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高松高等裁判所 昭和28年(ネ)436号 判決

控訴人(原告) 幸田アゲ子

被控訴人(被告) 松山税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人が昭和二十七年十一月二十五日控訴人に対する所得税滞納処分として別紙目録記載の建物につきなした公売処分を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人において(一)控訴人にとつて営業上最も重要なものは店舗即ち本件建物であり、店舗たるや現在の社会事情の下においては賃借することすら甚だ難くこれを購入するには巨額の資金を要し一度これを失はんか再び入手することの不可能に近いものであるから、控訴人が本件建物の差押を希望し建物に比し重要度の遙かに低い古いテーブル、古椅子等の動産類の差押を希望しなかつたというが如きは到底考え得られない。(二)本件建物内の畳建具のみを公売に付した場合仮にその公売価格が徴収金額を下廻ることが予想されたとしても果していくらで公売されるかは実際に公売して見なければ判らないから、一応畳建具類を公売に付しその公売代金が徴収金額に充たないとき改めて建物を公売に付しても決して遅くはなく又何等の不都合もない。然るに被控訴人がいきなり本件建物を公売したのは違法である。(三)終戦後においては夥しい家屋の破壊と焼失の結果我が国の経済乃至社会事情は一変したから、寧ろ特別の事情の認められる場合以外は二階建家屋の階上又は階下が夫々独立して経済取引の目的となり得るし従つて公売の対象ともなり得るものである。と述べ、被控訴代理人において、(一)本件差押当時である昭和二十七年六月二日頃控訴人は本件建物において飲食店営業を営んで居り、店舗備品であるテーブル、椅子、冷蔵庫等の動産類は飲食店営業のための必需品とも見られ、国税徴収法第十六条第一項第四号にいわゆる「営業を営む者の業務上欠くべからざる物」として差押禁止物件に該当し、これ等のものを差押えることが違法となるおそれがある。(二)右動産類が業務上必須のものでないとしても滞納者は動産を差押えられた場合これ等動産を使用できなくなるから、営業に必要な道具類の差押を極力拒否し営業上直ちに支障を来さない不動産の差押を寧ろ希望し爾後滞納税金の支払に努力するのが通常の例である。(三)本件滞納税金につき被控訴人側においても当初より公売を強行する意図はなく控訴人の任意の支払を期待していたにも拘らず、昭和二十七年八月頃控訴人は本件店舗を訴外小倉清一に賃貸し同訴外人より敷金十五万円を受取つていながら滞納税金残額の支払をしないで税務署員に対し故意に所在を不明にしたものであり、本件公売に因り控訴人が不利益を受けたとしてもそれは控訴人が自ら招いたものである。(四)畳建具は建物の従物として主物の処分に従はしめるのがその経済的効用を最も有効に発揮せしめるものである。殊に本件家屋の畳建具類は大部分規格外のものであつて家屋に取付けたままの価格とこれを取外して売却する場合の価格とは甚しい価格の相違があり、これを分離して公売したとしてもその価格は当時の徴収金額の半額にも達しない。従つて被控訴人が本件建物を公売に付したのは妥当な処置であると述べた外

原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

控訴人が別紙目録記載の建物を所有し該建物において飲食店を営んでいたところ、被控訴人が昭和二十七年六月二日控訴人の昭和二十六年度第三期分所得税金二万三千五百八十円を徴収するためこれが滞納処分として右建物を差押え、同月四日差押の登記をなしたこと、その後右滞納税金につき控訴人が同年六月二十日四千円、同年七月二十三日五千円、同年八月一日五千円計一万四千円を納入したこと、被控訴人において同年十一月二十五日右差押建物を十五万九千円で公売したこと、前記差押当時本件建物内に控訴人所有の冷蔵庫、テーブル、椅子、箪笥、水屋等の動産があつたこと、本件建物には畳、建具が備えつけられて居りこれが従物として差押の対象となつていたこと、右建物には昭和二十七年四月九日訴外東邦建物無尽株式会社の訴外東寅夫に対する十三万千百円の債権を担保するために右訴外会社のため抵当権が設定されていたこと並に本件建物公売当時の控訴人の所得税滞納額が九千五百八十円にして、これに延滞加算税、利子税、滞納処分費等を加えて合計一万二千七百四十円が本件公売処分当時の控訴人に対する徴収金額であつたことはいずれも本件当事者間に争がない。

仍て本件建物の公売処分が違法であるか否かにつき以下判断する。

(一)  控訴人は先ず本件建物差押当時右建物内には控訴人所有の冷蔵庫、テーブル、椅子、箪笥、水屋等の動産がありこれらの時価は合計約三万五千円に上るから、当時の滞納税額二万三千五百八十円を徴収するには右動産を差押えこれを公売することによつて充分その目的を達し得るに拘らず、被控訴人がこれら動産の差押をなすことなく時価七十五万円乃至八十万円(公売価格にしても十五万九千円)に達する本件建物を差押えたのは、徴収金額を収納するに必要な限度を遙かに超えた処分であり違法たるを免れず、従つてこれに基く公売処分もまた違法であると主張する。仍て審究するに、本件差押建物の時価は、該建物が前記の如く十五万九千円で公売された事実より見ても控訴人の当時の滞納税額二万三千五百八十円を遙かに超過するものであることは明白であり、当時控訴人は本件建物以外に控訴人主張のような動産を所有していたことは前記認定の通りであるけれども、原審における証人中尾美智夫の証言に徴すれば、松山税務署の係官である中尾美智夫が本件差押に先立ち控訴人方に最後の督促に赴いた際控訴人及びその内縁の夫東寅夫に対し動産類を差押えたい旨告げたところ、右東寅夫は右係官に対し店にあるテーブル、椅子等は営業上必要であるからその差押を避けられたい旨述べ、控訴人も同じ意向であつたこと、そこで右中尾係官はテーブル、椅子等は飲食店営業上欠くべからざる物件と認め他に滞納税額に充てるに足る動産等は控訴人方に見当らなかつたため、結局控訴人所有に係る本件建物を差押えたものであることを認めることができ、原審における証人東寅夫の証言及び控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難い。凡そ租税の滞納処分としての差押乃至公売は徴収すべき金額を収納するに必要な限度においてこれをなすべきであり、他に右必要を充足し得る適当な物件があるのに拘らずこれを措いてその価格が徴収金額を遙かに超過するような物件を差押え乃至公売することはもとより違法であると謂わなければならない。しかし本件の場合においては、仮に控訴人の所有していた動産類の価格が滞納税金額を上廻つていたとしても、右動産類の大部分が店舗内のテーブル、椅子或は冷蔵庫等であつて控訴人の営む飲食店営業に必要な物件であり、控訴人側において前記認定の如く営業に支障を来すことを理由にテーブル、椅子等の差押を避けられたい旨申出で、而も右テーブル、椅子等を除けば本件建物以外に滞納税金に充てるに足る物件が存しなかつた以上(本件建物及び右テーブル、椅子、冷蔵庫等以外に控訴人が滞納税金に充てるに足る物件を所有していたと認むべき資料は存しない)、本件建物の価格は徴収金額を遙かに上廻るとはいえ税務署側において本件建物を差押え結局これを公売するに至つたのも蓋し已むを得ない措置であり、本件建物の差押並に公売処分が必ずしも違法であるとはいえない。尚控訴人は、動産類の差押を回避し一度び失えば入手することが殆ど不可能な建物の差押を希望するが如きことはあり得ないと主張するけれども、飲食店営業の場合テーブル、椅子等を失えば直ちに営業に支障を来すこととなるから、控訴人において前記認定の如く営業用動産の差押を回避するということが経験則上あり得ないことであるとは見られない。

(二)  次に控訴人は、仮に本件差押が適法であるとしても、差押物件中公売に付するものは徴収金額を収納するに必要な限度に止むべきであるところ、本件建物には時価三万円相当の畳、建具が備付けられており、これは右建物の従物として本件差押の対象となつていたのであるから、右畳、建具を公売しただけで公売当時の徴収金額(前記一万二千七百四十円)を充分収納し得るに拘らず本件建物(畳、建具と共に)を公売したのは、滞納処分としての公売の目的を逸脱したものであつて違法であると主張する。仍て考察するに、本件建物については前記の通り差押前より訴外東邦建物無尽株式会社の東寅夫に対する債権を担保するため抵当権が設定されていて、その抵当権の効力は本件建物内の畳建具にも及ぶものと認められるけれども、右抵当権は昭和二十七年四月九日設定されたものであつて本件国税に優先しないから(国税徴収法第三条参照)、畳建具のみを建物と別に公売しても抵当権者の権利を不当に侵害したことにならず、本件の場合畳、建具のみを公売に付することも法律上必ずしも不可能なことではない。而して租税滞納処分における公売は滞納税金、督促手数料、延滞金及び滞納処分費等の徴収を目的とするものであるから、差押物件中公売に付するものは該徴収金額を収納するに必要な限度に止めるべきであること控訴人所論の通りであり、本件の場合若し畳建具のみの公売により徴収金額を収納するに十分であるならば本件建物を公売に付した処分は違法たるを免れない。仍て本件公売処分当時(昭和二十七年十一月二十五日)において本件建物内の畳建具を取外してこれのみを公売に付した場合の価格につき検討するに、当審における鑑定人大中満徳の鑑定の結果によれば、本件建物内の畳計二十三枚を取外して処理する場合の価格合計は昭和二十七年十一月二十五日当時において四千五百七十円であることを、また当審における鑑定人桐山貞義の鑑定の結果によれば、本件建物内の建具類の価格は家屋に附随しているものとして評価した場合合計三万三千円に上るところ、これを家屋より切離した場合の価格は右評価額の三分の一以下(即ち一万千円以下)となることを一応認めることができる。従つて右各鑑定の結果を控訴人に最も有利に見た場合畳建具のみを家屋と切離して取引する場合の価格は計一万五千五百七十円となり一見本件公売当時の徴収金額一万二千七百四十円を上廻るかの如き観を呈するけれども、右各鑑定は昭和二十九年五月二十日当時本件建物内に存する畳建具を鑑定の対象としたものであること記録上明かであるところ、原審及び当審における証人小倉清一の証言並に当審における検証の結果を綜合すれば、訴外小倉清一は本件公売処分後である昭和二十七年十二月二十日頃二宮貞利外二名より本件建物を買受けたものであるが、同人が右買受けた時より昭和二十九年五月二十日当時迄引続き使用している畳は階上の六畳間、その南側の三、八畳間及び二、八畳間の畳のみであつて、その他の畳は右買受当時既に相当古びていたためその後新しく取替えたものであること、右畳の大部分は規格外の細長い畳であること、並に表入口附近は右小倉清一が買受後模様替し表道路に面したガラス窓は同人において取付けたものであることを夫々認めることができ、右各事実に公売価格は一般市価を相当下廻ることが通常の事例であること(畳建具の公売の状況につき真正に成立したものと認める乙第七号証の一乃至二十五参照)を考慮に加えれば、昭和二十七年十一月頃においてその当時本件家屋内に取付けてあつた畳建具を家屋より取外してこれのみを公売に付した場合の価格は前記各鑑定における評価額を遙かに下廻るものと見なければならない。即ち前記各鑑定の結果によるも畳建具のみを公売に付した場合の価格が前記徴収金額一万二千七百四十円を収納するに充分であつたとは未だ認められず、寧ろ相当額不足するものと認めざるを得ない。その他畳建具のみを公売することによつて右徴収金額を収納するに充分であつたと認むるに足る資料は存しない。然らば被控訴人が畳建具のみを公売に付することなく本件建物を公売に付した処分が違法であるとはいえない。尚控訴人は仮に畳建具の価格が徴収金額を下廻ることが予想されたとしても一応先ず畳建具のみを公売に付すべきであると主張するけれども、租税滞納処分において建物を差押えた場合常に先ず畳建具のみを公売に付しその公売価格が収納金額に充たない場合に改めて建物を公売に付しなければならぬものではなく、畳建具のみの公売によつて徴収金額を収納するに十分であると認められる場合においてのみ先ず畳建具のみを公売に付すべきものと解するを相当とするところ、本件の場合は畳建具のみの公売によつては徴収金額を収納するに不足すると認められること前叙判断の通りであるから、被控訴人がいきなり本件建物を公売に付したからといつて控訴人所論の如く違法であるとはいえない。

(三)  控訴人は更に本件公売に付した建物は二階建であるから、階上と階下とは分割して公売することが可能であり、階上又は階下のみを公売しただけで前記徴収金額を収納して余りあるに拘らず敢て建物全部を公売に付したのは必要限度を超えたものであり違法であると主張する。しかし一個の建物の階上と階下とは両者が截然と区分されて夫々独立の建物と同様の経済上の効用を全うできるような特別の情況の存する場合は格別(所謂区分所有権の対象となり得る場合)、然らざる限り独立して所有権の対象となり得ないものと解すべきであるところ、本件建物については右のような特別の情況は認められないから、階上又は階下のみを公売に付することは許されないものと謂わなければならない。また終戦後における我が国の住宅払底事情を考慮に容れても控訴人所論の如く階上又は階下のみが通常経済取引の目的となり得るとは到底認められない(当審における証人大政四郎の証言参照)。従つて階上又は階下のみを公売に付することが可能であることを前提とする控訴人の右主張は理由がない。

(四)  最後に控訴人は、以上の各主張が容れられないとしても、被控訴人において徴収金額を収納するに必要な措置を講ずべき誠意さえあれば高々一万円余りの金額を収納するには本件建物を公売に付する以外に他に適切な措置があつた筈であり、右措置を講ずることなく本件建物を公売に付し、ために控訴人をして唯一の不動産を失はしめ精神上物質上多大の損害を蒙らせたのであるから本件公売処分は実質的に法の精神に反し違法たるを免れないと主張する。仍て考察するに、本件は徴収金額僅かに一万二千七百四十円であるに拘らず相当の価格(公売価格にても十五万九千円)を有する本件建物を公売に付した事案であり、一見滞納者たる控訴人に対し甚だ酷に失するかの如き観を呈しているけれども、原審及び当審における証人小倉清一の証言によれば、控訴人は本件建物を差押えられた後昭和二十七年七月下旬頃本件建物を右小倉清一に賃貸し、敷金名義で同人より十五万円を受取つたこと、控訴人は転居に際し右小倉に対し税務署の係官が訪ねて来ても控訴人の行先は不明であるとして現住所を知らせないように依頼したこと、本件公売処分前税務署係官が本件建物に控訴人を訪ねたが右小倉清一は控訴人の依頼通り右係官に対し控訴人の現住所を知らせなかつたことを夫々認めることができ(原審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難い)、被控訴人において本件公売に先立ち尚滞納税金の督促その他の措置を講ずることが望ましかつたとしても、右認定の如く控訴人が現住所を秘していた以上右措置を講ずることは困難であり、他方控訴人は当時借金の支払に追はれていたとしても(当審における証人小倉清一の証言参照)、右認定事実より見れば果して納税につき誠意を有していたか否かも疑はしく、被控訴人において事前に控訴人に対し何等かの措置をとることなく控訴人所有の唯一の不動産である本件建物を公売に付したからといつて、かかる結果を招来したのは控訴人自身に相当責むべき点があり、本件公売処分が控訴人主張の如く実質的に法の精神に反するものであるとは未だ見られない。

これを要するに控訴人の主張する本件公売処分の違法事由は叙上説示の通りいずれも採用し難く、該処分を取消すべき事由は認められないから、控訴人の本訴請求は失当であると謂わなければならない。従つて右と同趣旨の下に控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 萩原敏一 浮田茂男)

(目録省略)

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