大判例

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静岡地方裁判所 昭和42年(わ)137号 判決

被告人 松本良夫

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる拾円硬貨五六枚(昭和四二年押第五四号の二)およびダルマ型貯金箱の破片三個(同押号の四乃至六)は、被害者前田季美子の相続人にこれを還付する。

理由

(被告人の経歴および犯行に至る経緯)

被告人は、朝鮮で軍服製造などに従事していた小田規矩夫、同ますの長男として生まれ、昭和一六年頃家族と共に北京に移住し同一八年八月頃父規矩夫が応召したので母に連れられて姉、弟と共に三重県志摩郡浜島町の母の実家小田与一郎方に引揚げ、次いで同二〇年一〇月父規矩夫が戦病死したため母の行商などによる苦しい生活の中で同県下の小、中学校を卒業した後、昭和二八年四月頃から漁船員として働いているうち同四〇年三月初頃静岡県焼津市内のバーに勤めていた松本栄子と知合い、同年八月同女と結婚式を挙げ同市内のアパートで暮すようになり、間もなく同女の親の勧めで同年九月婿養子として松本家に入籍し、翌四一年二月には長年に亘る漁船員生活をやめ知人増田弘男の紹介で同市焼津四九六番地東海冷蔵株式会社の工員として働くようになつた。

昭和四一年四月には妊娠中の妻栄子の出産を間近に控え、同県志太郡大井川町上小杉三八一番地の同女の実家に移り、養父母の母屋の横に六畳一間のプレハブ住宅(代金一七万円)を建てて住み、同年五月には長女早由利が生まれたので、家族五人の共同生活となり、一家の生計は被告人と養父の月収をまとめて養母が預り一切を賄つていたが、収入が僅かなうえ前記プレハブ住宅やテレビの月賦代金の支払い等に追われ生活が容易でないため、同年九月頃から妻栄子も罐詰工場や農園等に雇われて稼働しその収入を生計費の一部に充てていた。

右のように養母が一家全体の家計の主宰者であるので、被告人は、会社から給料(同年九月頃の手取り三〇、〇〇〇余円)を受取るとそのまま養母に手渡し、同女から毎月二、〇〇〇円の小遣銭を貰つていたが漁船員時代からパチンコ遊技に耽溺し、殆んど毎日のように数百円ないし二-三、〇〇〇円を費消し、漁船員をしていた昭和三五年五月頃には焼津市内でパチンコ代捻出のため原付自転車を窃取して同年六月三〇日静岡簡易裁判所で窃盗罪により懲役六月、三年間の刑執行猶予の裁判を受けたこともあり、養父母らと共同生活を始めるようになつてからも休日や宿直中でもパチンコに行かずにはおれず、そのため常に小遣銭に窮していたが、養子の立場上思い切つて不足を訴えることができず、昭和四二年一-二月頃から知人鈴木淑乃、坂本昭八郎、多々良つや子、平山熊蔵らから借金をくり返してパチンコ代に充てていた。

又、同年二月には妻栄子の預金全額一万八、〇〇〇円を無断で払い戻したり、三月一三日頃前記坂本の紹介で金融業者から毎月二、〇〇〇円宛返済する約束のもとに二万円を借用したうえ、同月下旬頃からプレハブの月賦代の一部や妻が貯金のため用意していた現金三、〇〇〇円まで使い込んでしまつた。

しかも同年三月二九日バス通勤のため焼津ホンダ販売株式会社から中古オートバイ(ベンリー号)一台を、同月二八日支給の給料から一万円入金し残代金一万円は翌四月二八日の給料日払いの約束のもとに購入したが、妻にこの事が言い出せず、「友達が一万円で譲つてくれたが、代金はボーナス払いでよい」と嘘を言つたものの右のように車代一万円を三月分給料から支払つたため同月分の給料袋をそのまま養母に渡すことができず、四月二日頃会社から給料一万円の前借りをして養母の手前を一時糊塗した。その後もパチンコ代等に充てるため同年四月二日頃前記多々良から三、〇〇〇円を、同月一七日知人大橋定治の妻から二、〇〇〇円を、又右前借金に充てるため同月二八日知人杉山志げから翌二九日返済の約束のもとに借用証まで入れて一万五、〇〇〇円をそれぞれ借受けたので、同月二九日に返済すべき借金だけでも右杉山の借金を始めオートバイの残代金、大橋定治の妻および前記平山熊蔵に対する借金等合計二万八、〇〇〇円にのぼり、これを返済する見込も立たず、他にまとまつた借金の当てもないため全く窮地に陥つてしまつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年四月二九日、同僚の前田武夫、山本功らと共に前記東海冷蔵株式会社の宿直当番(被告人の割当時刻は午後九時から翌日午前二時までで前田武夫は午前二時から午前七時まで)になつていたが、同日夕刻同会社食堂で食事をしながら前記借金のことに腐心するうち、一緒に食事をしていた右前田を見て、同人に頼んだところで何万とまとめて貸してくれる筈はないが、同人の留守宅なら未だ前日の給料もあるだろうし、男もいないからいつそ同人方に押し入つて同人の妻から金員を強奪し、同時に犯罪発覚防止のためや自己の性欲満足を兼ねて同女を強姦しようと決意するに至り、右前田方附近を以前に一度素通りしたこともあり、同年三月頃同人から家の所在も教えられ同人方の大体の見当はついていたので、同日午後七時頃前記会社の中古自転車に乗つて出発し、その途中そのまま会社の自転車で行つたのでは後日発覚し易いと考え、一旦焼津市焼津七七二番地の六メトロパチンコ店自転車置場に行き同所に自転車を置いた後、近くの同市新屋通りで通りがかりのタクシーに乗車して前記前田方から東方約一〇〇メートル附近で降車し、同所から歩いて午後八時頃、同市石津一、六九八番地の前田武夫方に赴き、玄関に現れた同人の妻季美子(当時二二年)に対し「前に船で前田君と一緒に増田さんのもとで働いた松本だが一万円貸してくれませんか」と申し向けながら他に人のいないことを確認し、同女が予想どおり「主人が不在で困る」旨断るや、一旦立去ると見せかけ、同女が奥へ入ろうとするのを素早く靴を脱ぎ直ちにその後について同家中六畳間に上り込み、「テレビを見せてくれ」「子供はいくつだね」等と同室テレビ前の歩行器の傍にいた同女の長男義弘(生後七ケ月)を見ながら声をかけ、危険を感じて同女が右義弘のもとににじり寄ろうとしたのを、すかさず背後から右手を同女の首に廻して締めつけ、左手でその口を塞いで後方へ引張つたところ、同女が激しくこれに抵抗したため互にもみ合ううち同室中央のテーブル横に同女と共に倒れ、同女が俯伏せとなるや、右手を同女の首に廻したままなおも締め上げ、左手で強くその口を塞ぐなどの暴行を加えて同女を失神させ、その反抗を抑圧したうえその場で強いて同女を姦淫し、更にその直後同女が意識を回復して被告人を睨みつけながら体をねじつたり両手を挙げて引つかくような態度を見せたので、ここにおいて既に自分の名も告げてあることや、同女に声を立てられて人の来ることを恐れてついに同女を殺害しようと決意し、左手で同女の両手を押えつけながら右手拳で顔の辺を二回位殴打し右手指を開いてその前頸部を力一杯絞扼し、即時同所で同女を窒息死させて殺害し、さらにその直後歩行器の傍にいた前記義弘が泣いているのに気ずき、同人を奥六畳間に敷かれてあつた子供布団に寝かせ、次いで季美子の死体もその傍に敷かれてあつた布団に移したうえ前記犯跡隠蔽のため前田武夫方居宅(瓦葺木造平屋建住宅・建坪五一、〇三平方メートル)に放火して焼燬しようと企て、火を放てば右義弘が窒息死或いは焼死するやもしれぬことを予見しながら右目的のためには止むなしと決意し、その頃前記中六畳間において、同所にあつた新聞紙に所携のマツチで点火してこれをその場に敷かれてあつたカーペツト上に置き、これに台所の柱にかけてあつたカレンダー用紙数枚を添え置いて火を放つた後、同中六畳間北東隅の整理ダンス内にあつた同女所有の現金五六〇円(拾円硬貨五六枚)(昭和四二年押第五四号の二)在中のプラスチツク製ダルマ型貯金箱一個(同押号の四乃至六はその破片の一部)を強取して逃走したが、右放火行為によつて右カーペツト、畳を経て床板および根太の一部を焼燬し、もつて人の現に居住する建造物を焼燬したものの、翌同月三〇日午前七時五〇分頃帰宅した前田武夫に発見され、同人が近所の中野昇と共に消火したため、義弘を殺害するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為中、前田季美子に対する強盗殺人の点は刑法二四〇条後段に、強盗強姦の点は同法二四一条前段に、前田義弘に対する強盗殺人未遂の点は同法二四三条、二四〇条後段に、現住建造物放火の点は同法一〇八条に各該当するが、季美子に対する右強盗殺人と強盗強姦とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により重い強盗殺人罪の刑によつて、又義弘に対する強盗殺人未遂と現住建造物放火も同様一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により重い強盗殺人未遂罪の刑によつて各処断することとする。

そこで情状について検討するに、

一、本件犯行の動機は、被告人が数年来パチンコ遊技に凝り月々の小遣では到底その費用を賄うことができず、知人から借金を累ね、ついには妻の貯金にまで手をつけるほか無計画なオートバイ購入などによつて極度に金銭に窮した挙句、纒まつた金欲しさに企てたものであつて全く同情の余地はない。

二、次に本件犯行の態様を見るに、判示のように同僚の宿直勤務中を奇貨としてその留守宅を襲い、まずその妻女を強姦した後、同女に抵抗する態度を示されるや、いきなり顔面を数回殴打したうえ絞扼して殺害し、その犯跡隠蔽のため満一才にもならない幼児を女の死体諸共焼燬しようとして同家に放火した後、同所にあつた金員を強取したものであつて、まことに残忍な行為といわざるを得ない。

三、又本件犯行は、犯行当日、共に食事をしていた同じ職場の、しかも当夜相前後して宿直勤務にあつた同僚を見て、とつさに同人の宿直勤務不在中、同人の妻を襲い金員を強奪したうえ強姦して同女の口を封じようと思いつき、被害者方に赴いて同女を姦淫し、同女に抵抗の態度を示されるや同女を殺害した後、犯跡隠蔽のため家屋に放火し、一才に満たない幼児諸共焼燬しようとしたものであつて、自らも妊娠中の妻や一才に近い女児を持つ者の仕打としてはあまりにも利己的であり、非情のそしりを免れない。

四、しかも被告人の犯行当時の行動を見るに、被害者方に赴くに際し、当初会社名のある自転車で出掛けたが、犯罪の発覚しやすいのを恐れ、途中でタクシーに乗りかえて被害者方に赴いており、被害者季美子殺害後犯跡隠蔽のため同女や子供を奥六畳間の布団の上に寝かせ、ついで玄関の戸に施錠したうえカーテンを閉め、室内を整頓しておき、しかも右施錠に際してはカーテンの上から、室内整頓のためテーブルを動かすには手の甲を用いるなどして指紋を残さぬような手段をとり、家屋に放火するについても火災がガス火の不始末による失火によるものと見せかけるためガスコンロに点火したまま逃走するなど、終始冷静かつ綿密な配慮をめぐらしており、若し被告人の企図したように被害者方が全焼するにおいては恐らく被害者季美子の過失により失火として処理され、被告人は罪責を免れることになつたであろうとも考えられ、被告人の本件犯行に対する周到な計画、行動は量刑上見逃すことができない。

五、さらに本件犯行の犠牲者となつた前田季美子は未だ二二才の健康で明朗な女性であり、結婚後僅か二年を過ぎたばかりであつて、親族や隣人からも親愛されながら親子三人の平和な日々を送つていたのに、突如として夫の留守中しかも怨みはおろか、何のかかわりもない夫の同僚に襲われ、この上ない辱しめを受けたうえ無残にも生命まで奪われたものであつて、愛する夫や生後僅か七月の愛児を残して世を去つた同女の心情は到底筆舌に尽し難いものがある。

又、一瞬にして慈母を喪つた義弘の将来および同僚に妻を辱しめられその生命をも奪われ、円満な家庭を破壊された夫武夫の痛恨も亦察するに余りあるものといわねばならない。

さらに本件犯行が幼児を抱えて留守を守る主婦を初め社会一般に与えた衝撃も極めて大きいものがある。

以上のような本件犯行についての諸般の事情を考慮すれば、被告人が少年期において父を喪つた後、不遇な生活を続け結婚後は養父母に遠慮勝ちな日常を送つて来たこと、かつて一度窃盗罪により執行猶予の裁判を受けたほか、他に犯歴のないこと、未だ三一才の壮年期にあることなど一件記録に顕れた被告人に有利な一切の諸事情を併せ斟酌しても、なお被告人の刑責は極めて重大といわざるを得ない。

よつて所定刑中、判示強盗殺人罪については死刑を、判示強盗殺人未遂罪については無期懲役刑を各選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪に該当するが、そのうち一罪につき死刑に処すべきであるので、同法四六条一項本文により他の刑を科せず被告人を死刑に処し、押収してある拾円硬貨五六枚(昭和四二年押第五四号の二)およびダルマ型貯金箱の破片三個(同押号の四乃至六)は判示強盗殺人および強盗殺人未遂罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者前田季美子の相続人に還付することとし、訴訟費用については同法一八一条一項但書を適用して全部被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石見勝四 高井吉夫 熊本典道)

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