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高松高等裁判所 昭和46年(行ケ)2号 判決

原告 藤沢繁春

右訴訟代理人弁護士 徳弘寿男

被告 高知県選挙管理委員会

右代表者委員長 高橋茂

主文

昭和四五年九月二〇日執行の高知県香美郡土佐山田町議会議員一般選挙における当選の効力に関する原告の異議の申出を棄却した土佐山田町選挙管理委員会の決定に対し、原告よりなした審査申立につき、被告が昭和四六年一月八日付でした裁決は、これを取り消す。

右選挙における黒瀬輝清の当選は無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

(一)  原告の求める裁判

(第一次的請求)

昭和四五年九月二〇日執行の高知県香美郡土佐山田町議会議員一般選挙における当選の効力に関する原告の異議の申出を棄却した土佐山田町選挙管理委員会の決定に対し、原告よりなした審査申立につき、被告が昭和四六年一月八日付でした裁決はこれを取り消す。

原告が右選挙における当選人であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(第二次的請求)

主文同旨の判決。

(二)  被告の求める裁判

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二主張

(一)  (請求原因)

一  原告は、昭和四五年九月二〇日執行の高知県香美郡土佐山田町議会議員一般選挙における選挙人であり、かつ、同選挙における候補者であるところ、同町の選挙会は開票の結果、候補者黒瀬輝清は得票数三七四票で最下位当選者、候補者依光芳郎は得票数三七三・四二七票で最高位落選者、原告は得票数三六八票で次々点落選者と決定した。

二  しかしながら、右原告の得票総数の計算に際して無効票とされたもののうち七票は、原告のために投票されたものであったため、原告はそれを理由に同年九月三〇日右当選の効力につき土佐山田町選挙管理委員会に対し異議の申出をしたが、同委員会は同年一〇月一日これを棄却する旨の決定をした。そこで同月九日、さらに被告に対し審査の申立をしたところ、被告は同四六年一月八日、前記七票の有効票のうち六票は原告に対する有効投票であるが、その余の一票は無効投票であると判断したうえ、結局、原告の得票数は選挙会決定の三六八票に六票を加えた三七四票となり、最下位当選人黒瀬輝清の得票数三七四票と同数となるから、公職選挙法九五条二項により「くじ」で当選人を定めるべき場合であるとの理由で土佐山田町選挙管理委員会の前記決定を取り消し、本件選挙における当選人黒瀬輝清の当選を無効とする旨の裁決をなした。

三  しかしながら、被告が無効投票と認めた右の一票も、原告に対する有効投票と認められるべきものであって、原告が本件選挙における最下位当選人であり、黒瀬輝清が最高位落選者であることは明らかであるから、右両名の得票数が同数であることを理由に右黒瀬の当選を無効とした本件裁決は違法というべきである。

しかして、右一票が原告に対する有効投票と認められるべき理由は次のとおりである。

(一) 被告が無効投票と判断した右の一票とは「フチワ」と記載された票であって、被告はこれを候補者の何人を記載したかを確認し難いと解したものであるが、一般に選挙における投票は、あらゆる職業、教育程度の者、したがって文字を書くことに不馴れな者がこれをなすものであるから、投票用紙に記載された文字が不正確、不鮮明であったり、誤字・脱字があったりすることはしばしばありうることであって、このような場合には、音感上、字形上その他あらゆる観点からそれが特定の候補者を表示したものかどうかを検討し、その結果それがある候補者に投票する意思を表現したものと認められるかぎり、これをその候補者の得票と認めるのが当然といわなければならない。

(二) ところで、まず音感上の観点から右の記載を考えてみると、本件選挙における候補者中、姓に「藤」の字のつくものは原告藤沢繁春と訴外藤野薫があるのみであるが、高知地方においては、標準語におけると異なり「ヂ」と「ジ」とは区別して発音し、藤沢は「フヂサワ」と、また、藤野は「フジノ」と発音され、藤野が「フヂノ」と発言されることは少いのであって、このような点からすれば、「フチワ」は「フヂサワ」の「ヂ」の濁音と「サ」の一字が脱落したものとみるのが妥当である。また、「フチワ」はその終止文字において藤沢の終止文字と一致しているのであって、その点を重視すれば、「フチワ」がその全体の音感上「藤野」よりも「藤沢」に類似していることは明らかである。

(三) さらに字形上よりみるも、「フチワ」の字数が三字で「フジサワ」の四字と異なることは否定すべくもないが、「フ」と「ワ」との二字が一致し、「チ」の濁音と「シ」の濁音とがほぼ同音であること、「ノ」を「ワ」と書き違えるようなことは常識上まずありえないことからすれば、「フチワ」は字形上も「フジノ」より「フヂサワ」に類似するというべきであろう。

(四) しかして、本件「フチワ」の「チ」と「ワ」との間に「サ」が一字脱落した理由としては、次のような事情が考えられる。すなわち、原告は現在六五才の女性であり、多年社会福祉事業に尽力してきた者であるところから、その支持者には比較的高令の婦人が多く、従って教育程度も低く、また、投票時に緊張する度合いも高いと予想されるのであって、そのような支持者による投票時の記載に右のような脱字が生じることは十分にありうることと考えられるのである。さらに、「フジサワ」の「サ」と「ワ」とはいずれも母音を同じくするア段に属する文字であるから、「ジ」に引続いて「サ」を書記する心算でその音を心中で唱えるうち、母音を同じくする最終音「ワ」を思わず書きつけて終止したとの推測も決して不可能とはいえないのであって、以上のような事情がからみあって「サ」を脱落するにいたったものと思われる。

四  よって、第一次的請求として、違法になされた本件裁決の取り消しと、原告が本件選挙における当選人であることの確認とを、第二次的請求として、右裁決の取り消しと、右選挙における黒瀬輝清の当選無効の宣言とをそれぞれ求めるため、本訴請求に及んだ。

(二) (答弁)

一  原告主張の請求原因第一、二項の事実は認める(ただし、「フチワ」と記載された一票も原告に対する有効投票であるとする点は争う)。

二  原告主張の七票のうち被告が無効投票と認定判断した一票が「フチワ」と記載された票であることは原告主張のとおりであるけれども、右の一票は字形上および音感上からして何人を記載したかを確認し難いものであるから、無効投票というよりほかはない。すなわち、

(一) 「フチワ」の第一字目の「フ」と第三字目の「ワ」は、「フジサワ」の「フ」および「ワ」と一致はするけれども、全体の音感として、「フチワ」と「フジサワ」との間には、類似性がなく、また、その記載自体からも「チ」と「ワ」との間に「サ」が脱落したものとも認め難い。なお、原告は、高知地方では「ヂ」と「ジ」とは別異の発音をなし、一般に「藤沢」は「フヂサワ」と、藤野「フジノ」と発音されると主張するけれども、高知地方にそのような発音上の区別はなく、「ヂ」も「ジ」も同音である。

(二) さらに、「フジサワ」が四字であるのに対し「フチワ」は三字であるし、また、本件選挙における候補者中、「フチワ」と字形上において類似している姓を有する者として藤野薫(ふじのかおる)がいることから考えて、「フチワ」が「藤沢」か「藤野」か、それともその他の者を指しているのかただちに断定することはできず、したがって、右の記載が原告藤沢繁春に投票するの意思を明確に表現しているものとは認め難い。

三  すると、本件選挙における原告の得票数は結局三七四票であって、最下位当選人黒瀬輝清の得票数三七四票となり、公職選挙法九五条二項に従い「くじ」で当選人を決定すべきこととなるから、そのことを理由に土佐山田町選挙管理委員会の決定を取り消したうえ、当選人黒瀬輝清の当選を無効とした本件裁決にはなんらの違法もないというべきである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因第一、二項の事実については、当事者間に争いがない(ただし、被告が本件裁決において無効投票と認定判断した一票も原告に対する有効投票であるとする点は除く)。

二  しかして、原告主張の七票のうち被告において無効投票と認定判断した一票が「フチワ」と記載された一票であることは当事者間に争いのないところ、原告は右「フチワ」票は原告藤沢に対する有効投票であると主張するのに対し、被告は右の一票は何人を記載したかを確認し難いものであるから無効投票というよりほかはないと主張し、これが本件における唯一の争点となっているので、以下この点について判断することとする。

一般に、投票を有効と認定できるのは、投票の記載自体から選挙人が候補者の何びとに投票したのかその意思を明認できる場合でなければならないことはいうまでもなく、ただ、選挙人の投票意思の認定にあたっては、その選挙における諸般の事情を考慮して判断することが許されないものではなく、また、投票の記載についても、ある程度の記載文字の拙劣、誤字、脱字等が存在しても、その故をもってただちに投票意思の明認を妨げるものとはいえないというべきところ、いまこれを本件「フチワ」票について考えてみるに、原告の姓である「フジサワ」と「フチワ」との音感を比較してみると、初音と終音とが同音であり、第二音の「ジ」と「チ」とは「チ」の濁音が「ジ」と同音である(原告主張のごとく「ジ」と「ヂ」とが高知地方では区別して発音されているとの点については、これを認めるにたりる証拠がない)ことなどから、全体としてかなりの類似性が認められるのであって、ことに「フチワ」の「チ」と「ワ」との間に「サ」が脱落しているものと考えて両者を比較すれば、その音感上の類似性は顕著であると認められるのである。もっとも、原告の姓がかな書きで四字であるのに対し、「フチワ」が三字であることは明らかであり、また、≪証拠省略≫によると、本件選挙における候補者中、「藤沢」と類似音を有する候補者として「藤野薫」があり(それ以外には類似音を有する候補者は認められない)、その姓をかなで書けば「フジノ」となることが認められるけれども、本件「フチワ」票は稚拙な片かなで書かれたもので、教育程度のあまり高くない選挙人によって記載されたものであることがうかがわれるところから、「フチサワ」と書く意思で「サ」の字を脱落したものとみてもなんら不自然ではなく、また、「ワ」と「ノ」とは前者がア段に後者がオ段に属する音でそれぞれ母音を異にする点、「ワ」が「ノ」よりも字画が多い点などから考えて、たとえ教育程度のあまり高くない者であっても、「ノ」の字を書く意思で「ワ」と書き誤まるようなことはまずありえないと考えられるのであって、このようなところからすれば、「フチワ」が三文字であることや、本件選挙における候補者中に「藤野薫」があったことは、必ずしも「フチワ」と「フジサワ」との類似性、さらには、「フチワ」が「藤沢」を指向して書かれたものであることを否定するに足りる事情であると認めることはできないのである。

しかして、以上の諸点を総合して考えるならば、本件「フチワ」票は、選挙人が「フジサワ」と書くつもりで「チ」の濁点と「サ」とを脱落したものとみるのが最も自然であり、したがって、そのような脱字があるにかかわらず、原告に対して投票する意思で書かれたものであることが投票の記載自体から明認できるものであって、原告に対する有効投票であると認定するのが相当であるといわなければならない。

三  なお、本件においては直接の争点とはなっていないけれども、当初選挙会および異議申出の段階では無効票とされながら、審査の段階で被告によって原告に対する有効投票と判断されるにいたった六票の効力についても全く問題がないわけではないので、以下、この点について若干付言することとする。

≪証拠省略≫によると、右の六票とは、「ブタイチヨウ」と記載された二票、「ブタイチヨー」と記載された一票、「ブタイチヨ」と記載された一票、「ブタイ」と記載された一票、「ブたい」と記載された一票の計六票であることが認められるところ、一般に、投票用紙に記載すべき候補者の氏名は、戸籍上の氏名に限られるものではなく、これと異なる呼び名を記載しても、それが選挙区の全域または一部において呼び慣らわされているものであってその同一人であることを認めうるような場合には、特段の事情のないかぎりこれをその候補者に対する有効投票と判定するのが相当であり、かつ、本件の場合、≪証拠省略≫を総合すると、次のような事実が認められるのである。

(一)  原告は女性ではあるけれども、その性格や日ごろの言動などから、昭和一二、三年ごろ以来「部隊長」のあだ名で呼ばれるようになり、さらにはこれが短縮されて、「部隊さん」とか「部隊のおばさん」とかの親称で呼ばれてきた者であって、本件選挙当時、少くとも原告の居住する旧山田町(昭和二九年における町村合併前の山田町で、本件選挙の選挙区である土佐山田町の中心をなす区域)内においては、これが同人に対する呼称として一般に通用し、「部隊長」もしくは「部隊(さん)」といえば原告を指すことがただちに知られるような状況にあった。

(二)  そのようなところから、原告が本件選挙運動中に使用したポスターはすべて、中央部に大書された「藤沢繁春」の氏名の右側に「ふぢさわしげはる」という振りがなが付せられるとともに、その左側に「ブタイチヨウ」なる片かな書きの記載がなされていた。また、土佐山田町を中心に発刊されている月刊新聞「高知時報」の紙上においても、本件選挙の執行される半月ほど前に、「雪辱なるか部隊長、(宝町)藤沢繁春女史」なる見出の下に、「藤沢部隊長」の健闘を期待する旨の記事が載せられていた。

なお、宛名を「土佐山田町宝町 部隊長殿」とのみ記載した郵便物も原告方へ配達されていた。

しかして、以上認定のような事実からすると、「部隊長」もしくは「部隊(さん)」は、本件選挙の選挙区である土佐山田町全域にわたって知られた呼称とはいえないけれども、少くともその中心部である旧山田町の区域内において呼び慣らわされた原告の呼び名であって、その同一人であることを認めうるようなものであることが明らかであるから、特段の事情の認められない本件においては、前記六票はすべて原告に対する有効投票であると判定するのが相当といわなければならない。

四  以上のとおりであるとすると、結局、本件選挙における原告の得票数は、当初の得票数とされた三六八票に右七票を加えた三七五票であって、黒瀬輝清の得票数三七四票よりも一票多いこととなり、原告を最下位当選人に、右黒瀬を最上位落選者にそれぞれ決定するのが相当というべきところ、本件裁決は、右両名の得票数が同数となるから、公職選挙法九五条二項により「くじ」で当選人を定めるべき場合であるとの理由で土佐山田町選挙管理委員会の決定を取り消して右黒瀬の当選を無効としたものであるから、その点において違法というべく、取り消しを免れないといわなければならない。

しかしながら、原告が本件選挙における当選人であることの確認を求める点については、ただちにこれを認容することはできないといわなければならない。けだし、審判機関たる裁判所は、選挙執行機関のなした当選人の決定の当否のみを判断すべきものであって、自ら進んで当選人を決定する権限、職責を有するものではなく、当選人の決定は、選挙執行機関において、当該訴訟の判決に拘束されつつ(行政事件訴訟法三三条一項)、公職選挙法九六条に則ってただちに選挙会を開き、これをなすべきものとするのが法の建前だからである。よって、前説示のとおりの理由によって黒瀬輝清の当選を無効とするにとどめることとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 後藤勇 藤原弘道)

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