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静岡地方裁判所 昭和58年(ワ)45号 判決

原告

小林泰之

原告

小林未津代

右両名訴訟代理人弁護士

清水光康

杉山繁二郎

佐藤久

白井孝一

伊藤博史

被告

静岡鉄道株式会社

右代表者代表取締役

川井祐一

右訴訟代理人弁護士

奥野兼宏

河村正史

右訴訟復代理人弁護士

小倉博

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金二四三万一三〇五円及びこれに対する昭和五七年七月五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らはそれぞれに対し、二〇三五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月五日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告会社は、地方鉄道業等を営み、静岡市中心部と清水市中心部とをほぼ東西に結ぶ営業キロ数一一・〇キロメートルの複線の線路(静岡清水線)施設を占有・所有し、右線路は、静岡市中吉田一〇五番地において、未舖装の市道(静岡市中吉田二七号線)と交差して、中吉田第三踏切道(以下「本件踏切道」という。)となつている。

2  昭和五七年七月五日午後四時四八分ころ、本件踏切道を南から北へ横断しようとした亡小林央直(以下「亡央直」という。)が、訴外山口隆光(以下「山口運転士」という。)の運転する被告会社の新静岡発新清水行急行電車(以下「本件電車」という。)に撥ね飛ばされ、そのため、亡央直は、同日午後五時四五分ころ、脳挫創等により死亡した。

3  本件事故は、土地の工作物である本件踏切道における線路施設に警報機等の保安設備を欠くという設置上の瑕疵があつたために発生したもので、被告は、その占有者兼所有者として民法第七一七条の規定により、原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

(一) 被告の営業路線上の警報機、遮断機のない第四種踏切で発生した事故による死者の数は昭和四七年から昭和五七年までの間に七名にのぼり、本件事故の後も、本件踏切道で昭和六〇年一月五日に発生した小学生の死亡事故のほか、昭和五九年七月二四日に死亡事故が、昭和六〇年八月一〇日に小学生の重傷事故がそれぞれ発生した。

このように、保安設備(警報機、遮断機)が設置されていない第四種踏切は極めて危険で、重大事故が多発している。

(二) 本件踏切道では、本件事故以前に少なくとも四件の死傷事故が発生しており、更に、本件事故後の昭和六〇年一月五日にも小学生の死亡事故が発生するなど本件踏切道は以前から付近住民に危険視されていた。

(三)(1) 本件踏切道は、相当数の住宅が立ち並んだ住宅地域にあり、主に中吉田地域住民の日常の通行に利用されているが、一五・九〇メートル南方には静岡市指定の「児童遊び場」のある津島神社が、六三・四五メートル北方には普済寺が、二八・二〇メートル南西には静岡市中央公民館中吉田分館があるため、特に子供や老人の通行が頻繁である。

(2) 原告らが、昭和五八年六月一九日に本件踏切道の交通量を調査したところ、同日午前七時から午後七時までの間に、歩行者延べ二三〇名、自転車延べ一三七台、原動機付自転車延べ二台が本件踏切道を通行した。(なお、お盆の迎え火が行われた同年八月一三日には、午後六時から午後七時までの一時間に歩行者延べ一七四名、自転車延べ一七台及び原動機付自転車一台が通行した。)

(3) 本件踏切を通過する一日当り電車数は上下合計二九五本で、このうち急行電車は上下合計九六本である。特に子供達の踏切通行の多い午後四時台から午後六時台にかけては、一時間当り上下合計二四本の電車が本件踏切を通過する。

(四) 本件踏切道西方の運動場駅方向の線路は北側に緩くカーブし、その西側に民家や樹木、架線用電柱、中吉田第二踏切道の諸設備等が存在し遮蔽物となつているので本件踏切道の進入地点からの見通しは極めて悪く、地上約九〇センチメートルの高さ(本件事故当時の亡央直の視点の高さ)の視点から東進する清水行下り電車の前面部全体を認識し得た時には、電車は、本件踏切道南側進入地点から一八五メートルの近距離に迫つている。また、本件踏切付近では、上下電車が離合することが極めて多く、本件踏切を通過した直後の電車が対向電車と離合した場合、本件踏切道を通行しようとする者からは接近する電車の発見が極めて困難となる。

(五) 本件踏切を通過する電車の時速を六五キロメートルとすると運転士が非常制動の措置を措つても危険を発見した地点から一七四メートル先でなければ電車を停止させることができないところ、東進する下り電車の運転士が本件踏切道を最初に認めることができるのはその手前一八〇ないし一九〇メートルの地点であり、一〇〇メートル手前まで接近しなければ本件踏切道の南入口付近の横断者を認めることができないから、本件踏切道及びその進入口付近の危険状況の存在(幼児の存在等)を早期に発見し、危険を回避することは困難である。

以上の各問題点から見て、本件踏切道を旧態依然とした第四種踏切のままの状態で放置し続け、これを第一種化して遮断機、警報機等の保安設備を設置することを怠つた被告には、その占有・所有する工作物たる踏切道における線路施設に保安設備を欠くという設備の瑕疵があつたことによる責任がある。

4  損害

(一) 亡央直の損害

(1) 逸失利益 一七八一万円

亡央直は、本件事故当時満三歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭遇しなければ一八歳から六七歳まで四九年間にわたり、平均賃金相当額の収入を得ることができた筈である。そして、昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、全年令平均の男子労働者の平均年収額は四〇七万六八〇〇円であり、亡央直の生活費割合は収入の五割と考えられるから、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して亡央直の死亡による逸失利益を算定すると、一七八一万円となる。

(算式)

四〇七万六八〇〇円×〇・五×八・七三九=一七八一万円(万円未満は四捨五入)

(2) 相続

原告両名は、亡央直の父及び母として右逸失利益相当額の損害賠償請求権を、法定相続分に従い各二分の一ずつ相続により取得した。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 葬儀費用 原告両名 各六〇万円

原告らは亡央直の葬儀を行つて一二〇万円を支出し、その二分の一ずつを負担した。

(2) 慰藉料 原告両名 各九〇〇万円

本件事故は、通行者の安全の確保を軽視した被告の経営姿勢が招いたものであり、前途洋々たる亡央直の生命を本件事故によつて奪われた原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告両名につき各九〇〇万円とするのが相当である。

(3) 弁護士費用 原告両名 各一八五万円

原告らは、本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任したが、その弁護士費用の額は、原告両名につき各一八五万円とするのが相当である。

5  よつて、原告両名は、被告に対し、各二〇三五万五〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年七月五日から右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求の原因1、同2の各事実は認める。

2(一)  請求の原因3(一)のうち、被告の営業路線上の第四種踏切での昭和四七年から昭和五七年までの間の事故による死者数が原告ら主張のとおりであること及び本件事故の後原告ら主張の各事故が発生したことは認めるが、第四種踏切の危険性については争う。

(二)  同3(二)の事実のうち、本件踏切道において、昭和三九年七月一八日に東進する下り電車が軽三輪自動車と接触し、それに乗つていた二名が死亡した事故、昭和五一年一月七日に七二歳の女性が西進する上り電車に撥ねられて死亡した事故及び昭和六〇年一月五日に原告ら主張の小学生の死亡事故が各発生したことは認めるが、その余の事故発生の事実及び本件踏切道が付近住民に危険視されていた事実は否認する。なお、昭和五一年五月二一日に本件踏切道において東進する下り電車が原動機付自転車と接触する事故が発生したが、死傷者はなかつた。

(三)  同3(三)(1)の事実のうち、本件踏切道が主に中吉田地域住民の日常の通行に利用されていたこと、津島神社、普済寺、静岡市中央公民館中吉田分館が原告ら主張の位置に各存在することは認め、その余は否認する。

(四)  同3(三)(2)の事実は知らない。なお、被告は、本件事故直後の昭和五七年七月六日に踏切道実態調査を行い同日午前七時から午後七時までの本件踏切道の交通量を調査したが、その結果は次の通りであつた。(いずれも延べ人員、台数)

歩行者 一三八名

自転者 五四台

原動機付自転車 二台

(五)  同3(三)(3)の事実のうち、本件踏切道を通過する電車の本数についてはおおむね認める。

(六)  同3(四)のうち、本件踏切道の西方の運動場駅方向の線路が北側に緩くカーブしていることは認めるが、本件踏切道の進入地点からの見通しが極めて悪い、との点は否認する。

本件踏切道の入口の安全な地点から歩行者が接近する下り電車(東行電車)を見通せる距離は、南側入口からでは二五〇ないし二六五メートル、北側入口からでは一五〇ないし一七〇メートルである。下り電車は、本件踏切道手前のカーブから加速して本件踏切道付近で時速六五キロメートルに達するが、この区間の平均速度を時速六〇キロメートルとすると、本件踏切道の一五〇メートル手前から本件踏切道に到達するまでに約九秒を要する。そして、本件踏切道の長さは約八メートルであるから、踏切道入口で接近する電車のないことを確認した歩行者が、踏切道の横断を開始した直後に、下り電車が踏切道入口から見通すことの可能な地点に到達したとしても、電車が踏切道に到達するまでに歩行者は充分に横断を終えることができる。

したがつて、本件踏切道における見通しは極めて良好であるといえる。

なお、地上一二〇センチメートルの高さ(踏切道の保安設備に関する省令に定められた高さ)から東進する清水行下り電車の前部標識を認識し得る最遠距離は、本件踏切道の北側の進入地点からでは約一七〇メートル、南側の進入地点からでは約二六五メートルである。また、本件踏切道付近において、上り電車と下り電車とが離合することが多いことも認めるが、電車離合の場合に接近する電車の発見が極めて困難となる、との点は否認する。

(七)  同3(五)は争う。

東進する下り電車の運転士は、本件踏切道の手前一八〇メートル以上の地点から本件踏切道を見通すことができ、被告の有する本件電車と同型の電車の制動距離(空走距離を含む)は、時速六五キロメートルの場合でも(本件踏切道手前一八〇メートルの地点での電車の進行速度は時速五〇ないし五五キロメートルであり、徐々に加速中である。)一六五メートルであるから、下り電車の運転士が本件踏切道を見通せる地点で本件踏切道上に異常を発見し、制動措置をとつた場合、電車は本件踏切道の手前で充分停止できる。

(八)  踏切道改良促進法(昭和三六年一一月七日法律第一九五号)第三条第二項、第四条第二項の規定に基づく踏切道の保安設備の整備に関する省令(昭和三六年一二月二五日運輸省令第六四号。以下「省令」という。)第二条第一号は、本件踏切の場合のように、省令別表第三注一の乙種線区に該当し、見通し区間の長さが五〇メートル以上、一日当りの鉄道交通量(省令別表第一に掲げる換算率により換算した数値)が三〇〇以上ある踏切については、一日当りの道路交通量(省令別表第二に掲げる換算率により換算した数値)が二二〇〇を超える場合に踏切警報機又は踏切遮断機を設置するべきものとして指定を行うことを定めているが、被告が昭和五七年七月六日に行つた調査によれば本件踏切道の一日当りの道路交通量は三一二である。また、省令第二条第四号は、付近に幼稚園又は小学校があることその他特殊の事情により危険性が大きいと認められる踏切道についても踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべきものとして指定を行うことを定めているが、本件踏切道の付近には毎日定期的に児童の多数の通行が必要な施設は存在しない。したがつて、本件踏切道は省令の定める踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべき踏切道に該当しない。

なお、被告は、警報機、遮断機を設置すべき踏切については逐次第一種化を実施してきており、警報機、遮断機のない第四種踏切の数は昭和四七年には一八であつたが、本件事故当時には六になつていた。

(九)  本件事故当時、本件踏切道の南北両入口には「とまれ、みぎをみて、ひだりをみて」と大書した標識、白地に「ふみきりちゆうい」と黒字で書いた標識、車両通行止の標識及び車両の進入を防止する木杭並びに黒と黄色の斜線縞模様を塗布した踏切注意柵が両側に設置されており、踏切通行者に踏切道の存在を標示するための、第四種踏切としては充分な施設が設置されていた。

3  請求原因4の事実のうち、亡央直が本件事故当時満三歳であつたこと及び原告らが亡央直の父及び母であることは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

1(一)  昭和四六年二月八日付交通対策本部決定に基づいて同年三月に発足した静岡県交通安全対策協議会が策定した「踏切事故防止総合対策計画」によれば、本件踏切道は廃止されることになつていた。

(二)  昭和三八年九月三〇日から本件踏切道の所在する中吉田地区を含む国鉄草薙駅南側東西約三キロメートル、南北約七〇〇メートルの地区を対象として行われてきた静清土地区画整理事業の事業計画によれば、本件踏切道から約九〇メートル西方の中吉田第二踏切道(幅員四メートル・第一種)を幅員一八メートルに拡幅し、周辺に幅員六メートルの道路を設けたうえで本件踏切道は廃止されることになつていた。そして、右決定に基づき、昭和五五年七月一七日、仮換地指定がなされ、本件踏切道は図面上消滅した。

(三)  然るに、住民の既得権等の主張がなされ、静清土地区画整理事業が遅れたため、本件事故当時までに本件踏切道が廃止されるには至らなかつた。そして、被告としては、そのような計画の遅延を予測することはできなかつた。

(四)  また、過去において、土地区画整理事業の統廃合計画により隣接踏切道が新設、拡幅される結果廃止が決定している踏切道について、第一種化するための運輸大臣の認可がなされた例はない。

(五)  右のとおり、踏切事故防止総合対策計画においても、静清土地区画整理事業計画においても、本件踏切道を廃止することが決定されている状況の中で、被告が独自の判断で、暫定的措置として本件踏切道に遮断機、警報機等の施設を設置することは事実上不可能で、本件踏切道の設置に変更を加える客観的可能性は存しなかつたから、被告には民法第七一七条の責任はない。

2  過失相殺

(一) 本件電車の山口運転士は、本件踏切道の手前約一〇六メートルの地点に差し掛かつたとき、本件踏切道の入口付近に三人の子供を認め、注意を促す目的で警笛を吹鳴したうえ子供達の動静に注意しながら進行したところ、本件踏切道の手前約三一・五メートルの地点でそれまで踏切道に対して背を向けて立つていた亡央直が、突然、右回りに振り向きざま本件踏切道に小走りで進入してきたのを認め直ちに警笛を吹鳴するとともに非常制動の措置を措つたが及ばず本件事故に至つたものである。

したがつて、本件事故は、本件踏切道の手前約三一・五メートルの地点にまで接近していた本件電車の確認を怠つたまま本件踏切道を通行しようとした亡央直の過失によつて発生したものであるからその九割以上を減額すべきである。

(二) また、亡央直の監督義務者である原告らには、判断能力の乏しい三歳一一箇月の幼児の保護者として本件踏切道を一人で通行しないよう厳しく指導する他、現に通行するおそれのある場合に必ず同伴し通行を補助すべき保護義務を怠つた過失があり、本件損害賠償額の算定に当たつては原告らの保護義務懈怠の過失も斟酌されなければならない。

四  被告の抗弁事実に対する認否

1  抗弁1について

(一) 抗弁1(一)の事実は明らかには争わない。

(二) 同(二)の事実のうち、静清土地区画整理事業において中吉田第二踏切道の拡幅、周辺の幅員六メートルの道路の設置が予定されていたこと及び被告主張の仮換地指定がなされたことは認めるが、その余は否認する。

本件踏切道の存廃を決定する主体は被告及び運輸省であつて静清土地区画整理事業ではない。

(三) 同(三)の事実は否認する。

第一次踏切事故防止総合対策計画においては全部で九箇所の踏切道を廃止するという計画であつたが、本件事故発生時までに実際に廃止されたのは一箇所だけである。これは地元住民の意見を全く聴取しないで立案された第一次対策計画の内容が不合理であつたためであり、静清土地区画整理事業の遅れのために本件踏切道を本件事故当時に廃止できなかつたというのは虚偽である。

(四) 同(四)の事実は否認する。

踏切の第一種化に関する運輸大臣の許可の審査は、被告主張のように区画整理事業との関係でなされるものではない。

(五) 同(五)は争う。

被告は、踏切事故防止総合対策計画の内容にかかわらず自由に踏切道の存廃を決定することができるものであり、現に第一次踏切事故防止総合対策計画において廃止予定となつていた九踏切道のうち四踏切道については被告によつて第一種化の措置が措られた。

また、静清土地区画整理事務所によれば、踏切道の道幅を広げない限り区画整理事業計画に変更を加える必要はないということである。仮に本件踏切道が静清土地区画整理事業計画上廃止予定であつたとしても、廃止までの間危険な踏切に保安設備を設置することは被告さえその気になれば全く自由にできることである。

2  抗弁2は否認ないし争う。

本件事故は、亡央直が進行して来た上り電車の通過を待つて本件踏切道を南から北へ横断しようとしたところ、本件電車と本件踏切道を通過した右上り電車が本件踏切道西側で離合したために右上り電車の影に隠れた本件電車を発見できなかつたことから発生した蓋然性が極めて高い。また、本件電車の山口運転士が本件踏切道の手前で警笛を鳴らした事実はなく、この事実も上り電車と離合したために山口運転士が亡央直の佇立、横断を発見できなかつた事実を裏付けるものである。

本件事故の態様、被告に課せられた高度の注意義務の内容(高速度交通機関事業者としての事故防止のための最善措置義務)、被告の注意義務懈怠の態様等からすれば、本件においては過失相殺は一切認められるべきではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告会社の本件踏切道における線路施設の占有・所有請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二本件事故の発生

請求の原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三責任原因

1  当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件踏切道は、静岡市道中吉田二七号線が被告静岡清水線の運動場前駅と草薙駅との間の線路と交差する幅員一・八メートル、長さ八・五メートルの石敷の踏切道で、警報機、遮断機などの保安設備のない第四種踏切道であつた。(昭和二九年四月二七日の運輸省鉄道監督局長から陸運局長あて通達(鉄監第三八四号)及び同省鉄道監督局長、建設省道路局長から都道府県知事あて通達(同号の二)各別紙。なお、同通達によれば、第一種踏切道とは遮断機と警報機のある踏切道、第三種踏切道とは警報機のある踏切道である。)

(二)  昭和三九年一二月以降、本件踏切道につき、公安委員会による自動車全面通行禁止の交通規制が行われており、本件踏切道の南北各入口付近に自動車の進入を阻むための木杭が設けられていた。本件踏切道は、別紙図面のとおり、木製の枠の間に大きさ、形の異なる石を敷きつめ、石の隙間に砂利、土を入れて道路としたものであるが、本件踏切道の中央の路面と本件踏切道の入口付近の市道の路面との間には高低差があり(南側入口付近の市道とは約一〇センチメートルの高低差がある。)、踏切道の各入口には枕木が階段状に埋め込まれていた。本件事故当時、本件踏切道の南北各入口付近には、「とまれ、みぎをみて、ひだりをみて」と書いた絵入りの標識、「ふみきりちゆうい」と書いた標識が立てられており、本件事故後に「あぶない、とまれ」と書いた絵入りの標識が新たに設置された。

(三)  被告営業路線上の第四種踏切での昭和四七年から同五七年までの事故による死者数は原告ら主張のとおりである。また、本件事故後においても、原告ら主張の各事故が発生した。

(四)  本件踏切道における事故の事例

(1) 本件踏切道において自動車全面通行禁止の交通規制が行われる前の昭和三九年七月一八日に、下り電車の直前を横断しようとした軽三輪自動車が電車と接触し、軽三輪自動車に乗つていた二人が死亡した。

(2) 右交通規制が行われるようになつた後の昭和五一年一月七日に、上り電車の直前を北から南へ横断しようとした七二歳の女性が電車に撥ねられて死亡した。

(3) 同年五月二一日に、下り電車の直前を北から南へ横断しようとした二一歳の男性の運転する原動機付自転車が電車と接触し、電車のミュージックホーン防護部が破損した。

(4) 本件事故発生の後の昭和六〇年一月五日に、本件踏切道で小学生が下り電車に撥ねられて死亡した。

(5) また、通行人が電車の接近に気付かずに本件踏切道を通行しようとしたため、電車が本件踏切道付近で急停車することも時折あつた。

(五)  本件踏切道付近は、昭和二〇年代までは農耕地帯であつたが、昭和三〇年代以降住宅適地として開発が促進されてきた地域である。本件踏切道の一五・九〇メートル南には津島神社、六三・四五メートル北には普済寺、二八・二〇メートル南西には静岡市中央公民館中吉田分館が各存在する。津島神社の境内は静岡市によつて「静岡市中吉田児童遊び場」に指定され、公民館は、地元の町内会、子供会の会合や各種の催し物の会場、子供会のスポーツ行事の集合場所として利用されている。また、公民館の前の広場は夏休みに行われる子供会主催のラジオ体操の会場となつている。このため、付近に住む子供達はよく本件踏切道を通行していた。また、本件踏切道の付近には、星美幼稚園、草薙西保育園、東豊田保育園があり、幼稚園や保育園の園児が通園のために本件踏切道を利用することがあつた。

(六)  被告が昭和五三年七月五日に実施した本件踏切道の一日当たりの道路交通量の調査の結果は、歩行者一五七人、軽車両〇台、自転車三五台、原動機付二輪車四台であり、昭和五七年七月六日(本件事故発生の日の翌日)に実施した同様の調査の結果は、歩行者一六六人、軽車両〇台、自転車六五台、二輪車二台であつた。

踏切道改良促進法第三条第二項及び第四条第二項の規定に基づく省令第二条第一号は、本件踏切道のように、省令別表第三注一の乙種線区(最高速度が毎時六五キロメートル以上であり、かつ、長さが一五〇メートル以上である列車を定期に運転する甲種線区以外の線区)で、一日当たりの鉄道交通量が三〇〇以上ある線区にある踏切道については、見通し区間の長さ(踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から、軌道の外方道路の中心線上五メートルの地点における一・二メートルの高さにおいて見とおすことができる軌道の中心線上当該交点からの長さ)が五〇メートル未満のときは一日当たりの道路交通量(車両については省令別表第二所定の換算率によつて換算した数値による。)が二〇〇〇を超える場合、見通し区間の長さが五〇メートル以上のときは一日当たりの道路交通量が二二〇〇を超える場合に、運輸大臣が踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべきものとして指定を行うことを定めているところ、省令所定の換算率によつて換算した本件踏切道の一日当たりの道路交通量は、被告が昭和五三年七月五日に実施した前記調査結果によると二五九、被告が昭和五七年七月六日に実施した前記調査結果によると、三一二であつた。

(七)  被告静岡清水線の線路は、本件踏切道の東側では直線が続いているが、本件踏切道の西方約一四〇メートルから約一九〇メートルの区間で北寄りに緩くカーブしており、被告は、一日に上下線合わせて約三〇〇本の電車を運行し、ラッシュ時(午後四時から六時)には一時間に上下線合わせて二四本の電車を運行している。

(八)  被告静岡清水線の線路は、本件踏切道の西方約一四〇メートルから約一九〇メートルの区間で北寄りに緩くカーブしているため、本件踏切道の南入口からの西側の見通しは右カーブによつて制限され、ことに地上九〇センチメートルの高さ(本件事故当時の亡央直の視点の高さ)からの見通しは車両の進入を防止するための木杭に遮られて良好とはいえない。右の視点から接近する新清水行下り電車の前面部全体を認識し得る最遠距離は、本件踏切道の南側入口付近の別紙図面点からでは約一八五メートルである。なお、省令別表第三注二所定の視点(踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から、軌道の外方道路の中心線上五メートルの地点における一・二メートルの高さの点)における本件踏切道南側での西側の見通し距離は、被告が昭和五三年七月五日に実施した調査結果によると、二五〇メートル、昭和五七年七月六日に実施した調査結果によると、三〇〇メートルである。

(九)  本件踏切道の西方約二〇〇メートルの地点の下り電車の運転席からは、中吉田第一踏切道付近のカーブによつて見通しを制限されるため、本件踏切道を見通すことはできないが、本件踏切道の手前約一七〇ないし一八〇メートルの地点の下り電車の運転席からはかなりの程度まで本件踏切道を見通すことができる。

(一〇)  被告の運行する電車の最高速度は、急行電車、普通電車とも、本件踏切道付近の直線区間では時速六五キロメートル、中吉田第一踏切道付近のカーブでは時速四五キロメートルと定められている。実際には被告の運行する電車は、本件事故当時、中吉田第一踏切道付近のカーブを時速四五キロメートルないし五五キロメートルで走行し(後記六1に認定するとおり、本件電車は右カーブを時速約五五キロメートルで通過した。)、右カーブをほぼ曲がりきつた辺りから徐々に加速し、本件踏切道の西方約一〇〇メートルの地点では時速六〇ないし六五キロメートル程度、本件踏切道の西方約三〇メートルの地点では時速約六五キロメートルの時速で走行していた。

(二) 電車の運転士が危険を発見してからブレーキ操作を開始するまでに約〇・五秒、ブレーキ操作を開始してからブレーキ効果が生ずるまでに約一秒を要するから、電車の運転士が危険を発見してから実際にブレーキ効果が生ずるまでに電車が走行する距離は、電車の時速が六五キロメートルのときには約二七メートル、電車の時速が六〇キロメートルのときには約二五メートルとなる。そして、被告の運行する電車の運転士が非常制動の措置を措つた場合のブレーキ効果が生じてからの制動距離は、電車の時速が六五キロメートルのときには約一四七メートル、電車の時速が六〇キロメートルのときには約一二五メートルであるから、結局、被告の運行する電車の運転士が危険を発見してから電車が停止するまでに電車が走行する距離は、電車の時速が六五キロメートルのときには約一七四メートル、電車の時速が六〇キロメートルのときには約一五〇メートルとなる。

2  証人原敬太郎の、本件踏切道を横断しようとする歩行者からの西方の見通し距離が、本件踏切道の北側では一七〇メートル、南側では二六〇メートルである旨の証言は、前掲甲第三号証及び検証の結果に照らして信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

3  本件踏切道の線路施設の設置上の瑕疵の有無について

(一) 前記1に認定した諸事実特に被告営業路線上の第四種踏切で原告ら主張のとおりの死亡事故が発生し、本件事故後においても原告ら主張の各事故が発生していること、本件踏切道においても四件の事故が発生していること、通行人が電車の接近に気付かずに本件踏切道を通行しようとして電車が急停車を余儀なくされたことも時折あつたこと、本件踏切道が近年住宅地として開発が進められてきた地域内にあり、子供の遊び場となる津島神社や地元の子供会の行事の会場となる公民館が本件踏切道のすぐ近くにあるため、付近に住む子供がよく本件踏切道を通行していたこと、被告の営業する静岡清水線は、通勤通学客の都市間輸送に主眼を置いた鉄道路線で一日の電車の運行本数が上下線合わせて約三〇〇本になり、ことにラッシュ時には鉄道交通量が多いこと、本件踏切道の南側入口付近から西方への見通しは、地上九〇センチメートルの高さの視点ではカーブと車両進入防止のための木杭遮られて良好とはいえないことに鑑みるときは、たとえ、本件踏切道の南北各入口付近に、危険を注意する絵入標識や「ふみきりちゆうい」と書いた標識があつたこと及び本件踏切道の一日当たりの道路交通量が、踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべきものとして運輸大臣が指定を行うことを定めている省令第二条第一号所定の一日当りの道路交通量の基準値をはるかに下回つていることを考慮に入れても、本件踏切道は、少なくとも踏切警報機のような保安設備を設置するのでなければ踏切道としての本来の機能を全うすることができない状況にあつたもので、結局、本件踏切道における被告所有の線路施設には、あるべき保安設備を欠いた設置上の瑕疵があつたものといわざるを得ない。

四本件踏切道の廃止計画等(抗弁1について)

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件踏切道は、昭和三八年に発足した静清土地区画整理事業の施行区域内にある。右事業は、静岡市と清水市にまたがる有度山の北側斜面の東西約三キロメートル、南北約七〇〇メートルの地域を対象として、公共施設の整備と宅地としての利用を増進し、良好な市街地形成を図るものである。昭和三八年九月三〇日に右事業の施行区域の都市計画が決定されたが、右計画は本件踏切道が将来廃止されることを前提としていた。そして、被告は右計画を踏まえ、昭和三九年頃には本件踏切道を将来廃止する方針を決めていた。

(二)  昭和四六年二月に総理府交通安全対策室から踏切道における事故防止対策計画の策定を求める通達が出されたのを受けて、静岡県交通安全対策協議会は、同年六月、踏切道の統廃合、保安設備の設置、新たな交通規制の実施等に関する計画を内容とする昭和四六年度ないし昭和五〇年度の踏切事故防止総合対策計画(以下、「第一次計画」という。)を策定した。右協議会は、交通の安全の確保並びに交通の円滑化および能率化に関し、関係行政機関相互間の事務の緊密な連絡を図るとともに、総合的かつ効果的な対策を推進することを目的として設置され、静岡県知事が会長、静岡県副知事が副会長、建設省、静岡県、静岡県警察本部などの関係行政機関の幹部職員及び国鉄静岡鉄道管理局長が委員となり、静岡県交通安全対策室が協議会の事務を処理することになつている組織である。同協議会は、その後、同様の昭和五一年度ないし昭和五五年度の踏切事故防止総合対策計画(以下「第二次計画」という。)及び昭和五六年度ないし昭和六〇年度の踏切事故防止総合対策計画(以下「第三次計画」という。)を、順次策定した。

(三)  第一次計画は、被告静岡清水線の関係では、本件踏切道を含む九箇所の踏切道を廃止し、五箇所の踏切道を第一種化する計画を含んでいた。しかし、昭和四六年から昭和五〇年までの間には、右計画に基づいて同路線の三箇所の踏切道が第一種化され、また、他に二箇所の踏切道が第一種化されたものの、右計画に基づいて廃止された同路線の踏切道はなかつた。第二次計画は、同路線の関係では、本件踏切道を含む八箇所の踏切道を廃止し、四箇所の踏切道を第一種化する計画を含んでいた。右計画では、第一次計画において廃止予定となつていた長沼第二、古庄第二及び栗原第二の各踏切道が廃止計画の対象から外され、他方、桜井戸第三踏切道、七ツ新屋第三踏切道が新たに廃止計画の対象に加えられた。右計画に基づいて、昭和五五年には桜井戸第三踏切道が廃止され、昭和五一、五二年中には四箇所の踏切道が第一種化され、また、昭和五二年には他に一箇所の踏切道が第一種化された。第四種踏切であつた鷹匠第三踏切道(旧誉田町第二踏切道)は、右計画に基づいて昭和五二年に一旦廃止されたが、地元の商店主らが被告や静岡市に踏切道の再開を陳情した結果、監督官庁の認可を経て昭和五四年に第一種踏切として再開された。長沼第二踏切道は、被告が昭和四三年頃同踏切道を廃止しようとしたところ、静岡木工株式会社から同踏切道の存続を求める強い要望が出され、工事費用を同社と被告とが折半して警報機が設置されて第三種踏切となり、第一次計画では廃止、第二次計画では存続されることになつていたが、被告は昭和五三年に同踏切道を第一種化した。第三次計画は、同路線の関係では、本件踏切道、中吉田第一踏切道及び桜井戸第一踏切道の三箇所の踏切道(いずれも第四種踏切)を廃止し、四箇所の踏切道を第一種化する計画を含んでいた。右計画では、前記鷹匠第三踏切道(旧誉田町第二踏切道)のほか、第二次計画において廃止予定となつていた長沼第六、草薙第一及び七ツ新屋第三の各踏切道が廃止計画の対象から外された。右計画に基づいて、昭和五七年三月には桜井戸第一踏切道が廃止され、昭和五六年から昭和六〇年までの間に四箇所の踏切道が第一種化され、また、他に一箇所の踏切道が第一種化された。七ツ新屋第三踏切道は右計画において第一種化されることになつていたが、昭和六〇年八月一〇日に同踏切道で小学生が重傷を負う事故が発生した後に警報機、遮断機の設置工事が行われ、同年一一月一〇日に第一種踏切となつた。第四種踏切の護国神社第一踏切道は、右計画では存続されることになつていたが、昭和五九年七月二四日に同踏切道で死亡事故が発生した後、一時閉鎖された。

(四)  静清土地区画整理事業の街路計画では、本件踏切道の東方約一五〇メートルの位置に幅員約八メートルの道路(中之郷谷田線)と被告静岡清水線の線路とが交差する第一種踏切道(以下「新踏切道」という。)を新設すること、本件踏切道付近の同路線の線路の南北両側に幅員約六メートルの側道を設置すること、本件踏切道及び中吉田第一踏切道は廃止すること、市道中吉田瀬名線を拡幅し、同市道が被告静岡清水線の線路と交差する中吉田第二踏切道の幅員を約四メートルから約一八メートルに拡幅することが予定されていた。しかしながら、右事業で計画された都市計画街路、区画街路の整備は当初の予定よりも大幅に遅れ、昭和五五年七月一七日に至つてようやく、静岡県は被告に対し、新踏切道の設置、中吉田第二踏切道の拡幅、本件踏切道の廃止を前提とする仮換地指定処分を行つた。そして、本件事故発生後の昭和五七年一二月には、本件踏切道の約四二〇メートル東方の桜井戸第二踏切道につき、幅員を五・四メートルから一一メートルに拡幅し、安全歩道を設置する工事が完成し、更に、被告は、昭和五九年八月に静岡県から出された県立美術館、県立大学の新設に備えて新駅を設置すること等を求める要望を受けて、運動場前駅と草薙駅との間に新駅を設置し、新駅の西側、本件踏切道の東方約一四五メートルの位置に中之郷踏切道(新踏切道)を新設する工事を行い、昭和六一年三月二四日には同踏切道の使用が開始された。ところで、本件踏切道の付近住民は昭和五八年一月に本件踏切道の存続を求める要望書を被告に提出していたが、被告は、昭和六〇年一月五日に本件踏切道で死亡事故が発生した後本件踏切道の閉鎖に関して住民に対する説明会を開き、同年三月二八日午前〇時過ぎころ、本件踏切道を仮閉鎖した。一方、静清土地区画整理事業の街路計画で予定されていた中吉田第二踏切道の拡幅や中吉田第一踏切道の廃止は未だ実現されていない。(中吉田第一踏切道は被告静岡清水線で残存する唯一の第四種踏切である。)

(五)  被告が、昭和五九年一〇月に出入りの業者に見積もらせた第四種踏切を第一種踏切に改造するための工事費用の額は七八七万円である。なお、昭和四三年に、当時第四種踏切であつた長沼第二踏切道に警報機を設置して同踏切道を第三種踏切にするために要した工事費用は約八〇万円であつた。

(六)  中部運輸局の菅野技術電気係長は、原告ら代理人による電話照会に対し、第四種踏切を第一種踏切または第三種踏切に変更するについての認可を求める申請があつた場合に中部運輸局長が行う審査は形式的審査であり、保安設備を設置する必要があることを理由とする申請があつた場合にその必要がないことを理由に認可を拒否することはあり得ない旨回答している。

2 被告は、踏切事故防止総合対策計画においても、静清土地区画整理事業計画においても、本件踏切道を廃止することが決定されている状況の中で本件踏切道に保安設備を設置することは事実上不可能である旨主張するけれども前記認定のとおり、踏切事故防止総合対策計画において示された踏切道の統廃合や保安設備の設置の計画が計画通りに実施されなかつたり、途中で変更された例も多く、他方、右計画と無関係に保安設備が設置された例もあり、結局、同計画は、関係行政機関が鉄道事業者に実施を勧告するものに過ぎず、計画を実施するかどうかは鉄道事業者の判断に委ねられていると認められること、被告は、昭和五五年七月一七日に静岡県から、本件踏切道の敷地につき、仮換地としての指定を受けたものであるが、鉄道事業者が、踏切事故防止対策として第四種踏切に保安設備を設置するについての中部運輸局長の認可を申請した場合に、同局長が、踏切事故防止総合対策計画の内容や土地区画整理事業の事業計画の内容との抵触を直接の理由として認可を拒否することは考えられないこと等に鑑みれば、踏切事故防止総合対策計画及び静清土地区画整理事業の事業計画において本件踏切道の廃止が予定されているからといつて、被告において本件踏切道に保安設備を設置することが不可能であつたと認めることはできない。

もつとも、静清土地区画整理事業において計画されている新踏切道の設置、本件踏切道付近の軌道両側の側道の設置が実現した後は、本件踏切道を存続させる必要性、必然性は著しく小さくなるものと考えられる。しかしながら、静清土地区画整理事業の施行区域の都市計画が決定されたのは昭和三八年九月であるところ、その後の事業の進捗状況に照らせば、被告は、新踏切道の設置や本件踏切道付近の側道の設置の計画が早急には実現しないこと(新踏切道の使用が開始されたのは昭和六一年三月であるが、静岡県から新駅の設置等を求める要望が被告に出されなければ、新踏切道の設置が更に遅れた可能性もあると考えられる。)を十分予見し得た筈であり、かつ、新踏切道の設置や側道の設置が実現する前に本件踏切道を廃止することが困難であること(被告は本件踏切道の仮閉鎖に反対する住民の意見を押し切つて昭和六〇年三月に本件踏切道を仮閉鎖した。)は被告も十分承知していたと推認されるから、静清土地区画整理事業の施行区域内の踏切道の統廃合計画の実施時期の決定にも深く関与してきた被告としては、同事業において本件踏切道の廃止が計画された後も本件踏切道が廃止されるまでの間、保安設備の設置など必要な事故対策を講ずる義務を負つていたというべきであり、右計画の存在を理由に被告の責任を否定することはできない。

3  したがつて、被告は、民法七一七条の規定により、原告両名の損害を賠償する義務がある。

五損害の算定

1  亡央直の損害

(一)  逸失利益 一六五八万四〇七五円

〈証拠〉によれば、亡央直は本件事故当時満三歳の健康な男子であつたと認められるところ、本件事故に遭遇しなければ、同人は一八歳から六七歳までの四九年間就労することが可能であつたものと考えられる。そして、亡央直の死亡による逸失利益は、昭和五七年度の全男子労働者の平均年収額から同人の生活費として収入の五〇パーセントを控除して算定するのが相当であると認められるところ、昭和五七年度の全年齢平均男子労働者の平均年収額が三七九万五二〇〇円であることは公知の事実であるから、ライプニッツ方式により民法所定の年五分の中間利息を控除して同人の死亡による逸失利益を算定すると、次のとおり一六五八万四〇七五円となる。

(算式)

三七九万五二〇〇×(一−〇・五)×(一九・一一九一−一〇・三七九六)=一六五八万四〇七五(円未満切捨て。以下同じ。)

(二)  相続

原告両名が亡央直の父母であることについては当事者間に争いがないから、原告両名は、前記亡央直の逸失利益相当額の損害賠償請求権を、法定相続分(各二分の一ずつ)に応じて相続により取得したものと認められる。

2  原告ら固有の損害

(一)  葬儀費用 原告両名 各二五万円

弁論の全趣旨によれば、原告両名は、亡央直の葬儀を行い、その費用を各二分の一ずつ負担したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る葬儀費用の額は、各原告につき二五万円とするのが相当である。

(二)  慰藉料 原告両名 各五〇〇万円

本件事故の態様、その結果、亡央直の年齢、原告らの家族構成その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、亡央直の死亡により父母である原告両名が被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、各原告につき五〇〇万円とするのが相当である。

六過失相殺(抗弁2について)

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

山口運転士は、事故当日、本件電車(新静岡駅一六時四〇分発下り急行電車)を運転して古庄駅を定時に出発し、東名高速道路の架橋の下付近のカーブを時速約五五キロメートルで通過した後、徐々に加速しながら本件踏切道に接近した。一方、亡央直は、被告の線路敷南側の東西に通じる道路を、友達二人と話をしながら歩いて本件踏切道南入口付近に至り、本件踏切道を南から北へ横断すべく、同入口付近に立ち止まつた。山口運転土は、本件踏切道の約九〇メートル西方にある中吉田第二踏切道の手前(本件踏切道の西方約一〇〇メートルの地点)で警笛を吹鳴した後、同踏切道を通過した後に本件踏切道の南側入口付近に立つている三人の子供を認めたが、そのまま減速することなく進行したところ、本件踏切道の西方約三〇メートルの地点に至つたとき、突然亡央直が本件踏切道を横断しようとしてかけ足で飛び出したため、直ちに非常制動の措置を措るとともに警笛を吹鳴したが及ばず、亡央直は本件電車前部と衝突して撥ね飛ばされた。山口運転士が危険を発見した本件踏切道の約三〇メートル手前の地点における本件電車の時速は約六五キロメートルであつた。本件電車は、衝突後、本件踏切道の東方約一一〇ないし一二〇メートルの地点で、池ケ谷洋一運転士の運転する上り電車と離合した後、本件踏切道の東方約一五〇メートルの地点で停車した。

2  〈証拠〉は、検証の結果に照らしてたやすく信用することができず、前記甲第一三号証中、本件事故の直前、本件踏切道の西側で本件電車が上り電車とすれ違つた旨の記載及び原告小林未津代本人の供述中、同旨の部分は、〈証拠〉に照らして信用することができず、原告小林泰之本人の山口運転士が警笛を鳴らさなかつた旨の供述は伝聞に過ぎないから、それだけでは右認定を覆すに足りない。

3  前記1で認定した本件事故発生の態様、前記三1で認定した本件踏切道及びその付近の状況(本件踏切道の入口の注意標識や中吉田第二踏切道の警報機の各存在等)、本件踏切道の南側入口からの西側の見通しの状況に鑑みると、本件事故の発生については、亡央直に、左右の安全を確認することなく本件踏切道に進入した過失があつたものと認められる。そして、亡央直は、本件事故当時、三歳一一箇月の幼児であつたから、同人が事理を弁識する能力を具えていたとは認められないが、同人が監督者の付添無しに本件踏切道を横断することを放任していた原告らの側にも監督義務者としての過失があつたと認められ、既に認定した本件踏切道における線路施設の設置上の瑕疵の態様等諸般の事情を勘案すると、原告両名の損害額の算定に当たり、過失相殺として八割五分を減ずるのが相当であると認められる。

そして、過失相殺の対象となる損害額は、前記三で認定したとおり各原告につき一三五四万二〇三七円であるから、これから八割五分を減じて原告らの損害額を算出すると、各原告につき二〇三万一三〇五円となる。

七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、各原告につき、四〇万円とするのが相当である。

八結論

以上のとおりであるから、被告は、原告各自に対し、二四三万一三〇五円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年七月五日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるのでその限度で正当としてこれを認容し、その余の請求は理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項の各規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三井哲夫 裁判官松津節子 裁判官孝橋 宏)

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