大判例

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高松高等裁判所 昭和61年(う)164号 判決

本籍

徳島県美馬郡貞光町字東浦六五番地の一

住居

同所六五番地

医師

北川一善

昭和三年三月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、徳島地方裁判所が昭和六一年六月一一日言渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官内宮光一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森吉徳雄作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官若林安則作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、要するに、原判決が被告人の昭和五七年分の所得金額として認定した三億八三三〇万八五四七円のうち、六〇五一万七六四六円は、被告人の実弟藤川実の株式売買益による所得であり、被告人に帰属するものではないから、これを被告人の所得として計上し、原判示所得税逋脱の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、ひいては量刑不当にもなる、というのである。

しかしながら、記録を検討すると、所論の株式売買益は、昭和五七年中に藤川春夫(被告人の実弟)、豊田一夫らの仮名、架空名義で行われた信用取引(以下「本件仮名株式取引」という)によるものであるが、被告人は、本件犯則事件の調査ならびに捜査において、右仮名株式取引につき、当初収税官吏に対し、有限会社極東商事(被告人の経営する北川病院の薬剤部門を担当することを目的に設立された会社)の取引である旨供述しながらも、所論のいう実弟藤川実の取引であるなどとは一切主張しなかったのであり、右の供述もその不自然を指摘されて、これを撤回してからは、検察官の取調べを含め、一貫して被告人自身の株式取引である旨認めていたものであって、在宅捜査のうえでの被告人の検察官に対する供述調書、大蔵事務官の被告人に対する質問てん末書の内容に信用性を疑わせる点はなく、その他原判決挙示の証拠を総合すると、原判示の所得はすべて被告人に帰属するものであることが優に認められ、原判決に所論のような所得の帰属に関する事実の誤認等があるとは考えられない。

所論は、本件仮名株式取引による所得六〇五一万七六四六円(但し原審弁護人請求証拠番号21のメモによると、右金額は六一六一万七六四六円の誤りと認められる)が前記藤川実の所得であることを立証するものとして被告人作成の取引清算メモ(原審弁護人請求証拠番号2ないし20)を挙げ、被告人の原審公判廷における供述及び藤川実の原審証言によれば、右メモは、藤川実が被告人のすすめに従い、被告人の架空名義等の信用取引口座枠を利用させて貰って株式取引を始め、昭和五六年七月六日から翌五七年一一月二二日までの間における各手仕舞いの損益計算を、証券会社から郵送されてくる売買報告書にもとづき、その都度被告人が右メモに書いて、藤川実に郵送または直接交付してやったものというのである。しかし、例えば、昭和五七年一〇月二一日に決済した日本コロンビア二万株についての右取引清算メモ(前同証拠番号17)は、その約一年半も後である昭和五九年五月に印刷された新聞折込み広告の裏面に記載されているものであり、この点を検察官から追求されるや、元のメモには公表されることを憚る恥ずかしい事項を記載していたため、本件起訴後これを右折込み広告紙に書き直したと釈明する被告人の弁解は、被告人が弟藤川実に直接手交したという右清算メモに公表を憚るような恥ずかしい事柄をわざわざ記載する筈もないと考えられることから、全く信用性がないこと、更に所論の取引清算メモ中には、昭和五七年三月二五日に手仕舞いした安川電機四万九〇〇〇株及び田辺製薬一九万九〇〇〇株につき、その売買益が二八九万二八一五円と記載されているところ(前同証拠番号10参照)、右決済による正確な利益は二八九万二八三三円であり、一八円の違算を生じた原因は、安川電機四万株分について、その売買益が九二万七三四二円であるのに、これを九二万七三二四円として計算したこと(下二桁の倒錯による誤記)によるものと認められるところ、右安川電機四万株分の売買益を九二万七三二四円としているのは、本件起訴後に被告人が取引証券会社(山一証券徳島支店)の社員に依頼し顧客勘定元帳に基き作成させた株式取引状況資料(原審弁護人請求証拠番号23、24)の当該欄にもみられ、被告人が昭和五七年三月二五日ころの取引清算メモ作成時点で犯した前記計数上の誤算を(なお所論メモ一九通中損益額の誤算は右の一個所のみである)、その後数年を経て証券会社の社員が全く別の機会に、同一に犯すなどとは偶然の一致のみで片付けきれないものがあり、むしろ被告人が右社員作成の取引状況資料の数値を基にして、右誤記に気付かないまま、後日右取引清算メモを作成したがために、同一の計数上の誤りを犯しているものとみられることなど、所論引用の取引清算メモは本件発覚後に作成された疑いの濃厚な虚偽性の強いものといわざるをえない。また、本件仮名株式取引が藤川実の取引であるという被告人及び藤川実の原審公判供述によれば、藤川の株式取引で益金がでた場合、それは個人の収入となり、損金が出たときは、被告人がその損失を全部負担する約束となっていたというのであるが、かくの如き株式取引はむしろ被告人自身が資金を出し、その計算において行うものにほかならず、その他本件仮名株式取引の資金、取引を始めるに至ったという経緯、取引関与の態様、程度等に照らし、被告人及び藤川実の右供述はいずれも不自然でとうてい信用することができない。

したがって、原判示所得のうち、株式売買益による六〇五一万七六四六円が藤川実の所得であるとする所論は採用できず、その他所論にかんがみ検討しても、原判決の所得税逋脱の事実認定に誤りはなく、かつその量刑も相当である。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山丈一 裁判官 藤田清臣 裁判官 溝淵勝)

○控訴趣意書

所得税法違反 被告人 北川一善

右被告人に対する頭書被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和六一年八月二五日

弁護人 森吉徳雄

高松高等裁判所第一部 御中

一 原判決は、被告人の所得額並びに過少申告額につき、控訴事実と同額を認定したのであるが、この点において事実誤認があり、ひいては量刑不当の結果にもなっているものである。

二 即ち、控訴事実及び原判決によれば、被告人の所得額は三億八、三三〇万八、五四七円とされているのであるが、このうち六、〇五一万七、六四六円は被告人の所得から控除されるべきである。即ち、原審において取調べ済の被告人が実弟藤川実に対して交付した取引清算メモと証人藤川実の証言及び被告人の供述により明らかな如く、合計六、〇五一万七、六四六円は被告人の所得ではなく、被告人の実弟藤川実の所得である。この点を無視した原判決は、事実誤認の過ちを犯している。しかも、この所得額が減額になれば、これに対する所得税額も当然減額され、ひいては被告人に対する量刑も軽減されるべきであることは理の当然であるから、本件控訴に及ぶ次第である。

以上

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