大判例

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静岡家庭裁判所 昭和40年(家ロ)15号 判決

再審原告 野田司郎(仮名)

再審被告 野田治男(仮名)

主文

昭和四〇年六月一六日成立した静岡家庭裁判所昭和三九年(家イ)第一七四号遺産分割調停事件の調停はこれを取消す。

訴訟費用は再審被告の負担とする。

事実

再審原告(以下原告という)訴訟代理人は「昭和四〇年六月一六日成立した静岡家庭裁判所昭和三九年(家イ)第一七四号遺産分割調停事件の調停はこれを取消す。訴訟費用は再審被告(以下被告という)の負担とする。」との判決を求め、再審の事由として、「被告を申立人とし原告を相手方とする右調停事件について、別紙のとおり調停が成立している。然るところ右調停期日には弁護士松本樫郎が原告の代理人として出頭し(原告本人は出頭していない)、調停を成立せしめているけれども、原告は弁護士松本樫郎に面会したことすらなく、まして同人に右調停事件の委任をしたこともない。右は被告野田治男が原告の全く知らない間に、原告の委任状を偽造し、これを原告の印鑑証明書と共に行使して弁護士松本樫郎を原告の代理人とし、右調停成立に関与せしめたものである。これを要するに代理人たる弁護士松本樫郎は右調停に関与するにつき必要な授権の欠缺ありたるものにして、民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の再審事由に該当するを以つてここに再審の訴に及ぶ。」と述べ、立証として甲第一ないし第七号証を提出し「第三号証は被告が偽造したものである。」と述べ、証人上田春男、平井吉郎の各証言、原告本人野田司郎、被告本人野田治男の各供述を援用した。

被告は「再審の訴を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「被告が弁護士松本樫郎に対する原告名義の委任状を作成したことおよび同弁護士と被告との間に原告主張の調停が成立したことはいずれも認める。しかし右被告作成に係る委任状は約三年前被告が訴外某から金員を借り入れるにつき原告に被告の保証人になつてもらうために原告から同人の実印だけの押捺してある白紙委任状を受領していたので、これを使用したものである。また再審事由中に記載されている印鑑証明書は、右調停成立の五日位前に、原告から、右印鑑証明書および既に渡してある白紙委任状を利用して適宜原告の代理人を選任して調停を成立させても異存がないとの趣旨で交付されたものである。」と述べ、「甲第一号証、第三ないし第六号証が真正にできたことおよび第二号証を被告が作成(ただし印影は原告が作成)したことは認める。第七号証中被告名下の印影が被告の印鑑によるものであることは認めるが、その余は真正にできたものではない。」

と述べた。

理由

原告主張の当裁判所昭和三九年(家イ)第一七四号遺産分割調停事件につき昭和四〇年六月一六日その主張どおりの調停が成立したこと、右調停期日に弁護士松本樫郎が原告(同調停における相手方)の代理人として調停成立に関与していること、以上の点については当事者間に争いがない。

被告は原告が被告において印鑑証明書および既に渡してある白紙委任状を利用して適宜原告の代理人を選任して調停を成立させても異存がないとの趣旨で印鑑証明書を交付したと主張するので、この点について判断を与える。

甲第一、第三、第五、第六号証(真正にできたことに争いがない)、第七号証(被告名下の印影が同人の印鑑によるものなることは当事者間に争いがないから全部真正にできたものと推定することができる)と証人上田春男、平井吉郎の各証言、原告本人の供述並びに弁論の全趣旨とを合わせ考えると、次のとおり認めることができる。

一  原告の兄である被告は家の農業を好まず、太平洋戦争の終了前家業を原告に譲ることを原、被告およびその父久作ら家族間で申し合わせた。

右申し合わせに基ずいて、高等小学校の高等科二年卒業以来引き続き農業を営んで来た原告に対し、久作は同人所有のほとんど全部の財産(右調停調書記載の農地を含む)を贈与した。他方で久作は、商業を営む被告に対し現金と不動産を含めて合計金一千万円に達する程度の財産を与えて来たが、被告はこれらの財産を事業に投入したものの芳しい結果を得るには至らなかつた。近時土地ブームの波が訪れるや、被告は原告の所有に帰している農地に対し未練を残し、当裁判所に対し昭和三八年一〇月九日遺留分減殺請求調停事件を申し立て、これが不成立となるや、昭和三九年九月一六日右遺産分割調停の申立をなしたものである。

二  久作は生前被告に対し清水市○○町三七七番地の一畑一畝一三歩と同所同番地の家屋番号同所八九番の三木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一五坪を贈与するとの口約をなしたものの、被告が右不動産を処分してしまうことを心配し、被告の子が成人した暁にその子の名義に所有権を移転する積りでいたところ、久作は昭和三七年九月一七日死亡するに至つた。そこで、被告は原告らに対し、被告名義に右不動産の所有権移転登記をなすよう迫り、紛争が絶えなかつたので、昭和四〇年五月頃度々原、被告ら相続人が原告方に集り、この点について協議した結果、被告は今後原告所有名義の財産については何も要求しないことを約束したので、原告らは被告の右要求を容れることとし、相続人間に遺産分割協議が整い、同年六月一日付を以つて遺産分割協議書(甲第五号証)が作成された。その際、被告は右不動産を自己名義に登記をなすため必要であるから、原告の印鑑証明書を被告に交付するよう要求して、右同日甲第三号証(印鑑証明書)の交付を受けた。被告が右印鑑証明書の交付を受けたのは右以外の事情によるものではない。

三  ところで原告名義の松本弁護士に対する委任状(甲第二号証)に押捺してある原告名下の印影を右印鑑証明書の印影と対照するに卒然として観れば必ずしも彼此同一の如く見られないこともないが、少しく仔細に観察するとその相違することを看取し得るものである。

信用することのできる原告本人の供述による同人は右印鑑証明書を被告に交付した昭和四〇年六月一日当時まで右印鑑と異なるものを所持したことなく、右交付直後、万一被告が右印鑑証明書を悪用することを恐れて右交付の数日後、初めて円型の印鑑に改印し、その届をなしたものである。右事実に徴すると、右委任状の印影は原告の印鑑によるものではない。

四  前記二、三記載のとおりであるから、原告には右調停を成立させる意思は毛頭なく、従つてまた当時被告に対し、適宜原告の代理人を選任して調停を成立させても異存がないなどと申し向けることなど到底有り得ることではなく、右委任状は全く偽造のものである。

以上のとおり認めることができる。以上認定に反する被告の供述は信用することができず、他に右認定を覆して被告の主張を認めるに足る証拠はない。

そうすると右調停における原告の代理権は欠缺あること明らかであり、右は民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の再審事由に該当し右調停は取消しを免れない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖田一人)

調書〈省略〉

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