大判例

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長野地方裁判所佐久支部 昭和45年(わ)23号 判決

被告人 土屋権六

明三八・五・二四生 農業

主文

被告人を罰金一五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

被告人に対し、公職選挙法二五二条一項所定の五年間選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し、全国区から立候補した岩間正男、地方区から立候補した菊地謙一の選挙運動者であるが、右両候補者に投票を得しめる目的をもつて、同年六月二五日頃から同月三〇日頃までの間、別表のとおり、右選挙の選挙人である長野県南佐久郡佐久町大字上五三番地原勝一外三〇名を戸々に訪問し、各戸に「菊地、岩間後援会加入のよびかけ」なる標題のもとに右両候補者の写真、略歴および決意などを掲載したビラを各一枚宛配付し、もつて戸別訪問をするとともに法定外の選挙運動文書を領布したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の法律上の主張に対する判断)

一、弁護人は、その主張の、いわゆる立法事実論にもとづく公職選挙法一三八条一項、一四二条一項の合憲性の判断を控訴審判決は何らなしていないとの前提のもとに、右各規定は、いずれもその立法事実が存しないから、憲法二一条一項に違反し無効である旨の主張をしているので、まずこの点について判断する。

差戻前の第一審判決(以下単に前判決という)は、同法一三八条一項については、戸別訪問の害悪として、(イ)選挙の自由公正をくつがえす買収、利益誘導、威迫などの不正行為の温床となる。(ロ)情緒、義理人情に訴える傾向を助長し理性的公正な判断を害する。(ハ)候補者に無限の競争を強い、煩に堪えなくする。(ニ)選挙人の生活の平静を阻害することを挙げたうえで、右(ロ)ないし(ニ)は、いずれも右規定の立法の必要性を合理的に基礎づける事実とはいえず、また右(イ)の事実も常に存するとはいえず、またその故に一切の戸別訪問を禁止するのは、規正の方法としての合理性を欠く旨の理由により、また同法一四二条一項については、文書頒布の害悪として、(イ)多額の経費を要し、経済上の不公正をもたらす、(ロ)無責任、悪意の内容の文書を横行させる、などのおそれがあることを挙げたうえで、右各事実が存するとしても、その故に文書頒布を極度に制限するのは、目的達成のための規正方法としての合理性を欠く旨の理由により、ともに憲法二一条一項に違反し無効であると判断している。

これに対し、控訴審判決は、「公職選挙法一三八条一項が戸別訪問を禁止し、又同法一四二条一項が文書図画の頒布を制限しているのは、公職の選挙が自由、公正に行なわれることを確保し、ひいて公共の福祉を保持せんとするものに外ならないのであるから、かかる一定の規制は、憲法の保障する表現の自由に対し許容されるところの必要かつ合理的な制限であると解すべきであり、前記公職選挙法の各規定をもつて憲法二一条に違反するものということはできない」として、前判決を破棄している。

この場合、当裁判所は、控訴審判決の、右各規定は憲法二一条に違反するものではないという結論自体に拘束されると解するならば、弁護人の前記主張は当然採用することはできないことになる。

また、仮にそうでないとしても、当裁判所が拘束されるのは、弁護人の主張するように控訴審判決が右各規定の立法目的から一直線に判断した積極的な理由部分ではなく、まさに、前判決が前示のように右各規定はいずれも立法の必要性を合理的に基礎づける立法事実または各規制方法が立法目的を達成するのに必要最少限であることを基礎づける立法事実が存在しないから違憲であるとしたのを、不当であるとした否定的な判断部分であるというべきであるから、いずれにせよ、弁護人の前記主張は採用することはできない。

二、次に、弁護人は、被告人の本件所為は公職選挙法一三八条一項に規定されている戸別訪問に該当しないか、または同規定を被告人の本件所為に適用するのは憲法二一条に違反する旨主張しているが、同法一三八条一項は、同条所定の目的が訪問の主たる目的であるか従たる目的であるかを問わず、およそ同条所定の目的をもつて戸別訪問をすることを全面的に禁止しているものであつて、その適用における可分性は存しないと解すべきところ(最判昭和四二年一一月二一日刑集二一巻九号三六三頁参照)、右規定が憲法二一条に違反する旨の判断はできないことは前示のとおりであるから、弁護人の右主張も採用することはできない。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、戸別訪問の所為は包括して公職選挙法二三九条三号、一三八条一項に、文書頒布の所為は包括して同法二四三条三号、一四二条一項にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い文書頒布の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一五、〇〇〇円に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとし、情状により公職選挙法二五二条四項を適用し被告に対し同条一項所定の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととし、主文のとおり判決する。

(別表略)

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