大判例

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高知地方裁判所 昭和44年(ワ)376号 判決

原告

吉岡義忠

代理人

大坪憲三

被告

野村産業株式会社

代理人

林一宏

主文

被告は原告に対し金二三八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年八月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分にかぎりかりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一、七〇八、〇七三円およびこれに対する昭和四一年八月九日からら完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

(一)  原告は、昭和四二年八月八日午後四時すぎごろ、高知港に寄港中の貨物船「伊勢丸」において、被告会社の臨時従業員として、船外から運搬された品物を右船倉へ積込む作業に従事していたところ、同船甲板で作業中の訴外堀川福美が、荷物を原告の頭上に転落させ、よつて、原告は、頸椎挫傷、右大腿、下腿挫傷の傷害を負い、現に、目まい、眼のかすみ、全身虚脱感等の後遺症をのこしている。

(二)  右事故は、被告会社の従業員である右堀川が、荷物の取扱いを誤つた過失によつて生じたものであり、右は、被告の業務執行中の事故であるから、被告は、民法第七一五条により、原告が右事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

(三)  原告の損害は次のとおりである。

イ 休業損害金一、二六〇、〇〇〇円

原告は、被告会社に勤務し、一日金一、二五〇円の日給、従つて、一か月金三五、〇〇〇円の収入をえていたところ(もつとも、右収入の点は、原告が他に勤務した場合でも同様である)、右受傷により、事故当日である昭和四一年八月八日から同年一二月一三日まで、高知市田中整形外科に通院治療を受け、同月一七日から、伊野部整形外科に転院して治療を継続中であるが、前記症状により、右事故当日から昭和四四年八月までの三か年間、就業不能であり、この結果、右のとおりの損害を蒙つた。

ロ 慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故により闘病を余儀なくされ、なお前記後遺症による苦痛に悩まされ、これらの症状の全治が見込まれない不安、不自由を考慮すると、原告の精神的苦痛は、右金額で慰藉されるのが相当である。

(四)  損害の填補

原告は、労働者災害補償保険金により休業補償として金五〇〇、九二九円を、また、障害補償給付金五一、〇〇〇円の合計金五五一、九二七円の支給を受けている。

(五)  よつて被告に対し、右(三)の合計額から、右(四)を控除した残額金一、七〇八、〇七三円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四一年八月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)の事実は、後遺症の点を否認し、その余の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、訴外堀川の行為が被告の業務執行中であつた事実は認め、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)イ、の事実中、日給が一日金一、二五〇円であつたことは認め、その余の事実は知らない。原告は、本件事故当日まで、被告会社において確かに三日就労したに過ぎず、原告と同じ作業員の一か月の就労日数は、平均二〇日程度にすぎない。

同(三)ロ、の事実は知らない。

(四)  同(四)の事実は認める。

三、被告の主張

(一)  かりに、右堀川に過失があるとしても、本件事故の発生については、右堀川が上から声をかけて荷物を下しているのに、原告がこれを受け取りそこねたという重大な過失がある。

(二)  被告は、原告の本件事故による治療費として、合計金三八五、五八九円を、田中整形外科病院等に支払つた。

四、被告の主張に対する認否

(一)  右被告の主張(一)の事実は争う。

(二)  同(二)の事実は認める。

第三、証拠関係〈略〉

理由

一、本件事故の発生等

原告が、昭和四一年八月八日午後四時すぎころ、高知港に寄港中の貨物船「伊勢丸」において、被告会社の臨時従業員として、船外から運搬された品物を右船倉へ積込む作業に従事していたところ、同船甲板で作業中の訴外堀川福美が荷物を原告の頭上に転落させ、よつて、頸椎挫傷、右大腿、下腿挫傷の傷害を負つたことは、当事者間に争いがない。

よつて、原告が主張する目まい等の後遺症の存否等について審究するに、〈証拠〉によれば、原告は、受傷後首の痛みはあつたが辛抱できる程度であつたので、その後もなお約一時間作業を続け、夕方作業が終了して帰宅しようとした際、被告会社の事務所で、右事故に遭い怪我をした旨告げたところ、係の者から、労災があるから医院へ行くよう指示されたのであるが、そのまま放置し、その当夜から頸部等が痛くなつたので、翌日から田中医院にかかるようになり、その後昭和四一年一二月一三日まで、頸椎挫傷、右大腿、下腿挫傷の病名により同病院に通院して、ザルプロの注射ないし内服薬で痛みをとめる等の治療を継続したが、めまい等を訴えることもなく経過していたところ、田中医師から仕事を始めるようすすめられるに至つたので、同月一七日から、伊野部整形外科へ転院し、同四三年一〇月頃まで頸椎々間内障の病名で同病院に通院、治療を受けているが、その頃伊野部医師から症状は固定していると告げられたほか、労災保険給付の期間も切れたので、その後は国保により僅かに医師にかかつた程度で就業もせず、無為に過し、昭和四五年四、五月頃仕事をしたところ肩が痛むなどの自覚痛(目まいは訴えていない)を覚え、伊野部整形外科でレントゲンをとつたところ、その痛みの原因として、頸椎の異常があると言われたこと、事故後、原告を診察した田中医師は、原告につき頸椎挫傷等の診断名を付しているけれども、右はいわゆる鞭打ち症ではなく、外力が真上から加わつたことにより頸椎部に損傷があり、病理学的にみれば、骨と骨との頸部組織に小さな出血や僅かの腫があるものであつて鞭打ち症と同様の眩暈ないし頭痛等のいわゆるバレー症状は考えられず、単に骨等の運動制限を主とした症状が起きるもので、しかも、原告を約四か月にわたり治療しているが、右のようないわゆる鞭打ちに随伴する症状の訴えがなかつたことから、前記受傷による後遺症がのこるものと考えなかつたとしているところ、原告は転院した昭和四一年一二月一七日頃、右伊野部病院では、首がこる、肩が痛い、後頭部に神経痛の痛みがあることを訴え、伊野部医師は、原告から聞いた二〇キロ位の紙ケースが後頭部に当つたという原告の受傷の態様(もちろん、後に認定する事実とは或程度異なることが予想される)あるいは原告の主訴によれば、かかる症状は普通に起きるものであつて、レントゲンの結果、頸椎第六、第七間が狭くなり椎間軟骨が変形を起しているけれども、診断所見としては、それが傷害によるものであるか否かは断定できないが、原告が五〇才の年令であることから、むしろ、外傷の既往歴がなくとも、大抵(一〇中八、九)起るものであつて、事故とは関係のない老人性の老化現象であるとされていることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、以上の事実に基づいて検討するに、「原告には事故前から、その年令等に基因する頸椎の経年性変化が存在したところ、これらが、事故による頸椎への外力が加わつたため、その後遺症として、めまい、その他痛みの症状を惹起しているものであるとみられるが、」原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故前の昭和四一年二月頃盲腸の手術をしてからは、体が疲れるということで休業していたが、その以前は、印刷会社で配達の業務に従事し、右類似の症状を訴えていた事跡が窺えないところであるから、結局、本件事故と、右後遺症状との間には相当因果関係が存在すると認めざるを得ない。

二、被告の責任

まず、訴外堀川の過失の存否について検討するに、前示争いのない本件事故の態様に、証人堀川福美の証言、および、原告本人尋問の結果を総合すると、原告および訴外堀川は、いずれも、右事故の数日前から、被告会社の作業員として、船内への荷上げ作業に従事していたところ、事故当日も午後四時頃、原告らは、ダンボールを重ねビニール紙でしばつたもの(縦・横・長さがいずれも七、八〇センチメートル、約二〇キログラム)を、高知港に寄港中の「伊勢丸」に積込む作業に従事し、ベルトコンベアーによりトラックから右船上にあげられた右ダンボールを、右船倉へ入れる作業に移つていたこと、堀川は、右船上甲板から、氷水を取りに行つていた原告を呼びとめて、右作業を手伝うよう求めたので、原告は、トラックから船に乗り込み、右ダンボールの上に立つて、これを下に渡そうとしている右堀川の側をとおつて、約三メートル下の船倉内へおり、その作業にかかろうとしたこと、堀川は、原告が右船倉内へ下りて行つたのを認めたので程なく、「ええか、行くぞ」と合図をし、その返答はなかつたが、原告において十分態勢が整つているものと考え、右声をかけた二、三秒後、右荷物のかげになつて原告の姿勢を確認できないまま、右荷物を下ろして手を離したこと、原告は、堀川の側を通る際、同人が荷物を立てかけていたのを認めていたので、その受け渡しに都合のよい地点に立ち、タオルで汗を拭いて、作業にかかるべく右タオルを首にしめ、ややうつむきかげんでいたところ、頭上約三〇ないし四〇センチメートルの個所から、右荷物が原告の後頭部に突然落下し、原告は、その場へ坐りこんでしまつたこと、がそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、以上の事実によれば、右のような高低差のある上方甲板から、船倉内へ右のような重量の荷物を積込む作業を行なう場合には、その上方にいる堀川としては、まず、荷物を下ろす合図をするばかりでなくその応答のあることを確認し、下方に位置する原告が、手を差しのべるが、あるいは、少くとも荷物の下部附近でこれを受け取る態勢にあることを十分確かめたうえで、徐々に荷物を下ろすべき注意義務があるというべきところ、右堀川は、これを怠り、単に声をかけただけで原告がすでに荷物を受けとる態勢に入つているものと軽信し、右荷物のかげになり原告の姿勢を十分確認できないまま、直ちに荷物から手を離したため、これを、原告の後頭部に落下してこれに激突せしめるに至つたものであるから、右堀川の右事故発生についての過失は明らかでしかも重大であるというべきである。

しかして、右事故は、被告の従業員である堀川が、被告の業務の執行中に惹起したものであることは、当事者間に争いがないから、被告は、その使用者として、民法第七一五条により、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務があるというべきである。

三、原告の損害

イ  休業損害

〈証拠〉によれば、原告は盲腸の手術後一時就業しないでいたが、事故の数日前から被告会社の臨時雇として荷上げ作業等に従事し、同会社における日給は一日金一、二五〇円であるが、原告が他で稼働する場合でも右同額の日給により、一か月平均二五日は稼働可能であると認めるのが相当であるから、原告は一カ月金三一、〇〇〇円(ただし、金一、〇〇〇円未満は切捨て)の収入を得ていたものと認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。もつとも、〈証拠〉中には、被告会社における臨時雇の一か月間の稼働日数は二〇日を限度とするとの部分があるけれども、原告が被告会社の臨時雇としてそれのみで生計を維持し、かつ将来もこれを継続するものであるとみるのは妥当でないから、いずれも採用することができない。そして、前示一で認定した「原告の受傷ないし事故後の症状、および、通院治療の経過等の事実によれば、原告は、事故後その通院期間である約二年の間就業が可能でなかつたものと認めるのが相当である」から、この限度で認められる右逸失利益につき、ホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除して昭和四一年八月八日現在における一時払額を求めると、金七〇〇、〇〇〇円(金一〇、〇〇〇円未満切上げ)となる。

ロ、慰藉料

原告の前示受傷の程度、通院治療の経過、原告に予め存在した頸椎の経年性変化、および、原告は現在においてもなお目まい等の後遺症を有し、就業しないで経過している事実、その他、本件事故の態様等の諸事情を考慮すると、原告の本件事故による精神的肉体的苦痛は、金一、〇〇〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当であると認める。

ハ、治療費

原告が右費目を本訴において請求していないことは、訴状の記載上明らかであるが、後に操作する逸失相殺等については、請求外の損害を除外すべきでないからその額についてみるところ、弁論の全趣旨ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告が本件事故により金四〇〇、〇〇〇円を下らない損害を蒙つたものと認められ、これを動かすに足る証左はない。

四、損害の控除、填補

(一)  前示二で認定した事実によれば、原告は、荷物の積入れを予定しながら、十分その態勢をとらないで、その落下地点である船倉内に佇立していたのであるから、原告にも本件事故発生につき、約二〇パーセントの過失があつたものと認めるのが相当である。

(二) 前示一で認定した「原告が事故前の盲腸手術後全く就労しないで経過していた事実のほか、本件受傷の程度、態様、とくに、めまい等の症状を訴えるに至つた時期、医師から就労等を示唆された場合の原告の態度、なお、多彩な症状を訴え、軽労働にも従事せずに無為である等の経過的事実に、前示医師の診断所見等を併考すれば、原告のかかる症状を詐病視することができないとしても、なお、神経症状の疑いは残るところであり、本件事故を契機とし、前示原告につき予め存在したとみられる頸椎の経年性変化に、かかる原告の性格的なものに根ざす賠償への心的傾斜が加わり、その症状の多様化ないし長期化等難治の結果を招来しているものと認めるのが妥当であつて、かかる場合、その症状による全損害害を加害者に負担させるのは相当でなく、不法行為法における損害の公平な分担という理念上、被害者のかかる素因の存在を損害額算定における減額事情として考慮し、現症への素因の寄与度による過失相殺に準じた割合的控除をなすべきであると考えられるところ、本件については、事故と原告の呈する症状との間の相当因果関係を肯定したうえ、すでにその休業期間を限定したところであるが、以上の諸事情を勘案すれば、その損害に対する寄与度をなお三〇パーセントと認めるのが相当であるから、その限度でこれを前示損害額から控除することとする(もつとも、被害者に負担させるのを相当とする事情として、被害者の過失のほかにその素因の関与を考えるもので、それぞれその控除の根拠を異にするから、右過失割合と合算した割合を相当因果関係を有する全損害額から一時に控除するという方法によらず、右損害額からの順次的控除の操作をとるのが妥当であると考える)。

(三)  そして、原告の前示三イ、ロ、ハの損害額の合計金二、一〇〇、〇〇〇円から、被害者である原告の過失、および、その素因の関与につきすでに認定した控除割合により、順次控除すると金一、一七六、〇〇〇円となり、さらに、原告が本件事故後労災補償保険金等として合計金五五一、九二七円を支給され、また、被告が、原告の治療費として、田中整形外科等に合計金三八五、五八九円を支払つたことは、当事者間に争いがないから、これらを右金一、一七六、〇〇〇円から、さらに控除すると、原告が本訴において、被告に対して請求し得べき額は、結局金二三八、〇〇〇円(金一、〇〇〇円未満切捨て)となる。

五、結論

してみると、原告の本訴請求は、被告に対し、金二三八、〇〇〇円、および、これに対する本件事故発生の日の翌日であることが明らかな昭和四一年八月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。 (稲垣喬)

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