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静岡地方裁判所富士支部 昭和62年(ヨ)25号 決定

債権者

高野弘

右代理人弁護士

大橋昭夫

小川秀世

伊藤みさ子

冨山喜久雄

債務者

ニュートランスポート株式会社

右代表者代表取締役

田辺英五郎

右代理人弁護士

菅井敏男

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一本件申請の趣旨及び理由

債権者は、「債権者が、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。債務者は債権者に対し、昭和六二年一月二〇日以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り月額四一万〇一〇〇円の金員を仮に支払え。」との裁判を求め、その申請の理由は別紙記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  本件記録によれば、債務者が昭和四三年一月頃、乗務要員の運転手として債権者を雇傭したこと、債務者が昭和六一年一二月一六日、書面をもって、同年一月二〇日から休職中であった債権者に対し、昭和六二年一月一九日の休職期間満了によか解雇する旨の通告をしたとの事実が一応認められる。

二  そこで、休職事由が消滅し、解雇事由が存在しない旨の債権者の主張について判断する。

本件記録によれば、前記解雇に至る経緯等として、次の事実が一応認められる。すなわち、

1  債務者は、昭和三九年四月一〇日、大手パルプメーカーである山陽国策パルプ株式会社系列の商社であるサンミック通商株式会社及び大手製紙メーカーである三島製紙株式会社(以下、「三島製紙」という。)の共同出資により、海陸運送業、運送取扱、倉庫業等を目的として設立された会社であり、主たる営業内容は、三島製紙の製造する原紙、紙製品を東京、大阪、名古屋方面等に輸送したり、荒川化学工業株式会社の製造する製紙用工業薬品を東京、名古屋、長野方面及び静岡県内に輸送することで、現在の従業員は五〇名弱である。

2  債務者の従業員には、事務要員、乗務要員(運転手)、作業要員の職種があり、そのほか、就業規則には、乗務要員として、運転助手の職種が記載されているが、昭和四六年以降、廃止されている。

乗務要員の運転手には、平ボデー大型要員(長距離と近回り)、ローリー大型要員(長距離と近回り)とがあり、長距離平ボデー要員(現在一六名)は、一〇トン積み大型トラックで一梱約四〇〇ないし二五〇〇キログラムの重量のある原紙等を、長距離ローリー要員(現在一一名)は製紙用工業薬品を、それぞれ東京その他の方面へ運搬する業務であり、近回り要員(現在、平ボデー二名、ローリー一名)は一〇トン積み大型トラックで静岡県富士市内の三島製紙構内から同市内の倉庫や加工先へ原紙等を一日五回位配送したり、荒川化学工業株式会社よりの製紙用工業薬品を同市周辺の製紙会社へ運搬する業務を行なっている。作業要員には積込要員と倉庫要員とがあり、前者(現在四名)は主に三島製紙の工場構内でフォークリフトを運転操作して荷物の引き出し、トラックへの積込作業をし、後者(現在四名)は、一般の倉庫業務で、主に債務者の倉庫においてフォークリフトを運転操作して貨物の積み降ろし、遺い作業をする業務をしている。長距離平ボデー乗務要員の月収は平均約三六万七〇〇〇円であるが、作業要員のそれは約二五万五〇〇〇円であり、給与に格段の差がある。事務要員は、役職者を含め、嘱託、雑役を除いて現在九名である。

3  長距離平ボデー運転手の作業は、午前八時頃出勤し夕刻に終了することもあるが、深夜や早朝未明に出発し、翌日又は当日午後に帰社することが多く、一日の実労働時間は、五、六時間位のときもあれば、一〇時間、一一時間位に及ぶときもあり、頑健な体力を必要とする。作業要員がフォークリフトで積み降ろしたりする荷物には、巻取製品や平板製品があり必ずしも一様ではなく、巻取製品中には一個で約二五〇〇キログラムの重量物もあり、平板製品でも、一パレットあたり約九〇〇キログラムに達するものもあり、その積み降ろし等の作業は、軽易な単純作業ではなく、多大な危険性を伴った作業である。

4  債権者は、債務者に雇傭されたのち、一〇トン積み大型トラック(平ボデー)による長距離運転の業務に従事してきたが、昭和六〇年八月二七日午後六時半頃から午後八時半頃までの間、同僚数名と一緒に会社付近の飲食店で飲酒したのち、バイク(自動二輪車)に乗って走行中、運転を誤って排水溝に突っ込む本件事故を起こし、負傷した。右飲酒は約二時間の長時間にわたりされたもので、次の業務に備えた早目の入眠のための飲酒ではなかった。債権者は、後日、右運転に関し、道路交通法違反(酒気帯び運転)の罪により罰金刑に処せられた。

5  右事故により、債権者は、頸髄損傷、全身打撲擦過創等の重傷を負い、富士市の米山病院、静岡県庵原郡の共立蒲原総合病院に入院して治療を受けたのち、リハビリテーション(機能回復訓練)の目的で昭和六〇年一二月一〇日に同県田方郡の中伊豆温泉病院に入院した。

6  債務者は、債権者の中伊豆温泉病院入院後一か月余りした昭和六一年一月二〇日、「業務外の傷病により欠勤が引き続き三か月に及んだときは、休職を命ずることがある。」旨定める就業規則二四条一項の規定により債権者に休職を命ずる旨書面で通知し、これにより、債権者は、勤続一〇年以上の者の休職期間は一か年とする旨の就業規則二五条によって、一か年を限度として休職することになった。

7  債権者は、休職後一〇か月余り経過した昭和六一年一二月一一日頃、債務者に対し、「現在日常生活動作は独立し、社会復帰が可能となっている。残存症状(手足のしびれ感のみ)は固定と考える。」旨の中伊豆温泉病院佐々木伸医師作成の同月一〇日付診断書を添えて、書面で昭和六二年一月一六日より職場復帰及び入寮をしたい旨申し入れた。

8  これに対し、債務者は、昭和六一年一二月一六日頃、債権者に対し、前記診断書によると、手足のしびれ感が残存症状として固定化しているので、日常生活はともかくとして、人命にかかわる危険な自動車の運転は社会的に問題であり、会社として任せることはできないこと、また精神的にも過去の事故(なお、債権者は、前記事故前、昭和五九年三月二〇日未明頃、新任運転手の指導等をする指導運転手の地位にありながら、同僚が酒気を帯びて自動車を運転するのを制止せず、同乗し、そのため、後日、減給の懲戒処分を受けたことがあった。)により顧みるとプロのドライバーとしての適性を欠くと考えられること、現在の会社では他に振り替える職場がないことを理由に挙げて債権者の申入に応じられず、「休職期間が満了しても復職を命ぜられないときは解雇とする。但し、この場合、期間満了の一か月前に通告する。」旨定める就業規則二七条の規定に基づき休職期間満了とともに解雇する旨書面で通告した。

9  その後、債権者は、昭和六二年一月一一日、中伊豆温泉病院を退院したのち、翌一二日頃、「社会復帰が可能と認める。」旨の同病院勝部定信医師作成の同月八日付診断書を債務者に提出して再考を求めた。これに対し、債務者は、右診断書には、前記佐々木医師作成の診断書と異なり、手足のしびれ感の残存症状のことが記載されておらず、内容が一見相違していたので、その後まもなく、代表取締役田辺英五郎が勝部医師を訪ね、事情を聞いたところ、「筋緊張症の症状が残っている。一般に受傷後ある程度の期間で症状は治るものは治り、あとは固定化する。債権者の場合、一年半以上経過しており、症状が固定化していると考えられる。自動車を運転できないとはいい切れないが、長時間にわたって運転等の業務に就くことは危険である。」との説明を同医師から受けたので、同月一六日頃、書面で前記措置に変更がない旨債権者に回答した。なお、その間の昭和六二年一月初旬から同月一三日にかけ、債権者が、債務者会社の作業に就こうと試みたり、債務者の従業員の運転するトラックの助手席に一時同乗したりしたこともあったが、代表取締役その他の権限ある者から確たる承諾を得てなした行動ではなく、債務者は同月一三日朝、債権者が作業をしているのを覚知して直ちに中止を命じ、それ以降の就労を拒否した。

10  債権者、債務者代表取締役田辺英五郎は、更にその後の昭和六二年二月四日、債務者会社の労働組合の関係者と一緒に前記勝部医師らを訪ね、診断結果を聴取したが、その際の同医師らの説明は、「債権者は、社会復帰して日常生活を行なう機能は十分回復しているが、自動車の運転機能は全く別のことであり、特に長時間運転の持続性に問題があり、緊張の結果、筋肉が固くなる筋緊張の症状が突然生ずる可能性がある。この症状が相当長期間生ずるとも生じないともいい切れない。」というものであり、債務者は、右説明の結果では従来の措置を変更する必要がないと考え、同年二月九日頃、書面で債権者及び組合に対しその旨通知した。

11  債権者は、本件仮処分申請(昭和六二年四月一七日)後の昭和六二年六月二九日、同年七月三日の二日にわたり、静岡市の静岡済生会総合病院整形外科田島宝医師の診察を受けたが、その結果は、同医師作成の同月七日付診断書によれば、「頸椎その他の脊椎運動は正常範囲を疼痛なく可能。四肢運動は略々正常範囲可能であり、四肢共に軽度痙性運動が認められる。特に右側は左側に比較してやや強度。上肢機能は、ボタンがけ、箸の使用は可能であるが、手指巧緻運動(他の資料によれば、四肢の随意運動の巧緻性は動作の精確さと迅速さのことであると認められる。)に制限がある。右足関節部は背屈が一〇度に制限(左は二〇度。他の資料によれば、足関節背屈の正常可動範囲は零ないし二〇度と認められる。)四肢反射は、四肢共にやや亢進、特に右上下肢に亢進が認められ、右上肢のホフマン反射(他の資料によれば、ホフマン反射は、患者の腕関節を軽く背屈させ、その中指と末節をはさみ、検者が自分の母指で患者の中指の爪のところを鋭く手掌側にはじくことをし、その刺激により患者の母指が内転すれば陽性で、一側のみに陽性であれば、病的意義があるとされるものと認められる。)、トレムナー反射(他の資料によれば、トレムナー反射は、患者の手を軽く背屈、手指も軽く背屈させ、検者が左手で患者の中指の中節を支え、右の中指又は薬指で、患者の中指の先端手掌面を強くはじき、これにより母指が内転すれば陽性とするものであるが、これと若干異なる検査方法もあることが認められる。)について病的反射があると認められる。知覚障害は四肢、躯幹共に認められない。計測値は、上肢長が右五〇、左五〇、下肢長が右八二、左八二、上腕周径が右二八、左三〇、前腕周径が右二六・五、左二七・五、大腿周径が右三九、左四一、下腿周径が右三八、左三八各センチメートルであり、握力は右二一、左三五各キログラムで、右上肢の筋萎縮が認められ、右握力低下が認められる。身体障害者手帳診断書に記入される日常生活動作機能は全く障害はない。以上の所見より頸髄損傷に由来する所見が四肢、特に右上下肢に遺残するのが認められるが、日常生活動作には異常はない。筋緊張があると中伊豆温泉病院で指摘しているが、痙性麻痺に伴う筋トーヌスの亢進が認められる意義と解釈されるが、その程度は軽度であり、日常動作に支障がある程度ではない。」というものである。

12  債権者は、前記退院後、土木作業員などとして臨時に働いたのち、昭和六二年五月頃から現在に至るまで、日立製作所株式会社の清水工場で臨時作業員として働き、同会社が債権者の前記のような後遺症の存在を知っているのかどうか定かでないが、構内でフォークリフトを運転してクーラーの部品、機材を運搬したり、断熱材の張り付け作業などをしており、これまでに事故を起こしたことはなく、片道四〇分位の時間、自動車を自ら運転して通勤しでいる。

13  債務者は、昭和五九年一二月四日、配送先で荷降ろし中にてんかん様症状の失神発作を起こして倒れた長距離運転手の中村等について、その後しばらく雑務に就かせたのち、半年位して、「今後二年間は服薬の必要はあるが、一般業務には支障はないと認める。」旨の医師の診断結果に基づき、一定期間の倉庫業務を経て、現在は大型トラックの近回り運転の業務をさせているものであり、また、昭和五九年四月、長距離運転手としての業務遂行中にもらい事故で負傷し一年以上入院生活を送った加藤久明について、原職復帰が可能であるとの医師の診断結果に基づき、失った大型車の運転免許の再取得後、昭和六一年一月から一か月半ほど近回り業務をさせたのち、同年二月中旬から長距離運転業務に復帰させているが、その後、昭和六二年五月に至り、労災一二級の後遺症の認定がされたものの、労災病院の医師の指摘によれば、「匂いに対する感覚麻痺がある。右眼がやや二重に見える。受傷後二年経過すればまずないが、外傷性てんかんの発来することもあるので年二回脳波の検査が必要である。」というにすぎないものであったため、自動車の運転業務に差しつかえがないと判断して前記業務を続行させている。右各職種の変更は債務者と各労働者との合意によったものであるか、又は、「業務上必要ある時又は健康上已むを得ないときは職種を変更し若しくは転職を命ずることがある。」旨定める就業規則四三条に基づく債務者の権限に基づきなされたものであった。

以上の事実が一応認められ、右認定を左右すべき疎明資料はない。

そうして、右認定事実によれば、確かに、債権者は、休職期間満了時点である昭和六二年一月一九日当時において、日常生活動作に全く支障がない健康状態に回復し、事務職や単純労務であれば就労可能な状態になっていたものであると認められるけれども、他方、右認定事実によれば、債権者が休職になった当時に従事していた職務は、一梱約四〇〇ないし二五〇〇キログラムという極めて重量のある紙製品類を対象にした一〇トン積み平ボデー大型トラックの長距離運転手であって、長時間の継続運転を必要とし、多大な危険性を伴う仕事であるかたわら、休職期間満了時点において、債権者には手足のしびれ感の筋緊張症の症状が残存し、自動車を運転すること自体はできないといい切れないものの、長時間にわたる運転業務に就くことは危険であると医師に診断されていたうえ、休職期間満了時から四か月余り経った時点においても、医師により、手指の巧緻運動に制限があり、右上肢に病的反射があり、右上下肢に筋萎縮があり、右握力が低下していると診断されていたものであって、かような機能の回復に一定の制限が残っている債権者の身体の状態によっては、作業中に広範な注意義務を要求され、さまざまな諸情勢に応じ、四肢を利用しての迅速かつ的確な運転操作を不可欠とする前記大型トラックの長距離運転手としての原職務について、債権者以外の他の長距離運転手と同程度に完全な労務を提供してその職務を行なうことは困難であるというべきであるから、結局、債権者は、休職期間満了時点において原職務に就労可能な状態に未だ回復していなかったものと認めざるをえない。

また、右認定事実によっては、休職期間満了時点より四か月余り経った時期でも前記のような後遺症が残存し、機能の回復に制限のあった債権者については、復職のために必要な一定の合理的なならし運転の期間が与えられたならば、原職務に就労することが可能になったはずであるとまでの事実を認めることはできず、他にこれを疎明するに足りる資料もない。

もっとも、債権者が、事務職や単純作業ならば就労可能な状態に回復していたものであることは前叙のとおりであり、また、債権者が現在まで数か月にわたり他の会社において主にフォークリフトの運転をする臨時作業員として働いていることは前記認定のとおりであるが、このように休職になっていた労働者の提供しうる労務の種類、内容が休職当時のものと異なることになった場合において、道義的には別として、使用者において右労務を受領すべき法律上の義務や受領のために労働者の健康状態に見合う職種、内容の業務を見つけて就かせなければならないとの法律上の義務があるものとはいえず、前記就業規則二三条の規定によっても債務者に右のような義務があると解することはできないから、他の職務ならば就労可能であるとしても、そのことから直ちに休職事由が消滅したものとはいえないし、右フォークリフトの運転作業に債権者が就いたのは休職期間満了時点より三、四か月経過した以降のことであるうえ、債権者の臨時雇傭先において債権者の前記のような身体の状態を知っているものであるかどうか定かでないが、いずれにしても、運動機能に一定の制限のある者を運転手として新規に雇傭することは各使用者において自由になしうるところであるから、これらの事実をもって直ちに前記認定判断を妨げるものであるとはいえない。

更に、過去に長距離運転手から他の職種に変更になった中村等、加藤久明の職種変更等の経緯事情は前記認定のとおりであり、同人らは休職になった訳のものではない(いずれも休職事由は存しない。)からこれらの事例から直ちに、休職の場合にも、原職務に就労できない休職者のため、その健康状態に見合った代替業務に就かせる慣行が債務者会社にあるものと認めることはできず、他にかような慣行の存在を疎明するに足りる資料はなく、また、右中村らが職種を変更されたり、後遺障害のある右加藤が現在でも長距離運転手の業務に従事していることについては医師の診断に基づく合理的理由があるものと認められるから、債権者の復職を認めない債務者の態度をもって恣意的であるとも認め難い。

従って、債権者の前記主張は採用することができないというべきである。

三  次に、債権者に対する解雇が不当労働行為にあたる旨の債権者の主張について判断する。

本件記録によれば、次の事実が一応認められる。すなわち、

1  債権者は、昭和五八年八月二七日、古参従業員で指導的立場にあった債権者が中心となり、他の一部同僚と共に、全日本運輸一般労働組合(略称運輸一般)静岡県東部地域支部ニュートランスポート分会(通称NTP分会)を結成し、その分会長に就任したのち、その後も熱心に組合活動を続け、昭和六一年八月まで分会長の地位にあった。

債権者らによる労働組合の結成は債務者にとって予期しなかった突然の出来事であったところ、債務者は、右分会の結成に対し、所轄富士警察署、富士貨物協同組合その他の主要関係先の各方面と連絡をとり、運輸一般やNTP分会の動向等についての情報を収集、交換したり、同警察署に分会員らの行動チェックを依頼し、組合活動を注視し、警戒したことがあったが、それ以上に進んで特に組合対策係を新設したり、組合の運営を支配、介入しようとしたことはない。

2  債務者会社では、前記組合結成前の昭和五八年五月と六月に、従業員運転の自動車が高速道路から転落する大事故が続けて二度も発生し、そのため、債務者は、大損害を蒙り、業績が急速に悪化し、苦況に追い込まれ、従業員全員について、同年の夏期賞与を前期比二〇パーセント減にしたことがあったが、右の事故を起こした運転手に損害の一部を負担させたり、今後、事故が発生した場合に、それによる債務者の損害の一部を事故を起こした運転手個人に負担させるという制度を作ろうとしたことはない。

3  債務者会社では、組合の結成前より、総務部がその所管業務として労務関係の仕事をしてきたものであり、組合結成後に特に債務者が労務担当職を組合対策係として新設したことはない。また、債務者は、組合結成当時、兼務の形で労務関係の実務面を担当していた小島課長が組合結成直後に個人的都合で退職したのち、三島製紙に在籍していた新妻忠夫を総務部長として迎え入れ、一年後、その後任として、山陽国策パルプ株式会社に在籍していた島上進を迎え入れ、二年後、その後任としてサンミック通商株式会社の前身の会社に在籍していた仁藤敬造を総務部長代理として迎え入れたが、右島上には労務経験はあったものの、右新妻、仁藤は労務経験のない者であり、債務者会社の労務担当者が短期間に幾度も交代したのは前記二1認定のような債務者会社設立の特殊事情から、関連会社の定年退職者を優先的に受け入れていったことの結果にすぎなく、親会社との関連による交代は単に総務部門ばかりでなく、営業部門でも、役員を含めてされているものである。

4  債務者は、昭和五五年四月から、社員に対する貸付金制度を実施しており、従業員の一部には、現在でも右制度を知らない者もいるが、債権者自身も、昭和五六年二月、五七年四月の二回にわたり利用しており、債務者が社員貸付金制度の利用について組合員と非組合員とを差別したことはない(労働金庫からの借入金のある組合員に対し、債務者会社の労務担当者が、組合脱退を条件に右貸付金制度の利用を促したとの事実を一応認めるに足りる確たる疎明資料はない。)。

5  フォークリフトの運転操作が主な業務である積込、倉庫要員として現在働いている者は後記勝又を除いて、組合結成前からの従事者であり、債務者が、作業要員として働くことについて特に非組合員のみを優遇したということはない。債務者会社の営業部長代理として定年退職した勝又豪夫は、昭和六二年七月に倉庫要員が退職したのち、嘱託として再雇傭され、現在倉庫要員として働いているが、債務者が右勝又を再雇傭したのは、債務者会社の定年が五五歳であるものの、平均寿命が長くなり、定年延長が社会一般の要請になっていることにかんがみ、定年後も業務上特に必要があって本人が健康で業務に支障のない限り一年更改契約で嘱託として再雇傭することにし、その結果、健康で作業要員としての技能を有する勝又を再雇傭した。なお、中村等、加藤久明の職種変更の経緯は前記二13認定のとおりである。

6  債務者が債権者の復職を拒否し、解雇するに至った経過事情は前記二認定のとおりであり、債権者に対する休職事由が休職期間満了時点において消滅していたものといえないことは前叙のとおりである。

以上の事実が一応認められ、債権者提出の疎明資料中、右認定に反する部分はその内容に曖昧な点があったり、裏付資料に欠けるのでにわかに措信し難く、他に右認定を左右すべき疎明資料はない。

そうして、右認定事実によっては、債務者による債権者の本件解雇が、債権者の組合活動を阻害し、組合から債権者を排除し、これにより組合勢力の弱体化を図ろうとの意図のもとになされたものであって、右解雇につき債務者に不当労働行為意思があるものとは未だこれを認めることができず、他にこれを疎明するに足りる資料はない。

従って、債権者の前記主張も採用することができないというべきである。

四  以上によれば、債権者と債務者間の雇傭契約は、前記解雇の通告により昭和六二年一月一九日限り終了したものというべきである。

よって、債権者の本件仮処分申請は、その被保全権利について疎明がなく、事案にかんがみれば保証をもって疎明に代えることは相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 榎本克巳)

申請の理由

第一 当事者

一 債務者ニュートランスポート株式会社(以下、単に「会社」ともいう。)は、主に三島製紙の製造する紙製品(伝票用紙など)を東京・大阪・名古屋方面に輸送することを主たる営業内容とし、従業員五〇余名を数える株式会社である。

二 債権者は、昭和四三年三月二二日に債務者会社に入社し、紙製品のトラック輸送業務及び新任運転手の指導係の業務に従事してきたものである。また、債権者は、昭和五八年八月二七日、全日本運輸一般労働組合静岡県東部地域支部ニュートランスポート分会を結成して分会長に選任され、昭和六一年八月までその地位にあったもので現在も同分会の組合員である。

第二 被保全権利

一 労働契約上の権利

1 本件解雇に至る経過

(一) 昭和六〇年八月二七日、債権者は、夕方帰宅途中、知人と会社付近でビールコップ二杯と牛乳割り焼酎二杯を二時間半ほどかけて飲み、それから二〇分位立話をしたのち、バイクを運転して帰宅しようとした。債権者は、この際、排水溝に落ちて傷害を負い、のちに道路交通法違反(酒気帯び運転)で罰金一万五〇〇〇円に処せられた。

(二) 債権者は、右事故により頸髄損傷、(後に判明した傷害名)を負い、まず富士市吉原の米山病院に、次に共立蒲原総合病院整形外科に入院した。昭和六〇年一二月一一日、整形外科における治療を済ませた債権者は、主治医から右手握力の低下をカバーするためのリハビリテーションをすすめられて中伊豆温泉病院に入院した。昭和六一年一月一九日、債務者は、債権者に対し「休職扱いとする。」旨の書面を交付した。

(三) 昭和六一年五月、中伊豆温泉病院の主治医が債権者に対し「もうリハビリの必要がなくなったので退院せよ。」と告げた。そこで、債権者は、債務者に対し、退院して職場復帰したい旨申し入れた。そうしたところ、債務者は、島上進を担当者として債権者に対し「復帰すべきポストがないから空くまで病院で待機せよ。」と回答してきた。

(四) 債務者は債権者に対し、休職期間満了日であるとする昭和六二年一月一九日付をもって労働契約を解除する旨、昭和六一年一二月一六日に通知した。

(五) 昭和六二年一月一一日、待ち切れなくなった債権者は、遂に中伊豆温泉病院を退院し、富士市内のアパートに入居し職場復帰に備えた。

2 解雇事由の不存在―休職事由の消滅

(一) 債務者の主張する解雇事由は、第一に手足のしびれが固定症状として残存していること及び飲酒運転の過去があることから運転手としての適性を欠くと判断されること、第二に復帰すべき職場がないことにある。

(二) しかしながら、債権者には解雇事由は存在しない。

(1) 中伊豆温泉病院整形外科勝部定信医師作成の昭和六二年一月八日付診断書によれば、債権者は、社会復帰可能と認められている。また、右時期から現在に至るまで、債権者には手足のしびれ感は残存しておらず、運転業務にも何ら差し支えなく十分堪えうる身体状態である。従って、債権者の休職事由となった身体上の障害は休職期間満了時(昭和六二年一月一九日)までにはすでに消滅している。

(2) 確かに債権者は、酒気帯び運転をしたものであり、この点については猛省しているのであって、再びかかる事態を出来させない決意である。ただし運転手である債権者は、夜一一時ころ会社を出発し、目的地に荷降ろしし、また会社にとんぼ返りするという勤務形態であった。会社から帰宅するのは夕方となることがほとんどであったから、その日の夜再び勤務に就くためには、出発時まで睡眠をとっておかねばならずそのため入眠し易いように飲酒せざるをえないという毎日であった。債務者会社のどの運転手も睡眠確保のための飲酒を余儀なくされているのである。このように、睡眠確保のため飲酒せざるをえない状況を作出している勤務体制が現に存在するという問題を無視すべきではあるまい。

(3) 復職すべき職場がないかどうかは不明であり、また、百歩譲って仮に復帰すべき職場がないとしても、それは解雇事由とはなりえない。なるほど債務者の就業規則には休職期間が満了しても復職を命ぜられないときは解雇とする旨定められてはいる。しかしながら、右規定の存在をもって直ちに復職を命じられない労働者は解雇されると解するのは妥当ではない。なぜならば、休職を命ずるということは、労働者に職務に従事させることが不能であるか若しくは適当でない事由が生じた場合に、労働者の地位を保存させながら勤務のみを禁ずるものであるから、その事由の消滅によって当然復職すべきことが予定されているものというべく、休職期間満了前に休職事由となった障害が消滅したときは、性質上休職は当然終了し復職させるべきものであって、この場合における復職の発令は単なる確認的なものにすぎないからである。してみると、債務者は、債権者の戻るべき職場を用意すべき労働契約上の義務を負っているのであり、復帰すべき職場がないことは解雇事由たりえないのである。

(4) 債権者は、交通事故発生後一年余療養生活をおくり、そして約一年九月間にわたり就労していない。一般に、長期療養後復帰しようとする労働者が長期療養による体力や仕事の勘の衰え、就労による再発等について不安を抱き、復職当初の一定期間は疲労の少ない軽易な職務に就き徐々に身体を慣らしたうえで休業前の業務に就きたいと希望するのは無理からぬものがある。従って、債務者は、従前の身体状態に回復した債権者に対し、復職を認めたうえで一定期間軽作業に従事させるという「ならし期間」を与えるべきであろう。

(5) 仮に百歩譲って、債権者に「手足のしびれ感の残存」がある(債権者本人に自覚症状はないが)としても、休職事由は消滅していると考えられる。なぜならば、復職するための事由の消滅としては一般の労働者との対比で通常の健康状態に回復したのであれば、必ずしも従前の職務を通常の程度に行える状態でなくともよいと解されるからである。そうすると、債務者は、債権者に対し、復職可能な職種(就業規則三条によれば運転助手、作業要員という職種がある。)すなわち代替業務を提供して復職をはかるべきであるということになる。

(6) また、債務者会社においては、労働者の健康状態を配慮して代替業務に就かせるという慣行があるから、債権者の代替業務就労希望も認められてしかるべきである。債務者会社においては、過去、長距離運転に従事していた労働者が病気等でその任に耐えないと本人が申告した場合、日勤の倉庫・積込み要員に振替えており、その例は少なくない。振替にあたっては、倉庫・積込み要員としての能力、適性の有無を積極的に問うというよりむしろ長距離運転の能力の低下または欠如という観点が重視されてきたようである。つまり、腰痛、むちうち症等の理由で振替がなされている。特筆すべきは中村等の振替である。長距離運転手であった中村が過労で倒れたところ、債務者は組合との遣り取りののち、結局、「当人の健康状態の推移を見きわめるため当分の間倉庫勤務とする。」との配転命令を発したのであった。つまり、健康状態が倉庫業務を担当する能力があるか否かを問わず逆に健康状態を見きわめる期間を倉庫係としたのである。この際には倉庫係の欠員の有無は何ら問題とされなかった。このように、本人の希望や例外的には組合の力で代替業務に就労することが柔軟になされてきたのである。

逆に、手足に一二級の後遺症を有する者が現在長距離運転手として稼働している。債務者は、この者の障害は業務上の事故に起因しており債権者の場合とは異なる旨述べているようであるが、障害が運転に及ぼす危険性は事故が何に起因するかに関わるのではなく、現にどのような障害が存し、その障害が運転業務にどのような支障を生ずるかが問題とされなければならない。債務者が債権者の身体状況をいろいろ言うのは正にこの観点からに他ならず、そうだとすると障害を負う者を長距離運転手として使用している債務者は障害が及ぼす危険性についてどのように考えているか疑問が生ずるのである。

3 不当労働行為

(一) 昭和五八年八月、債務者会社の労働者有志は労働過重に耐え兼ねて前記分会の労働組合(以下、単に「組合」ともいう。)を結成した。この年は大事故が二回あり、年末になって債務者は一時金二〇パーセントカットを宣告した。組合はこれに反対したが、「会社は今大変苦しい。」と説得されやむをえず応じることとなった。次に、債務者は、事故車の各運転手に対し、損害額の一部負担として金五〇万円、三〇万円の支払を要求し賞与からこれを控除した。その際、債務者は、今後事故を惹起した者は損害額の一部を個人的に負担する制度を適用すると告げた。組合は、事故を労働者の責任に転嫁されては安心して働けないということで、猛烈に反対し、右控除を撤回させ、更に、負担金制度なるもの自体を撤回させた。

(二) 債務者は、組合の存在そのものを嫌忌し、組合の結成準備段階から現在に至るまで多様な組合つぶしの方策をとってきた。すなわち、債務者は、(1)組合結成の前後、警察と連絡をとり合い、債権者らの組合結成の動きを封じようと画策し、(2)組合が結成されると、それまでなかった労務担当職(組合対策係)を新設し、組合弱体化の成果があげられない場合、担当者を次々と交替させて対処し、(3)組合員に対しては、市中の金融機関より低利な会社貸付金制度の告知をせず、また、労働金庫から借入をしている組合員に対し、労務担当者が組合脱退を条件に右貸付制度の利用を促し、(4)代替業務への振替にあたって、非組合員であれば、たやすくこれを認めてきた。

債権者は、組合結成の準備段階から今日に至るまでずっと組合の指導者的活動家で組合活動の中心的役割を果たしている。債務者は、債権者が組合の中心的活動家であるが故に断固復職を拒否しているのである。

(三) 債務者が、債権者の休職事由は既に消滅しているにもかかわらず債権者の再々の復職要求を拒み続けていること、本件に関係のない過去の些細なトラブルを脚色して針小棒大に主張していること及び債権者が優秀な運転手であるからこそ指導運転手となっていたにもかかわらず「軽率な運転が多々あった。」との中傷を加えていること等、諸事情を総合してみれば、本件解雇は、債権者の組合活動を阻害し組合から債権者を排除しこれにより組合勢力の弱体化を図ろうとの意図のもとになしたものであることが容易に推認される。

そうだとすると、本件解雇は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。

4 そうすると、債務者の債権者に対する本件解雇の意思表示は無効であるから、債権者は債務者に対し、依然として労働契約上の権利を有するものである。

二 賃金債権

1 債権者の賃金は、前月一六日から当月一五日までの分を毎月二五日に支払われる定めとなっており、債権者は、日給月給制で一日当り金一万三六七〇円で一か月三〇日労働をしており、平均月額は四一万〇一〇〇円である。

2 債務者は、債権者が退職金の受領を拒絶したとしてこれを供託している。債権者は、謂れのない解雇通知を受けたのちも毎日出勤し、会社で待機しており、右通知により解雇の効力が発生した後も労働に従事していると評価されるべきである。債権者は、いまだ債務者との間の労働契約上の労働者たる地位を失っていず、従って、債務者に対する昭和六二年一月二〇日以降の賃金請求権を有する。

第三 保全の必要性

一 債権者は、債務者からの賃金を唯一の資とし、一家の支柱として妻、子二人の家族生活を維持してきた。

二 債権者の妻子は、債権者の入院中、生活が困難となり、やむなく故郷の苫小牧市に戻り借家住まいをしながら妻が建築業の事務手伝いで得る月一〇万円程度の収入で細々と暮らしている。また、債権者自身は、退院後、富士市内のアパート(賃料月額一万八〇〇〇円)を借り、僅かな蓄えを取り崩して生活している。

三 債務者は、昭和六二年一月一九日付解雇を前提にその後は賃金支払をしていない。従って、債権者一家の生活はすでに危殆に瀕している。

四 債権者は、債務者に対して、労働契約上の権利の確認と賃金支払の本訴の提起を準備中であるが、本案判決の確定を待っていては債権者とその家族らの生活は危機状態に陥り回復し難い損害を受けるおそれがあるので、本申請に及んだ次第である。

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