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高松高等裁判所 昭和43年(う)270号 判決

被告人 大本桃太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人阿左美信義作成名義の控訴趣意書(八九二丁)、第一回公判調書中の阿左美主任弁護人の釈明事項の記載(九三四丁)、弁護人相良勝美作成名義の控訴趣意補充書(九二三丁)及び弁護人阿左美信義外六名の連名作成名義の弁論要旨(一五六〇丁)各記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官立岡英夫作成名義の答弁書(九四三丁)及び検察官意見要旨(一六一三丁)に各記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

よつて、以下控訴趣意につき、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討し、次のとおり判断する。

第一憲法二五条、生活保護法三条、八条二項、六一条違反の主張(控訴趣意第一点、控訴趣意補充第二点、最終弁論四三頁以下)について、

所論は、要するに、原判決は憲法二五条、生活保護法(以下単に法という場合もある)三条、八条二項により定められた昭和三八年四月一日から施行された第一九次改訂による保護基準が、被保護者たる被告人等の「健康で文化的な最低限度の生活」を維持するものであると認定した点に法令適用の違反があり、右保護基準が違憲、違法であると認められる限りにおいて、本件が犯罪として成立する前提を欠き、被告人が法六一条に従ういわれはなく、被告人が虚偽の収入申告をしたとしても、生存権の行使として正当行為であるというのである。

よつて、按ずるに、本件当時の保護基準は、昭和三八年四月一日施行の第一九次改訂分であり、当時における「健康で文化的な最低限度の生活水準」を維持することができるように厚生大臣の合目的的かつ専門技術的な裁量によつて決定されたものであり、その算定方式は、いわゆる「エンゲル係数方式」によつたものであり、生活扶助費の算定については当時における最良の方式であつたと認めざるを得ず、この方法により算出された当時生活扶助の基準一人当り月五、八八三円が、一般の平均勤労者世帯の一人当り月一三、二九一円の支出と比較して、格差が四四・三%(東京都の場合)であり(一二一二丁)、右保護基準が一般勤労者世帯の平均支出額に比し低いことは否めないけれども、右生活扶助基準に近い支出を余儀なくせられている低額所得者階層のあることをも考え合せると、本件の保護基準が被保護者の最低限度の生活の需要を満すについて、現実の生活条件を無視した著しく低いものとは認められず(弁護人においても、最低生活を保障するに足らないとのみ主張するに止まり、本件被告人の場合における相当な最低生活費の額については具体的に主張はせず、またその額を立証する意思もないと釈明する―九三五丁)、しかも、右生活扶助基準が、逐次増加改訂中(前年に対し一七%増)のものであり、当時の国の財政状態、予算配分の事情等に照らし、急増ができなかつたと認められるところよりすると、本件保護基準は、保護受給権を規定した生活保護法の趣旨、目的に反する程度に著しく低額であつたものとは断定できなく、所論の如く生活保護法に違反するものとは認められず、原判決認定のとおり、もとより憲法二五条に違反するものとも認められない。

なお、以上の如き認定のもとにおいては、被告人に法六一条による収入変更の届出義務(証一号収入申告の提出)はなく、また被告人において虚偽の収入申告をしたとしても、権利の行使として正当であるとの所論は、正にその前提を欠き失当であることは明らかであるのみならず、生活保護法による保護受給権を裁判上も請求できる法律上の権利として認める反面において、同法六一条により、被保護者に対し、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき等には、速かにその旨を自主的に届け出る義務を科する規定を設けている(一三二一丁参照)ことは、現行生活保護制度の下において、申請保護の原則を適正に運用するために必要とする当然の措置であり、所論の如き違憲、違法のものとは到底認められない。

第二事実誤認の主張(控訴趣意第四点、最終弁論第三節)について、

所論は、要するに、本件において、被告人においては、詐欺の犯意はないと主張し、且つ、最終弁論において、昭和三八年八月二七日頃の被告人の言動や収入申告は、本件保護費認定の資料にはなつておらず、該行為は詐欺罪の構成要件的欺罔行為を構成するものではないと指摘するものである。

よつて、按ずるに当審における判断として、次のとおり付加する外、原審挙示の証拠説明により詐欺の犯意と欺罔行為の存在は認定できる。

(一)  被告人が、昭和三八年八月二七日保護世帯主たる被保護者として(居宅扶助の保護金品は、世帯毎に計算して世帯主又はこれに準ずる者に交付されるのが原則―法三一条三項)、原判示の如く宇和島福祉事務所に提出し、生活保護費給付額の変更決定の基礎資料となつた証一号の収入申告書(「収入欄の数字は竹谷ツネにおいて、被告人の依頼によつて書いた」とも述べている―一一三一丁うら)は、同年九月分に関しては見込収入であり、法六一条に基づき、その後の収入実績により増減の申告をすることができることは否定できないけれども、当審における証人山本数馬の供述によつて、はじめて明らかになつた同証人の「組になつてから竹割りと仕上げは私がして、底編みは女がしていました」、「他の人より一時間位早く出て竹を割つて仕事の段取りをしていた」、「仕事の終りはみんな一緒でした」(一一〇三丁うら)、「三人が組んで仕事をした手取りの配分は(組になるとき三人で話し合つて決め―一一一一丁うら)、私が半分をとつて、残り半分を女の人に渡していました」、「女の人は半々でした」、「代金はまとめて私がもらつて、その中の半分を私がとつて、半分は女に渡していました」、「組になるとき、一日どれ位になるかめどはついており」、「私が一、〇〇〇円から一、二〇〇円で、女の人が五〇〇円か六〇〇円位ということで女の人と相談した」(一一〇四丁以下)、「このことは竹谷さんには話してないが知つておる筈だと思う」(一一〇五丁、なお、九八八丁参照)、「一日の出来高が五〇個位(実績は四五個位)で、単価五〇円(三八年九月頃)で合計二、五〇〇円位であつた(一、一〇九丁)、「酒井さんは大本さんより朝早くても収入は半々であつた」(一一〇九丁うら)、「女の人の収入は、組でする前よりふえると思つていた(一一一九丁)旨の供述及び当審証人酒井春子の右山本の供述の一部に符合する供述(一一四四丁以下)の外「妙子さんは竹割りはできないが編むのは私より先輩でしたから、かなり上手でした」(一一四九丁)、「妙子さんの収入が六〇〇円位になるだろうということは、組で仕事をはじめる頃から予測がついていた」(一一五二丁)旨の供述、原審証人竹谷ツネの「酒井さんも妙子さんも女の人ですから、山本さんの方で一日六〇〇円という話をされたのだと思う」(六七〇丁うら)旨の供述等を綜合すると、原判決が経験則上推定できると認定した(原判決一一丁(ワ))昭和三八年八月二三日の妙子就労時における三人組間の工賃の配分額についての協定の内容が明らかになつた上に被告人の妻妙子が八月二三日より竹谷商店に就労し、被告人において八月二七日証一号の収入申告書(九七五丁参照)を提出するまでに四日間の日時がある(七一六丁参照)ところよりすると、その間の三人組の出来高実績(毎日四五個ずつは仕上げている)よりしても(証一四号証の二)、右妙子の一日の収入見込が三〇〇円であるということは過少であり、その倍額の六〇〇円程度となることは、同女が「一回目山本さんからもらうとき、一日六〇〇円で貰つたと思う」(一〇〇七丁うら)と述べているところよりしても、右妙子において(現実に出来高の配分を受けてなくても)明らかに予想していたのみならず、真珠籠編みの経験があり竹谷商店に勤めたことのある被告人においても、妻妙子の日収を予想できない筈はなく、また同女より右日収予想は当然聞いて知つていたと認定することは経験則上不当ではない(原判決一二丁うら(ハ))。

この点につき右妙子が、「今まで四〇〇円だつたのが、請負になつていくらか下るんじやないかと思つた」(九九八丁うら)旨供述しているのは、首肯すべき根拠の説明もなく―一〇〇〇丁、(原審証人竹谷ツネも「はじめから請負にしていたのでは日役になりませんので、はじめは日役にしておいて、個数が出来るようになつたら、請負の方が工賃がよくなるので職人からの申出があれば請負にしていました」―一〇四丁―と述べている―なお、七一六丁うら参照)、また妻妙子が当審において、本件保護費の不正受給が自分一人の責任であるかのように述べているのは、その証言態度、同証人の原審証言(七六六丁以下)とも対比してたやすく措信できないのみならず、被告人は、「どうして三〇〇円の収入申告をしたのですか」という問に対して、「当時仕事が変つてそれ位だから書いておいてくれんかと(妻より)いわれたので、いわれたとおりにパツと書いたのです」(五一六丁、なお八〇〇丁うら、一四六二丁以下参照)、証一二号の収入申告書(昭和三九年二月二〇日提出)を書くまで妻の収入を知らなかつた(七九二丁)旨供述しているけれども、被告人がかねて宇和島地区における「生活と健康を守る会」の幹部(九九六丁)として、同地区における生活保護の実態を把握し、生活保護法及び保護の実施要領等につき研究もし、宇和島福祉事務所に対する集団交渉にも参加していたという経験と知識(昭和三八年六月以後は生活保護請求の手続は知つていたと自認もしている―一五〇三丁うら)、妻妙子の収入が、生活が苦しい被告人の世帯にとつて日常生活に直ちに影響する重要問題(一般家庭における主婦の内職程度のものならともかく)であり、被告人にとつて無関心でおれる筈はないという常識及びもし、被告人が宇和島福祉事務所係員に対し妻妙子の収入を知らないような言動をしているのであれば、妙子について直接に収入状況を問いただしているものと考えられるのに、そのような事実が認められない―一〇八二丁うら―ところよりすると、被告人が妻妙子の収入を関知してないという弁解(八〇三丁以下)は、到底措信できない。

なお、被告人が福祉事務所を訪問して、松本正紀に対し、妻妙子が就労するが、「妻の収入が六月までは一日四〇〇円だつたが、竹割ができんので一日三〇〇円しか貰わん」と述べたのが保護費変更(減額)決定のあつた(証三号38、8、27の記載)八月二七日の二、三日前であつた(一〇二一丁)としても、証一号収入申告書の九月分見込収入が、被告人の故意による過少申告であると認定する妨げとはならないものと解する。

(二)  しかも、証一号収入申告書が、被告人主張の如き悪意のない単なる九月分の見込申告であるというのであれば、一〇日毎に支払を受けている妻妙子の収入実績を把握し、九月分の収入状況を、すみやかに、被保護者たる被告人において福祉事務所長に届け出るべき義務がある(法六一条の明文及び被告人の生活保護に対する研究、知識よりして、この義務規定を知らなかつたとは認められない外、証一号には、(注意)として、1、上記の収入について給与証明等がとれる方は別に証明をつけて下さい。2、虚偽の申告等してこの事実がわかると生活保護法第八五条の規定により三年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられることがありますから御注意下さい。3、申告をした後、申告等の見込に比して変動があつたときは、同法第六一条の規定により、すみやかに届け出なければならないものです。と記載されている。)ことを知悉しており、また同年七月二六日には記帳指導用紙を渡され毎月五日までに報告するよう指導されており(証三号38、7、26記載)且つ、様式乙号の収入申告書用紙(証四号参照)を手交され、毎月記載し翌月五日迄に提出するように指示されており(一〇二六丁うら)ながら、(なお右用紙欄外にも◎虚偽の申告により保護をうけた場合は生活保護法第八五条により三年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられると注意書きがある)、妻妙子が八月二三日より同月末日まで九日間就労し(証一四号の二、八八四丁)、一日約六〇〇円の割の収入を得ていることを申告もせず、この分が八月分保護費より減額されなかつた(八五〇丁)のは何故であるかについての詮索は論外とするとしても、妻妙子申告名義ではあるが、九月分収入として、就労日数二〇日、収入計六、〇〇〇円(一日三〇〇円の割)と記載せられた収入申告書を、三八年一〇月二日福祉事務所に被告人より(一〇二七丁、一〇七三丁、一〇七四丁うら)提出した(証四号、三八年九月分)とき、松本正紀より「間違いないか」とたずねられたのに対し、被告人において「間違いない」と答え(一〇二七丁)、更に同じく妻妙子申告名義の一〇月分収入として、就労日数一八日、収入計五、四〇〇円(一日三〇〇円の割)と記載せられた収入申告書が、三八年一一月六日福祉事務所に提出され(証四号三八年一〇月分)(松本正紀において直接受取つてはいないが―一〇二七丁うら)ているところよりすると、右二通の収入(実績)申告書につき所論の如く被告人が何等関知してないとは到底認め難く、右申告書は、被告人提出の証一号の収入申告書に符合させるために、被告人及び妻妙子において相謀つて作成したものと推定する外はなく、証三号に記載されている竹谷ツネ、山本数馬、酒井春子、藤本兼一夫婦等の言動を併せ勘案すると、右申告書二通の存在は、被告人において、証一号の申告書に記載されている九月分六、〇〇〇円の収入見込をその後変更申告する意思はなく、八月二七日当時において既に明らかであつた妻妙子の日収約六〇〇円を故意に秘匿し、その半分の三〇〇円なりとして、その差額を保護費(生活扶助分)として過払を受ける意図であつた証拠であると認める外はない。

(三)  更に、昭和三八年一一月一八日頃、妻妙子の日収を約六〇〇円と確認できる情報を得た(証三号の38、11、18記載)松本正紀が同月二五日福祉事務所に被告人の来所を求めて、田中武文と共に、妙子の収入申告は僅少で不実の申請でないかとただしたのに対し、この時期においても、被告人は申告は正当であると強く主張している(証三号の38、11、25記載、一〇八一丁うら)ところよりすると、被告人は当初よりの欺罔意思を強く保有していたものと解せられるの外、被告人は三八年一二月二一日福祉事務所を訪れ(一四七〇丁うら参照)日額四〇〇円の給与証明書を添えて(証一七号及び証三号38、12、21記載)、九月分八、〇〇〇円、一〇月分七、二〇〇円、一一月分八、八〇〇円の収入があつた旨の被告人署名の収入申告書(証一六号)を提出し、「四〇〇円であつてもまだ三〇〇円しか貰つてない」(一四二丁、一〇七八丁)と称してあくまで申告の虚偽を糊塗しようとしたのは、詐欺の犯意の強固な継続の証左であると認めざるを得ない。

(なお、当審証人竹谷ツネは、証第一七号(昭和三八年一二月二一日付)の日給四〇〇円の給与証明書は、大本さん(主人か、妙子さんかはつきりしないが)が四〇〇円位というので書いた(一一三八丁)と供述しているのに、被告人は、原審において、「二度目の一一月末頃(一二月の誤まり)、一日四〇〇円の収入申告をしたのはどうしてですか」という旨の問に対して、「向うがいろいろ調査を始めたように聞きまして、竹谷に迷惑をかける心配もあり、それに向うにこれだけということも聞かされまして、うるさいということでパツと変えて書いたのです」(五四七丁うら)と述べているのは措信できない)

(四)  なお、所論は、昭和三八年八月二七日提出の証一号収入申告書が、九月、一〇月、一一月分の保護費決定の資料となつていない旨主張するけれども、原審認定の如く右申告を受理した松本正紀において一日三〇〇円の収入予定に疑問をいだきながらも、月末でもあり急いで変更決定をする必要上、九月分の保護費を申告通りの予想日収三〇〇円として変更決定の手続をしている(八八七丁以下)ことは明らかであり、その後被告人の収入変更の申告もなく、日収としては増減のない証四号の各収入申告書が提出され、調査はしたが、これらの虚偽を認定できる確たる証拠もなかつたところより、一〇月、一一月分について継続して同額の支払がなされている(一一四丁、七〇九丁、一〇三五丁)ことは明らかであるので、申請保護の建前よりしても、証一号の収入申告書と本件保護費の受給の間に因果関係は十分認められる。

第三訴訟手続の法令違反の主張(控訴趣意第三点、控訴趣意補充第一点、最終弁論第二節)について、

所論は、要するに、検察官の本件公訴の提起は公訴権の濫用であり、刑訴法三三八条四号に該当するから公訴は棄却さるべきであるというのである。

(一)  保護費の不正受給の本件事案は、公訴の提起による原審及び当裁判所の審判により前記認定の如く漸くその真相が判明するにいたつた難件であり、現段階においても、被告人の妻妙子が昭和三八年八月二三日以降同年末までに真珠籠編みによつて得た実収入が平均日収六〇〇円以上であつたことは認められるが、それ以上の正確な月収金額は資料もなく確定できない。

しかも被告人においては、なおも詐欺の犯意を争うのみならず、妻妙子の収入については不知と称し、犯罪事実を全面的に否認しているのみならず、警察、検察庁の取調に際しては、供述拒否権、黙否権等を行使して事実究明の取調に応じていない。かくては検察官において、起訴の相当性を判断する余地もなく、刑訴法の目的に照らし、事案の真相を明らかにするため検察官に科せられた責務として公判請求をすることは止むを得ず、本件公訴の提起に違法があるとは認められず、本件が所論の如く、被保護世帯に対するしめつけ、保護の打切り、被告人及び被告人の属する全生連(全国生活と健康を守る会連合会)の組織及び活動の弱体化を目的とする弾圧というような意図のみをもつて恣意的に殊更公訴を提起したと認むべき証左はない。

その他本件公訴提起手続に刑訴法三三八条四号に該当する手続違背の瑕疵があるとは認められない。

(二)  更に、所論は本件事案の処理については、生活保護法に規定する行政措置即ち、職権をもつてする保護の変更決定、過払分の返還命令等の方法により、敢えて告発までしなくても解決できたものと主張するけれども、前判示第二に認定したような事実関係特に福祉事務所の行政指導に対する被告人の反応態度及び以下指摘する各事実を綜合すると、本件事案につき、少なくとも昭和三八年九月分より一一月分までの保護費の過払について被保護者が認めたら返還させる取扱をしていたという(一三〇丁以下)通常の例(一〇三六丁)によらず、被告人の所為を何等反省のない悪質な不正受給であると判断して、同三九年一月一三日告発に及んだ宇和島福祉事務所長の本件措置は止むを得ず所論のように不当であるとは解せられないし、また不当な告発のためにのみ、九月分乃至一二月分の過払の返還を命じなかつたものとも認定できない。

(1)  宇和島福祉事務所長が、本件を告発するにいたつた事情として、当時の所長であつた証人大野利文が、「昭和三八年八月頃から、大本の収入申告に合点がいかないので、調査を進めたところ、申告と収入に食い違いが生じたので、本人との話合で解決したいと思つて話合を進めたが、どうしても話合がつかず、生活保護法による手続では解決できず告発するにいたつた」(八六丁)旨供述し、更に、原審証人佐々木二郎が「結局事実と違つた申告をしているのではないかということも再三にわたつてただし、かつ反省を求めたが、当人があくまでこれを認めないで、われわれの捜査は強制権がございませんので、どうしてもしかるべきところにおいて調査していただかねば仕方がないという結論から告発をした」(二一三丁)と述べていること、

(2)  変更決定が早期にできなかつた理由として、申告に疑問をいだきながらも(一〇四三丁うら)確証がなく、竹谷商店、山本数馬等よりの正確な資料入手に関して協力が得られ難かつたことについての証人松本正紀の「竹谷商店にも何回だつたか覚えておりませんが行つて協力をお願いしたのに協力してくれず、最初は竹谷も三〇〇円といつていました」(一一二丁うら、なお、九二丁、一〇四丁うら、二六三丁、六五〇丁、七〇一丁、一〇二八丁参照)、(なお、竹谷商店より日給六〇〇円の給与証明が提出されたのは後記の如く一二月二七日であり、右松本らが酒井春子より妙子の日収六〇〇円を確認したのは、昭和三八年一一月一一日及び一一月一八日である―証三号38、11、11及び38、11、18記載―が、同一一月一一日当時、竹谷ツネは妙子の日給三〇〇円と称していた―証三号38、11、11記載)「昭和三八年一一月二六日頃においても、山本数馬は、妙子は皮はぎもだめだし、出勤も遅いので三〇〇円としていると述べていた」(証三号、38、11、26記載、一〇三〇丁、一〇三三丁)「一二月二七日だつたと思いますが、竹谷さんの代理で三谷税理士が給与証明を持つてきた、その前に竹谷さんが福祉事務所にきて、心配しとるがどうなつておるか、と聞かれたので、事情を話したところ、本当のことを申告させないかんといわれて給与証明を持つて帰つて、(九月分から)日収六〇〇円の証明(証二号)が出された」(一一二丁うら)、「証拠書類があれば本人が認めなくても認定をする」、「大本の場合は一二月二七日に竹谷商店から給与証明が出たのでそれに基いて収入認定をした」、「爾後は一日六〇〇円の収入があるとして認定をした」(一一六丁以下、なお、一七〇丁参照)旨の供述をしていること、

(3)  更に、収入調査について、八月から一二月まで長期間を要したことについての原審証人大野利文の「風評とか同職者調査は、私らは確たる証拠とは考えておりません、確実な証拠は給与証明ですが、それも途中で出て来たものには不審を抱いておりまして、結局最終的に一二月二七日に出た(証二号)のではつきりしたわけですが、そのように給与証明の出方にも曲折があつて時間がかかり、期間も長くなつた」(一八五丁うら)旨の供述をしていること、

(もつとも、就労者が妻妙子であるにかかわらず、同女に対しては直接に収入確認の措置がとられてないのは、世帯単位とはいいながら、行政指導としては欠くるところがあるものと考えるが―七一四丁うら、一〇八二丁、一〇八四丁)

(4)  なお、被告人名義をもつて、竹谷商店名の給与証明書(証一一号)を添付し、概ね正確な収入と認められる妻妙子の収入が昭和三八年一一月分一三、二〇〇円、一二月分一三、八〇〇円、昭和三九年一月分一八、七〇〇円、二月分見込一九、〇〇〇円であるという収入申告書(証一二号)が、被告人より任意提出されたのが昭和三九年二月二〇日であり、被告人においては右申告により漸く一一月、一二月分につき実収入額を認めたに過ぎないと認定せざるを得ないこと(証一三号39、2、20記載)、

(三)  なお、昭和三八年一二月二七日竹谷商店より提出され、正確であると認めた給与証明(証二号)により、昭和三九年一月二八日付にて職権により保護の変更決定をするに際し、未告発の同年一、二月分につき保護の変更決定(証六号)をし、一、二月分の過払を返還せしめたのは、福祉事務所としては法に基づく当然の行政措置(一〇三八丁)であり、この際前年一二月分をも併せて変更するのが相当であつたかどうか見解の分れるところである(被告人においては、昭和三八年一二月二一日においても、自ら前記のように日給四〇〇円、一二月分八、〇〇〇円の虚偽の収入申告をしている)が、既に告発ずみのものであり(一六〇丁)、右変更決定より除外したことは首肯できる外、右一二月分の過払は原審認定の事実より除外されているので、これ以上は論外とする。

第四期待可能性(責任阻却事由)或は可罰的違法性阻却の主張(控訴趣意第二点、控訴趣意補充第二点、最終弁論第一節)について。

所論は、要するに、本件につき期待可能性欠如の主張を認めなかつた原審の認定を誤りであるというのである。

よつて、按ずるに、受給権の限度を規制する厚生大臣の定めた生活保護基準が被保護者にとつて満足できるものではなく(法八条二項により最低限度の生活の需要を満たすに十分なもので、且つこれをこえないものでなければならないと規定されているところよりすると、被保護者において主観的に満足できる額でないことは、一般生活水準の向上、物価、賃金の上昇等が続く限り宿命ともいえるものでなかろうか)、しかも、自立しようとして就労している場合の基礎控除額等が適切妥当でない場合、何とかして生活の余剰を作りたいところより収入を少なく申告しようとすることは、被保護者の心情として理解できないことはなく、被保護者の自立の助長をも目的とする(同法一条)生活保護行政の運用にあたつては、この点につき、保護の補足性(同法四条)との要件とのかねあいをも勘案し、慎重にして適切な配慮がなさるべきであるという趣旨において所論は首肯できるのではあるが、本件において被告人がした申告は、従前の日収額をそのまま予定収入額としたのならともかく、前示第二、第三に認定したとおり、殊更事実をまげて確定的予想額を過少に下まわる申告をしている外、あくまで過少申告をいんぺいしようとしたと認められる経過に徴すると、一般被保護者のだれでもが多少不実の申告をしていることがあるとしても、本件における程の悪質性を敢てするとは認め難く、本件において、所論の如き期待可能性、或は可罰的違法性の欠缺による無罪が容認できるものとは到底認められない。

第五生活保護法八五条と詐欺罪の関係等(控訴趣意補充第二の二、最終弁論第一節)について。

所論は、要するに、生活保護法八五条は、保護継続中の本件のような事案には適用されない、本件につき詐欺罪の規定は適用すべきではないというのである。

(一) 現行生活保護法八五条は、「不正の申請その他不正の手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者は、三年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。但し、刑法に正条があるときは、刑法による」と規定されている。

(児童扶養手当法三五条、国民年金法一一一条等に同様の罰則規定がある)

しかして、昭和二一年一〇月一日施行の旧生活保護法四一条によると、「詐欺その他不正な手段により保護を受け、又は受けさせた者は六箇月以下の懲役又は五〇〇円以下の罰金に処する」と規定せられているが、現行法のような但書はなく(昭和四年制定の救護法三二条、昭和一二年制定の母子保護法一四条―いずれも三月以下の懲役又は一〇〇円以下の罰金―も同様但書はなかつた)、右罰則が刑法の特別規定か、刑法五四条一項前段の一所為数罪の規定の適用があるか疑問のあるところより、現行法においては但書による明示規定がおかれたものと解せられるので、本件の如く不正の申請が詐欺罪(同未遂罪を含め)を構成すると認定できる場合には刑法詐欺罪の規定が適用されることは止むを得ないものと解する。

なお、現行法八五条の罰則規定は、由来生活保護行政の適正、妥当な運営の阻害を妨止するために設けられたものを継承したものであり、旧憲法下においては、救護権なる法律上の権利は認められず、救護の不正受給の多くは情状憫然たるものがあり、その受給額も多額でない等の理由により、刑法の特別規定であると解釈せられていたことがあるとしても、現行憲法下、生活保護の受給権が、現行の生活保護法により、生活に困窮するすべての国民に対し、無差別平等な生存権の保障として広く国民的規模において認められている現法制下において、権利に伴なう社会的義務として、不正の手段による保護の不正受給に対する刑事罰を、事案に即して、反社会的行為である自然犯として、刑法による処罰にまで高めることは、必ずしも不当ではなく、詐欺罪が財産犯であり、欺罔行為による金員の騙取という定型性が認められる限りにおいて、右金員が、個人の所有であると、国の所有であるとを問わず他人の財物であるという点に相違はなく、本件の場合、刑法上の詐欺罪をもつて問擬するにつき何等違法はないものと解する。所論指摘のような欺罔的手段による脱税、単なる国家行政上の利益のみを侵害する場合等(所論指摘の裁判例は本件には適合しない)と同一に論ずることはできない。(なお、判例は配給統制物資の不正受配についても詐欺罪の成立を認めている)

本件につき、所論は、実質的にみて刑法詐欺罪の規定を適用すべき程度に及ぶ定型的な不正受給行為はないというけれども、前記認定の如き本件の犯行形態に照らし、正に刑法による刑責が追求せられることは止むを得ないものと解する。

(二)  更に、本件につき法八五条違反もないとの所論については、予備的主張であると解するが、法八五条違反については原審の認定するところではなく、また控訴趣意書において明らかに主張しているところではなく、且つ本件につき詐欺未遂が認定できる以上右所論に対する判断を詳述する必要もないと解するが、前記認定の如く被告人は故意に過少の収入申告をしながら、これをかくして福祉事務所の行政指導に対し飽くまで過少申告をいんぺいし、本件の不正受給を所論の如き行政措置により解決することにさえ応じていないのであるから、本件の不実の申請に可罰的違法性がないとか、不実の申請と不正受給の間に因果関係がないとかの主張は採用するに由なく、本件は法八五条にも該当することは明らかである。

以上、それぞれ認定の如く本件各控訴の趣意は採用できないので、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審の訴訟費用については、同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、よつて主文のとおり判決する。

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