても、ズリと足場との高低差は約六〇センチメートルであること、太郎に意識があれば反射的に頭部を庇ったはずであること、頭部を打ちつけた衝撃ではヘルメットのあご紐が切れるという力のかかり方が生ずることは考えられないこと、太郎には脳挫傷ないし頭部表面外傷は認められないことなどから、転落により頭部に及んだ衝撃はなかったか、ごくわずかなものであったと考えられる。なお、太郎のくも膜下出血は脳底部であり、直ちに脳幹部に影響するから、発見時に既に意識を喪失していたことは脳に衝撃がなかったことと矛盾しない。

2  太郎のくも膜下出血が転落前に生じたとした場合、それは、同人の労働状況・作業環境によって生じたものか否か。

(原告)

被災者が基礎疾患に罹患している場合であっても、業務が基礎疾患を誘発ないし増悪させて傷病を発症させる等、基礎疾患と共働して疾病を発生させた場合には、業務起因性があるものと解すべきところ、太郎は、本件現場における以下のような労働状況・作業環境により、脳血管奇形部の脆弱性が急速に増悪し、かつ、倒れる直前の作業により一時的に血圧が上昇して脳底部の奇形血管が破綻し、くも膜下出血を発症したものである。

(一) 本件現場は狭いトンネル内であって、ほとんどは坑夫が作業工具を手で持ち上げて作業する形態であったところ、太郎は倒れる直前にはピックハンマーを水平より若干上向きに構えてコンクリート壁に押しつける重筋労働に従事していた。

一般に、重筋労働の中でも筋肉の長さを変えないで筋肉を緊張させる静的筋労作は動的筋労作よりも、上肢の運動は下肢の運動よりも、それぞれ血圧を上昇させる傾向があり、本件のピックハンマーの重量、作用から平均最大握力の四〇パーセント程度の握力を要する作業であることを考慮すると、太郎には倒れる直前に控え目に見て四〇ないし六〇mmHg程度の血圧上昇があったものである。

(二) 本件現場においては、八時間の所定労働のほかに毎日二時間の時間外労働があり、毎日一〇時間以上の重筋労働は脳血管疾患を生じさせやすいものである。

(三) 本件現場においては、日勤と夜勤が一週間交代であり、反生理的で循環器系疾患に影響のある夜間労働が六日間連続するほか、体のリズムが慣れ始めるころにまた別のリズムになる交代制勤務であった。また、直前の休日である昭和五九年一月二九日は、朝、前夜からの夜勤が終わって翌日の朝日勤に就くまでの休日にすぎなかった。

(四) ピックハンマーの騒音は一〇三ないし一〇八ホンであり、坑内の反響も大きいものがあったほか、手持ち振動工具の中でも一番強い振動を与える部類の工具であり、いずれも末梢神経収縮により血圧上昇をもたらす作用があった。

(五) 太郎は、一月二四日か二五日ころから、一日八ないし九回のズリの搬出作業にも従事するようになったが、作業中に暑くなって防寒具を脱いだまま、摂氏九度前後の坑内から氷点下一〇度ないし二〇度の外気の寒冷に暴露されたから、坑外へ出るたびに相当程度の血圧上昇があったものである。

(六) 本件現場では、工期が迫っていたこともあり、作業所長が太郎に対し気に入らないことがあるとがみがみ言ったり、態度で示したりすることがよくあり、このような監督状況、現場と宿舎を往復するだけのストレスの発散できない日常生活、太郎自身の無口で内向的な性格があいまって、精神的ストレスが高まっていた。

(被告)

業務起因性の判断については、業務自体又はその遂行が疾病に対し、質的にみて相対的に有力な原因となって初めて因果関係の相当性が認められるのであり、脳血管疾患が業務に起因して発症したとされるためには、基礎疾患たる血管病変等が業務によって引き起こされ、医学的にみて自然的経過を越えて増悪、発症に至ったことを要し、右のように認定するためには、労働省労働基準局長通達(認定基準)に照らし、日常業務に比較して特に過重な業務に就労したことが必要であるところ、太郎の死亡は、業務遂行中に突発的に生じたものであるが、自然的経過によってたまたま発症したものに過ぎず、以下のとおり、条件関係自体が存しないか、あるいは相当因果関係が到底認められないものである。

(一) 太郎の従来の職歴から、通常の坑夫としての作業、超過勤務、交代制勤及(ママ)び出稼ぎ先での生活は過酷なものとはいえない。また、太郎が倒れる直前のピックハンマーによる作業も、相当な肉体労働ではあるが、太郎以外に身体の変調をきたした坑夫がほかにおらず、太郎自身も特に疲れを訴えていたわけではないことから、他の現場での作業に比べて特に過酷な重筋労働であったとはいえない。

(二) 長時間労働、交代制勤務、騒音、振動、寒冷暴露、精神的なストレスが脳動静脈奇形部分の血管を劣化させ、脆弱性を増悪させるという医学的知見はなく、また、太郎は、長年にわたりトンネル工事の坑夫としての作業に従事してきたが、その間脳動静脈奇形からの出血がなかったのに、本件現場での二週間程度の断続的血圧上昇で血管の急激な劣化が生じたとは考えられない。加齢等の自然的経過により血管が徐々に劣化したことによるものと考えるべきである。

(三) 太郎が発症した当時の血圧上昇の程度は明か(ママ)でない。また、太郎を含め、相当の経験を有する坑夫は作業により相当の負荷を受けてもそれに対する「慣れ」を獲得していることから、同じ負荷を通常人が受けた場合のように大きな反応を示すものではなく、かつ、ピックハンマーによる作業についても、太郎を含め、頭痛などの昇圧症状を訴えた坑夫はいない。

(四) 一時的な血圧上昇とトンネル工事における作業との間に特異的な結びつきはなく、原告主張の程度の血圧上昇は日常生活の中でもしばしば見られるのであるから、この程度の血圧上昇で破綻する脳動静脈奇形であれば、日常生活の中でも早晩破綻したはずであり、発症と業務に条件関係があっても相当因果関係はない。

第三争点に関する判断

一  争点1について

1  太郎が本件現場において倒れ込んだ状況

(一) 太郎が倒れた際、本件現場には太郎の他に高沢光男作業所長、堀彰職長、坑夫の加藤七男、今井晴男、塗谷和成らがいたが(〈証拠略〉)、太郎が倒れ落ちる状況を直接目撃した者はなく、仮設ステージ下のトンネル左側で矢板の片付けをしていた塗谷和成が、仮設ステージから何かが落ちるような影を見かけ、それが太郎だったため、他の同僚に大声で知らせ、すぐに駆け寄った(〈証拠略〉)。太郎はズリ上に仰向けに倒れていて、意識がなくぐったりしており、抱き起こして、高沢光男や同僚らが声をかけたりしても返答がなかった(〈証拠・人証略〉)。太郎のヘルメットは同人の頭部から約五〇センチメートル離れたところで発見され、あご紐が切れていた(〈証拠略〉)。太郎が操作していたピックハンマーのノミはコンクリート壁に突き刺さったままであった(〈証拠略〉)。

なお、今井晴男は太郎が倒れる際にワーッという声を発したとする(〈証拠・人証略〉)が、同人は太郎とピックハンマーの作業を交代して現場を離れていたはずであり(〈証拠略〉)、本件現場においては後述のようにピックハンマーの騒音に満ちていたのであるから、右陳述及び証言は信用できない。

(二) 高沢光男は救急車を手配し、他の坑夫らは太郎を坑外の労務宿舎食堂へ移送した(〈証拠・人証略〉)。途中、太郎はウーと呻き声をもらした(〈証拠略〉)。倒れてから約二五分後の午後三時一〇分ころ救急車が到着したときは、意識、脈拍、呼吸がなく、顔色蒼白であり、瞳孔も散大しており(〈証拠略〉)、その後、小海赤十字病院に搬送され、蘇生を図ったが、午後四時ころ、死亡の診断がなされた。死亡推定時刻は午後三時ころとされた(〈証拠略〉)。

(三) 太郎が倒れ込んだと考えられる本件現場の仮設ステージのズリ落とし用開口部は、本件当時、落石により作業板の一枚が折れてはずれており、普段よりも広くなっていた(〈人証略〉)が、その大きさはほぼ一〇〇センチメートル×五五センチメートルであった(〈証拠略〉)。

2  太郎の解剖所見

太郎の解剖所見(〈証拠略〉)によれば、前記当事者間に争いのない事実2記載の脳底部血管系の異常所見のほか、左右対称性の広範なくも膜下出血が大脳脚間くも膜下槽を中心として両側前頭葉、側頭葉、小脳、橋角隅、小脳腹面、背面、島表面に及び、側脳室、第三脳室にも中程度の流動性血液が貯留していたが、脳実質の出血及び挫傷、体表面外傷、頭蓋骨骨折及び亀裂、脳硬膜損傷並びに硬膜下出血のいずれも認められなかった。

なお、原告及び原告の義兄であるYが太郎の遺体と対面した際、太郎の額に二、三センチメートルの切り傷、右耳下頚部にふくれあがったところないしガーゼをあてたところがあったとする(〈証拠・人証略〉)が、素人の目に明らかな外傷を専門家の医師が見落とすことは考えられず、体表面外傷があった旨の陳述及び証言は信用できない。

3  判断

(一) 以上の事実、すなわち、太郎は、倒れる直前までピックハンマーによる作業を続けていたところ、何らかの形で仮設ステージからズリ上に転落したこと、転落直後に発見されたときは既に意識障害を生じていたこと、転落から約一五分後という短時間で死亡の結果が生じたことから、太郎は極めて短時間のうちに大出血を起こしたものと考えられる。

そして、その原因については、右事実経過と後記脳動静脈奇形の病態、特性に鑑み、転落による外傷性の出血である可能性を完全に否定することはできない(〈人証略〉)。

(二) しかしながら、その一方、前述のとおり、太郎の足場からズリ上までは約六〇センチメートルにすぎなかったのであり、この高低差を落下したことによりヘルメットをかぶった太郎の頭部に強い衝撃が加わる可能性は必ずしも高いとはいえないこと、また、仮設ステージのズリ落とし用開口部の大きさに鑑みると、原告主張のように太郎が佇立した状態からそのまま仰向けに倒れ込んだとすると、体のどこかが足場にぶつかり、打撲等の体表面外傷が見られるはずであるのにこれがないこと、解剖所見は明らかな外傷性のくも膜下出血を示すものではなかった(脳底下部の出血以外に外傷を疑わせる脳挫傷等がなく、硬膜から脳表面にかけての血管が脳に対する衝撃により切れて出血を起こすカウンタークーリージョンも見られない。)こと、通常の脳動静脈奇形からのくも膜下出血は緩慢に進み、死亡や後遺症を残すことは少ない(〈証拠略〉)が、本件では脳底部での大出血であり、脳幹部に直ちに影響して意識喪失及び死亡の結果が急速に生じたと考えられることがそれぞれ認められる(〈人証略〉)。

なお、原告は、太郎が転落前にかぶっていたヘルメットのあご紐が切れてヘルメットがとんでしまうほど強度の衝撃が加わったために発症したとしながら、ヘルメットをかぶっていたことにより衝撃が緩和され、脳挫傷等やカウンタークーリージョンが生じなかったと主張するが、右主張自体矛盾しているばかりでなく、右ヘルメットのあご紐が切れた原因についてこれが太郎の転落により生じたと認めるに足りる証拠はなく、かつ、転落による衝撃によりどのような力が加わればヘルメットのあご紐が切れるのか明らかではないから、右主張は採用できない。

(三) 右(二)の事実に照らして考慮すると、前記(一)から原告主張のように太郎が仰向けに転落し、頭部が約二一〇センチメートル下に落下し、頭部に強い衝撃を受けて脳実質が移動し、脳底部の奇形血管が破綻したという発症機序を推認することはできず、他に右発生機序を認めるに足りる証拠はない。ちなみに、脳の他の部位に全く影響を与えず、脳動静脈奇形部分だけが破綻するような転落による衝撃が生じる場合というのは通常考えにくく、あり得る(〈証拠・人証略〉)としても可能性の指摘に止まるものと解するのが相当であり、本件がそのような希有の事例であると認めるに足りる的確な証拠はない(服部医師の右意見は太郎が倒れる際にワーッという声を発した事実及び太郎が転落前にかぶっていたヘルメットのあご紐が切れてヘルメットがとんだ事実を前提としているが、右前提事実を採用することができないことは前示のとおりである。)。

したがって、太郎が作業中の転落という災害性の事故で死亡したとする原告の主張事実は証明不十分であるといわざるを得ない。

なお、原告主張のうち、太郎の転落による脳への衝撃により出血が拡大し、致死的な程度のものに至ったとの点は、太郎のくも膜下出血が転落以前に生じていたことを前提とするから、争点2に対する判断と併せて行うこととする。

二  争点2について

1  脳動静脈奇形の病態

(一) 脳動静脈奇形は、胎生期の脳血管発生の途上で、正常ならば毛細血管網で置き換るべき動静脈吻合が残存したため発生する脳血管系の先天的奇形であり、病巣は、一般には輸入動脈、吻合を示す大小不整形の動静脈及びそのいずれともつかない血管の集合よりなる血管巣と、異常に拡張した輸出静脈からなり、その主体はくも膜下腔にあることが多く、しばしばくさび形に脳実質に及ぶこともあるとする見解と主体が頭頂葉に存するのが九割とする見解とに分かれている。血管奇形中では静脈性血管腫に次いで多く、男性が女性の一・五倍から二倍の頻度で発生する(〈証拠略〉)。

(二) 脳動静脈奇形は、毛細血管網を欠き、末梢血管抵抗が著しく低いため、多くの動脈血が奇形部に流入し、関与している動静脈の拡張、蛇行、変性をきたし、また脳循環動態を変化せしめ、直接及び間接に周囲脳組織に影響を与え、臨床症状を引き起こす。臨床症状の中でもっとも高頻度で認められるのはくも膜下出血であり、くも膜下出血の原因の六ないし一〇パーセントを占めるとされる。もっとも、くも膜下出血や脳内出血などを呈するのは脳血管奇形全体の五ないし一〇パーセント程度で、その他は無症状に経過し、剖検時に偶然発見されることも多い。出血の原因としては、動脈血の流入等の特殊な環境に長期間さらされた脳動静脈奇形の血管壁が次第に変性をきたし、血圧上昇に耐えられなくなった際、あるいはその他のストレスに対し抵抗力を失って破綻を生ずるためとする見解と、臨床検索例から内圧の亢進や血流量の増多による直接損傷によるものとする見解とに分かれている(〈証拠略〉)。

(三) 脳動静脈奇形の破綻によって生ずるくも膜下出血は、脳動脈瘤破裂時の出血と比べると、一般に程度が軽く、予後も良好なものが多い。これは、脳動静脈奇形では、動静脈吻合が存在しているために出血圧が低いことによると考えられている(〈証拠略〉)。

(四) 脳動静脈奇形の発症年齢、すなわち臨床症状を起こす年齢は一〇代から三〇代が多く、全体の七〇から九一パーセントを占め、一〇歳以下、四〇歳以上の症例は少ない(〈証拠略〉)。

2  脳動静脈奇形の破綻原因に関する医師の意見

(一) 太郎の病理解剖所見書(〈証拠略〉)を作成した石井善一郎医師は、脳動静脈奇形がある場合には、過重な労働をしなくてもトイレに行く等の軽度の血圧上昇により、又は日常生活でも患者本人や医師が気がつかない程度の軽度のストレスでも十分それが原因になりうると述べている(〈人証略〉)。

(二) 服部真医師は、最終的に血管が破綻するかどうかは、血管壁の脆弱性と壁にかかる血管内圧や外からの圧力によって決まるものであり、動脈瘤の場合と同様、急激な血圧上昇や血圧変動によって脳動静脈奇形の脆弱性を増悪させる可能性があり、太郎の場合においても、〈1〉血管壁が発症以前から何らかの理由で日常生活で経験する程度の血圧上昇でも破綻するほど脆弱になっていたか、〈2〉あるいはこれまで経験したことのない程度の血圧上昇や頭部への衝撃に曝されたのか、〈3〉その両方かという形で問題を考えるのが合理的であると述べている(〈証拠・人証略〉)。

(三) 小口喜三夫医師は、脳動静脈奇形が破綻する原因は医学的には解明されていないが、臨床経験からは脳動静脈奇形の奇形静脈がいくら脆弱であっても一時的血圧上昇で破綻することはあり得ないと述べている(〈人証略〉)。

3  太郎の労働状況・作業環境が同人の脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血(以下「本件疾病」という。)に与えた影響

(一) 労働者の死亡が労働者災害補償の対象となるためには、当該業務に就かなかったら死亡しなかったであろうという条件関係だけではなく、業務と死亡原因たる疾病の発症原因との間及びその発症原因と死亡原因たる疾病との間に相当因果関係があること(業務起因性)を必要とする。そして、相当因果関係があるというためには、業務のみが発症の直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患があり、その基礎疾患も原因となって発症した場合も含まれるが、その場合には、業務が相対的に有力な原因となっていることが必要であると解される。但し、右にいう「相対的に有力」とは、健康な労働者を基準とする抽象的、一般的な比較考量によって決すべきではなく、基礎疾患を有する当該労働者を基準として具体的、個別的に判定すべきものであり、その業務の遂行が当該労働者にとって精神的、肉体的に過重な負荷となって基礎疾患を刺激し、その自然的経過を越えて急速に増悪させて発症の時期を早めた場合なども業務が相対的に有力な原因となったものとして、相当因果関係を肯定するのが相当である。

(二) ところで、本件疾病について、太郎に脳動静脈奇形の基礎疾患があり、くも膜下出血が右奇形血管の破綻(破綻の部位が奇形動脈か異常静脈叢かは解剖所見からは明らかでな(ママ)はない。)によって生じたものであることは争いがないが、前記1、2において検討したように脳動静脈奇形の破綻原因については、その究明を中心課題とした医学的研究はないようであり、これを反映して医師である各証人の証言ないし意見も一致しない状況である。

まして、本件疾病については、

(1) 太郎の脳動静脈奇形の部位が脳底部であり、通常の脳動静脈奇形の好発部位が頭頂葉であることからすれば、希有な症例であるといえる(〈証拠・人証略〉)こと、

(2) 太郎の脳動静脈奇形の病巣は一ないし二センチメートルであり、剖検経験から見て例のないほど大きいものである(〈証拠・人証略〉)こと、

(3) 通常は、脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血は、その出血圧が低いことから徐々に症状が発現し、予後良好なことが多い(〈証拠略〉)が、太郎の場合は発症後一五分余りで死亡しており(前記一1(一)及び(二)認定の事実)、その理由としては太郎の発症時に一時に大量の出血があったためであると考えられる(〈人証略〉)こと、

(4) 太郎は発症当時四一歳であり、脳動静脈奇形の発症の好発年齢である一〇代から三〇代を発症せずに経過していることから、通常は発症しないまま天寿を全うするはずであったと考えられる(〈証拠・人証略〉)ことなどの、通常の脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血と比較すると特異な症例であることを窺わせる事情が存する。

このような場合に、厳格に医学的な因果関係の証明責任を原告に負わせることは、もともと未解明な部分の多い疾病について、その特異例での因果関係というほとんど不可能な立証を強いる結果となり、労働者の業務上の事由による死亡等につき公正な保護をするために保険給付を行うことを目的として制定された労働者災害補償保険法の趣旨に照らして、相当とはいえない。のみならず、労災補償制度との関係で要求される因果関係は、医学的判断そのものではなく、法的評価としての因果関係であるから、医学的知見が対立し、厳密な医学的判断が困難であっても、所与の現代医学の枠組みの中で基礎疾患の程度、業務内容、就労状況、当該労働者の健康状態等を総合的に検討して業務が相対的に有力な原因となって死亡原因たる疾病を発症させた蓋然性が高いと認められるときは、法的評価としての相当因果関係があるというべきである。

(三) 右のような見地から太郎の脳動静脈奇形の破綻の原因を検討すると、脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血の発現状況が動脈瘤破裂の場合と同様睡眠中の発症が三六パーセントであるが、重い物の挙上、精神的興奮、排便、性交、咳嗽、排尿等の肉体的、精神的負荷時の発症も約三〇パーセントを占め、またアルコールや経口避妊薬による間接的昇圧作用が関与する場合もある(〈証拠略〉)こと及び脳動静脈奇形部分には通常の動脈よりは低いが通常の静脈よりは高い血圧がかかること(〈証拠略〉)を考慮すると、小口喜三夫医師の意見とは異なり、脳動静脈奇形の破綻と血圧上昇が無関係であるとは考えられず、服部真医師の意見による、血管壁が破綻した時点において、

(1) 血管壁の脆弱性が増悪し、通常の血管内圧に耐えられず破綻した場合

(2) 血管内圧が急激あるいは持続的に上昇し、もともと一定の脆弱性を有する血管壁を破綻させた場合

のいずれか(あるいは両方)が生じたものと考えるのが合理的である。

そして、右のいずれかの場合と業務の関係については、(1)について〈1〉業務の負荷等により自然的経過を越えて血管壁の脆弱性の増悪が早まった業務起因性のある場合と〈2〉加齢その他の自然的経過により偶然本件当時に破裂する程度に血管壁の脆弱性が増悪した業務起因性のない場合が考えられ、(2)について〈1〉業務の負荷等により血管壁を破裂させる程度の急激あるいは持続的血圧上昇が生じた業務起因性のある場合と〈2〉日常生活で経験する程度の一時的血圧上昇により血管壁を破裂させた業務起因性のない場合(この場合は、結局(1)〈2〉が前提となる。)が考えられる。

いずれにしても、太郎の業務内容、就労状況等に内在する血圧上昇因子の存否、程度を検討する必要がある。

(四) 太郎の業務内容、就労状況等と血圧上昇因子

(1) 本件導水路は横幅約二・四メートル、高さは一番高いところで約三・二八メートルの狭いアーチ型トンネルであって、トンネル内でのダイナマイトや大型機械の使用が困難であり、ほとんどは坑夫が作業機械を手で持ち上げて作業する形態であったところ、太郎が金岩建設に雇用された当初の昭和五九年一月一六日から同月二六日までの作業で主として用いた作業機械は削岩機であり、同月二七日からの斫り作業で用いた作業機械は削岩機、ダルダ、ピックハンマーである(当事者間に争いのない事実、〈証拠・人証略〉)。

削岩機は二人で約三八・五キログラム、ダルダは二人で約二五キログラムを持ち上げる必要があり、かつ、太郎が倒れる直前に使用していたピックハンマーは、重量約七・五キログラムで、重量約一・九キログラムの圧搾空気用ホースが接続されており、これを人力で硬いコンクリート壁に押さえつけ、圧搾空気が出る反動でコンクリートを破砕する仕組みのものであった(〈証拠略〉)。

右のような重量のある作業機械を手で持ち上げてする作業が主である現場はトンネルの新設工事では最近は見られないことであり、他の坑夫にとっても初めての経験であり一番きついと考えるほどの重筋労働であり、実際にもピックハンマーの作業は一五分程度で交代せざるをえないほどであった(〈証拠・人証略〉)。

そして、重筋労働でも筋肉の長さを変えないで筋肉を緊張させる静的筋労作は動的筋労作よりも、上肢の運動は下肢の運動よりも血圧を上昇させる傾向があることは医学上の知見である(〈証拠・人証略〉)。原告は、本件のピックハンマーの重量、作用から平均最大握力の四〇パーセント程度の握力を要する作業であることを考慮すると、太郎には控え目に見て四〇ないし六〇mmHg程度の血圧上昇があったものと主張するが、このような机上計算どおりではないにしても、本件現場での作業は相当程度太郎の一時的血圧上昇に関与し、これが断続的に続いたものと認められる。

(2) 金岩建設の現場においては、八時間の所定労働のほかに毎日二時間の時間外労働があり、日勤は午前七時から午後六時まで、夜勤は午後七時から翌朝午前六時までであり、場合によってはさらに一時間残業するという長時間労働が続き、休憩時間は食事休憩一時間のほかに一日二回各一五分が予定されていたが、工事を急ぐようにとの指示で、各人がてんでにタバコを一服する程度しかとられていなかった。また、日勤と夜勤が一週間交代であり、太郎の場合は昭和五九年一月一六日から二〇日までが日勤、二日間の休日を挟んで同月二三日から二八日までが夜勤、休日一日を挟んで同月三〇日から日勤となっていた。直前の休日である同月二九日は、朝、前夜からの夜勤が終わって翌日三〇日の朝日勤に就くまでの間の休みであった(〈証拠・人証略〉)。

長時間労働及び夜間労働は、これを長期に続けた場合は動脈硬化や血栓形成を促進する(〈証拠略〉)ほか、服部真医師の研究によれば、特に夜間労働では交感神経と副交感神経が同時に緊張し、末梢血管収縮等の作用により有意に血圧上昇を起こすことが認められる(〈証拠・人証略〉)。

特に、本件の場合、一週間単位での日勤と夜勤の交代業務であり、身体のリズムの乱れによる影響も加わって、これが血圧上昇に関与した可能性を否定できない。

(3) 太郎が倒れる直前に使用していたピックハンマーは作業中の騒音が一〇三ないし一〇八ホン程度であり、また、手持ち振動工具の中でも最も強い振動を与える部類の工具である(〈証拠・人証略〉)。

五〇ないし七〇ホン以上の騒音及び強い振動は、作業者の交感神経を緊張させ、末梢血管を収縮させ、一時的血圧上昇に関与する(〈証拠・人証略〉)。

ピックハンマー自体は、他のトンネル工事現場等でも使用されているが、本件現場では、本来の使用用途である軟岩の切り崩し等ではなく、固いコンクリート壁の破砕に用いられており、騒音、振動とも大きかったと推認されること、狭い既設導水路内での作業であり、騒音の反響も相当程度大きかったと推認されることなどから見て、本件業務に特有の血圧上昇因子であり、相当程度太郎の一時的血圧上昇に関与し、これが断続的に続いたものと認められる。

(4) 太郎は、昭和五九年一月二四日か二五日ころから、坑外へのズリ搬出作業も担当するようになったが、右作業はバッテリーロコにズリを積込み、坑外まで運搬し、ウィンチ等で吊り上げて捨てるものであり、一回に少なくとも一四ないし一五分を要し、一日の斫り作業の進み方から見て一日に八ないし九回あったと考えられるものである(〈証拠・人証略〉)。

坑内の気温は概ね一日中摂氏六度から一〇度であり、外気温は計測時刻は不明であるが、概ね摂氏氷点下一〇度から二〇度であった(〈証拠略〉)。

本件現場で斫り作業に従事している坑夫は、重筋労働により汗をかくことから薄着であるか、あるいは防寒具は脱いでしまうことが多く、太郎はズリ搬出作業のときは改めて防寒具を着ることをしないでそのまま出ていくこともあった(〈証拠・人証略〉)。

そして、繰り返し寒冷に暴露された場合、交感神経の緊張、血中ホルモンの変化により有意な血圧上昇を起こすことは医学上の知見である(〈証拠・人証略〉)。

右ズリ搬出作業による寒冷暴露は、本件業務に特有の血圧上昇因子であり、相当程度太郎の一時的血圧上昇に関与し、これが一日八ないし九回反復されたものと認められる。

(5) 高沢光男作業所長が、太郎に対してがみがみと注意することが時たまあったこと、太郎が現場と宿舎を往復するだけのストレスの発散しにくい生活を送っていたこと、太郎が無口で内向的な性格であったことがそれぞれ認められるところ(〈人証略〉)、右の各事実がどのように精神的ストレスに関与したかは必ずしも明か(ママ)ではないが、同僚の今井晴男は、たまたま本件事故が発生した一月三一日の午前、仕事のきつさに耐えがたく、労務担当の横山に対し「辞めたい」旨申し出て、横山に引き止められており(〈証拠・人証略〉)、このことは本件作業環境が肉体的にも精神的にもストレスを起こさせる状況にあったことを窺わせる。

(五) 太郎の健康状態、嗜好等

(1) 太郎は金岩建設に雇用された当初の昭和五九年一月一七日、健康診断を受けたが、その際は特に異常はなく、血圧も最大が一三四mmHg、最低が八〇mmHgと本態性高血圧症を疑わせる数値ではなかった(〈証拠略〉)。

(2) 過去の健康診断でも、昭和五六年にじん肺要精検を指摘され、昭和五八年に心肥大が認められ、心電図検査を要するとされ、血圧も最大が一五六mmHg、最低が九六mmHgであり、経過観察を要すると診断されたことがあるが、特記事項があったのはこの時だけであり、それを除いては概ね異常なく、自宅では風邪で一、二回通院したことがある程度で病気らしい病気をしたことがなかった(〈証拠・人証略〉)。

(3) 太郎は宿舎が同室の今井晴男に付き合って毎日一合程度の晩酌をしていたが、自宅では毎日というわけではなかった。喫煙の習慣はなく、食事の好き嫌いもなかった(〈証拠・人証略〉)。

4  判断

(一) 以上のような脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血の病態、太郎の従前の健康状態、本件業務に内在する各血圧上昇因子の内容、程度、太郎の発症後の経過の特異性その他の事情を総合して検討すると、太郎の本件疾病と業務の関係は、以下のとおりであると推認するのが合理的である。

(1) 太郎にはこれまで特記すべき既往歴等はなく、出稼ぎ就労時の健康診断でも特に脳血管障害ないし本態性高血圧症を疑わせる所見もない。太郎は十数年間トンネル工事の坑夫として出稼ぎを行ってきており、それぞれの現場で相当の重筋労働に従事してきたものと推認されるが、この間に出血その他の臨床症状を呈したことはなく、太郎の基礎疾患である脳動静脈奇形は自然的経過による発症はもちろん、従前のトンネル坑夫としての業務による発症も生じない程度のものであった。

(2) 本件業務は、その作業内容自体、健康人にとってさえ、極めて重篤ともいえるものであり、作業機械を手で持ち上げてする上肢の静的筋労作を中心とする重筋労働、長時間かつ一週間ごとの日勤と夜勤の繰り返しによる不規則労働、ピックハンマーによる著しい騒音と振動、一日八ないし九回の寒冷暴露など、従前のトンネル坑夫としての業務とかなり異なると思われる血圧上昇因子が認められ、これら因子が複合して太郎に断続的に著しい血圧上昇をもたらしたものとみられる。各因子が具体的にどの程度の数値の血圧上昇をもたらしたかを確定することはできない(太郎は発症後短時間のうちに死亡しており、発症直後の血圧値を証明するのは不可能である。)が、もともと一定の脆弱性を有する脳動静脈奇形に対し、このような断続的かつ著しい血圧上昇が生じた場合、右奇形血管の変性を進め、脆弱性の増悪に関与し、自然的経過を越えて発症時期を早めた蓋然性が高い。

(3) そして、太郎の脳動静脈奇形は発症直前には僅かの刺激により血圧が上昇しても破綻しやすい状態にまでなっていたところ、昭和五九年一月三一日午後のピックハンマーによる斫り作業で再び著しい血圧上昇を生じたことが加わって、ついに脳動静脈奇形が破綻し、くも膜下出血を発症した。

前述のように、太郎の発症から死亡までの経過が急速に進行した理由は、発症時に一時に大量の出血があったためと考えられるが、右大量出血の原因は、脳動静脈奇形の破綻箇所が大きかったためであるか、あるいは破綻部分の血管内圧が大きかったためであると解するのが相当であり(〈証拠略〉)、解剖所見上、破綻箇所は解剖しても特定できない程度の大きさしかなかったものであるから、発症時の血圧も著しく上昇していたと考えるのが合理的である。

(二) そうすると、太郎のくも膜下出血は、先天的基礎疾患である脳動静脈奇形が破綻して生じたものであるが、本件業務の血圧上昇因子が太郎にとって過重な負荷となり、その基礎疾患を自然的経過を越えて増悪させて発症を早め、通常の基礎疾患発症の自然的経過を越えて死亡の結果を生じさせたものというべきである。

したがって、本件発症については、業務が相対的に有力な原因となっているとみられ、太郎の本件業務と死亡との間には相当因果関係が認められる。

なお、本件の場合、出血開始後死亡に至るまでの間に何らかの形で太郎が仮設ステージからズリ上へ転落した事態が加わったものと認められることは争点1に対する判断で述べたとおりであり、その転落があったことにより、出血開始後すぐに安静にしていた場合などと比較すれば、出血が一層拡大したであろうことは容易に推認されるところである(〈証拠略〉)が、既に(一)で認定したように、太郎が発症した当時血圧が著しく上昇していたために大出血を生じたものである以上、右転落による出血拡大の問題は、太郎の本件業務と死亡との間の相当因果関係の判断には影響しないものと解するのが相当である。

(三) 被告の主張について

(1) 太郎のトンネル工事坑夫としての従来の業務内容と比較すると、本件業務内容は、既設導水路の巻替工事という特殊性からくる制約のため、筋労作の内容、労働時間、騒音及び振動の程度、寒冷暴露の各点において負荷の大きいものであったと認められることは前述のとおりであり、単純に同じトンネル工事の作業であるから負荷が同程度のものであったとはいえない。

被告主張の認定基準は、専門医師で構成された専門家会議の検討結果に基づいて策定されたものであり、それなりに尊重されるべきであるが、これを機械的、形式的に適用することは避けなければならないものと解する。

また、太郎以外の坑夫に身体の変調を来したものがいないという点は、過重負荷の判断では重要ではない。健康な坑夫にはさしたる負荷とならない場合でも、脆弱な奇形血管を有する当該労働者にとって過重負荷であることは十分考えられるのであって、比較の対象は同種の基礎疾患を有する労働者に置く必要があるからである(もっとも、その場合、軽作業で過重負荷となった場合はどうかという問題が残るが、前記のとおり本件は、健康人にとっても相当な重筋労働といえる作業内容であるから、その点は問題とならない。)。

さらに、くも膜下出血でも動脈瘤破裂による場合は、頭痛や神経障害等の警告症状を伴うことが多いが、脳動静脈奇形の破綻による場合はそのような医学的所見はなく、太郎が事前に身体の変調を訴えなかったことは奇とするに値しない。

(2) 血圧上昇が脳動静脈奇形の脆弱性増悪に与える影響は既に認定したとおりである。健康体であれば、血管の劣化は動脈硬化等により長期にわたって徐々に進行するのが通常(〈人証略〉)であろうが、もともと一定の脆弱性を有する脳動静脈奇形については、血管自体の変性によって脆弱性が増悪すると考えられる(〈証拠略〉)から、これが進行するか否かは血圧上昇因子の内容次第であり、急速に脆弱性増悪が進んだと推認することは医学的知見に矛盾するものではない。

加齢による自然経過としての血管劣化について言及すると、前記1(四)の脳動静脈奇形の発症年齢に関する報告によれば、加齢は脳動静脈奇形の脆弱性増悪とは関係が薄いと考えられ、加齢が太郎の本件疾病の発症原因である可能性は低いといわざるを得ない。

(3) 重筋労働、騒音、寒冷暴露について、これらの刺激が労働者の血圧を一時的に上昇させても永続的なものではなく、時間単位で「慣れ」が生ずる(〈人証略〉)ことは認められるが、本件では既に検討したように一時的な血圧上昇が繰り返し生じたことが重要であって、右の「慣れ」は問題にならない。

また、重筋労働、騒音等について、経験によるこれらの負荷に対する「慣れ」を獲得し、経験を積んだ坑夫であれば通常人と異なって大きな反応を示さないとする同証言は、その機序、程度が明らかでないばかりでなく、太郎の本件業務の負荷が従前の業務よりも大きいと認められること及び本件業務の内容も昭和五九年一月一六日から二六日までと二七日から三一日までとは異なっており、後者の斫り作業の方が負荷が大きくなっていることを考慮すると、「数日間で『慣れ』を獲得し、発症当時は太郎の血圧に影響を与えなかった」とまでは認めることはできない。

なお、発症当時の太郎の血圧が高くなかったとすると、脳動静脈奇形の破綻によるくも膜下出血の通常の場合のように徐々に進行するはずであり、太郎が発症後短時間のうちに死亡した経緯と合致しない結果となる。

(4) 一般のトンネル工事における作業と一時的血圧上昇との間に特異的な結びつきがないことは認められるが、本件では、本件業務のように各種の血圧上昇因子が複合して繰り返し生ずる事態が問題であり、他の重筋労働一般ないしトンネル工事における作業と比較して、本件業務の特有の負荷状況が十分認められることは前述のとおりである。

なお、被告は、原告が因果関係について高度の蓋然性をもって立証すべきであるのに対し、被告は原告主張と別の原因の存在(自然経過による発症)の可能性を立証すれば反証として足りるとするが、本件のように基礎疾患を有する労働者の発症と業務の因果関係が問題になる場合には、常に自然的経過による発症の可能性は存在するのであるから、単に可能性を指摘してこれを医学的所見からは否定し切れないことを立証するだけで足りるとするのは相当ではない。具体的経過に照らしてみても、太郎が発症後短時間のうちに死亡した経緯と自然経過による発症は矛盾すると考えざるを得ない。

第四結論

以上のとおり、太郎の死亡に業務起因性がないとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を認めなかった本件処分は違法であり、その取消を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 忠鉢孝史 裁判官菊地健治は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 前島勝三)

原告訴訟代理人目録

弁護士(以下同) 中村正紀

西村依子

梨木作次郎

田中清一

野村侃靭(ママ)

菅野昭夫

加藤喜一

岩淵正明

鳥毛美範

奥村回

本田祐司

飯森和彦

橋本明夫

川本蔵石

被告指定代理人目録

久保田浩史

及川まさえ

小野四郎

傳田今朝廣

高野生夫

小山好洋

米山円司

渡辺義雄

藤沢修

佐々木昌俊

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