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高松地方裁判所 昭和37年(ワ)135号 判決

原告 塩田嘉吉 外八名

被告 日本国有鉄道

主文

被告が昭和三七年四月二八日附でなした、原告長戸幸吉に対する一〇ケ月間の懲戒停職処分、原告大谷秀夫に対する八ケ月間の懲戒停職処分、原告阿部与幸、同高須賀治、同清家和俊、同堀川勇喜に対する各三ケ月間の懲戒停職処分、原告遠藤利男、同藤松春好に対する各一ケ月間の懲戒停職処分はいずれも無効であることを確認する。原告塩田嘉吉の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告長戸幸吉、同大谷秀夫、同阿部与幸、同高須賀治、同清家和俊、同堀川勇喜、同遠藤利男、同藤松春好と被告との間に生じた部分は被告の負担とし、原告塩田嘉吉と被告との間に生じた部分は原告塩田嘉吉の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告ら訴訟代理人は請求の趣旨として「被告が昭和三七年四月二八日付でなした原告塩田嘉吉、同長戸幸吉に対する各一〇ケ月間の懲戒停職処分、原告大谷秀夫に対する八ケ月間の懲戒停職処分、原告阿部与幸、同高須賀治、同清家和俊、同堀川勇喜に対する各三ケ月間の懲戒停職処分、原告遠藤利男、同藤松春好に対する各一ケ月間の懲戒停職処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、原告らの請求原因

(一)  被告は日本国有鉄道法(以下単に国鉄法という)に基づいて、鉄道事業等を経営する公共企業体である。

(二)  原告ら九名はいずれも被告日本国有鉄道(以下単に国鉄という)に職員として雇傭されているもので、被告の職員をもつて組織する国鉄動力車労働組合(以下単に動力車労組という)の組合員であり、右組合の四国地方本部(以下単に四国地本という)または徳島、高知各支部の役員である。

(三)  被告は昭和三七年四月二八日付をもつて、原告ら九名に対し国鉄法第三一条第一項第一号に基づき前記請求の趣旨に記載の如き各懲戒停職処分(以下単に本件懲戒処分という)をなした。本件懲戒処分の理由は

1 原告塩田嘉吉は動力車労組四国地本執行委員長として順法闘争(安全運転)を指令し、所定運転時分を変更させるような内容を指示しこれを実行させて列車の遅延、運転休止等を生ぜしめ、

2 原告高須賀治は動力車労組四国地本副執行委員長として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延、列車運休等の事態をひき起させる起因をつくり、

3 原告清家和俊は動力車労組四国地本書記長として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延、列車運休等の事態をひき起させる起因をつくり、

4 原告大谷秀夫は動力車労組四国地本徳島支部(以下単に徳島支部という)執行委員長として順法闘争(安全運転)の実施を細部にわたり指示指導して列車遅延の事態を生ぜしめ、

5 原告遠藤利男は徳島支部副執行委員長として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延の事態をひき起させる起因をつくり、

6 原告阿部与幸は徳島支部書記長として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延の事態をひき起させる起因をつくり、

7 原告長戸幸吉は動力車労組四国地本高知支部(以下単に高知支部という)執行委員長として順法闘争(安全運転)の実施を細部にわたり指示指導して列車遅延、列車運休の事態を生ぜしめ、

8 原告堀川勇喜は高知支部副執行委員長並びに動力車労組四国地本執行委員として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延、列車運休等の事態をひき起させる起因をつくり、

9 原告藤松春好は高知支部書記長として順法闘争(安全運転)の実施計画に参画して列車遅延、列車運休等の事態をひき起させる起因をつくり

もつていずれも被告の正常な業務の運営を阻害した、というのである。

(四)  しかしながら原告らに対する本件各懲戒処分は以下の理由により無効である。

1 原告らは被告が本件懲戒処分の理由とする前記行為を行なつておらないし、仮にそのような行為があつたとしても国鉄法第三一条第一項第一号に該当するものではないから、被告が原告らの右行為を同条の規定に該当するものとしてなした本件各懲戒処分は無効である。

2 原告らの右行為は正当な組合活動であつたにもかかわらず被告が原告らを本件懲戒処分に付した決定的理由は、原告らがかねてより活溌に組合活動を行なつてきたことを嫌悪したことにある。したがつて本件各懲戒処分は労働組合法第七条第一号の不当労働行為であるから無効である。

3 被告が原告らの右行為につき、原告らを前記の如き各懲戒処分に対したことは明らかに過重な問責である。したがつて本件各懲戒処分は懲戒権を濫用したもので無効である。

第二、被告の答弁並びに主張

(一)  原告ら主張の請求原因事実のうち、(一)、(二)、(三)の各事実は認めるが、(四)の事実は否認する。

(二)  本件各懲戒処分は国鉄総裁が国鉄法第三一条第一項第一号に基づき公法上の処分としてなしたものであるから、処分に重大かつ明白な瑕疵なき限り当然無効となるものではない。

即ち被告は国鉄法第一条に規定するように従前純然たる国家行政機関によつて運営せられてきた国有鉄道事業を国から引き継ぎ、これを能率的に運営発展せしめ、もつて公共の福祉の増進に寄与する目的をもつて設立された公法人である。被告が公法人であることは国鉄法第二条に明確にされているが、そのほか同法各本条をみるに被告の資本金は政府が全額出資すること(第五条)、その総裁は内閣が任命すること(第一九条)、予算については国会の審議を必要とすること(第三九条の二以下)、会計検査院が検査すること(第五〇条)、運輸大臣の監督に服すること(第五二条)等はすべて被告が公共団体たる実体の具現である。

次に公共団体たる被告とその職員との法律関係については、公共団体たる国鉄の職員は憲法第一五条第二項にいう全体の奉仕者たる公務員としての法的性格を有する。そうしてその任命行為の法的性格はともかく、全体の奉仕者という特質より生ずる各種の法規制から公共団体とその職員との関係が公法関係であることは極めて明白であり、現に国鉄法には職員の身分服務に関して国家公務員法の規定とほぼ同様の規定が存する(同法第二七条、第三一条、第三二条等)。国家公務員や国鉄職員が国民全体に奉仕する義務は最高の義務であつて、その関係は対等の立場にある私法上の法律関係ではなく国民に対し信託奉仕の関係に立つ。ただ一般の国家公務員と国鉄職員との異なる点は、その担任する職務において前者は国民の主権を行使するのに対し、後者は国民の財産を管理運営するという違いに過ぎない。それゆえ国家は国家公務員に対し優位な地位を確立するため国家公務員の勤務身分関係を法律で規律しているが、同様に被告とその職員との関係も特に法律をもつて規定され国鉄総裁に職員よりも優位な地位を与えてその間の秩序維持を計り、被告が国家より与えられた目的を達成せしめようとしている。ちなみに国鉄職員に対し懲戒の権限を有する者は法人たる国鉄ではなくその総裁である(国鉄法第三一条)ことは被告と職員との関係が公法上のものであることの有力な一資料であり、この場合の総裁は行政庁としての資格を有しその懲戒権の行使は行政行為と観念せらるべきである。ところで国鉄職員がその労働条件について団体交渉権を有することやその紛争解決のために調停仲裁の制度があること、あるいは国鉄法第二七条ないし第三二条の身分服務に関する規定に類似するものが一般私企業における就業規則、従業員規則中に屡々みられることは被告とその職員との関係が公法関係であるという観念と相容れないものではない。このことは公共企業体職員が公共企業体に対し公法上の特別権力関係に服するからといつて、その勤務条件ないし労働条件について改善を求め一定の範囲内で公共企業体と交渉することができないという法理はなく、また国鉄法の身分服務に関する規定は被告とその職員の法的性格に鑑みあるいはその規定の表現形式等よりみて公共団体たる被告の組織規定であり、国鉄総裁あるいは労使双方の合意による労働協約によつても自由に変更改廃のできないものであることから明らかである。

結局被告とその職員との関係は公法関係であり、したがつて国鉄総裁が原告らに対し国鉄法第三一条第一項第一号に基づいてなした本件懲戒処分は明らかに公法上の行為である。公法上の処分が当然無効とせられるには処分に内在する瑕疵が外観上重大かつ明白な場合であることを要するが、本件懲戒処分の理由として掲げられている原告らの行為はいずれも国鉄法第三一条第一項第一号に該当すること明らかであるから、該処分には外観上重大かつ明白な瑕疵が存するものではなく当然無効とはならない。したがつて本件懲戒処分の無効確認を求める原告らの請求は失当である。

(三)  被告が原告らを本件懲戒処分に付したのは次の理由による。

1 原告塩田嘉吉、同高須賀治、同清家和俊関係

(ア) 昭和三六年七月一〇日、一一日愛媛県松山市愛媛会館で開催された四国地本第一一回大会において、原告塩田は四国地本の執行委員長に、同高須賀は四国地本の副執行委員長に、同清家は四国地本の書記長にそれぞれ選任されて就任し、原告塩田は四国地本の執行委員長として四国地本を代表する地位にあり、同高須賀は副執行委員長として執行委員長を助けまたは代理する地位にあり、同清家は四国地本の書記長として執行委員長を助け会計業務を掌る地位にありいわゆる四国地本の三役として枢要の地位にあつたものである。

(イ) しかして四国地本の幹部である原告塩田、同高須賀、同清家らは昭和三六年一一月下旬協議のうえ、四国地本所属の各支部は同年一二月五日から八日までの間、機関区長等の現場長と集団交渉を行なうと共にいわゆる順法闘争を行なうこと、その内容は機関車乗務員らをしていわゆる安全運転と称する方法の闘争行為を行なわしめるものであること、右闘争の理由は最近の踏切事故の激増に伴い踏切を通過する列車の運転については、人命尊重を基本とすることが列車の安全を確保する方法でもあるから、各支部の幹部がこの闘争を指導する場合は効果を上げるように実施すると共にそのことから生ずる列車遅延は当然のことである等の事項を決定し、原告塩田名をもつて同年一一月二五日付の四国地本指令第一四号(以下単に地本指令第一四号という)を発し、傘下の各支部執行委員長あて右決定の趣旨を指令した。

(ウ) 原告塩田、同高須賀、同清家らは同年一二月二日四国地本三役会議を開き右地本指令第一四号に基づく安全運転闘争の実施を協議しその実施細目を具体化し決定した。

右実施細目の内容は

A、(a)見透し距離一〇〇メートル以下の踏切、(b)時速七五キロメートル以上の速度で通過する踏切、(c)交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切、(d)その他支部で特に危険と認めた踏切、について列車が右踏切を通過する場合は常に必ず速度を時速四五キロメートル以下に減速すること。

B、線路上またはその附近に人影または車などを発見した場合は、警戒速度として列車の速度を常に必ず時速二五キロメートル以下に減速すること、線路上またはその附近とは犬走り以内とすること。

C、列車が遅延しても回復運転は行なわないこと。

D、右内容の本件安全運転は昭和三六年一二月五日から同月八日まで実施すること。

E、本件安全運転による列車遅延は乗務員の責任ではないので事前に現場長または局長に申入れを行なつておくこと。

というものであり、右内容の安全運転の実施指令は同年一二月二日電話で、同月四日文書で四国地本指令第一五号(以下単に地本指令第一五号という)として原告塩田名をもつて傘下の各支部執行委員長あて発せられた。

(エ) 原告塩田、同高須賀、同清家らは同年一二月二日国鉄四国支社総務部長室に至り、同支社亀山労働課長、真鍋車務課長に対し年末手当等の要求事項に附加して、当時筑肥線における幼児の傷害事故(以下単に筑肥線事故という)につき福岡高等裁判所が機関士に言渡した有罪判決に抗議するためと称して、四国支社管内の五三箇所の危険な踏切において列車の運転速度を時速四五キロメートル以下にすると共に、線路上や犬走りに人影を認めたときには運転速度を時速二五キロメートル以下にする趣旨の申出をなした。そこで右労働課長らは列車の運転は各乗務員の独自の判断で平常どおりに行なわしむべきで、右申出のようなことは許されないから自重を要望すると同時に、違法な事態を惹起して処分の対象とならないよう原告塩田らに警告した。

(オ) 原告高須賀は同年一二月六日右指令を強行実施せしめるため徳島気動車区に赴き、同区乗務員詰所において、乗務前後の機関士、気動車運転士ら約十数名を集めて右指令の実施を指示した。

(カ) 四国支社長水野正元は同年一二月七日午後五時ごろ、同月六日付の書面をもつて、原告塩田あてに業務の正常な運営を阻害する順法闘争(安全運転)は絶対に許されないから中止するよう要望すると共に、万一違法な事態が発生した場合は組合の指導者は勿論、関係職員も厳重に処分する旨警告した。

(キ) しかるに前記各指令は同年一二月五日から同月八日までの間、徳島支部及び高知支部において実施せられた結果、列車ダイヤは大幅に乱れるに至つた。

2 原告大谷秀夫、同遠藤利男、同阿部与幸関係

(ア) 昭和三六年六月六日ごろ、徳島気動車区内徳島支部組合事務所で開催された同支部委員会において、原告大谷は同支部の執行委員長に、同遠藤は同支部の副執行委員長に、同阿部は同支部の書記長にそれぞれ選任されて就任し、いわゆる徳島支部の三役として枢要な地位にあつたものである。

(イ) 前記地本指令第一四、第一五号を受けた原告大谷は、昭和三六年一二月二日徳島気動車区講習室に徳島支部幹部を集め同支部緊急執行委員会を開いて右指令を検討のうえ、原告大谷、同遠藤、同阿部らは右指令の実施を確認し、更に同支部における本件安全運転闘争の具体策を協議し、その細部基準即ち同支部所属の組合員である乗務員の乗務区域にある踏切のうち、前記地本指令第一五号にいう見透し距離一〇〇メートル以下の踏切及び支部で特に危険と認める踏切についての解釈を決定すると共にその踏切例を図示し、なお交通量頻繁なる踏切として多数の警報機附踏切(第三種踏切)を含む三二箇所の踏切を選定しかつその他の事項についても前記地本指令第一五号と同趣旨の内容の決定をした。

(ウ) 右決定に基づき原告大谷は、同年一二月四日徳島支部指令として右決定内容を記載した書面を同気動車区事務所前の組合掲示板に掲示しかつ同一内容のがり版刷り書面を同支部所属の組合員である乗務員に配布して本件安全運転闘争の実施を指令指示した。

(エ) 原告大谷、同阿部らは、同年一二月四日徳島気動車区長室に同区長皆見照一を訪れ、翌五日から受持管内の危険踏切や線路歩行者に対して安全運転を行なう旨通告したので、同区長は列車の正常な運行を乱して抗議することは穏当でないからそのような安全運転闘争は中止するよう原告大谷らに対し説得に努め、翌一二月五日朝四国地本の指令による安全運転を実施するのは行過ぎであるから平常どおりの列車運行を持続せられたい旨の指示書を同区運転当直室に掲示して各乗務員に通達した。

(オ) ところが原告大谷は右指令の実施を中止せず、同年一二月五日徳島気動車区乗務員詰所において、居合わせていた乗務員らに対し前記安全運転の実施方法を説明してその実施を指示した。

(カ) 原告大谷は同阿部、同高須賀らと共に、同年一二月六日午後五時ごろ、再度徳島気動車区長室に同区長をたずね、本件安全運転の実施を了解するよう迫つたが同区長はこれを拒否し列車の正常な運行を乱すことは国鉄職員としては違法であるから各乗務員の良識ある判断により平常どおりの運転を行なうよう、なお四国における他の気動車区、機関区等においては必ずしも地本指令どおりに安全運転闘争に同調しているとは認められないので徳島支部の組合員だけが先走つたことをしてその結果犠牲を受けることのないよう慎重な行動をされたい旨説得に努めた。

(キ) しかるに安全運転闘争は同年一二月五日から同月八日まで実施せられ、そのため徳島気動車区関係では別紙列車遅延状況一覧表の第一に記載のとおり一二月五日には第三三三D列車ほか一本の旅客列車が二分半ないし四分、同月六日には第三五四D列車ほか五本の旅客列車が一分半ないし一三分半、同月七日には第三四四D列車ほか二本の旅客列車が四〇秒ないし四分、同月八日には第三四四D列車ほか一本の旅客列車が二分半ないし三分五〇秒それぞれ遅延した。

更に右遅延のため右遅延列車と行違いする列車及び遅延列車が折返しとなる列車について、一二月五日には第三三四D列車ほか五本の旅客列車が五〇秒ないし三分、同月六日には第三三九D列車ほか一二本の旅客列車及び第三九七列車ほか二本の貨物列車が一分ないし一二分、同月七日には第三三九D列車ほか二本の旅客列車が一分ないし三分半、同月八日には第三五二D列車ほか一本の旅客列車及び第三九四D貨物列車が各二分それぞれ遅延し、列車ダイヤは混乱して被告の業務の正常な運営は阻害せられた。

3 原告長戸幸吉、同堀川勇喜、同藤松春好関係

(ア) 昭和三六年五月二三日ごろ、高知機関区講習室で開催された高知支部第一一回大会において、原告長戸は同支部の執行委員長に、同堀川は同支部の副執行委員長に、同藤松は同支部の書記長にそれぞれ選任せられて就任し、いわゆる高知支部の三役として枢要な地位にあつたものである。

(イ) 前記地本指令第一四、第一五号を受けた原告長戸は、昭和三六年一二月三日高知支部拡大執行委員会を開き原告堀川、同藤松ら同支部幹部と協議のうえ、原告長戸、同堀川、同藤松らは右指令の実施を確認し、同支部における安全運転実施要領を決定した。右安全運転実施要領の内容は同支部所属の組合員である乗務員の乗務区域にある踏切のうち、前記四国地本指令にいう見透し距離一〇〇メートル以下の踏切、時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切、交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切、その他支部で特に危険と認めた踏切について、上り列車(窪川―池田)関係では多数の警報機付踏切(第三種踏切)を含む五二箇所の踏切及び下り列車(池田―窪川)関係でも多数の警報機付踏切(第三種踏切)を含む六〇箇所の踏切を選定したこと、及び前記地本指令中「線路上又はその附近に人影又は車等を発見した場合」につき保線係員の線路工事等の表示がある場合を除いたことのほかは前記地本指令と同趣旨の内容を決定し、右安全運転実施要領を高知支部指令として同機関区事務所前の組合掲示板に掲示し、更に同月五日早朝よりがり版刷りの右安全運転実施要領を乗務員である同支部の組合員らに配布して本件安全運転闘争の実施を指令指示した。

(ウ) しかして原告長戸、同堀川、同藤松らは同年一二月五日高知機関区長室に同区長を訪れ、書面で前記筑肥線事故の福岡高裁判決に抗議すると共に被告当局が組合の申入れを緊急に措置することを要請するため安全運転を行なうがそのため生ずる責任は乗務員にはない旨申し入れたので、同区長は平常どおりの運転を行なうよう要望すると共に右安全運転実施による責任は追及せざるをえない旨警告した。

(エ) 更に原告長戸は同年一二月五日午後〇時一五分ごろから午後三時までの間、高知機関区講習室内で同支部所属の組合員約六〇名を集め右安全運転の実施方法を説明してその実施を指示した。

(オ) そこで同機関区長は矢野当直助役、久保田指導助役らをして乗務員点呼の際あるいは出区待合中の乗務員に対し右安全運転を行なわないよう注意せしめ、また中野当直助役、久保田指導助役らをして指導掛を列車に添乗させ列車遅延の監視をなさしめる等安全運転中止の措置を講じた。

(カ) しかるに右安全運転闘争は同年一二月五日から同月八日まで実施せられ、そのため高知機関区関係では別紙列車遅延状況一覧表の第二に記載のとおり一二月五日には第一〇八D列車ほか七本の旅客列車が一分ないし三分、同月六日には第五二二列車ほか九本の旅客列車が一分ないし四分、同月七日には第一〇八D列車ほか一一本の旅客列車が一分ないし五分半、同月八日には第一〇八D列車ほか一本の旅客列車が一分ないし二分半それぞれ遅延した。

更に右遅延のため右遅延列車と行違いする列車及び遅延列車が折返しとなる列車について、一二月五日には第六三五D列車ほか一八本の旅客列車及び第一九八貨物列車が三〇秒ないし三分、同月六日には第六二一列車ほか一五本の旅客列車及び第一八八列車ほか一本の貨物列車が三〇秒ないし三分、同月七日には第一二三列車ほか一九本の旅客列車及び第一九七列車ほか一本の貨物列車が三〇秒ないし五分半、同月八日には第二〇〇五D列車ほか二本の旅客列車が一分ないし二分半それぞれ遅延した。そのほか右の影響により同月七日第六七九D旅客列車は高知―土佐久礼駅間の運転を休止するなど列車ダイヤは混乱し、被告の業務の正常な運営は阻害せられるに至つた。しかして運転休止事由については、右第六七九D旅客列車(始発駅高知、終着駅窪川)は上り第六七八D旅客列車(始発駅窪川、終着駅高知)が高知駅到着後一分三〇秒の乗降時間後直ちに折返し列車となつて運転されるのであるが、同月七日本件安全運転闘争により第五二一、第二〇〇五D、第一〇八D、第一一〇、第一〇九、第六二三各旅客列車が遅延した影響等により右第六七八D旅客列車は終着高知駅に所定到着時刻(午後七時一〇分)より三八分遅れて到着した。第六七八D旅客列車は正常の場合は前記のとおり一分三〇秒の乗降時間後直ちに下り第六七九D旅客列車となつて午後七時一一分三〇秒に折返し駅高知を出発し終着駅窪川へ向け運行されるが、右第六七八D旅客列車が高知駅に三八分遅着したため、第六七九D旅客列車として高知駅を一分三〇秒の乗降時間後直ちに出発せしめるとしても、高知駅発時刻は午後七時四九分三〇秒となり後発の高知駅発午後七時五五分下り第六八一D旅客列車(始発駅土佐山田、終着駅土佐久礼、一二月七日は定時運転で高知駅到着)との時間差は五分三〇秒しかなく、出発時間帯が重複し前途の運転管理上支障を来たすので右第六七九D旅客列車の高知―土佐久礼駅間の運転を休止したのである。

なお右運転を休止した第六七九D旅客列車の車輛を後発の第六八一D旅客列車に連結して土佐久礼駅まで回送したが、これは被告の車輛運用上の必要からやむなくなされたものである。即ち第六七九D旅客列車の車輛(気動車二輛)は通常の場合窪川駅到着後はその翌日午前七時三三分同駅発高知駅行の第六四六D旅客列車の車輛として運用されることになつており、したがつて第六七九D旅客列車が運転休止となつた場合にはその車輛を第六四六D旅客列車用の車輛として窪川駅に回送する必要が生ずる。同月七日の第六七九D旅客列車は本件闘争により高知―土佐久礼駅間の運転を休止せざるを得なくなつた以上同列車の車輛を窪川駅に回送する必要に迫られたので、同車輛を土佐久礼駅までの第六八一D旅客列車に連結して土佐久礼駅まで回送し、同駅到着後は正規の第六七九D旅客列車として同駅窪川駅間を運転したものである。被告がこのような措置をとつたからといつて高知駅土佐久礼駅間に第六七九D旅客列車を運転したことにはならないし、当日の第六七九D旅客列車は右の結果窪川駅に約四〇分遅延して到着したが、右の遅延は前記本件闘争による列車の遅延時分には含まれていない。

4(ア) 被告は鉄道事業等の輸送事業の使命である安全でかつ迅速な輸送を行なうことを企図し、もつて一般の交通需要に応じその発展を期するものであるが、これがため被告は諸種の規程を設けて安全の確保に努め迅速正確な輸送の確保を計つている。しかるに原告らが決議してなした本件安全運転闘争の指令指示等の内容は、現実の危険が存しない場合でも列車が所定の踏切にさしかかつた場合及び通行人等の位置、姿勢、挙動等から乗務員が現実の危険を覚知しない場合でも犬走り以内の線路上に人影又は車を発見した場合は常に必ず列車の速度を低下し、その結果列車が遅延しても許された速度の範囲内での回復運転さえ行なわないこととしているものであつて、列車の正常な運行確保のため機関区長らの現場長が平素乗務員に指示指導し、また四国地本所属の組合員である乗務員らもふだんこれを励行しているいわゆる基準運転と異なる運転方法をあえて本件闘争期間(昭和三六年一二月五日より同月八日まで)に限り行なうことを指令したものである。右の「現実の危険」とは線路内に通行人その他の障害物が現われるような事情があつてこれらの障害物が列車に衝突するおそれがあるような状態をさす。およそ列車運転の任にある機関士等の乗務員は列車運転中常に前方注視の責務を有し、線路内に通行人その他の障害物が現われる事情のある場合にはその所在位置、姿勢、挙動その他外部より観察しうべき徴表などから判断してその危険性、緊急度に応じて列車の停止措置、減速措置を講ずべきことは当然のことであり、また列車運転者がこれらの措置を日ごろ励行していることは現に機関士等列車運転者の任にありまたその任にあつた原告らとして当然了知の事柄である。しかるに原告らが決議してなした本件安全運転闘争の右指令指示等の内容をみると、見透し距離一〇〇メートル以下の踏切(軌道中心から外方五メートルの道路中央で列車進来方向に対して見透しうる線路の最遠距離が一〇〇メートル以下の踏切を指し、単に列車乗務員から当該踏切そのものの見透し距離が一〇〇メートル以下という意味ではない)、時速七五キロメートル以上の速度で通過する踏切、交通量頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切、その他支部で危険と認めた踏切について、これら各踏切を列車が通過する場合予め画一的に列車の速度を時速四五キロメートル以下に減ずること及び犬走り以内の線路上またはその附近に人影等を発見した場合には画一的に常に必ず列車の速度を時速二五キロメートル以下に減ずることを命じたもので、右の如き抽象的一般的基準をもつて直ちに「現実の危険」とみることはできない。更に回復運転については、被告は許された速度の範囲を超えるような回復運転を期待しているものではなく、本件闘争期間の前後においては通常回復運転が可能であつたしまた乗務員らも回復に努めていたのに、本件闘争期間に限り右回復運転を行なわないよう指令したことが不当なのである。

そもそも鉄道事業の如く職種は複雑多岐にして分業の行なわれる業務が安全確実に遂行されるためには、関係職員全員の協力一致が必要であつて業務の遂行は統一した指揮の下に統一した方針に基づいて実施せられなければならない。したがつてその一部職員(仮りに動力車労組が乗務員の九五パーセントの職員で組織されていても国鉄全職員の一部であることにはかわりない)からなる労働組合の特別の指令指示の下に業務が遂行せられることはそれ自体において危険性をはらみ事故の発生をもたらす要因をなすものであるから、原告らの行動は自ら危険を招くものであつて決して安全の確保に役立つものではない。

結局原告らの行為は安全の上に立つて迅速な輸送を確保しようとする被告の意図に反し、被告の職員である組合員にあえて運転取扱心得第二九条「列車は定められた運転時刻により運転するのを原則とする」及び同第五一条「機関士は列車が遅延したときは許された速度の範囲内でこれを回復することに努めなければならない」との定めに違反して列車の正常な運行を阻害し、また国鉄職員服務規定第五条「職員は職務を行なうに際しては迅速正確を旨として常に関係員相互間の連絡を図り協力しなければならない」との規定に違反して迅速正確を欠く運転を行なうことを指令指示したもので被告の企業秩序を破る不当な行為である。

(イ) のみならず本件安全運転闘争に関し動力車労組本部からの指令は各地方本部に発せられたが、四国地本を除く他の地方本部では事実上積極的行動は現われず原告塩田、同高須賀、同清家らが幹部である四国地本においてのみその機関で決定のうえ積極的な行動がとられ、また四国地本の指令はその所属各支部に発せられているのに原告大谷、同遠藤、同阿部らが幹部である徳島支部及び原告長戸、同堀川、同藤松らが幹部である高知支部のみにおいてその機関で決定のうえ積極的な行動がとられたが、その他の支部では積極的行動はみられなかつた。そうして前記の如き原告らの決議、指令、指示等に基づく本件安全運転闘争の実施により、列車の遅延は余儀なくされ他の列車の運行にも影響を及ぼし列車ダイヤは大幅に乱れて被告の業務の正常な運営は著しく阻害せられた。

ところでかような事項を共謀または指令し、あるいは指令を実施させることは公共企業体等労働関係法(以下単に公労法という)第一七条第一項の厳に禁止する違法行為であること明らかであるから原告らは組合幹部として当然これを阻止すべき義務がある。特に国鉄職員であり機関士等列車運転者の任にありまたはその任にあつた原告らは、前記闘争の指令、指示をなすに当り四国支社管内の線路が単線区間であることその他諸般の事情より本件安全運転を実施すれば右の如き事態の発生することは当然認識していたものといわねばならない。しかるに原告らは現実の危険がないのに列車の速度を低下したり、許された速度の範囲内で遅延した列車の回復運転を行なわないこと等を組合幹部として指令指示して被告の業務の正常な運営を阻害し、もつて積極的に違法な行動をとると共に、組合ないし組合員がかかる行動をとるようなことが判明したときには組合幹部としてこれを阻止すべき義務があるにかかわらず、これを阻止しなかつたのであるから、右は日本国有鉄道懲戒規程(以下単に懲戒規程という)第六条第一七号に定める「著しく不都合な行為」に該当するので国鉄法第三一条第一項第一号により原告らを本件懲戒処分に付したものである。

なお原告遠藤については、昭和三六年一二月二日は原告遠藤の公休日であるが、原告大谷、同阿部らも同じく公休日であつたが同日の徳島支部緊急執行委員会に出席しており、同支部が四国地本の前記指令を受け重大な問題を決定しなければならない事情の下において同支部副執行委員長たる重責を負う原告遠藤が特別の事情も存しないのに右緊急執行委員会に参加しなかつたものとは思考せられない。また仮に原告遠藤が右緊急執行委員会に出席しなかつたとしても、同人は当時徳島支部が本件安全運転闘争の指令を実施すること及び右指令の実施により被告の業務の正常な運営が阻害されることを知悉していたのであるから、組合幹部としてその実施を阻止するかあるいはその役職を辞任するとかの措置をとるべきであるのに、何らの措置をもとらずして前記の如き結果を招来したのであるから、原告遠藤は徳島支部の幹部としてその責を負わねばならず本件懲戒処分に付されたのである。

第三、原告らの答弁並びに主張

(一)  被告主張事実に対する認否

1 第二(三)1(ア)の事実は認める。

2 第二(三)1(イ)の事実中、昭和三六年一一月二五日原告塩田名をもつて四国地本指令第一四号を各支部執行委員長あて発したことは認める。

3 第二(三)1(ウ)の事実中、同年一二月二日四国地本三役会議が開かれたこと、同日電話で、同月四日文書で、四国地本指令第一五号が原告塩田名をもつて各支部執行委員長あて発せられたことは認める。

4 第二(三)1(エ)の事実中、同年一二月二日原告塩田、同高須賀、同清家が四国支社亀山労働課長、真鍋車務課長らと会見したこと、その際動力車労組としては本件安全運転を実施せざるをえない旨及びその具体的内容を説明したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告主張の如き自重の要望や処分の警告はなされなかつた。

5 第二(三)1(オ)の事実中、同年一二月六日原告高須賀が徳島気動車区に赴いたことは認めるが、その余の事実は否認する。

6 第二(三)1(カ)の事実中、被告主張の如き同年一二月六日付四国支社長名の警告書が原告塩田あてに交付されたことは認めるが、右警告書は同月七日夜、四国支社労働課員より原告塩田に手交されたのであり、それ以前に被告当局から文書または口頭による何らの警告も受けていない。

7 第二(三)1(キ)の事実中、本件安全運転が同年一二月五日から同月八日までの間、実施せられたことは認めるがその余の事実は否認する。

8 第二(三)2(ア)の事実は認める。

9 第二(三)2(イ)の事実中、原告大谷が地本指令第一四、第一五号を受領したこと、同年一二月二日徳島気動車区講習室において徳島支部緊急執行委員会が開かれたこと、右執行委員会において四国地本指令の実施を確認し同支部における地本指令実施の具体策を討議して細部基準を決定したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお前記執行委員会に出席したのは原告大谷、同阿部及び他に執行委員一名の合計三名であつて、原告遠藤は当日公休日のため家に居り出席していない。

10 第二(三)2(ウ)の事実は認める。

11 第二(三)2(エ)の事実中、同年一二月四日原告大谷、同阿部らが徳島気動車区長室に皆見区長を訪れ、同月五日から安全運転を行なう旨通告したこと、翌五日同区長が指示書を掲出したことは認めるがその余の事実は否認する。右区長の指示書の掲示に対し同日徳島支部を代表して原告大谷らが区長に抗議し、組合は安全綱領その他の法規、規程、達示に基づく安全運転を行なおうとするのにそれが行き過ぎだと指示書にあるが、右指示書に区長は責任をもてるのかと問いただしたところ、同区長は責任はもてないというので撤去を要求した結果、右指示書は二時間掲示されただけで同区長においてこれを撤去したものである。

12 第二(三)2(オ)の事実中、同年一二月五日原告大谷が乗務員に対し安全運転の実施方法を説明し実施を指示したことは認めるが、その余の事実は否認する。

13 第二(三)2(カ)の事実中、原告大谷、同阿部、同高須賀らが徳島気動車区長の招きにより同区長を訪問したことは認めるが、その余の事実は否認する。

14 第二(三)2(キ)の事実中、被告主張の日時、列車の表示、遅延時分については認める。しかし右遅延はいずれも要注踏切通過、線路上又はその附近にての人影又は黒点の発見等の際の安全運転によるものである。したがつて右遅延は、いずれも動力車労組組合員たる乗務員らが安全義務を忠実に守り、また組合機関の決定した正当適法な指令にしたがつたことによるものであり、遅延には正当の理由がある。

15 第二(三)3(ア)の事実は認める。

16 第二(三)3(イ)の事実中、原告長戸が地本指令第一四、第一五号を受領したこと、昭和三六年一二月三日高知支部組合事務所で原告長戸、同堀川、同藤松らが出席して同支部拡大執行委員会が開かれたこと、右執行委員会において前記地本指令の実施を確認し高知支部における地本指令実施の具体策を討議した結果安全運転実施要領を決定したこと、右要領を同支部指令として原告長戸名をもつて支部全組合員に指令したこと、右支部指令を記載した書面を高知機関区事務所前の組合掲示板に掲示したこと、同月五日早朝より右内容のがり版刷り書面を同支部の組合員に配布したことは認めるが、その余の事実は否認する。

17 第二(三)3(ウ)の事実中、同年一二月五日原告長戸、同堀川、同藤松らが高知機関区長に対し書面をもつて申入れを行なつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

18 第二(三)3(エ)の事実は認める。

19 第二(三)3(オ)の事実は否認する。

20 第二(三)3(カ)の事実中、被告主張の日時、列車の表示、遅延時分については認める。しかし右遅延はいずれも要注踏切通過、線路上又はその附近にての人影又は黒点の発見等の際の安全運転によるものである。したがつて右遅延はいずれも動力車労組組合員たる乗務員らが安全義務を忠実に守り、また組合機関の決定した正当適法な指令に従つたことによるもので遅延には正当の理由がある。被告が運転を休止したと主張する第六七九D旅客列車は後発の第六八一D旅客列車に併結して高知から土佐久礼まで運行し、土佐久礼から窪川までは第六七九D旅客列車として運行した。したがつて第六七九D旅客列車を利用して高知から土佐久礼以遠窪川の各駅に行こうとする旅客としては第六七九D旅客列車に乗車できなかつたのではなく、実質は目的地に約三〇分遅延したに過ぎない。また第六七九D旅客列車を第六八一D旅客列車に併結したのは当局が自らの責任で「運転管理上」整理したもので決して組合側の責に帰すべきものではない。更に第六七八D旅客列車の高知着が遅れた原因は同日郵便荷物車が朝倉―伊野駅間の口至内坂で故障し朝倉へ引き返したこと、同日土佐久礼―影野駅間で車輛故障の事故があつたことによるのであつて第六七八D旅客列車の遅れた原因をことごとく本件安全運転に帰せしめようとする被告の主張は失当である。

(二)  原告らの主張する事実

1 動力車労組の組織等

原告らの加入する動力車労組は昭和二六年設立された法人たる労働組合であり、国鉄の動力車に関係ある職務に従事する職員で組織され現在五万人の組合員を有している。動力車労組は組合員の労働条件の維持改善を図り経済的社会的地位の向上等を目的とし、結成以来労働条件の維持改善の重要な一環として組合員たる職員なかんずく乗務員の生命にも関するところの運転の安全に深く関心をもち安全確保のために努力し国鉄当局に対しても種々の要求をしてきた。四国地本は国鉄四国支社管内の動力車に関係ある職員で組織され前記目的のため積極的に活動することになつておりまた事実活動してきたのである。

2 本件安全運転闘争の動機、目的並びに経過

(ア) ところで四国支社管内においては、昭和三〇年高徳線に気動車二輛が始めて導入されたが、以後昭和三一年八輛、同三二年八輛、同三三年二五輛、同三四年三二輛、同三五年九八輛、同三六年六輛、同三七年四五輛と大量の気動車が導入され、特に昭和三三年及び本件安全運転闘争の前年である昭和三五年において急激に増加した。気動車は軽量でありかつ各車輛毎にエンジンが設備されているから列車のスピードアツプを可能にすると共に、気動車は単車運転ができる反面蒸気機関車ほど長編成ができぬため列車密度の増大をもたらした。そうしてこの気動車の急増による列車のスピードアツプと列車密度の増大は当時国鉄四国支社長の「待たずに乗れる列車」という構想に代表される如く国鉄当局の政策でもあつた。

(イ) 前記気動車の大量導入による列車のスピードアツプと列車密度の増大に伴い運転の安全を確保するためには、要員の増加、気動車の前頭部を補強すること、保安設備特に踏切を改善することなど相当の措置を必要とするに至つた。このことを裏書するかのように四国支社管内の踏切事故件数は昭和三四年度以降激増し、昭和三六年度の事故件数は前年に比べて三三件、踏切事故による死傷者は三一名それぞれ増加しているが、これは昭和三五年における気動車九八輛の急増がその原因をなしている。もつとも事故の絶滅は困難であるかもしれないが、事故を激減させることは被告が誠意をもつて安全設備の強化に努めていたならば可能であつた筈であり、気動車の急増のみに努めそれに伴う安全設備の強化に十分意を用いなかつたからかような事故の激増をみたのである。ところで国鉄全体の昭和三六年度踏切改善費は二五億円であるが、国鉄には九支社二七鉄道管理局があるので一支社平均は二億七、〇〇〇万円、一鉄道管理局平均としても九、〇〇〇万円となる。しかるに四国支社は一支社でありながら当初の額は三、〇〇〇万円、追加分を入れても六、〇〇〇万円であり全国の一鉄道管理局当りの平均額よりも遙かに下廻る踏切改善費しか配布されなかつた。更に四国支社管内で今警報機のない踏切(第四種踏切)中、危険な踏切に警報機を取り付けるとすれば、その設置工事費用は一箇所平均約八〇万円程度であるから危険な四種踏切を六四箇所としても五、一二〇万円あれば警報機のある踏切(第三種踏切)にすることができる。他方車輛投資は気動車一輛の平均単価が二、〇〇〇万円といわれており、昭和三五年には気動車が九八輛入つているがその三輛分の資金さえあれば六四箇所の警報機が完成するわけである。しかるにこれを行なわなかつたのであるから被告は安全を犠牲にして車輛投資集中政策を行なつているといわざるをえない。

(ウ) かように気動車の急増による列車のスピードアツプと列車密度の増大に伴い運転の安全を確保するため、四国地本は要員増加、保安設備特に気動車前頭部の補強、踏切の改善等に関して組合員の集会を開いて要求の統一を図りまた右要求について四国支社当局との間に交渉を繰り返したが、当局はこれに対し何ら誠意ある措置をとらなかつたのである。

即ち昭和三六年二月二五日の労使交渉の席上、四国支社佐長列車課長補佐は「四国には危険な踏切(時速七五キロメートル以上で通過する踏切、見透し一〇〇メートル以下の踏切、交通量換算八、〇〇〇人以上の踏切を意味し、本件安全運転の対象となつた要注踏切)が六四箇所もあるが、四国支社では踏切対策五ケ年計画として警報機等のない第四種踏切六四箇所を第三種踏切にする」旨を明らかにした。これは昭和三六年二月現在の数であるが、その後列車速度や交通量も増大しているので本件安全運転闘争時においては、四国全体でいわゆる危険踏切は約一〇〇箇所にのぼつていた。ところが当局は右危険踏切のうち本件闘争時までに僅か一一箇所の改良を行なつたのみである。なお踏切道拡張工事は運転保安のためにはかえつて危険であるからその工事関係のものを除くと、本件安全運転闘争以前に四国支社管内で行なわれた踏切改良工事は昭和三三年七箇所、同三四年八箇所、同三五年八箇所、同三六年一一箇所に過ぎない。

(エ) 昭和三六年九月二七日、四国支社と四国地本との団体交渉の結果として、踏切保安設備については今後とも十分努力する、列車速度向上に伴う車輛の保安設備については更に努力するが、当面D・C(デイゼルカー)準急についてはバンバー(気動車前面防護のための帯状鋼体)を取り付ける等の協定、了解が成立した。しかしその内容は「今後とも努力する」ということで気休めに過ぎず、バンバーも普通車には取り付けられずまた列車前頭部の補強措置としてはさして実効のないものである。

しかも右協定に基づくバンバーの取付さえ本件安全運転闘争時において全く行なわれておらず、本件闘争の三ケ月後の昭和三七年三月二日から漸く取付を始め、翌三八年二月一八日に至り準急、急行の三〇輛について一応取付を終つた状況である。

更に当局は、昭和三五年から気動車運転席の前ガラス強化(普通ガラスを安全ガラスに取り替えること)を実施し、昭和三六年一〇月ダイヤ改正の際の団体交渉では既に全気動車について取替えを完了したと説明していたが、本件闘争直前の昭和三六年一〇月二四日上りD・C六二列車が予讃線新居浜・多喜浜間を進行中、約三〇〇グラムの鳥(夜鷹)が前面ガラスに衝突して運転席前面ガラスが割れ乗務員が顔面に負傷するという事故があつた。これをもつてみても被告が如何に安全設備について意を用いていなかつたかが分かる。

(オ) このような経緯の中で、昭和三六年一一月一七日福岡高等裁判所が国鉄機関士辰野敏治にかかる業務上過失傷害被告事件につき言渡した控訴棄却(原審有罪)の判決は当時新聞等で報道され、全国の動力車労組の組合員に対し大きな衝撃を与えた。右事件の概要は「被告人がデイーゼル動車を運転し時速五〇キロメートルで運行中、前方約一八〇メートルの軌道右側の右軌条から約二メートルの地点(通称犬走りといわれ軌道の砂利敷のすぐ横の草むらの中)に当時満一年九ケ月の被害者がたたずんでいるのを発見したが、このような場合満一年九ケ月の幼児は一般に思慮未熟で判断力に乏しく、デイーゼル動車の警笛の意味を理解してその接近による危険を弁識し危険から自己を防護する能力を欠き、デイーゼル動車の進行を意に介せずまたは轟音を発して高速度で身近に通過するデイーゼル動車に畏怖狼狽するなどしてデイーゼル動車の前方軌道内に立ち入りこれと衝突するおそれが多分にあるから、その運転者としては警笛を吹鳴して注意を与えるのみでは足りず、右幼児発見後直ちに急停車の措置をとるかまたは右幼児の軌道内に立ち入るような事態が発生した場合には何時でも停車して幼児との衝突を避ける程度に速度を減ずるなど万全の措置を講じ、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人は前記幼児発見と同時に注意警笛を数秒間吹鳴したのみで右幼児がデイーゼル動車の進行に気付き軌道内に立ち入ることはないものと軽信して何らの制動措置もとらず同一速度のまま進行したため、右幼児との距離一三メートル余に迫つたとき幼児が突然前記位置から軌道上に這い上るのを認めて非常警笛を吹鳴すると同時に急停車の処置をとつたが及ばず右幼児に傷害を与えた」というものである。ところで右判決はその理由中で「右のような幼児を軌条から約二メートルの位置に発見したときは原判示のとおり、このような幼児は警笛の意味を理解して危険を避ける能力に欠け自らを危険にさらす行動に出たり、至近距離を轟音を発して通過するデイーゼル動車に畏怖狼狽してあるいは車の風圧によつて自らを危険にさらすおそれのあることはデイーゼル動車運転の業務に従事する者は通常予想すべきものであるから、右運転者としては所論のように被害者が車と接触しない位置にいたとしても警笛を吹鳴して注意を与え被害者がこれに気付いたのみでは足りず停車または減速の処置を講ずる業務上の注意義務があるものと解するのが相当である。したがつて右注意義務を守ることにより車が一旦停車するような事態が生じ高速度交通機関としての機能を果しえない結果になつてもやむをえないところであり、一般乗客としても幼児の生命身体を犠牲にしてまで先を急ぐことは決して望まないことは明らかである。したがつて本件被害者が軌道に向けて這い上つたのは不慮の出来事ではなく予想できたことであり、右注意義務に違反した被告人はその過失の責を免れず原判決には所論のような事実誤認等の違法はなく論旨は理由がない」と判示しているのである。

(カ) そこで動力車労組中央執行委員会は、踏切等の事故の増加は国鉄の近代化合理化政策の矛盾でありまた昭和三六年一〇月からの白紙ダイヤ改正実施方針の生み出した矛盾として重視し、国鉄の経営、設備投資政策を追及すると共に具体的には踏切道の安全設備、動力車前部の補強等を要求し、この要求を国会における踏切保安法等の制定のための動きと結合させ合理化反対闘争の中で大きな位置付けを与え、右要求のための闘いを発展させるという方針を決定した。そうして昭和三六年一一月二〇日動力車労組中央執行委員長車田守名をもつて、各地方評議会議長、地方本部執行委員長あて本部指令第一六号を発し、右指令はそのころ四国地本執行委員長たる原告塩田に到達した。右本部指令第一六号は「一二月五日より八日までの間に一日、全支部が現場長との集団交渉、順法闘争を実施すること、この場合地本は適切な指導を行なうので実施期日を連絡のこと、順法闘争については乗務員を対象とし実施事項は安全運転とする。特に踏切事故の激発に伴い踏切にかかる列車運転は人命を守ることを基本とする列車の安全確保であるが、指導は効果を上げるように実施すると共にそのことから発生する列車遅延は当然のことである」旨を指令したものである。

(キ) このような状勢の下に、昭和三六年一一月二一日動力車労組は中央執行委員長名をもつて国鉄総裁に対し「踏切等の事故防止についての申入れ」(動力車申第一八号)を行なつた。その主な内容は「踏切事故防止に関する組合側の申入れは従来から再三にわたつて行なつているところであるが、この種事故は依然として発生し一〇月一日の白紙ダイヤ改正以降は更に拍車をかけている状態にあり、当方としては貴側の対策に大きな疑問をもつところである。近時、動力近代化の急速な推進によつて電車、気動車の大量投入がおこなわれ軽量車輛の前頭操縦とスピードアツプは自動車等との接触によつて直ちに脱線転覆となり乗務員並びに旅客の死傷事故となつて現われている。また死傷事故によつて乗務員の刑事責任が問われ乗務員の注意力欠如として禁錮以上の判決が出されている現状である。動力車の運転にたずさわる当組合として以上の経緯から国鉄の使命である安全輸送を完遂するためと人命を守る立場に立つて当面特に危険の伴う踏切道通過に際しては安全なる範囲で運転を行なうことも考慮せざるをえないところである。したがつて下記事項について貴側の対策並びに見解を明らかにされたい。

1 第四種踏切の整理統合と第三種踏切への切換をおこなうこと。

2 交通頻繁な踏切については第一種踏切とすること。

3 電車、気動車の前頭部補強についての抜本的な措置をおこなうこと。

4 死傷事故発生の場合の刑事責任について(中略)。

5 踏切事故対策全般についての今後の方針について。

というものである。しかるに右の申入れに対し当局は安全運転は困ると答えるのみで具体策を示さず誠意が認められなかつた。

(ク) 昭和三六年一一月二七日四国地本は執行委員会を開き前記本部指令第一六号の実施を確認し、四国地本における指令実施の具体策を討議した結果、各支部に地本執行委員を派遣して安全運転の指導をすること、世論対策として踏切の実状及び安全運転をせざるをえない実状等を一般国民に宣伝しその理解と協力を求めること、実施細目については中央本部の指令をえたうえで地本三投に一任することを決定した。更に同日午後原告塩田ら四国地本執行委員は四国支社長ら当局側と会見し踏切等における運転事故防止の具体策について話し合つたが、当局側は事故防止のためには「国鉄九〇年のかんを生かしてくれ」「有罪判決をなくするためには司法官試乗をやつてもらつて司法部にもよく理解をしてもらいたいと思つている」等と的はずれのことをいうのみで何ら誠意ある回答が得られなかつた。そこで右本部指令第一六号とほぼ同内容の同月二五日附地本指令第一四号を原告塩田名をもつて各支部執行委員長あて発し安全運転の実施を指令した。

(ケ) 続いて昭和三六年一一月二九日動力車労組中央執行委員長名をもつて各地方本部執行委員長らあて本部指令第一七号が発出され、そのころ原告塩田もこれを受領した。右本部指令第一七号の内容は安全運転闘争を具体的に指示したもので中央執行委員会の状勢判断及び安全運転の評価を行なつたうえ、同委員会の方針に基づき次のとおり指令しているものである。「安全運転の闘いは年末闘争を基点として明年春闘に発展させる展望で長期的な闘いを構え、安全運転については次により実施する。

A、交通頻繁な踏切道で要注踏切通過の場合は安全のため速度を低下して運転すること、この場合注意運転速度四五キロメートル時以下とする。

(注)要注踏切の指定については地本または支部できめること。

B、線路上またはその附近に人影または車などを発見した場合は警戒速度として二五キロメートル時以下に速度減殺し、危険と認めた場合は直ちに停車すること。

C、前各項の安全運転による列車遅延は乗務員の責任ではないので事前に現場長または局長に申入れを行なつておくと同時に、現在の列車密度や設備状況では遅延回復は運転事故の原因となるのでこれを行なわないこと。

一二月八日以降の行動は前記の安全運転を継続して実施する。なおこの間、点検行動期間を定期的に設定して完全実施体制を強化していく。安全運転の実施についてはその趣旨を十分組合員に徹底するようオルグ活動職場討議を高め今後の具体的実施行動に対する意思統一を図ると共に動力車調査第一一号(昭和三六年一一月一八日付)による調査活動などとも結合させながら組合員の意識昂揚をはかること」というものである。

(コ) 昭和三六年一二月二日四国地本三役会議を開き、同年一一月二七日の執行委員会で本件安全運転闘争の実施細目の決定は地本三役に一任されていたので、前記本部指令第一七号の実施を確認し、原告塩田名で地本指令第一五号を発出した。地本指令第一五号は本部指令第一七号とほとんど同文であるが、本部指令で要注踏切の指定が地本または支部に一任されていたので、これに基づき地本指令第一五号では要注踏切の指定については「(a)見透し距離一〇〇メートル以下の踏切、(b)時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切、(c)交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切、(d)その他特に危険と思われる踏切(支部で決定すること)、以上のそれぞれの項に該当する踏切とする」とした。この要注踏切の指定は決して恣意的に行なつたものではなく昭和二七年六月一八日輸保第一〇一号運輸総局長発各鉄道管理局長あての「踏切道の整備について」と題する依命通達を参考とし保安施設を要する踏切の基準(見透し距離、交通量、列車回数等)を考慮に入れ慎重に決定したものである。また本部指令第一七号B、にいう「線路上またはその附近」については前記福岡高裁判決の判示する注意義務の内容を考慮に入れ「線路上またはその附近とは犬走り以内と解釈する」旨明らかにした。右のほか安全運転については本部指令第一七号と全く同様である。

(サ) 昭和三六年一二月二日原告塩田ら四国地本三役は四国支社亀山労働課長、真鍋車務課長と会見し、その席上、地本三役は「筑肥線事故の福岡高裁判決に書かれているところに従つて乗務員の義務を守るためには、現在の設備のままでは安全に運転できない。真に安全な運転方法の基準を示していただきたい」と述べたのに対し、当局は「それは示せない、国鉄九〇年の歴史による経験とかんを生かしてやつてもらいたい」というのみで運転の安全確保については何ら誠意が認められなかつた。そこで原告塩田らが安全運転実施の具体的内容を説明すると、当局側課長らは「自分らとしては何ともいえないが、貴方達としてはやらざるをえないだろうなあ」と述べた。

(シ) 原告大谷、同阿部が昭和三六年一二月四日徳島気動車区長と会見した際、同区長及び首席助役らは「このような事態に至つたことは遺憾に思う。しかし自分らの立場としては組合の気持はわかる。やれともやるなともいえない」と述べ、また原告大谷、同阿部、同高須賀らが同月六日再び同区長と会見した折、原告大谷ら三名は前記各指令の趣旨を説明しかつ踏切、線路附近、気動車前部等の保安設備改善を要求したのに対し、同区長は「自分も機関士の経験があるから福岡高裁の判決が出て組合員が不安な気持を持つのは判る。しかし私の立場もあるのでできるだけゆるめてやつてもらいたい」旨述べた。

(ス) 原告長戸は昭和三六年一二月五日(被告主張の前記第二、(三)3(エ)記載の事実参照)のみならず同月六、七日の両日も午後一時から三時までの間、高知機関区講習室で乗務員を集め(同月六日は七〇名位、同月七日は三〇名位)集会を行なつているが、このような時間内かつ施設内集会に際して同区長ら当局側は何ら異議を述べず解散命令も全くなされなかつた。

(セ) その後原告長戸らが昭和三六年一二月八日高知機関区長、運輸長らと会見した際、同区長、運輸長は「安全運転は十分理解できるので処分を出さぬようあらゆる手段と努力をする」と答えた。

以上のような被告の態度に対し、動力車労組の組合員らが自己及び公衆の生命の安全につき不安を感じて安全設備の強化を要望し、本部指令に従いやむなく結束して本件安全運転をなしたのは寧ろ当然のことである。

3 交渉、協議をつくしたこと

原告らは前記のとおり団体交渉等を通じて踏切保安設備の改善等につき被告当局との間に十分交渉協議をつくしたが、被告の態度に誠意が認められず解決がはかられなかつた。そこでやむなく本件安全運転をなすに至つたのである。

4 他の手段もつくしたこと

原告らは列車運転の安全確保のため、保安設備改善の必要について一般国民に訴えまた国会議員を通じて法律案を提案し関係官庁に対する陳情をするなどの努力をした。

5 手段が相当であつたこと

本件安全運転は必要最小限の行動であつた。別紙列車の遅延状況一覧表をみても判るように各列車の遅延時分は僅か数分に過ぎず、また本件安全運転の根拠はすべて国鉄安全諸規程に則していた。即ち被告はひたすら原告らの行為が迅速正確を欠いたという一面を強調するが、およそ輸送業務の最大の使命は安全である(安全の確保に関する規程昭和二六年六月二八日国鉄総裁達三〇七号安全綱領第一条参照)。安全を無視しいたずらに迅速正確のみを強調する結果は無理なダイヤの設定となり、動力車への投資は行なうが保安設備への投資の放置となり、職員特に乗務員の人間としての体力精神力の限界を無視した「国鉄九〇年のかんとこつ」による過酷な労働強化となり、それが三河島事故をはじめとする多くの国鉄事故の原因となつている。したがつて安全こそは迅速正確以上に国鉄職員特に乗務員にとつて最も重要な義務であり、従来いくたの国鉄交通事故裁判例も一貫してこのことを強調しているところで、前記筑肥線事故における福岡高裁判決も右の道理を宣明したものである。されば国鉄就業規則(昭和二四年一〇月二四日職労九二、運輸総局長依命通達)第五条の二は国鉄職員に対し安全綱領の遵守を義務付け、安全綱領(昭和二六年六月二八日総裁達第三〇七号)はその第一条で「安全は輸送業務の最大の使命である」と、第五条では「疑わしいときは手落なく考えて最も安全と認められるみちを採らなければならない」と規定し、更に安全確保に関する規程(昭和二六年六月二八日総裁達第三〇七号)はその第六、第七、第一六、第一七条においていずれも安全を最重要義務として強調している。また要注踏切の指定も決して恣意的に行なつたものではなく前記輸保第一〇一号を参考として保安施設を必要とする踏切の基準(見透し距離、交通量、列車回数等)を考慮に入れ慎重に決定したものであり、本部指令第一七号Bにいう「線路上又はその附近」の解釈も前記福岡高裁の判示する注意義務の内容を考慮して「線路上またはその附近とは犬走り以内と解釈する」旨決定したのである。かように本件安全運転闘争における原告らの行為は国鉄の安全諸規程、達示及び国鉄交通事故判例の判旨に忠実に従つたものである。

6 本件安全運転による利害得失の考慮

(ア) 列車の遅延については、四国支社管内では平常時で最も順調なときでも列車は全体で一日七〇〇分ないし八〇〇分遅延しており特に年末年始、観光シーズンにあつては一日二、〇〇〇分にのぼるといわれている。このように遅延が平常化していることは四国住民の周知するところで、これはそもそも列車ダイヤ(昭和三六年一〇月改正)そのものが正確に守りえない机上プランであり、そのとおり運用できない無理なものだからである。その原因は列車密度を大にして利益を上げる当局の政策にあり、列車の接続時間を長くとらないため発車は遅れ、更にそれは連鎖反応式に他の列車ダイヤにも影響を及ぼして結局ダイヤは守りえないものになつているのである。かかる見地よりみれば本件安全運転闘争による遅延は決して過大なものではない。

(イ) 本件安全運転の成果として、A.学生等で犬走りや線路上を歩く者が極めて少くなつたなど一般の認識を改め国鉄の安全保持に協力するようになつた。B.本件安全運転実施期間中、これを実施したがゆえに事故を防ぎ人命を救助することができた事例が高知支部土讃線内で一〇件もある。C.被告当局に反省を促すことができた。即ち昭和三六年一二月八日に至り四国支社に三、〇〇〇万円の踏切整備費追加配付があり、本件闘争後不十分ながら踏切整備がなされ、また気動車前頭部バンバー取付の実施は翌三七年三月二日から実施された。D.本件安全運転闘争は昭和三七年の動力車労組の運転保安闘争に引き継がれた結果、昭和三七年一二月一三日被告との間に「運転保安の確保について」の協定が成立し、また同日参議院運輸委員会で「交通事故防止対策確立に関する件」の決議が成立した。E.以上の成果は本件安全運転闘争によつて初めて得られたものであり、動力車労組の組合員とその家族及び一般国民大衆そうしておそらくは国鉄当局にとつても利益をもたらしたものといつてよく、これら成果と比較すれば前記四日間における若干の列車遅延はなお軽微なものというべきである。

7 原告ら九名は組合役員としてその責務を忠実に実行したに過ぎないこと

原告ら九名は地本、支部の三役として中央本部、地本の指令に忠実に従い合法正当な本件安全運転闘争の中でそれぞれの責務を分担し実行したに過ぎない。つまり本件安全運転は下部一般組合員の積極的自発的意思から出発して決定実施されたもので、一般組合員の意思要求と各指令の方向とは一致していたのである。そうして地本指令第一五号は本部指令第一七号の確認でありその範囲を超えていない。本部指令第一七号では「要注踏切の指定については地本または支部できめること」と記載されており、これに基づき地本指令が具体的に決めて指示したに過ぎない。また「線路上またはその附近」の解釈について、本部指令と地本指令との間に差異はなく「犬走り以内」とすることについては中央本部の解釈を記載したに過ぎない。したがつて本件安全運転に参加した者の中から何故原告ら九名にのみその責任を問うのかその理由は到底納得し難い。

(三)  被告が本件懲戒処分の理由とする原告らの行為は懲戒規程第六条第一七号、国鉄法第三一条第一項第一号に該当するものではない。

1 結局被告は「現実の危険がないのに列車の速度を低下」したことを非難するのであるが、動力車労組は要注踏切の通過、犬走り以内での人影等の発見をもつて現実の危険としているのであり、これは高速度交通機関における事実に即した考え方である。

次に被告は「列車が遅延しても回復運転を行なわなかつた」ことを非難する。しかしながら回復運転を行なえば通常の運転より速度が速くなりこれと比例して一旦事故が起つた際の被害も大きくなりかえつて危険度が増すのである。また被告は「国鉄輸送の安全確保は関係職員の協力一致ないし統一した指揮方針の下で実施されなければならない」という。しかし安全を基礎とし第一とする「協力一致、統一した指揮方針」こそが必要なのであつて、安全を無視ないし軽視した「指揮方針」の下での「協力、統一」は却つて甚しく危険度を増すものである。更に被告は「一部の職員からなる労働組合の指令、指示の下に業務が遂行されることはそれ自体危険性をはらみ事故の発生をもたらす要因をなす」と非難するが、動力車労組は国鉄乗務員の九五パーセントの人たちをもつて組織され文字どおり全乗務員の結集体である。これを「一部の」職員の組合というのは正確ではなく、動力車労組は安全運転については最高の技術家の集団としての性格を有しむしろ権威あるものである。また「労働組合の指示指令の下に業務が遂行される」というも、本件安全運転はいわゆる業務管理、運転管理闘争などとは異なり当局の労働力支配から完全に離脱する性質の行為ではない。

以上要するに原告らが本件安全運転闘争をなすに当つてはその動機目的が正当であること、被告との間に交渉協議等をつくしたこと、他にとるべき手段をつくしたこと、手段が相当であつたこと、安全運転による利害得失の比較考量、原告ら九名は組合役員としてその責務を忠実に実行したに過ぎないこと等前記諸般の事情を総合的に考慮するとき、原告らの行為は踏切道の安全設備、その他運転事故の防止、運転の安全確保、乗務員及び公衆の人命財産の保護のためやむなくなされたものであり、かつ国鉄の安全諸規程、達示及び国鉄交通事故判例の判旨に従つて行なわれたものであつて、これを目して懲戒規程第六条第一七号にいう「著しく不都合な行為」となすことは全く失当であり、したがつて国鉄法第三一条第一項第一号に該当するものではない。

2 被告は本件安全運転に関する前記本部指令並びに原告らの地本指令の発出及びその実施は列車の正常な運行を阻害するから公労法第一七条の禁止する行為である旨主張する。しかし公労法の右法条は憲法第二八条に違反するものであるから無効である。そうである以上仮に原告らにおいて順法闘争(安全運転)を指令したとか、その実施計画に参画したとか、その実施を細部にわたり指示したとかいう事実があつたとしても何ら法によつて禁止されていない正当な組合活動をなしたものといわねばならず、懲戒規程第六条第一七号にいう「著しく不都合な行為」に該当しない。

3 公労法第一七条第一項が違憲でないとしても、本件安全運転闘争は公労法第一七条第一項にいうところの「業務の正常な運営を阻害する一切の行為」に当らない。けだし同条にいう「正常な」とは「通常の」という意味ではなく「適法な」という意味に解すべきだからである。法に違反した違法な業務運営がいかに「通常」行なわれていてもそれは「正常な」ものに転化することはありえず、さような違法な業務運営は法の保護に値しない。違法な業務の運営を排除するために行なう行為は「正常な業務の運営を阻害する」ものではなく却つて逆に「正常な業務の運営」を実現するものであり、かかる行為は同法第一七条第一項において禁止されたものということはできない。それゆえ前記原告ら主張の如き目的及び輸送の安全に関する国鉄の規程達示並びに国鉄交通事故判例の判旨に忠実に従つてなされた本件安全運転闘争はまさに右の意味において同法第一七条第一項に該当しない。

更に本件安全運転闘争は下部一般職員たる組合員の積極的自発的意思から出発して決定実施されたものである。即ち動力車労組中央本部や四国地本で本件安全運転を決定指令する前から、既に高知、徳島各支部の一般職員の間に組合として安全運転を行なうべきだという意思、要求が徹底していたのである。原告ら支部、地本の執行部役員はこれを正確に中央本部に反映したに過ぎず、一般組合員の意思、要求と前記各指令、指示の方向は一致していたのである。

したがつて原告らが一般組合員をその意に反してあおりそそのかしたようなことは全くない。

4 原告ら組合幹部の防止義務について、まず被告は四国地本以外の地方本部では安全運転の積極的行動が現われなかつたと主張するが、他の地方本部でも指令に基づく行動は行なわれた。またそこにいう「積極的な」とは本部指令よりも上回つたより強力な行動という意味だとすれば、四国地本の行動は前記原告ら主張の第三(二)2及び7に記載の如く本部指令そのものを実践したに過ぎず「積極的」とはいえない。また若し「積極的」とは本部指令どおり指令を消化したという意味であるならば四国地本の行動は「積極的」であるといえるかもしれないが、そもそも労働組合の下部機関、組合員が上部機関の指令に忠実に従うことは当然の義務であり、動力車労組の規約もこれを明定している。労働組合においては本部指令を守ることこそが正常なのであつて守らないのは不正常なのであり、したがつて仮りに一部に本部指令を守らない地方本部があつたからといつて守つたものを非難できるわけのものではない。また被告は徳島、高知の二支部のみが積極的な行動をとり他の支部では積極的行動はみられなかつたと主張するが、他の支部も地本指令に従つて行動したのであり、徳島、高知二支部の行動は本部指令及び地本指令の範囲内においてその指令に忠実に従つたもので、これを非難しえない所以は前記四国地本の場合と同一である。

次に被告は原告ら組合幹部には違法な積極的行動を阻止すべき義務があり、あるいはその役職を辞任すべきであつたと主張するが、動力車労組本部をはじめ原告らを含む全組合員は本件安全運転を正当合法なものと確信して行動したのである。更に原告ら組合幹部は組合員に率先して機関の指令を忠実に守る責務があり、原告らに本件安全運転を阻止することあるいはその役職を辞することを期待するのは不可能であるばかりでなく、被告の幹部責任論は組合の指令に従うことを妨害し組合の団結が乱れることを期待する思想に立つもので正に労働組合の団結を無視し否認する思想である。そのような考え方は憲法第二八条に照らし採ることは許されない。

第四、原告らの主張に対する被告の反ばく

1  第三(二)1の事実中、四国地本がその目的達成のため活動してきたとの事実は不知、その余の事実は認める。

2  第三(二)2(ア)の事実中、四国支社管内の昭和三〇年ないし同三七年における気動車の増加数、気動車は各車輛毎にエンジンが設備されていること、単車運転が可能であることは認めるがその余の事実は否認する。気動車はその機動性と動力の強大なことや無煙化による快適な旅行などの点で蒸気列車に優るものがあるため、動力の近代化という観点から列車の気動車化を実施したもので、この気動車化が直ちに蒸気列車に比しスピードアツプないしは列車密度の増大をきたすようなことはない。寧ろスピードアツプと列車密度の増大は他の要因から生ずるものであつて動力の種類如何にかかわるものではない。

3  第三(二)2(イ)の事実中昭和三六年度の踏切事故件数及び踏切事故による死傷者数が前年よりそれぞれ増加していること、国鉄全体の昭和三六年度踏切改善費が二五億円であること、国鉄には九支社二七鉄道管理局があることは認めるがその余の事実は否認する。国鉄事故原因は各事故の要因となる内容を検討したうえ決定せらるべきもので、原告ら主張の如く単に昭和三五年における気動車の増加をもつてその原因と推認することはできない。寧ろ踏切事故の重大な要因は蒸気列車の気動車化にあるのではなく、列車密度と踏切交通量との相関関係にあると考えられる。踏切交通量の増加に伴い踏切事故も増大する傾向はいなみ難いが、四国支社管内における昭和三四年度以降における踏切事故件数等は次のとおりであり必ずしも激増したものという程ではない。

年度     踏切事故件数 踏切事故による死傷者数

昭和三四年度    一五八         一二八

同 三五年度    一五四         一二五

同 三六年度    一八七         一五六

更に国鉄予算の執行は特に法律上の義務の存する場合のほかは企業運営上の高度の政策論として議せられ決定されるものであつて、原告らが主張するように単に気動車三輛分の予算に相当するものを警報機設備工事に振り向けないからといつて安全を犠牲にしているとはいえない。

4  第三(二)2(ウ)の事実中、昭和三六年四月ごろから交通需要の増加による列車の増発に伴い四国地本より四国支社に対し要員増加、気動車前頭部の補強、踏切の改善等の要求がなされたこと、これらの要求に対し右両当事者間に屡々団体交渉が行なわれたこと、昭和三六年二月の交渉において佐長列車課長補佐が四国支社では踏切対策五ケ年計画として第四種踏切六四箇所を第三種踏切にする旨明らかにしたこと、昭和三六年度において本件闘争時までに第四種踏切を第三種踏切に改良したのは一一箇所であることは認めるがその余の事実は否認する。被告は運転の安全確保のため保安設備については常に重大な関心をもち、四国地本が要求事項の一に掲げた踏切の改善についても昭和三一年国鉄本社に踏切対策委員会を設けて踏切整備計画を樹立しこの計画に基づいて着々踏切の整備を実施してきた。特に昭和三六年には二〇〇億円の予算を計上して踏切整備五ケ年計画を樹立し、同年四月からこれが実施の運びとなり四国支社管内においては次のとおり資金を投入して踏切道の立体交差化、踏切警報機等の新設改良を行ない、被告としては予算の制約を受けながらも十分な投資をなし現在も踏切整備五ケ年計画に従つて投資を続行している。

昭和三三年度 二、五六二万円

同 三四年度 七、二七四万円

同 三五年度 三、九六四万円

同 三六年度 九、九四三万円

なお昭和三六年度は踏切五ケ年計画の初年度であるが、本件闘争当時までに四国支社管内において一一箇所の踏切を改良したことは決して僅少ではなく同年度の年度末までに右のほか一一箇所を改良し合計二二箇所の四種踏切を三種踏切に改良している。そのうえ踏切の整備計画は四種踏切を三種踏切にすることだけがその内容ではなく踏切道の拡張等も含まれている。踏切道の拡張工事は踏切の幅員がそれに接続する道路の幅員に適合するように踏切を拡張する工事であつて通行車輛等の停滞ないし車輪の落込み等による踏切事故の危険を防ぐなど踏切における車輛等の通行条件を良好にするものである。したがつて踏切整備投資額中に踏切道拡張の費用を含めるべきでない旨の原告らの主張は失当である。

5  第三(二)2(エ)の事実中、昭和三六年九月二七日原告主張の如き協定・了解が成立したこと、右協定・了解の成立後バンバーの取付時期が遅れていたこと、同年一〇月二四日原告主張の如き事故のあつたことは認めるがその余の事実は否認する。なおバンバーの取付についてはその形状、取付方法等を検討して製作しなければならないので取付までには相当の期間を必要としたことはやむをえないことである。

6  第三(二)2(オ)の事実中、昭和三六年一一月一七日福岡高裁が国鉄機関士辰野敏治にかかる業務上過失傷害事件につき控訴棄却の判決を言渡したこと、右事件の概要及び判旨が右判決の判決書記載のとおりであることは認めるがその余の事実は不知。

7  第三(二)2(カ)の事実中、動力車労組中央執行委員会が闘争方針を決定したこと、昭和三六年一一月二〇日原告ら主張の如き内容の本部指令第一六号が発せられたこと、右指令はそのころ原告塩田に到達したことは認めるがその闘争方針の内容は否認する。

8  第三(二)2(キ)の事実中、踏切等の事故防止について原告主張の如き内容の申入れがなされたことは認めるがその余の事実は否認する。被告としては右申入れに対し組合側と交渉するに先立ち関係局課の間で十分な検討を加え、昭和三六年一二月四日組合側と三時間余にわたつて交渉し申入れの各項目につき誠意をもつて話合いを行なつた。即ち踏切整備の項目については踏切整備五ケ年計画を立て約二〇〇億円の投資により三四〇箇所の立体交差化、踏切警報機の設置、警報時分の適正化等に努力し、その初年度である昭和三六年度は約二五億円で七六件の立体交差化、一八億円で東海道・山陽線並びに大都市周辺の踏切整備を行なうと共に踏切の整理統合を図りたいこと、車輛の前頭部補強の項目については前部鉄板を最大限まで厚くしており、またガラスの取替えや運転台の高度化も実施中であるなど具体的に説明し、刑事事件の項目については刑事責任は当局が負いたくても負えない旨及び人命尊重は至上命令であるが列車ダイヤ確保の公共的使命も軽んぜらるべきものではないので、運転の際の危険防止は具体的事案について判断すべきで一般的画一的に律することは困難である旨、なお前記福岡高裁の判決については当局としても鉄道における運行確保という公共的使命の観点から納得のゆかない点があるから本人の上告についてはこれを支援する所存であることなど誠意をもつて話合いを行ない、なお刑事事件についての話合いの内容について被告は管下の各支社長及び各鉄道管理局長に通達した。

9  第三(二)2(ク)の事実中、昭和三六年一一月二七日四国地本執行委員会が開かれて本部指令第一六号の実施を確認したこと、右執行委員会において原告主張の如き内容の決議がなされたこと、同日午後原告塩田らが四国支社長ら当局側と会見したことは認めるがその余の事実は否認する。原告主張の右会見は四国支社長水野正元就任後における四国地本との儀礼的な初会見として行なわれたもので、支社長の就任挨拶、原告塩田が組合役員を紹介した後、相互の意見交換がなされ組合側から検修方式の変更に関する事前協議、列車の保安・踏切設備の強化、列車増発に伴う要員の確保、昭和三六年度年末手当、昭和三七年一月期昇給等五項目について意見の開陳があり、これに対し支社長から各項目について意見を述べ特に列車の保安・踏切設備の強化に関する原告らの意見に対しては支社長から「本年度国鉄全体の踏切改善費二五億円のうち、四国支社へ交付されたのは三、〇〇〇万円で全体からの割合でみると少ないがこれはまず主要幹線を優先させたからである。しかし四国の現状を本社に開陳した結果更に三、〇〇〇万円の追加配付が決定した。筑肥線事故の判決については機関士本人は最高裁までもつて行くものと思われる。最近裁判所方面も国鉄の仕事に対する認識を深めているが、もつと十分に認識される方法を講ずる必要がある」旨の意見を述べ、約一時間程度で会見は終了し内容的に深く立ち入つた労使間の交渉といつたものではなかつた。

10  第三(二)2(ケ)の事実は認める。ただし本部指令第一七号の内容は安全運転の闘いを具体的に指示しただけのものではない。

11  第三(二)2(コ)の事実中、要注踏切の特定は恣意的に行なつたものではなく輸保第一〇一号「踏切道の整備について」と題する依命通達を参考とし保安施設を要する踏切の基準を考慮に入れ慎重に決定したとの事実は否認し、その余の事実は認める。

12  第三(二)2(サ)の事実中、昭和三六年一二月二日原告塩田ら四国地本三役が四国支社労働課長らと会見したことは認めるが、その余の事実は否認する。右会見の内容は原告らからA.予備勤務者の勤務時間は一五日間平均して五時間三〇分を超過しないようにされたい。若し超えれば摘発する。B.労働基準法第三六条協定破棄中における増務は十分監視する。C.国鉄法第三三条の適用解釈について過去には「事故」の拡大解釈がなされている点があるが容認できない。等の申入れがあつたが、労働課長らは予備勤務者の勤務時間については四週間平均ですることになつていること、労働基準法第三六条協定破棄中の問題については当局としても増務させるようなことはしない、国鉄法第三三条の問題については従前どおり「事故」の拡大解釈をしているとは考えていない旨を回答し、更に踏切事故防止については四国支社としても本年度踏切保安設備改善費が当初予算三、〇〇〇万円であつたのを更に三、〇〇〇万円本社に追加要求を行ない承認されているし、また部外に対する理解や協力についても努力している。組合側は筑肥線事故の判決を決定的なもののようにいわれるが組合側でもやむをえないものとは思つていないだろうし、当局としても問題のところもあるので最高裁の判決が出るまではどうなるかわからない。これに対する一般への理解を求める方法は他にもある筈でそれを国鉄内に持ち込んで年末闘争の一環として順法闘争を行なうことは了解できない旨説明したのであつて労働課長らは誠意をもつて応対した。

13  第三(二)2(シ)の事実中、昭和三六年一二月四日及び同月六日徳島気動車区長が原告大谷らと会見したことは認めるがその余の事実は否認する。

14  第三(二)2(ス)の事実中、時間内集会であつたことは否認するが、その余の事実は認める。昭和三六年一二月五日午後行なわれた集会に参加したのは勤務時間外及び休憩時間中の乗務員その他の職員であり、集会自体は高知機関区の正常な業務の運営に支障を及ぼすおそれがなかつたので同区長らはあえて右集会を禁止したり解散命令を出さなかつたに過ぎない。

15  第三(二)2(セ)の事実中、昭和三六年一二月八日原告長戸らが高知機関区長、高知駐在運輸長らと会見したことは認めるがその余の事実は否認する。右会見に至る経過及びその内容については、同月七日午後一〇時ごろ原告堀川より右区長に対し安全運転闘争の集約につき話し合いたい旨の申入れがあり、同区長らは区長室で原告長戸ら高知支部三役と話合いを行なつた。その結果原告長戸らは指定踏切の速度制限については指定を解除する、回復運転はできるだけ行なう、線路に通行人らが居り危険と認められる場合の急停車若しくは徐行については乗務員の判断に任すことにより安全運転闘争を集約したい、ただし明八日四国地本から原告清家が来ることになつているので最終的には明朝に決定したい旨の申出があつた。翌八日の会見は同日午前六時ごろより行なわれ、その際原告長戸は四国地本の書記長である原告清家にも昨夜の申出事項は了解してもらつたから今回の安全運転による処分問題については個人の責任を追及しないよう努力されたい、また組合役員も本部指令に基づき行なつたもので、列車の安全運転を図るための自衛上の問題でもあるので処分される理由はない旨を述べた。原告清家は処分については個人の責任追及をしないよう努力されたい、努力できなければ配慮するという字句ではどうかなどと迫つたが、右区長らは処分の問題については権限がないのでどうなるかわからない。支社からの指示によるほかはないと考える旨述べたのである。

16  第三(二)3の事実は否認する。

17  第三(二)4の事実は否認する。

18  第三(二)5の事実は否認する。昭和二七年六月一八日附輸保第一〇一号は被告の踏切保安施設設置についての標準であるが、右標準は被告の総裁がその下部機関である鉄道管理局長にあてた通達で職員との間に拘束力を有するものではなく、その内容は当該踏切の換算交通量、見透し距離、列車回数の相関関係をもつて踏切保安施設を設置する標準としているものであつて、原告らが本件安全運転闘争において要注踏切の選定基準とした「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」「時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切」「交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)な踏切」「その他特に危険と思われる踏切」をもつて踏切保安施設を設置する標準としているものでないことは明白である。また本件安全運転闘争により大幅に列車が遅延し列車運行の組織的系統が混乱したことはかえつてそれだけ危険度が増大したわけで、かような本件闘争を目して国鉄安全諸法規に適合する行為であるとの原告らの主張は全く失当である。更に原告らが本件安全運転闘争の契機と自認している筑肥線事故に関する福岡高裁判決の要旨は、要するに列車運転者は危険に対する理解と自己防衛の能力がないと認められる二歳程度の幼児をその進路附近に発見した場合は直ちに急停車するかまたは何時でも急停車をなしうる程度に速力を低下徐行し危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるということであり、列車運転者はその発見位置、年齢、挙動等の如何に拘らず総ての者に対して警笛を吹鳴して注意を与えるのみでは足りず急停車または何時でも停車できる程度に減速徐行する義務ありなどと判示するものではない。したがつて右筑肥線事故の判旨をもつて本件安全運転闘争の内容が国鉄交通事故判例の判旨に忠実に従つたものであるとはいえない。

19  第三(二)6(ア)の事実中、列車の遅延時分は認めるがその余の事実は否認する。原告らは四国支社管内において一日七〇〇分ないし八〇〇分の列車遅延は平常化しており本件闘争による遅延は決して過大なものではないと主張する。しかし本件闘争当時四国支社管内における定期の列車総本数は六九九本であるから平常の遅延時分は一列車当り一分程度であり、その程度の遅延は広範囲を運転し予期せざる種々の障害の発生によりやむなく生ずるものであつてダイヤ改正により防止できるものではない。しかして本件安全運転の期間内における四国支社管内の列車遅延時分は一二月五日は一、七四九分、同月六日は四、二九七分、同月七日は六、六一二分、同月八日は四、一六四分にのぼり平日に比し膨大な遅延を生じた。右闘争期間内においては年末年始、観光シーズン等の如き多数の旅客が一時に集中するような状態ではなく、また特に列車ダイヤが大幅に乱れる程の大きな事故はなかつたのであるから前記膨大な列車遅延はひとえに原告らの安全運転闘争の影響によると推察せられるのであるが、被告は原告らに対し本件懲戒処分を行なうに当つては慎重に事実を調査し本件安全運転闘争によることが明白且つ確実なもののみを処分理由の遅延時分として主張するものである。

20  第三(二)6(イ)の事実は否認する。

21  第三(二)7の事実は否認する。地本指令第一五号は要注踏切の選定基準の設定、「線路上またはその附近」の解釈において本部指令より積極的な内容のものである。即ち本部指令第一七号では要注踏切の基準について「交通頻繁な踏切で要注踏切通過の場合は」としてその範囲を設定しているが、地本指令第一五号では本部指令の「交通頻繁な踏切道で要注踏切」という基準から離れ、前記の如く「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」「時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切」「その他特に危険と思われる踏切(支部で決定すること)」という基準を独自に設定し、また右本部指令にいう「交通頻繁な踏切道で要注踏切」の解釈を画一的に「交通量換算八、〇〇〇人」としてその基準を特定している。かように原告塩田、同高須賀、同清家ら四国地本三役は要注踏切の選定について本部指令第一七号に比しより積極的内容のある地本指令第一五号を発したものである。

22  第三(三)1について、原告らは本件安全運転闘争の目的は踏切道の安全設備、その他運転事故の防止、運転の安全確保、乗務員及び公衆の人命財産の保護を目的としたもので、やむなくなされたと主張するが、これらの事項については被告も常に関心をもちできるだけの措置を講じていることは前記のとおりであり、また踏切道の整備には莫大な資金を必要としかつ短期間に整備できるものでないことは原告らも被告との交渉その他により十分了知しているところである。そうして筑肥線事故の福岡高裁判決を契機に原告らが本件安全運転を実施したことは、その目的が原告らの主張するところ以外のところにあつたものとみるほかはない。即ち原告らは年末手当、昇給一〇〇パーセント獲得、検修合理化反対等の被告に対する要求を実効あらしめるための手段として、前記福岡高裁が言渡した有罪判決を機会にあたかも現実の危険に対する安全運転をなすかの如くみせかけて真実は右目的を貫徹するため被告の列車の正常な運行を阻害したものである。このことは動力車労組四国地本の三役である原告塩田、同高須賀、同清家らが本件安全運転闘争の実施細目を決定しその実施を指示指令するに当り、昭和三六年一二月二日附で四国地本傘下の各支部及び組合に配布した文書において「年末手当、昇給一〇〇パーセント獲得、検修合理化反対の闘いは前進がない実態である。我々はただ単なる交渉のみによつては前進はありえない、あくまでも全組織をあげて実力をもつて闘うことのみによつて解決できるものである」との趣旨を宣明していること、また本件闘争終了直後の同月一一日附で四国地本がその傘下各支部及び組合に配布した文書によれば「安全運転成功する、列車遅延一八、〇〇〇分」と標記し本件安全運転闘争により発生した列車遅延をもつて本件闘争の成功と評価していること、更に年末手当の交渉が妥結したのは同月八日未明であるが、その当日午後に至り原告らは本件安全運転闘争について戦術転換を図り本件闘争を集約していることなどからして原告らの本件闘争の目的が奈辺にあるか極めて明白である。

23  第三(三)3について、公労法第一七条第一項にいう「正常な業務の運営」の阻害とは必ずしも厳格な法律形式的意味において「適法な業務の運営」の阻害と解すべきではなく、労使関係における慣行的事実をも考慮にいれて慣行的に期待されている通常の業務の運営を阻害するような労働者の組織的活動をも含むものと解すべきである。また仮に本件安全運転闘争が動力車労組の下部一般組合員の意思に基づくものとしても、右闘争は原告らが共謀しかつ指令指示等をなすことによつて実施されるに至つたものであり、更に原告ら組合幹部は右闘争の如き違法行為を防止する義務があるのに何ら阻止しなかつたのであるから、右は公労法第一七条第一項に該当するものである。

24  第三(三)4について、原告らは労働組合の下部機関、組合員が上部機関の指令指示に従うことは当然であり動力車労組の規約もこれを明定するところであると主張するが、本件安全運転闘争の指令指示等のように違法なものはたとえ下部機関、組合員といえども従う義務のないことは当然である。また原告らは本件安全運転は合法なものと確信していたと主張するが、右闘争の実施が公労法第一七条第一項に違反することは一見明瞭でありかつ被告当局の管理者が右闘争は違法である旨屡々原告らに警告していたのであるから原告らの主張は理由がない。なお原告らが独自の判断により違法な行為を合法と確信したからといつて右公労法違反の行為が合法なものとなるものでないことは多言を要しない。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

(懲戒停職処分無効確認の訴の適否)

一、被告は日本国有鉄道法(以下単に国鉄法という)に基づいて設立せられた鉄道事業等を経営する公共企業体であり、原告ら九名は昭和三六年当時いずれも被告日本国有鉄道(以下単に国鉄という)に職員として雇傭され且つ被告の職員をもつて組織する国鉄動力車労働組合(以下単に動力車労組という)の組合員であること、被告は原告ら九名を、昭和三七年四月二八日付で、原告らが請求原因(三)1ないし9記載の行為(これを以下単に本件安全運転斗争という)をなしたとの理由により国鉄法第三一条第一項第一号を適用して請求の趣旨記載の如き各懲戒停職処分に付したことは当事者間に争いがない。

二、原告らは本訴において本件懲戒停職処分の無効確認を求めるのでまず訴の適否について判断するに、原告高須賀治本人尋問(第二回)の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二五号証、成立に争いのない甲第二六、二七号証と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一、二回)同清家和俊の各本人尋問の結果によると、原告らの賃金は、国鉄職員賃金規程第二三九条の定めるところにより停職期間中は基本給の三分の一しか支払われず且つ扶養手当及び暫定手当は全く支払われない(もつとも停職期間中も引続いて専従職員であつた原告塩田、同高須賀、同清家については公共企業体等労働関係法第七条、前記賃金規程第二四〇条によりいかなる賃金も支払われないのでかような意味の損害はない)。のみならず前記賃金規程第四〇条、昇給に関する協定の定めにより国鉄職員の昇給は毎年一月一日及び七月一日に実施せられるが、現に停職中の者又は停職処分を受けた者は当該昇給期には昇給できないことになつているので、原告らはいずれも昇給延伸の結果退職するに至るまで昇給間差額だけ絶えず不利益を蒙るほか、国鉄職員退職手当規程第一二条ないし第一四条の規定により国鉄職員の退職手当の額は退職時におけるその者の俸給月額が算定基準の一とされており、また同規程第一六条によると国鉄法第三一条の規定による停職が一以上あつたときはその月数の二分の一に相当する月数を在職期間から除算されるが、在職期間は退職手当算定の基準となるものであり、更に退職後に支給を受ける国鉄共済年金についても退職時の俸給月額が算定の基礎とされているので、退職時における退職手当及び退職後の国鉄共済年金の点でも不利益な取扱いを受けることになる(専従職員であつた原告清家は昭和三八年八月専従を解かれているので、また現在もなお専従職員である原告塩田、同高須賀については専従中は賃金等を支払われないが、何時にても非専従職員となつて職場復帰が可能であり且ついずれは退職することが確実なのであるから、本件停職処分を受けたためになされる昇給延伸によつてかような意味での財産上の損害を蒙るものと解される)。このように原告らは、単に停職期間中だけでなくその後現在に至るまで絶えず賃金その他これを基準に算定し支給せられる各種の財産上の利益を喪失し、更に将来にわたり右認定の如き各種の財産上の利益を喪失する蓋然性が極めて高いことが認められる。

ところで確認の訴は現在の具体的な法律関係の存否を対象とするものに限り許されるところ、懲戒停職処分自体は法律関係の発生、変更消滅の前提となる法律事実に過ぎず法律関係そのものではない。弁論の全趣旨によれば本件訴の趣旨は本件懲戒停職処分に基づく法律関係の存否の確認を求めるものと解すべきものであつて、かように解するときは、本件懲戒停職処分に基づき原告らの被告に対する賃金請求権、退職手当請求権その他前記認定の法律関係について原告らの法律上の地位の不安定が存在し、これを除去するため本件懲戒停職処分に基づく法律関係の存否につき確認判決を得ることが原告らにとつて有効適切な手段と認められる。したがつて本件訴を右の如き趣旨のものと解するとき、訴の利益が肯定せられ本件訴は適法なものと考えられる。なお原告塩田嘉吉本人尋問の結果によると、原告塩田については昭和四〇年三月一七日実施の全国統一闘争における新庄地区指導責任者として、同年四月二〇日付で公共企業体等労働関係法(以下単に公労法という)第一八条により解雇せられたが、同原告は右解雇の効力を争い同年八月東京地方裁判所に対し雇傭関係の存続確認を求める訴を提起し、右訴は現に同裁判所に係属中であることが認められるので未だ雇傭関係が終局的に消滅したとはいえないから原告塩田についても他の原告らと同様に訴の利益があると解すべきである。

(本案について)

第一、本件懲戒停職処分の法的性格

先ず被告と原告らとの雇傭関係の法的性質について検討するに、被告は従前純然たる国家行政機関によつて運営せられてきた国有鉄道事業を国から引き継ぎこれを能率的に運営発展せしめもつて公共の福祉の増進に寄与する目的をもつて設立された公法上の法人であることは国鉄法第一、第二条の規定に照らして明らかである。しかしながら事業主体が公法的組織形態をそなえているとか事業活動が公益性を有するということは事業主体とその職員との雇傭関係が直ちに公法関係であるということに結び付くものではない。雇傭関係の性質は実定法がどのように規律しているかによつて判断されるべきである。

そこでまず、憲法第一五条第二項にいう「全体の奉仕者としての公務員」に被告の職員が含まれるとしても、「全体の奉仕者」とは国民全体の利益に仕える者であつて特定の政党その他一部の国民の利益に仕える者ではないことを意味し、そのことから直ちに被告と職員との雇傭関係が公法関係であるとの結論を導きうるものではない。また同条項は国民主権の理念のもとにおける公務員の本質を宣言したもので、被告と職員との雇傭関係について直接規定したものとは解されない。

次に国鉄法、公労法の規定をみるに、職員の任免の基準、給与、分限、懲戒、職務専念義務などにつき国家公務員に関するものと類似の規定(国鉄法第二七条ないし第三二条)が設けられているが、他方国鉄の一般職員は賃金その他の給与、労働時間等に関する事項、昇職、降職、免職、懲戒の基準に関する事項、そのほか労働条件に関する事項について被告と対等の立場に立つて団体交渉によりその内容を自由に交渉、協定しうる地位が保障せられており(公労法第八条)、また被告と職員との間に発生した紛争を解決するために調停、仲裁の制度が設けられている(公労法第二七条ないし第三五条)。更に国鉄法に定める職員の身分、服務等に関する規定と性質上同一のものは一般私企業における就業規則等にしばしば見受けられる。かように国鉄法と公労法という実定法の規定を総合して考察すると、被告と職員との雇傭関係の性質は一般私企業の従業員と全く同一とはいえないにしても、支配服従の権力関係にある公法関係とは到底認め難く、寧ろ対等当事者間の関係である私法関係として規律されているものと解するのが相当である。

ところで、被告が行なう事業の高度の公共性のゆえに、事業の運営、財産の管理面などにおいて私法の適用を認めることが公益目的の達成に支障を来たすところから、特別の定めの存する限度で私法の適用が排除されるいわゆる公法上の管理関係に該当する場合がある。しかしこのことは被告と職員との雇傭関係が基本的に私法関係であるということと相容れないものではない。更に公務員等の懲戒免除等に関する法律(昭和二七年法律第一一七号)第二条及び日本国との平和条約の効力発生に伴う国家公務員等の懲戒免除に関する政令(昭和二七年政令第一三〇号)第一条において、昭和二七年四月二八日以前の事由に基づく被告職員の懲戒の免除については政府がこれを行なう旨規定しているのは被告の職員の大部分が国鉄法施行の際国家公務員から移行したことに鑑み、また国鉄法第三一条が懲戒権者を被告自身とせず被告の総裁としたのは懲戒処分の重大性に鑑み、それぞれ法律が特に認めた制度と考えることができ、これらのことも被告と職員の雇傭関係を私法関係とみることに矛盾するものではない。

要するに、被告と職員との雇傭関係は一般的に私法関係と考えるのが相当であり、国鉄法第三一条に基づいてなされた本件懲戒停職処分も公法上の処分とはいえない。それゆえ、「右処分は公法上の処分であり、したがつて重大且つ明白な瑕疵なき限り処分の当然無効ということはありえないから本件懲戒停職処分の無効確認を求める原告らの請求は理由がない」とする被告の主張は採用することができない。

第二、本件安全運転闘争に至る経緯

一、動力車労組の組織及び運営等

1 まず動力車労組の組織及び運営等の大要についてみるに、原告らの加入する動力車労組は昭和二六年設立された法人たる労働組合であり国鉄の動力車に関係ある職務に従事する職員で組織されていること、動力車労組は組合員の労働条件の維持改善及び経済的社会的地位の向上等を目的とし、組合結成以来労働条件の維持改善の重要な一環として組合員特に乗務員の生命に関係する運転の安全には深い関心をもち、安全確保のため国鉄当局に種々の要求をなすなどの努力を重ねてきたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証の一及び証人福本増太郎、同土田寅三郎の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果によると、動力車労組は本件安全運転闘争当時約五万五、〇〇〇人の組合員を擁し国鉄乗務員の約九割五分が所属する乗務員を主体とした労働組合であること、その組織は本部(東京都)、地方本部(各鉄道管理局及びこれに準ずる範囲毎に設けられる。以下単に地本と略称する)、支部(機関区、気動車区その他動力車に関係ある業務機関毎に設けられる)のほか、全国を六ブロツクに分かち支社相当地域内にある各地本間の統制及び連絡調整を行なう協議機関としての地方評議会(但し四国地本は関西地方評議会に属する)、職種毎にそれぞれの専門事項について諮問に応え意見を具申する機関としての職種別分科会などから成り立つていること、組合の機関については、中央機関として組合の最高決議機関たる大会、大会に次ぐ決議機関である中央委員会及び執行機関たる中央執行委員会が置かれ、中央執行委員会は大会と中央委員会の決議を執行し緊急事項を処理するほか大会又は中央委員会の決議の範囲内で闘争手段を決定し、中央執行委員長が組合指令をもつて組合員に指令することになつていること、各地本、支部にはそれぞれ議決機関、執行機関が設けられているが、動力車労組は単一組織の労働組合なので上部機関の発出する指令、指示は下部の各級機関や組合員を拘束し、また地本や支部の運動方針の基本的方向は各地域における特殊性に応じたものが附加されることのあるほかは中央のそれと同一であることが認められる。

2 本件安全運転闘争当時の動力車労組四国地方本部(以下単に四国地本という)の組織及び運営については、成立に争いのない甲第一号証の二及び原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果によると、四国地本は国鉄四国支社管内の動力車に関係ある職員で組織され、当時組合員数は約一、三五〇名であつて組合員の職種は機関士、機関助士、気動車運転士、整備掛、検査掛等多種にわたつていたが、そのうち機関士などいわゆる乗務員は一、一〇〇名を占め組合員の大半は動力車乗務員であつたこと、四国地本は組織として支部、職種別分科会青年部をもち、機関としては議決機関である地本大会と地本委員会及び執行機関である地本執行委員会を設け、地本執行委員会は地本役員(会計監査員を除く)で構成せられ大会と地本委員会の決議事項を執行し又は緊急事項を処理すると共に、大会又は地本委員会の決議の範囲内で闘争手段を決定し地本執行委員長が地本指令をもつて組合員に指令することになつており、すべての決議執行と緊急事項の処理については大会及び地本委員会に責任を負うこと、地本役員は執行委員長、副執行委員長、書記長各一名と六名の執行委員、三名の会計監査員で構成されること、四国地本の綱領、運動方針は本部(中央本部とも称する)と同一の基盤に立ち、国鉄の近代化、合理化に必ずしも反対するものではないが、労働条件の低下など動力車乗務員らの犠牲において行なわれる国鉄の近代化、合理化には反対するとの方針であつたことが認められる。

そうして昭和三六年七月一〇日、一一日の両日、愛媛県松山市愛媛会館で開催された四国地本第一一回大会において四国地本の役員選出が行なわれ、原告塩田は四国地本を代表する執行委員長に、原告高須賀は執行委員長をたすけ又は代理する副執行委員長に、原告清家は執行委員長をたすけ会計業務を掌る書記長にそれぞれ選任せられ、四国地本三役として枢要の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

3 本件安全運転闘争当時の動力車労組四国地本徳島支部(以下単に徳島支部という)の組織及び運営については、成立に争いのない甲第一号証の三及び原告大谷秀夫本人尋問の結果によると、当時徳島支部は国鉄四国支社徳島気動車区所属の乗務員一四八名を含む一八〇名の組合員で組織せられ、機関としては議決機関である大会と委員会及び執行機関である執行委員会を置き、執行委員会は支部役員(会計監査員を除く)で構成し大会と委員会の決議事項を執行するほか緊急事項を処理し、総て大会と委員会に責任を負うことになつていたこと、支部役員は執行委員長、副執行委員長、書記長各一名と執行委員二名、会計監査員二名で構成されること、昭和三六年度の支部大会は同年九月一五日ごろ開かれ、右大会において安全設備の改善を要求する運動方針が承認されたことが認められる。

そうして昭和三六年六月六日ごろ、徳島気動車区内の徳島支部組合事務所で開催された同支部委員会において、原告大谷は同支部の執行委員長に、原告遠藤は副執行委員長に、原告阿部は書記長にそれぞれ選任せられ徳島支部の三役として枢要の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

4 本件安全運転闘争当時の動力車労組四国地本高知支部(以下単に高知支部という)の組織及び運営については、成立に争いのない甲第一号証の四及び原告堀川勇喜本人尋問の結果によると、当時高知支部は国鉄四国支社高知機関区所属の乗務員一七〇名を含む二四〇名の組合員で組織せられ、機関区関係職員の特殊な立場から民主主義の基盤に立脚し、自主的に労働条件の維持改善その他経済的社会的地位の向上を図ることを主たる目的としていたこと、機関としては議決機関である大会、委員会と執行機関である執行委員会を設け、執行委員会は支部役員(会計監査員を除く)で構成せられ、毎月一回以上執行委員長が招集し大会と委員会の決議事項を執行すると共に緊急事項を処理し、総て大会と委員会に責任を負うことになつていたこと、支部役員は執行委員長、副執行委員長、書記長各一名と執行委員七名(うち職種別分科会より五名選出)、会計監査員三名で構成されていたことが認められる。

そうして昭和三六年五月二三日ごろ、高知機関区講習室で開催された高知支部第一一回大会において、原告長戸は同支部の執行委員長に、原告堀川は副執行委員長に、原告藤松は書記長にそれぞれ選任せられ高知支部の三役として枢要の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

二、踏切事故のすう勢と踏切保安施設の概要

1 気動車の大量導入と列車のスピードアツプ並びに列車密度の増大との関係について考察するに、国鉄四国支社管内においては昭和三〇年高徳線に初めて気動車二輛が導入されて以来、昭和三一年八輛、同三二年八輛、同三三年二五輛、同三四年三二輛、同三五年九八輛、同三六年六輛、同三七年四五輛と大量の気動車が導入されたが、特に昭和三三年以後本件安全運転闘争の前年である昭和三五年に至る間に気動車が急激に増加したこと、気動車は軽量で且つ各車輛毎にエンジンが設備されており単車運転が可能なことについては当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一二号証、同第一三号証の一及び証人山口信夫、同井内喜久雄、同香川弘文、同吉田軍市の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊、同長戸幸吉各本人尋問の結果を総合すると、気動車は軽量で各車輛毎にエンジンが設備されまた加速力が大である等の特徴を備えているところから、連結切離しの操作が容易になり単車運転ができ、列車のスピードアツプと列車密度の増大を可能にしたほか、更に気動車は燃料費が低廉で且つ運転士が一名で足り(但し安全面からの当否は暫く措くとして)また無煙化を実現して快適な旅行をもたらすなど従来の蒸気列車に比べ多くの利点を有していたこと、かような動力の近代化による輸送改善は当時のわが国経済の急速な成長に伴う輸送需要の増大に応えるものであつたが、他面国鉄四国支社が累積した赤字を減少させるべく企業収支の改善を目指す政策に基づくものでもあつたこと、そして徳島気動車区では昭和三四年、高知機関区では昭和三五年にそれぞれ実施せられた輸送改善によつて大量の気動車が配車され、次第に列車のスピードアツプと列車密度の増大がもたらされたことが認められる。

2 ところで、輸送改善のため気動車が大量に導入された昭和三三年度以降の国鉄四国支社管内における踏切事故のすう勢については、成立に争いのない甲第一二号証、同第一三号証の一、二及び証人福本増太郎、同土田寅三郎、同川村国広の各証言と原告高須賀治(第一回)、同清家和俊、同大谷秀夫、同堀川勇喜各本人尋問の結果によると次の事実が認められる。まず国鉄全体の踏切事故件数の年度別推移と比較するに、別紙図一のとおり全国的に列車運行距離は昭和三三年度以降毎年相当な割合で増加しているが、踏切事故件数も昭和三二年度二、一五六件であつたものが毎年急激な増加の傾向を示し昭和三六年度には三、一二三件と最高に達したが、その後は次第に減少して昭和三九年度には二、五一三件となつた。しかして四国支社管内では別紙図二のとおり列車の運行距離は昭和三四年度から昭和三六年度に至る間に極めて高い上昇率を示したがその後は殆んど増加しておらず、また踏切事故件数は昭和三三年度一一四件、同三四年度一五八件、同三五年度一五四件、同三六年度一八七件と急増したが、その後は昭和三七年度一八四件、同三八年度一八八件、同三九年度一六八件と横ばい状態からかなりな減少傾向にある。しかしながらこれを国鉄全鉄道管理局における踏切事故件数の推移と比較するに、別紙図三のとおり国鉄二七鉄道管理局中昭和三三年度第一〇位であつた四国支社は本件安全運転闘争の行なわれた昭和三六年度には全国第四位、昭和三八、九年度には第三位となつた。そうして踏切事故が目立つて多く発生した他の鉄道管理局では大体昭和三五、六年度を項点として以後急速に減少する傾向を示しているのに対し、高崎、天王寺各鉄道管理局と共に四国支社管内ではそのような激減する傾向はみられない。また昭和三三年度以降、本件安全運転闘争の行なわれた年でもあり且つ全国的にも踏切事故件数が最高に達した昭和三六年度までの四年間における踏切事故増加率をみても全国平均が約一、二三倍増であるのに対し四国支社管内では約一・六四倍増を示している。次に列車走行一〇〇万キロメートル当りの踏切事故件数については、別紙図四のとおり例年四国支社は全国平均をはるかに上回り、昭和三八年度では全国平均五・〇七に対し四国支社では一〇・八三で約二・一四倍も多く、率からいえば国鉄中最悪という状態にある。なお自動車類一、〇〇〇台当りの踏切事故件数についても右と同様の傾向が認められる。更に踏切種別毎の事故件数をみると昭和三八年度では四国支社管内の全踏切事故のうち、八三パーセントが第四種踏切(警報機設備のない踏切)で発生し、第三種踏切(警報機のある踏切)では一六パーセント、第一種踏切(踏切保安掛が居り且つ警報機及び遮断機のある踏切)では僅か一パーセントの発生をみるに過ぎない。

3 このように踏切事故が増加するすう勢の下で、被告が踏切の安全についてどのように対処したかについて検討するに、前顕甲第一二号証、同第一三号証の一、二及び証人甲斐邦朗、同村田淳、同山地勝芳、同米田恒喜、同香川弘文の各証言と原告高須賀治(第一回)本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

被告は踏切問題を計画、審議、決定する機関として昭和三一年本社に踏切対策委員会を設け、昭和三二年度からは踏切整備三ケ年計画に基づき年平均約八億円の予算で踏切の立体交差、警報機の設置等の踏切整備を行ない、続いて昭和三五年度は右計画を踏襲して改良を進めてきたのであるが、昭和三六年二月国鉄本社に踏切保安部を設けて従来各部局に分散していた踏切道の整備に関する事務を総括することとし踏切整備を促進する態勢を整えた。更に昭和三六年度から発足した国鉄第二次五ケ年計画の一環として踏切整備五ケ年計画が立案され、昭和三六年六月ごろ踏切対策委員会の決定を経て実施の運びとなり、そのころ外部にも発表せられた。右計画は先の三ケ年計画を一段と積極的に推進するものであつて、東海道、山陽沿線の大都市周辺は三ケ年その他の線区は五ケ年で踏切を整備する方針のもとに踏切整備費として約二〇〇億円を予定し、初年度である昭和三六年度には技術力、施工能力等をも考慮して踏切の一般整備費として一八億五、〇〇〇万円、立体交差費六億五、〇〇〇万円の合計二五億円の予算を計上し、列車回数、列車速度、踏切数、周辺の人口密度等諸般の事情を勘案して各支社に配分せられた。

ところで四国支社では昭和三二年踏切事故対策委員会を設置して踏切に対する諸施策を樹立し踏切事故防止に努めてきたが、予算面では踏切整備のため昭和三三年度約二億五、〇〇〇万円、同三四年度約三、〇〇〇万円、同三五年度約三、三〇〇万円を投資し、更に昭和三六年度以降は四国支社で立案せられた踏切整備五ケ年計画に基づき昭和三六年度約六、七〇〇万円(もつとも当初予算は約三、〇〇〇万円であつた)、同三七年度約五、〇〇〇万円、同三八年度約一億二、〇〇〇万円、同三九年度約一億八、〇〇〇万円で合計約四億円をかけて第四種踏切の第三種化、踏切道の幅員拡張、反射鏡やとら棚の設置、軌道回路の延伸、第一種踏切開閉機の改良等の踏切整備を行なつた。しかして四国支社における踏切施設改良の年度別推移を概観するに、別紙図五のとおり昭和三八年度以降は踏切道の整理統合、交通規制により踏切総数が減少したが、これと併行して踏切保安施設が改良された結果第四種踏切は著しく減少した。しかし、昭和三三年度から昭和三七年度の間では踏切総数において殆んど変化なく、第一種踏切(自動と手動を含む)は僅か乍ら減少し、第三種踏切は右五ケ年間に毎年一二、八、一〇、二四、二八ケ所の割合で増加したに過ぎず、また踏切事故の約八割ないし九割が発生する第四種踏切は右期間内に昭和三三年度で五ケ所増加し、その後は毎年三、一七、九、二九ケ所の割合で減少したのみである。そして四国支社管内の踏切改善対策が本格化した昭和三八年度においてすら、一営業キロ当りの踏切数は全国平均の一・九五ケ所に対し四国支社では二・六〇ケ所を数え、平均踏切間隔も全国の五一二メートルに対し四国支社では三八三メートルとなつて一営業キロ当りの踏切数が一・三四倍も多い状態であつた。なお前記証拠により本件安全運転闘争が行なわれた昭和三六年度当時四国支社における気動車一輛の価格は約二、〇〇〇万円であり、他方、第四種踏切を第三種踏切に改良するため要する費用は一ケ所当り平均約一〇〇万円であつたことが認められる。

4 四国支社管内の踏切事故が昭和三三年度から昭和三六年度にかけて相当急激に増加したことは前示第二、二、2で認定したところであるがその原因について審究するに、前顕甲第一二号証、同第一三号証の一、二及び証人井内喜久雄、同香川弘文、同土田寅三郎、同大島藤太郎、同名波克郎の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同藤松春好各本人尋問の結果によると、わが国経済の高度成長による列車需要の増加と国鉄の経営合理化の要請に基づき、四国支社においては列車のスピードアツプと列車密度の増大を図つたが、そのため機動性に富み且つ加速力の大きい気動車を昭和三三年から大量に導入したこと(前示第二、二、1)、また別紙図二のとおり昭和三三年度ごろより自動車が飛躍的に増加したこと、右の結果、列車は踏切を高速度で通過することとなり、また踏切を通過する列車や自動車の交通量が著しく増加したこと、しかるに踏切保安施設の改善が立ち遅れていたこと(前示第二、二、3)、四国支社が踏切保安施設の改善特に踏切の整理統合と交通規制及び第四種踏切の三種化を積極的に実施し始めた昭和三七年度以降では自動車台数の極めて著しい増加にも拘らず踏切事故件数は横ばいから相当な減少傾向を示していることが認められる。以上の事実を総合すると昭和三三年度以降昭和三六年度に至る間、四国支社において踏切事故が相当急激に増加したのは、踏切通行車輛等の不注意もさることながら気動車の大量導入によつて列車のスピードアツプと列車密度の増大が実現せられ、そのうえ自動車の飛躍的増加と相俟つて踏切の交通量は著しく増加し且つ踏切を通過する列車速度が速くなつて踏切の危険性が一般に高度化したにもかかわらず、踏切保安施設の改善が右危険度の増大に追い付かなかつたことにその主たる原因が存するものと認められる。

三、列車運転の安全確保に関する労使交渉など

1 原告らは本件安全運転闘争以外に運転保安施設の改善につきどのような手段を尽したかについてみるに

(1) 成立に争いのない甲第一四号証の一ないし七、原告阿部与幸本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二三号証及び証人福本増太郎、同中村順造、同山口信夫、同香川弘文の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果並びに当裁判所の検証(徳島気動車区において気動車の概要を検証した分)の結果によると、気動車の大量導入と踏切事故の増加に伴い四国地本傘下の乗務員の間から(ア)気動車の大量導入による列車のスピードアツプと列車密度の増大は、折返し時間の短縮やスピードの増加によつて乗務員の疲労を増加させ、また技術転換教育のために乗務員の予備率を切下げるなど乗務員の労働強化をもたらすので要員を確保すること、(イ)気動車は蒸気機関車に比べ車輛の構造が弱いので運転席のある前頭部は特に補強すること、(ウ)踏切事故が増加の一途をたどると共に自動車の大型化によつて一旦踏切事故が発生すると悲惨な重大事故となるので踏切施設を早急に改善することなどの強い要望が起つていたこと、そこで四国地本はこのような下部組織からの強い要請に基づき、四国支社に対し気動車の導入などによるダイヤ改正の都度、前記諸事項について労使交渉を重ね、昭和三六年についてみても同年二月、四月、六月、八月、九月に合計七回にわたり労使交渉や支社長会見を申し入れ、運転保安施設の改善につき適切な措置をとることを要求し続けてきたこと、更に上部機関である動力車中央本部に対し鉄道事故特別審判法案(列車事故により動力車乗務員が刑事被告人となつた場合、その審理に運転等の実態に精通した者の参与を認める法案であり、動力車労組はこれを参申法とも称する)の国会提出を上申するなどの活動を行なつたことが認められる。

(2) 徳島支部については、証人木村正義、同土田寅三郎、同井内喜久雄の各証言と原告大谷秀夫、同阿部与幸各本人尋問の結果によると、徳島支部所属の乗務員が運転に従事する高徳線、徳島線、牟岐線などの徳島気動車区管内は同じ四国支社管内の予讃線等に比して踏切設備が非常に悪くまた以前から犬走りを道路の如く歩く者が多かつたこと、そこで徳島支部は区長、助役に対し踏切設備の改善や犬走り通行者の取締りなどを申し入れると共に、運転保安施設の改善について四国地本へ再三上申していたこと、更に小中学生の職場見学で運転の安全について啓蒙し、昭和三六年一一月中旬ごろには一般通行人及び乗客に約一、〇〇〇枚余のビラを配布して踏切前の一旦停車を呼びかけ、また本件安全運転闘争の直前である同年一二月初旬ごろ、動力車労組乗務員分科会の指示で踏切前の一旦停車が行なわれているかどうかの実態調査をして報告するなど踏切事故の防止に努めてきたことが認められる。

(3) 高知支部においても、成立に争いのない甲第一六号証、同第一七号証及び証人久利正夫の証言と原告堀川勇喜、同藤松春好各本人尋問の結果によると、高知支部所属の乗務員が運転する土讃線など高知機関区管内では道路事情の悪いことを反映して線路上の歩行者が多くまた踏切設備もよくなかつたところから、高知支部は踏切施設の改善や犬走り通行者の取締り等を区長に屡々要求し、区長も四国支社に対し毎年の如く文書で或は会議の席上第四種踏切の三種化を要請していたが、同機関区管内で昭和三一年以降本件安全運転闘争時までに第四種踏切の第三種化が実現をみたのは昭和三一年三ケ所、同三三年三ケ所、同三四年一ケ所に過ぎず、踏切事故も昭和三〇年から同三四年までの年度平均一〇件に対し昭和三五、三六年度は二倍の平均二〇件に達したこと、このような情勢において高知支部は四国地本を通じて四国支社に対し運転保安設備の改善を申し入れると共に、線路上の歩行者をなくするため沿線市町村議会に対し道路、橋梁等の整備を要請するなど踏切事故防止の運動に努めてきたことが認められる。

2 昭和三六年二月二五日、四国地本と四国支社との間に行なわれた団体交渉の席上、四国支社佐長列車課長補佐が四国支社では踏切整備五ケ年計画として第四種踏切六四ケ所を第三種踏切にする旨を明らかにしたこと、右踏切のうち本件安全運転闘争時迄に改良されていたのは一一ケ所であつたことは当事者間に争いがない。証人米田恒喜の証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊の各本人尋問の結果によると、右団体交渉の席上、佐長列車課長補佐は四国地本交渉委員の質問に応え、右の六四ケ所の踏切とは輸保第一〇一号(昭和二七年六月一八日運輸総局長より各鉄道管理局長宛の依命通達)を基本とし、その趣旨に基づき四国における実情から列車が時速七五キロメートル以上で通過する踏切、見透し距離一〇〇メートル以下の踏切、交通換算量八、〇〇〇人以上の踏切という基準に該当する踏切であると説明したこと、六四ケ所のいわゆる危険踏切は昭和三六年二月ごろのものであるが、その後の列車速度の向上や踏切交通量の増加により、本件安全運転闘争当時では更にその数が増加していたことが認められる。

3 昭和三六年一〇月の白紙ダイヤ改正を前にして、同年九月二七日四国地本は四国支社と団体交渉を行ない、その結果「踏切保安設備については今後とも十分努力する。列車速度向上に伴う車輛の保安設備については更に努力するが、当面D・C(デイーゼルカー)準急についてはバンバー(気動車前面防護のための帯状鋼体)を取り付ける。」などの協定、了解が成立したことは当事者間に争いがない。右協定及び附属了解事項の実施状況については、成立に争いのない甲第三号証の一ない三及び証人米田恒喜、同真鍋是、同山口信夫の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果によると、バンバーはその形状、取付位置、方法を検討し工場で製作取付けをしなければならない関係上、その取付けには相当の期間を必要とするが、本件安全運転闘争当時その取付けは未だ全く行なわれておらず、本件安全運転闘争から三ケ月後の昭和三七年三月二日から漸く取付けを始め同三八年二月一八日に至り準急、急行の約三〇輛に取付けを終つたこと、またバンバーは普通車には取り付けられず、その効果も気動車前頭部の補強措置としてはさして実効のないものが取り付けられたこと、その他前記団体交渉によつて成立した昭和三六年一〇月ダイヤ改正に伴う労働条件に関する協定及び附属了解事項は、昭和三六年一〇月一日ダイヤ改正が実施せられた後本件安全運転闘争までの間に殆んど実施されていなかつたことが認められる。

4 昭和三六年一〇月二四日予讃線上りD・C六二列車が新居浜―多喜浜間を進行中、約三〇〇グラムの鳥(夜鷹)が気動車前面ガラスに当つて運転席前面ガラスが割れ乗務員が顔面に負傷するという事故があつたことは当事者間に争いがない。証人山口信夫、同香川弘文、同真鍋是の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果によると、昭和三五年ごろ、四国地本との団体交渉において、四国支社当局は気動車の運転席前面ガラスは逐次普通ガラスから強化ガラスに取り替える旨の話があり、昭和三六年九月の団体交渉では、当局は気動車の全部につき取り替え済みであると説明していたこと、ところが右事故の発生を機に四国地本で調査の結果、他にも取り替え未了の車輛のあることが判明し、当局はその手落ちを認め四国地本に陳謝したことが認められる。

四、越美南線事故及び筑肥線事故の判決が動力車乗務員に与えた影響

以上の如き状勢の下で昭和三六年一一月一七日、福岡高等裁判所が筑肥線における幼児の傷害事故(以下単に筑肥線事故という)につき国鉄機関士に対し控訴棄却(原審有罪)の判決を言渡したこと、筑肥線事故の概要は「被告人がデイーゼル動車を運転し時速五〇キロメートルで運行中、前方約一八〇メートルの軌道右側の右軌条から約二メートルの地点(通称犬走りといわれ軌道の砂利敷のすぐ横の草むらの中)に当時満一年九ケ月の被害者がたたずんでいるのを発見したが、このような場合満一年九カ月の幼児は一般に思慮未熟で判断力に乏しく、デイーゼル動車の警笛の意味を理解してその接近による危険を弁識し危険から自己を防護する能力を欠き、デイーゼル動車の進行を意に介せず、または轟音を発して高速度で身近に通過するデイーゼル動車に畏怖狼狽するなどしてデイーゼル動車の前方軌道内に立ち入りこれと衝突する恐れが多分にあるから、その運転者としては警笛を吹鳴して注意を与えるのみでは足りず、右幼児発見後直ちに急停車の措置をとるか又は右幼児の軌道内に立ち入るような事態が発生した場合には何時でも停車して幼児との衝突を避ける程度に速度を減ずるなど万全の措置を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人は幼児発見と同時に注意警笛を数秒間吹鳴したのみで右幼児がデイーゼル動車の進行に気付き軌道内に立ち入ることはないものと軽信して何らの制動措置もとらず同一速度のまま進行したため、右幼児との距離一三メートル余に迫つたとき幼児が突然前記位置から軌道上に這い上るのを認めて非常警笛を吹鳴すると同時に急停車の処置をとつたが及ばず右幼児に傷害を与えた」というものであり、右判決はその理由中で「右のような幼児を軌条から約二メートルの位置に発見したときは原判示のとおり、このような幼児は警笛の意味を理解して危険を避ける能力に欠け自らを危険にさらす行動に出たり、至近距離を轟音を発して通過するデイーゼル動車に畏怖狼狽してあるいは車の風圧によつて自らを危険にさらすおそれのあることはデイーゼル動車運転の業務に従事する者は通常予想すべきものであるから、右運転者としては所論のように被害者が車と接触しない位置にいたとしても警笛を吹鳴し注意を与え被害者がこれに気付いたのみでは足りず停車又は減速の措置を講ずる業務上の注意義務があるものと解するのが相当である。したがつて右注意義務を守ることにより車が一旦停車するような事態が生じ高速度交通機関としての機能を果しえない結果になつてもやむをえないところであり、一般乗客としても幼児の生命身体を犠牲にしてまで先を急ぐことは決して望まないこと明らかである。したがつて本件被害者が軌道に向けて這い上つたのは不慮の出来事ではなく予想できたことであり、右注意義務に違反した被告人はその過失の責を免れず、原判決には所論のような事実誤認等の違法はなく論旨は理由がない」と判示したことは当事者間に争いがない。

証人香川弘文の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び証人香川弘文、同吉田軍市、同川村国広、同井内喜久雄、同山口信夫の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同大谷秀夫、同長戸幸吉各本人尋問の結果を総合すると、昭和二九年一月一〇日越美南線深戸―苅安間の第二長良川橋梁附近で幼児三名が死傷した事故(以下単に越美南線事故という)が発生し、右事故を起した国鉄機関士は起訴され、第一、二審とも有罪となつて最高裁判所に上告し動力車乗務員もその成行に注目していたところ、昭和三六年六月一三日上告棄却の判決が言渡されたこと、この越美南線事故の最高裁判決並びに筑肥線事故の第一審判決は、動力車乗務員にとつては現実の作業実態を斟酌しない苛酷な注意義務を要求する判決と映じた。そこで昭和三六年八月動力車労組全国乗務員会は全国の動力車乗務員に対し、今後進路上に異物を発見した場合には列車の運転時刻にとらわれることなく且つためらわずに直ちに非常制動位置にハンドルを移すことを実行しようと檄を発して呼びかけたこと、更に昭和三六年一一月一七日ごろ、筑肥線事故の福岡高裁判決が新聞等で報道されるに及び、動力車乗務員は定時運転を極端に重視する従来の現場の実態と判決との矛盾に悩み、またこれらの判決は乗務員に大きな不安と動揺を与えたこと、そこで四国地本傘下の各支部から列車の安全な運転方法について当局の明確な指導を求める旨の強い突き上げがなされ、四国地本は昭和三六年一一月一八日四国支社当局に緊急団体交渉を申し込むとともに、動力車労組本部に対しこのような組合員の不安な気持を伝え、国鉄運転事故の審理には運転業務に精通した者を加えるいわゆる鉄道事故特別審判法案の成立に努力されたい旨を要請したこと、同月二〇日四国支社との団体交渉において、四国地本は越美南線及び筑肥線事故の各判決内容に照らし乗務員の今後の運転方法について明確な指導を求めたところ、筑肥線事故判決は当局としても不本意であるが、他地域のことでもあり四国では同種の事故について未だ刑事罰を科せられたことがないゆえ、従来どおり運転するように等の回答がなされたこと、またそのころ、徳島、高知各支部の乗務員間において、前記判決の趣旨に沿つた運転ができるように当局は列車ダイヤを設定し設備の改善をなし、現実に行なわれている運転の指導方針を変えるべきだとの意見が次第に強くなり各現場長らに対し右の事項につき質問要求をなしたが、法規どおり運転してもらいたいという程度で明確な回答を得ることはできなかつたことが認められる。

第三、原告塩田嘉吉、同高須賀治、同清家和俊が本件安全運転闘争において果した役割

1  本部指令第一六号の発出

動力車労組本部指令(以下単に本部指令という)第一六号の発出については、成立に争いのない甲第二号証の一及び証人福本増太郎の証言と原告塩田嘉吉本人尋問の結果によると、昭和三六年七月に開催された昭和三六年度動力車労組全国大会において、激増する踏切事故や国鉄の近代化、合理化に伴う乗務員の労働条件切下げ等の問題を労働条件の維持改善という見地からこれを取り上げ、具体的な年次運動方針を決定し、第三六回中央委員会でこれらを確認したこと、右大会及び中央委員会の決議に基づき、昭和三六年一一月一九日動力車労組中央執行委員会は中国地区を始めとする車輛検修方式の変更がもたらす労働条件の変更、昭和三六年年末手当及び昭和三七年一月期昇給等の問題について闘争の具体的方針を検討した結果、

(1) 一二月一日より当分の間三六協定を破棄すること

(2) 一二月一日から四日までの間に局長集団交渉を一回計画し、中央統一目標に地方要求事項を結合せしめ従来の経験を活して効果をあげること

(3) 一二月五日より八日までの間に一日全支部が現場長集団交渉、順法闘争を実施し適切な指導を行ない効果をあげること、非協力闘争実施要領のうち特に力を入れて実施する事項の一つである順法闘争については乗務員を対象とし実施事項は安全運転とする、殊に踏切事故の激発に伴ない踏切にかかる列車運転は人命を守ることを基本とする列車の安全確保であるが、これが指導は効果をあげるように実施するとともに、そのことから発生する列車遅延は当然のことである。

(4) 広島、鹿児島地本に中央執行委員を派遣し事前協議、闘争態勢の確立について指導を行ない、中国、西鹿児島検修合理化に対処する。

などの事項を決定したことが認められる。そして右決定にかかる事項は昭和三六年一一月二〇日本部指令第一六号として動力車労組中央執行委員長車田守名を以て各地方評議会議長、地本執行委員長あて発出せられ、そのころ、四国地本執行委員長たる原告塩田も同指令を受領したことは当事者間に争いがない。

2  動力車労組の国鉄総裁に対する踏切等の事故防止についての申入れ

昭和三六年一一月二一日、動力車労組は中央執行委員長名を以て国鉄総裁に対し踏切等の事故防止についての申入れ(動力車申第一八号)を行なつたこと、その内容が次の如きものであることについては当事者間に争いがない。即ち「踏切事故防止に関する組合側の申入れは、従来から再三に亘つておこなつているところであるが、この種事故は依然として発生し一〇月一日の白紙ダイヤ改正以降は更に拍車をかけている状態にあり、当方として貴側の対策に大きな疑問をもつところである。近時動力近代化の急速な推進によつて、電車、気動車の大量投入がおこなわれ、軽量車輛の前頭操縦とスピードアツプは自動車等の接触によつて直ちに脱線、転覆となり乗務員並びに旅客の死傷事故となつてあらわれている。又死傷事故によつて乗務員の刑事責任が問われ、乗務員の注意力欠如として禁錮以上の判決が出されている現状である。動力車の運転に携わる当組合として、以上の経緯から国鉄の使命である安全輸送を完遂するためと人命を守る立場にたつて当面特に危険の伴う踏切道通過に際しては安全な範囲で運転を行なうことも考慮せざるを得ないところである。したがつて左記事項について貴側の対策並びに見解を明らかにされたいとして、(1)第四種踏切の整理統合と第三種踏切への切換を行なうこと、(2)交通頻繁な踏切については第一種踏切とすること、(3)電車、気動車の前部補強についての抜本的な措置を行なうこと、(4)死傷事故発生の場合の刑事事件について、(ア)最高裁の判決として線路上に黒点を認めたときは直ちに列車を停止させよ、又警笛吹鳴をして注意を喚起する事態の発生があるときは直ちに停車手配をとることが義務であるとしているが今後の措置について、(イ)刑事責任は一切当局が負うべきであると考えるがどうか、(ウ)踏切以外の線路内には絶対に公衆を入れないこと、(5)踏切事故対策全般についての今後の方針について、」というものであつた。成立に争いのない甲第一八号証と証人福本増太郎、同甲斐邦朗の各証言によると、右の申入れに対する団体交渉は昭和三六年一二月四日、被告と動力車労組本部との間で行なわれたことが認められる。

3  本部指令第一六号の実施確認と地本指令第一四号の発出

本部指令第一六号を受けた四国地本は、昭和三六年一一月二七日執行委員会を開き原告塩田、同高須賀、同清家らのほか訴外香川、同明石、同山内の各四国地本執行委員が参加したこと、右執行委員会において本部指令第一六号の実施を確認し、四国地本における指令実施の具体策を討議した結果、各支部に地本執行委員を派遣して安全運転の指導をすること、世論対策として踏切の実状及び安全運転をせざるをえない事情等を一般国民に伝え理解と協力を求めること、安全運転の実施細目については中央本部の指令を待つて地本三役に一任すること等の決定をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の四と原告高須賀治(第一回)本人尋問の結果によると、同日午後四国地本執行委員らが四国支社長と会見して踏切における運転事故防止の具体策について話し合つたのち、四国地本は前記本部指令第一六号とほぼ同内容の四国地本指令第一四号(以下単に地本指令第一四号という)を原告塩田名で傘下各支部執行委員長あて発し(但し地本指令第一四号の日附は本部指令第一六号を受けた日である一一月二五日附とした)、安全運転の実施を指令したことが認められる。

4  一一月二七日午後の支社長会見

昭和三六年一一月二七日午後行なわれた支社長会見については、前顕甲第一四号証の七及び証人香川弘文、同真鍋是、同山地勝芳、同米田恒喜の各証言と原告高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果を総合すると、右会見は昭和三六年一〇月ダイヤ改正を目前にした同年九月四日附の支社長あて会見申入れ(動力車四地本申第六号)に応じてなされたものであるが、四国地本は右会見申入れにおいて「当組合としては過去近代化には反対でなくこれに伴う労働条件の低下については強く反対を申入れて来たところである。就中列車増発に伴う要員確保、列車の保安、踏切設備の強化、運転関係者の休養、厚生施設の充実等列車速度の向上増発と合わせ欠くことの出来ない問題点の解決を機会ある毎に貴側に強く申入れて来たところであるが、一部改善を見たにとどまり依然として我我運転職場従事員の労働加重と注意力に頼り列車の運行を保持している現状である。過日のダイヤ改正についての貴側の説明においても、予算を理由に踏切保安、厚生設備、並びに要員の確保改善がなされざるのみか、益々労働強化を行なわんとしていることは多数の人命、財産を預り輸送の大任を担う動力車の職員としては理解に苦しむところであり貴側に強く反省を促すものである。我々は徳島地区輸送改善以後今日いま尚諸々の問題はあつたにせよ、動力車乗務員の予備率五〇パーセントという苦しい要員事情の中で輸送改善に協力して来た我々は失望と不信の念を抱かざるを得ないのは真に残念である。昨今の社会情勢は我々が申し上げる迄もなく所得倍増のムードの中でスピードを要求される現状にありては必然的に国鉄においてもこれに順応した列車速度の向上も又当然とも思われる。しかしこれに伴う諸問題の解決なくして国鉄の持つ社会的使命は果し得ない。列車の安全こそ社会に対する国鉄最大のサービスであることは貴職も常に言明されてこられ我々も又同感して来たところである。依つて当組合としては一〇月二日に予定されているダイヤ改正についての問題点並に当面する諸問題を申し上げると共に、御来栄された貴職の四国鉄道に対する抱負と方針を披歴される機会を得たくここに会見を申し入れます。」と要望していたこと。

同日午後の支社長会見には四国支社当局からは水野支社長、米田列車課長、真鍋車務課長、亀山労働課長ら主として運転部門の関係者が、四国地本からは原告塩田ら地本三役のほか執行委員数名が出席して開かれ、支社長の就任挨拶、原告塩田による組合役員の紹介があつた後、検修方式の変更に関する事前協議、列車の保安、踏切設備の強化、列車増発に伴う要員の確保等の事項について相互に意見の交換がなされ、特に踏切設備の強化に関して支社長は「本年度国鉄全体の踏切改善費二五億円のうち、四国支社へ交付されたのは三、〇〇〇万円で全体からの割合でみると少いが、これはまず主要幹線を優先させたからである。しかし四国の現状を本社に開陳した結果、更に三、〇〇〇万円の追加配付が決まつた。筑肥線事故の高裁判決に対しては乗務員は恐らく上告するであろうし、また最近は裁判所も国鉄の仕事に対する認識を深めているが、もつと十分に認識してもらうため司法官に試乗してもらつて乗務員の作業状態をよく理解してもらいたいと思つている」という趣旨の意見を述べ、そのほか四国支社当局側からは国鉄九〇年間の尊い経験の中から生み出された規則や基準を忠実に実行し、危険に直面した場合勘を働かせて正しく処置すれば四国では乗務員に不利な判決が出ることはないなどの回答がなされたこと。

が認められる。

そして証人村田淳、同米田恒喜の各証言によると、昭和三六年度に四国支社へ踏切整備費が三、〇〇〇万円追加配付された経緯については、被告は踏切五ケ年計画に基づき昭和三六年度当初、立体交差のため六億五、〇〇〇万円を計上していたところ、踏切の立体交差化には建設省や都道府県との関連があつて当初予算どおり促進できない見通しとなつたので約二億円を一般踏切整備費に流用することとなり、昭和三六年一〇月三〇日附の通達でこれを各支社、鉄道管理局に配分したものであること、このようにして四国支社へは三、〇〇〇万円の追加配付がなされたのであるが、これを発表する時期につき、水野支社長は自分に任すようにと語つていたことが認められる。原告らは本件安全運転闘争が被告当局に反省を促した結果、昭和三六年一二月八日に至り四国支社に三、〇〇〇万円の踏切整備費追加配付がなされた旨主張し、証人香川弘文の証言及び原告高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果中には右主張に副う部分もあるが、右各証拠は証人村田淳、同真鍋是、同山地勝芳、同米田恒喜の各証言並びに弁論の全趣旨に照らしてにわかに信用し難く、したがつて原告らの該主張は採用しない。

5  本部指令第一七号の発出

昭和三六年一一月二九日、動力車労組中央執行委員長名を以て本部指令第一七号が各地本執行委員長あてに発出され、そのころ、原告塩田もこれを受領したこと、同指令の内容が次の如きものであることは当事者間に争いがない。即ち本部指令第一七号は、

まず中央執行委員会の情勢判断として、同年一一月二七日から二日間開催された総評第一八回臨時大会で決定された一九六二年春季闘争方針などの概要に触れ、且つ動力車労組第三六回中央委員会決定に基づく要求申入れ並びに検修合理化、踏切等の事故防止、年末手当、一月期昇給などについての団体交渉の進展状況を説明した後、安全運転闘争の評価を行ない「踏切道の事故防止については一一月二一日組合側の強硬申入れに対し、被告当局は安全運転は困ると主張するのみで具体策を示さず誠意が認められない。動力車労組はこの問題を国鉄の近代化合理化政策の矛盾としてまた白紙ダイヤ改正実施方針の生み出したひずみとして重視し、国鉄経営、設備投資の政策を追及し具体的には踏切道の安全設備、動力車前部の補強、乗務員の労働条件改善と刑事責任の免責を要求し、さらに国会における参申法並びに踏切保安法制定の闘いと結合させ、合理化闘争の中で大きく位置づけ闘いを発展させる方針で対処している」旨を明らかにし、

そして右安全運転闘争の行動指令としては

「一二月五日から八日までの全乗務員の安全運転については次により実施すること、

(1) 安全運転の闘いは情勢(前示安全運転の評価を指す)で述べた方針に基づいて対処する。したがつて年末闘争を起点として明年春闘に発展させる展望で長期的な闘いを構える。

(2) 安全運転については次により実施する。

A、交通頻繁な踏切道で要注踏切通過の場合は、安全のため速度を低下して運転すること。この場合注意運転速度毎時四五キロメートル以下とする。

(註) 要注踏切の指定については、地本又は支部できめること。

B、線路上又はその附近に人影又は車などを発見した場合は、警戒速度として毎時二五キロメートル以下に速度減殺し、危険と認めた場合は直ちに停車すること。

C、前各項の安全運転による列車遅延は乗務員の責任ではないので事前に現場長又は局長に申入れを行なつておくと同時に、現在の列車密度や設備状況では遅延恢復は運転事故の原因となるのでこれを行なわないこと。

(3) 一二月八日以降の行動は前(2)項の安全運転を継続して実施する。なおこの間、点検行動期間を定期的に設定して完全実施態勢を強化していく。

(4) 安全運転の実施については、その趣旨を十分組合員に徹底するようオルグ活動、職場討議をたかめ、今後の具体的実施行動に対する意志統一をはかると共に、動力車調査第一一号(昭和三六年一一月一八日付)による調査活動などとも結合させながら組合員の意識昂揚をはかること。

(註) 組織内意識昂揚のため新聞号外を別に送付する。」

という内容のものであつた。

6  地本指令第一五号の発出

昭和三六年一一月二七日の四国地本執行委員会の決議により本件安全運転闘争の実施細目を決定することは地本三役に一任されていたので、同年一二月二日四国地本は三役会議を開いて前記本部指令第一七号の実施を確認し且つ同指令は要注踏切の指定を地本又は支部で決めるよう指示していたことに基づき、要注踏切の指定については、

「(1) 見透し距離一〇〇メートル以下の踏切

(2) 時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切

(3) 交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切

(4) その他特に危険と思われる踏切(支部で決定すること)

以上のそれぞれの項に該当する踏切」

と定めたこと、また本部指令第一七号にいう「踏切上又はその附近」については筑肥線事故の福岡高裁判決が判示する注意義務の内容を考慮に入れ「線路上又はその附近とは犬走り以内と解釈する」旨を明らかにしたこと、右のほかは本部指令第一七号と全く同じ内容の安全運転実施指令が四国地本指令第一五号(以下単に地本指令第一五号という)として、同月二日電話で、同月四日文書で原告塩田名を以て傘下の各支部執行委員長あて発せられたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第二号証の三、同第一五号証、証人井内喜久雄、同香川弘文の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果を総合すると、原告塩田ら四国地本三役は地本指令第一五号の要注踏切指定の基準を定めるに当つては、昭和二七年六月一八日輸保第一〇一号運輸総局長が発した各鉄道管理局長あての「踏切道の整備について」と題する依命通達及び昭和三六年二月二五日行なわれた四国支社との労使交渉の席上、佐長列車課長補佐が説明した踏切保安施設を設置する基準を基礎にして決定したこと、地本指令第一五号にいう「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」とは列車乗務員から当該踏切の見透しが一〇〇メートル以下という意味ではなく、軌道中心から外方五メートルの道路中央から列車進来方向に対し見透しうる線路の最遠地点との距離が一〇〇メートル以下の踏切を指し、「時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切」とは一日の全列車の通過速度の平均が時速七五キロメートル以上である踏切を意味し、「交通量換算八、〇〇〇人なる踏切」とは輸保第一〇一号に規定する交通量換算率によるもので歩行者一、自転車二、荷車、牛馬車三、小型自動車(オート三輪車を含む)一〇、自動車三〇の各割合で換算した交通量が八、〇〇〇人以上である踏切をいうものであること、また地本指令第一五号の「犬走り」とは国鉄部内で通常用いられ且つ筑肥線事故判決が指摘する場所即ち線路の枕木を支える道床バラス及びその両脇約三〇ないし四〇センチメートルの平坦な部分と更にその外方に拡がる土手の斜面から側溝までの範囲をすべて含むものであること(原告高須賀治本人尋問(第一回)の結果中、右認定に反する部分は措信し難い)、そうして前記要注踏切の指定基準及び線路上又はその附近の解釈については、四国地本は予め動力車労組中央本部に電話連絡をなし本部指令を逸脱するものでないことを確認したうえで地本指令第一五号を発出したことが認められる。

7  一二月二日の地本三役と支社労働課長、車務課長との会見

昭和三六年一二月二日、四国支社総務部長室において同支社亀山労働課長、真鍋車務課長が原告塩田ら地本三役と会見したことは当事者間に争いがない。右会見の内容については、証人亀山義一の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証及び証人亀山義一、同真鍋是の各証言と原告高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果を総合すると、四国地本側はまず(ア)予備勤務者の勤務時間は一五日間平均して五時間三〇分を超過しないようにされたい、(イ)労働基準法第三六条協定破棄中における増務は十分監視する、(ウ)国鉄法第三三条の適用解釈について過去には「事故」の拡大解釈がなされている点があるが容認できない等と申し入れ、これに対し労働課長らは予備勤務者の勤務時間については四週間平均ですることになつている、労働基準法第三六条協定破棄中の問題については当局としても増務させるようなことはしないが、このことは労働基準監督署の措置することである、国鉄法第三三条の問題については従前どおり「事故」の拡大解釈をしているとは考えていない旨を回答したこと、更に地本側から安全運転を実施せざるをえない事情及び安全運転の具体的内容について説明をしたのに対し、支社当局側は「踏切事故防止については支社としても本年度踏切保安設備改善費が当初三、〇〇〇万円であつたのを更に三、〇〇〇万円本社に追加要求を行ない承認されているし、司法官試乗等も計画して部外に対する理解や協力について努力している、組合側は筑肥線事故の判決を決定的なもののようにいうが、組合においてもしかたがないとは思つていないであろうし国鉄当局としても問題のあるところなので最高裁の判決が出るまではどうなるか判らない、これらに対する一般への理解を求める方法は他にもある筈で、それを国鉄部内に持ち込み年末闘争の一環として順法闘争(安全運転)を行なうことは了解できない、もし安全運転を行なつて列車が乱れた場合は大衆からかえつて批難を受けることになると思われるから中止されたい」という趣旨の回答をなし、なお亀山労働課長は違法な事態を惹起して処分の対象とならぬようにと自重を要望したこと、が認められる。原告らは右安全運転闘争の通告に対し当局側課長らが「自分らとしては何ともいえないが、貴方達としてはやらざるをえないだろうなあ」と述べたと主張し、原告高須賀治本人尋問(第一回)の結果中には右主張に副う部分もあるが、右証拠は証人亀山義一、同真鍋是の各証言並びに弁論の全趣旨に照らしにわかに信用し難く、したがつて原告らの該主張は採用しない。

8  一二月四日国鉄本社における中央交渉

成立に争いのない甲第九号証、同第一八号証と証人福本増太郎、同甲斐邦朗の各証言によると、動力車労組中央本部は昭和三六年一一月二一日、国鉄総裁に対し「踏切等の事故防止についての申入れ」(動力車申第一八号)をなしていたが(前記第三、2参照)、右申入れに対する団体交渉は同年一二月四日に開かれ、動力車労組本部からは後藤業務部長、木村、吉田各中央執行委員が、被告側からは被告本社長沢労働課長、山崎同課長補佐のほか説明員として法務課、踏切保安部及び工作局の車輛課担当補佐らが出席し、被告当局は、第一に踏切問題については、国鉄本社の施設局に踏切保安部を、地方段階では踏切保安室を設けて組織を整備したこと、昭和三六年は丁度踏切整備五ケ年計画の初年度でもあつたのでその大綱を説明し、五ケ年間に約二〇〇億円の投資を行ない初年度である昭和三六年度は約二五億円を計上して立体交差化、警報機の設置、踏切の整理統合に努力しているが、踏切問題は国鉄のみでは解決できず道路管理者の協力も必要でありまた一般踏切通行者の交通道徳の昂揚にも努める、更に現実に列車を運転する乗務員の側からみて非常に危険と思われる踏切があれば具体的な実行計画を作成して各地方鉄道管理局長あてに改善方を要望すれば建設的な意見である限りできるだけ採用して踏切の事故防止に努めたい、第二に気動車の前頭部補強の問題については、今後新造する電車、気動車の前頭部鋼板は技術的に可能な限り厚くする、前面ガラスは安全ガラスに取替える、万一の衝突の際に乗務員を守るため運転席を高くするよう推進して行きたい、第三に刑事責任の問題については、当局が責任を負いたくても負えないものである、筑肥線事故の福岡高裁判決は甚だ不満であるので当局としては被告人が上告すれば支援するが、国鉄は専用軌道で運転するものでありまた判決は事件毎に個別的な判断を示すものであるから右判決が一般的に適応するとは考えられないので善良な管理者の注意義務を以て運転されたいなど約三時間にわたつて説明交渉を行なつたこと、右交渉において被告当局が口頭で回答した要旨は、その後昭和三六年一二月一一日「踏切事故防止等に関する動力車労組の申入れに対する回答について」(職労第一三一二号)と題して各支社長、鉄道管理局長あてに通達されたことが認められる。

9  一二月六日徳島気動車区における原告高須賀の行動

原告高須賀が一二月六日徳島気動車区に赴いたことは当事者間に争いない。前顕乙第六号証の一及び証人井内喜久雄、同木村正義の各証言と原告高須賀治本人尋問(第一回)の結果によると、原告高須賀は国会報告のため四国を遊説中の中村参議院議員に随行して徳島気動車区に赴いたが、安全運転闘争期間中であつたので、同日午後四時過ごろから約三〇分間、同気動車区乗務員詰所で乗務前後の一〇名位の乗務員に安全運転の実施を指示説明したことが認められる。

10  四国支社長名の安全運転中止命令及び処分の警告

四国支社長は原告塩田嘉吉あての昭和三六年一二月六日付書面を以て、業務の正常な運営を阻害する順法闘争(安全運転)は絶対に許されないから中止するよう要望すると共に、万一違法な事態が発生した場合は組合の指導者は勿論、関係職員も厳重に処分する旨警告したことは当事者間に争いがない。右警告書が原告塩田に手交された日時、場所については原告塩田嘉吉本人尋問の結果によると、同月七日午後四時過ごろ、高松駅構内で原告塩田が四国支社労働課員から右文書を受取つたことが認められ、原告高須賀治本人尋問(第一回)の結果中、右認定に反する部分は信用できない。そうして原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、従来動力車労組が闘争に突入する場合には、予め総裁又は支社長名で一般職員に対する警告が広報に掲示されまた当局側から組合責任者に対し警告書を手交するのが通例であるが、本件安全運転闘争においては、一二月五日から既に安全運転を実施していたにもかかわらず、同月六日四国地本三役が四国支社総務部長らと検修合理化、年末手当、昇給一〇〇パーセント等の問題につき話し合つた折にも本件安全運転に対する何らの注意や警告もなされず、同月七日に至り始めて右警告書が手交されたが、それ迄当局側から闘争に対して従来から行なわれてきた前記の如き形式の警告は何らなされていなかつたことが認められる。

11  本件安全運転闘争の集約

成立に争いのない乙第一二号証と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果によると、昭和三六年一二月八日午前一一時ごろ、原告塩田は四国支社長からの会見申入れに応じたが、その際、同支社長は列車ダイヤの乱れを示す赤線で埋つた石版刷りのダイヤ表を示して安全運転の中止を要望したのに対し、原告塩田は運転保安の問題及び本件闘争による責任追及の問題について組合が納得できるような支社の方針を明らかにするよう要求したところ、支社長から運転保安に関する予算は今年度三、〇〇〇万円の増額を行なつたが本年度予算の中で更に増額するよう考慮する、列車事故による刑事事件については支社は個人の責任にならぬよう十分努力する、本件安全運転闘争については十分理解できるので責任追及については十分考慮するとの回答が得られ、且つこれ以上列車ダイヤが混乱すれば由々しい問題に発展する可能性も考えられたので、原告塩田は原告高須賀、同清家らと連絡、相談し、動力車労組本部及び関西地方評議会とも連絡し了承を得たうえで、同日正午ごろ戦術転換を指令し本件安全運転闘争は事実上中止されたことが認められる。

12  本件安全運転闘争による列車の遅延状況

昭和三六年一二月五日から八日までの間、徳島、高知各支部において前記地本指令第一四、第一五号に基づく本件安全運転闘争が実施せられ、その結果四国支社徳島気動車区及び高知機関区関係で別紙列車遅延状況一覧表の第一、第二に記載のとおり列車遅延を生じたことは当事者間に争いがない。そのほか後記第五、7で認定の如く高知機関区関係で一二月七日の第六七九D旅客列車が高知―土佐久礼駅間の運転を休止するに至つた。

第四、原告大谷秀夫、同阿部与幸、同遠藤利男が本件安全運転闘争において果した役割

1  徳島支部における安全運転実施要領の決定

前記地本指令第一四、第一五号を受けた原告大谷は、昭和三六年一二月二日徳島気動車区講習室において、徳島支部緊急執行委員会を開いて右地本指令の実施を確認し、同支部における安全運転実施の具体策を討議して細部基準を決定したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第六号証の二及び証人井内喜久雄、同山地勝芳の各証言と原告大谷秀夫、同遠藤利男、同阿部与幸各本人尋問の結果によると、前記緊急執行委員会の出席者は原告大谷、同阿部と中村執行委員のほかオブザーバーとして訴外井内喜久雄(当時徳島支部乗務員分科会副会長)が参加していたもので、原告遠藤が出席していた事実を認めるに足る証拠はないが、原告遠藤は翌三日、原告大谷から緊急執行委員会で決議した事項の報告を受けこれを了承していたこと、右緊急執行委員会では安全運転の実施に当る乗務員に疑問のなきよう細部基準を定めることとし、徳島支部に所属する乗務員の乗務区域にある踏切のうち、地本指令第一五号にいう見透し距離一〇〇メートル以下の踏切及び同支部で特に危険と認める踏切につき解説してその踏切例を図示することとし、且つ交通量特に頻繁なる踏切(交通換算量八、〇〇〇人)については徳島保線区に問い合わせて調査のうえ三二ケ所の要注意踏切を選定し、その余の事項については地本指令第一五号と同趣旨の安全運転実施要領を決議したこと、しかして右三二ケ所の中には多数の第三種踏切を含むこと並びに川田―穴吹駅間の穴吹踏切(徳島駅起点三八・一五六キロメートル)は当時既に第一種踏切であつたものを調査の手違いにより隣接の他の踏切を誤つて要注踏切に指定したことが認められ、証人井内喜久雄の証言中右認定に反する部分は信用しない。

2  一二月四日

昭和三六年一二月四日朝、原告大谷は、同月二日に徳島支部緊急執行委員会で決議された安全運転実施要領の内容を記載した書面を同支部指令として徳島気動車区事務所前の組合掲示板に掲示すると共に同一内容のがり版刷りビラを同支部所属の組合員に配布して安全運転の実施を指令指示したことは当事者間に争いがない。ところで前顕乙第六号証の二によると、同月四日乗務員に配布された徳島支部指令書には、さきに同支部緊急執行委員会の決議内容のうち、「現在の列車密度や設備状況では遅延回復は運転事故の原因となるのでこれを行なわないこと」との事項が脱落していることが認められる。

同日午後四時ごろ、原告大谷、同阿部は徳島気動車区長室に皆見区長を訪ね、翌五日から受持管内で安全運転を行なう旨通告したことは当事者間に争いがない。右通告に対する当局側の態度については、証人皆見照一の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一及び証人皆見照一、同木村正義の各証言と原告大谷秀夫、同阿部与幸各本人尋問の結果を総合すると、原告大谷、同阿部は筑肥線事故の福岡高裁判決に対する乗務員の自衛的手段として且つ過去再三にわたつて踏切改善を当局に申し入れてきたが誠意がないので本部指令に基づき安全運転を実施するとの通告をなしたので、皆見区長、木村首席助役らは判決に対するあなたがた乗務員の気持は判るが、国鉄職員として列車の正常な運行を乱してまで抗議するのは穏当でないから考え直すようにと説得したこと、右会見後、皆見区長は当直助役及び各支区長に対し安全運転によつて列車の遅延を生じたときは乗務員から事情を詳細に聞くことを指示すると共に指導掛の添乗を予定したことが認められる。原告らは前記安全運転の実施を通告した際、区長らは「やれとも、やるなともいえない」旨述べたと主張し原告大谷秀夫本人尋問の結果中には該主張に副う部分もあるが、右証拠は証人皆見照一、同木村正義の各証言に照らしてにわかに措信し難く、したがつて原告らの該主張は採用のかぎりでない。

3  一二月五日

一二月五日朝、皆見区長は徳島気動車区運転当直室に次のような内容の指示書を掲示したことは当事者間に争いがない。即ち指示書は

「一二月五日より八日まで動労組合の指令により踏切道の安全運転を実施する由であるが、列車運転中において危険と認めた場合は徐行あるいは停止の取扱いをすることは従来実行してきたことであり少くともその限りにおいてはこれをいささかも阻止するという考えはないが、今次の安全運転は多少行過ぎと思われる点もあり諸氏にはこの問題を慎重に判断され平常考えてそして実行されている列車運転をそのまま持続されることを要請します。

乗務員各位 区長」

という内容のものであつた。

前顕乙第六号証の一及び証人皆見照一、同井内喜久雄の各証言と原告大谷秀夫本人尋問の結果によると、区長は当直助役に対し乗務員点呼の際には各個人に自重を促すよう指示していたこと、区長の前記指示書の掲示について原告大谷らから抗議がなされた結果、同指示書は約二、三時間掲示されただけで区長によつて撤去されたことが認められる。しかして、同日、原告大谷は徳島気動車区乗務員詰所において、居合わせた乗務員らに対し安全運転の実施方法を説明してその実施を指示したことは当事者間に争いがない。

4  一二月六日

証人皆見照一の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の三ないし六、証人木村正義の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証及び前顕乙第六号証の一と証人皆見照一の証言並びに原告大谷秀夫、同阿部与幸各本人尋問の結果によると一二月六日から区長の指示により指導掛が列車に添乗して指導を強化し安全運転闘争に対処していたが、同日原告阿部が乗務した第三三六D、第三五三D列車の遅延が顕著であつたので、同日午後三時ごろ区長は原告阿部を区長室に呼び、木村首席助役も立ち会つて当局の定めたダイヤを無視して安全運転を行なうことは違法であり処分の対象となるから考え直すように注意を与えたこと(原告阿部与幸本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難い)、更に区長は同日午後五時ごろ原告大谷、同阿部を区長室に招き原告高須賀も同席して相互に意見を交換したが、その際原告大谷らは、筑肥線事故の判決や踏切保安施設の改善問題に関する被告当局との折衝も当局は列車を遅らせては困るというばかりで何等進展をみず、止むを得ず安全運転闘争の手段に訴えるのであるから組合側の立場を了解して欲しいなどと述べ、これに対し区長らは乗務員の立場や気持は判るが列車の正常な運行を確保するのが運転士の役目であるから支障なき限り良識ある各乗務員の判断により平常どおり運転されたい旨回答し、なお区長は四国における他の気動車区等では必ずしも四国地本指令に同調しているとは認められないので徳島支部の組合員のみ犠牲を受けることのないよう慎重に行動することを要望したことが認められる。

5  一二月八日

前顕乙第六号証の一及び証人皆見照一の証言と原告大谷秀夫本人尋問の結果によると、一二月八日午前七時ごろ、木村首席助役は原告大谷に対し年末手当も妥結をみたので安全運転を中止してはどうかと申し入れたが、原告大谷は年末手当が解決しても安全運転は中止しないと答えたこと、同日午前一一時ごろ木村首席助役は原告大谷に他区では遅延も出ていないし緩和されている模様なので当区も安全運転を中止するよう再び申し入れたところ、原告大谷は中止はできないが緩和を考える旨回答し、更に同日正午ごろ、原告大谷が区長室を訪れ区長に対し安全運転の中止を通告してきたので、区長は助役に命じ関係駅、区に手配してその旨を乗務中の乗務員に伝えると共に、小松島、池田各支区長に対しても同様の指示をしたことが認められる。原告大谷秀夫本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しない。

6  本件安全運転による列車の遅延状況

本件安全運転闘争が昭和三六年一二月五日から八日まで実施せられ、そのため徳島気動車区関係では別紙列車遅延状況一覧表の第一に記載のとおり列車が遅延したことは当事者間に争がない。

第五、原告長戸幸吉、同堀川勇喜、同藤松春好が本件安全運転闘争において果した役割

1  高知支部における安全運転実施要領の決定

前記地本指令第一四、第一五号を受けた原告長戸は、昭和三六年一二月三日高知支部拡大執行委員会を開き、原告堀川、同藤松ら同支部幹部と協議のうえ右地本指令の実施を確認し、同支部における安全運転の具体策を決定したことは当事者間に争いがない。高知支部における安全運転の具体策については成立に争いのない乙第八号証の三及び原告長戸幸吉、同堀川勇喜、同藤松春好各本人尋問の結果によると、高知支部所属の組合員である乗務員の乗務区域にある踏切のうち、前記地本指令にいう要注踏切の基準に該当するものを選定することになつたが、その際保線区の技術掛に問い合わせたり基準運転線図や乗務員の意見を参考にして要注踏切を選定したところ、基準に該当する踏切は非常な数にのぼつたので、これらの中から上り列車関係で五二ケ所、下り列車関係で六〇ケ所の踏切を指定した(もつとも右踏切中には同一踏切が上り下り線の関係で共に要注踏切に該当した結果重複して指定されたものも多くまた相当数の第三種踏切をも含んでいる)ほか、その他の事項については前記地本指令とほとんど同内容であることが認められる。

2  一二月四日

一二月四日高知支部は安全運転実施要領を同支部指令として高知機関区事務所前の組合掲示板に掲示したことは当事者間に争いがない。証人久利正夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証の一及び証人久利正夫の証言によると、同日午後一〇時ごろ、高知機関区長久利正夫は矢野当直助役から高知支部で安全運転をやる情勢であるとの電話連絡を受けたので、同助役に対し若し明五日より実施するようなことがあれば当日出区の乗務員に平常どおりの運転を指示することを命じ更に久保田指導助役を明早朝呼出すよう指示したことが認められる。

3  一二月五日

一二月五日早朝より、高知支部は安全運転の実施要領を記載したがり版刷りのビラを同支部の組合員に配布したこと、同日午前一一時ごろ、原告長戸、同堀川、同藤松らは高知機関区長室に久利区長を訪れ、区長に対し「従来組合は機会ある毎に国鉄当局に対し踏切設備の改善をはじめ運転の安全を確保することを要望してきたにもかかわらず、当局は何らの具体的措置を講ぜず乗務員及び一般諸車通行人の責任においてのみ事故を防止しようとしてきた、組合は筑肥線事故判決等にみられる不当な処罰に抗議すると共に、被告当局が組合の申入れを速やかに受け入れて列車を安全に運転しうるような措置を緊急にとることを要請するため安全運転を行なうが、そのため生ずる列車の遅延は乗務員の責任ではない」旨を書面で申し入れたことは当事者間に争いがない。前顕乙第八号証の一並びに成立に争いのない乙第八号証の四及び証人久利正夫の証言と原告堀川勇喜本人尋問の結果によると、原告長戸は久利区長に右の申入れ書を提出して安全運転実施の通告をなした際、申入れ書の内容と同趣旨の説明をしたが、これに対し同区長は列車の安全運転は動力車乗務員の職責であり、したがつて乗務員が正常な判断で危険と認めた場合に急停車或は徐行の措置をとることは当然であるが、かように画一的に徐行をすることは行き過ぎでその責任を追及されるかもしれないという意味の意見を述べたこと(原告長戸幸吉本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らしたやすく措信し難い)、同日早朝から組合は出勤する乗務員に前記ビラを配布していたので、同区長は運転助役や指導助役に対し乗務点呼の際、乗務員に平常どおり運転するように指示することを命じたこと、同日午前八時半過ごろ同区長は四国支社労働課に電話で高知支部の情勢を連絡したところ、四国支社から乗務員には平常どおりの作業をさせること若し違法な事態があれば処分の対象となるかもしれない旨の指示を受けたので、これを運転助役や指導助役に伝え乗務員にも十分徹底させるよう命じたことが認められる。

そうして原告長戸は一二月五日から三日間にわたり、毎日午後一時ごろから午後三時ごろまでの間、高知機関区講習室で乗務員を集めて集会を開き(出席者は五日約六〇名、六日約七〇名、七日約三〇名)安全運転の実施方法を説明指示したが、これらの集会に対し当局側は何ら異議を述べず解散命令も出さなかつたことは当事者間に争いがない。原告らは右集会は時間内集会であつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、却つて証人川村国広の証言と原告堀川勇喜本人尋問の結果によると、それは勤務時間外集会であつたと認められる。

4  一二月六日

前顕乙第八号証の一及び証人久利正夫の証言によると、久利区長は区長点呼の際、各助役及び各職場責任者に対し前日における安全運転の状況とその影響について説明し且つ関係助役は乗務員に平常どおり運転するよう説得を強化すると共に運転事故防止について特に注意するよう指示したこと、同日午前九時五〇分ごろ、同区長は原告長戸を区長室に招き安全運転の中止を申し入れ、更に同日午後一時ごろ、首藤高知駐在運輸長に現況を報告して今後の対策につき打合わせを行ない乗務員の説得と指導掛を列車に添乗させて監視を強化することになつたことが認められる。

5  一二月七日

前顕乙第八号証の一及び証人久利正夫、同首藤正夫の各証言と原告堀川勇喜本人尋問の結果によると、区長点呼の後、久利区長は各助役と前日までの状況に基づき今後の措置について協議した結果、乗務員の説得よりも寧ろ列車に添乗して運転状態の指導監視を強化すると共に同区長は組合役員に対する説得に努力することとなつた。そこで同区長は高知駐在運輸長付及び高知に来ていた四国支社運転部職員らと添乗監視について打合わせを行ないこれを強化したこと、更に同区長は組合役員に安全運転の中止方を説得するため、同日午後五時ごろ原告長戸ら支部三役を区長室に招き、駐在運輸長らから安全運転の中止を説得し特に列車運行の混乱による重大事故が惹起する危険性を強調すると共に、乗客及び一般の反響などについて話し合つたところ、原告長戸ら支部三役は地本と協議し改めて回答する旨約したこと、同日午後一〇時ごろ、原告堀川から同区長に安全運転の集約について話し合う旨の申出があつたので、同区長は駐在運輸長に連絡し区長室において駐在運輸長らを交えて原告長戸ら支部三役と話し合つたが、組合側は(1)指定踏切の速度制限については指定を解除する、(2)回復運転はできるだけ行なう、(3)線路通行など危険と認めた場合は急停車又は徐行するとの意向を示し、唯、支部ではこれらの事項を独自に決定することはできないので、四国地本書記長である原告清家が来ることになつているから最終的には明朝決めたいという趣旨の回答をなし、なおその際、踏切設備の改善などについて当局は今後大いに努力してもらいたいとの要望がなされたことが認められる。

6  一二月八日

前顕乙第八号証の一及び証人久利正夫の証言と原告長戸幸吉、同堀川勇喜各本人尋問の結果によると、一二月八日午前六時ごろより、組合側からは原告長戸ら支部三役及び原告清家らが、当局側からは首藤駐在運輸長、久利区長、泉川四国支社労働課長らが出席して交渉が開かれ、前日(一二月七日)の話合いを基礎として、組合側は安全運転闘争の戦術転換を提示し、指定踏切についてはいわゆる注意運転を行なう旨を回答し、同時に今回の安全運転による処分問題については乗務員個人の責任を追及しないよう努力又は配慮されたい、踏切保安設備については早急に整備されるよう努力されたいなどの申入れをなしたが、同区長らは処分のことについては権限がないのでそういう約束をするわけにはいかないが努力はすると述べたことが認められる。証人久利正夫の証言及び原告堀川勇喜本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

7  本件安全運転による列車の遅延、運休状況

本件安全運転闘争が昭和三六年一二月五日から八日まで実施せられ、そのため高知機関区関係では別紙列車遅延状況一覧表の第二に記載のとおり列車が遅延したことは当事者間に争いがない。

右安全運転の影響により一二月七日の第六七九D旅客列車が高知―土佐久礼駅間で運転休止となつたかどうかの点につき争いがあるので検討するに、証人米田恒喜の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証の四及び証人米田恒喜、同山口信夫の各証言を総合すると次の事実が認められる。列車ダイヤによれば、下り第六七九D旅客列車(始発駅高知、終着駅窪川)は上り第六七八D旅客列車(始発駅窪川、終着駅高知)が高知駅到着後一分三〇秒の乗降時間後直ちに折返し列車となつて運転されることとなつているものであるが、一二月七日には本件安全運転により第五二一、第二〇〇五D、第一〇八D、第一一〇、第一〇九、第六二三各旅客列車が遅延した影響を受けて、第六七八D旅客列車は終着駅高知に所定到着時刻午後七時一〇分より三八分遅れて到着した。第六七八D旅客列車は正常の場合前記の如く一分三〇秒の乗降時間後直ちに下り第六七九D旅客列車となつて午後七時一一分三〇秒に折返し高知を出発し窪川へ向け運行されるが、当日第六七八D旅客列車は前記のとおり高知駅に三八分遅着したため第六七九D旅客列車として一分三〇秒の乗降時間後直ちに出発せしめても、高知駅発時刻は午後七時四九分三〇秒となり、後発の高知駅発午後七時五五分下り第六八一D旅客列車(始発駅土佐山田、終着駅土佐久礼、一二月七日は定時運転で高知駅着)との時間差は僅か五分三〇秒しかなく出発時間帯が重複して前途の列車運転管理上支障をきたすので、下り第六七九D旅客列車は止むなく高知―土佐久礼駅間の運転を休止することになつた。運転休止をした第六七九D旅客列車の車輛(気動車二輛)を後発の第六八一D旅客列車に連結して土佐久礼駅まで運転したのは、通常の場合第六七九D旅客列車の車輛は窪川駅到着後はその翌日午前七時三三分同駅発高知行の第六四六D旅客列車として運用されることになつており、したがつて第六七九D旅客列車が運転休止となつた場合には第六四六D旅客列車用の車輛を窪川駅に回送する車輛運用上の必要があつたからである。もつとも第六八一D旅客列車に連結された第六七九D旅客列車用の車輛には乗務員及び乗客を乗せていたので本来の意味での回送ではないが、このような取扱いは駅長の判断で適宜なされることであり、また第六八一D旅客列車に連結されていた車輛は土佐久礼駅で切り離されて同駅以遠終着駅窪川までは正規の第六七九D旅客列車として運行されたのであるから、第六七九D旅客列車を利用して高知から土佐久礼以遠窪川までの各駅に行く旅客にとつては第六七九D旅客列車に乗車できなかつたのではなく実質的には目的地に約三〇分程度遅れたに過ぎないともいえるが、そうだからといつて高知―土佐久礼駅間において第六七九D旅客列車が運行されたことにはならない。

第六、本件安全運転闘争の目的とそのもたらした影響

1  本件安全運転闘争の目的

本件安全運転闘争の目的については、被告は年末手当、昇給一〇〇パーセント獲得、検修合理化反対等の被告に対する要求を実効あらしめるための手段としてなされたものと主張し、原告らは踏切道の安全設備その他運転事故の防止、運転の安全確保、乗務員及び公衆の人命財産の保護を目的としていたと主張するのでこの点につき審究するに、前顕乙第六号証の一、同第八号証の一、四、成立に争いのない乙第四号証、同第一二号証及び証人福本増太郎、同吉田軍市、同香川弘文、同名波克郎、同米田恒喜の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊、同大谷秀夫、同堀川勇喜、同藤松春好各本人尋問の結果によると、前記本部指令第一六号、第一七号及び地本指令第一四号、第一五号はいずれも「年末闘争」という標題を掲げていること、右各指令には「情勢」と題して指令発生当時の労働情勢が分析されており、その中の一つに昭和三六年年末手当、昭和三七年一月期昇給、検修合理化反対についての被告当局との交渉経過並びに展望が記載されているが、本件安全運転闘争は右情勢分析を基礎として建てられた具体的運動方針として指令されたものであること、本件安全運転闘争の直前である昭和三六年一二月二日附で四国地本が傘下の各支部及び組合員に配布した教宣活動の文書(乙第四号証)には「年末手当、昇給一〇〇パーセント獲得、検修合理化反対の闘いは全国的な統一闘争として公労協を主軸とし幅広い闘いに発展しているところ、われわれ組合は中央において交渉を重ねているが当局の不誠意極まる態度により前進がない実態である。あくまでも全組織をあげて実力を以て闘うことのみによつて解決できるものである。中央本部は全国統一闘争として地本に具体策を指令してきた。これに伴い地本は直ちに各支部に対し具体的行動内容を一二月二日指令した」との記載があつて地本指令の性格を宣明していること、年末手当の問題が妥結したのは一二月八日未明であるが、同日午後に至り原告らは戦術転換を行ない本件安全運転闘争を集約したことが認められ、右事実から本件闘争が被告主張の如き目的を有していたことは明らかである。他面右各証拠によると、前記各指令のうち本件安全運転闘争を具体的に指令する本部指令第一七号、地本指令第一五号の「情勢」分析の中には前記年末手当等とは別に前示第三、5で認定した如き安全運転の評価を示し、右情勢評価の具体的行動として本件安全運転闘争が指令されたものであること、本件安全運転闘争は年末闘争を起点として明年春闘に発展させる展望で長期的な闘いを構えると指令されていること、一二月八日朝徳島気動車区の木村首席助役が原告大谷に年末手当も妥結したから闘争を中止したらどうかと申し入れたのに対し、原告大谷は年末手当が妥結しても闘争は中止しない旨答えていること、年末手当の妥結は一二月八日未明であるが本件闘争の中止は同日午後であり、また闘争の集約には前示第三、11で認定の如き事情があつたこと、昭和三六年当時年末手当等の要求のみでかような闘争を行なうことはなかつたこと、等の事実が認められ、右の諸事情を総合すると本件安全運転闘争は被告主張の如き目的のほかに、なお踏切等安全設備の改善の要求をもその目的としていたものというべきである(証人福本増太郎、同香川弘文、同名波克郎、同米田恒喜の各証言中右認定に反する部分並びに原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊、同大谷秀夫、同堀川勇喜、同藤松春好各本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれもこれを措信しない)。被告は本件闘争終了直後、四国地本が、傘下の各支部及び組合員に配布した昭和三六年一二月一一日附四国地本教宣部発行の文書が「安全運転成功する、列車遅延一八、〇〇〇分」と標記し本件闘争により発生した列車遅延(被告に与えた打撃)をもつて本件闘争の成功と評価していることをとらえて本件闘争の目的が被告主張の如きものであつたと主張するが、前記認定の事実と合わせ考えるとき、四国地本が安全運転闘争により発生した列車遅延をもつて本件闘争の成功と評価しているのは、安全運転によつて如何に列車が遅延するかを明瞭にすることによつて運転保安施設の実情を露呈し被告当局に反省を促すと共に一般社会の関心と理解を求めることをもその目的として本件闘争がなされたからであると解せられ、したがつてこの点に関する原告及び被告の主張は右認定に牴触する部分に限り採用できない。

2  本件安全運転闘争による被告業務の阻害状況

原告らの前記各指令、指示に基づき、昭和三六年一二月五日から八日までの間、徳島、高知各支部で本件安全運転闘争が実施せられ、その結果列車の運休と遅延を生じたことは前示第三、12のとおりである。そうして四国支社管内では平常時で最も順調なときでも列車全体で一日七〇〇分ないし八〇〇分遅延しており、特に年末年始や観光シーズンでは列車遅延は一日二、〇〇〇分にも達することは当事者間に争いがない。原告らはこのように遅延が平常化していることはそもそも列車ダイヤが無理であるからであり、したがつて僅かの遅延も列車ダイヤに大きく影響するのであつて、かかる見地からすれば本件安全運転闘争による遅延も決して過大なものではないと主張するが、前顕乙第一二号証及び証人米田恒喜、同木村正義の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果によると、本件闘争による運転休止を除くと、原告らの処分理由とされている列車遅延時分は別紙列車の遅延状況一覧表に記載のとおり一列車当り数分程度の遅延が大半であり、それ自体決して過大な遅延とはいえないが、鉄道事業の一般的性質上また列車密度が大で特に単線区間においては僅かの遅延も連鎖反応式に拡大し列車ダイヤを混乱に陥れることは明らかなことである。ところで本件安全運転闘争期間内における四国支社管内の列車遅延時分は、一二月五日一、七四九分、同月六日四、二九七分、同月七日六、六一二分、同月八日四、一六四分にのぼり平日に比し膨大な遅延を生じた。右の遅延時分がすべて本件安全運転の結果発生したものとは到底認められず、平日の遅延時分を差引き且つ多少の遅延をマル(国鉄部内の用語で事故や遅延を正式に報告せず職員間で隠蔽することをいう)にする慣例があつて平常における実際の遅延時分は更に右の数字を上回ることや被告が本件闘争期間中の運転時分を普段よりも厳格に調査したことなどの事情を考慮しても、右闘争期間内は年末年始、観光シーズン等多数の旅客が一時に集中する時期ではなく且つ格別列車ダイヤが大幅に乱れる程の大事故があつたとは認められないところから、前記支社管内の遅延時分の相当部分は本件安全運転闘争によるものと認められる。しかして原告らの指令、指示に基づく安全運転の実施によつてかような列車遅延や運休の事態を生ぜしめたことは、つまり原告らが被告の業務の正常、円滑な運営を著しく阻害したものといわねばならない。

3  本件安全運転闘争のもたらした成果

原告長戸幸吉本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二四号証、証人福本増太郎、同井内喜久雄、同香川弘文、同中村順造の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊、同大谷秀夫、同遠藤利男、同阿部与幸、同長戸幸吉、同藤松春好各本人尋問の結果によると、本件安全運転闘争は列車の安全確保に対する一般の注意を喚起したため、徳島気動車区、高知機関区管内では本件安全運転闘争以後は学生や通勤者の線路上歩行者が減少したこと、本件闘争実施期間中に土讃線において一〇件の事故を防止できたこと、そのほか運転保安施設の改善について被告当局に反省を促し、その後の保安施設の整備等の推進に一つの契機を与えたことが認められる。原告らは昭和三六年度に四国支社へ踏切整備費三、〇〇〇万円の追加配付がなされたことをもつて本件安全運転闘争の成果である旨主張するが、該主張の採用できないことは前示第三、4で判示したところによつて明らかである。

第七、本件安全運転闘争と懲戒規程第六条第一七号

鉄道輸送業務では安全、正確、迅速性が要求されるが、しかしその最大の使命が「安全」であることは今更いうまでもない。成立に争いのない乙第一号証によると、被告においても「安全の確保に関する規程」(昭和二六年六月二八日総裁達第三〇七号)を設け、その綱領1は「安全は輸送業務の最大の使命である」と宣言し、同綱領5は「疑わしいときは手落なく考えて最も安全と認められるみちを採らなければならない」と定め、また右規程第六条は「従業員は常に旅客、公衆、貨物の安全のため万全の注意を払わなければならない」、同第七条は「従業員は作業中自己及び他の従事員に死傷のないように十分注意しなければならない」同第一六条は「従事員は車輛、自動車、船舶、線路、信号保安装置等を常に安全な状態に保持しなければならない。危険な箇所を発見したときはすみやかに整備の手配をとらなければならない。直ちに列車又は自動車をとめるか又はとめさせる手配をとることが多くの場合危険をさけるのに最もよい方法である。」と規定し安全を強調していることが認められる。ところで本件安全運転闘争をもつて被告は日本国有鉄道職員懲戒規程(以下単に懲戒規程という)第六条第一七号にいう「著しく不都合な行為」に該当するものとなし、原告らは国鉄安全諸規程に適合する行為であり且つ国鉄交通事故判例の判旨に忠実に従つたものであると主張する。そこで以下原告らが決議してなした本件安全運転闘争の指令、指示の内容の当否について検討する。

一、本部指令第一七号

本部指令第一六号を具体化し強化した同第一七号の内容は前示第三、5で認定したとおりであつて、その内容となつている要注踏切等における運転上の指示について検討するに、

1 交通頻繁な踏切道で要注踏切(この指定は地本又は支部できめることとされていた)に指定されるような踏切を列車が通過する場合には、列車の運転者として十分な注意を尽すべきことは勿論であるが、右要注踏切の指定如何によつては具体的に危険のない踏切をも常に必ず時速四五キロメートル以下で減速通過することとなつて、前顕乙第一号証により認められる運転取扱心得(昭和二三年八月五日達第四一四号、以下単に運心と略称する)第二九条「列車は定められた運転時刻により運転するのを原則とする」の定めに違反するといわねばならない。

2 線路上又はその附近に人影又は車などを発見し危険と認めた場合には直ちに停車すべきことは当然であるが、線路上又はその附近に人影又は車などを発見しただけで一律に時速二五キロメートル以下に減速する必要はなく、人影又は車などの位置、挙動等と列車の速度、制動距離等から察知される危険性に応じた速度に減速すれば足りる。したがつて右の如く画一的に二五キロメートル以下に減速することは運心第二九条に違反するものといわねばならない。

3 回復運転を行なわないことについては、回復運転が可能で且つ許された速度の範囲内での回復運転が要求されているのに画一的に遅延回復は運転事故の原因となるのでこれを行なわないとすることは運心第五一条「機関士は列車が遅延したときは許された速度の範囲内でこれを回復することに努めなければならない」との規定に違反するものといわねばならない。

二、地本指令第一五号

地本指令第一五号の内容は前示第三、6で認定したところである。

1 要注踏切選定の基準を設定することは本部指令で地本又は支部に一任されていたので、四国地本は「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」、「時速七五キロメートル以上の速度で通過する踏切」、「交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切」、「その他特に危険と思われる踏切」のいずれかに該当する踏切と定めた(前示第三、6)。前顕甲第一五号証によると、輸保第一〇一号は当該踏切の換算交通量、見透し距離、列車回数(列車の踏切通過速度は含まない)の相関関係をもつて踏切保安施設の設置基準とするものであつて、そこには四国地本が設定した右要注踏切選定の基準と同一内容の記載はない。しかして昭和三六年二月二五日四国地本との団体交渉の席上、四国支社佐長列車課長補佐は輸保第一〇一号を基礎とした四国支社における第三種踏切設置の基準を明らかにしたが、その内容は右要注踏切の選定基準と同一である(前示第二の三、2)。しかしながら佐長列車課長補佐が明らかにした踏切改善の基準はあくまで第四種踏切を第三種踏切に改良する基準であるところ、地本指令第一五号では第三種、第四種の別なく要注踏切の選定基準としている。右の各事実を総合すると、原告塩田ら四国地本三役が要注踏切の選定基準を設定するに当つては、被告の定めた規程等に直接依拠したとはいえないが、恣意的に定めたものでもなく輸保第一〇一号と四国支社における踏切保安施設の設置基準を参考にして決定したものと認められる。

ところで要注踏切の選定基準のうち、まず「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」については、原告高須賀治本人尋問(第一回)の結果によると、時速四五キロメートルの気動車の制動距離は約一〇〇メートル(列車の種類、線路状態によつて差異はある)であることが認められる。すると、列車が時速四五キロメートル以上の速度で進行し、見透し距離一〇〇メートル以下の踏切上に障害物を発見しても時既に遅く激突の危険性が存する。そのような意味で「見透し距離一〇〇メートル以下の踏切」を要注踏切の選定基準としたことには合理的根拠がないとはいえない。次に「時速七五キロメートル以上の速度をもつて通過する踏切」及び「交通量特に頻繁(交通量換算八、〇〇〇人)なる踏切」はともに抽象的な一般論としては危険性が高いといえるが、前者については見透し距離や交通換算量、後者については見透し距離や列車通過速度等を考慮せず画一的に要注踏切となし時速四五キロメートル以下に減速しなければ危険だとは到底考えられず、したがつてこのような踏切通過の際に列車速度を画一的に時速四五キロメートル以下に減速することは運心第二九条に違反するものといわねばならない。

2 地本指令第一五号では本部指令第一七号にいう「線路上又はその附近」を「犬走り以内」と解釈して指令した。原告らは右指令の内容を以て国鉄交通事故判例の判旨に忠実に従つたものと主張するが、前顕甲第四号証によると越美南線事故判決は橋梁附近で制動距離を去ること至近の距離に児童の姿らしき障害物を認めた場合であり、また筑肥線事故判決は危険に対する理解と自己防衛の能力がない幼児を犬走り附近に発見した場合に関するもの(前示第二の四)であつて、その発見位置、年令、挙動等の如何にかかわらず犬走り以内に居る総ての者に対して警笛を吹鳴して注意を与えるのみでは足りず急停車又は何時でも停車できる程度に減速徐行する義務ありと判示するものではないと解するを相当とする。したがつて犬走り以内に人影又は車などを発見しただけで常に必ず警戒速度として時速二五キロメートル以下に減速することは右判例の趣旨に従つたものとはいえない。

3 回復運転をしないことについては、証人井内喜久雄、同香川弘文、同中島達敬、同米田恒喜、同皆見照一、同中野保恵の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果によると、列車のスピードアツプによつて基準運転時分が最高許容速度に近くまた列車密度も増大したので、回復余力が殆んど無いか又は極めて僅かな列車も存在すること、更に昭和三六年当時の不完全な運転保安施設の下では列車の速度を高める回復運転は一般的に列車事故の原因となること、定時運転が高く評価せられ遅延を回復することが推賞されるという現場の雰囲気の下では勢い無理な回復運転が行なわれ勝ちで危険を伴うことなど昭和三六年当時において回復運転が安全性の面から必ずしも好ましくないものであつたことが認められる。しかし回復運転の可能な列車或は区間で且つ許容速度の範囲内での回復運転をも画一的に運転事故の原因となるので行なわないとすることは運心第五一条「機関士は列車が遅延したときは許された速度の範囲内でこれを回復することに努めなければならない」との規定に違反するものといわねばならない。

三、徳島、高知各支部の指令、指示

徳島、高知各支部の指令、指示の内容は、前記地本指令第一五号に定めた基準の当てはめとでもいうべきもので、その趣旨において地本指令第一五号と殆んど同一内容であり、その実施を指令指示したものである。したがつて徳島、高知各支部における指令指示の内容の運心違反等の点については地本指令の場合と同様に考えて差支えないというべきである。

四、そもそも被告経営にかかる鉄道事業の如く、これに従事する職員の職種が複雑多岐にわたる職場において業務が安全確実に遂行されるためには関係職員全員の協力一致が必要であつて業務の遂行は統一した指揮の下に実施せられなければならない。証人中島達敬、同名波克郎、同皆見照一、同久利正夫の各証言と原告清家和俊本人尋問の結果によると、原告らの前記指令指示の内容は安全運転により踏切や線路上の事故を防止するという面では効果的であり、その結果或る程度の列車遅延を生じても、列車指令が列車の運行の整理ないし管理を統括しているので運転事故を防ぎ得るとはいえ、大幅に列車ダイヤが乱れることはそれ自体運転事故発生の危険性をもたらすものと認められる。したがつて原告らの前記各指令指示の内容は成立に争いのない乙第二号証の二により認められる国鉄職員服務規程第五条「職員は職務を行なうに際しては迅速正確を旨として常に関係職員相互間の連絡を図り協力しなければならない」との規定に違反するものといわねばならない。

要するに原告らが決議してなした本件安全運転の指令指示の内容は運心第二九条、第五一条、国鉄職員服務規程第五条に違反すると共に、証人皆見照一、同久利正夫の各証言により認められる「基準運転」即ち「列車の正常な運転確保のため機関区長らの現場長が平素乗務員に指示指導している列車の運転方法」と異なる運転方法を敢えて本件闘争期間(昭和三六年一二月五日から八日まで)に限り行なうことを命令したものであり、その結果前示第六、2で認定のとおり列車ダイヤは大幅に乱れ被告の業務の正常且つ円滑な運営は著しく阻害せられた。したがつて原告らの右行為は被告の企業秩序を破る不当な行為であり、成立に争いのない乙第二号証の三により認められる懲戒規程第六条第一七号の「その他著しく不都合な行為のあつた場合」に該当するものといわねばならない。

五、なお被告は、原告らの行為は運心その他の前記法条に違反するばかりでなく公労法第一七条第一項にも違反し、もつて懲戒規程第六条第一七号に定める「著しく不都合な行為」に該当する旨主張し、原告らはこれを争うので、この点につき判断する。

原告らは、先ず公労法第一七条第一項は憲法第二八条に違反するものであるから無効である旨抗争するけれども、同法条が憲法第二八条に違反しないことは既に最高裁判所昭和三〇年六月二二日大法廷判決、同昭和三八年三月一五日第二小法廷判決の示すところであり、当裁判所も右各判決と同様の理由により違憲ではないと考えるのでこの点に関する原告らの主張は採用の限りでない。

次に、原告らは、公労法第一七条第一項が違憲でないとしても、本件安全運転闘争はいわゆる順法闘争であつて、公労法第一七条第一項にいう「業務の正常な運営を阻害する一切の行為」に当らない旨主張するので検討する。

前認定の本件安全運転闘争に至る経緯等に照して本件安全運転当時動力の近代化により特に四国支社管内における気動車の大量導入による列車のスピードアツプと列車密度の増大並にこれに伴う乗務員の労働強化と自動車等の激増による交通量の増大を来したにかかわらず、踏切施設その他の保安設備の改良がこれに伴わなかつたために、列車運転上の危険性は益々増大してきたことは確かな事実であるけれども、踏切保安設備も順次改良してきたものであり、また列車ダイヤを設定するに当つても四国支社管内においても被告当局と乗務員の組合たる国鉄動力車労働組合とは団体交渉をもつて踏切保安設備その他につき協定を結ぶ等互に協調してこれを実行に移してきている状態であつて、かようにして実施してきた列車ダイヤによる列車の運行が特に運心、安全綱領その他列車運行の安全に関する法規ないしは乗務員の執務に関する法規等に違反した違法な運営をしてきたことを確認するに足るような証拠はない。

却つて、本件安全運転闘争の目的は列車の安全運転のほかに原告らの所属する右組合の年末闘争の一環として行なわれたものであつて、原告らが決議して行なつた本件安全運転の指令、指示の内容は運心第二九条、第五一条、国鉄職員服務規程第五条の規定等に違反し、これが実施の結果は列車の遅延を生ぜしめて列車の正常な運行を阻害し、もつて被告の業務の正常な運営を阻害したことは前認定のとおりである。それ故に本件安全運転闘争は公労法第一七条第一項にいう「業務の正常な運営を阻害する一切の行為」に該当するものというべきである。よつてこの点に関する原告らの主張は採用しない。

また原告らは、本件安全運転闘争は組合員を含む下部一般職員の積極的自発的意思から出発して決定実施されたものである。したがつて原告らが一般組合員をその意に反してあおり、そそのかしたようなことはない旨主張するので検討する。

もともと列車の安全な運転を行なうことは乗務員の生命であるところ、前記のような事情から特に本件安全運転当時においては乗務員たる組合員において安全運転を要望していたものである(後記参照)。ところで先ず「そそのかす」行為とは右の争議行為を実行させる目的をもつて、他の特定又は不特定の職員に対し、その行為を実行する意思を新たに生じさせるに足るような慫慂行為をすることを意味し(昭和二七年(あ)第五七七九号昭和二九年四月二七日第三小法廷判決参照)、また「あおる」行為とは右争議行為を実行させる目的で文書もしくは図画または言動によつて、他の特定又は不特定の職員に働きかけて、争議行為を実行する決意を生ぜしめるような、またはすでに生じている実行の決意を助長させるような勢のある刺戟を与えること、換言すれば相手方の感情に訴える方法により、その興奮・高揚を惹起させることを意味し(昭和三三年(あ)第一四一三号昭和三七年二月一一日最高裁判所大法廷判決参照)、いずれの場合においても右行為によつて相手方が現実に影響を受けることは必要としないが、客観的にみてその行為自体が職員の争議行為の実行に対して影響を及ぼす危険性があると認められるべきものであれば足りるものと解することができるが、その区分は必ずしも明確とは云い難く、むしろ公労法第一七条第一項後段の規定の趣旨は、公共企業体等の社会公共的性格にかんがみ、その業務の正常な運営を確保するために、その職員及び組合の争議行為を単にその実行行為の段階において禁止するにとどまらず、さらに予防的見地から、その実行行為の原動力となり、又はこれを誘発するおそれのある行為を直接禁止しようとするものであることからしてこれを要するに、「そそのかし、若しくはあおつて」とは、公共企業体等の職員が、他の特定又は不特定の職員に働きかけて、公共企業体等の業務の正常な運営を阻害する行為をするようにしむける一切の行為を総称するものであり、従つて職員が右争議行為の実行を指令し、当該指令の実行を鼓舞若しくは要求する意図をもつてこれを伝達する行為、あるいは演説・説得、いわゆるアジビラの配布、貼付等手段の如何をとわず、争議行為の実行を鼓舞し、慫慂し、説得する行為等は、それが客観的にみて業務の正常な運営を阻害する行為の実行に現実に影響を及ぼすおそれがあると認められる限り、右の「そそのかし若しくはあおる」行為に該当するものといわなければならない。

そこで原告らの行為が争議行為をそそのかし若しくはあおる行為に該当するかどうかについて検討するに、原告らが本件安全運転闘争につき本部指令を受けて更に具体的に要注踏切の基準等を設定して、その旨を記載した指令を発出し、これを実施せしめた前認定の事実関係からみて、原告らの行為は本件安全運転闘争をそそのかし若しくはあおる行為に該当するものというべきである。

以上の説示により、本件安全運転闘争は公労法第一七条第一項前段に禁止する争議行為であつて違法というべきであり、原告らの行為はその余の点の判断をなすまでもなく、同法第一項後段にいう違法な争議行為を共謀し、及びこれをそそのかし若しくはあおる行為に該当することは明らかであつて、もとより正当な組合活動とはいえないのである。したがつて原告らの該行為は運心その他の前記法条に違反するばかりでなく、右公労法第一七条第一項にも違反し、よつてもつて被告の企業秩序を破る不当な行為として懲戒規程に定める「著しく不都合な行為」に該当するものというべきである。

第八、懲戒権濫用の主張について

原告らは、被告が原告らを一〇ケ月、八ケ月、三ケ月或は一ケ月の懲戒停職処分に処したことは明らかに過重な問責であり本件各懲戒停職処分は無効であると主張するのでこの点につき判断する。およそ懲戒権はその性質上企業秩序を維持し業務の正常な運営を確保するために客観的にみて必要最小限の範囲内にとどめらるべきことはいうまでもない。そして懲戒に値する行為があつた場合にこれに対していかなる制裁を課するかは秩序違反の程度のみならず秩序違反行為の動機、目的、態様のほか、当該職員の秩序違反行為への参加の仕方、地位、懲戒処分によつて該職員の受ける打撃等の情状に照応して合理的且つ客観的に妥当性をもつものでなければならず、右情状の判定や処分の量定等の判断権は使用者の全く自由な裁量に委ねられているものではない。そこで以下本件について右情状に相当する事実について検討するに、本件安全運転闘争の動機については、前示第二の二ないし四で認定の本件闘争に至る経緯等から窺われる如く乗務員、乗客及び一般公衆の生命、身体を列車事故から守るには安全運転以外に方法がないという切羽詰つた気持から本件安全運転闘争をなすに至つたものであること、本件安全運転闘争はその行なわれた時期の関係でいわゆる年末闘争の一環としての性格を兼ね備えていたことは否定できないが、他面にまた、昭和三六年当時四国支社管内の列車保安施設が著しく不備な状態にあつたので、これが改善を要求することにあつたこと(前示第二の二、第六1)、秩序違反行為の態様については、基準運転に反した運転方法を指令したとはいえ、安全運転を行なう要注踏切の選定は輸保第一〇一号を基礎とした四国支社における踏切設置基準に一応依拠し、原告らが全く恣意的に定めたものではないこと(前示第七の二)、組合指令に基づく運転方法であつたが、列車はあくまで列車指令の管理統括の下に運行されていたこと(前示第七の二)、列車密度や昭和三六年ごろの設備状況では多くの回復運転は期待できずまた遅延を回復することが好ましいとされる雰囲気の現場では無理な回復運転が行なわれ勝ちであること(前示第七の二)、証人吉田軍市、同福本増太郎、同香川弘文、同中島達敬、同大島藤太郎、同久利正夫、同山口信夫の各証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)各本人尋問の結果によると、予算上その他の都合で危険な踏切の整備が遅れていても、さような事情は列車ダイヤ編成の上で考慮されていないこと、したがつて日ごろ被告の定めた基準運転を行なう乗務員は危険な踏切で事故でも起れば運が悪いのだという不安とあきらめの気持をもつて運転していること、また危険防止のため列車が遅延しても決して喜ばれるような現場の実情ではなく、運転審査の指導面においても遅着は早着の二倍減点せられるなど正確迅速なことが取りも直さず安全につながるという考え方が強く支配していること及びもともと列車の安全な運転を行なうことは乗務員の生命であるところ、前記のような事情から特に本件安全運転当時においては乗務員である組合員において安全運転を要望していたものであることが認められる。このような現場の実態を勘案すると、原告らの指令指示が基準運転に違反するとしても輸送業務の最大の使命である安全という面からは、企業秩序違反行為の態様としてはさほど強く非難されるべきものではない。そのほか秩序違反の程度についても安全運転による直接の遅延時分は一列車につき最高一〇数分程度であつたこと(前示第四6、第五7)、本件闘争に対する被告の態度については、各現場長から口頭又は文書で中止の指示をなしたが、危険な現場の仕事に従事する者の先輩同僚として原告らの行動に対し幾分同情的な態度を以てのぞんでいたこと(第四2ないし5、第五2ないし6)、四国支社としても闘争時には予め総裁又は支社名で警告を広報に掲示し或は警告書を組合責任者に手交するのが通例であるにもかかわらず本件安全運転闘争に関しては闘争期間中の一二月六日附で発した警告書が同月七日午後に手交されており(第三10)通常の争議とは取扱いを異にしている。

ところで本件安全運転闘争を引き起こす契機となつた運転保安施設の改善に対し被告の示した態度については前示第二の二、三で認定したところである。被告は公共企業体としてその予算につき国鉄法により一応自主性を認められてはいるが(国鉄法第三六条ないし第五一条)、被告が作成した予算は当該事業年度の事業計画、資金計画その他予算の参考となる事項に関する書類を添えて運輸大臣に提出し、運輸大臣は大蔵大臣と協議して必要な調整を行ない閣議の決定を経たうえで国会の議決を経なければならない(同法第三九条の二)、また被告は国会の議決を経た予算に基づいて四半期ごとに資金計画を定めこれを運輸大臣、大蔵大臣及び会計検査院に提出しなければならず、大蔵大臣は提出された資金計画が国の資金の状況により実施することができないと認めるときはその実施できる限度を運輸大臣を経由して被告に通知し、被告は右通知を受けたときはその通知に基づいて資金計画を変更しなければならない(同法第三六条の一六)。このように被告は予算等につき法律上の制約を受けるほか、全国的規模の企業体として踏切等運転保安施設の整備には莫大な予算を必要とするゆえ全国均一にこれを実施するわけにはゆかず大都市周辺その他基幹線の整備を急ぐのも当然のことである。更に踏切道の整備改善は第四種踏切を第三種踏切に改良するだけではなく、立体交差をはじめ踏切道の幅員拡張、軌道回路の延伸等多種にわたると共に道路を管理する官公庁や地元民との協議が調わないと整備に着手できない場合もある。かくの如く被告が運転保安施設の改善をなすにつき各種の制約を受けるものであることは十分認められる(前示第二の二3)。しかしながら被告経営にかかる鉄道事業の如き高速度交通機関は本来的に危険性を有するにもかかわらず、それが社会的に有用な事業として是認せられるのは、事業に附随する危険から乗務員、乗客並びに一般公衆を保護するため社会通念上相当と認められる程度の安全設備を設けることがその前提となつている。ところで被告の四国支社においては昭和三三年ごろから気動車を大量に導入して列車密度の増大と列車のスピードアツプを行なつたが、自動車の飛躍的増加と相俟つて踏切の危険性が増加し、従来の列車保安施設では列車運転の安全を確保できず、踏切事故は毎年増加の一途をたどつていた(前示第二の二)。このような情勢の下では危険防止のために気動車への投資を幾分見合わせても踏切の改善その他運転保安施設の充実を急ぐべきことは安全を最大の使命とする高速度交通機関の経営者たる者の任務である。しかるに四国支社では昭和三三年二五輛、同三四年三二輛、同三五年九八輛、同三六年六輛、同三七年四五輛という大量の気動車を導入しながら、踏切整備費(但し立体交差のための費用を含まない)としては昭和三三年約二、五〇〇万円、同三四年約三、〇〇〇万円、同三五年約三、三〇〇万円、同三六年約六、七〇〇万円、同三七年約五、〇〇〇万円余の投資をみたに過ぎない(前示第二の二3)。そこで被告が気動車と踏切保安施設のいずれに且つどの程度重点を置いて投資してきたかを比較するに、便宜上昭和三六年当時の価格で換算すると、昭和三六年ごろ気動車一輛の価格は約二、〇〇〇万円であつたのに対し第四種踏切を第三種に改良するための費用は一ケ所当り平均一〇〇万円であつた(前示第二の二3)から、気動車一輛の資金さえあれば二〇ケ所の危険な第四種踏切を第三種踏切に改良できるわけであつて、このような観点から昭和三三年以降同三七年までの気動車と踏切整備への投資を比較すればその間に著しいアンバランスがあり気動車への投資に非常な重点を置いていたことが認められる。その後昭和三八年から踏切整備のための予算は著しく増額され踏切施設の改善が急速に実施せられた結果、自動車台数の急速な増加にもかかわらず踏切事故数が横ばいから減少の傾向を示していること(前示第二の二)は踏切事故を防止するには物的施設の整備がいかに効果的であるかを物語るものであると同時に右整備に至るまでの長い間、その責任の所在はともかくとして被告は高速度交通機関の経営者として乗務員、乗客及び一般公衆保護のため社会通念上相当と認められる程度の安全措置をも欠いていたといわねばならない。

以下右の諸事情と各原告が本件安全運転闘争において果した役割を総合して考察するに、

1  原告大谷、同阿部、同遠藤、同長戸、同堀川、同藤松については、右原告らは徳島、高知各支部の三役として地本指令第一四号、第一五号の実施を確認し、徳島気動車区、高知機関区各管内にある踏切の中から四国地本が設定した要注踏切の選定基準に該当するものを選定し、その他の事項については殆んど地本指令と同一内容のものを各支部指令として発出し、その実施を指示し、集約についても地本指令を待つて行なつたものであり、更に原告大谷、同長戸については、乗務員に本件安全運転闘争の実施を具体的に指示説明したが、もともと乗務員の本件闘争に対する関心が相当強かつたので、乗務員にそれ程強い影響力をもつ行動をなしたと認めるに足る証拠はない(前示第四、第五)。要するに本件安全運転闘争において右原告らが果した役割、立場は地本指令の当てはめないしは伝達行為ともいうべきでありそれ以上に出るものではない。ところで前記懲戒規程第七条によると、同規程第六条第一七号該当行為があつた場合にとりうる懲戒処分としては免職、停職、減給、戒告の四種類が定められているが、右範囲内においては懲戒権の行使は使用者の合理的な裁量にゆだねられているところ、右原告らの前記秩序違反行為と本件安全運転闘争に立ち至つた経緯殊に運転保安施設の改善に未だ被告の積極的態度がみられなかつた昭和三六年当時の事情その他前記認定の諸般の情状とを合わせ考えると、被告が前記各種懲戒処分のうち停職を選択して右原告らを各懲戒停職処分に付したことは懲戒権行使において合理的裁量の程度を著しく超え客観的妥当性を欠く処分として無効と解すべきである。

2  原告塩田、同高須賀、同清家については、前示第三で認定の事実及び原告塩田嘉吉本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、右原告らは四国地本の三役として本件安全運転闘争の基本となつた地本指令第一五号の内容(殊に要注踏切の選定基準及び「線路上又はその附近」の解釈)につき予め動力車労組本部の了解を得ていた点で本部指令を逸脱するものではないが、本件闘争内容の実質的な決定に参画した点ではその責任は軽くない。しかし原告高須賀の徳島支部における行動も同支部役員や乗務員にそれ程強い影響力をもつていたとは認められず(前顕乙第六号証の一のうち右認定に反する部分は措信しない)、また原告高須賀が徳島支部に、原告清家が高知支部にそれぞれ派遣されたのも結局原告塩田の指導下になされたものと認められる。原告高須賀、同清家が本件安全運転闘争において果したこのような役割、地位等と全原告に共通の前記情状とを彼此考合すると前記1と同様の理由により原告高須賀、同清家に対する本件各懲戒停職処分もまた無効と解すべきものである。

原告塩田は昭和三一年六月以来組合専従職員であつて四国地本の責任者であるだけではなく、本件安全運転闘争の基本となつた地本指令第一五号の内容を決定した四国地本三役会議における主導者であり、また本件闘争期間中、四国地本に在つて闘争全体を掌握していたことが認められるところから、実質上も本件闘争の最高指導者というべきである。かように原告塩田はその地位、本件闘争において果した役割においてその責任は重く全原告共通の情状を斟酌しても原告塩田に対する本件懲戒停職処分は裁量の合理的範囲を逸脱した過重な問責ということはできず、したがつて本件懲戒停職処分が懲戒権の濫用であるとする原告塩田の主張は理由がない。

第九、原告塩田に関する不当労働行為の主張について

原告塩田は、本件懲戒処分はかねてから同原告が活発に組合活動を行なつてきたことを決定的理由としてなされたものであつて不当労働行為であると主張するので審究するに、証人名波克郎の証言と原告塩田嘉吉、同高須賀治(第一回)、同清家和俊各本人尋問の結果によると、原告塩田は昭和二三年四月国鉄労働組合の多度津機関区乗務員分会長に選任されたのを始めとして、同二四年五月同労組四国乗務員会会長、同二七、二八年動力車労組四国地本執行委員、同二九、三〇年四国地本副執行委員長、同三一年五月四国地本執行委員長に選任せられ本件闘争時まで引続きその地位にあつたが、その間四国支社の近代化、合理化が急激に進められる段階において度々ダイヤ改正が実施せられ、その都度被告と労働条件の問題をめぐつて団体交渉を重ねたが被告としては思うとおりのダイヤ改正が実施できず原告塩田に対し反感を抱いていたこと、昭和三五年一二月の松山機関区と松山客貨車区との統合問題では国鉄労働組合と動力車労組を差別して取扱つたこと、四国支社名波総務部長が動力車労組との重要な団体交渉に出席しないことがあつたこと等の事実が認められるけれども、被告が原告塩田を本件懲戒停職処分に付したのは前記のような理由によるものであつて、右認定の事実を以てしては、未だ原告塩田を本件懲戒処分に付した決定的動機が同原告の活発な組合活動を嫌悪したことにあると認めるに足りず、その他原告塩田の主張を認めるに足る証拠はない。したがつて原告塩田の右主張は採用できない。

以上の理由により原告高須賀治、同清家和俊、同大谷秀夫、同遠藤利男、同阿部与幸、同長戸幸吉、同堀川勇喜、同藤松春好の本訴各請求は理由があるからこれを認容し、原告塩田嘉吉の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘盛行 村上明雄 西川賢二)

(別紙省略)

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