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静岡地方裁判所 昭和34年(わ)194号 判決

被告人 北村嘉久

昭九・七・一一生 工員

主文

被告人を懲役二年に処する。

本件公訴事実中、第二の建造物等以外放火の点について、被告人は無罪。

理由

(罪となる事実)

被告人は、清水市内で工員をしていた者であるが、昭和三四年六月初旬に風邪をひいて勤めを休んだことから、働きに出ることをいとうようになり、以後飲酒にふけり、無気力な毎日を送つているうち、ようやく家族から叱責されるようになつた。加えて、被告人は日頃から、女性の関心が得られないと心淋しく思つていたことも有つて、次第に厭世観に陥り、気がはれなかつたので、他人の物件に放火し、多勢の騒ぐのを見ればうさがはれるだろうと考えた。そこで、昭和三四年六月二〇日、午前一時頃、清水市清水上二丁目三〇六番地小田稔方前路上を通りかかつた時、同家表軒下に木製の芥箱が置かれているのを見かけたが、その芥箱に放火すると、その上方には僅か数十糎のところに戸袋があるので、火はその戸袋に燃え移り、更に続いて、右小田稔及びその家族が、現に住居に使用している家屋一棟(間口二間半位、奥行四間位、木造平屋建トタン葺き)に類焼することを認識しながら、所携のマッチをすつて、右芥箱内の新聞紙等に点火して放火した。しかし通りかかつた西田武義が発見し消火したので、右芥箱の一部と在中の新聞紙等を燻焼したに止まり、右家屋を焼燬するに至らなかつた、ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示所為 刑法第一〇八条、第一一二条(所定刑中有期懲役刑を選択)

未遂減軽 刑法第四三条本文、第六八条第三号

酌量減軽 刑法第六七条、第七一条、第六八条第三号

その刑期範囲内において被告人を懲役二年に処する。

訴訟費用の負担の免除 刑事訴訟法第一八一条第一項但書

有罪とした部分につき、要した訴訟費用は、被告人に負担させない。

(無罪部分)

本件公訴事実中第二の事実の要旨は、「被告人は、前記有罪と認定した事実と同ようの動機から、昭和三四年六月二七日午前二時五〇分頃酔余清水市島崎町八七番地有限会社小林電気工業所前路上において、同所備えつけの同会社所有の高さ約一米、巾縦約六九糎、横約九二糎、厚さ約一・四糎の木製芥箱内の新聞紙等にマッチを擦つて点火して放火し、よつて右芥箱をその下部掃き出し用蓋の部分を長さ約六〇糎、巾約二二糎深さ約五粍の範囲に亘り焼燬し、もつて公共の危険を生ぜしめた」というにあつて、右は刑法第一一〇条第一項に当るとされている。

そして被告人の当公廷における供述とその検察官に対する供述調書(昭和三四年七月二日付)、芹沢弘司、石塚静、小林薫の各検察官に対する供述調書、司法警察員作成の実況見分調書二通(昭和三四年六月二九日付、同年七月一〇日付)、押収のマッチ三箱、芥箱掃き出し用蓋(昭和三四年領第九四号の二ないし四、七)を綜合すると、被告人が前記の日時・場所において、前記のような芥箱の中にあつた新聞紙等に点火して放火し、その芥箱を前記のような範囲に亘つて焼燬した事実は、これを認定するに充分である。

ところで、当裁判所の検証調書に前掲各証拠を綜合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  前記小林電気工業所は、南北に走る幅員約一四米のコンクリート舗装道路(そのうち両端各二・五米は歩道)に東面し、間口八・一米奥行九・六米の鉄筋コンクリート造り(コンクリートの厚さ約一二糎)二階建で、正面出入口には鉄製シャッターを設け、本件発生当時はこれが降下されており、その他の窓はすべて鉄枠のガラス窓である。この建物の南隣に密接して同じく東面する南北産業株式会社は、モルタル塗二階建(モルタル塗の表面に破損なし)で、出入口には鉄製観音開き扉二枚が設けてあり、(その扉も本件発生当時閉ざされていたと推定される。)通路を隔ててその更に南隣に木造平家建の飲食店喜作がある。

小林電気工業所の北側は、幅員約九米の非舗装道路に面し、この道路を隔てた北隣にはモルタル塗二階建の飲食店銀河が同じく東面しており、道路の奥即ち西方には、小林電気工業所と右飲食店銀河とに続いて、右道路に面した木造家屋が軒を並べて建つている。

そして、小林電気工業所の向い側で、比較的近い距離にある木造構築物としては、前記飲食店銀河の向い側に板塀が喜作の向い側に木造家屋丸山計次方が、夫々前記幅員一四米の道路沿いに存している程度である。

(二)  本件芥箱の位置は、後記(三)のとおりであるが、この位置より、右(一)に掲げた附近の木造構築物迄の至近距離は、飲食店喜作まで約一〇・三四米、丸山計次方まで約一九米、飲食店銀河向い側の木塀まで約一六・一六米、小林電気工業所と右銀河との夫々の裏手にある各住家まで、それぞれ約一七・七米及び約一八・八米、とあつて、何れも芥箱からかなり離れた位置にある。

(三)  焼燬した芥箱は、厚さ約一・四糎の杉板製ペンキ塗りで、正面の巾約九二糎、側面の巾約六九糎、高さは前面で約八二糎、背面で約一米、上部には奥の方に巾約一八糎の板を横にわたし、この横板に「ちようつがい」で蓋を手前にとりつけるようになつていたが、本件発生当時は無蓋であつた。この芥箱が、小林電気工業所の前、南北産業株式会社との境界線に接着して、歩道に面しておかれ、芥箱の底は、一部コンクリート歩道上に、一部コンクリート製側溝蓋の上にかかつており、芥箱と小林電気工業所の壁とは、約一二糎隔たつていた。

この芥箱の上方約七二糎のコンクリート壁に、厚さ一・五糎のラワン材及び杉板を介して、積算電力計二個が並べてとりつけてある。

(四)  右芥箱と、前記(一)の各木造構築物との間に、延焼の媒介物たりうるものが存したとの特段の証拠はなく、僅かに、芥箱より約二米離れて、柳の枯木一本と、その支柵(二本の杭の高さ六五糎、地上五六糎の所で長さ一米の棒をわたしたH型の柵)が存していたにすぎなかつた。

(五)  出火当時、天候は晴、北々東の風二・八米湿度八〇%、気温二一・八度であつた。

概略、右のような状況において、本件芥箱が前認定の程度に焼燬したのであるが、元来刑法第一一〇条第一項にいう「公共の危険を生ぜしめる」とは一般不特定の多数人をして、延焼の結果を生ずるおれがある、と思わせるに相当な状態を作出することを言うのであつて、その判断は、発火当時における諸般の事情を基礎とした合理的判断によるべきである、と解せられるところ、前摘示のごとき状況・程度をもつては、附近の木造構築物への延焼の物理的可能性が存しないことはもとより、延焼の結果を生ずるおそれもなかつた、とするのが合理的であると認められる。即ち公共の危険を生ぜしめた。とは認めがたいと言わなければならない。

尤も、出火の発見者や消火者らは、検察官に対し、右のおそれを発見ないし消火当時感じた如くに述べ、消防自動車が出動したことも証拠によりうかがえるが、司法警察員作成の捜査報告書に明らかなように、当時、清水市内において、犯人不明の放火とみられる事件がひん発し、消防関係者はもとより一般市民が、とりわけ出火に対し過敏であつたという特殊事情を考慮すると、右の事実をもつて、たやすく、公共の危険の発生の証左とすることもできない、と考えられる。

結局、公訴事実第二の建造物等以外放火の点については、罪とならないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

よつて主文とのおり判決する。

(裁判官 矢部孝 高島良一 谷口貞)

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