大判例

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高松高等裁判所 昭和41年(ネ)212号 判決

控訴人

楠瀬徳義

控訴人

楠瀬栄恵

両名代理人

徳弘寿男

被控訴人

代表者・法務大臣

前尾繁三郎

指定代理人

河村真登

外四名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴人らの当審における請求(拡張部分)を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人両名に対し、各金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和三九年八月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決(ただし、控訴人両名の請求中、各金二七六万三、六九七円およびこれに対する昭和三九年八月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を超える部分は、当審において拡張されたものである)ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は、主文同旨の判決ならびに控訴人ら勝訴の判決に仮執行の宣言が付された場合における担保を条件とする執行免脱の宣言を求めた。

第二  事実上の主張《省略》

理由

一当事者間に争いがない事実

(一)  被控訴人は高知市朝倉戊二九八番地で国立高知病院を経営しており、医師岩崎基はその病院長、医師角南敏孫はその副院長兼外科医長、医師小島昭三は外科医、医師野町純直は内科医で、いずれも同病院に勤務していたものである。

(二)  楠瀬光昭(昭和一二年四月一三日生)は、控訴人両名の間に出生した一男三女の長男で高知県主事であつたが、昭和三九年三月九日間病院において野町医師から肝炎及び十二指腸潰瘍と診断され同月一一日入院して治療を受け、同年四月二日退院した。その後退院加療を継続していたが同年八月一七日心窩部痛が激しく同医師から十二指腸潰瘍兼肝炎と診断されたので、再び同病院に入院して手術を受けることになつた。

(三)  光昭は八月一七日体重四六kgで顔面蒼白、気分がすぐれないまま護送で入院した。食餌区分は「流動食」と決定されたが食慾なく、同日の夕食を約四分の一摂取したにとどまつた。翌一九日は朝嘔気、腹部圧迫、鈍痛があつたためブスコパン一アンプルを注射したが食慾はなかつた。二〇日は一食の二分の一を摂取したが嘔気が強くブスコパンを注射した。二一日は全身倦怠感強く食慾全くなく嘔気が持続した。二二日は食慾なくブスコパン三錠を吸用した。二三日から二五日まで三日間食事を摂らなかつた。二四日はヒマシ油三〇ccを服用した。八月一八日には五%ブドウ糖五〇(ビタミンEC混注)を注射した(なお成立に争いのない乙二号証の一〇の八月二三日分の記載と証人角南敏孫の証言の趣旨によれば、光昭は八月二三日午後二時頃食物を摂取しようとすると血液を混じた嘔吐があり、午後四時四〇分頃嘔気持続のため一〇%フエノバール一アンプルを注射したことが認められる)。

(四)  光昭の体温は八月一八日から二〇日まで三七度以上を記録し、八月二〇日血圧は最高一五〇、最低六〇、脈圧九〇を示した。脈搏は一八日から二〇日までの間に八四から四六の間を上下に変動し、二〇日は息苦しさを訴え全身倦怠感が強く、気分不良を訴える日々が継続した。

(五)  光昭は同年八月二五日午後三時一五分頃十二指腸潰瘍の手術を受けるため手術室に入り、小島医師が麻酔係、角南医師が執刀医となつた。光昭は、手術室入室約一時間病室で前麻酔として、硫酸アトロピン一アンプル(0.5mg)およびオピスタン三アンプル(一〇五mg)の注射を受け、手術室において導入麻酔としてラボナールの、筋弛緩剤としてサクシンの静脈注射を受け、エーテル麻酔薬による閉鎖循環式吸入麻酔の方法によつて全身麻酔を受けることになつた。エーテル送入前の血圧は最高一三〇最低八〇位であつたが、三時三〇分頃麻酔を開始するに及んで血圧が下降し、約七分か八分後においては最高八五ないし八〇(この点争いがある)最低四五を示した。そこで血圧上昇剤エホチールを投与したところ、約七分位後に最高一二〇、最低八〇ないし七〇(最低に争いがある)に回復した。そこで小島医師はエーテル送入を再開し、角南医師は光昭の腹部の皮切を開始した。その直後小島医師は角南医師から注意を受けてエーテル送入を中止した。そして間もなく最高血圧は四〇位にまで低下して心停止があつた。角南医師は直ちに心臓マッサージ等を施したところ、約五分後心拍動は再開したが、意識喪失は回復せず、光昭は同月三一日午後一〇時一〇分頃死亡した。

二光昭の死因

〈証拠〉によると、光昭の死因は急性心停止による脳障害であること、心停止の直接の原因は麻酔薬の施用であり、皮切(本件の場合、皮膚と筋膜を一〇ないし一三位切開したにとどまつた)ではないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三原判決理由の引用《省略》

四術前検査の不備の主張について

すでに判断したところ(原判決引用)に次の説示を付加する。

(一)  肺機能検査の不施行について

〈証拠〉によれば、十二指腸潰瘍その他の腹部内蔵外科手術の場合は、特別の異常の認められない限り、肺活量の測定その他の肺機能検査は、これを行なわないのが通常であること、本件においても胸部レントゲン写真による検査、打聴診、心電図所見等により特別の異常が認められたので、右検査を行なわなかつたことが認められる。そうだとすると、右検査の不施行は術前検査の不備とはいえない。

(二)  循環血液量の検査の不施行について

〈証拠〉によれば、癌患者など衰弱のはげしい患者でも実際は循環血液量は殆んど減つていないのが通常であるところから、胃潰瘍とか十二指腸潰瘍の患者に循環血液量の検査を行なつている病院はまずなく、大学病院ですら、研究的目的で行なうほかは殆んどこれを行なわないことが認められる。控訴人は、循環血液量の検査中エヴアンス・ブルー法は簡単な方法であり、保険診療でも認められている旨主張するが、或る検査を施行すべきか否かは、当該疾病との関連において相対的に決すべきであり、本件病院において循環血液量の検査を施行しなかつたことは検査の不備と認めるに足りない。

(三)  アセトン体検査の不施行について

〈証拠〉によれば、昭和三九年当時においては、重症な糖尿病、高度の飢餓状態、激性の消化不良等、新陳代謝の重篤な障害でない限り、アセトン体検査をしなかつたのが一般的な取扱であつたこと(当時はテストペーパーによる簡易な方法は普及していなかつたこと)が認められ、光昭には右のような重篤な症状はなかつたとみられるから、本件病院において右検査を施行していないことは、検査の不備とはならない。

(四)  PSP(フエノルスルフォンフタレイン)試験の不施行について

〈証拠〉によれば、右試験は色素の排泄量を測定する試験であるが、相当時間を要する試験であり、腎蔵疾患が主病でない限りは一般に行なわれないこと、光昭の諸検査に現われた資料程度では右試験を行なわないのが通例であることが認められる。従つて、右検査の不施行も検査の不備とみることはできない。

(五)  なお控訴人は、以上の試験のほか、他の数多くの試験を挙示し、本件病院はそれらの試験を施行すべきであつたのにかかわらず、施行を怠つた過失がある旨主張する。しかし、〈証拠〉によると、総じて本件病院は、十二指腸潰瘍の術前検査として当時一般病院に要求せられていた程度の検査を十分に施行しているものと認められるのである。当時ある学会でルーテイン・テストとして定められていたテストであり、保険診療で認められたテストであるからといつて、常に必ず一般病院において採用しなければならぬものではない。またそのテストを採用していた場合においても、特殊なテストである場合には、当該患者に対する臨床的な所見を考慮し、相対的に施行、不施行を決定するのは当然であろう。本件病院において、その後高田氏反応、モイレングラハト指数を廃止し他の試験に代えた(これは証人大倉俊彦の証言により認められる)からといつて、前記各試験が全く無意義であり、本件病院の医師らに落度があつたことになるものではない。これを要するに、控訴人の主張、立証を以てしては、さきの両鑑定人の鑑定に基づく判断を左右するに足りないところである。

五光昭の症状について

すでに判断したところ(原判決引用)に次の説示を付加する。

(一)  脱水症状の有無について

控訴人は乙第二号証の一部に虚偽記入があると主張するが、その事実を認めるに足る証拠はない。とくに、乙第二号証の一〇中八月一九日以降五%ブドウ糖五〇〇cc注射の事実を示す記入および同月二二日以降綜合アミノ酸製剤モリアミン五〇〇cc注射の事実を示す記入が虚偽記入でないことは、〈証拠〉によつて明らかである。〈証拠〉によれば、激しい脱水症状は端的に皮膚、舌等の視診によつても相当判定できることが認められるのであつて、野町医師その他の本件病院の医師らが、控訴人主張のような強度の脱水状態を看過したものとは、たやすく受取り難いところである。むしろ〈証拠〉およびすでに認定したところの、光昭が独歩でレントゲン室、洗面所、便所へ往復していた事実を綜合すると、手術が困難な程度の脱水状態は存しなかつたものと認めるのが相当である。

(二)  肝機能障害等について

乙第二号証の一中の八月一九日付特殊検査表(甲第三〇号証の四と同一)によれば、C・C・F・T(証人大倉俊彦の証言によると、正しくはC・C・F・L・T)は()、塩化コバルト反応はR6(2)(右証言による正しい表示はR6(8))、クンケルテスト15.2、血清蛋白8.1g/dlとなつていることは控訴人主張のとおりである。しかし、右検査結果中、血清蛋白の点は、別に異常を示す数値でないことは、〈証拠〉によつて明らかである。その余の数値は一応肝機能の障害を示すものではあるが、それが全身麻酔手術に耐えない程度のものを示しているとは断じ得ないことはすでに判断したところである(原判決引用。その四六枚目録以下)。なお附言すれば、〈証拠〉によれば、右各乙号証は、本件病院において、胃、十二指腸等に関する病気の治療のため手術を行つた患者のカルテであること、その術前の検査結果をまとめると、別紙の「諸検査比較表」のとおりとなること、これらの患者はおおむね高年令で重篤な者であつたが手術にいずれも成功したことが認められるのであるが、右の表によると、C・C・F・T検査が()であつた者、塩化コバルト応応がR6(1)(正しくはR6(7))であつた者もないではない。その他全体として同表を通覧すれば、光昭に対する諸検査の数値に異常を示しているとは認めがたいところである。

(三)  心蔵および胃について〈証拠〉によると、光昭は八月一九日の胸部レントゲン写真(番号四七〇五号)の所見上心蔵肥大はなく、八月二五日の胃部レントゲン写真(番号四七八七号)の所見上幽門狭窄はなく、嘔吐、嘔気などは慢性胃炎に基づくものであつたことが認められる。

(四)  高血圧症状について

〈証拠〉によれば、光昭の八月二〇日の血圧は最高一五〇最低六〇、八月二五日午前六時のそれは最高一六〇最低一〇〇であつたことが認められる。しかし、〈証拠〉を綜合すると、八月二五日午後二時四五分(基礎麻酔後)の測定では最高一二四最低九〇、初診時である三月九日の測定では最高一三〇最低八〇であつて尿検査その他の諸検査からみても光昭が特段に高血圧症の持主であるとはいえず、八月二〇日の血圧は当日の嘔気、頭痛等が原因で、同月二五日午前六時の血圧は、手術直前の精神的緊張が原因で、それぞれ高くなつているとみるのが至当であること、当時本件病院で胃その他の手術を受けた患者(別紙「諸検査比較表」の患者)と対比しても、特段に異常を示していたとはいえないこと、なお高血圧は、麻酔薬の選択、施与の程度には、直接には影響がないこと、がそれぞれ認められる。控訴人指摘の甲号証(文献)によつては右認定を左右するに足りない。

(五)  なお控訴人は、以上の症状のほか、光昭には他に幾多の重篤な症状があつたもののように主張するが、〈証拠〉に対比して、右主張はたやすく認めることができない。控訴人の援用する証拠は、主として概説書、説明書であり、右文献によつてはただちに前記の確定、証言をくつがえして、控訴人主張のような具体的、断定的な結論を導き出しうるものとは思われない。かえつて、すでに認定したように、光昭には軽度の肝機能障害があつたほかは、とりわけて問題となるような重篤な症状は存在せず、一般的見地からすれば、全身麻酔を伴なう十二指腸潰瘍の手術を施行するに格別支障がないとされる状態であつたことが認められるのである。

六麻薬施用上の過失の有無について

すでに判断したところ(原判決引用)のほか、次の脱示を付加する。

(一)  ラボナールの使用量について

本件の場合、小島医師は、前認定のように、五〇〇mg(一アンプル)を二〇ccの液にとかしたものを約一四cc使用したもので、結局約三五〇mg使用したが、カルテには従前よりの慣例上、アンプルの本数をあらわす「一A」あるいは一本のアンプルの量をあらわす「0.5」なる記載がなされたものと認められる。控訴人は、鑑定人山村秀夫が五〇〇mgの使用は多すぎるとの趣旨の鑑定をなすに及び、被控訴人がにわかに態度を改め三五〇mgなる量を主張しはじめたもののように主張する。しかし、山村鑑定以前に、五〇〇mgの使用を証言している者は別にない。むしろ証拠保全手続における証人角南敏孫の証言にすでに「ラボナール一アンプルの全量は費消されていないと思う」という趣旨の供述があらわれているばかりでなく、成立に争いのない乙第一四ないし第一九号証(他の患者のカルテ)のラボナール使用欄に「0.5」なる記載があることと証人岩崎基の当審証言によれば、前記の「一A」「0.5」なる記載は、現実の施用量をあらわすものでないことを認めるに十分である。

(二)  証人山村秀夫の証言(その内容は実質上鑑定である)および同人の鑑定人としての確定結果によれば、現在の麻酔学および一流医師の臨床経験に照らし、次のように謂い得るものと認められる。

(1)  前麻酔として、硫酸アトロピンおよびオピスタンを使用する場合、一般的にいつて普通の大人に対する適当量は、硫酸アトロピン一アンプル(0.5mg)、オピスタン二アンプルないし三アンプル(七〇mgないし一〇五mg)である。「オピスタンを前麻酔として使用するときは、手術の一時間から一時間半前に一〇〇mgを約一五分おきに三回に分けて筋注するか又は点滴静注すべきである」というようなことはない。右のような施用をしなければならないのは、塩酸クロルプロマジン五〇mg、塩酸ソロメタジン五〇mg、オピスタン一〇〇mgの混合液(遮断カクテル)を筋注又は静注する場合のことである(成立に争いのない甲第一〇号証の二参照)。オピスタンのみであるならば、一回に施用して差支えなく、エーテル、ラボナールを減量しなければならないことはない。

(2)  「ラボナールは腎疾患、強い肝臓機能障害に対して禁忌である」「腎疾患があればペントザール麻酔(ラボナールはチオペントザールナトリウムである)は直接生命をおびやかす」というのは、必ずしも正確な立言ではない。

尿毒症の場合ですら、ラボナール麻酔を行なうことがある。腎機能が非常に障害されている場合には、分解産物の排泄がおくれるということはあるが、腎機能障害のために特別に麻酔が深くかかるというようなことはない。腎機能障害があるということから直ちにラボナールの使用量の減量を考えねばならぬものではない。もつとも、腎臓が悪いと自ら全身状態が悪くなることがありうるから、その関係でラボナールの使用量を考慮することはありうる。

肝機能障害があれば、肝臓での分解がかなりおくれることになるが、実際には黄疸の患者にも胆石の患者にもラボナールは使用されている。なお「老人、衰弱者、黄疸、肝硬変、粘液浮腫などではペントバルビタールを省く(甲第一号証七五頁八行目参照)」といわれるが、そこでのペントバルビタールはラボナールのことではない。

ラボナールの使用量は普通二〇〇mgから三〇〇mgである。個人差があり、かなり衰弱している患者でも実際に注射してみるとなかなか眠らないということがあるので、三五〇mgを使用したという、ただそれだけのことから、使用量が多すぎるということはできない。名前を呼んだり、数を数えさせたりしながら注射し、患者が眠つた後、就眠量の五割か七割位余分に注射するのが普通の施法である。

ラボナールは一般的にいつて血圧を下げる働きがあり、注射後五分か一〇分後血圧が下がることは別に珍らしい事例ではない。

(2)  エーテルが絶対禁忌であるという疾病はない。エーテルであつてもフローセンであつても、いずれも程度は軽軽いが肝機能障害を起す。肝機能が少し障害されているという程度では、普通の方法でエーテルをかけて差支えがない。腎機能障害の場合も同様であり、光昭に対する八月一九日付尿検査表(乙第二号証の一の三枚目に添付のもの。これによれば、比重一、〇三五、蛋白質定性(±)、糖定性(±)((ただし、これは原審鑑定人金井泉の鑑定および証人岩崎基の当審証言に照し(+)の書き誤りと認められる))、糖定量0.66g/dl、ビリルビン(−)、ウロビリノーゲン()沈査、赤血球一視野に一ないし三、白血球一視野に三ないし四、上皮細胞(+)、腎上皮細胞(+)、顆粒円柱(+)の記載がある)と程度では、エーテルをかけて差支えがない。

また、肝機能障害、腎機能障害と手術の際の血圧降下とは直接には関係はない。

(4)  エーテルは非常に麻酔がかかりにくい薬であつて、なるべく早い時期に高濃度のものをかけ、あとは少しずつ追加してゆくのが適切なかけ方である。かけ始めてから五分位で丁度よい程度になるのであつて、七分半ぐらいで麻酔が深すぎる程かかるということは、余程無理なかけ方をしない限り、あり得ない。

二〇分ないし二五分位の間に二〇ccをかけたというのであれば、その量は少なすぎる位である。

(5)  麻酔のかけ始めに血圧が下がるということは珍らしいことではなく、一〇例のうち二例や三例は九〇から八〇位に下がる。下つたからといつて直ちに麻酔が深すぎるということにはならず、むしろラボナールなどの影響を考えるのが普通である。

血圧が一寸下つたからといつて一々麻酔を切つていては麻酔がうまくかからない。血圧が戻つてきて手術にかかろうとすると麻酔が弱くて患者が動き出したりするので、血圧が下つても麻酔をある程度与えておくのが普通である。

血圧が九〇から八〇位なら昇圧剤で一二〇位に上げ、手術を開始するのが一般の手術のやり方である。その場合血圧が自然に回復するまで待つということをしていない。従前そのようなやり方で事故が起つた事例はなかつた。本件の場合、第一回目の血圧の上り方(最高血圧と最低血圧との差、上る時間等)とりわけて異常な点は見受けられない。

以上のとおり認めることができる。甲第一号証中、右に反する部分は、右証言、鑑定に照らして採用しない。その他控訴人の援用する各証拠(文献)は、原則的、一般的な記述であるか又は本件の事例に対して適切でなく、右認定をくつがえすに足りない。

(三)  さきに認定したように、小島医師は、当初サクシン四〇mg、一旦下降した血圧を上昇させた後更に二〇mgを使用しているが、右の量が過大であると認めるべき証拠はない。むしろ、別紙「諸検査比較表」に照しても、右の量は過大ではないと認められる。

(四)  以上認定したところを綜合して考えれば、本件病院の医師らに麻薬施用上の過失ありとは認め難く、むしろ、医師として、一般的通常的に要求されている程度の注意義務は、これを尽しているものと認めざるを得ない。

七総括

本件において取調をした医師の証言および鑑定中、控訴人の主張に副う部分は著るしく少ない。控訴代理人は、主として、カルテの記載、諸検査の結果および諸文献を引用して、自らの主張を維持するに努めている。

当裁判所は控訴人の主張に従い、本件各証拠を丹念に調査、検討してみたが、控訴人の主張は遂にこれを認めることができなかつた。控訴人の主張の中には、それ自体文献の理解の不充分に基づくものがあるばかりでなく、たまたま控訴人の主張に照応するかのような記載があつても、それは基本的一般的記述であつて、本件の事案に直截に適用し得るものとは考えられなかつた。そもそも、具体的な事例について適切な診断を下すためには、一般的な医学知識のほか臨床の経験および当該患者に対しての観察がどうしても不可欠であると考えざるを得ないのであつて、控訴人の主張、立証は、この点において充分ではない。一般に、医療過誤に関する事件においては、医師の十全な証言が得られない可能性がないではないと思われるから、この点も充分考慮に入れたが、しかもなお、さきに説示したような証拠関係に照らし、本訴請求原因事実はこれを認めるに由なかつたものである。

八控訴人の訴訟手続違反の主張について《省略》

九結論

以上の次第であつてみれば、原判決は相当であつて本件各控訴は理由がなく、棄却をまぬがれない。また、控訴人らが当審において拡張した請求部分も理由がなく、棄却するほかはない。

よつて当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用の上、主文のとおり判決する。(橘盛行 今中道信 藤原弘道)

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