大判例

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高松高等裁判所 昭和27年(う)235号 判決

控訴人 被告人 長谷川正晴

弁護人 唐津志都磨

検察官 大北正顕

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人唐津志都磨の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点中理由くいちがいの論旨について。

論旨は、原判決はその事実摘示においてくいちがいがあると主張する。仍て検討するに原判決は被告人が昭和二十六年三月二十日発行の旬刊新聞「街」の紙上に山下繁雄及び道下正寿に関する原判示の如き記事を執筆掲載してその頃右新聞数百部を購読者に頒布した事実を右両名の名誉を毀損した行為と認定した趣旨であること明かであり、原判決が事実摘示の後段において「右掲載の事実中山下繁雄が右の如く不当高額の二重請求した点や道下正寿が決算せず収支報告をもせず又でたらめをしているとかいう事実はその真実たることの証明なきもの」と判示したのは原判示記事中の重要な点について真実なることの証明がないことを判示したものであり、如何なる点が名誉毀損になるかの点につき必ずしも所論の如く原判決の事実摘示にくいちがいがあるとはいえない。論旨は理由がない。

同第一点中事実誤認の論旨について。

(一)論旨は山下繁雄に関する記事中不当高額の二重請求をした点についてはその真実なることの立証がなされていると主張する。しかし論旨摘録の証人富永憲一、同山田守、同徳原正夫の原審公判廷における各証言(原審第二回及び第四回各公判調書参照)によつては徳原正夫が被告人又は富永憲一に対し原判示記事内容の如き事実を話したことを認め得るに止まり未だ本件記事内容が客観的に真実であることを認めるに十分でなく、その他原審が取調べた各証拠に徴するも山下繁雄に関する原判示記事内容が真実であることの証明があつたものとは見られない。尚同人に関する原判示記事中二重請求の点が所論の如く重要ならざる細目に関する点であるとはいえない。

(二)論旨は道下正寿に関する記事中同人が決算をせず収支報告もせず又でたらめをしているという点については真実なることの証明がなされていると主張する。而して所論の如く原審における証人山下繁雄、同道下正寿の各証言(原審第二回公判調書参照)に徴すれば東洋真珠株式会社においてはその会計年度は六月一日より翌年五月三十一日迄であつてその年度末に決算報告をすることと定められていることを認め得るけれども、本件記事は道下正寿は帳簿も全部握つていて当然決算或は収支報告をすべきであるに拘らずこれをしないとの趣旨であるから、当時未だ年度末でないから右道下が決算報告をしなかつたという事実が認められるとしても直ちに右記事の内容が真実であるとはいえない。原審が取調べた各証拠を検討しても道下正寿に関する原判示記事内容が真実であることの証明がなされたものとは見られない。また道下が種々でたらめをしているとの点が所論の如く本件記事中重要ならざる細目に該当する部分であるとはいえない。

(三)論旨は次に被告人は本件記事内容は真実であると信じていたものであるから犯意がないと主張する。仍て先ず刑法第二百三十条の二の場合において摘示事実が真実であることの証明がなされなかつたとしても行為者が事実の真実であることを信じていたときは犯意の成立を阻却するや否やの点につき考察するに、刑法第二百三十条の二は同条所定の要件を充たす名誉毀損行為については真実なることの証明があつたときはこれを罰しない旨規定しているから当該摘示事実が真実であることの証明がなされたときは行為の違法性を阻却するものと謂はなければならない。従て行為者が摘示事実を真実なりと信じた場合は行為の違法性阻却事由を認識していた場合であり犯意の成立を阻却するものと一応謂うことができる。しかし本条の場合は所論の如く行為者が単に事実を真実と信じたのみで犯意が阻却されると解するは相当でなく、刑法第二百三十条の二が真実なることの証明があつたときのみこれを罰しない旨規定していることとにらみ合せて考えるときは、行為者において摘示事実が真実であると信ずることが健全な常識に照し相当と認められる程度の客観的状況の存在が立証されたとき初めて犯意の成立を阻却するものと解しなければならない。今本件につき観るに被告人は徳原正夫より山下繁雄及び道下正寿に関する原判示の如き事実を聞くや右事実は徳原が他より聞いた事実であるに拘らずその真否を十分確めることなく漫然その言を材料として旬刊新聞に本件記事を執筆掲載したことを本件証拠上認め得るに止まり、原審が取調べた各証拠に徴するも被告人が本件摘示事実が真実であると信ずることが相当と認められる状況は未だこれを認めることができない。従つて本件においては被告人に犯意がなかつたものと見ることはできない。

これを要するに本件全証拠に徴するも原判示記事内容が真実であるとの証明があつたとはいえずまた被告人に犯意がなかつたとは見られず、原判決の認定は蓋し相当であつて所論の如き事実誤認は認められない。従つて論旨は採用できない。

同第二点について。

論旨は原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼす法令の違反があると謂うのである。

(一)原審第三回公判調書(昭和二十六年十一月十九日の公判)に徴すれば証人浜田寛一及び証人森池シズの各尋問に際し尋問前宣誓を命じ且つ偽証の罰を告げた旨の記載のないこと所論の通りである。しかし昭和二十六年最高裁判所規則第十五号による改正前の刑事訴訟規則第四十四条によれば証人に宣誓を命じたこと及び偽証の罰を告げたことは公判調書の所謂必要的記載事項とされていないから公判調書にその旨の記載がないからといつて直ちにこれ等の手続が履践されなかつたものと見ることはできない。而して前記公判調書の末尾には浜田寛一及び森池シズの各宣誓書が添付されて居り且つ証人尋問前の手続につき訴訟関係人より異議の申立がなされた形跡はなくその他右各手続が行われなかつたことを窺うに足る資料も存しないから証人の宣誓及び偽証の罰の告知等の手続は寧ろ適法に行われたものと認めるを相当とする。

(二)原審第四回及び第五回各公判調書に徴すれば証人山下繁雄、同藪下フジヱ、同道下正寿を各再尋問するに際し裁判官はさきになした宣誓の効力を維持する旨告げ新に宣誓をさせていないこと所論の通りである。しかし裁判所が同一の証人を重ねて尋問する場合に前回なされた宣誓を維持することによつてあらためて宣誓手続をなすことを省略しても手続法違背とならないことは従来旧大審院が判例として認めたところであり、新刑事訴訟法の下においてもこれを違法とすべき理は見出せない。従て前掲各証人の再尋問に際し前回の宣誓の効力を維持した原審の措置が刑事訴訟法第百五十四条刑事訴訟規則第百十八条等の規定に違背するものとはいえない。

これを要するに原審の訟訴手続に所論のような違法は認められず、論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は原判決の量刑は不当であると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに被告人は徳原正夫の言を軽信して十分その真否を確めることなく「街」なる題号の旬刊新聞に原判示の如き記事を執筆掲載して山下繁雄及び道下正寿の各名誉を毀損したことは相当責むべきであるけれども、被告人は嘗て物価統制令違反罪により一回罰金に処せられたことがある外前科のないこと、本件行為は被告人の正義感情より発したものであることが窺えることその他諸般の情状を彼此斟酌すれば原審が本件について禁錮刑を選択(禁錮一月但し一年六月間執行猶予)したのは科刑稍重きに失すると認められる。従て論旨は理由がある。

仍て刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実及びこれを認める証拠は原判決の示す通りである。

(法令の適用)

山下繁雄の名誉毀損の点につき刑法第二百三十条第一項第二百三十条の二第一項罰金等臨時措置法第二条第三条

道下正寿の名誉毀損の点につき刑法第二百三十条第一項第二百三十条の二第三項罰金等臨時措置法第二条第三条

刑法第五十四条第一項前段第十条(山下繁雄の名誉を毀損した罪の刑に従い罰金刑選択)

刑法第十八条

刑事訴訟法第百八十一条

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人唐津志都磨の控訴趣意

控訴理由の第一点は原判決はその理由にくいちがいがあるか或は事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原審判決書摘示事実の後段に於て「購読者数百名に頒布し以て公然事実を摘示して山下繁雄、道下正寿の名誉を各毀損したもので山下繁雄の名誉に関しては公共の利害に関する事実にしてその目的専ら公益を図るに出たものであり道下正寿は当時琴平町会議員であつたものであるが右掲載の記事中山下繁雄が右の如く不当高額の二重請求した点や道下正寿が決算せず収支報告も決せず又でたらめをして居るとか言ふ事実はその真実なることの証明なきものであつて」と認定して居るが元来刑法第二百三十条に対して同法第二百三十条の二第一項又は第三項に於て罰せずと規定して居るのは事実が真実であると立証されれば違法性を阻却して犯罪が不成立となるのであるに拘らず(牧野英一刑法各論下巻第三十四章第八項第九項-五〇七頁、五〇九頁以下、中野次雄改正刑法の研究第一八七頁以下参照)右判決は前段に於て右新聞記事全部が名誉毀損罪を構成するが如き記載がありその後段に於ては真実の証明なき山下の二重請求の点、道下の決算せず収支報告をもせず又でたらめをして居るとの點のみが名誉毀損罪を構成するが如き記載があつて首尾一貫せず判決の理由にくいちがいがあるものと言はねばならない。

仮に原判決の全趣旨は判決の後段記載の限度に於て名誉毀損罪の成立を認めるのであつてその理由にくいちがいなしとするも次の如き事実の誤認がある。

(一)山下繁雄に関しては不当高額の二重請求をした点についてはその真実なることの立証がなされている。

原審証人徳原正夫は本件については被告訴人であり本来共同被告人たるべき立場にあるので証言当時名誉毀損罪で起訴される虞があつたので責任の追及を避ける為に被告人に責任を転換する様な供述をして居るが右証人が被告人に面接する直前に会つた証人富永憲一の供述に依れば(第四回公判調書第一四四丁以下)右徳原より本件事実通りの話を聞いたと述べて居り又被告人が同人に面会した当時別室に居た証人山田守の供述に依るも(第四回公判調書第一四八丁以下)右徳原は確信を以て述べるから町民に訴えてくれと申して居た旨述べて居るのみならず徳原証人も本弁護人の質問に対する供述中(第二回公判調書第九一丁裏)金二千円受取り乍ら更に二千円請求した旨被告人に話したと述べて居るのであつて之等の供述を綜合すれば真実なることの証明があつたと断定することが出来る。

而も右二重請求の点は山下繁雄に対する記事中の重要ならざる細目に関する点であつて如斯き部分についての若干の証明出来ない事実があつてもその他の大部分について真実の証明があれば全体としての真実を害しないものである(前掲中野一八〇頁牧野五一一頁参照)。

(二)道下正寿が決算せず収支をもせず又でたらめをして居ると言うのは真実であつてその証明がなされて居る。

原審第二回公判調書中証人山下繁雄の供述(記録第五一丁以下)及び証人道下正寿の供述(記録第五八丁以下)に依れば東洋真珠株式会社は昭和二十五年六月創立し会計年度は同年六月一日より翌二十六年五月三十一日迄であるから決算報告をする必要なく又決算報告もして居ないと述べて居るが本来決算せず又収支報告をする必要もないので左様な処置をしなかつた道下に関して右新聞に決算せず又収支報告もしなかつたと掲載したとしても名誉毀損にならないのは当然である。

更に「でたらめをして居る」と言う点に関しては前記(一)に引用した証人富永憲一、同山田守の供述に依り真実なりとの証明をなし得るのみならずこの点は道下に関する事実中の重要ならざる細目に該当する部分であつて若干事実と相違があつても尓余の部分が真実である限り全般としての真実を害しないものと言わねばならない。

(三)被告人は本件記事の内容は真実であると信じて居たものであるから犯意を欠ぐ。

名誉毀損罪については事実の真実であることを信じて居たのみで犯罪の成立を阻却するか或は信ずるに正当の理由ありとされる情況が証拠ずけられねばならないか争があるが事実の真実性が証明されるならばと言ふことは結局事実が真実ならばと言ふことに帰着するのであるから真実だと信じて居るならば犯罪は成立しないのである(牧野前掲第五一三頁以下)。本件記録に徴するに被告人は終始右の事実を真実なりと信じて掲載したものであると述べ之を覆すべき証拠なき本件に於ては結局犯意なきこととなる。

右の如き事実の誤認はいずれも判決に影響を及ぼすものであることは当然である。

控訴理由の第二点は原審の訴訟手続には法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明かである。

(一)証人に宣誓せしめず又偽証の罰を告げずに尋問して居る。

刑事訴訟法第百五十四条によれば証人には宣誓させねばならない、刑事訴訟規則第百十七条に依れば宣誓は尋問前にこれをさせなければならない、同第百二十条に依れば宣誓をさせた証人には尋問前に偽証の罰を告げなければならないと夫々規定せられて居るが原審第三回公判調書(記録第一三〇丁、第一三三丁)に依れば証人浜田寛一、同森池シズの尋問に当り宣誓を命じ又偽証の罰を告げた旨の記載がない。同公判調書末尾には右両証人の署名ある宣誓書を添付して居るけれども公判調書に記載のない以上宣誓せしめたと言うことが出来ないし又証言前に宣誓せしめた形跡がないのであるから之は法令に違反するものであり両証人の証言の結果は本件判断に重要な関係があるから判決に影響を及ぼすものと言わねばならない。

(二)宣誓せしめずして証人を尋問して居る。

第四回公判調書に依れば(記録第一五一丁)裁判官は証人山下繁雄を尋問するに当り第二回公判に於ける宣誓の効力を維持する旨宣言したのみで宣誓せしめて居ないのみならず第五回公判調書に依れば(記録第一六一丁、第一六四丁)証人藪下フジヱ、道下正寿の尋問に当りても同様の方法を取つて居る。本来刑事訴訟法に於て特に宣誓せしめるのは証言の重大性を認識せしめ真実なる供述を求むるために厳粛な形式を求めて居るのであるから必ず宣誓書に依つて宣誓せしめることを要し唯単に裁判官が前の宣誓の効力を維持する旨宣言することに依つて之に代えることは許されない。

斯様な方法は刑事訴訟法第百五十四条刑事訴訟規則第百十八条に違反するものであり而も右三証人の供述は本件裁判につき重要なる関係ある証人であるから右は判決に重大なる関係ある法令違反と言わねばならない。

控訴理由の第三点は原審判決の量刑が不当である。本件に付検察官は罰金一万円の求刑をしたに対し判決に於ては冒頭掲記の如き判決をした。

然し被告人は控訴理由第一点に於て触れた様に徳原の提供する記事を真実なりと信じて掲載したものであつて仮に名誉毀損に該当するとしても極めて軽度で極めて過失に近い犯罪と言うべく而も被告人は現在同町町会議員であつて極めて正義感強く勤勉実直な青年で同町内の有力者は被告人の罪の軽からんことを切に歎願し(記録第三三三丁歎願書参照)被告人も本件の責任を感じて「街」なる新聞紙を廃刊して尓来新聞出版に関与して居ないのである。本件は偶々同町内に於ける保守派と革重新派の政争の具に供せられ告訴されるに至つた気の毒な事案であるから仮令執行猶予とは言え禁錮刑を以て臨むことはきに失するものである。将来を誡める程度に軽き罰金刑に処し且つ相当期間その刑の執行を猶予すべきものと思料する。

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