大判例

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高松地方裁判所丸亀支部 昭和27年(ワ)126号 判決

原告 宮本良平

〈外五名〉

右六名代理人 藤原俊太郎

被告 鈴木繁良

〈外二〇名〉

右二一名代理人 阿河準一

主文

原告らの請求をいづれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告六名に対しそれぞれ金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二七年一一月六日よりその支払の済むまで年五分の割合による金員を支払い、且つ原告らのために別紙目録記載の文言による謝罪広告を日刊四国新聞朝刊に記載せよ、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として≪以下省略≫

理由

原告ら六名が同一家族であつて、原告良平が戸籍筆頭者、原告勇七がその祖父、原告アサノがその母、原告忠文、同岩夫、同義文がいずれもその弟であること、原告良平が日本農民組合の組合員であつて、同組合香川県飯野村支部津之郷班に所属していたところ、昭和二一年二月下旬頃、当時原告家の小作人であつた被告高徳茂夫、同川西蔦次、同稲田俊夫、同水野友徳らに対してそれぞれその小作田地の返還方を請求したため、同年五月二日に開催した右津之郷班の総会において、「津之郷班規定第一二条第二項に依り宮本良平を除名する。組合員は今後除名者に対して労力及び機械器具の提供、その他一切の協力をしない。除名者が組合員の生活及び地位の安定を侵害するときは、組合員は一致団結し全力を傾倒して徹底的解決のために邁進する。組合は除名者が除名によつて蒙るべき一切の被害、損失について何ら賠償の責に任じない。」旨の決議をなされ、その決議に基いて同日同班から除名されたため、組合員としての地位を喪失した者であること、及び被告宮本秀太郎を除くこの余の被告らがいずれも右津之郷班に所属する日本農民組合の組合員であつて、それぞれ右除名決議に関与賛同した者であり、被告宮本秀太郎が右津之郷班に所属する者でないことはいずれも当事者間に争がない。

原告らはそれぞれ被告らが右除名決議の内容を実行した結果事実上原告一家を村八分として差別待遇し、そのため原告らに対して精神的苦痛を蒙らしめ、その名誉を毀損した旨主張するのでこの点について考えてみよう。先ず被告宮本秀太郎について考えてみると、同被告が津之郷班の班員でないこと、及び本件除名決議が津之郷班の総会において同班員のなしたものであることが当事者間に争のない以上、被告宮本秀太郎が右決議に関与したものでないことは明白であり、他に同被告がその決議の成立について側面的に策動支援したり、或は決議後においてその余の被告らと共に原告らに対して村八分的取扱をしたりしたことについては、原告らの全立証を以つてしてもこれを認めるに足る資料がないから、被告宮本秀太郎に対する原告らの請求は既にこの点においてそれぞれ理由がないと謂わなければならない。次に被告宮本秀太郎を除くその余の被告ら(以下単に被告らという)について考えてみると、当事者間に争のない前記除名決議の内容と証人寒川清太郎、同都築小平、同高木又行、同大西静雄の各証言、証人高橋泰助の証言の一部、及び原告宮本良平、同宮本アサノ、同宮本義文の各本人訊問の結果を綜合すると、原告ら及び被告らの居住する津之郷部落の全戸数は僅かに約八〇戸程度であるところ、日本農民組合傘下の津之郷班に所属する組合員数はその大半以上の約六〇名にも上つていること、本件除名後においては原告家の者がその所有田地の耕作方を被告ら津之郷部落在住者に対して依頼しても本件決議を理由として何らの協力をも得ることができず、よつて原告家としてはやむを得ず他部落に在住する寒川清太郎、都築小平、高木又行、大西静雄らに対して態々その旨を懇請し、同人らの協力を得て辛うじてその田地耕作、農業経営などを続けていたものであること、殊に除名後既に多少の日数が経過している昭和二二年頃においても、高木又行が原告家のためにその所有田地を耕作していたところ、その現場に赴いた津之郷部落民が同人に対して耕作の中止方を要求しその阻止を計つたこと、被告ら部落民が除名後においては原告一家をともすれば白眼視し、同家との日常交際を意識的になるべく避けるようにしていたこと、及び昭和二六年春頃になつて、原告義文が原告家を代表して高松法務局人権擁護部に赴き、被告ら部落民が原告一家を村八分として差別待遇していることは原告らの人権を蹂躪し、自由を束縛すること極めて甚しいから調査の上適当な救済方法を採られたい旨の申立をするに及んだことをそれぞれ認めることができる。右の認定に反する証人須藤保雄、同宮崎豊太郎、同大林重雪、同大林巖、同宮本雪次の各証言、証人高橋泰助の証言の一部、及び被告藤原始本人訊問の結果はいずれも信用することができないし、他に右認定を覆えすに足る資料はない。そして、本件除名処分のなされた直接の原因が、原告良平において当時未だその小作人であつた被告高徳茂夫ら数名の者に対し、その小作田地の返還方を請求したことに因るものであることは当事者間に争のないところであり、従つて、被告ら津之郷班員としては、そのような農民として最も重大な利害関係をもち、且つ当該本人にとつては殆んど致命的な結果をもたらす小作地の取り上げということを防止する目的を以つて、所属組合員の利益を擁護するためやむを得ず本件除名処分という対抗手段を採らざるを得なかつたものであることは充分に推察することができる。然しながら右に認定した事実によると、津之郷班員である被告らは、その除名決議に基き原告良平を除名したに止まらず、前記決議の内容をすべて現実に実行し、更にはその決議に係る事項以上に遥かに強く原告ら一家に対して集団的圧迫を加え、その結果原告一家を事実上村八分として差別待遇をなし、原告らの人格権及び自由権を不当に侵害したものと謂わざるを得ないのであつて、その行為の趣旨、目的が地主である原告らの小作地取り上げの意図を挫折せしめることにあつたとしても、原告らの権利を侵害することが右認定のような域に達している以上、被告らの原告らに対する集団的差別待遇は法律上共同不法行為として観念せざるを得ないものと謂わなければならない。そして、原告らが右差別待遇に因つてそれぞれかなりな精神的苦痛を蒙つたであろうことは極めて看易い道理であるから、共同不法行為者である被告らは連帯して原告らに対しそれぞれその精神的苦痛に因る損害を賠償しなければならない筋合であることはいうまでもない。

然しながら、被告らは、本件紛争については既に原告らと被告らとの間に和解が成立しているのであつて、原告らはその際右賠償請求権を抛棄したものである旨抗争するので進んでこの点について考えてみよう。成立に争のない甲第五号証の一及び二、乙第一号証に証人三原正、同高橋泰助、同須藤保雄、同宮崎豊太郎、同大林巖、同三野田清訓の各証言、被告藤尾始本人訊問の結果、及び原告宮本良平、同宮本義文の各本人訊問の結果の一部を綜合すると、原告宮本義文が本件村八分に関する紛争を人権侵犯事件として高松法務局人権擁護部に対して申立をなし、その救済方を求めたので、昭和二七年三月二四日頃同部勤務法務事務官三原正が本件調査のため津之郷部落に出張して種々事実調査をなした結果、多少の差別待遇事実を看取したので、原告ら及び被告らに対して和解を試みたこと、その結果同事務官の熱心なる斡旋、調停により同日津之郷部落の集会所において、津之郷班員である被告らと原告家の代表者であり、且つ和解に関する代理権をもそれぞれ他の原告らから与えられていた原告宮本義文との間において和解が成立し、その際の約定は、(1)被告らは本件除名決議を解除した上、除名解除の旨を記載した文書を作成して三原事務官を通じて原告ら一家に交付すると共に、今後原告ら一家とは一切を氷解して正常な交際を回復し何らの差別待遇をしないこと、(2)原告らは被告らの右申出を了承した上、過去のことは一切論外として問わないこととし、今後は被告ら部落民との間に円満な交際を回復し、善隣友好の関係を継続することに努めることという趣旨であつて、原告宮本義文、被告藤原始及びその余の被告らはいづれも右和解条項を承認し、且つ原告義文においては原告らの代表者として右示談の成立を確認すると共に、被告ら部落民に対して将来の相互の融和について協力を要請する趣旨の挨拶を立会者である三原事務官及び参会者である被告らに対してなした上、一同は無事に散会したこと、原告義文は帰宅した後その余の原告らに対して右示談解決の経緯及び結果を報告したところ、いずれもそれを諒としたのであるが、原告宮本良平においてはなお形式的手続として、被告らより、被告らが従来の行為について原告らに謝罪する旨を記載した除名撤回文の交付をうけることができれば、更に好都合であると思料したこと、そのため原告良平は昭和二七年四月三〇日に至り右三原事務官に対し、書信を以つて、右趣旨の撤回文を被告らより交付をうけることができるように善処ありたい旨依頼したが、同事務官から何らの返報にも接することができない侭に現在に至つていること、及び前記和解成立後に関する限り原告らと被告らとの間において、なおかつ前記認定のような村八分的な関係が残存しているものとはいうことができないことをそれぞれ認めることができる。右の認定に反する原告宮本アサノ本人訊問の結果及び原告宮本良平、同宮本義文各本人訊問の結果の一部はいずれも信用することができないし、他に右認定を覆えすに足る資料はない。そうすると、本件村八分に関する一切の紛争は、右同日限り、その余の原告らから和解についての代理権をも授与されていた宮本義文と被告らとの間に和解が成立したことにより、双方とも何ら財産上の出捐をすることもなく、すべてが雲消霧散して解決されたわけである。従つて原告らとしては、該事件によつて同日までにうけた精神的苦痛に因る損害に対する賠償請求権についても、その際当然抛棄したものであると認めるのが相当である。そして、原告良平としても、当時前記趣旨の和解成立について根本的には何らの不満をも感ずるところがなかつたのであるが、唯単に手続的な面において被告らから謝罪文的な文書の交付をうけることができれば更に妥当であると考えたに過ぎないのであるから、偶々その希望が達せられなかつたとしても、そのような主観的希望乃至内心的意慾が右和解の成否について何らの影響をも及ぼさないことは勿論であると謂うべく、尚何よりも動かし難いことは、同原告が和解についての代理権を与えていた原告義文が既に被告らとの間においてなし了えている前記和解契約が完全に成立し、有効であることであつて、その契約自体においてそれを無効とすべき何らの瑕疵をも帯有していない以上、独り原告良平の意思のみによつてその契約の効力が左右されるものでないことは明かであると謂わなければならない。もつとも、原告良平が被告らより右趣旨の文書の交付をうけ、それを保存しておきたいと熱望する意図が極めて無理からぬことは、当裁判所においても充分に推察酌量することができるのであるけれども、さればといつて、そのことから右和解契約の有効性を覆えすことができないのは右に説明したとおりであつて、この点は法律的見地からしてもまことにやむを得ないものと謂わなければならない。

そうすると、原告らはいずれも被告らに対しそれぞれの精神的損害についての賠償請求権を曽つて取得していたわけではあるが、その後前記和解によつていずれもその請求権を抛棄したものであり、和解後において被告らが原告らを差別待遇していたことの認め難いことは前記のとおりであるから、原告らの被告らに対する各請求は、既に抛棄してしまつている右損害賠償請求権が未だに現在していることを前提としているわけであつて、いずれもその理由のないことが明かである。よつて、被告宮本秀太郎及びその余の被告らに対する原告らの請求はすべて失当であるからこれを棄却することとなし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田侃四郎 裁判官 田村三吉 坂上弘)

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